When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
1530時 ガリランド北方20マイル
「庁舎艦」戦闘指揮所
「一つだけ、褒めてやる。」
指揮所のすみっコから状況表示ディスプレイと幕僚達の動きを眺めるサディアに、珍しくゲルンが「上機嫌で」話しかけた。
「何だよ、気持ち悪い。」
サディアは本当に気持ち悪そうな顔でゲルンを見上げる。
「お前達が「異形者」をクリスタルに封印したことで、アレ等は互いの「繋がり」を絶たれたようだ。手付かずにしていたら、「聖天使」は隷下の異形者達をとうに喚び出していたろう。状況はより困難になっていた。」
「・・・「審判の霊樹」以外のヤツらは、ユードラの国軍と同盟諸国の統合軍で足留めしてもらう計画だったからな。でも今、両国は戦争でそれどころじゃない・・・感謝するなら、あの世のバルビエ博士にしてやってくれ。」
サディアはそう答えながら、指揮所の幕僚達を眺める。ほぼ第1旅団の人間達だけになったためか、広大な指揮所は出航前ほど混み合ってはいない。やるべき「任務」が定まったこともあってか、室内の雰囲気にも慌ただしさのようなものは感じられず、全てが淡々と運ばれているように見える。視線の先では、アロイスが時折笑顔も見せながら、部下達と話し込んでいる。どこか余裕めいたものも感じられ、心強さを覚える。
アロイスが部下の連隊長らを引き連れてサディアの前に出る。作戦計画を再確認しておきたい、とのことだった。指揮所から扉1枚挟んだ会議室に移動し、アロイスが作戦の概要を説明する。
作戦は4つのフェイズで区切られていた。
フェイズ1:捜索
これは既に発動している。庁舎艦に搭載していた12機のF/A-37多用途戦闘機、亡命時にセイレーンのエスコートにも当たったマイセン中隊が3機ずつのフライト・チームを組んで、周辺空域を捜索している。加えて、同じく庁舎艦に搭載された2隻の中型揚陸艇が発艦準備中。庁舎艦自体のセンサーも、各コンソールに操作員が目を皿にして張り付いている。
地上では、国軍が各地に常設している大型パッシブ・ミスト・センサー固定局が常時警戒態勢で、探知次第、ライオネルの総司令部を通じて通報される仕組みだ。
フェイズ2:陽動
発見後、遠距離〜中距離攻撃で気を引き、「聖天使」の意識と動線を都市部から離す。上手く誘いに乗ってくれること、そして、相手の火力が艦の防御力を上回っていないことを願うしかない。
フェイズ3:離隔
相手の出方にもよるが、フェイズ2の中〜遠距離態勢のまま・・・あるいは、艦内に侵入した場合、近接〜白兵戦闘に切り替えて洋上に進出。可能な限り陸岸から距離を取る。
フェイズ4:封印
戦闘をサディアが制御する「審判の霊樹」に引き継ぎ、庁舎艦とその搭載兵力は離脱、「審判の霊樹」が「無」の力を発動するまでの間、要すれば遠距離攻撃で支援する。ただし、フェイズ4で艦と搭載戦力が安全に離脱出来る可能性は極めて低い。「無」の力の効果範囲は不明であり、中途半端な距離で離脱した場合、ガリランドやミュロンドが巻き添えを食う可能性がある。庁舎艦と1旅団には「ギリギリまで耐える」ことが求められる。そもそも、フォボハムとジークデンで何れも師団級の正規戦力を壊滅に追い込んだ「聖天使」相手に犠牲を出さずに作戦が成り立つなどとは考えるべきでは無い。加えて艦自体が「無」に飲まれる覚悟も必要・・・作戦目標はあくまで「「聖天使」を排除し、都市圏を防護すること」であり、部隊や隊員の生命がそれに優先されることは無い。だが、アロイスは「決死」とは言っても、「必死」という言葉は使わなかった。
連隊長らから「審判の霊樹」とサディアの関係、その信頼性等について質問が飛んだが、アロイスが「同盟諸国(ネルベスカ)での人体実験で彼は「そういう存在」になった。」とザックリした説明で押し切り、「コレが現状取りうる唯一の作戦であり、彼(サディア)については、第1旅団長たる自分が保証する」と、それ以上は質問させなかった。連隊長らは、それで納得する。アロイスへの信頼が根拠だった。アロイスはアジョラの名前や、サディアの個人的事情には触れることなく、ブリーフィングを終える。
連隊長らは立ち上がって敬礼すると、各隷下大隊以下へのブリーフィングを行うために退出していった。
「ありがとう。こんな状況なのに、色々と気遣って貰って、本当に済まない。」
サディアが頭を下げる。必要なら、自分のことも妹の事も全てを話した上で土下座でも何でもする覚悟で会議に臨んだが、アロイスはそれをさせなかった。
「なに、時間も無いしな。我々戦闘屋に「敵」が生まれた経緯だとか何だとかは関係ない。勝てれば、良いんだ。」
アロイスは、さらりと返す。
「俺とアイツの尻拭いみたいな戦いなのに・・・」
「自分を責めるな。悪いとすれば、それは君達をそんな状況に追い込んだ「時代」だ。私も、責任者に含まれる。それに、「尻拭い」だなんて言ってくれるなよ。コイツは「イヴァリースを救う」戦いだ。言っておくが、部隊の士気は高いぞ。人間相手の陣取り合戦よりは、よっぽどヒロイックでやりがいもあるからな!」
肩を落とすサディアにアロイスはそう返して笑った。
アロイスも会議室を退出し、サディアとゲルンだけが部屋に残る。
サディアは溜め息を一つついた。
「アロイス達の事を考えれば、「聖天使」は、フェイズ3までに殺せた方が良いんだよな。」
ゲルンが即座に返す。
「そんな事にはならん。ヒュムなんぞと融合したとはいえ、我等の「最高傑作」だ。我等が全てを投げ打ち、千年かけて封じたものが、お前達のせいぜい数時間の作戦で倒されるなどと!「審判の霊樹」とて、「失敗作」には変わりない。殺せんよ。お前が組んだように「封じる」のが関の山だろう。」
「俺は・・・イヤなんだ。俺の手で、アイツを殺したくない。俺が始末を付けなきゃなんだろうけど、絶対にイヤなんだ。」
「矛盾しているな。聞いて欲しそうだから、一応、聞いてやる。理由はなんだ?ただの肉親への情愛か?」
ゲルンの問いに、サディアは「少し違う」と首を横に振る。
「ベルベニアに下らない伝承があってな。俺の未来を決めちまった、マジでクソみたいな伝承だ・・・「聖なる御子に、邪なる血族あり、その者は御子を貶め、やがて御子を死へと誘う」・・・俺がアイツを殺したら、あのクソ予言が今度こそ的中する事になっちまう。俺の記憶を読んだろう?最初にアイツが処刑されたと知った時、俺の頭にはあの文言ばかりがグルグル回ってた。夢の中で、俺を半殺しにしたカス教師共が「それ見たことか!」って笑うんだ・・・二度と、あんな思いはしたくない。」
ゲルンは下らなさそうに溜め息を吐く。
「そんな馬鹿なことで悩んでいたのか?そもそも前提がおかしい。お前の妹は「聖なる御子」なんぞでは無かろう。お前が「邪」なのは、そのとおりかも知れんが・・・」
それを聞いたサディアは笑い出す。最初は含みながら・・・そして高らかに。
「そうか、そうだな・・・初めて、アンタと意見が合ったよ・・・聖なるなんとか、なんて大層なもんじゃあ無い、ただの兄妹喧嘩だ。阿呆と馬鹿の取っ組み合いだ・・・。わかったよ。昔みたいに、頭引っ叩いて、ケツをつねり上げてやる。今度は手加減無しだ!」
サディアが「決意」を語ったところで、室内のスピーカーから割れるような大音響で報告が入る。
「パッシブ・ミスト・センサー、コンタクト!マイセン中隊、A(アルファ)・フライトから報告!」
偵察に当たっていた戦闘機部隊からの探知報告だ。
会議室から出ると、指揮所内は再び蜂の巣を突いたような喧騒が支配していた。
「映像、出るか!?」
アロイスが肉声で叫ぶ。
「出します!」
数基が横並びになった状況表示ディスプレイの一面に、センサーが捉えた画像が表示される。パンクロマチックのセンサー画像の中央から画面半分近くを、真っ白に輝く輝点からの光が占めている。
(あの向こうに、アイツが、居る・・・)
サディアは画面に見入る。だが、現実感はない。
アロイスが問う。
「可視は!?」
「遠すぎます。これ以上近づくと被攻撃リスクが・・・」
「ミスト波形の機上解析結果来ました。ジークデンと同一です。」
「場所知らせ!」
「ミュロンド北西、2マイル。本艦から180度、150マイルです。」
「何てこった!ガリランドはスルーしたのか!?」
ジークデン方面からガリランドを護るように占位する庁舎艦からはかなりの距離がある。この位置から届く武装は、艦載戦闘機を除けばAD(アサルト・ドローン)しかない。アロイスはマイクに向かって叫ぶ。
「艦橋、こちら旅団長!敵を探知!本艦南方180度150マイル!敵に向かって南進する。「スラコ」と「パトナ」の発艦後、速やかに最大戦速!」
艦橋在所の艦長了解後、今度は指揮所に指示を飛ばす。
「艦がガリランド以南となった時点で、令なくAD、2発斉射。目標、「聖天使」。着弾後、動きが無いか、南下を続けるようなら、もう1斉射!」
火力班から指示が復唱される。
状況表示ディスプレイの別の画面には、発艦作業中の揚陸艇「スラコ」と「パトナ」がカメラ越しに映される。空水陸多領域戦力として庁舎艦の背部に船体を埋め込まれるかの様に半分暴露状態で搭載された2隻の100m級中型飛空艇。今では動いているのを見つける方が難しい「レガシー・シップ」と呼ばれる、昔の戦列艦のマストだけをプロペラに入れ替えた様な艦型の旧式艇だ。庁舎艦の建艦当初に計画されていた専用の揚陸艇を開発する予算を削られたのと、グロセア機関発明前のレシプロ内燃機関駆動のためにヤクト内でも運用できた事、艦形故に海上でも運用出来たことから、退役後モスボール状態だったのを修理、改修した代物だった。改修の結果、通信機能とエンジン、搭載兵力運用能力は最新のモノに換装されていたが、艦齢150年を優に超える船体の前世代感はどうしようもなく、コレを切り離さないことには庁舎艦は最大戦速を発揮できない欠陥を抱えていた。
恐らくは急ピッチで発艦準備を整えたのであろう。息を切るように立て続けに2隻から発艦準備完了のコールが指揮所内の一角、航空管制所に届く。
ディスプレイの画面上では、カメラ越しに両艦のメインローターが勇ましく回転している。
順繰りに発艦許可。それぞれが係止を解かれて、左右斜め後上方へと離れていく。
制約を解かれた庁舎艦の原子力エンジンが一気に出力を上げる。状況表示ディスプレイに映された戦術状況図上、南下する庁舎艦のシンボル表示がガリランド上空に重なる。別のディスプレイには、ニュースのライブ報道。丁度ガリランドから放映しているらしく、カメラが街の上空を飛行する庁舎艦を映している。リポーターがその状況を慌ただしく報じ、当局は何が起きているのかを国民に説明すべきだと批判している。
「本艦、ガリランド上空通過。」
その報告と同時に、指揮所内にベルが鳴り、轟音と振動が響く。全長30mを超える巨大ミサイル、AD(アサルト・ドローン)が艦の両舷に埋め込まれた発射筒から打ち出されたのだ。
ディスプレイ越しに、艦外に濛々と立ち込める発射煙を眺めていたアロイスだったが、ハッと気付いたような顔をすると、手元の通信周波数表をひったくるように引き寄せ、目を皿にして睨めっこする。
「宛先」を見つけると、無線機のマイクを取った。
同時刻 ミュロンド市
外縁北西部高層飛行場
ミラン・リシュリューは飛行場の管制塔に設えた即席の指揮所に腰を下ろす。
眼下の飛行場では指揮下の僧兵軍連隊員達が大わらわで陣地の構築を進めている。
対空砲とレーダー車両、射撃管制車両のセットに野砲の陣地と機銃座。各種魔法弾を含む銃砲弾を満載したターレットが滑走路を横断しながらミズスマシのようにせわしなく動き回っている。その手前では、狙撃・白兵大隊と魔道士大隊が点呼のために整列中。既に設置が完了した光学捜索用の超望遠カメラが、遥か彼方の地平線の画像を指揮所のディスプレイに送ってきている。
(設営だけは速いが、戦うとなると、果たしてどうだか・・・)
リシュリューは、ディスプレイを見ながら溜め息をつく。
ファラ教を奉じるユードラ西方民族の聖地にして、歴史上、一度たりとも戦火に巻き込まれることのなかったミュロンド。市の警備を預かる警備師団の中でも、治安維持を司る市内の部隊と違い、市を取り囲む城壁ビル外にあって「外敵」からの聖都防護を任務とする市外縁部警備連隊は「閑職」の代名詞であり、「年に数度の陣地展開訓練のために存在する部隊」と、僧兵軍内からさえも揶揄される始末だった。リシュリュー自身、実戦部隊を指揮した経験など無い。そんな彼に、本庁から突然、出撃と、「敵」の迎撃命令が出された。敵が何なのかを聞いても全く要領を得ない。ただ、その敵が、北部はジークデンで国軍の師団級部隊を壊滅させたとだけが伝えられ、「持ち場の死守」と「敵の市内侵入阻止」が厳命された。
(国軍の師団でどうにかならないものを、ウチがどうこう出来るわけも無かろうに・・・)
そう考えつつも、コレで給料を貰っている以上、「やりません」というわけにもいかない。
頬杖をつリシュリューの手元の無線電話機が鳴り響く。
「はい、ミュロンド市北西外縁部警備連隊長、ミラン・リシュリューです。」
気怠そうに取った受話器の向こうからは、やや割れているが、聞き覚えのある「友」の声。
「おお!ミランか!オークスだ!君が指揮官なのか!?」
リシュリューは半開きだった目を見開いて上体を起こす。
「アロイス!どうした?どこにいる?君は状況を把握しているのか?」
矢継ぎ早に質問を投げつけるが、アロイスは、まず端的に「要望」を伝えた。
「今からそちらに「ヤバいヤツ」が姿を現すが、絶対に手を出すな!」
リシュリューはやや怒り気味に返す。
「君も、そうやって「敵」が何なのか、はぐらかすのか!?それに、手出しするなって・・・出来るわけないだろう!ミュロンドを「外の脅威」から守るのが今の私の仕事だ。」
アロイスはリシュリューの置かれた立場を理解する。話は通じる男だ。しっかり説明したほうが良い、と思いなおす。
「済まなかった・・・だが、時間がないから簡単に言うぞ。まず「敵」は「異形者・聖天使アルテマ」だ。ただ、召喚術のアレじゃない。本体だ。千年神戦争の伝承に出てくるアレが、伝承そのままの力を備えて出てきた。ここまで了解か?」
リシュリューは伝承を思い起こす。お伽噺だとかそういうのは脇において・・・OK、分かった。世界が滅ぶレベルでヤバい奴、ということだ。それなら正規軍の師団級部隊が壊滅しても不思議じゃない。・・・理解した旨をアロイスに返す。
「今、我々は君の位置から北に120マイルの地点に居る。飛空艇だ。全速でそちらに向かっている。ソイツは我々が引き受ける。だが、市内に入られたら手出し出来ない。だから、そちらから攻撃は加えないで欲しいんだ。刺激して欲しくない。分かるか?」
リシュリューは首を伸ばしてレーダー・ディスプレイを見る。まだ見通し距離圏外のためか飛空艇の機影はない。だが、北から西の10マイル程の地点で3機の戦闘機がグルグルと8の字飛行で留まっているのを認める。トランスポンダからの2次レーダー情報では、何れも国軍のF/A-37。リシュリューはそれらの戦闘機についてアロイスに問い合わせる。
「ウチの偵察機だ。今は追尾とターゲティングをさせてる。さっき、コチラからADを撃った。弾着まで2分もない。君のところから北に2マイル程度だ。そちらから目標を視認出来ないか?」
リシュリューは漫然と地平線を映していた超望遠カメラの操作員に指示をして、言われた辺りを捜索させる・・・何かいた!オート・フォーカスのピントが合う。
「いた!だが・・・女だ。ヒュムの・・・私が知っている「聖天使」じゃない。羽根も生えてなけりゃあ、足もある。」
「そっちにパッシブ・ミスト・センサーはあるか?」
「ない!ウチを何だと思ってるんだ?創設以来、実戦経験ゼロのお飾り部隊だぞ。」
「他に特徴は!?何でもいい!」
リシュリューはディスプレイを凝視する。無意味と知りつつも、目を細めて。
「髪は・・・多分、白の長髪だ。被服は酷く損傷・・・なんてこった・・・」
「・・・どうした?」
「アレは・・・法王府(ウチ)の恥辱服だ・・・3型の・・・破れた服の隙間から見えてる。どういう事だ?アレが「聖天使」なのか?俺にはワケが分からん!」
庁舎艦の指揮所ではアロイスとサディアが目を合わせる。
「ミラン!それで間違いな・・・」
アロイスがそこまで話したところで、受話器越しにくぐもった爆発音が聞こえる。
「大丈夫か!?」
暫しの沈黙の後、リシュリューの応答。
「着弾だ!AD、撃ったんだろ?丁度、あの女の辺りに落ちた。凄いな・・・爆薬、何十トン分だ?」
リシュリューはディスプレイから目を離して外を見る。きのこ状の爆煙が盛大に空へと噴き上がっていく。
「丁度良い。ダメージ評価、頼めるか?」
「分かったがちょっと待て、煙で何も見えん。」
また、暫くの沈黙・・・さっきよりも長い。
無線機のスイッチを押すジップ音が鳴った瞬間、アロイス達が耳をそばだてた。
「・・・こちら、リシュリュー・・・言うぞ。女は、立ってる・・・焼けたのは上の服だけだ・・・そして1件、訂正する・・・女に羽根が生えた。」
「・・・!!」
サディアが目を丸くし、アロイスは顔を引きつらせる。視線を偵察機から伝送されるミスト・センサー画像に映すと、中央の輝きは更に増しているようにも見える。
アロイスは無線機に向かって怒鳴った。
「いいかミラン!そっちの人間を全員、退避させろ!絶対に撃つなよ!」
リシュリューは了解信も出さずに直ぐ様叫ぶように指示を出す。
「退避!陣地の人間は総員退避!後方の掩体まで下がらせろ!射撃はするな。国軍が対処する!」
リシュリューの幕僚達が慌てて、しかしホッとした表情で飛行場の部隊に連絡を取る。陣地展開の時とは比べものにならない速さで、僧兵達が退避していくのが指揮所から見える。
(・・・ある意味、頼もしい。)
蛮勇を奮って撃つ馬鹿はここにはいまい、とリシュリューは苦笑した。
もう一度、レーダー・ディスプレイを見る。北北西の探知圏内ギリギリに1隻の巨艦の艦影が映っているのを認めた。無線機に向かって叫び返す。
「アロイス!こっちはOKだ。カメラの見張りとダメージ評価は続けてやるから、存分にやってくれ!」
「引き続き最大戦速!目標まで2マイル地点で艦をホバリング・モードに移行。高度は同地点までに2500まで下げ。ADは90秒置きに2発斉射!残りの武装は射程に入り次第、令なく射撃開始!「スラコ」「パトナ」は本艦左右後方45度、5マイルの位置で索敵補助並びに火力支援!」
庁舎艦の指揮所ではアロイスが矢継ぎ早に指示を出す。
ADの2斉射目が再び艦を揺らす。
(アルケイディアのアレクサンダー級でも2発で沈む代物だぞ。それを・・・服が焼けただけ?ギャグ漫画か何かか・・・)
アロイスは首を横に振る。機械化歩兵連隊長の席に向かい、連隊長の肩を叩く。
「艦内戦闘の準備はどうだい?多分、お世話になりそうだ。」
連隊長は笑顔でサムアップする。
「歩兵大隊、AC大隊、共に準備完了です。2旅団長が融通してくれたんで、大隊の歩兵小隊は全て「YK(ヤズマット・キラー)記章」持ち、旅団長の先見の明のお陰でACも定数一杯。これ以上は望めません。格納庫を「殺し間」にしてやりますよ。」
アロイスは満足げに笑顔を作ると、もう一度連隊長の肩を叩いた。
艦の外側から、AD発射時とは別の振動と断続的な射撃音が響く。「聖天使」を射程に捉えた電磁加速砲が射撃を開始したのだ。ディスプレイ上、目標との距離は既に30マイルを切っている。
両翼で援護に当たる2隻の揚陸艇がロケット弾射撃を始める。精度は望めないが、陽動には十分だ。
庁舎艦の可視光センサーからも、前下方にミュロンドの市街、そしてその手前に濛々たる爆炎が次々と立ち昇るのが見える。こうなると光波センサーは赤外線も含めて、自艦の砲爆撃が生み出す爆煙と熱ばかりを検知して当てにならない。偵察機が伝送してくるパッシブ・ミスト・センサーの表示だけが、目標の位置と、それがなお健在である事を示し続けていた。
「目標の動きはどうか?」
アロイスが尋ねる。
「少なくとも、射撃開始からはミュロンドに接近はしていません。」
「こっちに気付いているかな?」
「この図体ですからね。向こうからはそろそろ見えていると思いますよ。」
アロイスは腕を組んで考え込む。
(陽動が効いていないわけではないようだが、向こうの動きがよく分からない。ただ突っ立って攻撃を受け続けている、ということか?全く動かれなくても困る。こちらの弾薬も無限ではない・・・)
その時、パッシブ・ミスト・センサーの映像をモニターしているコンソール員から報告が入った。
「目標、ミスト放出、弱まります!」
見ると、先程まで画面の半分を真っ白に染めていた表示がどんどんと明度を下げていく。やがて、識別できないほどまでになった。
(攻撃が効いているのか?)
アロイス等が一寸、淡い期待を抱き始めた刹那、指揮所の小さな舷側窓から青白い閃光が飛び込み、艦全体が小刻みに震えた。
指揮所が一気にざわめきたつ。
「各部、被害状況知らせ!」
指示が飛ぶが、各部からは被害なしの報告。ただ一つ、「リフレクション・グレネイド」のオペレーターだけが異様な報告を上げる。
「アブソーブド・ミスト・コンデンサ容量、98.5%・・・」
一寸の空白の後、それが意味することを全ての指揮所員が理解した。
「撃たれた」のだ。「インビンシブル」を撃沈し、第3師団と2航戦を壊滅に追い込んだ「攻撃」が今、この艦に向けて放たれた。
庁舎艦の前面とバイタル・パートほぼ一面に貼り付けられた人工クリスタル・コーティングがそれを吸収し、ミスト・コンデンサ・クリスタルへとエネルギーを流した。長年に渡り大枚をはたいて期待された能力が見事に発揮されたわけだ。しかし・・・
「98.5%・・・」
あと少しばかり入力が大きければ、コンデンサは容量オーバーで大爆発、艦は一瞬で空中分解していていただろう。ダルマスカ戦役時に観測、予想されたバハムート級の主砲エネルギー5発分を許容するように設計されたコンデンサを一瞬で埋めたことになる。
「ミスト波形解析完了・・・魔法「アルテマ」と同一です。」
「いや、でも威力が馬鹿げて・・・」
指揮所の一角、情報幕僚部の幕僚達がざわめく。
「今まで我々が「完全アルテマ」と呼んでいたのが実は「ションベン・アルテマ」だったということだ。」
アロイスはそう言うと、マイク越しに令する。
「撃ち返せ。リフレクション・グレネイド、発射!」
元のエネルギーが大きすぎるため、とてもカタログでアピールされた1万倍にはできなかったものの、数倍の威力に増幅された「リフレクション・グレネイド」が艦首に設置された可動式クリスタル・アパーチャから金色のビームとなって「聖天使」に撃ち返される。次の瞬間、着弾地点から光球が盛り上がり、大爆発。衝撃波が艦を揺らし、ミュロンドの北西部外壁までがのみ込まれかねない威力に、庁舎艦指揮所と艦橋の面々が慌てる。バハムート級だろうが何だろうが、「人間が造ったもの」であれば間違いなく全てを蒸発させる威力・・・図らずも、この「名もなき艦」の「力」、そして間接的に「聖天使」が本気で放つ「アルテマ」の威力が証明された瞬間だった。
ミュロンド側では、リシュリューが詰めていた飛行場管制塔のガラスが全て吹き飛び、傷者が発生していた。リシュリュー自身も肩口をガラス片に裂かれ、鮮血がほとばしる。
「管制塔、指揮所要員も総員、退避!掩体まで降りろ!負傷者を置いていくなよ!」
リシュリューは命令を下した後、無線機を掴んで叫ぶ。
「アロイス!コチラはもう無理だ。足手まといにしかならん。退避する!」
受話器からはアロイスの声
「スマン!そちらに被害が出たか!?」
「傷者が出たが、気にするな!市街は・・・城壁ビルが守ってる・・・ハハッ、まさかホントにこの「城壁」が役に立つ日が来るなんて・・・!3分だ。3分、待ってくれ!その間に退避する。そしたら、後は存分に暴れてくれ!ただし、さっきのビームを市街に当てるなよ!健闘を祈る!送話終わり!」
リシュリューは無線機を放ると、速やかに立ち上がる。負傷者と、総員の退避を確認するために。
「目標まで2マイル!IRカメラ、敵、ビジュアル・コンタクト!」
庁舎艦のセンサー員が叫ぶように報告する。艦は減速し、ホバリング・モードに移行。原子力エンジンは最大出力で排気を真下に吐き出し、巨艦を空中に留める。
「奴(やっこ)さん、コッチ向いてますぜ。」
状況表示ディスプレイの一つが、遠距離監視用の望遠カメラに切り替えられる。
総員の目が注がれる。パンクロマチックの赤外画像のため、表情や細部までは読み取れないが、背と頭から二対の翼を生やした「人間でも異形者でもない」或いは「そのどちらでもある」存在が、そこに立っているのが判った。
「いい加減、動いてもらわんとな。市街の巻き添えも避けたい。南西方面に誘導したいが、出来るか?」
アロイスが火器管制オペレーターに尋ねる。
「・・・ありったけのミサイルと、バルカン砲で・・・」
オペレーターが短距離ミサイルと40mm多連装砲のマスター・アーム・スイッチを入れる。
「射撃開始。」
アロイスの命令と共に、これまでの大火力の範囲攻撃から打って変わって、大量のピンポイント火力が撃ち込まれる。艦はジリジリと南西方面に移動して「聖天使」を引きつけるように動く。
「ムカつくなら、追いかけてこい」
と煽るように。
この場にいる誰もが既に感覚を麻痺させていた。恐らくは「千年神戦争」以後の歴史で最大級の瞬間火力を、大軍でも、巨大なドラゴンでもなく、2メートルにも満たない「敵」に向かって投射し続け、大して効果もみられないという「あり得ない現実」に、もはや大して驚く者もいない。自分達はそういう存在と相対しているのだと、誰が言い出すでもなく、総員が認識していた。
「目標、動きます!」
カメラ越しに、こちらに向かって歩く「聖天使」の姿。
「徒歩かよ!飛ばんのかい!」
幕僚の1人が思わず突っ込み、まばらではあるが笑いが起きる。実際には飛んでくれなくて助かった。飛べば射角が上がってミュロンド市街が砲撃の射界に入ってしまう。
次の瞬間、閃光と振動!また「撃たれた」のだ。
「増幅はするな!そのまま撃ち返せ!」
アロイスの指示が飛び、青白く輝く極太のビームが撃ち返される。先ほどではないが、着弾地点から大爆発なのは変わらない。ADを10発まとめて撃っても、こうはならないだろう。
(お前さんが、その手に気を込めるだけで、ナブディスと同じことが起きる。)
ネルベスカでアジョラに向けて発したバルビエの言葉が、サディアの脳裏に実感をもって思い起こされた。
(・・・だが、戦えている。)
そう考えた時、サディアの全身に鳥肌が立つ。
目の前で盛大に撃ち込まれているのは妹でもあるというのに、少なくともサディアは今、明確にアロイス達の側に立っている。
奇妙な感覚だ。
目の前のアイツが、「この程度」でくたばって欲しくはないと思い、そして、そうはならないと心の何処かで確信してしまっている。
その一方で、自分を含む現生種族が辿り着いたこの領域を純粋に誇らしくも思う。
ゲルンを見上げる。
(どうだ、これが「ゴミ虫」の力だ。「一寸の虫にも何とやら」だ!)
口には出さないが、心でそう言い放ってやる。
そしてその時、サディアはゲルンについて一つのことに気付いた。
(そういえばコイツ、作戦会議で俺を推した以外、何も口出ししてないぞ・・・)
索敵一つとってもそうだ。ゲルンなら、一瞬でアイツの側に飛んで、俺やアドルフにやったようにここの連中にイメージで送り込むことだって出来る。その方が余程、効率的なのに、それをしない。人間達がセンサーと通信機器、解析機器とデータ・ベースを駆使して四苦八苦しながら捜索・識別するに任せている。
だが、興味がない、というわけではなさそうだった。その「目」は爛々と、指揮所の人間達の動きを追っている。機器の動きと、兵器の威力を見定めている。何か月も行動を共にしているサディアには、それが分かった。そして気付いた。
(そうか・・・これは、「参観日」なんだ・・・)
まるで、人間の親が学校で子供達の日頃の学習の成果を見定めるかのように、「観ている」のだ。紆余曲折こそあれ、自らが護り、導いてきた世界(イヴァリース)の住人達が学び、育んできた「成果」を観ている。この世界を認識する力、認識したものを伝える力、伝えられたモノを整理し、分析して真実を見出し、未来を見通す力、そして、その成果を現実の「力」に昇華させ、それを使いこなす力・・・確かに、この作戦は、それらの「力」を見定めるにはうってつけの機会だ。「聖天使」は、さながら生徒達に課題を与える「教師」。参観日で親が口や手を出すのは禁物だ。だからゲルンは助けないし、口も出さない。
(なんて奴だ。アンタも俺と同じ、エゴ丸出しなんじゃないか!)
サディアは、この高慢極まりない「不滅の存在」に感じた「人間臭さ」に少しばかりの親近感を抱く。
3度目の閃光と衝撃。直ぐさま、撃ち返す。これまでと違い、「聖天使」よりも手前の地面をビームが薙ぎ払う。
「どうした?」
アロイスがオペレーターに確認する。
「照準とエネルギーの収束率が安定しません。射出部のクリスタル・アパーチャが熱で歪みだした可能性があります。」
アロイスは舌打ちする。
「なんて奴だ。ミュロンド市街にでも当たったらエライことになるぞ・・・」
腰に手を当てて溜め息をつくアロイスに、サディアが歩み寄る。
「俺が思うに・・・」
アロイスが振り返る。
「意識があるのか無いのか分からないけれど、アレは、アジョラの「やり方」だ・・・ガキの頃の、だけど。」
「どういう事だ?」
「さっきから見ているけど、あの「聖天使」、頭使って戦ってるようには見えない。ブチ切れて「力」を撒き散らしてるだけだ。」
「・・・・・・」
「アイツが俺とケンカになった時は、最初に必ずそこら中のモノを投げつけてくるんだ。まあ、年の差、力の差があるからそうなったんだろうけれど・・・大事にしてたフィギュアやら本やらまで投げつけてくるから、たまったもんじゃない。」
「・・・今の「アルテマ」の乱発がそれだと?」
「俺には、そう見えた。」
そう言ってサディアは少しばかり呆れたような顔で微笑む。
「で、いよいよ投げつけるモノがなくなると、止めときゃいいのに・・・」
話す途中で、センサー員が割り込む。
「目標、失探!」
アロイスが目を丸くして振り向く。
「煙で隠れただけじゃないのか!?」
「パッシブ・ミスト・センサーも失探しました!光学、赤外、共にロスト!」
一寸の沈黙の後、サディアが続ける。
「・・・結局、突っ込んでくるんだ。」
指揮所内にけたたましいブザー音が鳴り響く。艦内で放射能漏れか、火災、若しくは異常なミストを検知した場合に流れる警報だ。
「状況知らせ!」
「原子炉区画、異常なし。放射線値、全て問題ありません。」
「異常ミスト検知、ありです!フレームナンバー560付近・・・航空機主格納庫!」
ミスト検知に続いて、すぐさま、識別結果が伝えられる。
「波形、先程の「敵」と同一!」
ほぼ同時に格納庫周辺に待機していた機械化歩兵部隊からも報告が入る。
「「敵」、艦内に侵入確認!場所、航空機主格納庫!」
カメラが格納庫内を映す。今度はカラーで、ズームすると表情までバッチリと映っていた。
サディアがボソリと呟く。
「・・・澄ました顔しやがって、可愛くねえなぁ・・・昔は、泣きながらかかってきたもんだが・・・。」
アロイスがマイクに飛びつく。
「全艦、フェイズ3に移行!針路南西最大戦速!艦内戦闘!「キネティック・コロセウム」発動!」
矢継ぎ早に出された命令がそれぞれ復唱されていく。艦が一気に旋回していくのが分かる。
そこからの指揮所の動きはサディアには圧巻だった。
区画の半分ほどを占めていた「地上戦闘指揮所」の整然と並んだコンソール卓に、ヘッドセットを付けた機械化歩兵連隊の小隊長達がズラリと腰掛ける。その後ろには上位の中隊長、さらにその後に、大隊、連隊長と続く。各小隊長の眼前のコンソールには、掌握する分隊員達のバイタル・データと艦内の位置情報が表示されている。前面の状況表示ディスプレイに映された、艦内見取り図上の各部隊の配置を見る連隊長の指示が順次下位の指揮官に伝えられ、命令が精緻になっていく。小隊長達が、現地の指揮官たる各分隊長に対して具体的な動きを指示する。陣取る場所、補助・防護魔法の使用等々。ACにも数機の小隊毎にオペレーターが付く。この時点で、何百人もの鎧兜の戦士達に方陣を組ませて伝令とラッパで統制する同盟諸国陸軍の指揮とは余りに次元が違う。ランベリー大公が法王府と組んでこの部隊を無力化しようとしたのも納得だと、戦う前から理解できた。
「キネティック・コロセウム?」
サディアがアロイスに問う。
「ああ、まあ、簡単に言えば「脳筋闘技場」だ。ミストを完全に除去して数十万立方メートルの「魔法が存在しない空間」を作り上げる。そこで通用するのは火薬と、重金属と、筋肉・・・物理化学の定理だけだ。奴は飛ぶよりも瞬間移動(テレポ)が好きみたいだが、それもさせん・・・。元々は帝国の火器・アーマーの技術的優位を最大限に活かすための局地戦用戦術なんだけれどな。当然コチラの魔法も使えないから、魔道士達は総出でこの空間の生成と維持、そしてコロセウムからローテーションで後退する戦士達の治癒と補助だ。」
アロイスはそう答えると片眉を上げて不敵な笑みを作る。
「魔力がとんでもない、ってのはよく分かったが、肉弾戦はどうかな?その細腕で同じようにやれるか、試してみよう。」
それを聞いた士官の一人が、前面のディスプレイを眺めながら軽口を叩く。
「確かに、何であんな姿なのかは分かりませんが、アレと「肉弾戦」なら、大歓迎ですよ。ねぇ旅団長?」
アロイスは片手をかざしてニヤけ面のその士官を制すると、横目でサディアを見ながらものすごく気まずそうな顔をする。
「まあ・・・ウチの隊風なんだ。最近は、女性も増えてきたし変わってきてはいるんだが、そう簡単には、な・・・。」
兵達を直接指揮する連隊長も「いつもの調子」で檄を飛ばす。
「いいかお前ら、あのトマトにむしゃぶりつきたいのは分かるが、下手に前に出るな!倒すのが目的じゃない。遅滞戦闘だ。格納庫から逃さず、あのケツを出来るだけ長く拝んでられるように戦え!」
無線の先から将兵の笑い声が聞こえる。
サディアも鼻で笑う。
「せいぜい、アイツの意識が無い事を祈るよ。しかし、初めて法王府に感謝だな。呪いの修復機能付きのあの服じゃなかったら、今頃全部焼けて、ストリップ・ショーだ。」
アロイスが肩をすくめる。
「まあ、な・・・」
ゲルンが割り込む。
「我等の最高傑作を、よくもああまで醜悪にしてくれたものだ。」
「醜悪」という言葉に引っかかったサディアが言い返す。
「そりゃ、種族毎の見解の違いだ。一般的なヒュムの価値観じゃあ、アレは「ナイス・バディ」っていうんだ。覚えとけ。」
背中と頭の羽根を除けば、ほとんど妹のままなのだ。自分以外の他人がけなせば、カチンとくる。
まだ動かない「聖天使」と睨み合ったまま、軽口と無駄話に花が咲くが、それはこれからここで起きる事が概ね誰にも予想が付いたからでもあった。笑っていられるのは今が最後、30分後に自分が生きている保証は無い。卑猥なジョークと下卑た笑いが水盃代わりだった。
「キネティック・コロセウム発動完了」
「格納庫内壁、物理障壁展開完了」
それぞれ報告が入る。艦体中央の大部分を占める航空機格納庫が「デス・マッチ」のリングと化した瞬間だった。
艦全体がビリビリと震える。旋回を終えて定針した艦が、エンジン出力を最大超えのエマージェンシー・モードにしたのだ。高度も上昇し、身体が床に引きつけられる。
アロイスがマイクを取って命ずる。
「射撃を許可する。戦闘開始!」
格納庫の艦首側に陣取った歩兵達とACから一斉に銃砲弾が浴びせられる。弾止めとなる物理障壁の効力を超える超高威力弾こそ使えなかったが、伝承級のドラゴンでもない限り全ての生物の生存を一瞬で拒絶するに十二分の金属塊と業火が叩きつけられる。指揮所にいても、射撃音が艦内後方から聞こえる。遠距離から攻撃していた時とは全く違う生々しさをサディアは覚える。モニター越しに、殆ど妹の姿をした「聖天使」の身体が抉られ、態勢が大きく崩れるのが一瞬、見えた。思わず目を伏せる。
「これで、いい・・・出来るだけ、このまま・・・」
そう呟きながら祈る。
(意識が無いのなら、せめて痛みも感じていませんように)と。
何が起きているかは、与えられた「知識」でだいたい分かる。「聖天使」は、直接、星の龍脈と繋がっている。それは「キネティック・コロセウム」でも断つことは出来ない。絶てるとすれば、それは「無」の力による、時空そのものからの断絶だけだ。傷ついた「聖天使」は龍脈から掬い取ったエネルギーを使って身体を修復する。エネルギー源は事実上、無限だ。延々と続く崩壊と再生が痛みを伴うものだとしたら、余りに哀れでならない。交戦距離が近づくにつれて、今更ながらにそう思わずにいられなくなる。モニター越しに「観ている」この戦いは、自分がいる場所から、せいぜい300メートルも離れていない場所で行われているのだ。
やがて、「その時」が来る。小隊長達が忙しなく指示を出す管制卓の画面の一角が突如、真っ赤な表示に染まる。指揮下の小隊員達のバイタル・サインがレッド(死亡)に変わったのだ。ついに第1旅団に犠牲者が出た。余りに一瞬の事で、部下達を後退させる間も与えられなかった小隊長達が絶句する。
一寸置いて、もう一度。今度は、指揮所にまで鈍い衝撃が響く。
現場の歩兵からコンソール卓の小隊長に報告が上がる。小隊長が叫ぶように報告する。
「敵は、奪い取ったACの武装を振り回しています!」
格納庫の固定カメラと歩兵のボディ・カメラ越しに映像が伝送される。格納庫の通路ハッチの一つを塞ぐように陣取ったACの1機が腕部をもぎ取られて擱座している。「聖天使」はACが装備していたらしき3メートルはある超硬合金製のブレードを振り回していた。足を鉄の床にめり込ませ、それを支点にして兵達を薙ぎ払ったのだ。
アロイスが舌打ちする。
「細腕も筋力絶倫、か・・・」
機械化歩兵連隊長に歩み寄ると、「とにかく一旦、格納庫後部に押し込んでから釘付けにしろ。距離を詰めさせるな。」と命じる。
命令は瞬時に下達され、阻止力に優れる散弾と気化弾頭の一斉射撃という形で実行される。「聖天使」も、物理法則にまでは逆らえず、巨大なAC用のブレードを取りこぼし、身体を大きく抉られながら格納庫後方まで後退する。
連隊全体があたかも一つの生物のように有機的に動く、その連携の速度と精度において1機戦群機械化歩兵連隊の右に出る部隊もクランもイヴァリースには存在しなかった。歩兵が潰されかねない屋内狭所でのACとの連携も、この部隊は難なくやってのけるのだ。損失した兵力も、速やかに埋められる。
ミュロンドは既に夕霞の中に隠れるくらいにまで離れていた。
アロイスは手応えを感じる。生身でACの武装を振り回すとはいえ、やはりオキューリア製の異形者だけあって、ミスト環境下での魔力運用を前提にしているのだろう。「キネティック・コロセウム」は予想以上にハマったと言える。
(もしかしたら、墜ちることなく十分に沖合いまでいけるかも知れん。)
希望が湧いてくる。死を恐れるわけではないが、可能ならば部隊を生きて返してやりたい。
アロイスはサディアに耳打ちする。
「沖合、500マイルでどうだ?あと1時間半程度で到達する。」
サディアは、少し考えたが首を縦に振る。いくら異形者といえど、流石に半径1000キロメートル近くを「無」の力で抉り取る、などということはあるまい。それ以上を要求するのは酷だと考えた。
だが、次の瞬間、その希望に冷水が浴びせられる。
「異常ミスト反応、格納庫外通路に複数・・・波形から召喚術の可能性!」
状況表示ディスプレイの艦内見取り図に数十を超えるミスト反応のシンボルが表示される。
「波形に該当する召喚獣、モンスターを割り出せ!」
作戦統括幕僚が情報幕僚部に命じる。言われるまでもなく検索を開始していた情報幕僚部の士官達だったが、結果は「該当なし」だった。
「見たこともないモンスターってことか・・・!」
アロイスは少しでも欲をかいたことを恥じながら命令する。
「2個歩兵諸科合成大隊を編成、両舷に分けて充てろ!」
サディアはゲルンを小突く。
「前の「戦争」ではあったのか?」
ゲルンは答える。
「恐らく、「デーモン」だろう。まあ、我々がそう名付けただけだが・・・。元々の機能にはない。汚染された異形者達が自ら編み出したモンスター生成、召喚術だ。いくらでも湧いて出てくるぞ。」
言われて初めて、与えられた「知識・記憶」と合致する。サディアは舌打ちすると、アロイスを捕まえて新たな敵の正体を伝える。戦闘が艦内に移った今、流石にこれ以上、オキューリアの「参観日」に付き合う義理も余裕も無かった。
話を聞いたアロイスは指示を追加する。
状況表示ディスプレイの一つに「デーモン」が出現したとみられる艦内各所の監視カメラ画像が出される。すぐに翼の生えた二足歩行の「獣」が確認できた。そこに向かって歩兵達が突っ込んでいく。航空機格納庫以外は「キネティック・コロセウム」と、艦への銃砲弾の被害を防ぐための「物理障壁」の範囲外なので、こちらは剣と魔法のガチンコ勝負の様相だ。それでも、この部隊の練度が桁違いなのはサディアが見てもすぐに分かった。異形者とはいかずとも決して脆弱などではない「デーモン」が次々と撫で斬りにされていく。しかし数が多すぎた。斬り捨てた次から次へと湧いて出てくる。艦内の電路や油圧をモニターする計器が異常を通報、火災発生が通知される。「デーモン」達が破壊しているのだ。シド中尉が入る機関制御室からの遠隔操作で火災が鎮火されるが、現地での対処が求められる被害には危険すぎてダメージ・コントロール・チームを送る事もできない。状況は徐々に消耗戦の様相を呈し始める。指揮所の中隊・小隊長達が連携して負傷した兵達を後方に下げ、速やかに回復が終わった控えの戦力を投入する。最早、冗談や軽口を叩く者はいなかったが、押されつつあるこの状況でもパニックになる者は誰一人としていなかった。小隊長達の目の前のコンソールに表示された兵士達のバイタル・サインに、レッド(死亡)やオレンジ(戦闘不能)の表示が目立ち始める。だが、巷の戦争映画のように悪態をついたり騒いだりする者はいない。淡々と部隊を再編成し、継戦能力の維持と傷者の後送、治癒に全ての神経を注ぐ。愚直なまでに淡々と、訓練どおりにやっているのだ。冒険者達が幸運の賜物で手に入れる宝剣や魔具などではない、研究と教訓の積み重ねたる叡智をかけて企業群と作り上げた量産品の装備、絶対的な兵力、それを連携させる標準化された行動・連携要領、それらを無意識に染み付くまで繰り返す訓練こそが、この部隊の「強さの源」だった。指揮下の隊員全てを失った小隊長達が、指揮所内で分隊を編成すると、自らの指揮を残る指揮官に託して鎧(プロテクター)と小銃、或いは剣と槍を携え指揮所から姿を消していく。
一際大きな振動と音。格納庫からだ。疲弊していく兵達の一寸の隙を「聖天使」は逃さない。こちらは「デーモン」とはわけが違う。間合いに踏み込まれ、その「細腕」の一振り、「太足」の一蹴りで、数人の屈強な兵達の胴体に穴が空き、千切れ飛ぶ。叩きつけられる一見柔らかな両の翼は剃刀よりもなお斬味鋭い。その様が兵達のボディ・カメラから指揮所のディスプレイに伝送される。それでも心を折る者はいない。命を削って稼ぐ1分、1マイルに意味がある。そういう「任務」だと分かっているからだ。
「デーモン」対処に魔導士を削られた影響で、「キネティック・コロセウム」に一瞬、穴が空く。外のミストが一気に流れ込み、「聖天使」はそれを一瞬で熱と光のエネルギーに変換する。格納庫の後ろ半分が吹き飛び、指揮所にもこれまでで一番大きな振動と轟音が響く。格納庫をモニターしていたカメラの大部分が死に、状況が分からなくなる。斜め後方でエスコートに当たっていた「スラコ」から、艦体に大穴が空いている、と報告が入った。
シド中尉からアロイスに電話が入る。直接戦闘と、艦の運航に関与しない後方部員達を離艦させるべきだ、という進言だった。既に艦の損傷は変針もままならない程に進行している。原子炉とエンジンの管制は自分一人いればできる。どうせ後は艦がぶっ壊れるまで前進するだけだ、と。
艦の帰還を断念したアロイスは、後方部員の離艦を許可する。監理や整備業務等の担当者達だ。
「功績上申と家族対応、しっかり頼むぞ!」
アロイスはそう言って、指揮所に詰めていた監理幕僚の肩を叩く。監理幕僚は目を赤らめながら敬礼すると、部下を連れて指揮所から姿を消した。
艦橋も、艦長と最低限の操縦員を残して退避する。アロイスがマイクを掴む。
「後方部員が離艦する!戦闘部署はこれを援護せよ。敵の攻撃を離艦者、脱出艇に向けさせるな!」
その瞬間、崩れかかっていた布陣が猛然と息を吹き返す。自分達が攻勢に出続けることが、即ち離艦者を護ることになるのだ。格納庫では、弾薬を撃ち尽くしたACが背部のブースターを点火して「聖天使」に体当たりを仕掛ける。歩兵達は銃を剣に持ち替えて、最後の軽口を叩く。
「奴にツケを払わせてやる。」
「ああ、腰が立たなくなるまでファックしてやるぞ。俺が前から、お前は後ろからな。」
そう言って笑いながら拳を合わせると、自らに「バーサク」をかけ、ACに続いて突撃していった。
離脱する脱出艇に向かって、「デーモン」達が群れをなして飛び掛かる。「スラコ」と「パトナ」が機関砲を乱れ撃ちながらその間に割って入り、ローターで「デーモン」達を弾き飛ばす。「聖天使」が艦に乗り込んで以降はエスコートに付いていた4個フライト・チーム、計12機のF/A-37戦闘機が、2隻の揚陸艇をすり抜けて脱出艇に向かう「デーモン」を迎え撃つ。よく見ると、「デーモン」の一部は、より飛行に特化した形状に変態していた。ミストを収束させた誘導弾までばら撒きだす。脱出艇の防護を優先するため、戦闘機達は持ち味の機動力を活かせない。対地攻撃用の燃料気化爆弾(バスター・グレネード)まで使って、雲霞のごとく押し寄せる「デーモン」達を落としていくが、1機、2機と櫛の歯を引く様に墜ちていく。D(デルタ)・フライトの長機に、無数の「デーモン」が張り付き、バランスを崩しながら高度を下げる。C(チャーリー)・フライトの長機が脱出を促すが、脱出装置は起動することなく、海面に激突する。
しかし、飛行不能になった2隻の揚陸艇が海上に不時着し、戦闘機では唯一生き残ったCフライトの長機がほぼ全ての弾薬を使い果たした頃、遂に「デーモン」達の追撃は終わり、全ての脱出艇が離脱に成功した。Cフライト長機、ニコラは帰投を申し出るが、庁舎艦からの命令は「脱出艇と共に離脱せよ。」だった。
全ての要員が離艦するか、一兵卒として格納庫に消えていった指揮所には、アロイスとサディア、そしてゲルンが残る。戦いのさなか、一寸自室へと引いて、戻ってきたアロイスは、AC用のパイロット・スーツと簡易型の強化外骨格に身を包み、両の腰に双剣を差していた。
「あなたも、征くのか・・・。てんこ盛りだな。」
サディアが少し呆れたような顔で出迎える。
「本来なら「指揮官先頭」なんだけどな。まあしょうがない。殿で勘弁してもらうさ。」
そう言って肩をすくめるアロイスの胸には、蝶をモチーフにしたデザインのエンブレム・ワッペン。その円周を囲うように、部隊名らしき刺繍が施されている。
「Die Schmetterlinge(シュメッターリンゲ)・・」
「私のAC小隊だ。ま、とうに解散してるがな。2、3番機は今日、君も会った3、4旅団長だよ。因みに、ワッペンの下に付いてるのが、私のTACネームだ。」
「その剣は?ACで行くんじゃないのか?」
サディアの問いにアロイスは胸を張って答える。
「ウチのAC大隊の標語を教えてやろう。「噛みついて戦う覚悟の無いヤツは乗るな!」だ。」
そして、サディアの肩に手を添える。
「これより、「フェイズ4」に移行する。月並みだが、後は任せたぞ。私は、最後の5マイルを稼ぐ。妹君の事は、君が何とかしてやりたまえ。」
サディアはその手に掌を添えて、力強く握る。初めて会った時のように。
アロイスは、頷くと、ゲルンがいると思わしき方を向いて語りかける。
「アンタ達、アレと千年戦って、勝ったのか・・・凄いな。素直に、尊敬するよ。」
ゲルンがアロイスに姿を見せる。アロイスが問うた。
「最後に一つ、聞きたいんだ。私達の戦いは、どうだった?」
ゲルンは答える。
「お前達が居るのは・・・7千年前に我々が通った場所だ。」
アロイスが乾いた笑い声を上げる。
「そうか・・・やれやれだな。」
サディアが取りなすように言う。
「褒めてるんだよ・・・これでも。まだ身体があった頃の、彼等の父祖達の時代だ。それと同じだと言ってる。」
それを聞いたアロイスが微笑む。
ゲルンは気が済まないのか、最後に嫌味を忘れない。
「だが、政治は0点だ。特にヒュム、お前等はな。どうせまた、何度でも繰り返すのだろう。同じ様な事を。」
「それは、政治家と坊主共に言ってやってくれ。私の分じゃないよ。」
そう言うとアロイスはヒラヒラと手を振って、指揮所のハッチから出ていった。
格納庫で繰り広げられる戦いの音と振動が、2人を残して無人となった指揮所に響き続ける。
アロイスは、飛行場格納庫の上階前方、艦首側に位置するAC格納庫に入る。白銀と落ち着いた蒼色を基調にカラーリングされた高さ5メートル程の精悍な2足型ACがコックピット・ハッチを開けて彼を待っていた。ラッタルを上がって乗り込み、席に着くと四肢コントローラーに手足を通し、投影装置付きのヘルメットを被る。バッテリー・スイッチを入れると、ヘルメットに内蔵された感応式の認証装置がアロイスの遺伝情報由来のミスト波形を検知し、OSのセキュリティ・ロックが解除される。最新鋭兵器を奪取されないための対抗策だ。起動したOSに搭載された人工知能が清々しい女性の声でアロイスのTACネームを呼びかけ、アドバイスをする。
「お帰りなさい、「アグリアス」。久しぶりの搭乗です。気をつけて。」
戦術ディスプレイには、TACネームの右下に最後にACに搭乗してからの日数が表示されている。
「1860日・・・5年ぶりか。TACネームで呼ばれるのも久々だな。なまってなきゃいいが・・・」
アロイスはそう呟くと、燃料電池とグロセア機関のハイブリッド・ジェネレーターを起動。武装の装着を指示する。最新鋭のプラズマ・ミスト・ブレードと、複合素材製のシールド、肩部には散弾をバラ撒く小型のショット・カノンと目眩まし用のスタン・グレネードを選択。
係止解除コマンドを入力。係止解除と共に戦闘モードへのシステム移行を命令。人工知能が復唱する。
AC用の大型エレベーターで飛行場格納庫の階に降りる。航空機格納庫へと通じる通路は無傷だった。部下達は、指揮所と機関制御室へと続くこの路を守り切ったのだ。「キネティック・コロセウム」が維持できなくなってもなお、「聖天使」を格納庫に留め続けた。最後に指揮所で確認した、艦のミュロンドからの距離は300マイル。その数字が彼等の「戦果」だ。アロイスはそれを胸に刻みながら、格納庫内に足を進める。
庫内は目茶苦茶だ。血の海と、瓦礫の山・・・機械と肉塊が混じって積み重なった「山」が幾つも出来上がっている。床と内壁にこびり付いた血が、ACの残骸から立ち上がる炎に乾かされていく。この「地獄の釜」で、最後まで我を失うことなく戦い続けた部下達を誇る。
いた。「血塗られた」聖天使だ。サブ・カメラの映像をズームする。傷一つない。そのしなやかな身体と純白の羽根に染み付いているのは、全て部下達の返り血だ。だが、それは分かっていたことだ。こういう戦いなのだ、と高鳴る胸に言い聞かせ、丹田に力を込める。
今、自らを管制するオペレーターはいなかったが、いつもと同じように報告する。
「こちらアグリアス、敵を視認、交戦開始。」
ブレードを起動して構える。背部ブースターを点火、久々に感じる暴力的な加速度。爪先大だった「聖天使」が、一瞬で眼前に迫る。
音と振動が止む。殆どが警報と各種のアラート表示となった状況表示ディスプレイ群が薄暗い指揮所を赤白く照らす。ほんの30分前には人と声で満ちていたのが嘘のような静けさだった。
サディアが問う。
「来るかな?こっちに・・・」
ゲルンが答える。
「来るさ、私もいるからな。」
「ゲームや漫画じゃあ、どっしり構えて待つのは悪役なんだがな。」
愚痴るサディアにゲルンは突っ込む。
「なら、これで良いだろう。大悪党め。」
サディアは乾いた笑い声を上げる。
「ハッハ・・・違ぇねえや。兄妹連携プレーで、イヴァリースは「ご破算」だ。」
指揮所、艦尾側の空間が歪む。
「来たか・・・」
「悪役」らしく呟いてみる。20メートル程の間を空けて相対する「アイツ」の首元と脇腹を二本の剣が深々と貫いている。だが、その顔はあくまで涼しげだ。痛みも、何の感情も読み取れない。
(アロイスの剣・・・)
拳に力が入る。義父とバトンタッチするかのように自らを救い、守ってくれた友は、自らが掲げたスローガンどおりに戦ったのだ。本当に噛みついたかどうかまでは分からない。だが、深く食い込んだ双剣がその烈火の如き闘志を証明している。倒せる、倒せないの問題じゃあない。神聖ユードラ帝国統合軍直轄第1機動戦術群第1旅団旗下5000人分の「意地」をその剣に乗せて、捩じ込んだのだ。
目の前の「アイツ」は剣の柄に手を添えると、顔色を変えることもなくゆっくりと身体から引き抜き、そのまま両の手に握る。
「気に入ったのか?友達のなんだ。」
何でもいいと思い、そう語りかけてみる。
反応はない。
「俺だよ。ハリだ。忘れたとか抜かすなよ?」
平静を保とうとするが、勝手に喉が震える。
分からない・・・どっちが良いんだ?呼んでも答えがないのは、「お前」が消えてしまったみたいでツラい・・・。でも、もし俺の・・・ハリ・レイレナードの名を呼べば、アロイスと、何万もの人々を、「正気のお前」が殺した事になる。それも、許容できない。
答えはなかった。淋しいが、安堵の方が大きい。
「もう、いいよ・・・やろう。」
手を差し出す。ゲルンがクリスタルの欠片を置く。庁舎艦を覆っていたクリスタル・コーティングの一片。用途は違うが、モノはアルケイディアの人造破魔石やバルビエ博士のクリスタルと同じだ。ミストを吸収し、放つ。
「リーブラ」を使うつもりだったが、こちらの方が効率が良い。
剃刀のように薄く尖ったその先を首元に突き立て、息を止めて、思い切り身体に捩じ込む。
首から頭に突き抜ける、鈍い・・・痛み!
ゆっくり息を吐き、吸って、思い切り叫ぶ。
「来い!!」
ゲルンが身体代わりの「神器」から離れ、意志あるミストの奔流となって、首元に刺さったクリスタルから体内に入る。身体の中に入ったゲルンは、ギルヴェガンへの「門」を開く。門から流れ込んで来るのは、オキューリアの力の源たる「クリスタル・グランデ」に溜め込まれた莫大なミスト。並の人間が受け止めれば一瞬で弾け飛ぶだけだが、今や一体となったゲルンがそれを「制御できる力」に変換してくれる。ミストと一緒に、他のオキューリア達までもが入ってくる。
(彼等は既に役目を終えた。)
頭ではなく、心の中にゲルンの声が響く。
「知識」と「記憶」を与えられた時には分からなかった「感情」が流れ込んでくる。諦観・焦燥・失望・怒り・憐憫・執念、そして・・・
(ハッ・・・王様よう、アンタ、そんな事で悩んでいたのかい?だから俺なんかに託したのか・・・馬鹿代表みたいに扱いやがって、ムカつくぜ。まあ、不思議とアンタのことは嫌いじゃあないけれどな。)
身体と精神を、力が満たしていくのが判る。望んだ全てが叶うかのような万能感が脳髄を満たす。でも、分かっている。これでもダメだから、「今」がある。それ程までに、「お前」が一緒になっちまった「ソイツ」はヤバイんだ。アロイス達が全てをかけたのに、削れたのは、「ミュロンドからの300マイル」だけだ。
手足を通して、大気に念を送る。砕けた艦と、ACの欠片を纏う。数百トンの鉄塊と複合装甲板が俺の鎧と拳、捻り切れ、ささくれだった鉄板と鉄骨が俺の剣と槍、掻き集めたACのブースターが俺の翼、弾倉とランチャーに残された弾薬が、俺の銃。そしてクリスタル・グランデから送られる無尽蔵のミストが動力源だ。
ゲルンに頼んで、「審判の霊樹」との融合は事前に終えた。でも、このやり方じゃあネルベスカの「お前」と同じで、やっぱり「力」は使えない。ここから「力」を使えるようにするには、一度死ななきゃならない。俺の魂を一度、「器」から剥がす・・・。でも、ただ死ぬなんてことはしない。「お前」がしばらく動けなくなる程度には、コテンパンにしてやらないとならない。ミュロンドだろうがゴーグだろうが、人のいる所に舞い戻られちゃあかなわんからな。そのための「この姿」だ。こうでもしなきゃあ、今の「お前」とは喧嘩にならないから。
さあ、準備が出来た。始めよう。俺は何マイル稼げるかな?
鉄塊の「拳」と「お前」の剣が触れ合う・・・コラ、鉄を豆腐みたいに切るんじゃない。それ、アロイスのだろ?なんでそんなに切れるんだよ?ああ、何か「力」を纏わせてるのか?厄介だなぁ。余波で艦体までが切れていく。まあいいさ。千切れて、飛び散った艦の外板・内壁に武装、全て俺の「身体」にする。口径20センチの三連装砲を新たな「拳」にして、砲身の「指」で貫手をかます。手応えあり。そのまま砲弾を斉射!身体と羽根が弾け飛ぶが、すぐ元通りに。そして・・・ああ、また「指」を切られた。クソ!ちょっとくらいは痛そうな顔しろよ。可愛くねぇなあ!
エネルギーのぶつけ合いの余波を受けて徐々にスクラップと化していく艦体を取り込みながら、針路を南西に取り続けることは忘れないよう気をつける。丁々発止でグルグル回っている間に1メートルでも逆進してはアロイス達に申し訳が立たない。原子炉からの系統を絶たれて止まったエンジンは「回収」して、ミストを送り込み圧縮、点火。即席のミスト式エンジンに変えて新たな「翼」にする。俺の「身体」は、今や増設に増設を重ねた違法建築状態だ。自分では分からないが、端から見ればきっと、炎を吐き出す歪な翼を生やした数百メートルの機械の触手の化け物にでも見えるのだろう。「お前」は、そんなにキレイなままなのに、不公平だぜ。
でも、繋がった「部材」の一つ一つを、手指のように識別出来るのには素直に感動する。俺の中に入ったゲルン達が、俺の認識能力を極限まで増幅させているんだ。彼等の「高揚感」が伝わってくる。愉しいのか?柄にもない。でも、分かる気はする。ずーっと「あんな所」に引きこもって、権謀術策だけでやってきたんだ。しかも、思ったように行くことなんて、そうそうありゃしない。ストレス溜まるよな。最期にバーッ!と暴れたいよな。アンタ等にとっちゃあ、そのための俺の身体だ。せいぜい発散してくれ。
巨大な重武装艦だけあって、「手足」には困らない。何十基とある砲塔を手がわりにして、昔のように、アイツの尻をはたき上げる。別の「手」で、頭をはたき下ろす・・・畜生、顔色ひとつ変えやがらねえ・・・。昔みたいに泣けよ。怒ってんなら、顔に出しやがれ!剣(棒切れ)振り回すのは、昔から変わんねぇみたいだが・・・クソ、いつの間に俺より強くなったんだよ?俺が兄貴なのに!それじゃあ、お前がバカやっても止められないだろうが!
向かってくる。一直線に。取り込んだミストを練り上げ増幅、胸元に組み込んだ艦首クリスタル・アパーチャから打ち出す。
外れた!ビームを受けた海面が瞬時に蒸発し盛大に水柱を上げる。畜生、やっぱり歪んでやがる。アイツの手に握られたアロイスの剣が、装甲を貫いて生身の胸に刺さる。ああ、心臓を裂かれた。痛え!呼吸が止まる。だが、これでいい。瓦礫の「触手」で思い切り抱き込んで固定する。一瞬だが動けまい?その一瞬で十分だ。
最後に取り込んだ6基の原子炉を叩きつけ、それぞれに何重にも重力魔法(グラビジャ)をかける。1基当たり500kg、計3トンの高濃縮ウラン。燃料を遮断する制御材が崩壊し、触れた端から臨界に入る。更に魔法で極限まで圧縮する。留めきれずに暴力的に吹き出す熱と光、そして電磁波の奔流!オキューリアが「知っていたけれど使わなかった」『力』だ。恐らくは、これまで人間が作り出した中で最大のエネルギー・・・。
俺は一旦、コレで打ち止めだ。「お前」も、少しはじっとしててくれ・・・。
「龍脈」に入る。ここに来るのは2度目だ。「お前」の馬鹿な命令に従った「8号」に殴り殺されて以来・・・一足先にここに来ていたらしいゲルン達が、俺と、繋がった「霊樹」に取り憑く。やっぱり、少しばかり時間がかかるらしい。本当なら72時間掛かるところを即席で、しかも、制御を俺側にするための調整までしなければならない・・・
あまり長引くとマズい。でも、ここは任せるしかない。
一気に眠くなる。
頼むから、間に合ってくれよ?アロイス達と俺が稼いだ300と何十マイルかを、無駄にしないでくれ・・・。
1640時 ミュロンド沖280マイル
僧兵軍(叛乱軍)1番戦艦(クラウザーⅡ世)
「着水後点検、各部異常なし!」
当直士官が、艦長とフォッシュに報告する。
浮航中も情報収集は怠らず、観測機からはミュロンドの無事を、そして艦載の対空レーダーはミュロンドから南西に向けて飛行する「庁舎艦」の巨大な艦影を確認していた。2次レーダー情報には「NEMO(名無し)」の表示、分かる者にはコレで「庁舎艦」だと判る。艦載のパッシブ・ミスト・センサーは、フォボハム、ジークデンと同じミストを「庁舎艦」と同じ場所に探知している。
(戦っているのか?国軍が?)
フォッシュはミュロンドから離れるように動くレーダー・ディスプレイ上の輝点を眺める。先だって観測機は、ミュロンドの直ぐ側で大規模な戦闘があったことを示唆するミストの擾乱を報告していた。
どうやら敵視していた国軍にミュロンドを救われたらしい、ということにフォッシュは複雑な気分になる。
やがて、庁舎艦のレーダー輝点から、種子がばら撒かれるように小さな輝点が増え、北東、フォッシュ達の方へと向かってくる。その中の幾つかは、国軍の脱出艇の識別信号を発信していた。その「脱出艇」に、無数の小さな「点」が纏わりつこうとし、その「点」には、国軍の揚陸艦と戦闘機を示すレーダー輝点が纏わりついている。禍々しいミストを発する無数の「点」は、フォッシュの艦に近づくとともに減っていき、その直上を通過する頃にはゼロになっていた。艦橋の防空指揮所に立つ見張り員達は、10隻以上の「庁舎艦」脱出艇と、それらをエスコートしているのであろう1機の戦闘機が頭上を東北東に向かって飛び去っていくのを目撃する。
(行き先は恐らく・・・オーボンヌか・・・)
フォッシュは視線をレーダーからパッシブ・ミスト・センサーの表示に移す。センサーは、庁舎艦と同じ位置から「例のミスト」を検知し続けている。
大体の状況が把握できた。
(彼等もまた、敗れたのだ・・・)
そしてこうも考えた。
(国軍との戦いで「奴」もダメージを負っている可能性がある。斃せるとすれば、今を置いて他にはない。)
フォッシュは戦隊指揮官を呼び付け、尋ねる。
「どうだ?「金色の風」は準備できたか?」
「ミスト・コンデンサ・クリスタルの9割5分は埋まりましたよ。艦内1000人のハイ・プリーストが3時間以上、チャージし続けていますからね。そこから増幅器に掛けて・・・これを食らって死なない化け物なんて、想像したくないですよ。」
フォッシュは片頬で笑いながら、戦隊指揮官の肩を叩く。
「それでダメなら、坊主らしく経でも唱えるか?・・・もっとも、破門の身だがな。」
だが、軽口とは裏腹に心情はそう穏やかではない。
(経だと?ふざけるな。死ぬのは「奴」だ。奴に「負ける」など、俺は絶対に認めん・・・)
命令し、艦首を南方、庁舎艦の方角に向けさせる。
パッシブ・ミスト・センサーが、庁舎艦の位置に新たなミスト反応を検知する。識別しようとしても、「ムセイオン」にも該当情報は無い。そしてその濃度と流量は「聖天使」に負けず劣らず莫大だった。今度は何が起きているというのか・・・
対空レーダーに映っていた庁舎艦の巨大な艦影が2次レーダー情報の発信を止め、徐々に高度と速力を落としていく。その速力がゼロになった瞬間、前方から強烈な閃光が艦橋に差し込む。陽光を何十倍以上も苛烈にしたような光に航海科員達の目と肌が焼かれる。
艦内の指揮所のモニターは太陽が数十個同時に昇ったかのような火球を、そして火球が崩れて、天を突く茸雲へと変わっていくのを捉える。水平線の方向からは、衝撃波と「霧」が迫ってくる。フォッシュの背筋に悪寒が走る。反射的にマイクを取り、総員の艦内への退避と閉鎖、魔法障壁の展開を命ずる。
衝撃波が艦の窓という窓を揺らしながら通り過ぎ、大量の死の灰を伴った「霧」が魔法障壁越しに艦体を包む。数十kmの高さにまで発達した原子雲が、下層に黒く染まった雨を降らせた。
艦は水上航行時の最大戦速で前進を続け、太陽が西の水平線に乗り始める頃には、庁舎艦の機影消失位置を見通し圏内に収める程までに接近した。
爆発と同時に起きた強烈な電磁波干渉の為に沈黙していたパッシブ・ミスト・センサーが復活する。「聖天使」の反応は健在だった。
フォッシュは何とか墜ちずに在空していた観測機を向かわせる。搭載する可視光センサーから送られてきた映像を見て戦慄した。100メートルはあろうかという数対の輝く翼が、光の繭状のものから上空に向かって伸びている。「繭」は余りに光度が高く、境界がよく分からない。見た目には神々しくも映るが、経緯を知る身には禍々しい凶兆にしか見えなかった。
フォッシュの直感が警報を発する。(アレを孵すな)と。半ば反射的に「金色の風」の発動を命じる。千人以上の高位白魔道士が数時間に渡って練り上げ、クリスタル・コンデンサに溜め込んだ「ホーリー」が統合され、増幅器によって更に強化される。マスト頂上に設置された「AMD(アンプリファイアード・マジック・ディスチャージャー)」から発動された「究極の白魔法」が、「繭」を中心に、金色に輝く直径数百メートルの光の柱となって天を貫く。全ての邪なるものを滅却する聖なる光。それが引き起こす大波を越えつつ、フォッシュはひたすらに念を送る。(死ね!焼けろ!燃え尽きろ!)と。
光の柱から巨大な「手」が突き出る。肉が削げ落ち、骨だけになったような腕が聖光に灼かれて赤熱している。その「手」から一条の光が放たれ、「クラウザーⅡ世」の僚艦の1隻を撃ち抜くと、艦橋構造物を瞬時に蒸発させた。「金色の風」」の光が収まり、波が収まった時、観測機が「ソレ」の全容を伝送する。
体長にして100メートルは下らない。人の骨のような骨格に黝(あおぐろ)い腱が張り付き、背中からは数対の竜のような翼と尾を生やしている。恐らくは「途上」で繭を灼かれた為にそうなったのであろう、おどろおどろしい姿に指揮所の僧兵達が息を飲む中、フォッシュは一人高揚し、叫ぶ。
「そうだ!それが「お前」の本性だ!ざまあみろ、醜い怪物め!化けの皮を剥がしてやった!」
そして命ずる。
「あのバケモノを狩り殺せ!」
「クラウザーⅡ世」と数隻の僚艦の大口径主砲が爆炎を噴き上げて発砲する。数十の巨大な水柱が立ち、数発が「怪物」の身体に着弾し爆ぜる。「怪物」は一瞬驚愕するような仕草を見せた後、巨大な怒りの咆哮を上げる。まるで砲弾のかすめる音と爆炎から「何か」を思い出したかのように。
ドラゴンがするように喉元を青白く光らせると、先よりも一段明るく太い奔流を光の速度で吐き出す。
ディスプレイを真白に染めるその閃光が、アレン・フォッシュの見た最期の光景になった。
結論から言えば、一連のフォッシュ達の攻撃は「悪手」だった。そのまま「繭」で眠らせておけば、サディアは「間に合った」のだ。半端に目覚めさせられた「聖大天使」は、本来の力を得た姿にはなり損ねたのだろうが、それでも他に並ぶもののない、イヴァリースの全ての文明を消滅させるに十分な力を持つことには変わりなかった。もはや理性もなく、単に「生命を龍脈に還す」という本能的機能の欠片だけに支配された「化け物」は、再び「生命の匂いが輝く」ミュロンドへと向けて飛び立つ。
アロイスとサディア、ゲルン達が稼いだ300と数十マイルが無慈悲に削られていく。
太陽の半分が沈んだ頃、ミュロンドの僧兵軍防空指揮所のレーダーが、南西に「影」を捉える。フォッシュ達とは別方面からミュロンドに帰還した叛乱軍部隊の観測機が通報を受け、パッシブ・ミスト・センサーを指向する。暴力的に吹き出すミストが示す波形はすぐさま「聖天使」のそれだと識別された。ミュロンド本庁の僧兵軍総司令部はパニックに陥る。国軍の最精鋭部隊ですら止められなかったモノをどうしろと言うのか。兵力をかき集めようにも、僧兵軍も叛乱軍も余りにも散りすぎていた。国内を主な活動区域とする軍の性質上、機動力の高い航空兵力は限られ、過半は叛乱軍に移された上、その大半はフォボハムで失われていた。
聖都の建設以来、一度も鳴らされることの無かった空襲警報を鳴らし、城壁ビル付近に住む住民達を聖堂ビルが立ち並ぶ市の中央部や地下街に避難させる。それくらいの事が彼らの出来る関の山だった。北西城壁外の空港地区から退避したリシュリュー達の部隊も、壁内の部隊に混じって住民の避難誘導に当たる。頭の中ではとうに諦め、死期を少しばかり引き延ばしているだけだと考えながらもリシュリューは声を張り上げて住民を地下鉄の構内に誘導する。
ミュロンド南西城壁外の高層飛行場に展開した僧兵軍警備連隊が、超望遠カメラの画角に「聖大天使」を収めた。既に撤収した北西の警備連隊から共有された「見た目だけは美麗」だという情報と余りに乖離した、巨大で醜悪な姿に愕然とする。手順通りに対空砲に装弾して待機するが、それでどうにかなると考える者は皆無だった。逃げる者がいないのは、逃げる事に意味が無い事を自覚しているからだった。
本庁の高僧達は考え、議論する。一体、何故こんな事になったのか、と。何かの因果なのか、もしそうであるならば、何が原因なのか。誰の、如何なる過ちがその引き金だったのか。この聖都が報いを受けるというのであれば、その意味するところは何なのか、と。フォッシュが「聖天使」の正体を伝えていれば彼等が迷うことはなかっただろうが、彼はそれをしなかった。それでも一部の者たちは記憶を辿った末に「正解」に辿り着く。だが、納得は出来なかった。「彼女」は「偽りの聖者」だ。何の霊験もない「作られた御子」だ。それを殺したところで何だというのか。これまで何百人と「処断」してきた同盟諸国の工作員達と何ら変わる所はない。故に、このような因果は成り立ち得ない。
何の慰めにもならない思索の間にも、「破滅」は、余りにも分かりやすい姿で迫ってくる。
せめて経でも唱えようと、警備連隊の長が目を閉じようとしたその時、目の前のレーダー・ディスプレイの外周に、大量の輝点が現れるのを認めた。連隊長はもう一度、目を見開く。飛空艇だ。何十、いや何百という輝点が北、東、西の三方からミュロンドに迫ってくる。2次レーダーの識別信号を見て目を疑う。北からはロマンダ、東からは国軍と同盟諸国各国、その奥手にはロザリアの国籍表示、西の輝点はアルケイディア軍の識別信号を送っている。1300ノットを超える超高速で一気に距離を詰めるのは戦闘機群だろう。それらが一斉に「聖大天使」へと向かっていく。それから1分と経たずに「戦端」は切って落とされた。
仕掛けたのはゲルン達、オキューリアの面々だつた。彼等はサディアに「託し」はしたが、全てが上手くいくなどとは考えなかった。知識と記憶を与えたとはいえ、たかだか20代のヒュムが一人で考え出した計画が首尾よく進むのであれば、自分達が数千年に渡って苦労し続ける理由などない。彼等は、「保険」を掛けた。一度はイヴァリース各国からの助力を得るサディアの提案を拒んだゲルンだったが、考えを変えた。目的達成の為には、「人の子」のようなつまらぬプライドに拘っている場合ではない。「聖天使」がジークデンを壊滅させた頃合いで、「最後の役目」として隷下をイヴァリース主要国に飛ばさせ、首脳達に直に伝えさせた。これまでやってきたような回りくどい手管は無しに、率直に。イヴァリース全てに危機が迫っていること、討つべき「敵」の正体と場所、一刻の猶予もない、という事。ダルマスカ戦役以来、突如として現れた異形の威容にある元首はただ驚き、またある元首は嫌悪と幾分かの懐かしさを込めて応じ、ただ追い返すことはせず耳を傾けた。
最初に動いたのはユードラ皇帝ルテールだった。祈るように手元の「ホットライン」を掴み取る。数度のコールの後、同盟諸国元首フレイジャーの声が聞こえた。フレイジャーは、ルテールが話し出すよりも先に申し出る。「仕掛けておいてなんだが、戦いを終わらせよう」と。そして、訪ねてきた「客」の事を伝える。ルテールは一も二もなく応じる。それぞれ電話を置き、配下の軍団に「なすべきこと」を伝える。戦闘を停止し、全ての不信、憎しみとわだかまりを今は脇に置いて、祖国とイヴァリースを救え、と。そして再び電話を手に取る。国家の代表者でなければ出来ない事をなすために。ロマンダ、アルケイディア、ロザリア・・・オキューリアへの疑念を拭いきれない元首達を説得する。ルテールは全ての有志国軍飛空艇に対する無条件の領空進入便宜を確約した。つい今しがたまで戦っていたユードラ・同盟諸国、両国から同じく支援要望を受け、列国の元首も動く。元々、派遣していた在外公館員や武官から極めて断片的ながらも情報は得ていた。オキューリアによる説明がその間を埋め、ルテール、フレイジャーの懇願が事態の深刻さを認識させた。アルケイディア皇帝ラーサー・ソリドールは隣国ダルマスカの女王に電話を掛け、「相談」する。過去の因縁故にオキューリアへの不信では他国元首から頭ひとつ抜けている彼女ではあったが、「ラーサーの判断を信じて支持する」と答えると、即応出来る軍を派遣できない事を詫び、アルケイディア軍の武運を祈ると伝えた。皇帝ソリドールは、東方総軍司令官に即応可能な空中艦隊を即時派遣するよう命じた。
フレイジャーは、各国元首との電話会談を終えると、速やかな戦闘停止と「真なる敵」との戦いに備える事を命じる。
フレイジャーの横に詰めていたランベリー大公ルーフは純白の毛皮の下で顔を真っ赤に紅潮させるが、事態の深刻さを飲み込めないほど愚かではなかった。大溜め息をついてフレイジャーの耳元で「後は、思うようにやりたまえ。老兵は去る。」とだけつぶやくと、ランベリー軍司令官にフレイジャーへの絶対服従を命じ、杖をつきながら司令部区画を後にした。
フレイジャーはポケットの中に入れた拳を握りしめる。胸を張り、精悍な眼光を放ちながら軍司令官達を指揮しつつ、心の中で懺悔する。
(すまない、チェスター・・・私は君の「御子」を切り捨て、今度は銃を向ける。あの子に私は、何と謝れば良いんだ?)と。
役目を終えたオキューリア達は、ゲルンの下へと向かい、一様に愚痴る。ここまでのことが起きなければ手を携えられぬとは、あいも変わらず度し難い連中だ。もう懲り懲りだ、と。ゲルンは麾下の労をねぎらうと、「もう終わりにしよう。最後に、溜まった鬱憤を発散させてやる。」とサディアの中に引き入れたのだった。
ミュロンド沖の狭い空域に押し寄せた寄せ集めの各国艦隊を、皇帝ルテールの命を受けたリピッシュ元帥が臨時に指揮する。高度な連携は到底望めない。最低限の電磁波・周波数管制と空域割り振り・・・索敵・通信の混乱と味方艦の衝突・同士討ちを避けるために必要なだけの措置をして、戦闘自体は各国に任せる。出した命令はただ一つ。「血塗られた異形者・聖天使アルテマを洋上にて撃破せよ。」
再び大量の火力に晒された「聖大天使」は、日没間際の夕霞にミュロンド城壁のシルエットが浮かんで見える程の位置で行き足を止める。高速戦闘機による足留めの牽制射撃に続いて、後続の主力艦から砲弾が撃ち込まれる。最も弾速の速いユードラ帝国軍艦の電磁加速砲が正確無比に「聖大天使」を撃ち抜く。洋上で就役前の最終試験中だったものをソリドールの勅命で急遽進出させたアルケイディアの最新鋭飛行要塞「エデン」の主砲が「聖大天使」の熱線を相殺する。他国の将兵は、即座に超巨艦を送り込んできたアルケイディア軍の「太っ腹」に驚嘆すると同時に「また性懲りも無くこんなモノを作っていたのか!」と呆れる。アジョラの肉体という「器」に収まりきらず、100メートル程に巨大化したその体の被弾面積は数千倍に膨れ上がり、各国艦隊の格好の的になった。ダメージが「力」によって即座に修復されるのは変態前と同じだったが、延々と銃砲弾の爆圧を受け続け、否が応にも後退を強いられる。その位置は不時着した揚陸艇「スラコ」と「パトナ」の付近にまで押し戻された。
度重なる人間達の反攻を、ただひたすら高めた「力」で抑え込む代償として、完全に理性を無くし醜く変貌したその異形者は「龍脈に還す(殺す)」べき対象を、1000万のミュロンド市民から、迫り来る飛空艇群の乗員達に切り替える。その喉が熱線を撃ち出し、或いは掲げた手が天から滅びの光柱を喚び降らせる度に、大小十を下らない飛空艇が爆散し、その一部は、半壊状態で浮かんでいた2隻の揚陸艇の上に覆い被さるように墜ちていく。水深100メートルに満たない大陸棚の海底に何隻、何機もが積み重なり、艦体を水上にまで晒す。壮絶な撃ち合いの末にシールドを打ち破られ落着した「エデン」が、数十年ラバナスタに刺さったままの前級バハムート宜しく墓標の様に海上にそびえる。
その様子をライオネル総司令部の大型ディスプレイ越しに眺めるリピッシュが呆然としながら呟く。
「これは・・・飛空艇の「墓場」だ・・・」
しかしながら、アロイス等がそうだったように、集結した飛空艇群の乗員達も一切引くことなく戦い続ける。その「敵」が、降伏や撤退…ましてや交渉を受け入れる類のものではない事は一目瞭然だった。今ここで負ければ、家も、家族も、国も、全て焼かれる。ミュロンドもアルケイディスも関係ない。今ここにいるのは、ごく一部の大国が即応派出できた一部の兵力だ。たとえ墜ちても、後続が来るまでの10分、1時間を稼ぐ。戦術上の連携は取れていなくとも、その思いは誰が言い出すでもなく一致していた。
「聖大天使」が動きを変える。うずくまるように背を丸め、ミストを練り上げ始める。中規模の都市一つを消し飛ばすほどのミストが毎秒ごとに「龍脈」から取り込まれる。撃たせるものかと、全ての艦が狂ったように砲撃する。だが止まらない。100万年に一度起きるかどうかくらいの噴火と同程度のエネルギーがその身体に溜まった頃、その戦場にいる全ての将兵達の頭に、同じ声が響いた。
「すまない。待たせた。」
次の瞬間、「聖大天使」の足下の海面から、一筋の太さが10メートルは下らない「枝」が数百、数千の群体となって、天を突き上げるように伸びていく。 枝の群れは「聖大天使」を一瞬にして飲み込み、そのまま止まることなくうねりながら「成長」していく。目を剥いて唖然とする将兵の前で、「それ」は、ものの1分程度で高さ数キロメートルを超える「巨大な樹の幹」となった。
観測機が、ミストの測定値をミュロンドの「ムセイオン」へと送り、照会する。
「・・・ミスト波形、「審判の霊樹・エクスデス」と一致・・・」
観測員が、天に向かってそそり立つその頂を見上げながら、送り返された回答をオープン・チャンネルで送話する。
戦場の低高度からは既に太陽も水平線下に隠れ、薄暗くなりつつあったが、その「霊樹」の上半分は未だに照らされ、輝いている。
つい先程までの狂騒が幻でもあったかのように、静寂が「場」を支配した。
やがて、通信員の数人が静寂の中に微弱な短波の信号音を拾う。無線混信時の雑音のようにも聞こえたが、規則性をもって、何度も繰り返されていた。
(・・・モールス?)
ヘッドセットを押しつけ、そのつもりで耳をそばだてる。
「ツ・セ・ヨ・リ・ダ・ツ・セ・ヨ・・・!」
目を丸くしてマイクを掴む。
「モールス入感、発信源不明!メッセージ内容、「離脱せよ」!」
センサー員が信号の発信源を探る。すぐに電波を特定し、数機の観測機にその到来方向を探らせる。
報告を受けた総司令部の幕僚がチャート上に各機が探知した電波到来方位の線を引き、目を丸くする。
「発信源は・・・あの「樹」です・・・」
一寸の間を置いて、リピッシュはその意味を理解する。「庁舎艦」が沈められ頓挫したと思っていた「作戦」は、続いていたのだ。だから「審判の霊樹」が現れた。リピッシュはマイクを引ったくると叫んだ。
「全艦離脱!退避!「無」に飲まれるぞ!」
1750時
「審判の霊樹」樹芯内部
サディアは、数百の枝で作り出した「ドーム」の床に立つ。
枝の隙間から西日が差し、ドームの中を照らす。薄く、冷たい風が入り込む以外、何の音もしない。
「畜生、やっぱり俺は、スッポンポンか・・・」
切り札として半ば思いつきで繰り出した「即席原子力爆弾」が生み出した巨大な熱は彼の身体を完全に蒸発させた。今、ここにある身体は「霊樹」とミストの力を使ってイチから「造った」ものだ。正確に言えば、人の形をしたこの身体は「端末」。高さ数キロメートルにまで伸び上げた「巨大樹」自体が、「霊樹」と融合した彼そのものだった。元々、単体でイヴァリースを管理する前提で創られただけあって、「霊樹」は大概のことは出来た。人間だった時の感覚と記憶から身体も作れたのだが、何故か衣服は作れなかった。
念じて蔦と葉を「調達」すると、腰に巻き付ける。
顔を上げて、ゆっくりと口を開く。
「ベタだけれど、そんな感じで「居る」ような気がしたんだ・・・居てくれて、良かった。」
そう言うサディアの視線の先には、枝に絡め取られて固定された「聖大天使」の巨大な頭部。動く気配はない。司教帽を被った髑髏のような顔面の半分が大きく欠け、そこに「人の形をした」アジョラの上半身、左肩から上が見えていた。目は閉じている。サディアは近づくと、その頬を優しく数度叩いた。
「ほれ、起きろ・・・世話かけやがって」
両の睫毛が震えて、斜め下にうつむいたその顔の瞼が薄く開く。
「・・・ハリ・・・さん?」
やっとで聞けたその声に、サディアの全身に「鳥肌」が立ち、「樹」全体が微かに震える。平静を装って尋ねる。
「気分は、どうだ?」
「・・・最悪」
そう答えながら頭を上げたアジョラは、目を丸くすると呆れたように笑う。
「なぁんだ、夢か・・・」
「何?」
怪訝な顔をするサディアに、アジョラが答える。
「だって・・・兄さんが、ハリさんの声で喋ってる・・・」
サディアは顔に手をやる。ここ暫く触り慣れた感覚と違う。姿を見ようにも鏡は無い。頭に手をやり、髪を引き抜く。「ハリ・レイレナード」の黒髪ではない、「サディア・グレバドス」の金髪だった。
深呼吸をして、問う。
「自分じゃよく分からん。教えてくれ。お前には誰が見えてる?」
「だから兄さんだよ。家、出ていった頃の、子供の頃の兄さん・・・」
薄ら笑いのまま、アジョラが答える。
サディアは改めて自分の身体を見る。「造った」時には気付かなかったが、その胸板は薄く、腕も細い。枝葉で作った腰布の「内側」を見る。自らの「分身」は立派な「皮の鎧」を纏っていた。一瞬、焦り、何故そうなったのかを考える。
答えはすぐに出た。
(そうか・・・気付いて欲しかったんだ、俺は。)
目を閉じ、観念するかのように、鼻でため息をつく。顔を上げて、アジョラの目を見ようとするが、どうにも視線が逸れる。
「俺だよ!俺!言っとくが、夢じゃねえからな!」
「・・・え?」
首をかしげるアジョラに、今度は目を見て伝える。
「ハリ・レイレナードなんてヤツはいねぇ。小心者の兄貴が、顔を名前を変えてたのさ。」
アジョラは小さく顔を横に振る。徐々に、その目が潤む。
「ウソよ・・・。叔父さん、言ってたわ。兄さんは、ずっと前にロザリアに行ってお婿さんになった、って。」
「ああ、そういや、そんな事言ってたっけな、義父さん・・・。まあ、そりゃ嘘だ。軍に入ったんだよ。最初は、単に親孝行のつもりだった。お前の事も知らなかった・・・。何年かして、義父さんに誘われたんだ。「お前には責任がある。」ってな。そうだ。俺には責任がある。泣いてるお前を置いて出て行っちまった。あんなに「行かないで」って泣いてたのに・・・。だから、気まずかった。いや、怖かったんだ。あんな風にお前を見捨てたのに、今更、兄貴面してお前の前に出るのが、怖かった・・・。」
そしてサディアは頭を下げる。最初は45度に。
「ごめん。・・・あの時、お前に背を向けて行っちまって・・・。」
そのまま、今度は直角に頭を下げる。
「ごめん!・・・お前がユードラに捕まったあの日、間に合わなくて!」
「あの日・・・あれ、アタシのために来てくれてたの?ただユードラに逃げたんじゃなくて?」
サディアは頭を上げる。
「ああ!当然だ!間に合わなかったけど、ネフスカヤ少佐達、目茶苦茶頑張ってくれたんだぜ!」
「でも、みんな死んじゃったって・・・」
「生きてる!少佐も、クルーも皆。妨害されて、ズミェルシュフ村には間に合わなかったけど、ユードラには逃げれたんだ。ユードラだって、悪いとこばっかじゃない。いる所には、すげえ良い人たちがいっぱいいるんだ!」
「・・・それは、知ってる。」
アジョラは何度か頷く、潤んでいた目から涙がこぼれる。
「・・・夢じゃあ、ないのね。」
「ああ、夢じゃあ、ない。」
涙の量がどんどん増え、吐息が嗚咽になる。
「夢なら、良かったのに・・・全部、ぜんぶ夢なら良かったのに!」
声を上げて泣き出す。
「アタシ、たくさん殺した!わかるのよ!何千人も、何万人も殺した!子供や、赤ちゃんもいた!兵隊さん達だって、ほとんどは、アタシから街の人達を守るために・・・!」
「あれは、お前がやったんじゃない!「聖天使」だ!お前は何も見えちゃいなかったし、呼んでも答えなかった!さっきまで戦ってた俺が言うんだ。間違いない!」
アジョラは、泣くのをやめない。
「違うの!最初に、アタシが決めた・・・どうするか、聞かれて・・・ただ、許せなくて・・・怒りに任せて・・・「消えろ」って!」
サディアは咽び泣くアジョラの頭に優しく手を添える。ゲルンから受け継いだ「技」で、彼女の記憶を読む。ただし、全てを読むような真似はしない。ゲルンですら、それは同意のもとでしかやらなかった。読んだのは、今日一日のこと、それから遡るように、数日間のこと。それで十分だった。添えた手で、そのまま頭を撫でる。
「そりゃあ、怒るよ。お前じゃなくたって。そんなことあったら。」
サディアは溜め息をつく。
「たまたま、お前に「力」があった。昔、俺とケンカになった時にお前が手に取って投げつけたのは俺の玩具だったけれど、今回は違った。ブチ切れて手を伸ばした先にあったのが、たまたま「特大の爆弾」だった。お前は、クソみたいな理不尽に人並みに怒っただけだ。特別悪いことなんかしちゃあいない。」
「・・・兄さん」
「それでも自分を許せない、ってんなら、俺との連帯責任だ。あの日、二人して、あまりにも無分別に触っちゃあいけない「力」に触れちまった。お前は即決、俺も止めなかった。蓋を開けてみりゃあ、二人揃って人間辞めてる。似た者同士の馬鹿兄妹だ。」
アジョラが少し笑う。
「似た者同士の馬鹿兄妹・・・フフ・・・悪くない響き。嫌いじゃあないわ・・・。」
そこまで話した所で、サディアの顔が歪む。
「兄さん?」
「ちぇっ、思ったより、早いな・・・もういっぱいいっぱいだ・・・」
「聖大天使」が修復のために「龍脈」から取り込む大量のミストを、サディアは「霊樹」の根を絡ませて吸い上げ続けていた。今、こうやってアジョラと話し続けていられるのも、そのおかげだった。だが、「霊樹」のキャパシティは早くも限界に近づきつつあった。「聖大天使」のミスト吸収が「霊樹」のそれを上回りだす。アジョラにも変調の兆しが現れる。やっとで少しばかりの笑みを作れたその顔が、また歪む。
「兄さん・・・やっぱり、アタシ・・・ダメだ・・・また・・・」
「・・・っ、クソが!」
サディアは額をアジョラの額に叩きつける。
「・・・っ痛い!」
「いいか、よく聞け。今からお前をこの次元から「切り離す」!もうこれ以上、お前には殺させない!壊させない!」
アジョラは頷く。
「大事なことは二つ!1つ目!俺がお前を「人間」に戻してやる!このままじゃない!絶対に助ける!策は、ある!で、2つ目!これから行く所は、多分、暗くて寒い!でも安心しろ!お前一人じゃあない!俺が一緒に行く!」
アジョラは大粒の涙をこぼしながら、今度は首を横に振る。
「ダメよ兄さん!だって・・・大事な女(ひと)が、待ってる・・・。」
「・・・!!」
「聖大天使」の目に灯がともる。欠けた頭部が徐々に埋まり、またアジョラを隠そうとする。
「クソったれが!話し中だ!!!」
サディアは叫ぶと遮二無二「枝」を絡ませて、拘束を解こうとする「聖大天使」を再び捩じ伏せ、頭部の割れ目を固定する。
「読んだのか!?なんてヤツだ!」
「ゴメン!さっき、兄さんがアタシに触れた時、見えたの!でも兄さんだって覗いたじゃん!おあいこよ!おあいこ!」
サディアは苦しい顔をする。自分がこれからやることで、ただ一つの気がかりがアリアンの事だったからだ。だが、今からどうにかなるものでもない。苦し紛れに答える。
「彼女のことなら・・・大丈夫!アドルフ・・・アディも付いてる!」
今度はアジョラが仰天する。
「アディ!?あれ、アディなの?何で!?」
「世の中って、面白いよなァ!でも、お前こそあんな子供に何やってんだよ?可哀想に!ありゃ、お前にベタ惚れじゃねぇか!!」
「ハァ?アディはそんなんじゃないって!」
「そんなんなんだって!男心の分かんねぇヤツだな!馬鹿!」
「馬鹿って何さ!大馬鹿はそっちよ!女心分かってないの、兄さんの方じゃない!あの女(ひと)、メチャクチャ怒ってたわよ!アタシのこと、絶対に許さない、って!アレ、1000年かけてでも殺しに来る目よ!」
「怖いこと言うな!」
言い合う兄妹の足下で、拘束に抗い主導権を取り戻そうとする「聖大天使」が咆哮を上げるが、奇しくも二人が同時に発した
「黙れ!!」
の一喝で再び押さえつけられる。
一瞬ではあるが、二人が心と気迫を合わせた事で誰も止めることが出来なかった化け物を制してのけたことに、揃って笑いが込み上げる。
ひとしきり笑った後、サディアが溜め息をつく。
「まだまだ、喋り足りないけどな・・・」
「・・・喋り足りないね。」
枝の隙間越しに見える西の空を見る。この高度でも太陽が完全に水平線に隠れようとしていた。
「暫く見納めだが・・・」
「うん?」
「約束だ。必ず、またお前に陽の光を拝ませてやる・・・清々しいのを、な。」
アジョラは、鼻で笑う。
「気持ちだけでも嬉しいわ。期待しないで待ってるわね。」
「フン・・・相変わらず、可愛くねぇ奴。」
サディアは大きく深呼吸して精神を統一する。
「・・・やるぞ。揺れるから、しっかりくっついてろ。」
そう言ってアジョラの頭を抱き寄せる。
実際には、特段くっつく必要はなかった。「力」の発動を、抱きしめるための口実に使ったのだ。
二人が立つ、霊樹の樹芯を中心に、光すらをも飲み込む「無」の力場が球状の空間となって現れる。漆黒の力場は一瞬で「霊樹」とその下に広がる飛空艇群の墓標を飲み込むと、凄まじい速さで広がっていく。
際限なく広がる力場に、サディアは気が気でない。「知識」にあるとおり、発動は出来たものの何をどうすれば制御が効くのかさっぱり分からなかった。思い付く限りの方法を試すが、力場の拡張が収まる兆しは全くない。「爆心地」で「霊樹」として覚醒してから、ここまで随分と北東に移動した。ここからミュロンドまで何マイルなのか、測るすべもなかったが、随分とまた距離を詰められてしまったのは確かだった。
サディアの懸念は的中する。目には見えなかったが、一つの方向で大量の生命が失われていくのが「感覚」で分かった。力場がミュロンドにまで到達し、飲み込みだしたのだ。力場の内側では、巨大な潮汐力に晒されて崩壊したビル街や車両が瓦礫の竜巻をなす。神ならぬ人の身がその中で一瞬でも生命を繋ぐことは不可能だった。恐らくは、迫りくる漆黒の力場を恐怖と共に見つめていたのだろう。飲まれ、命を失った何百万もの人々の恐れと喪失感が思念の塊となって一気にサディアの心の中に流れ込む。
(こうならないために、アロイス達は命を賭けて戦ったのに・・・!)
流れ込む負の思念が、サディアの悔恨を何倍にも増幅させる。
(俺の所為だ・・・俺がまた、間に合わなかったせいで・・・)
心が潰されそうになったその時、胸元から声が聞こえた。
「連帯責任・・・でしょ?兄さん。」
アジョラと「聖大天使」の身体が光を放つ。その身体が表面と末端から風化していく。既に力場の中心部はイヴァリースの「次元」とほぼ分断されつつあった。分断と比例して、流れ込むミストも減っていく。身体の風化自体は予想どおりだが、その始まりと速度が異様に早い。考えられることは一つ。アジョラと「聖大天使」が大量に体内のミストを消費しているのだ。
「何・・・してんだ?」
サディアが問う。
「忘れたの?アタシの得意技・・・兄さん殺しちゃった時だって、一瞬だったでしょ?」
サディアの胸元から離れたアジョラが笑う。
一寸して、サディアは妹が言ったことの意味を理解した。力場はまだ広がっていたが、取り込まれた死者の「魂」が減っていく。サディアの心に入り込む「負の思念」が軽くなる。
「蘇らせてるのか・・・?片っ端から!?」
それだけではない。蘇らせるのと同時に、「飛ばして」いる。恐らくは、力場の外の何処かへ。
力場の拡張が止まる。2人には見えていなかったが、ミュロンドの大方9割が飲み込まれていた。
アジョラは蘇生を加速する。力場が「閉じる」前に全ての生命を蘇らせるつもりのようだった。漆黒の闇の中で、その身体が極光のように輝く。その様を見たサディアの頬を涙がつたう。妹の前で泣いたのはこれが初めてだった。
「・・・最後の最後で「本物」になりやがって・・・!」
一案を思い付く。目の前で神々しく輝く妹の姿を目に焼き付けると、オキューリアの「技」を使って、蘇る者達に送りつける。向こうからは、目の裏に幻影のように焼きついて見えることだろう。
(見ろ・・・コイツはもう「偽物」なんかじゃない。文句無しの「聖女」だ!俺が殺した一千万を生き返してみせやがった!コイツがここに来るまでに百万殺したとしても、余裕でお釣りが来るぜ!ザマアミロ!悔い改めやがれ!)
泣きながら高笑いする心の中にアジョラの声が響く。
(ちょっと・・・下品だよ、兄さん。アタシを「人間」に戻してくれるんでしょう?)
サディアは笑うのやめて咳き込む。
「・・・すまん。ちょっと、調子に乗った・・・。不条理な世の中に、少しは物申したくてな。お前は・・・いいのか?あんなに頑張ったのに、こんなんで!」
サディアは心中憤る。
(お前はもっと報われるべきだ。子供の頃から押し付けられた分不相応な「立場」に、生き残る為に取り込んだ分不相応な「力」・・・自分から望んだわけでもない環境の中で、お前は決して腐ることなく、いつだって「最善」を探してもがいてきた。その結末が、嘲られながらの処刑。蘇って、やっと自由と、大事な人を手に入れたと思ったら、考えつく限り最悪のやり方で奪われた。「上げて」から「落とされる」ほどツラいことはない・・・これで「堕ちるな。」と言う方が無理がある。)
だが、目の前の妹は安らかな笑顔を浮かべながら答える。
「んー、よくわかんないや。でも、兄さんが思うほど、悪くはないと思うよ。楽しいこと、嬉しいこともいっぱいあったし。「定期報告」の時のアタシ見てたら分かるでしょ?」
サディアは思い返す。
(・・・そうだ。コイツはいつだって笑ってた。試練にぶつかって困っている時でも、生き生きとしていた・・・)
「本当に許せないことも無いわけじゃないけれど・・・」
心に浮かぶのはザーリャの笑顔と亡骸。
一寸、間を置いて、アジョラが尋ねる。
「ねぇ、最後に、一つだけ教えて?」
「あん?」
「兄さんは、アタシのこと、どう思ってる?やっぱり、いないほうが良い、ダメな妹だった?」
サディアは、少し目を逸らしながら答える。
「・・・そんなんだったら、こんな所でこんな事してるわけないだろ。好きでも大事でもないモンに、こんな手間かけるか?ちょっとは考えろ。」
そして、輝きながら風化する妹の額に手刀を当てた。今までで一番優しく。
「・・・素直に「可愛い」って、言ってくれりゃあ良いのに・・・まあ、良いや。じゃあね!」
「違う!!」
崩れながら笑うアジョラに向かってサディアが叫ぶ。
「「じゃあね」じゃない!・・・「またね」だ。訂正しろ。」
「はいはい・・・じゃあ、「またね。」兄さん。」
「うん、またな。」
片手を上げるサディアの前で、アジョラは完全に姿を消す。光もなくなり、残ったのは完全な闇。
胸に鉛のようにつかえていた負の思念は完全に消えていた。「無」が飲み込んだ全ての生命を救ってのけたのだ。
「ご苦労さん・・・さて、次は俺の番だ。お前が見ててくれなくて正直、助かるよ。これから起きる事、多分、相当えげつないからな。」
そうつぶやくのと同時に、力場が瞬時に閉じる。
崩壊した無人の「死都」が現世から切り離された。
オキューリアと「聖天使」が、イヴァリースから「消えた」。
今、この時点でその意味を理解している者は、サディア・グレバドスと、彼から話を聞かされたアドルフ・ゲルモニークの二人だけだ。