When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

45 / 53
40.5 Δ- Attack! (side story)

B.B. 750 4月6日 (Doomsday − 4,178 days)

リオファネス

ユードラ国軍第2機動戦術群第3旅団駐屯地

 

「マーガレット少佐・・・ルチアナ・マーガレット少佐はいらっしゃいますか!?」

 

課業後ルーチンの体力錬成、5レップ目の懸垂を終えたルチアナが声の発生源とみられる後方、ジムの出入り口、床上約50cmの方向にまず片耳を向け、次いで首を向けると、ポンポンと顔だけを申し訳なさそうに突き出したモーグリの女性兵士と目が合った。

 

(あの子は・・・先月教育隊から卒配された総務科の・・・)

「ハイ、アルピーヌ!アタシに御用かな?」

(振り向きざま、睨み付けるような感じになってしまったかも)と考えたルチアナは敢えての笑顔と明るい声で応対する。己の目つきと風体が他人に威圧感を与える類のモノだと自覚しているが故の「気遣い」だった。話す相手の名前を都度しっかり呼ぶのも、同じ理由からだ。耳を除いても2メートル近い細身の長身に彫刻の様に張り付いた筋肉、その上に乗っかる小さな顔には金色に輝く瞳を備えた生来の吊り目が大抵の場合、相対する相手を見下ろす。見た目は今と大して変わらぬ35年も前、入隊して早々ガラの悪いヒュムの「先任」下士官達に囲まれ、因縁を付けられた。「お前のトシが50だろうが100だろうが、軍隊は階級とメシの数が全てだ!」と凄まれ、最初の1、2年は大層「可愛がられ」た。

 だが、今はルチアナその人が所属大隊の先任隊員だ。自分の立ち振舞いが、そのまま部隊の雰囲気になるといっても過言ではない。だから彼女は笑顔を絶やさない。その整った強面が口角を上げると大層不敵さが際立ったが、担当正面の環境故に週に一度は中危険度等級以上のモンスター対処に駆り出される第2機動戦術群の機械化歩兵連隊にあって、それは頼り甲斐のあるものとして兵卒達の人気も高かった。

 しかしながら、此度はそんなルチアナの気遣いにも関わらず、アルピーヌと呼ばれた華奢な初年兵は緊張を解く様子も見せず、ジムの出入り口の敷居を跨いで来ることもなかった。ルチアナはジムの室内を見渡して「納得」する。そこかしこで肉体の醸成に取り憑かれたヒュムやバンガの下士官達が「筋肉を奉ぜざる者、立ち入るべからず」とでも言わんばかりの熱気を室内に充満させていたのが、憐れなアルピーヌを怖気づかせていたのだ。

 どうやら自らが出ていくしかないと悟ったルチアナは器具に掛けたタオルを手に取ると、すぐ横で三角筋と広背筋の仕上がり具合の確認に余念のないヒュムの部下に一言、

「ヤン!バルクアップも大概にしとかないと、そのうち装甲車のハッチに詰まるよ!」

と突っ込みを入れてジムから退出する。

そうして半世紀以上も歳の離れたアルピーヌに正対すると、眼下の可憐なモーグリはやっとで安心したようにその口を開いた。

「課業後にスイマセン。副長から、今後の人事の話があるので来てほしい、との事で・・・。」

 

 ルチアナはその目を一回り大きく開く。今年は自身の「定年」だ。種族、年齢を問わずユードラ国軍の在籍期間は(将官等、一部の例外を除けば)入隊後35年が上限と定められていた。そうしなければ、階級と年功が複雑に絡まった「軍」という上下社会の秩序が保てなかったからだ。80も超えた長命種の下士官が自身の三分の一も生きていない短命種の士官の指揮下に入るのは、どちらにとっても相当なストレスを伴う。

 ゴルモアの故郷から旅立ち、暫しの放浪と転職の末に35歳で入隊し今年で70歳となるルチアナも例に漏れず、1ヶ月後の誕生日には軍籍を失う。退官すれば、それから40年間の恩給受給資格(短命種は終身、長命種は40年と定まっていた)を得られるが、彼女はそんなモノに興味は持っていなかった。何とかして軍に残れる算段はつかないものかと、1年近く前から相談していたのだ。アルピーヌに礼を言うと、汗ばんだ身体を拭くこともなく駐屯地の中庭を挟んだ司令部庁舎へと入り、いつもやるように大隊副長室前で軽く申告をした後、部屋の敷居を跨ぐ。

 簡便なパーテーションの向こうで電話対応中だった副長にジェスチャーで促され、デスク前に設えられたソファに腰掛けると、一寸して受話器を置いた副長が応接机越しの対面に座った。

「マーガレット少佐の今後、なんだけどね・・・」

前置きもなく本題に入る。

「何かいい話、ありました?」

身体を前のめりに顔と耳を突き出して問うルチアナの金色の眼力が相当に強かったのだろう。ヒュムの副長は年齢だけなら母親と同い年の先任隊員にこれまたジェスチャーで落ち着くよう促す。ルチアナが少しばかり申し訳なさげに姿勢を正し、小さく鼻息を吹いたところで副長は続けた。

「君のお気に召すかどうか・・・私は、結構イイ話だと思うんだけれどね・・・」

そう言いながら1枚のドキュメントを差し出す。

定年を超えた隊員が軍に居残る場合、大抵の向かい先は学校の非常勤教官か、身分を軍属に鞍替えしての庶務や情報分析の補助要員だ。だが、ルチアナの望みは、今までどおりに身体と頭脳に心地良いストレスを与えてくれる戦闘部隊での勤務。自身の心身は「アタシはこれからがピークなんだ!」と叫びかけてくる。通常では通ることの無い希望を抱えた彼女の視線は自然とその中でも特に太く印字された単語の部分に落ちた。

「M,A,G,U,S・・・マグス?」

聞いたこともない部署名に眉間にシワが寄る。

「Multi-domain Advanced Gear Utilization Squadron (多領域先進装備戦力化部隊)・・・それで「メーガス」と読むんだそうだ。軍と提携する大学や研究機関でくすぶってる技術や研究成果を早期に「使える」武器体系に落とし込む、っていう触れ込みで今年、国防省の肝いりで作られた共同部隊。といってもこのご時世、ゼロから新しく部隊を新設するような予算もないからね・・・カネと施設は陸軍と空軍の折半で捻り出すから、人は統合軍からメインで出してくれ、ということだ。」

「・・・で、どうせ定年の私なら、派出しても部隊の懐は痛まない、というわけですか。」

少しばかり拗ねたようなルチアナの突っ込みに、副長は首を横に振る。

「先方の人事担当者に君の話をしたら、アチラの主任技官が「ヴィエラなら喉から手が出るほど欲しい。」とラブコールを送ってきたとの事だ。何をやらせるつもりなのか、詳しいことは教えてはくれなんだが、部隊の名前の通り、開発した装備を戦力化する為に、演習や実戦の機会も相当あるやに聞いている・・・君の希望にも添えるんじゃないかな?」

 ルチアナのタンクトップから張り出した、細身の両肩と腕に小山のように張り付くエッジの効いた筋肉をチラと見ながら副長は胸の前で両手を組む。

 

(この提案を蹴ったとして、あと一ヶ月の間にもっと良い話がくるとはとても思えない・・・)

 ルチアナは軍隊という組織と文化を愛していた。自分が「特段の変わり者」だという自覚は持っている。里を出るヴィエラは大抵、孤高の道を進むか、せいぜい気の合う連中で小さなクランを作って冒険や賞金稼ぎにを勤しむのが相場。掟に縛られた窮屈な集団生活に嫌気が差して外の世界に自由を求めるが故の「傾向」だ。彼女は少し違った。生活を律する掟も(先人の経験と知恵の賜物なのだろう)と理解して特段苦には感じなかったし、里の皆で一丸となって祭事の準備や薬草採集からの薬作りに勤しむのは割と好きだった。ただ、余りに変化のない日々が全てにおいてゆったり、且つ連綿と続くのが「退屈」だった。何千年と原初の姿を保つ深い森は、長命種と言われるヴィエラの二百と何十年かほどの寿命の中でも、そう様相を変えることはない。いきおい、森と共に生きる彼女達の生活もそうなった。ある時、ふと「5年前の今日と、今、この時で何が変わったか」と自問し、身体にも心にも何の変化もない事に漠然とした恐怖を覚え、その1カ月後には一抱えの荷物と弓矢だけを手に里を飛び出していた。

 

 はじめは他の「出奔ヴィエラ」と同じように小規模クランでの気ままな暮らしなどを謳歌してみたが、どうにも身が締まらない。それならと、規律の厳しいので有名な大規模クランに鞍替えしてみたが、今度は掟が頭目の気分一つでコロコロと変わる事や、クラン内での派閥抗争に嫌気が差す。

 自身より10年も前に出奔し、風の噂では奔放を尽くした挙句ギャンブルで大借金をこさえて娼館に沈んだという姉セレーナのようにだけはなるまいと思いながらもフーテンの日々を数年過ごし、ユードラまで流れ着いた後には思い切って国籍を取得してからの民間企業に就職してもみたが、各々ノウハウや顧客を囲い込んでからの売り上げやポストを競う同僚達を本当の意味での「仲間」と認めることは出来なかった。

 

 ある日、保険会社の外交員として配属された国軍基地の営門前に貼られた隊員募集ポスターに目が留まる。軍に入るなどと今まで思いつきもしなかったが、リドルアナの大灯台から飛び降りるつもりで入隊してみれば、そこはおろしたてのパンツの様に心身にフィットする「天国」だった。理不尽な不文律もないではないが、一本筋の通った規律に、胸襟を開いて打ち解け合える「同じ釜の飯を食う」戦友達。そして高危険度等級モンスターの討伐や、異形者との契約を修了目標とする特別召喚課程のような時には死線を潜る任務・訓練の数々・・・軍の多数を占めるヒュムやバンガ、モーグリ達は40も境に一線の兵としては衰え始めるが、自らは登り調子のままに35年の充実した時間は溶けるように過ぎていった。

(種族由来の能力も重宝されるし、もっとヴィエラが増えても良さそうなものだけれど・・・)

と、圧倒的な少数派であることに若干の寂しさを覚えつつも、飯釜で繋がった戦友達との紐帯は、今や種族の壁と血よりも濃いものとなって久しい。軍の制服や、装備科の技官がヴィエラの強みである機動力やミスト感知能力を妨げないよう特別にあつらえてくれた戦闘服は手放し難かった。

 

(演習や実戦の機会ってヤツは、アタシ向けのリップ・サービスかもしれないけれど・・・)

一寸、勘ぐりながらも、その身体は半ば無意識に姿勢を正し、

「お願いします!」

の一言とともに頭を下げていた。

 

 

 

同年5月6日 ユーグォ演習場

 

 半分は手付かずの原生林、残り半分が泥炭の平原で構成された広大な陸軍演習場の一角に設えられた展開式の格納庫が数棟、そして格納庫群にへばりつくように併設されたプレハブ式のオフィス、それが「MAGUS(メーガス)」の本拠だった。ナリは真新しいが、即席の宿営地のようで情緒も威厳も感じさせるものではない。ルチアナが、リオファネスの連隊駐屯地から自らを送り届けてくれた機動戦闘車のドライバーに礼を言って車外に降ろした足下を見てみれば、設営に当たった当地の陸軍が自らが使う場所でもないが故に「使えされすれば良いだろう」とばかりに乱暴に地盤を押し固めて申し訳程度の玉砂利をばら撒いた跡も荒々しい。由緒と栄誉を感じさせずにはいられない原隊の庁舎と、賑やかな送別会に花束で見送ってくれた戦友達が早くも恋しくなるが、そんな郷愁も2分後には吹っ飛んだ。

 機動戦闘車が離れていくのと入れ替わるように空から入ってきた輸送艇。側面には帝国東半分の即応事態対処を預かる第1機動戦術群の部隊章が見て取れた。担任正面に深刻な「外敵」がいないが故に国内のモンスター対処や戦略予備としての性格が強い第2機動戦術群とは違い、国境地帯を挟んで500年来の仇敵たる同盟諸国との「有事」に備える事を一義とする「一段上」の超エリート部隊・・・。着陸から一寸して、ラッタルから自らと同じ「着任者」達とみられる一団が降りてくる。ルチアナはその中から飛び出す一対の耳を見出した。はて、と思って近づいてみれば、そこには懐かしい顔。

 

「レベッカ!」

 

半ば無意識に呼びかけると、己の半身ほどもある背嚢を背負って駆け寄る。忘れもしない。42年も前、示し合わせて同じ日に里を出た仲なのだから!

その後はつるむことも無く、それぞれの新天地を目指していったのだけれど・・・。

 

「ハイ、ルチアナ!久方ぶりィ〜」

ルチアナよりも頭一つ小柄なヴィエラは、目尻の下がった柔和な笑顔で、大して驚いた様子も見せずにヒラヒラと手を振る。いかにも前線の武人然としたルチアナとは真逆の風体。髪型も、襟足を伸ばした以外は頭皮に張り付くような巻毛のベリーショートが精悍さを醸し出すルチアナとは対象的に、小さな顔の両頬に沿わせるように束ねた絹糸の様な柔らかな髪束を下ろして肩口で括っている。統合軍の制服の胸には中尉の階級章・・・

「まさか、あなたもユードラ国軍に居たなんて!いつから・・・」

「15年前くらいかな。それまでは製薬会社で生薬の研究をしていたのだけれどね。」

 それを聞いてルチアナは思い出す。そうだ、レベッカは薬学の天才だった。里の誰よりも若くして薬草の識別と扱いを覚え、幾つかの新しい調合を編み出したりもした。ただ、彼女はその才能と技量を狭い里の同胞達だけのためのものに留めたいとは思わなかった。

「もっと外で学びたい。そしてイヴァリース中の人達の役に立ちたい。」

そう言って、ルチアナと同じ日に、全く違う動機で里を出たのだ。

 

「会社でね、「軍の薬剤師が全然足りてないらしい」って話を聞いてね、それで入隊したの・・・まあ、5年前には特技変更して、それからは歩兵連隊のパラメディックをしていたんだけれど、ね。」

ルチアナは改めてレベッカの身体を見る。自身より一回り細身なのは昔と変わらないが、夏用の制服から見える素肌の腕や足は幾分、筋張っているようにも見えた。胸元の階級章の横には、救護活動で人命を救った隊員のみに与えられる銀の記章が輝いている。

 歩兵連隊のパラメディックならば、銃剣弓矢を持たないにしても、歩兵達と行軍を共にして、矢弾魔法にモンスターのブレスや毒液が飛び交う中、自己の身は自分で守りつつの救護活動をしなければならない。倍以上の体格のバンガやシークの傷者を身一つで後方の拠点まで後送する体力も求められる。類稀な薬学の知識だけでも十二分に貢献できるというのに、より差し迫った命を救う立場になるべく、大層努力をしたのに違いなかった。特技は違えど「人を救いたい」という初志貫徹、ここに極まれり、というわけだ。同じく非凡な才能で誰よりも早くに精霊達と心を通わせ、その召喚術を究めながらにして身を持ち崩し、風俗嬢として御召喚(ごしめい)される側になってしまった姉(セレーナ)とは雲泥の差だ。

(あのバカ姉はいい加減、年季は明けたのだろうか?)

と、何十年も音信不通の姉の顔がふと脳裏をよぎりもしたが、今はそれよりもレベッカだ。

「それじゃあ、なんでこんな所に?戦闘部隊でもないし・・・此処で薬の開発でもする、とか?」

ルチアナの問いにレベッカは首を横に振ると

「偶然見たココの配属予定者名簿に、貴女の名前を見つけたから・・・」

と悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 久方ぶりに目にした旧友の名に、これも何かの縁かもと思い、ダメ元で「(メーガスに)少し興味がある」と上司を経由して伝えてみれば、ルチアナと同じく「ヴィエラ大歓迎」の熱烈ラブコールを受けたのだという。二人揃ってプレハブ庁舎の総務科でチェックインを済ませてみれば、果たして2人とも同じ部署への配属となっていた。

「ミスト領域戦開発中隊」

道理でヴィエラを欲しがるワケだと、目を見合わせて鼻息を吹きながら肩をすくめる。

 

 その日の晩、充てがわれた士官用とは名ばかりのプレハブ宿舎で一通りの身辺整理を終えた後、品数だけは何とか揃えた簡素な酒保で手に入れた瓶ビールで乾杯する。

「やっぱりヴィエラはアタシ等、二人だけ?」

「多分、そうだね。他の部隊からの着任者も、私の見た限りでは・・・」

レベッカはそう答えてビールを一口あおり、自嘲気味に笑って鼻息を吹く。

「やっぱり、軍はヴィエラには人気ないよね。まあ、里と同じでやれ規則だ規律だってうるさいし、切った張ったが好きならクランで良いしね。それにほら、特に今のユードラはね・・・敵さんの元首が同族じゃない!?それも若〜いピチピチのイケメンだよ?」

「シルバニアのフレイジャー大公・・・まだ40くらいだっけか。アタシはそこは特には気にしてなかったな・・・」

 ルチアナ自身、同盟諸国と因縁あるユードラの生まれ育ちでもなければ、100年以上、まともな接触も無い仮想敵国の事など、演習時の想定以外で特段意識することも無かった。そもそも自身が好きで「家」だと思っているのはせいぜいが国軍の部隊で、帝国を愛しているかといえば「?」なのが正直なところ。それはレベッカも同じだった。これでは愛国心という観点では傭兵と大差ない。

「私達、軍人失格だね!」とレベッカ。

「全く。30年以上安くない給料貰っといてこんなんだってバレたら、またブートキャンプに放り込まれるよ!」

そう言って笑い合いながら揃って2本目のビール瓶を開けた。

 

「メーガス」は、組織と設備に加えて最低限の準備要員だけは3月中には現地入りしていたが、実際に隊員を入れて活動を開始するのはこの日からだった。

 翌日、屋外の国旗掲揚台の前で300人程の着任者全員が整列してからの「メーガス」本部長の堅苦しい訓示を聞かされた後、ルチアナ達は所属中隊に割り当てられた格納庫内で再度整列する。そうするよう、掲示された日日業務計画に示されていたからだ。60人からの中隊員は軍人と研究機関の研究者達が半々の「半官半民」で、ここで何をやるのかを誰に聞いても判然としなかった。庫内で目立つものと言えば、並んで立つ3機の6m級逆関節型二足歩行ACくらいなもので、見た限り100%機械工学の産物であるソレは、中隊の名称とはそぐわない印象を与えた。

(ACに載せるミスト・センサーでも開発するのかしら?それともグロセア・エンジン関係?)

ルチアナは勘ぐるが、どちらにしてもヴィエラの領分からは程遠い。「モーグリさん、お願いします!」の案件だ。じゃあ、あの「ラブコール」は何だったんだ?

 定められた集合時刻きっかりに、格納庫とプレハブ・オフィスを繋ぐ通路のドアが開き、数名の人影が入ってくるのを認める。先頭を歩くのは技術士官の制服に身を包んだ小柄な初老のヒュムの男。整列した隊員の中では最先任のルチアナは、その胸に中佐の階級章を認めると、男が中隊指揮官だと踏んで「気を付け」の号令をかけようとする。が、姿勢を正して息を吸い込んだところで、男から

「そのままでええよ、楽にしとって。」

と機先を制するように言われ、肩透かしを食らった。

男の後ろに付き従う長身の女性士官に視線を移し、目を丸くする。

 

(ヴィエラだ・・・「白い肌」の!)

 

 すぐには気付かなかった。長い耳は頭上に立つことなく、一本はオールバックにした白い長髪に紛れるように垂れ、もう一本は根元を残して切れていた。そして何よりその白い肌!珍しいどころではない。イヴァリースに「居る」ということが判っているだけで、どこに、どれだけいるのかも判然としない。判っているのは、自分達「黒いヴィエラ」より数段閉鎖的な「引き籠もり種族」だということ。未開の僻地に何重もの結界を張って暮らしているとの噂で、どんな僻地だろうと税金を取り立てにいく陸軍特殊部隊上がりの国税局特別調査員ですら、所在の特定を諦めたと言われている。それが、よりによって国軍に居るなんて・・・!

 整列した隊員達からも小さなどよめきが湧き上がるが、彼女が隊列の前で歩みを止めて正対すると、自然に静かになった。静謐さの中に感じる一種独特な「威圧感」、それがヴィエラに比べれば数段「鈍い」ヒュムやモーグリにも伝わったのだろうとルチアナは察する。

「白いヴィエラ」よりも一寸遅れて隊列に正対した初老の男は「ハイ皆さんよろしく。私がここの中隊長、兼ねて主任技官のヴォーグ・・・ルゲイエ・ヴォーグ中佐です。」と手短に自己紹介すると、横に立つ白いヴィエラの腰をツンツンとつつく。それに気づかされた様な反応を見せた彼女は隊列に向かって小さくお辞儀をすると澄んだ声で自己紹介した。

 

「メイジー・スノー少佐です。当中隊の副長、兼ねて先任テスト・パイロットを務めさせて頂きます。」

 

 ルチアナは気付く。この数十秒間のスノー少佐の挙動、そして終始、閉じたままの両の瞼・・・

(あの人、目が・・・)

 

 続いて入ってきたのはヴォーグ中佐の声。

「今日までは私とスノー少佐、君等より先に来た何名かの技官で色々下準備をしておった。諸君らを迎えて、いよいよこれからが本番というわけだ。」

そして、3機のACに手をかざす。

「細かい事は担当技官から色々とあるが、簡潔に言う。我が中隊の仕事は、コイツらをこれまでに無い「グレートでファンタスティックな」ブツに仕上げることだ。諸君らは各々専門分野の第一人者だが、研究成果を論文や報告書に上げて満足しているだけではこの先、懐の寒い中、安くない税金を払わされている国民に説明がつかんでな!技術は「使えるカタチ」にしてナンボだ。諸君らの成果は速やかにコイツらに反映され、可視化される。血税分、もしくはそれ以上のアガリが得られるかは諸君らの努力と閃き次第だ。無論、私もいち技官としてガンバるから、しっかりと付いてきて欲しい。私からは以上だ。」

 

そして、もう一度スノー少佐の腰をつつく。スノーは頷くと隊列に向けて口を開く。

「各セクション毎に担当技官からのブリーフィングを受けてもらいます。マーガレット少佐と、ペリーウィンクル中尉は私のところへ。以上、かかって下さい。」

 ヴォーグと共に入ってきた数名の技官が点呼を始める。スノーは自らの前に歩を進めたルチアナとレベッカに、目を閉じたまま顔だけを向け、

「色々、私に聞きたいことがありそうね。」

と言って小さな笑顔を作った。

 

 

20分後、中隊長執務室

 

「アタシ達が、ACに!?」

ルチアナの素っ頓狂な声が室内に響く。

「何かの間違いでは?私は薬剤上がりのパラメディックですし、マーガレット少佐も歩兵科一筋・・・と聞いてますが。」

レベッカも狼狽を隠さない。

ACの搭乗資格も経験も無いこともさることながら、二人を驚かせたのは「ヴィエラをACに乗せる。」という発想そのものだった。個人の適性の問題ではなく、それ以前に種族としての食い合わせが「最悪」なのだ。耐火性の厚手の対Gパイロット・スーツで全身を覆い、外気と遮断され気密の効いたコックピットにベルトで身体を縛り付ければ、ヴィエラの最大の特性である大気から鋭敏な素肌を通じて感じるミストの検知・識別能力も、靭やかな身体のバネから生み出される瞬発力も、優れた視力・聴力も全てが台無しになる。加えて、容積が限られるアーマー類の特性上パイロットは小柄な体格が好まれる中、彼女達の長躯と長い耳は邪魔になりこそすれ、利点は無い。

 ルチアナの脳裏に「アイスクリームのガーリック・チップスかけ」という単語が思い浮かんだ。40年以上前、里を出てまだ間もない頃、戯れに泊まった少しばかり良い宿の朝食ビュッフェで宿泊客達が純白の艷やかな「何か」に、器からすくったフレーク状のモノを掛けて舌鼓を打つのを遠目に認めた。興味を持って真似をしてみる。表札に書かれた「アイスクリーム」をカウンターに注文すると、純白の「それ」が器に盛られて出てきた。手元には総菜やサラダ類のトレーが並ぶ中、「フレーク」が入った器も幾つか並んでいる。どれもが初めて見る代物。適当に(コレかな?)と思ってすくったのはガーリック・チップス。勿論、ソレは「誤った選択」で、正しくはその横に並べられたコーン・フレークやアーモンド・スライスを掛けるべきだった。しかし、初めてアイスクリームを試すルチアナが気付くはずも無い。紛らわしい置き方をした宿側の不手際もあるだろう。何れにせよ、「ソレ」を口に運んだルチアナは悶絶する。

(何てマズい代物なんだ!?)

と目を白黒させ、何度もえずきそうになりながらも、それを満面の笑みで頬張るヒュム達を横目に見つつ(コレも里の外に慣れるための試練なんだ)と思いながら我慢して涙目で食べ続けていたところ、そんな「お上りヴィエラ」の不審な動きに気付いたのであろう親切なヒュムの老婦人に声を掛けられ、「正しい選択」を教わった。

今回の場合、ACが「アイスクリーム」で、自分(ヴィエラ)が「ガーリック・チップス」だ。

 

「まあ、戸惑うのも分かる。定石から言えばあり得ん組み合わせだからな・・・「アーマー類はモーグリかヒュムが乗るもの」というのが永らくのイヴァリースの軍事組織、万国共通のコモン・センスだ。」

ヴォーグがそう言いながら、指揮官用にしては簡素な椅子に腰掛ける。

「そもそもアーマー自体が「不足を補う」ための武器体系だ。非力なモーグリの整備兵達が他種族から「後方のヌイグルミ」と罵られ、戦場で働きを示す為に開発・搭乗したのがそもそものはしり。以後も、基本的にはその考えの延長で発展してきた。より重い武器を扱うための膂力、より速く動き、高く飛ぶための機動力、より敵弾に耐えるための装甲、より遠くの敵を早くに察知するためのセンサー類・・・身体能力や感知能力に劣る種族のための装備。それは、時代が下ってACが世に出てからも本質的には変わっていない。」

「それが判っているなら、何故・・・」

眉間にシワを寄せるルチアナにヴォーグはあくまで笑顔で返す。

「あの3機は、そこンところの「根本」が違う。「弱みを補う」のではなく、君等ヴィエラという種族の「強みを最大限に活かし、伸ばす」哲学で開発した。機体とセンサーの基礎的な技術要素はメイジー・・・スノー少佐が実証してくれている。だが、まだまだ実戦に使える様な段階にはない。戦術も含めて、今まで積み上げてきた要素研究や理論を大成させるために、君達二人を呼んだ。詳しい説明は、スノー少佐から・・・」

振られたスノーは小さく笑う。

「今までどおり、メイジーで良いですよ。あなた達もね。ルチアナ、そして・・・」

「レベッカです。」

「そう、レベッカ!ゴメンなさい・・・」

口に片手を当てて頭を下げるメイジーに、初めて対面した時のような「威圧感」は感じない。

「じゃあ「僕」も今までどおりで頼むよメイジー!「ヴォーグ中隊長」なんて堅苦しくて嫌だ!」

突如、少年のような口調に変わった初老の指揮官をあやすように、メイジーが返す。

「はいはい、じゃあ、格納庫に行きましょうか、「坊っちゃん」・・・」

 

 5人は再度、格納庫へと入り、逆関節に二つの「膝」を折り曲げて立つACの足下へと向かう。至近からその姿を見上げて、ルチアナは直ぐに気付いた。

「装甲が、ほとんど無い・・・」

特に脆弱なケーブル・パイプ類の暴露部を除いて、殆どの骨格や駆動部が防護なしのフレーム丸出しデザイン。ラッタルを上がって胸部を見てみれば、通常、厚さ十センチは下らない複合装甲で最も強固に護られるコックピットですら、一部の骨材を除けば所々隙間の空いた薄い透明硝子状の素材で作られている。華奢な体躯と対象的に存在感を放つのが背部と両肩から突き出すように、幾重にも束ねられて据え付けられたグロセア・リング。ラッタルから見下ろせば、両大腿部の外側にも骨材に支えられた同様の器材が装着されていた。局地戦用の戦闘機ですら、ここまでリングまみれになる事は無い。そして頭部から伸びた二本の長大なアンテナらしきモノは、まるでヴィエラの耳だ。「耳」を見上げるルチアナとレベッカに、ルゲイエが語りかける。

「コイツがアーマーだという固定観念は捨ててくれ。君達ヴィエラがそのまま大きくなって・・・ついでに翼が生えたとでも思ってくれれば良い。」

「翼?」

「徹底的に軽量化した機体に、高速戦闘機の3倍のグロセア・ジェネレーター出力機構を詰め込んである。有り余る出力で飛行も容易。新開発の大容量ミスト・キャパシタと出力偏向機構で全方向への異次元の急加速・急減速を実現した。まさにヴィエラが森を縦横に駆け巡るが如く、だ・・・。ヤクト以外でコイツより素早い兵器はイヴァリースには存在しない、と胸を張って言える代物だ。」

「ハイ!」

レベッカが手を挙げる。

「今の説明だと、別にパイロットがヴィエラじゃなくても良くないですか?方向感覚が良いヒュムのパイロットなら幾らも居ますよ?」

「私が説明するわ。」

メイジーが割って入る。

「この機体のもうひとつの特徴はね・・・「私達」がセンサーなの。」

「??」

「通常のACが搭載しているレーダーやパッシブ・ミスト・センサー・・・どれも重くて容積も取るし、整備に手間もかかる。」

「ホント、直ぐに壊れるしね。ウチの原隊のAC、半分以上稼働してるの見たこと無いよ。」

ルチアナが合いの手を入れる。メイジーがクスリと笑った。

「そうなんだ。私、戦闘部隊にいた事はないからそこまで実情は知らなかったわ。」

そして続けた。

「この機体の「センサー」は、大気中のミストを増幅してコックピットの私達に「感じさせる」だけ。それにほら、コックピットにも外の空気が入るように出来ているから、気密で感覚が鈍ることもない。パイロットのヴィエラ自身が、軽量で精度の高いセンサーになるの。ヒュムやモーグリのパイロットがディスプレイの画面を見てから判断するのと、私達が「感じて」動くのとでは反応速度も段違い・・・本人が病気にならなければ、故障もないしね。しかもレーダーみたいに電波を出すわけでもないから、隠密性も高いわ。」

「・・・だから、メイジーでも操縦出来る・・・」ルチアナがつい口をついて出た言葉を慌てて飲み込もうとするが、メイジーは声を上げて笑いながら人差し指を立てる。

「ウフフ!ご明察!ヴィエラがコレを動かすのに、視力は関係ないわ・・・それともやっぱり、見えた方が良いのかしら?まあ、私のこの目は先の戦争以来だから、もうこれで自然体なのだけれどね。」

メイジーが「先の戦争」の一言を発した瞬間、ルチアナとレベッカの鋭敏な肌はピリッとした刺激を感じる。例の「威圧感」だ。だが、メイジーがACの解説に戻ると同時にそれは消え失せた。

「操縦方法も通常のアーマーとは大分違う。だから未経験者でも問題ないわ。誰がやっても「初めて」だから・・・フフ、全部ここで説明していたら頭がパンクしてしまうわね。覚えることは幾らもあるわ。今まで説明したところで、分からなかったことはある?」

メイジーの問い掛けにルチアナ等は首を横に振った。

 

 その日の晩、ルチアナとレベッカはメイジーを飲みに誘う。気の利いた別の中隊が、貧相な酒保をものの数時間で小洒落たバーに改装してしていた。メイジーの外見が醸し出す孤高かつ高貴なイメージから(断られるかも)と思いつつの誘いだったが、意外にも彼女は快く応じた。ルチアナにとって、今、一番興味があるのは自らの任務やACの事よりもメイジーのことだった。今後、任務に本腰を入れる為にも、同僚の事はしっかりと把握して疑問点は解消しておいた方が良い。勿論、無理に聞き出すつもりは無いが・・・

「アタシ達、どうも勘違いしてたみたい。なんか勝手に「白いヴィエラは凄いストイックなのに違いない」ってイメージしてたんだけれど・・・」

枝豆を上品な手つきで、しかし次々と口に送り込みながらビールで流し込むメイジーにルチアナは半ば呆れ、半ば申し訳なさそうに語りかける。

メイジーはまた小さく笑うと、枝豆を探る手を止めた。

「どうなんでしょうね?ひょっとしたら、「私以外」は貴女が考えているとおりなのかも・・・私が「里」に居たのは10かそこいらまでだから、正直、里の風習がどうだったのか、良く分からないの。生活スタイルは、ほとんどヒュムなんじゃないかしら?ずっと彼らと一緒に暮らしてきたから・・・」

そう言って、今度は懐から手製らしき紙巻き煙草を取り出して見せる。意図を察したルチアナは「どうぞ」と一言。メイジーが火をつけた煙草をひと吸いし、煙をフッと吐き出すと、その香りを嗅いだレベッカが目を輝かす。

「あの・・・一本、頂いても良いですか?」

レベッカの申し出に、メイジーは一寸、両眉を上げて驚いた様に反応するが、「勿論」とレベッカに寄越し、ついでに「敬語は要らないわ、階級なんてあってないようなものだから」と付け加える。果たしてレベッカは頭を下げると手にした煙草に火をつけるでもなく卓上に置き、巻き紙を解いて中の葉をバラしてほぐし始めた。目を近づけて眺めたり、香りを嗅いだり、仕分けたり・・・やがて、納得したように姿勢を正して鼻息を吹くと、原料と思わしき数種の植物の名をスラスラと諳んじた。

「コレは、比較的カラダに良いヤツね。全体的に鎮静作用が強めだけれど、毒性・依存性はヒュムの作る煙草みたくは強くない。自律神経を整えてくれる効果もあるわ。」

「まあ・・・驚いた。」

メイジーは再び両眉を上げて感嘆の意を表する。

「彼女、薬学・・・特に生薬全般の天才なんだ。昔からこんな感じ。」とルチアナ。

「そう・・・」

メイジーは一言そう呟いて煙草をもうひと吸いし、暫しの沈黙の後、口を開く。

「私が「里」で覚えた、最初で、たった一つの「調合」・・・父に頼まれて、月に一度、コレをまとめて作るのが私の「お手伝い」だった・・・」

ルチアナは思い切って尋ねる。

「里を出たの?子どもの頃に?」

「そうよ。正確には「炙り出された」かしら。」

ルチアナとレベッカの肌がピリつき出す。

「貴女が昼間言ってた「先の戦争」って、まさか・・・」

ルチアナの問いにメイジーは一度頷く。

「ええ、ユードラと同盟諸国の400年の戦い。私の里は・・・名前も覚えていないけれど、今は、国境地帯の「WC-15R」なんて呼ばれる地域にあった。」

「・・・・」

「戦争も終わりの5年に差し掛かった頃かしら、近くにあったヒュムの村を同盟諸国の軍が占領していたのだけれど、ユードラ国軍が奪還しようと包囲を始めた。同盟側は村の友軍を東に撤収させようとしたけれど、撤収経路に広がる森で伏撃される事を恐れた。だから撤収の前に、爆撃機で森を焼いた。私達の「里」があった森・・・まあ、両軍の動きは後で聞かされた話だけれどね。でも、覚えてる。私が最後にこの目で見たのは、焼ける家、逃げるか残るかで言い争う家族、聞いたこともない爆音に外に出て見上げれば、低高度で焼夷弾をバラ撒く「航空機」に描かれたランベリーの国章・・・」

 

(やっぱり、「戦中派」だったんだ・・・)

ひりつく二の腕を押さえながら、ルチアナら2人は息を呑む。

 

「そのすぐ後に、頭に焼夷弾でも当たったのでしょうね。気を失って・・・気付いた時には、痛みで目が開けられなくて、右の耳も焼けるように痛くて、周りには誰の気配も感じなくて・・・このままここで死ぬんだ、って思ってじっとしてたら、何日か後にユードラの国軍に保護されたの・・・よく覚えているでしょう?100年以上も前のことなのにね。」

 

メイジーの閉じた両目が「これが聞きたかったんでしょう?」とルチアナに問いかける。

 

「ごめんなさい・・・思い出させてしまって・・・」

ルチアナは気まずそうに頭を下げる。

「良いのよ。「思い出して」なんかいないから・・・いつだって、頭と心の何処かにあるの。」

メイジーの答えにルチアナは思い知る。この「ひりつく」威圧感の正体。絶えることのない「怒り」が周囲のミストにまで干渉しているのだ。

他の感情が「怒り」を上回った時だけ、威圧感が消える。だが、覆い隠されるだけで、無くなるわけではない。

 重苦しくなった場を取り繕うように、メイジーは器用に中身が入った方の枝豆の皿を探り当てると、また次々と口の中に頬張りだす。暫く口をモグモグさせたあと、瓶に残ったビールで一気に流し込むと、ルチアナ等の肌からひりつきが消えた。

「大丈夫、100年以上経ったのよ?消えることはなくても、制御はできるわ。こちらこそ、ごめんなさい。ヒュムの人達は、せいぜい気まずい雰囲気にさせてしまうくらいだけれど、貴女達は「痛い」のね・・・」

 どうやらメイジーは、ルチアナ達が「ひりついて」感じる痛みに起因する僅かな感情の揺らぎ、正確にはその揺らぎが生み出す極めて微弱なミストの振動を感じ取っているようだった。メイジーの深い怒りが生み出す「揺らぎ」を津波に例えるなら、ルチアナ等のそれは、そよ風に立つさざ波程度のものだ。

「それが、判るの?」

「ええ」

ルチアナは舌を巻く。そこまで「鋭敏」なヴィエラなど、見たこともない。若くして視覚を失ったからなのだろうか、どうやらミストの変化に対するメイジーの感度は図抜けて高いように見受けられた。ルチアナがそう思い至ったのを見抜くように、メイジーが続ける。

「私の「能力」が、種族由来なのか、ただの個性なのか、それとも盲目故か、ハッキリとは分からない。でも、これまで私がヴォーグ中佐とやってきて、これからは貴女達とこの中隊でやろうとしていることに、深く関係しているわ・・・まあ、その辺は仕事の話だから明日に回して、どう?まだ飲めそう?」

メイジーの申し出に、ルチアナとレベッカは目を見合わせて笑う。

「ええ、喜んで。」

「良かった。最初の日だもの!楽しい話題で終わりたくて・・・」

メイジーはそう言うと、追加のビール瓶と枝豆を調達すべく席を立った。

 

 

 

 

B.B.753年 7月1日 (Doomsday − 2,996 days)

0910時 同演習場

 

ユーグォ演習場の半分を占める針葉樹林の100フィート程上空を、3000フィート程の間隔を開けた逆三角形の陣形を組む3機のACが飛んでいく。最後方の頂点に占位する、両肩にアンテナを搭載したACが、前方の2機にレーザー通信で呼びかける。

「ドグ、マグ、こちらラグ、グロセア機関由来の敵性ミスト感知、「送る」。」

前を行く2機の戦術ディスプレイに、一本の方位線が表示される。

「こちらドグ、受領した。アタシはまだ感知できない。」

「こちらマグ、同じく。」

「ラグ、了解。ヘディング084で前進、各機相対位置を保持」

「ドグ、了解」

「マグ、了解」

30秒程して、再びレーザー通信

「こちらドグ、ミスト探知、ラグの探知と同一と推定、送る。」

5秒程遅れて

「こちらマグ、こちらも探知。送るわ。」

RAG(ラグ)の戦術ディスプレイに3本の方位線が表示される。

「こちらラグ、受領した。評定に入る。」

10秒程して通信

「こちらラグ、敵位置評定完了、送る。受領したら各機散開、強襲機動第2法。ターゲットを各個で識別出来るまでアクティブ・センサーのEMCON(電磁波管制)は維持」

「ドグ、了解」

「マグ、了解」

 3機が加速しながら相対距離を広げていく。陣形の先頭に出ていくのは、ルチアナが駆るDOG(Dog-fight Offensive Gear)。その名の通り、近接戦闘に特化したアセンブルとチューニングの機体。そこから後方約45度、数千フィートの位置に占位するのがレベッカのMUG(Multi range Universal Gear)。近距離から遠距離までオールラウンドに対応出来る万能機。前衛2機と三角形の位置を保つように、最後方で機位を保持するのが、探知識別と情報支援に重点を置くメイジーのRAG( Reconnaissance and Assistance Gear)。推進用のグロセア・リングと同じくらいに存在感を放つ長大な受信機が、検知したミストを増幅してコックピットのメイジーに伝達する。ルチアナとレベッカの了解信から1分と経たずに、彼女達と「敵」との戦端は切って落とされた。

 

 

 3人のTACネーム(ACや戦闘機のパイロットに与えられるコールサイン)は、彼女達のACの開発コードネームもそのままの「ドグ」「マグ」「ラグ」。戦闘部隊ならばAC大隊長か飛行隊長あたりがパイロットの特徴や趣味を踏まえた気の利いた名前を与えるのが伝統だったが、彼女達の指揮官たるルゲイエは、そういう事には全くの無頓着だった。3人のヴィエラも特段こだわることなくその名を受け入れる。

「短くてイイじゃない!機動中に舌を噛む心配もしなくて良いし。」

とはレベッカの弁。搭乗中はその名で呼び合うようになって3年が経過した。その間、「メーガス」各中隊が開発・洗練させた技術・戦術の数々が、創設時には「よちよち歩き」だった3機のACとパイロットのヴィエラ達に注ぎ込まれた。無線通信に比べて圧倒的に高速大容量かつ被探知リスクを下げるレーザー通信。慣性の法則に真っ向から喧嘩を売る変態的な機動の度に襲いかかる加速度からパイロットと機体を護るための「時空魔法自動連動式加速度緩和技術」、そして、パイロットのヴィエラが神経で「感じた」ミストの揺らぎを機械処理可能なデジタル・データに変換する信号処理技術に、通信と同じく被探知リスクとなる機体のグロセア機関からのミスト放射を抑える「ミスト・エミッション低減技術」。特に後者二つの技術開発と検証には、メイジーのずば抜けたミスト感知能力が欠かせなかった。機体・アビオニクス関連技術が一通り煮詰まって、各機に反映されたのが半年前。それからは、理論だけが先行していた多数機連携による戦術の検証となった。距離を取った三角形の陣形を組んだ3機のヴィエラ・パイロット自身が高感度の「パッシブ(受動式)・ミスト・センサー」となって隠密裏に敵兵器やモンスターが発するミストの「波」を検知。電波探知と同様の理屈で、それぞれが「感知」した「波」の到来時間差とドップラー効果由来の周波数差から敵の正確な位置を割り出し高速接敵、優位な位置からの先制攻撃を掛ける。それがルゲイエとメイジーが編み出したAC小隊戦術「Δ(デルタ)-アタック」だった。「ミスト領域戦」の真骨頂・・・永らく机上の戦術理論だったが、ルチアナとレベッカを得て「3人のヴィエラ」が揃った事で実証が可能になった。シミュレーションから始め、ターゲット・ドローンを使った幾度もの試験を経て、今日この日、遂に戦闘部隊との実戦形式演習の運びとなった。仮設敵となる相手はイヴァリース最強と名高い第1機動戦術群隷下の最優秀AC小隊「Schmetterlinge(シュメッターリンゲ)」。

 

「まあ、最初は胸を借りるくらいのつもりでな。緊張しないで・・・」と送り出したルゲイエの予想を超えて、「彼女達」は被撃墜2対3のスコアで「シュメッターリンゲ」を破ってしまった。

 

 

同日、1330時

「メーガス」ミスト領域戦開発中隊ブリーフィング・ルーム

 

 模擬戦中、計6機のACが送り続けたテレメトリー・データから起こされたリプレイ動画の再生が終わり、部屋の電気が付けられる。最初に言葉を発したのは、金髪に薄い顎髭のヒュムのパイロット。

「そうか〜、いや、凄いな。参った、まいった・・・」

 笑顔で感嘆の言葉を漏らしながら、椅子の上で頭に手を組んで仰け反る。手元のコントローラーでディスプレイ上のリプレイ画面を巻き戻して、停める。

「貴女達は、この時点で我々を探知していたのか・・・コッチは全然だった。何て戦術でしたっけ?」

そう言って笑顔のまま、プロジェクターを挟んで左横に座る3人のヴィエラを見た。

メイジーが答える。

「Δ(デルタ)‐アタック、です。オークス少佐」

「ソレは、我々も直ぐに導入出来るのですか?それとも特別な器材が必要、とか?」

食い気味に上半身を椅子から乗り出すオークスに、メイジーは小さく笑って答える。

「申し訳ありません。現時点では、専用機と・・・後は、少なくともヴィエラのパイロットが必要です。」

「全員?それとも最低、1人いれば・・・」

「全員、です。」

「そうか〜」

オークスはいかにも残念そうな渋い顔をしながら再び背もたれに寄りかかる。

「「メーガス」は、技術を検証で終わらせないための部隊です。最終的には、私達の能力も機械的なハードとソフトに落とし込んで、器材共々、量産化させるのがゴールです。」

メイジーが慰めるように付け加えた。オークスが顔を向ける。

「本当に?私が乗っている間に実現できます?」

問われたメイジーはオークスの発する「匂い」と「ミスト」を探る。

(このヒュムの年齢は30代も半ば頃かしら。ならばACに乗っていられるのはあと10年がいいところ・・・)

「・・・努力は、しますわ。」

小さく肩をすくめながらいつもの上品な笑顔で答えるメイジーに、オークスも「期待しています。」と笑って返す。

 

「アタシは、勝ったとは思ってません。」

メイジーの奥に座っていたルチアナが声を上げる。オークスが覗いてみれば、その顔は憮然としていた。

「アタシは、墜とされました・・・メイジーも。探知能力と、機動性もコッチが全然上なのに・・・」

ルチアナの脳裏に後味の悪い光景が思い浮かぶ。Δ-アタックがハマり、完全に優位から攻撃をかけた。初撃で彼らの2番機を撃墜判定にし、オークスの1番機が自分に狙いを付ける前に高速回避機動に入った。キャパシタに蓄積したミスト・エネルギーを瞬間的に放出して前後左右に。機動に同期して発動する時空魔法での緩和が無ければ50Gを優に超える超急加減速での機動は、明らかにACのFCS(火器管制システム)の追従を許さない筈だった。なのに墜とされた。リプレイを見て判ったのは、その時、オークスの機体が放ったのは無誘導式のロケット弾(正確には、演習用にロケット弾を模擬した攻撃信号)だった、という事。恐らく、まぐれのメクラ撃ちではない。狙ってやったのだ。この男が虚空に向けて撃った弾に向かって、アタシは飛び込んでいった・・・。

自らの半分も生きていない、「鈍い」はずのヒュムの「匠の技」に戦慄する。

 背筋を伸ばして上半身をオークスに向け、問う。

「単刀直入に聞きます!アタシ達の「課題」を教えて下さい。その顔だと、もう分かっているんでしょう?」

 オークスのどこか「余裕めいた」笑み。一度の勝負に敗れても、「パイロットとして本質的には俺達が上」だと認識しているが故のその顔だとルチアナは踏んだ。事実そうだ。彼らと同じ機体で戦えば、自分達はものの1分で撃破されていただろう。この男の経験と知見を学ばなければいけない。ヒュムの時間の「密度」は濃い。「持ち時間」の短さ故なのだろう。自分達から見れば、欲深くがっついて生き急いでいるようにも見えるが、それだけ「真剣」ということだ。そんな時間軸で生きてみたくて、自分は里を出た。目の前の三十路を、二百も越えた古老のつもりで見る。

 オークスは、ルチアナの「目」に感銘を受ける。大概が倍以上を生きる長命種の連中は、悪気が無くともどこかで自分達、短命種を「足りない子供」のように扱う。それを態度に出さないのも「表向きの配慮」だったりする。気高いヴィエラも、穏やかなン・モウもそこは変わらない。だが、恐らくは母親よりも年上に違いない、一見、高慢ちきな自尊心の塊のようにも見えるルチアナの金色の瞳は、あくまで真摯に己の未熟と向き合おうとしているのが分かった。オークスは決める。「今夜、彼女達と飲もう」と。そして、彼女と同じく姿勢を正すと口を開いた。

「マーガレット少佐については、動きの規則性と、「教則通り過ぎる」機動・・・どんなに速く動こうと、「1秒後にはそこにいるだろう」と予想した所に居てくれるのなら、弾を当てるのは難しくない。FCSも必要ない。」

ルチアナの目に光が入る。オークスは続けた。

「機体的には、防御が薄すぎる。私の一撃は、通常のAC相手なら、せいぜい装甲の一部か腕の一本でも持っていく程度のモノだった。だが、君達の機体は、その一撃で「戦闘不能」と判断された。機動性に全てを振ったのか・・・アリーナでタイマンの決闘でもするならそれで良いのかもだが、我々の舞台は戦場だ。予測不可能な事や想定外は幾らも起こる。環境も様々だし運、不運もある・・・それ等にある程度は耐えられるだけの「懐の深さ」はあった方が良い。マーガレット少佐、歩兵科の超ベテラン上がりの貴官なら、とうに分かっているはずだ。君の、その美しい筋肉はそんな「戦場の霧」の中を生き残るためのモノだろう?・・・ACだって同じさ。」

 自らのプライドの根幹をなす部分をくすぐってくる様なコメントに、ルチアナは思わず背筋がこそばゆくなる感覚を覚える。

オークスはメイジーに視線を移した。

「スノー少佐、早期警戒に、編隊の指揮は貴女がやっていたんだろう?」

「ええ、それは私にしか出来ないから・・・」

「それなら、貴女は指揮管制(オペレーティング)に専念したほうが良いと思う。会敵して混戦に入ってから、貴女の動きは明らかに悪くなった。余計なお世話かも知れないが・・・私だって、オペレーター無しでは頭がパンクしてしまうよ。」

痛いところを突かれたと、メイジーは眉をひそめる。だが、代替策があるわけでもない。

「・・・考えておくわ。」

今は、そう返すことしか出来なかった。

「最後に、ペリーウィンクル大尉。」

「は、はい!」

やや上ずった声でレベッカが背筋を伸ばす。

「今日の敢闘賞は君だな。意表を突いたトリッキーな動きのせいで、私も崩されてしまった。本当に、見失ったんだ・・・あの動きを「狙って」出来るようになれば言う事なし、だな。」

「・・・バレてましたか。」

レベッカは肩をすくめて舌を出す。混戦の中、ルチアナとメイジーを失い、混乱して自機と敵機の位置関係も完全に喪失、とにかく戦場から距離をとろうと遮二無二機体をぶん回した所、偶然、銃口の前にオークスの機体の背面が現れたのだ。「ビギナーズ・ラック」だったのは、しっかりと見抜かれていた、というワケだ。

 

 デブリーフィングを終え、双方、席を立つ。オークスは改めて3人のヴィエラを見る。

「しかし君達、ホントにその格好でACに乗っていたのかい?我々の常識からは懸け離れてるな・・・。」

 

 ミストへの感度を高める最も単純な方法は、素肌を外気に晒すこと。ルチアナとレベッカの身体を覆うのは、発煙筒や信号発信機に水没対策の小型呼吸器といった救難装備を収納・装着できるよう加工された厚手のOD(オリーブドラブ)色のホットパンツに、上半身は何とか乳房までは隠した丈の短い黒のタンクトップのみ。そこそこに胸の大きなルチアナに至っては、乳房の下半分近くがはみ出しているのを「これ以上隠すと感度が落ちるから」と言ってサスペンダーでタンクトップの下部をパンツのベルトに繋ぎ留めていた。靴も素足に、種族伝統の簡素なカリガのみ。

 

(ちょっと昔、こんな格好の女の子達に洗機・洗車をしてもらうサービスがあったな・・・法王府が「不道徳だ」と言って禁止したけれど・・・)

オークスはチラを記憶を辿りながら

「被弾して機内火災でも起きたら、ひとたまりもないが・・・」

と口ではマトモなことを言って小さく首を横に振る。

ルチアナは、「次に会う時は、当たらないようにするわよ!」と負け惜しみじみた啖呵を切る。

「スノー少佐は割と「普通」みたいだが・・・」

オークスが視線を移した先のメイジーは、他2人とは違って首から下の全身を薄手の白いパイロット・スーツで覆っていた。

「私は、色々と弄っているので・・・」

そう言ってうなじをめくったメイジーの首筋とスーツには、脊椎に沿うように幾つもの電極が埋め込まれていた。オークスの眉間にシワがよる。

「ご心配には及びません。私が望んでやったことですから・・・」

オークスが発するミストの振動を通じて感じた「嫌悪」「懸念」「心配」を察して、メイジーは答えた。

「この施術と、同じく電極を張り巡らせたスーツのおかげで、私自身のミスト感度、そして彼女達が感じたミストとの統合処理能力は数倍に引き上げられる・・・Δ-アタックには欠かせないの。貴方は、私にオペレーター専業を勧めて下さったけれど、今はまだ、私の代わりは誰にも出来ない。機械にもね・・・だから、編隊を離れられないのよ。」

「・・・そういう事でしたか。先ほどの浅慮放言、お詫びします。」

オークスはそう答えると姿勢を正し、頭を下げる。そして、彼女達に俄然興味が湧くのを止められなくなった。その場でザランダの母基地に電話し、帰りが一日遅くなると一方的に伝えると、猛プッシュで3人を飲みに誘った。メイジー等は快く引き受ける。

 その晩の宴席上、メイジーの「過去」を聞いたオークスは号泣した。余りに泣くので、泥酔したか、それとも演技かと訝ったメイジーはオークスを「探って」みたが、本当に心底、感情を揺さぶられてのモノだと判り、「何と純朴な男なのだろうか」と、半ば呆れた。オークスの家系と略歴を聞いたルチアナは察する。紛うことなきエリート。将来は将官になる男だ。こんな男に率いられる部隊はきっと幸せだろうと確信する。

翌日、再戦を誓ってオークス等は帰っていった。

ヴィエラ3人は格納庫に顔を出す。3機のAC「DOG」「MUG」「RAG」の主だった関節部や、レーザー通信機の駆動部にセンサーやエンジンの接合部、ほぼ全てが過負荷でお釈迦になり、外されたそれらが墓標の様に並べられていた。その脇で「こんなんじゃあ、全然ダメだ・・・」と頭を抱える技官達。

「まだまだ、先は長そうね・・・私達も。」

そう言ってルチアナは鼻息を吹く。

 

 再び、検証と改良の日々が始まる。「メーガス」は彼女達の機体に潜む「問題点」を一つ一つ炙り出しては、集められた頭脳を駆使して「解決策」を与えていく。時に後戻りもしながらの絶え間ない研究開発の過程で、既存の装備体系や民用技術に還元できる成果も生まれた。自動車や飛空艇のメーカーが採算度外視のレース用に開発し、実績を得られた技術をコマーシャル・モデルに転用するのと同じだ。パッシブ・ミスト・センサーを始めとするセンサー類の小型・高精度化、通信の高速・大容量化、冶金術、材料力学全般への貢献等々・・・。「メーガス」はそれらを組織の「成果」としてアピールすることで、開発に必要な莫大な予算を獲得していく。財布の紐の固い財務省の高級官僚達に「それだけのアガリがある事業なのだ」と信じさせる事ができれば勝ちだ。オークス達との最初の演習から2年も経過した頃、それまで要素技術の切り売りで糊口をしのいでいた「メーガス」は遂に、洗練を重ねた3機の戦闘力自体を「成果」として売り出す算段に目処をつける。

 実戦・・・高危険度等級大型モンスター群対処任務への派出。打診を受けた統合軍第2機動戦術群は当初、「人命が掛かった任務と、失敗上等の研究開発を混同するな!」と難色を示したが、派出されるパイロットの1人がルチアナだと判ると、「やってみせてくれ。」と態度を一変させた。結果は圧倒的。敵モンスターの情報収集と分析に掛ける時間こそ同じだったが、その後、手練れの機械化歩兵大隊でも半日は掛かるであろう駆除作戦を、ものの10分で済ませてみせた。作戦後の機体整備では、一部部品の交換は必要だったが翌日までには各機、任務稼働状態に復帰させる事が出来た。それから2ヶ月程の間に、同様の派出任務を3度こなす。始めはバックアップ・レディネス態勢も万端にして見守っていた2機戦群の面々も、3度目の出撃時には半ば物見遊山でカメラ片手に彼女達の出撃を見送った。

「Δ-アタック」の図抜けたパッシブ探知・位置評定能力は、山奥に墜ちた遭難飛空艇の捜索にも威力を発揮する。ルチアナとメイジーの制服の胸には銀色の、レベッカのそれには金色の「救命記章」が輝いた。

 コラムのネタに困っていた軍機関紙の記者が彼女達に目をつける。取材を申し込み、会ってみればそれぞれに特徴ある「魅力」を放つ3人のヴィエラに喜んだ記者が勇んで書いた記事の1面表題には、

 

『見参!メーガス「三姉妹」』

 

の太字が踊っていた。

 

 

 

B.B.755年 10月31日(Doomsday − 2,144 days)

ジークデン陸軍病院

 

 青い回転灯を忙しなく回す救急飛空艇が軍病院の屋上駐機ポートに足を降ろす。後部ハッチが開き、グロセア・リングに浮かされたストレッチャーが、慎重に降ろされる。

「ケアルガでも傷が閉じきらない。少なくとも両足大腿と左上腕、右第8から第12肋骨骨折、右手首脱臼、出血多量。内臓損傷の可能性もある。」

「了解。引き継ぎます。ご苦労さまです。」

機内の衛生員から引き継がれた病院付きの緊急救命隊員らがストレッチャーを押していく。酸素マスクを被せられ、人事不省のままに荒い息をしながら運ばれるのはレベッカ・ペリーウィンクル。露わな褐色の肌の所々には血糊と裂傷、荒々しい止血処理の跡と宛て木。

同じくハッチから降りてきたメイジー・スノーがストレッチャーに追いすがるが、救命隊員の一人に制止され、屋上に残される。

 

「ごめんなさいレベッカ!お願い・・・ああ・・・」

 

 その日は、3人にとって10回目、国軍の一部からは「メーガス三姉妹」と渾名されるようになってからは3度目のモンスター対処任務だった。鉱山の宿直員から提供された「首輪の無い」ドラゴンの目撃情報。全てのドラゴンは神代の昔より「神」によって首輪付き(Collared「カラード」)となって久しく、(現代に、「Uncollared(アンカラード)」など居るはずがない)と余りに非現実的な通報は当初、イタズラ電話として処理されたが、鉱山労働者達の宿泊所が蹂躙され、一足早く噂を聞きつけて功名狙いで現地入りした数組のランカー・クランが全滅させられたことで現実味を帯びる。正式に第2機動戦術群に対処命令が下されると同時に、もはや既定路線の様に「メーガス」にも統合軍からの協力要請がなされた。2機戦群の情報収集部隊から共有された識別結果は「未知のアンカラード間違いなし」。神代の忘れ形見・・・約半世紀前、「伝説の空賊バルフレア」によって討伐されたとされる「神龍ヤズマット」ですら「首輪付き」だった。それ以来、アレを超えるドラゴンはイヴァリースの何処にも現れていない。彼らの「首輪」は、「神」の軍門に下って力を制御された事を意味する「印」だ。それが無いという時点で、最低でも「ヤズマット以上」を想定しなければならない。勿論、半世紀前にACなど存在しなかった。バルフレアは「生身」でヤズマットを倒したとの伝説だ。それでもブリーフィングを受けながらルチアナとレベッカは想像する。この「アンカラード」を倒せば、自分達は彼女を超えることになる。「伝説」の片割れにして今は何処でどうしているかも分からない、「おらが村」のスーパーヒーロー・フランを。

 

2戦機群に先んじて進出した「三姉妹」は「アンカラード」を追い詰める。

 他の2機よりも一回り大きな「RAG」のパッシブ・ミスト・センサーから増幅器と電極を通じてメイジーの脳幹に送られる「感覚」は視程内戦闘時においては敵の攻撃兆候が生み出すミストの揺らぎを察知し、メイジーが感じた「危機感」は自動でデジタル・データ化された情報として僚機に伝達される。データを受け取った「DOG」と「MUG」は、それを「ミストの感覚」に復号し、他の種族よりは数段高く、しかしメイジーよりは「鈍い」ルチアナとレベッカの知覚を刺激する。「アンカラード」が吐くブレスは一瞬で彼女達の薄い装甲を溶かすだけの熱量を持っていたが、当たらなければどうということはない。会敵15分後には、3機に搭載された人工知能が等しく、目の前で怒り狂う敵の体力が尽きかけていることを評価していた。一気に畳み掛けるべく、メイジーも攻勢に転ずる。

 だが、予想外の事が起きた。戦いの最中、徐々に膨れ上がり続けていた敵の尻尾がこのタイミングで裂け、中から「群体」を吐き出す。「アンカラード」の複製。メイジーは速やかに攻勢を止め、自身と機体のモードを索敵と危機察知に切り換えるが、一気に増えた敵の数が彼女の負荷を増大させ、彼女自身の操縦を一寸、疎かにさせた。素人目には分からない程度の変化を、「神」の統御を受けない狡猾なる「アンカラード」は見逃さない。頭部から禍々しく伸び上げた角から衝撃を伴う雷撃を放つ。

 その寸前に「兆候」を察知、伝達はしたが自らの回避動作が追いつかないメイジーを、レベッカが庇った。衝動的にではない。メイジーからの「信号」を受け取ったレベッカはあくまで冷静に、瞬時に状況を見極め、メイジーの態勢が整っていないことを把握すると、かつてのオークスの助言に従って機体に新規装備されたPA(Particle Armour:防御魔法を封入した微細な魔石の粒子を機体周囲に展開・滞留させる魔導装甲)を展開させ、加えて自機の下半身をも装甲代わりにすべく、敵に向けてはドロップキックの様な態勢でメイジーとの間に割り込んだ。熱価を帯びた、神代の威力のままの雷撃はレベッカの駆る「MUG」のPAを貫通し、下半身を融解させ、残る上半身を弾き飛ばしたところでエネルギーを失う。

 状況を把握したルチアナは直ぐさまバックアップの2機戦群に援護を要請すると同時に「アンカラード」の意識を引き付けるべく陽動に入った。

 メイジーは100m程転がって地面に横たわる「MUG」の上半身を確認する。片腕と頭部が脱落していたが、見る限りコックピットは無事だった。通信でレベッカを呼ぶが答えない。自らの武装をパージして「MUG」を抱え、ルチアナに離脱を告げて2機戦群の前哨陣地まで後退した。陣地で待機していた工兵の力を借りて歪んだコックピットをこじ開ければ血まみれで心肺停止したレベッカの姿。速やかに施された救命措置によって何とか息を吹き返すが、陣地での第一線救護のみでは不十分と判断され、救急艇による軍病院への後送が決定される。

 メイジーはすぐさま戦場に戻るべくACに乗り込もうとしたが、ダメージが積み重なった機体は急速整備を施しても任務稼働基準を満たせない、と陣地に展開していた整備クルー達に再出撃を反対され、ルゲイエからの出撃許可も降りなかった。ルチアナと友軍を信じるよう諭され、それなら、とレベッカに同行したのだ。

 

 

 小雨がぱらつき出した曇天の軍病院屋上で呆然と立ち尽くすメイジーの頭の中には、かつての演習後、オークスが寄越した箴言が渦巻いていた。

 

 翌日の夜明けと時を同じくして、病院の集中治療室前に置かれた長椅子に腰掛けるメイジーの前にルチアナが現れた。その横にはルゲイエに、2機戦群隷下の機械化歩兵連隊長と、1機戦群隷下AC大隊長アロイス・オークスの姿。「メーガス三姉妹」を瞬時に劣勢に追い込んだ「アンカラード」に自隊の即応兵力だけで対処するリスクを考慮した2機戦群指揮官は、プライドをかなぐり捨てて1機戦群に後詰めを要請したのだ。ルチアナと、彼女の援護に入った2機戦群第一波が稼いだ時間で布陣を整えた両機動戦術群は、「アンカラード」を鉱山地区から出すことなく駆除することに成功する。「三姉妹」による速攻から方針転換し、一昼夜と千人を超える延べ兵力を投入した地道かつ堅実な作戦は、多数の傷者を出したものの犠牲者はゼロ。レベッカも一命は取り留めたことが判り、一同は胸をなで下ろす。

 メイジーはオークスの前に立つと、閉じた両目から涙を伝わせながら頭を下げる。眼球は1世紀も前に焼夷弾に焼かれても、涙腺は生きていた。

「ごめんなさい・・・本当に・・・。貴方はあんなに警告して下さったのに、私は・・・」

オークスは首を横に振りながら、頭一つは長身のメイジーの肩に手を置く。

「有史最悪のドラゴンを、誰も死なせずにやってのけた。勝利だ。君達は本当に良くやってくれた。今は、それで良いじゃないか!」

 

 2日程して、レベッカが意識を取り戻す。最初に口にしたのはメイジーの安否。無傷だと知ると、涙を流して喜んだ。同じく泣きながら、こちらは謝罪一辺倒のメイジーに、「あと1回でも「ごめんなさい」って言ったら、絶交する!」と凄んで、抱擁を交わす。幸い、レベッカの身体には何の後遺症も残り得ない事が判明した。そこからモリモリ回復していく。先端科学と治癒魔法を併用したイヴァリース最高の医療支援を得て、各所の骨折も1週間程度で繋がる。動ける様になると、頼んで集めてもらった薬草類で自ら生薬を調合し、それも彼女の復帰を早めた。退院した彼女を「メーガス」総員の整列と花束、そしてルチアナが企画した快気祝いの宴会が出迎えた。

 

 宴の後、満月の月明かりが照らす格納庫の軒下の喫煙所に、メイジーとルゲイエが並んで立つ。煙草の煙を吐き、天を仰いだメイジーが呟くように言う。

「もう、潮時ですわ・・・」

「・・・うん。」

ルゲイエが、うつむき気味に小さく呟いた。

メイジーは、意を決したかのように、まだ吸い残しのある煙草を煙管に押し付けて消した。

「私自身の銃で「彼等」を討つのは諦めます。」

ルゲイエの顔が、頭二つは長身のメイジーを見上げる。

「良く決断してくれたね。でも・・・メイジーの気持ちは、「僕」が「一番」良くわかってる。」

「・・・・ええ。」

「悔しいよね。父が君の身体を電極まみれにしても、僕がその数を倍にしても、君は嫌な顔一つせずに・・・全部、君と同じ思いをこの国の子供達にさせないために・・・それ以上に、「もしもその刻が来たなら」君自身の手で「彼ら」に報復するために・・・」

「国境地帯は分厚いですわ。同盟側の元首も、同族だからというわけじゃないけれど、年の割には思慮深い名君ということですし・・・私が戦えるあと半世紀程度で、「もしも」が起こる事は、おそらく無いでしょう。」

自らに言い聞かせるかのように、メイジーは呟いた。

「・・・うん。」

「でも、捨てるのは銃だけ。銃を捨てて、私はもっと「強く」なりますわ。かりそめでも良い。この平和をあと100年延ばすために、メイジーは喜んで持てる全てを注ぎます。」

それまでより一段大きな声で、精一杯の笑顔をルゲイエに見せる。

「ありがとう。僕もガンバるよ!だから・・・これからも変わらず、僕の側(そば)に居てくれよ?メイジー。」

「勿論ですとも。可愛い「妹達」も出来ましたし、ね。」

 

 

 

B.B.756年 7月4日(Doomsday − 1,897 days)

ユーグォ演習場「メーガス」大型飛空艇ポート

 

 漆黒の飛空艇が1機、ゆっくりとアプローチに入り、直接、エプロンに脚を降ろす。格納庫の大扉沿いに、十四松の様に首を並べてそれを眺めるのは、ルゲイエ以下、「ミスト領域戦開発中隊」の手空き面々。ルチアナが腕を組んで頭を捻りながら呟く。

「初めて見る機種だ・・・所々、何処かで見たような特徴はあるけれど・・・」

横に立つルゲイエが鼻を鳴らして口を開く。

「ベースは「セオドール揚陸艇」だよ。大分、弄ったがな。」

「セオドール?アレが?ウッソだぁ!?」

 

 SHVC-F4セオドール。脚立のようにかさ上げされた脚部に乗っかる扁平な胴体下の暴露部に1個小隊3機のAC、または80トンまでのコンテナ・装甲車両等を吊下可能な揚陸艇。前線への迅速な装甲兵力投入のために開発され、30年近く第一線で活躍する武骨で頑丈一点張りの「戦場の軍馬」。だが、目の前のソレは、ほぼ全てが真っ黒な外板に覆われ、原型より一回り巨大かつ流麗な全翼機の様に成形されていた。原型機では暴露している吊下部も、外板に隠れて中は見えない。よく見れば、そこかしこに対レーダー・ステルス処理がなされた埋め込み式アンテナと、電波かミストの送受信用と思わしき平面アレイが張り付いている。陽光を受けて金色の光を反射するコックピットの風防の形状と、カーゴスペースを挟んで前後に整列する幾つもの車輪だけが「セオドール」の外観上の特徴を残していた。

ルゲイエが胸を張る。

「中々に、禍々しいだろう。SHVC-4FX、開発コードネーム『ゴルベーザ』・・・ミスト領域の早期警戒とACの指揮管制に特化した、この世に1機だけの特殊任務機だ。君達のために用意した。」

「アタシ達のため?」

ルチアナが眉をひそめながらルゲイエを見る。

「まさか、今からコイツのパイロットになれ、っていうんじゃないんだろうね?」

ルゲイエは笑って首を横に振る。

「いやいや、君には引き続き「DOG(ドグ)」のパイロットでいてもらうよ。今は、他に代えもいないしな。コイツをオペレートするのはメイジー。だが、操縦はしない。彼女には自身と、コイツに詰め込んだアビオニクスをフル活用しての警戒管制に集中してもらう。そうするべきだった。これまでの検証と実戦で得られた最大の「教訓」だ。」

「じゃあ、パイロットは別に居るのね。」

とレベッカ。ルゲイエは首を縦に振る。

「コイツには特別繊細で正確な操縦が要求される。超遠距離からの正確な索敵、そして何十マイルも離れて高速で動き回るACとレーザー通信を維持せにゃならん。適材を見つけるのにそこそこ時間を食ったが・・・噂をすれば、出てきたな。」

コックピット脇に外から据え付けられた背の高いラッタルの側板の上から赤いポンポンが見え隠れしながら降りてくる。その全身が地上に降りて格納庫に正対した時、ルチアナの目が倍に開いた。

 

(あの子・・・アルピーヌ!)

 

 自らの定年前、2機戦群は第3旅団の駐屯地で終始おずおずと申し訳なさそうに動き回っていた小さな初年兵の姿が脳裏に蘇った。

(そうだ・・・あれからもう6年経つ。あの子はパイロットになったんだ。まあ、モーグリなら驚くような進路でもないけれど・・・しかし本当に、軍隊って「狭い」な。100万人以上居るっていうのに、やっぱり面白いや!)

隊列の前、声の届く範囲に進み出たアルピーヌと目が合ったルチアナは満面の笑みで呼びかける。今度は「作った」笑顔ではない。

 

「ハイ、アルピーヌ!アタシに御用かな!?」

 

 笑顔を返すモーグリ娘の顔はあの時と大して変わらず可憐なまま、だが、もうおずおずと背中を丸めてはいない。身体の半分もあるフライト・バッグを地面に置き、胸を張って敬礼すると自信に満ちた目と透き通った声で申告する。

「少尉、アルピーヌ・マインズ!「メーガス」配備特殊早期警戒管制機専任操縦士を命ぜられ、本日、着任しました!」

 

 「三姉妹」は、バーのすみっコで小さな歓迎会を開く。ルチアナが統合軍にいた頃のアルピーヌの印象を話して聞かせると、アルピーヌは照れ臭そうに笑いながら、此処に来るまでの顛末を語った。ルチアナが「定年」して部隊を去った後、ほどなくして飛行要員への特技変更を希望したのだという。特段、空に憧れを抱いた・・・というわけではなく、単に泥と汗と筋肉にまみれた歩兵科の雰囲気に馴染めなかったのが理由だった。希望は叶えられ飛行学校に入校。パイロットの適性は認められたものの、敢闘精神と反射神経に難ありと判断され、花形の戦闘飛行課程ではなく輸送機の課程に回された。そこで初めて、彼女の「才能」が開花する。アルピーヌの操縦は、他の誰よりも「丁寧」だったのだ。急激な操作や無駄な切り返しは一切無く、飛行学生が判断ミスや乱雑な操作をする度に拳骨を振るうチャンスを伺う鬼教官も手出しが出来なかった。卒業後、一旦は空軍隷下の戦術輸送部隊に配属され、そこで士官に任官すると共に機長資格までを取得したが、同乗した隊員達は口を揃えて「一流ホテルのソファに転がってるみたいだった。」と彼女の操縦を絶賛した。数年の勤務の後、定期異動を控えた彼女に二つの選択肢が提示される。一つは皇帝以下、VIPや国賓の輸送を主任務とする特別輸送飛行隊への配属、そしてもう一つは、開発を終えて「メーガス」に配備される特殊早期警戒管制機「ゴルベーザ」のテストパイロット兼、専任操縦士への道。キャリアで言えば、前者がダントツのエリート・コースなのは間違いなかった。

 

「でも私、「メーガス」にマーガレット少佐がいらっしゃるの、知ってましたから・・・」

 

 小声でそう言ったアルピーヌは、照れを隠すように手元のシードルの瓶を口に運ぶ。

レベッカが目を細めながらルチアナを見る。

「私の時もそうだけれどさ、貴女って、「引力」があるのかしら?」

 

「引力?」

 

 ルチアナが怪訝な顔をする。口に出したレベッカ自身も、どう説明したものか、と首をひねりながら視線を斜め上に向ける。

「何ていうか・・・そう、人生を楽しんで、前に進んでる人が出す独特なオーラ、ってやつなのかな?でも、自分本位じゃあなくて、皆のことをよく見てる。組織人なのに、堅苦しくも、クドくもない・・・何か、絶妙なのよねぇ。」

ルチアナは眉を上げて首を小さく横に振る。

「どうにもよく分かんないね。でもまあ、そういう人間となら確かに一緒に働きたい、とは思うだろうね。アタシは、自分がそうだとはあまり思えないけれど。都度々々、思ったようにやってるだけさ。」

メイジーが枝豆を探る手を止める。

「そういうところよ。きっと、天然の人たらしなんでしょうね。貴女は。私も、一緒に居て楽しいわ・・・子供の頃からずっと軍の人達と居たし、基本的にはみんな親切にしてくれたから居心地は悪くなかったけれど、本当に「楽しい」って思えるようになったのは、貴女達と一緒になってから。「三姉妹」なんて言われるようになっても、悪い気はしなかったもの。」

「ふうん、こんな女の何が良いんだか・・・!」

そう言って、ルチアナもまた照れ隠しをするように、座ったままボディビルでいうところのフロント・ラットスプレッドのポーズを取る。元が細身なのでバルクはそこそこだが、艷やかな褐色の肌も手伝って、キレのある逆三角形が映える。

レベッカが声を上げて笑い出す。

「知ってる?貴女、人柄とかとは関係なく、「特定ニッチな層」から大人気よ!」

「あん!?」

目を丸くするルチアナだが、彼女も負けてはいない。

「アンタこそ、大した人気じゃない。「マグ・ファンクラブ」が出来た、って聞いてるよ。抜け駆けして突撃してきたコルネオを大層ひどい言葉で振った、ってものちゃあんと知ってる。」

 

 広いようで狭い軍社会、こういう話題には事欠かない。「大ベテラン」ルチアナの耳には、黙っていても「そっち系の」話が入ってくるのだ。

「彼はちょっと「ふくよか」過ぎて・・・後は、目線でカラダ目当てなのが丸わかり過ぎるのよ。それに、ひどい言葉だなんて!ヒュム用の「定型文」を使っただけよ。」

「定型文?」

ポンポンをかしげるアルピーヌに、ルチアナとレベッカは声を揃えて諳んじる。

 

「「貴方の気持ち、嬉しいわ・・・でも・・・貴方、私より先に死んじゃうでしょう。それがツライの!」」

 

言い終わると同時に揃って爆笑。アルコールが回って白目が軽く充血したレベッカがアルピーヌの前に顔を突き出して問う。

「そう言えば、里を出て40年、尋ねたことなかった!ねぇ、モーグリにもあるの?そういうヤツ!」

暫し目を泳がせるアルピーヌ。

「ええ、まあ・・・あるには、ありますが・・・」

「敬語は無し・・・私のチームでは、ね。」

とメイジー。

「ええ、あ・・・あるわ。」

少しばかり恥ずかしそうに続ける。

 

「とっても、嬉しい。本当よ・・・でも私達、どんなに愛し合っても・・・その・・・「できない」でしょう?」

 

 ルチアナとレベッカは再度の大爆笑。メイジーも、思わずプッと吹き出す。高貴としか形容し得ない、整った顔の口から枝豆が勢いよく飛び出し、これが更なる笑いを誘った。

アルピーヌは確信する。

「これから、楽しくなるに違いない。」と。

 

 メイジーが武器と操縦桿を手放した事、そして、彼女に繋がるセンサー類が「ACに搭載可能なサイズに限られる」という制約を解かれた意味は、想像したよりも格段に大きな意味をもたらした。徹底的な対レーダー・可視・赤外線ステルスとミスト放射低減処置、そして高精度・大容量レーザー通信による信号被探知防止技術を奢られた「ゴルベーザ」は、戦場のはるか手前から、敵の発するミストと電磁波を収集する。ACに比べて格段に巨大な揚陸艇ベースの機体に搭載されたパッシブ・センサー・アレイ群が、安全圏からの先制探知を可能にする。情報量の入力は格段に増大したが、戦域内でのAC操縦という負担から解放されたメイジーの集中力が、より高精度な情報処理を実現した。これまでは視程内戦闘でのみ可能だった敵の攻撃兆候察知が遠距離から可能になる。それも、攻撃前に敵が発するミストの振動から「如何なる攻撃を」「何処に対して」「どの範囲で」行おうとしているのかの予想を、それまでは漠然としたイメージで捉えていたものが、戦術ディスプレイ上に可視化可能なレベルで出来るようになったのだ。

 未来予知と言っても過言ではない察知能力が、前進するルチアナとレベッカの生存性を飛躍的に高める。

 「アンカラード・ドラゴン」との戦いの教訓たる多目標同時処理能力を強化する為、メイジーの身体には更に数個の電極と光信号処理端末が埋め込まれ、補助電脳の装着までもが強いられたが、彼女は「本当に」嫌な顔一つせずに、それを受け入れた。開発スタッフの心遣いによって、軟質クリスタル製の補助電脳はかつて灼け千切れた片耳と同じ形に成形され、縫合接続された。

 メイジーが処理した莫大な情報を数十マイル以上離れた前線に展開する「MUG」と「DOG」に送信する高出力レーザー通信は、超高指向性を担保する代わりに、正確な照射が求められる。「ゴルベーザ」に装備されたレーザー発振・受信器は2機のACを自動追尾するよう作られてはいるが、遠距離を縦横に動き回る高速ACにレーザーを当て続けるのは技術的にも限界に近い。母機の荒い機動や振動は容易に照準を外し、通信不良となる。アルピーヌの正確無比な操縦技術が通信確立の肝だった。

 

 メイジーの「RAG」がACから揚陸・早期警戒管制機となったことで火力が減となった分は、ルチアナとレベッカの「DOG」「MUG」の武装と機動力を強化することでカバーされる。ある朝、レベッカが格納庫の自機を見上げると、その右腕には巨大なライフルが握らされていた。

「なぁに、コレ?私、こんなの聞かされてないわよ!?」

眉間にシワを寄せるレベッカの前に、異邦人然とした役者顔のヒュムの男が立った。レベッカは姿勢を正して敬礼する。

「おはようございます、カラサワ技官。」

ルゲイエと同じく「メーガス」創設時から在隊する「ミスト・化学エネルギー武器開発中隊」の長。知識を買われて極東の島国から招聘された異色の経歴の持ち主だ。軽く答礼したカラサワは少しばかり申し訳なさそうに肩をすくめた後、その3倍は自信たっぷりに胸を張った。

「私のマスター・ピースだ!。火力、射程、弾速、精度・・・全てを最高レベルに仕上げた。戦艦の主砲クラスをこの中に詰め込んだんだぜ!?」

「で・・・「また」私に試せ、と?」

レベッカの問いにカラサワは満面の笑みをもって答えると、続けた。

「私の国では、偉大な発見や発明に対しては、携わった者の名を冠する慣習があってね。例えば君達が「ミスト」と呼び、今ではイヴァリース共通語になっているあのエネルギー波動だって、我が国ローカルでは「コジマ」と呼ばれている。なぜなら、我が国ではコジマ博士が発見、体系化したからだ・・・だから、コイツにも特別に、私の名前を付けたんだ!」

「じやあ、このライフルの名前は、カラ・・・」

「トシアキ!!」

「へ?」

片眉を上げたレベッカに、カラサワはまくし立てる。

「苗字じゃあ、一族の誰が作ったか分からんだろう!だから、ファースト・ネームだ。ひとつ、「トシアキ」を宜しく頼むよ!?」

そう言い放つと、カラサワはレベッカに背を向けて数名の部下と共に格納庫の奥手へと歩いていった。

「宜しく、って・・・「トシアキ」・・・ふへぇ」

武器の名称としては珍妙に過ぎる名前に嘆息しつつ、件のライフルを見上げる。おそらくミスト系か化学エネルギー系の弾薬仕様と推察されるソレは、一見、洗練された雰囲気を纏ってはいるが、武器は使ってみなければ分からない。この数年、多用途機を謳う「MUG」で様々な装備をテストさせられてきたが、結構なのは見た目と謳い文句だけで使い勝手は散々な「産廃」「浪漫装備」の類は枚挙にいとまがなかった。

(果たして今回はどうなんでしょうね?自分の名前を付けるなんて、余程の自信なんだろうけれど・・・)

鼻で溜め息をつくレベッカの耳に、ルチアナの大声が響く。

 

「何だ、アレ!?アタシゃ、聞いてないよ!」

振り返って見れば、先ほど自分が入ってきた格納庫の入口にマグカップ片手のルチアナが立っていた。ルチアナの視線の先は「MUG」ではなく彼女の「DOG」。よく見れば、「MUG」の「トシアキ」程には目立たないが、その左手にも大仰なブレード発振器らしきモノが取り付けられていた。

 格納庫の出口に向かっていたカラサワがまたも踵を返し、早足でルチアナのほうに向かう。片耳を向けて会話を聞いてみれば、先程、自分にしたのと全く同じようなやり取り。あのブレードにはなんて名前を付けたのかと、もう片方の耳もそばだてる。

 

「・・・なので、私はあのブレードを「トシアキ2号」と・・・」

「イヤです。」

自身とは違い、ルチアナは明確に拒否の意を示す。

カラサワが狼狽するのが遠目にも分かる。

「な、イヤ、とは・・・」

「何でアタシの武器がそんなダサい名前なんですか!?」

「ダサいとは失礼な!人の名前だぞ・・・」

「とにかく、イ・ヤ・ダ。たとえ貴方が大将でも拒否するわ!」

 

 レベッカは軽く吹き出す。ルチアナにそんなこだわりがあったとは知らなかった。知る限り、彼女が上位者に面と向かって楯突いたのはコレが初めてだ。カラサワを睨み付けているらしい彼女の金色の瞳が相当の圧を与えたのだろう。カラサワは首を横に振りながら肩をすくめると

「分かったよ!君の好きにしたまえ・・・」

と引き下がった。

(なぁんだ!案外、簡単に引き下がるんだ。それなら・・・)

とレベッカは一寸、自分も凄んでみようかと考えたが、肩を落として踵を引きずりながら格納庫を出るカラサワの背中を見ると憐れな気持ちになったので、それはやらないことにした。

 

 その日の昼夜に分けて行われた装備試験において、カラサワの自信が虚勢でないことが証明される。「トシアキ」と「名称未定のプラズマ・ミストエネルギー・ブレード」は、既存の同ジャンルのAC用武器を全て過去の遺物扱いにするほどの性能を示した。ジェネレーターの出力を大食いするのが唯一の難点だったが、それは通常のACに搭載する場合の話で、採算度外視の超高出力ジェネレーターを奢られた彼女達の乗機にはさして影響しなかった。夜間運用試験時、エネルギーを解放した「DOG」のブレードは、起動すると同時に、揺らめく巨大な青白い光を放つ。その光が触れた対象は「切り裂かれる」というよりは「浄化される」と表現したほうが適切な様を見せて滅却した。斬れ味を評価しようにも、対象が軒並み蒸発してしまうのだ。

「Clair de lune(月の光)」

快晴の闇夜に浮かぶ青月の光を受けながら、ルチアナはブレードにその名を与えた。

試験を見守るカラサワが一人、それでも未練がましく「トシアキ2号・・・」とボソリ呟く。

 

 機体の推進力を担保するグロセア・エンジンとリング、急加減速に欠かせないキャパシタも幾度となく更新され、機体の速度は遂に音速を越えた。最高速だけなら高速戦闘機に劣るが、彼女達のACは前後左右、瞬時にその速度に達するのだ。時空魔法の同期発動による緩和が無ければ、加速度は優に100Gを超える。緩和を掛けても高速機動の度に10G近い加速度がコックピット内を襲ったが、2人のヴィエラと改良を重ねた機体はよく耐えた。

「なんか、私の身体もだんだんルチアナみたいになってきたんだけれど・・・」とレベッカは少しばかり困惑しながら需品科でODのホットパンツのサイズを更新する。加速度に耐えるために鍛え上げ、膨れあがった太腿のせいだった。ミスト感度を落とす対Gスーツは身に着けられないため、ひたすらに筋肉を締め上げてブラック・アウトに立ち向かうのだ。

「ファン・クラブの会員が減るねぇ!」

とニヤけるルチアナ。細身のメイジーは「私はコッチにして正解だったわ」とアルピーヌのポンポンに手を添える。

 彼女達に関する「メーガス」の選択と努力の全てが正解だということが、再開された実任務対応で証明される。連携する統合軍の面々は、はじめこそ2機に減ったACに不安を隠さなかったが、直ぐにそれが杞憂であると確信した。高危険度等級モンスター対処任務の殆どを彼女達に奪われる形になった2機戦群だったが、不満を口にすることは無い。その分、訓練と休養に割ける時間が増えたからだった。

「メーガス三姉妹」の名付け親でもある軍機関誌の広報が、今度は彼女達をメディアに売り込んだ。国防省からの直々の指示。彼女達は知る由もなかったが、法王府との政争が激化する中、国軍の印象を良くすることで皇帝派に国民の支持を取り付けようというのがその魂胆だった。

 国軍広報のアンバサダーを務める、上下真っ赤な衣装もケバケバしいバンガの芸人が、相方の女シークと放送局の面々を連れてユーグォ演習場の「メーガス」本拠に押しかける。エプロンに駐機された「ゴルベーザ」と格納庫内の3機のACをはじめ、一通り装備品と施設の概要を紹介した後、渡された台本通りに彼女達を「最強のモンスター・ハンター:メーガス三姉妹」として紹介しようとした芸人に、メイジーが待ったをかけた。

「もう、私達は「三姉妹」じゃあないわ。」

そう言って、照れるアルピーヌを押し出す。

「今、彼女なしで私達の任務は成り立たない。紹介するなら、4人セットで、ね。」

 目を丸くして、カメラの枠外で「じゃあ貴女達を何と呼べばよいのか?」と問う随行の軍広報担当者に、ルチアナは

「アタシ等はコピー・ライターじゃあないよ。それを考えるのがアンタの仕事だろう!」

と「宿題」を与えて帰した。

収録を終え、編集の段階になって、件の担当者が「四姉妹・・・じゃあ、芸がないよなぁ。種族も違うし・・・」と、頭を捻った末に付けたキャプションは、

 

『ゴルベーザ四天王』

 

数週間後、テレビ放映を見る(聞く)彼女達は、ミステリアスな漆黒の管制機をバックに4人が揃って自己紹介するところまでは満足げに画面に齧りついていたが、画面の下部にデカデカとその「渾名」が後撮りの芸人の叫び声とともに写し出されると、

「しまった・・・任せるんじゃなかった!」

「ウソでしょ・・・」

「私、余計な事、言ったかしら?でもねぇ・・・」

「ごめんなさい!私なんかのために・・・」

と一様に後悔したがもう遅い。「メーガス三姉妹」改め、その名でお茶の間に定着してしまった。

 

 それから2カ月程して、件の広報担当者が菓子折りを持って訪れる。ルチアナは余程、その男の胸ぐらをつかんでやろうかとも考えたが、自分が「宿題」を与えて突き放した手前、流石にソレは筋が通らないと、拳を収める。ひどく上機嫌な担当者曰く、放映の反響は極めて大で、最大の成果は「ヴィエラの軍志望者が急増した」事だという。魔道士や歩兵科の偵察要員、ジャングル戦のエキスパートとして、部隊のヴィエラ・ニーズは常に高い。だが、ルチアナやレベッカのような「変わり者」でもない限り、わざわざ「里」を抜け出してまで「お固くて、ヒュム臭い」イメージの軍を志望するヴィエラはほとんど居なかった。だが、種族としての力を存分以上に発揮しながら一線で活躍し、栄誉を掴み取ったルチアナ等がブラウン管越しに見せる笑顔が、認識を変えた。

 そこかしこのクランでくすぶっていた「出奔ヴィエラ」達に加え、噂話を耳にしてテレビも無い「里」から家出同然で駆け込んでくる少女達まで出る始末とのことで、「伝説のフラン」以来半世紀ぶりの騒動に、幾つもの「ヴィエラの里」の長達が連名で「種族の伝統、文化の維持上、極めて問題がある放映内容であり、今後、同様の報道は控えて頂きたい。」旨の陳情書を軍とテレビ局に提出する事態になったのだという。

 

「私達、もう里には帰れないね。きっと「森」から「クソ売女(ビッチ)!」って罵られるよ・・・」

とレベッカ。

「ああ、まあ・・・少なくとも、ヨーテさんの目の黒い内は・・・」

ルチアナはそう言って柔らかなソファに寄りかかる。藤の枝で編んだ里の椅子は心地良いが固い。実際には、ヨーテが生きていようがいまいが、この尻がヒュム製のソファに慣れた時点で、とうに帰る意志など失っていた。

 

 

B.B.757年 11月11日 (Doomsday − 1,402 days)

ユーグォ演習場

 

約束の日。

「シュメッターリンゲ」との再戦。

環境と時間、優位劣位を変えての9本勝負。

結果は例外なく「ゴルベーザ四天王」の圧勝。

模擬戦を終えた後、アロイス・オークスは感慨深げに部隊章が刺繍された帽子を脱ぐと、メイジーの手に持たせた。

「完敗だ。私達の・・・もう、どうやっても勝てる術が思い付かない。」

達観したようなその顔は何処か淋しげであり、それは微弱なミストの振動となってメイジーにも伝わった。

「まあ、そうションボリしなさんなって!また、やりましょうや!」

そうハッパを掛けるルチアナに、オークスは目を閉じて小さく首を縦に振る。

「そうだな。また、やりたいな・・・でも、私は、もう一線のパイロットとしては打ち止めだ。年齢的にもね・・・。」

「年齢・・・そうか、もう・・・」

普段はあまり気にすることのない「持ち時間の差」が一気に物悲しさとなって実感される。

オークスが続けた。

「まもなく転勤でね。ACは降りてからの、ライオネルでの「宮仕え」・・・それが終われば、どこぞの部隊の指揮官に据えられる。君達とやりあい、協力もしたこの数年のような刺激的な時間が、果たしてこの先のキャリアにあるかどうか・・・」

つい口にした「本音」で場が重苦しくなったとオークスは反省する。

「しかし、君達が駆るアレを、もう「AC」とは呼ばない方が良い!ありゃ、もはや別の兵器だ。」

敢えての明るい声色で話題を変えた。

「では、なんと呼べば?」

首を傾げるメイジーに、オークスは一寸、考える素振りを見せて口を開く。

「・・・Next(ネクスト)」

「ネクスト?」

「四天王」が同時に首を傾げる。

「かつて飛空艇が開発された時、人々は「この先、これ以上の兵器は世に出まい」と考えたという。その後、魔導アーマーが作られた時も、それがACに進化した時も、そう言われた。「これが究極。もはや「次」はあるまい。」とね。だが、「次(ネクスト)」は現れた・・・君達と、君達が駆る兵器群が、ソレだ。」

そしてオークスは、メイジーに問う。

「量産化の道筋は、たっているのかい?」

「今は、まだ・・・でも、ヴォーグ中佐が取り掛かっているわ。「技術とデータは概ね揃った」って・・・。」

オークスは優しく笑う。

「もしコイツがアッセンブリー・ラインに並んで・・・「使う側」が誤らなければ、スノー少佐、君の願いは叶う。コイツの「次」が出てくるまでの100年、この国の平和を担保出来るだろう。」

「覚えていたのね。あの時、貴方、ウワバミみたいに飲みながら私の生い立ちに泣いてばかりだったから、何も耳に入ってないかと思ってたわ。」

「ハッハ!そんな顔で、結構な毒を吐くんだな。君は!」

2人して声を上げて笑った。釣られて周りも笑い出す。部屋の後ろでデブリーフィングの様子を伺っていたルゲイエ1人が、何処か膨れ面で面白くなさそうに彼女等のやり取りを見ていた。

 

 

 

B.B. 760年 12月6日 (Doomsday − 281 days)

 

 その頃になると、「ゴルベーザ四天王」の名前が新聞や週刊誌を賑わせることもなくなってきた。活躍が無くなったわけではない。彼女達の「戦果」がわざわざ渾名付きで面白おかしく報じられる事が減ったのだ。今や「四天王」がモンスターを討伐しても、新聞には単に「国軍部隊による駆除・・・」と書かれるだけになった。世の流行り廃りのペースは、文明の爛熟に比例して速くなる。

 ルチアナは戯れに週刊誌を手に取る。ペラペラと紙面をめくると、「また」あの名前が目についた。

「アジョラ・グレバドス」

ここ数か月、「ゴルベーザ四天王」の文字が減ってきた隙間を埋めるかのように紙面を占めるようになってきた。

国境地帯の「救世主」・・・ベルベニアに生まれ、神の啓示を受けた「御子」を標榜し、戦争と緩衝地帯化で荒廃したあの地を復興して回っているという。前回の特集では白黒の小さな写真だけだったのが、今回はページの半分ほどを占めるカラー写真が奢られていた。ヴィエラのような、白い髪のヒュムの女。記事によれば、まだ20歳足らずだという。

「・・・大したもんだね・・・ホントに。」

思わず、口をついて出る。自分が20歳の時に何をしていたかを思い起こせば、それ以外のコメントは思い浮かばなかった。写真には、彼女の両脇にも白い頭が二つ。それぞれに、そそり立つ耳・・・ヴィエラだ。

(「メーガス三姉妹」ならぬ「白玉団子三姉妹」・・・)

前日の宴会の酔いが残った脳裏に、そんなワードが浮かぶ。ヴィエラの一人は分厚い丸眼鏡をかけていた。森に育てば鳥に次ぐ程に目が良いのが種族の特徴とされる中、よりによってビン底眼鏡とは・・・。自分も変わり者だが、コッチも大概だな、と鼻息を吹く。もう一人に目を移した時、ルチアナの目が倍に開き、息が止まった。半世紀以上経っても忘れることは無いその顔。自分と同じ金色の瞳・・・「バカ姉」セレーナ!

「奔放主義者」「健康優良不良ヴィエラ」「才能の無駄遣い」・・・そんな言葉が一緒くたに湧いて出る。

見れば写真の下に添えられた解説には、その名が実名のままに記されていた。「アジョラの「使徒」」の肩書きと共に・・・

(何処で何をやってるかと思いきや、今度は新興宗教の幹部!?)

眉をひそめながら、記事を読む。数行ではあるが、彼女のインタビューが載せられていた。

 

「私は街角で「春」を売る身でした。ある時、ヤクザ者に「シマを犯した」と因縁を付けられ嬲り殺しにされそうになったところを、このお方に救っていただいたのです。このお方は、私の卑しい身の上に眉をひそめることも無く側に置いてくださり、何一つ持たない私に、精霊の力までを与えて下さいました。」

 

 事実だとすれば、アジョラ・グレバドスは姉の「命の恩人」ということになる。そしてやっぱり姉は後先考えないバカチンのままだったのだ、ということにも・・・。その一方で、ルチアナは「はて?」と訝る。セレーナは精霊遣いの天才だ。里を出る前にはとうに召喚術を究めていた。それを「何一つ持たず」「与えられた」とは如何に?なぜそんな嘘をつくのか・・・

(あのバカ姉の事だ。どうせ、碌な事は考えちゃあいないだろう・・・)

と、溜め息をつく。ひょっとしたら、彼女が「黒幕」なのでは?などという考えまでもを思い付く。

(自分の四分の一も生きていないヒュムの女の子を丸め込んで担ぎ上げて、一旗揚げようとでもしているんじゃないの?)

そんな心配までしながら、過去の号ではせいぜい流し見る程度だった記事の一言一句を追っていく。その疑いは杞憂だと感じた。「御子」アジョラが語る言葉の一つ一つから、強い意志と決意を感じる。本当に、あの不毛地帯を「何とか」しようとしているのだ。記事によれば、彼女達は今、「WC-15R」という地域に居るらしい。村に遺された地雷と化学兵器を処理し、農地を復活させ、戦で灼かれて小さくなってしまった森に木を植えているという。

(「WC-15R」・・・聞いたことある。そうだ。メイジーの「里」があった場所・・・)

記事の中で、アジョラは「バカ姉」を称える。

「セレーナが居なければ、農地の復興は出来なかった。彼女が三日三晩喚び続けた「タイタン」が、隠れた地雷を軒並み吹き飛ばし、同時に固まった土を耕してくれたんだ。」と。

 一時は頭の片隅からすらも消えかけた姉のことだというのに、なぜだか褒められると胸の内がこそばゆくなる。記事は最後をこう結んでいた。

「彼女が本当に「神の御子」なのかは分からない。だが、仮に「ただの人」だったとしても、彼女には「引力」がある。人を引き付け、引き付けた人に「共にありたい」と思わせる「才」があるのだ。」

 

レベッカが自分に使った言葉と同じ・・・

「引力、か・・・」

ルチアナは一言、そう呟いて、もう一度写真を見る。姉セレーナは笑っていた。人生を前に進んで、楽しんでいるのだ。今の自分と同じように。

「この子のおかげ、なのかな?」

姿を目にすれば、会ってみたくもなる。姉にも、この子にも・・・。軍籍の身では国境地帯に入れるわけもなく、ただ、頭の中で想像を巡らす。菓子折りか、高い酒の一本でも持っていこうか。最初の一言は何て言う?「姉がお世話になっています。迷惑掛けていませんか?」とでも言って頭を下げようか。

 

 それからほんの2か月ほどして、ルチアナはアジョラが捕まったことを新聞で知る。側に姉の姿を認めて、動向を追ってみようと興味を抱いた矢先の事だった。法王府の検閲を経た新聞には、アジョラの「罪状」が書き連ねられていた。曰く「同盟諸国の間諜」であり、最後は「同盟諸国すら裏切って、国境地帯に自らの「王国」を作ろうと画策していた」のだと。セレーナはどうなったのかと紙面を追う。個別の記載は無かったが、一文、「使徒と呼ばれた彼女の取り巻き達は、捕縛部隊の接近を知ると我先にと逃げていった。主を守ろうとする者は一人もいなかった。」と記されていた。姉が捕まらなかったらしい事を、喜ぶことは出来なかった。ルチアナの記憶にある姉は、やんちゃで向こう見ずの聞かん坊だったが、困っている者や助けを求める者を捨て置くような人間では断じてなかった。森の禁域に入って行方不明になった仲間を「掟を破ったが故の自業自得」と切り捨てた長ヨーテに反旗を翻し、ズタボロになりながら救出したのが姉セレーナその人だ。あの時ばかりは「掟だから仕方ないよね」と見過ごした自分を恥じ「バカ姉」を誇らしく思った。その姉が、週刊誌の紙面上で共に笑い合っていた「あの子」を無下に見捨てたなどとは信じられなかったし、信じたくもなかった。

 

 捕縛が報じられてから1カ月も経たずに、「あの子」が処刑されたと、待機室で流されていた情報番組で知る。適用刑が死刑のみの外患誘致罪だったことと、本人が自白で全面的に罪を認めたことが異例なまでのスピード結審と死刑執行の理由だと、コメンテーター席に座る法王府の広報司祭が整然と述べ立てるが、ルチアナは訝る。何年か前に10人殺した挙句に現行犯で捕まった快楽殺人犯ですら、こうはならなかった。無鉄砲だが正義感だけは人一倍だった姉が、支えようと決めた子・・・たったの20歳でメイジーの故郷を復興させたあの子は、自分と全く違う「戦場」で、自分の知らない「戦」を戦ったのに違いない。「戦い」ならば理解できる。「敵」は一切の躊躇なく速やかに打ち倒さなければならないからだ。あの子は「罪人」ではなく、ユードラの「敵」だったのだ。国軍ではない。法王府の、だ。自らの半生が知る、名誉ある国軍は、誰も傷つけていない者、傷つけようとしていない者を「敵」とは認めない。あの子が成し遂げようとしたことは、法王府の坊主達にとっては邪だったのかもしれないが、少なくとも姉にとっては違った。ならばあの子は自分の「敵」ではない。

やっぱり、一度は会ってみたかったと思う。

だが、彼女自身が死に、姉も再び所在不明となった今、これ以上、この件を追うことに意味はない。

 アラート出撃のけたたましいベルがルチアナの意識を上書きする。高危険度等級モンスター対処任務の付与。

 ルチアナの頭から「セレーナとアジョラ」は陽光に照らされる朝霞のように消えていった。

 

 

B.B.761年 9月10日 (Doomsday − 3 days)

 

 昼前頃から、「メーガス」本拠が騒がしくなる。中隊長達は会議室に集められ、一向に部屋から出てこない。下々には、街の知り合いや親族から電話越しに寄せられる有象無象の噂話が飛び交う。

「どうやら、僧兵軍の一部が、叛乱を起こしたらしい。」

それが「噂」の最大公約数だった。

「メーガス」は、何かと面倒くさい法王府派出の宗教士官を置かせないために、敢えて大隊を名乗ってはいなかった(大隊以上の部隊には置かなければならない)。だが、今回はそれ故に正確な情報が集まらなかった。

国防大臣直轄部隊たる「メーガス」本部は、国防省に情報の照会と取るべき措置の指示を仰ぐが、混乱しきった文官達は「暫し待機せよ」の一点張りで当てにならない。地理的に一番近い主要部隊であるリオファネスの2機戦群司令部に問い合わせれば、そちらも混乱はしていたが、ライオネルから指示が来るまでは粛々と自隊の警備態勢を整えているという。「メーガス」もそれに倣うことにした。揚陸・早期警戒管制機ゴルベーザと3機の「ネクスト」をはじめ、各領域戦用に開発されたもののうち、使用可能な武器には整備が施され、稼働状態に整えられる。戦闘部隊ではないが故に軍人の数は限られていたが、技官達も志願して見張り警戒のワッチに付いた。試験用に開発していた小型の対空レーダーとパッシブ・ミスト・センサーを回して、自らも情報収集に務める。

 果たして、僻地の演習場内の一角であるが故か、その後3日間、何の探知も得ることは無かった。

 

 

9月13日 (The Doomsday) 

 

 僧兵軍の叛乱については新しい情報はなく、少なくとも自隊が矢面に立つことはなさそうだと「メーガス」全体が緊張を解き始めたところに、火急の報せが入る。会議室に呼び集められ、一刻の後に出てきた各中隊長の顔は何れも憔悴しきっていた。

 

 執務室で椅子に身を投げ顔を手で覆うルゲイエを心配そうに眺める「四天王」。

メイジーが問う。

「どうしたんですか?叛乱に動きがあったんですか?一体・・・」

一寸の沈黙の後、ルゲイエが重苦しげに口を開いた。

「・・・「同盟」が、攻めてきた・・・」

その瞬間、メイジーの全身に電流が走る。

「小競り合いじゃあない。本格的侵攻だ・・・信じられん事に、主力艦がヤクトを越えてきている。信じたくないが、奴ら、「ヤクト対応型」の飛空石を・・・」

ルチアナが叫ぶ。

「友軍は対応出来てるの?1機戦群は?こんな時のための部隊でしょう!」

ルゲイエがなおも重たい口調で答える。

「国境部の防空サイトは敵のSEAD(防空網制圧)で壊滅。1機戦群は・・・運悪く人員が行事のためにオーボンヌに呼びつけられたところに僧兵軍の叛乱が起きたせいで、今も身動きが取れていないらしい。ちなみにザランダは、叛乱軍に接収されそうだ。」

「・・・そんな!」

「今は、国境部に近い主要部隊が、独断専行で迎撃に当たっているが・・・一番の問題は、僧兵軍が国軍の後方支援に入っていないこと・・・」

アルピーヌが叫ぶ。

「ウソ!だって、協定では彼らが国内での補給と輸送支援に当たる筈よ!予備兵力だって・・・」

「叛乱軍への対処で手一杯。支援に回る余裕が無い・・・それが彼らの言い分だ。おかげでライオネルは作戦計画をイチから練り直すハメになっている・・・。」

 

部屋を覆う沈黙。

 

「ねえ・・・」

 

メイジーの声がそれを破る。同時に、怖気を振るうようなミストの振動がルチアナとレベッカの肌から耳の毛先までを伝う。

 

「私達には、来ているのですか・・・?命令は・・・?」

 

ルゲイエが沈痛な面持ちで答える。

 

「ああ・・・来たさ。「火力と名のつくものなら、火縄銃でも持ってこい。」というのが、上からのお達しだ。当然、我々にも白羽の矢が立った。ヤードー東方での敵空陸両用戦力迎撃・・・同方面の敵主力は・・・ランベリー軍だ。」

 

ルチアナ等の肌に、剣山で刺されたような刺激が走る。発信源は、やはりメイジーだ。

 

(「怒り」が生み出す、ミストの振動・・・。でも、それだけじゃない。「怒り」よりも強い・・・これは、「歓喜」・・・?)

 

ルチアナは息を飲む。メイジーの感情の昂りに当てられたのか、額からの脂汗が止まらない。

 

ルゲイエがメイジーを見ながら続ける。

「メイジー・・・来たんだよ。「もしもの刻」が・・・来てしまった・・・」

 

中隊長卓の電話機が鳴る。目を瞬かせ、首を小さく横に振りながら受話器を取るルゲイエ。

 

「・・・え?また会議室!?・・・何なんだ今度は、一体!?」

 

受話器を叩きつけるように置き、「すまん」と一言言って、ルゲイエは部屋を出た。

 

 メイジーの顔は、無表情なまま。それでもルチアナには判った。彼女は怒っていて、そして「嬉しい」んだ。己が身を捧げて、兵器と繋がる「生体センサー」と化した。彼女が本当に狙いを定めて撃ちたかったのは、国内各所に湧いて出るモンスター達じゃあない。100年以上も前に、彼女の里を、家を、家族を、自身の両の目と片耳を灼いた同盟諸国・・・なかんずくランベリー軍をこそ、撃ちたかったんだ。でも、まさかこちらから攻め込むわけには行かない。国境地帯を挟んだ冷戦も、良くも悪くも安定して久しい。現実的に考えれば、再び「有事」が訪れる可能性は限りなく低い。それでも、ゼロにはなり得ない「可能性」のために、準備を続けてきた・・・。歩兵が肉体を鍛えるが如く、類稀なミスト感知能力を「売り」に、自らを保護した国軍の「被験体」となり、望んで身体中に電極とファイバー・ケーブルを埋め込んで、自らを「強化」した。そして・・・だからこそ、彼女は最初の「シュメッターリンゲ」との模擬戦で自らの能力の限界を悟りながらも、ACから降りる事を躊躇し続けた。出来ることなら、自分の指で銃の引き金を引きたかったに違いない。レベッカの件がなければ、きっと今でも乗っていただろう。

 今はACこそ降りたけれど、国軍の「アーマー」小隊では間違いなく最強の「ゴルベーザ四天王」の先任士官だ。「四天王」が出れば、自らは撃たずとも、指揮する2機の「ネクスト」が弾薬とエネルギーの続く限り、敵を打ち倒し続ける・・・。自分と、レベッカを使って・・・

 

 

ルチアナが、そこまで考えた時、肌に伝うミストの感覚が変わるのを覚えた。メイジーの「歓喜」がぶれる。両の手で顔を覆って小さく呻く。

 

「私・・・何て醜いのかしら。自分の復讐に・・・何の関係もない貴女達を巻き込もうと・・・ずっと分かってたのに・・・ダメよね、そんなの・・・」

嗚咽と、メイジーの顎を伝う涙・・・

 

 

 

 ルチアナは思う。メイジーの涙は、彼女を苦しめ続けた葛藤の涙だ。灼かれた身体と心は、誰よりもそれを繰り返さぬ平和を望みながら、一方では復讐の闘争をも求める。相反する願いが100年、メイジーを苛み続けた。「戦う「力」による抑止」の100年は、彼女には「妥協」の100年だった。国軍に身を置き、戦う身でありつつ、「力」を示して平和を守る・・・そう自らに言い聞かせて、心の均衡を保ってきた。

でも、今、均衡は破れた。

自らは望むことなく、向こうから「闘争」が転がり込んできた。まさに理想的。

自分がメイジーだったら、これはきっと「神の啓示」に映るだろう。

「神」はこう言う。

「今までよく耐えた。さあ、存分に戦うがいい・・・灼け残ったその身の、全てを燃やし尽くすまで!」

 今、メイジーを一番苛んでいるのは、私達だ。彼女と過ごして、語り合ってきた10年から察するに、私達と会うまで、彼女が考えていた「守るべき平和」「巻き込んではいけないもの」は、漠然としたイメージだった。街を歩けば聞こえる、顔も見えない子供達や男女の明るい笑い声・・・それが、自分達と会って、飯釜を共にすることで具体的なものになった。普段、気にすることはないけれど、メイジーは私達より一世代「上」だ。彼女が子供を作っていれば、ちょうど、自分やレベッカ位の年だろう。彼女が望みのままに「身を焦がすまで戦う」なら、それは即ち自分達にとっても、そういう事だ。「Δ-アタック」という戦術をとる限り、不可避の一蓮託生だ。

だから、今、メイジーは苦しんでいる。

 メイジーは戦友だ。そしてもう「家族」だ。よく誤解される。ヴィエラにとって「10年」なんて一寸の事だろう、と。そんな事はない。「持ち時間」に関係なく、「10年」には「10年」の重みがある。長命種だからといって、時間が「軽く」なる事はない。

 メイジーが泣いている。彼女のために、今、自分が出来ること。かけるべき言葉・・・

レベッカを見る。その目は・・・きっと、自分も同じ目をしているんだろう。吊り目も垂れ目もない。アルピーヌの黒豆みたいな目も、醸し出すメッセージは同じだ。

 

 

ルチアナは口を開く。

「ダメじゃあない。」

 

メイジーが両の手を顔から下ろす。

 

「銃剣持って国境越えてくるなら、そいつ等は国軍の「敵」だ。アタシは国軍だ。レベッカも、アルピーヌも。国軍の兵士が、火の玉精神で敵の飛空艇群に突っ込むのに何の問題がある?メイジー、使ってよ。アタシ達を!アルピーヌが貴女の翼。アタシとレベッカが貴女の剣と銃。貴女が討てと言ったモノを、アタシ達は寸分違わず打ち倒す!」

 

レベッカが続けて被せる。

「遠慮することないよ。いつもと同じ。「ことに臨んでは危険を顧みず」・・・それだけのこと、ね。」

 

「でも!」

アルピーヌの声が張る。

「・・・でも、一つだけ、お願い。」

 

3人の意識が、アルピーヌに集まる。

「メイジー、戦い方を決めるのは貴女だけれど、今日1日で燃え尽きよう、だなんて考えないで。ちゃんと戦って、ちゃんと帰る!・・・そうすれば、明日また戦える。明日も生き残れば、明後日も・・・。100年以上、溜め込んだんでしょ?じゃあ、いっぱい戦わなきゃ!そうやって、奴らが後悔して逃げ帰るまで、戦い抜くの。そういうふうに、ルチアナとレベッカを導いてあげて。」

 

メイジーが小さく鼻をすすって、頷く。

言葉の出ない彼女を、レベッカが抱きしめる。

 

 そうと決まれば、出撃準備だ!と、皆で部屋を出ようとした矢先、戻ってきたルゲイエとかち合う。その顔は先程よりなお一段、悲壮だった。頭を掻きむしりながら大溜め息をつく。

 

「今度は「西」だ・・・」

 

「西?」

 

「ジークデン・・・叛乱軍への警戒態勢を敷いていた陸軍第3師団の部隊が、正体不明の敵性勢力と交戦状態に入った。」

 

「正体不明・・・って、「同盟」では?」

 

レベッカがそう言って首を捻るが、メイジーは眉間にシワを寄せる。

「それは無理よ。戦闘正面はまだ国境地帯方面。西方内陸のジークデンにいきなり・・・事前に特殊部隊でも潜入させてた、とか?」

ルゲイエが首を横に振る。

「被害の出方が、特殊作戦のそれじゃあない。探知が出来てないので、確かに大規模部隊ではないとは思うが、最初に交戦した部隊も、後詰めの部隊も、軒並み大火力に晒されて壊滅している・・・らしい。潜入部隊の破壊工作程度では・・・」

 

「まさか・・・「破魔石」?」

 

「可能性としては、あり得る。だが、あんなモノが、そうそう・・・」

 

「待って!まって!!」

 ルチアナが半ば叫びながら、ルゲイエとメイジーの間に体ごと割り込む。議論が発散して核心から離れていくのを危惧したためだ。

「それで!?それがアタシ達の任務と関係あるの?アタシ等の任務は東部戦線での迎撃でしょう!?」

 

 ルゲイエがルチアナに両の手をかざしながら頭を下げて小さく「スマン」と口に出す。深呼吸を一度して、続けた。

「2機戦群からの協力要請が来たんだ。さっき話したジークデンの3師団と、航空支援に入った空軍第2航空戦隊の相当が既にやられたが、身動きの取れない生存者・傷者も相当いるとのことだ。2戦機群が輸送艇でのCSAR(戦闘捜索救難)に就くんだが、救助中に「敵」に狙われてはひとたまりもない。その間の陽動が必要だが、彼らの装備・兵力では3師団や2航戦の二の舞だ・・・だから、そこ(陽動)を、「メーガス」・・・具体的には「四天王(きみたち)」に是非頼みたい、との要請が来たんだよ。名指しだ・・・そりゃそうだ。彼らとは何度も協同している。君達の力と適性を考慮した上で、頼んできた。」

 

 ルチアナの目が泳ぐ。2機戦群、3師団、どちらも彼女にとっては「実家」のような部隊だ。2機戦群隷下には15年。その前の、新兵時代から20年間近くはずっと3師団隷下の陸軍部隊を渡り歩いていた。今、部隊の屋台骨を成しているヒュムやバンガ、モーグリのベテラン将兵の少なくない数が、若い頃にはルチアナの薫陶を受けていた。そんな彼らが今、窮地に陥って、助けを求めている。ルチアナ個人の意識は俄然、「西」へと向かった。だが、「四天王」は4人と全ての機材が揃って初めて能力を発揮する部隊だ。

 

「そんな・・・アタシ達、二手には分かれられないよ!?」

ルチアナは拳を握りしめる。

 

「「上」には聞いたの?どっちが優先?」

とレベッカ。

 

「ああ、はかったさ。だが、国防省は「(メーガス)本部長に任せる」と丸投げだ。本部長はコチラに丸投げしてきた。しょうがない。彼は各中隊の事業を統括しているだけで、戦術的判断は出来ん。つまり・・・選択は、私に託された。「各任務への君達の適性と貢献度を考慮した上で、お前が決めろ」とな。」

 

 ルチアナは唇を噛み締める。ジークデンやリオファネスの同僚や「教え子」達の顔が思い浮かぶが、それを理由に「西」を進言することは出来ない。公私混同だ。中隊長たるルゲイエの判断に従うしかない。

 

 ルゲイエはメイジーを見る。彼女の「思い」は自分が「一番」分かっている。ずっと・・・ずっと、一緒に居たから・・・。意を決し、息を吸って、命令を出そうとしたその時、メイジーの声が部屋に響いた。

 

「西へ。」

 

ルゲイエが、鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を開く。一寸の静寂の後、メイジーが続けた。

 

「西へ・・・ジークデン方面への対処をリコメンドします。」

 

「しかし・・・」

 

「西部の各部隊は重要な戦略予備です。彼らが崩されては、巻き返せるものも巻き返せなくなります。それに「西」の敵が「正体不明」だと言いますが、Δ-アタックの探知・識別能力を使えば、敵の数、ミストの特性等、解明する事が出来る可能性があります。敵が仮に、以前の「アンカラード・ドラゴン」や、先程可能性として挙げた「破魔石使い」のように火力に特化した単体のモンスターや小規模部隊であった場合、私達で制圧することも可能。そうすれば一気に解決することができます。今、探知能力、機動力と瞬間火力で私達を超える部隊はありません。私達が同方面に向かう合理的な理由です。」

 

 ルゲイエはメイジーを見る。両の瞼が閉じたままでも、その眉と口元の動き、息遣い、そして手指の動きから、言葉の真偽を読み取る。いつも、そうやって彼女の意志を確認してきた。滅多なことでは「いいえ」とも「いやだ」とも言わない彼女の本当の気持ちを、そうやって「見て」きた。直近の40年では外した事はない・・・と思っている。小さく鼻息を吹き、頷く。

 

「わかった。他3人にも異存がなければ、それで上申するが、意見はあるかね・・・。」

6つの瞳がルゲイエを見るが、言葉は無い。

ルゲイエはもう一度頷き、部屋を出た。

 

「メイジー!?」

ルチアナは堪らず叫ぶように呼びかける。メイジーの感知能力は強化施術によって並のヴィエラの10倍以上に引き上げられている。隠すことのできない自らの感情の昂りが伝わって、彼女の決断を翻させたのではないかと考えた。

「アタシのためだっていうんなら、そんなのはやめて!」

ルチアナの訴えを聞いたメイジーは、小さな笑みを浮かべて口を開く。

「貴女のため・・・少し、違うわね。」

そして続けた。

「確かに、伝わったわ。貴女の、とても強い思い・・・助けたいと思っている人達の顔まで何となく分かる程の・・・」

そして顔をレベッカに向ける。

「レベッカはもう少し漠然としてるわね。でも、流石は元薬師のパラメディックさん!CSARの話が出た途端に、心が持っていかれるのが判ったわ。「助けたい!」ってね。」

メイジーは2人に対して正対し、姿勢を正す。

「私も、そっちに連れて行って欲しいの。」

「??」

ルチアナ等は首を傾げる。

「東へ行けば、私は憎しみに飲まれる。里に焼夷弾を落とした人達から何世代も後の、私からはまだ何も奪っていない人達に、報復の怒りをぶつけて清算させる。同じランベリーの国章を背負っている、っていうだけの理由で。そんな私の戦いは「守る」ためじゃなく「殺す」ための戦い。貴女達が彼らを撃って、墜とす度に、きっと私は、顔も知らない「彼ら」の恐怖する様を思い浮かべて笑う。でも、あの時のランベリー軍ですら、森を焼いたのは後退する友軍を守るためだった。分かるでしょ?東へ行けば、私は「彼ら以下」になる・・・。でも、貴女達の戦いは、「助ける」ための戦い。貴女達と西へ行けば、私は「悪魔(ルカヴィ)」にならずに済む。貴女達の「願い」を感じ取った時、そう考えたの・・・。」

メイジーはそう言って、胸に手を当てる。

「何度もお願いばかりして、ごめんなさい。でも・・・」

ルチアナが、その先を遮るようにメイジーの肩に手を乗せた。

「もう、いいよ。メイジーよりは大分、鈍いけど、アタシだってヴィエラだ。メイジーやりたい事、判った。アタシのために「願い」を曲げたワケじゃないっていうのも、ね・・・。一緒に行こう・・・っていうか、メイジーが居ないとアタシ等、マトモに戦えないんだから!来てもらわなきゃ、困るんだって!」

そう言って、大袈裟に笑う。

 

「仕切り直し、だね。」

とレベッカ。

 

「ズルいです!ヴィエラ同士でなんか分かりあっちゃって!置いてけぼりになった気分・・・」

頬を膨らませるアルピーヌをメイジーがハグで誤魔化す。

「まぁ、良いですけど。」

アルピーヌはそう言ってメイジーを抱き返す。

 

ルゲイエが帰ってきた。

「上申は通ったよ。我々の中隊は、2機戦群の救難援護に入る。作戦目標の第一は、救出に当たる兵力の防護。妨害する敵勢力があれば、救出完了までコレを引き付ける。第二目標として、敵勢力の情報を収集し、対処可能であればこれを制圧、撃破する。了解か!?」

 

「了解!」

4人揃って、威勢良く返答する。

 

「では、早速、準備に掛かろう・・・メイジーは、少し、残ってくれ。」

ルゲイエの言葉に、メイジーは片眉を上げて首を傾げたが了解し、ルチアナ等3人は、部屋を退出した。

 

部屋の周りが静かになるのを待って、ルゲイエが口を開く。

「全く・・・心にもない適当な理由を付けて・・・でも、おかげで本部長以上には説明しやすかったけれど!」

「ごめんなさい。」

「いいさ。で、当然、理由は説明してくれるんだろうね?鈍チンのヒュムにも分かるように、さ。」

「ええ。」

メイジーは頷いて、先程、ルチアナらに伝えた「理由」を話す。

「・・・これが、メイジーの偽らざる本心ですわ。」

椅子に座って頷くルゲイエ。

「・・・それでメイジーの心が救われるというのなら・・・でも・・・」

ルゲイエの眉間にシワが寄る。

「メイジーは多分、もう感じてるんじゃないか?「西のヤツ」は、ヤバイって・・・」

「・・・・・」

メイジーの顔を見たルゲイエは溜め息をつく。

「やっぱりか。僕もさっき調べたんだ。ここのセンサー類で分かる程度のことだけれど・・・アレは、マズい。「アンカラード」も含めて・・・今まで対処してきた奴らの比じゃない。」

「・・・ええ。」

「新しい情報もあった。「敵」がジークデンに現れる前、フォボハム方面に展開していた叛乱軍が壊滅したらしい。ところが、ライオネルの総司令部が「何処の部隊がやったのか?」と聞いても、誰も手を挙げなかった。どうやら、ジークデンを襲ったのと同じヤツなんじゃないか、って話が出てる・・・ものの1時間も経たずに・・・ホントだとすれば、とんでもない化け物だ。」

「・・・・」

「ホントを言えば、「西」に行っては欲しくない。東なら、奇襲攻撃だろうが、ヤクトを飛べる飛空艇だろうが、程度は知れてる。マーガレット少佐達が居てくれれば、メイジーも無茶はしないんじゃないかと、期待もしていた・・・。なのに、君は「西」を選ぶのか・・・」

 

「ええ。メイジーのいつものワガママですわ。」

「何が「いつも」なもんか!僕の気も知らないで!」

ルゲイエは吐き捨てるように言う。

 

「分かっていますとも。「坊っちゃん」は、何時だって、メイジーを気にかけて下さいました。今だって・・・」

 

「だったら!何で!!」

デスクを拳で叩くルゲイエの叫びに、メイジーは一寸、押し黙った後、口を開く。

 

「「西」から、メイジーと同じ「波」を感じます。深い怒り・・・それが幾つも重なり合って、一つの大きな「波」になっています。「ゴルベーザ」に接続していなくても分かるほどの・・・。「アレ」は、放っておけば地上の全てを焼き尽くすまで止まらないでしょう・・・。坊っちゃんが焼かれるのを、メイジーは看過できません。」

 

「!!」

 

「100と何十年前、メイジーは無力でした。里が焼かれるのに、何も出来ませんでした。今は違います。お祖父様、お父様と、坊っちゃん・・・3代かけて、メイジーに「力」を与えてくれました。」

 

「利用しただけだ!ジジイも、オヤジも・・・僕は、やめてほしかった・・・オヤジが死んだら、直ぐにやめるつもりだった!でも・・・本当に、君が望んでいると知って・・・」

 

「ええ、望みどおりになりましたわ。メイジーは「力」を手に入れました。ついさっきまで、それは、復讐のための「力」でした・・・でも、今は、坊っちゃんを守るための「力」です。こんなに嬉しい事はありません。」

 

 そう言って、いつもの様に小さな笑みを作るメイジー。感情をそう表に出さない彼女の「作り笑い」と「本当の笑み」を見分けるのは、ルゲイエでも一筋縄ではいかない。だが、ルゲイエの観察眼は、今回のソレを「本当の笑み」だと判断した。

 

「それも・・・「偽らざる本心」か・・・」

 

「ええ・・・」

 

ルゲイエは鼻息を吹いて、苦笑いする。

「前言を撤回するよ。君は・・・君の言うとおりの、ワガママだ。それも、とびっきりの!口で駄々をこねないだけで、やりたいこと全部、やるんだな。」

 

「ええ。メイジーは妥協はしても、我慢はしません。」

 

少しばかり胸を張って答えるメイジーに、ルゲイエは短く、しかし高らかに笑うと席を立つ。

「ハッハ!・・・全く・・・良いだろう。だったら、僕にも一つ、ワガママを言わせろ!」

 

メイジーは首を傾げる。

暫しの沈黙の後、ルゲイエはうつむきながら、

うって変わって小さな声で呟くように請う。

 

「ハグしてくれ・・・僕が子供の頃みたいに。」

 

メイジーは何も言わずに、迷うことなくルゲイエを抱きしめる。小柄なルゲイエの頭が、長身のメイジーのみぞおちに埋もれる。

「・・・最後にハグしてくれたのは、何時だったかな・・・」

埋もれながら問うルゲイエに、メイジーは答える。

「10(とお)か11・・・。ですが、一つ言わせて下さい。メイジーがハグしなくなったのではなく、坊っちゃんが来てくれなくなったのです。」

 

「そうだっけか・・・確かに、あの頃は少し突っ張ってたかも・・・メイジーは、僕のために耳の筋を切ってまでくれたのに・・・」

 

「覚えていたんですか?」

 

「忘れるもんか!国中の幼稚園・小学校はイヴァリースいち子供に過保護な経典法の定めで親族の送迎が必須・・・それができない子供は児童福祉院に入れられる。母のいない僕に、オヤジは遠縁の親戚に頼んでやらせようとしたけれど、僕は「メイジーじゃなきゃイヤだ!」と言ってゴネた。でも、ヴィエラがやるわけにはいかない・・・だから君は、耳の筋を切って垂らしたのを髪に隠して・・・スカーフを巻いてやってくれた。出奔した、僕は顔も知らない実の母の名を使って・・・それから小学校を卒業するまで、毎日・・・」

「ええ・・・道中、目の見えないメイジーの手を引いて下さったのは坊っちゃんで、果たしてアレが保護者の引率といえるのか、甚だ疑問ではありましたが・・・懐かしい、思い出です。」

「耳の事を知った時はショックを受けたよ。そんな事をさせる羽目になるなんて思ってなかったから・・・でも・・・嬉しかった。とっても嬉しかったんだ。メイジーが・・・本当に、僕の母になってくれたような気がして。失礼な話だ・・・耳の形がどうだろうが、ずっと前からメイジーは・・・今だって、僕の・・・」

 

 その後の言葉、ルゲイエは小さく息を吐きながら、口だけを動かす。メイジーの垂れても鋭敏な耳はそれを聞き逃さない。

 

「もう一度、言って下さい。」

 

「・・・さん」

 

「もう一度、ハッキリと!」

 

ルゲイエの感情の堰が切れる。

「・・・かあさん・・・母さん!・・・畜生!急なんだよ!こんな・・・もっと、ちゃんと時間を作って言いたかったのに!」

 

涙声でフゥフゥと息を荒げるルゲイエに、メイジーは笑い声を上げる。彼の禿げ上がった頭を抱きしめたまま、愛おしそうに撫でながら・・・。

 

「フフ・・・それは、黙っていたらずっと言わないヤツです。」

 

ルゲイエは、鼻をすすって早口でまくし立てる。

「僕は学者で軍人だ!現実主義者だ!だから、あんな化け物相手に戦って、メイジーがもう帰ってこない可能性だって考えてる。絶対生きて帰る・・・なんて、僕は「絶対」信じない!・・・だから・・・今、言わなきゃ後悔する、って・・・」

 

「そのためにメイジーを呼び止めたんですか?・・・その割には中々、煮えきりませんでしたねぇ。」

少しばかりからかう様なメイジーの態度。

 

ルゲイエはメイジーのみぞおちから頭を離して顔を見上げる。

「理由はちゃんとある!一つは・・・恥ずかしかったんだ・・・。メイジーには分からないだろうけれど、僕は、とても不細工で・・・。今、ハグしてくれて分かったろうけど、大人になってもチビで痩せっぽちだし、頭も禿げちまった・・・もう30年近く前からだ。他にも、子供の頃から目は薮睨みだし、出っ歯だし・・・。小学校で、クラスメイトから「お前みたいのが、あんなにキレイな人の子供なわけない」って、何度も言われた・・・。学校の先生はそれでもメイジーの事を「お母様」って呼んでたけれど、僕は、ずっと申し訳なくて・・・もしメイジーの里が焼かれなくて、国軍なんかに保護されなかったら・・・ジジイの研究所なんかに来なければ、僕みたいな不細工じゃなくて、可愛らしいヴィエラの子供がいたのかもしれない、って思うと、凄く惨めな気分になって・・・」

 

「貴方ともあろうお方が、論理的ではないですね。里しか知らずに10かそこらで光を失ったメイジーに、人の見た目の美醜なんて、判るはずもないでしょうに・・・」

 

「まだある!コッチのほうが単純で切実だ。寿命だよ!僕はどうやったってメイジーより先に死んじまう。子供が親より先に死ぬワケにはいかない・・・僕がメイジーを母さんと呼んでしまったら、その瞬間、僕は最低の親不孝者確定だ・・・だから言えなかった!でも・・・」

 

「でも?」

 

「それでも、思い出す限り、僕に母親らしいことをしてくれたのは、全部メイジーで・・・心の中では、ずっと「母さん」って呼んでて・・・強化施術でメイジーの感度が鋭くなってからは、ソレも止めたけれど・・・やっぱり、知ってほしかった。僕にはちゃんと母さんが居て、それはメイジー、貴女なんだって!」

 

 メイジーは今度は膝をついてルゲイエを抱きしめる。半世紀以上ぶりに合わせた彼の頬は、今やすっかり水分を失ってしわがれ、無精髭がチクチクと彼女の頬を刺したが、意に介すことはない。

「メイジーは感じていました。この10年、メイジーがルチアナさん達やオークス少佐達と笑い合うのを見て、貴方が少し怒って・・・拗ねていたのを・・・。メイジーにも言わせて下さい。彼女達と過ごすのは「楽しい」です。今までで一番、楽しい時間・・・それは間違いないですわ。でも、貴方と過ごした60と何年ばかりは、ずっと「幸せ」だったんです。だって貴方は・・・たとえお腹を痛めていなくても、私の、たった一人の可愛い坊やなんですもの・・・。お祖父様やお父様、研究所の皆さんの手前「坊っちゃん」なんて呼んでましたけれど、私だって、心の中では、「坊や」と呼んでいたんですから!・・・もし、貴方を生んだお母様が帰ってきて、貴方を寄越せと言ってきても、絶対に渡しません・・・もし、イヴァリースを滅ぼしてしまう程の化け物が貴方の命を奪いに来ても、絶対に渡しません・・・メイジーは・・・母は!!・・・愛しい貴方を、我が子を守ります。」

 

 

 60と何年か前、ルゲイエの父親が乳母車に乗せた彼を職場の軍研究所に連れてきた。親の手前、渋々築いた家庭を顧みずに妻が出奔。残されたルゲイエを捨て置くことも出来ずにやむなく連れてきたのだ。その日の試験協力業務の半分を終えての休憩時間に入ったメイジーの耳に、泣き声が入ってくる。耳と鼻を頼りに近づき、求めるほどには愛情を得られていないのであろう彼の飢えた思いの「波」に手をかざしてみれば、柔らかな感触が彼女の人差し指を掴んだ。そのまま離さない。泣き声が止み、彼が発する「波」が落ち着いていくのが感じ取れた。

 その様を見たルゲイエの父親は一計を案ずる。大して愛情も沸かない我が子を児童福祉院に放り込む事は出来るが、どうにも体面が悪いし、上司でもある父が許すはずもない。他方で、メイジーのカウンセラーからは「彼女のパフォーマンスが低下しており、心因性の要因が考えられる。何らかの環境の変化や刺激が必要」とのアドバイスを受けていた。

 妻に任せきりにしていた育児の何たるかも知らず、レクリエーション程度に考えていた彼は、メイジーに「この子の世話をしてみないか?」と提案する。自らの盲目に加えて種族も違う赤ん坊の世話など出来るはずもない、とメイジーは固辞しようとしたが、「サポートのシッターも付ける」という条件で提案を飲む。彼女自身にも同じく伝えられていたカウンセラーの助言も、決断を後押しした。

 大変どころの騒ぎではなかった。シッターは契約時間通りに荷物を畳んで帰っていくが、赤子ルゲイエには「定時」など無い。普通に目の見えるヒュムのシッターが教えるやり方では、オムツの交換ひとつとっても満足には出来なかった。物の配置を完全に決めるところからはじめ、視力以外ではダントツに鋭敏な感覚もフル動員しての彼女なりのやり方を「開発」していく。ルゲイエが撒き散らす汚物、粉ミルクや消毒に必要な熱湯のしぶき、その他諸々を浴びながら、やってのけた。

 そのうちに、不思議なことが起きる。開始当初はみるみる憔悴していくメイジーに、誰もが見込み違いだと危惧した「育児療法」だったが、ある時を境に彼女の精神に好転の兆しが認められだした。検査などする必要もない。ルゲイエが育つほどに増える彼女の笑顔が全てを物語っていた。即物的な父親は「では、もういいだろう」とばかりにメイジーを「業務専従」に戻したが、そうするとまた、彼女の「パフォーマンス」はガタ落ちになった。やっとで一人立ちを覚えたルゲイエも泣き喚きながらシッターから逃げ出し、メイジーを求めて所内を彷徨う。メイジーは「業務」と「育児」の2足の草鞋を履くことになった。「業務」に費やせる時間は相当減ったが、安定した精神状態のメイジーはユードラの先進ミスト・センサー技術の基礎となる「学術成果」を次々と生み出す。誰にも文句は言えなかった。

 ルゲイエが4つになり、幼稚園に預ける算段がつくと、父親は「やっとでメイジーの拘束が解ける。」と喜んだが、今度は、送迎が「メイジーでなければイヤだ!」と喚き散らす。(父親自身はやる気もなかったが)親族でなければダメなのだと言っても聞かない。それを知ったメイジーは、さして深く考えることもなく、整形外科に駆け込むと一直線に天に伸びた片耳の筋を切って垂らし、ヒュムに「化け」た。メイジーが密かに心の中で、ルゲイエを「坊や」と呼ぶようになったのは、この頃からだった。顔は見えずとも、能力も業績も関係なく、「メイジーがいい」と求めて泣き、笑うその声が、何かにつけて纏わりついてくる温かくて柔らかな肌の感触が、愛おしかった。

 彼のためにかけた労苦の全てが、その想いを補強した。「7つまでは神のうち」と言われる幼少の頃は言わずもがな。10を前にしては「お宅のお子さんがクラスメイトに暴行した」と言われ学校に呼びつけられた。聞けば、授業参観に来たメイジーを「目が見えないのに何しに来たんだ」と陰でからかった同級生をレンガで殴りつけたのだという。彼の「母親」として病院に向かい、相手の親に平謝りに謝った。そうしながらも、「我が子」の想いに心中で嬉し涙を流した。見えぬ目には、種族の差異など耳の形程度でしかない。その時点では寿命の差など考えることも無かった。10代に入って暫くすると、少しずつ彼の心と身体が離れていくのに狼狽もしたが、カウンセラーから「ヴィエラがどうなのかは存じませんが・・・」と前置きされつつ「ヒュムの男の子は、大体そんなものです。」と諭され、頭では納得した。

 寄宿制の大学を卒業して戻ってきたルゲイエは、父親が主管する国軍の研究所に入る。好いてはいないはずの父親の下へ何故?と、メイジーも含め彼の子供時代を知る研究所の誰もが訝しんだが、ルゲイエは何も言わずに研究と父親のサポートに没頭し、若くして父の次席の座についた。彼が戻ってきた理由は、早くに訪れた父親の病死によって明らかになる。自らが研究所の主管となり、メイジーが関与する全ての研究に区切りを付けて彼女を「解放」するのが、目的だった。ルゲイエは、祖父や父親がメイジーを実験動物の様に扱っていると考え、子供心に憤慨していたのだ。メイジーはルゲイエの心遣いには感謝すると共に、「そうではないのだ」と言って、自らの過去と「目的」を明かす。ルゲイエは衝撃を受けたが、早々に頭を切り換えるとこう言った。

「それなら僕は、やり方を変える。今までみたいにメイジーの「力」を利用して軍を強くするんじゃない。メイジー自身が「強く」なるための方法を考える。「もしもの刻」が来た時に、メイジーが思う存分に戦えて、且つ絶対にやられない「方法」を実現するんだ!」

 ヴィエラの中ではお世辞にも強健とは言えないメイジーの身体への負担は最小限に、種族としての、そして彼女自身の強みであるミスト感知能力を始めとする鋭敏な知覚を伸ばすべく、当時、世に出だしたばかりのAC(Armed Complex)に解決策を見出す。だが、魔導アーマーの究極進化系と呼ばれたACですら、単機での探知能力と搭載火力の限界はメイジーに戦場での絶対の生存性を保証し得るものではなかった。ルゲイエの試行錯誤は続き、「ヴィエラ種をパイロットとする早期受動索敵・先制奇襲攻撃小隊戦術:Δ-アタック」の理論とそれを可能にする機体が概成する頃には齢60を越えていた。

 30代も半ばを過ぎてから、ルゲイエはメイジーに自分の身体を一切、触らせなかった。禿げゆく頭をはじめ、少しずつ老い始めた我が身を、「母」に悟らせないためだった。加齢臭を誤魔化すために、柄にもなく香水を纏う。自らがメイジーを慕うのと同じように彼女が自分をみているかは分からなかったが、それでも特別、気にかけてくれていることは自覚していた。そんな彼女に「自分が先に老いて死ぬこと」を考えさせたくなかったのだ。メイジーを最愛の母として想いながら、それを知られてはならない。それがルゲイエの決意だった。

 

 だが、突如として襲いかかる「別れの可能性」が、彼にその考えを捨てさせた。寿命の差が生む「逆縁の悲劇」よりも、自らが彼女を「母」として慕っている事を伝えないことの方が「親不孝」だと考えたのだ。

 

 メイジーはルゲイエの額にキスをして笑う。

「「ジークデンの化け物」に一つだけ、感謝しないといけませんね。あんなものが出てこなければ、貴方がメイジーを「母さん」と呼んでくれることはなかったでしょうから・・・。」

 ランベリー軍の爆撃に遭った時は、家族とこんな時間を持つなど持つ事は出来なかった。今度は違う。まだ死ぬと決まったわけではないし、ルゲイエは「もっとちゃんと時間を作りたかった」と言うが、たとえ急でも、たったの5分でも、こうして「想いを確かめ合う時間」を作れたことは幸せなのだとメイジーは考えた。

 

ルゲイエは泣きながらに訴える。

「さっきは「帰ってこない可能性」なんて言ったけれど、やっぱり後生だから帰ってきてくれ!作戦命令の2つ目の目標は、欲をかいた「上」が勝手に付け足したやつだ。救難支援が終わったら直ぐに帰投するんだ!量産機(バルナバ)も、ほぼ仕上がった。母さんと皆が頑張ってデータを集めてくれたおかげで無人機に出来たんだ。やられても幾らでも作れる!何機でもぶつけて、敵を分析して、改良しながら戦うんだ。そうすればいつか必ず勝てる!今まで、僕たちがやってきたように・・・。だから、今、母さんが無理をする必要はないんだ。これは中隊長としての命令だ!復唱しろ!メイジー・スノー少佐!」

 

 抱擁を解かれたメイジーは、一歩下がって涙を拭い姿勢を正す。慈愛に満ちた笑みを消して口を真一文字に結び、「母」の顔は戦士のそれに変わる。

「命令を復唱します。メイジー・スノー少佐指揮、「ゴルベーザ」及び搭載機は、第2機動戦術群による陸・空軍部隊戦闘捜索救難任務を防護。同救難任務の完了をもって、速やかに帰投します!」

メイジーの敬礼と、同じく涙を拭ったルゲイエの答礼。

 

「そう簡単に、死ぬ気はありませんわ。私だって、まだまだ人生曲がり角。可愛い「妹」2人に・・・アルピーヌちゃんに至っては、これからが華なんですから!」

 メイジーはもう一度、顔を崩すとそう言って笑った。

 

 

 それぞれが機体の出撃前点検を終えて、ブリーフィング・ルームに集まる。待機していたルチアナとレベッカは、最後に部屋に入ってきたメイジーが発する「波」の変化に気付く。ずっと彼女の何処かから発せられていた「怒り」が感じられない。恐ろしく澄みきった、清々しい「凪」のような・・・

(まるで、「一発◯いた」後みたいに・・・)

下世話な妄想がルチアナの頭に思い浮かぶ。

レベッカに張り付くほどに近づき、ヒソヒソと耳打ちする。

「ねえ・・・やっぱりメイジー、中隊長と・・・」

レベッカは、姿勢もそのままに、同じくヒソヒソ声で返す。

「流石にムリでしょ・・・私達が出てから10分も経たずに格納庫に入ってきたのよ?そりゃ、「触れちゃいけない禁域」ではあるけれど・・・」

 

 

 まだ、ルチアナ達が「メーガス」に配属されてそう経っていない頃、課業後の酒の席でレベッカがルゲイエを「チビハゲ眼鏡ジジイ」と茶化して、その言動を大袈裟に誇張して見せた。その場にいない上司の事を酒席で愚痴って茶化すのはどこでもある事。ルチアナは彼女の期待どおりに笑ったが、同じく笑いを期待したメイジーからは、全く予想外の凄まじい怒りの波動を感じた。

「上司を冗談のネタにする・・・よくある事なのでしょうけれど、私はあまり好きではないわね。」

静かにそう呟く顔はそれまでと変わらぬ薄い笑顔を張り付けてはいたが、それが逆に2人に怖気を震わせる。静かな「警告」とは余りにアンバランスな、殺気に近いミストの「波」・・・

「以後・・・気を付けます・・・」

レベッカとルチアナ、2人揃って顔を引きつらせながらそう答えて以降、「ルゲイエに関するジョークの類」及び「メイジーとルゲイエ」に関する事は「禁域」「地雷」として徹底的に話の種からは除外された。それは彼女達が「三姉妹」になってからも変わらなかったし、アルピーヌが加わった時にレベッカが先ず彼女に言い聞かせた「注意事項」は「絶対にメイジーの前でルゲイエの事を茶化すな」だった。

 

 

 ブリーフィング・ルームのレベッカの隣の席に座ったメイジーが一言、「聞こえてたわよ。」と呟く。レベッカとルチアナは驚愕する。メイジーとの距離は10メートル近く離れていたし、蚊の鳴く程度の声での会話だったのに、一体、ここ数年で彼女は、どれだけその感覚を「強化」したのか、と。

 この大事を前にして、10年前の「惨劇」を予感して冷や汗をかく2人のヴィエラだったが、「怒り」の波動が訪れることは無かった。

「ごめんなさい。変な詮索をさせてしまって・・・気遣いも・・・」

意外な言葉に2人は目を丸くする。メイジーが続けた。

「後で、ちゃんと話すわ。整理もついたし、そう難しい話ではないから、3分もあれば十分・・・」

 

 気象報告からのブリーフィングが始まる。フォボハムからガリオンヌ北部は日食。こんな大事でなければエプロンに椅子を並べて天体ショーの観覧に興じるところだ。

 最新の戦況情報が伝えられ、ブリーフィング中にも更新されていく。「東」は何とか持ち堪えている、という報せが入る一方で、彼女達が選んだ「西」の状況は、時間を追うごとに益々芳しくなくなっていく。「敵」の正体は未だに全くの不明。第3師団の将兵は、自分達の家族も住むジークデンの城下町を守るべく、半数以上の戦力を失って「壊滅」となってもなお、リスク度外視の攻撃を繰り返しているようだった。支援に入る空軍2航戦も主力を軒並み返り討ちにされ、腰が引けた今では「敵」が発する暴力的なミストの到来方向に向かって、効果も分からない散発的な攻撃を繰り返すのみ。状況把握は混乱し、もはや組織戦の様相を呈してはいない。現地で交戦する部隊から「敵」の情報を得る事は期待できそうに無かった。2機戦群が救難に入るのは、戦闘不能に陥った現地部隊の中でも、少なくとも位置情報が判明しているごく一部。とても全てを助け出すことは出来ない。それでも、輸送艇群が近接してから要救助者を回収・離脱するまでの数十分間、複数の師団級戦力を壊滅させた「火力」をコチラに引き付けなければならない。「メーガス」が発足してから10年間、メイジーに至っては更に100年以上を遡って培ってきた、全ての発揮が求められる。

 ブリーフィングの最後に、席を立ったメイジーが、ルゲイエからの「命令」を伝える。自らが既に「敵の波動」を感じていて、恐らくはまともに戦ってからの勝利など望むべきではない相手であることも。

 全ての伝達事項が終わって、解散。部屋に残した「四天王」の面々に、メイジーは「ルゲイエとの関係」を明かす。

ルチアナは、一寸でも下卑た憶測をしたことを恥じ、平身低頭してメイジーに謝った。メイジーもそれを笑って受け流す。

「私も、「フランとバルフレア」みたいなのを想像してたんだけれど、まさか「母子(おやこ)」とはね・・・」

とレベッカ。

「じゃあ、中隊長のためにもいよいよ、ちゃんと帰らないと、だね!あ、勿論、任務はちゃんとやるわよ!2機戦群・・・私の知ってる人達もいっぱい居るんだから・・・」

 アルピーヌはそう言って小さな拳を突き出す。3人も、自らの拳を出して合わせる。「アンカラード・ドラゴン」との戦いでレベッカが九死に一生を得てからの、出撃前のいつもの「儀式」。次に面と向かってまみえるのは帰投後。全員の拳が欠けることのないよう、願を掛ける。

 

 レベッカとルチアナが搭乗した「DOG」と「MUG」が武器弾薬搭載を終えて、「ゴルベーザ」に格納される。燃料を満載し、最大積載量一杯の「ゴルベーザ」は、グロセア・リングの浮力と翼の揚力を併用して、滑走路から離陸する。徐々に小さくなる漆黒の機影を「メーガス」のほぼ総員が見送った。

 基地の管制圏を離脱した「ゴルベーザ」は搭載するアクティブ・ステルス・モジュールを起動すると同時に最高度の電磁波封止態勢をとって機体を隠蔽する。任務は陽動だが、作戦区域に到達して2機の「ネクスト」を放出するまでは被探知・被攻撃リスクは最小限を保たなければならない。

 アルピーヌの後席に座るメイジーは、後頭部と顔面の上半分までを完全に覆うヘルメットを被る。ヘルメットに設えられた電極類がメイジーの身体とスーツに埋め込まれたそれらと繋がり、「ゴルベーザ」のセンサー群から得られた探知情報を自らの「感覚」に変換する。ジークデンから何百マイルも離れたユーグォの「メーガス」本拠から生身でも漠然と感じられていた禍々しいミストが増幅され、瞬時に具現化されて襲いかかる。訓練を受けていないヴィエラであれば、その毒気に当てられて正気を失いかねない代物だが、メイジーは冷徹に心を落ち着け、「情報」として処理していく。「Δ‐アタック」を使わずとも、敵の概略位置を絞る事ができた。データを、今は有線で繋がる格納庫内の「DOG」と「MUG」に送る。2機の戦術ディスプレイ上の地図に小さな円が描かれる。

「ドグ、マグ、こちらラグ。敵の概略位置を送ったわ。存在圏は概ね半径3.5マイル。後は「Δ-アタック」で詰めましょう。」

「ドグ、受領した。了解。」

「マグ、こちらも受領。了解。」

メイジーは同時に、センサーが収集した電磁波の情報を「自動電波識別機」に送る。現時点では、敵が何なのかも分からない。機械兵器や特殊な器官を持った生体ならば、レーダー波やそれに類する電磁波を発振している可能性もある。「メーガス」電磁波領域戦開発中隊が作り上げた最新鋭の識別機が、虚空を飛び交う数多の電波類から、既知のデータベースに整合するものは勿論、未知の脅威となり得るモノまでをも「ふるい」にかけ、評価していく。同じく搭載される、ミスト領域戦開発中隊が改良と洗練を重ねたパッシブ・ミスト・センサーもフル稼働だ。ユードラが格段の技術的強みを持つこのセンサーは、メイジーが居たからこそ生み出せた装備だ。「ゴルベーザ」に搭載されたソレは、彼女自身の強化された能力と掛け合わさって比類なき精度を発揮する。電磁波と同じく戦域内に飛び交う、元々空間に漂うミストに加えて、土着のモンスターが放つそれや、友軍が使用した魔法類の残滓までもが雑多に混ざり合った中から、「敵」が発していると思われるモノを識別する。電磁波からは有効な探知を得られなかったが、ミストの識別装置は、一つの既知波形との整合を報告してきた。

「アルテマ」

メイジーはヘルメットの中で眉をしかめる。

(あの魔法は、今、誰も使えないはず・・・)

現在、知りうる限り、あの魔法は「異形者:聖天使アルテマ」を喚び出すことでのみ発動可能だ。だが、1年近くも前、全軍内で異形者と契約した特別召喚資格者の全てが、異形者の召喚が不能になったと報告を上げた。中隊ではルチアナが「エクスデス」を喚び出せなくなっていた。ますます敵の正体が分からなくなる。メイジーはルチアナ等をコールする。

「一応、可能性のあるデータを送るわ。でも、思い込みは避けてね。」

そう言って、過去ただ一度、ユードラ国軍の某部隊がギルヴェガン探索時に「契約戦」で得た「聖天使アルテマ」の戦闘データを送る。確かに最高位の異形者だが、「敵」がアレを喚び出せたとして、それで現代装備で固めたユードラ国軍の1個師団を壊滅させることなど到底不可能だ。

「ドグ、了解。あくまで「参考」にするわ。」

ルチアナが応答した。

 眼下にフォボハム平原を見下ろす頃、敵概略推定位置から100マイルを切った事をアルピーヌが報告する。

「作戦区域に入りました。ドグ、マグ共に発進準備完了。」

「了解。両機、ランチ・シークエンス。発進後、両機とも令あるまでステルス・モードを維持しつつΔ-アタック初期索敵陣形に占位。占位完了後はブリーフィングどおり、けん制射撃を行う。」

メイジーの指示に3人ともが了解。「ゴルベーザ」の後部ハッチが開き、ルチアナの「DOG」、レベッカの「MUG」の順に放出される。各機、数秒の滑空後、グロセア推進機を発動。一旦、「ゴルベーザ」の左右下方の位置で機体を安定させ、母機と両機間のレーザー通信をチェック・・・問題は無い。2機の「ネクスト」は飛行形態のまま一気に加速、離脱し、母機と合わせて巨大な三角形の陣形を作る。機体のセンサーと増幅器による支援を得て、今ではルチアナとレベッカも、「敵」が発する禍々しいミストを明確に捉えていた。それぞれの探知情報がメイジーに送られ、「敵」の存在圏がピンポイントに絞られる。最も近いルチアナからの距離、60マイル!

 

 ほぼ時を同じくして、2機戦群の救難輸送艇群が作戦空域に入ったことを短波通信の一方送信で流してきた。

「ドグ、マグ、こちらラグ。聞こえた?陽動フェイズに入るわよ。敵、両機からの「メテオ」射程圏内を確認。安全装置解除して。」

 

「「了解!」」

 

 陽動作戦故に、何処かの時点で「ネクスト」両機のステルス・モードは解除する必要がある。だが、敵の出方が分からない状態でいきなり機体の位置を暴露するのはリスクが高い。そのため、「DOG」と「MUG」は牽制用にそれぞれ背部に1発の大型ミサイルを装備していた。「メーガス」誘導武器開発中隊とミスト領域戦開発中隊が合同して作り上げた試作空中発射型巡航ミサイル「メテオ」。オキューリアの「破魔石」を参考に、ミストを極限の臨界レベルにまで詰め込んだ大型人工クリスタル(オキューリア程のクリスタル精製技術と高密度ミスト格納技術は無かったために、大型化せざるを得なかった)を弾頭に仕込んだ全長10m近い大重量は装備したACの機動力を劇的に下げ、不安定な弾頭は被弾すれば誘爆確実の欠陥装備として弾庫で眠っていたのを、先制射撃で撃ってしまえば問題はないと引っ張り出したのだ。敵がどんな探知手段を持っているかは分からないが、これならば機体そのものを暴露せずに「敵」の気を引ける。少なくとも救出部隊よりは目立つだろう。威力は「破魔石」に比べれば微々たるものだが、1発あたり高性能爆薬換算で10トン分にはなる。「首輪付き」のドラゴン程度なら一発であの世行きだ。

 複数機からの精密同時弾着のため、射撃管制は「ゴルベーザ」のメイジーがとる。「メテオ」を抱えた2機が射点に付くのを確認し、発射諸元を入力、送信する。

ミサイル側の受信と準備完了を確認。

「ドグ、マグ、こちらラグ。諸元入力完了。準備はいい?」

ルチアナとレベッカはそれぞれ機体の安定を確認すると、マスター・アーム・スイッチをオンにし、闘志を込めて返答する。

 

「「いいですとも!!」」

 

2人同時の了解信を得て、メイジーは発射コマンドを送信。切り離され、それぞれの「ネクスト」の背部から後方に滑り落ちた2基の「メテオ」は数秒の自由落下の後、固体ロケット・ブースター特有の濛々たる爆煙を曳いて上空へと飛んでいく。

 引き続き、電磁波の探知はない。これで「敵」が早期に気付くなら、高精度な赤外線探知手段を有する可能性がある。迎撃してくれれば、敵の攻撃手段も判る。こうやって、一枚ずつ、正体不明の敵のヴェールを剥がしていく。得られる情報量に比例して、任務達成と生存の確率が上がる。

2基の「メテオ」の距離が敵推定位置まで10マイルを切った。まだ迎撃は無い。敵に赤外線探知能力は無いものと推定する。「メテオ」本体からのテレメトリー信号が、人工クリスタル弾頭の分離と、子弾群への分裂を伝えてくる。敵からは天より振り注ぐ隕石群の様に見える筈だ。

 

 刹那、遠方からでも明瞭に識別出来る青白い閃光!日食で暗くなった一面を瞬間、明るく照らす。

「弾着?」

「いや、まだ!恐らく、敵の迎撃・・・」

メイジーはミスト識別機の評価報告を受ける。

(やっぱり「アルテマ」・・・だけど・・・!)

召喚された異形者が放つ「アルテマ」の威力ではない。2基の「メテオ」が半径数百メートルにばら撒く極超音速のクリスタル子弾を、至近から全て着弾前に蒸発させた。そんな兵器は知りうる限り現存しない。あるとすれば、今もダルマスカの首都に突き刺さったままのアルケイディア軍はバハムート級要塞艦の主砲くらいなものだ。少なくとも今回の敵は、そんな巨大兵器ではない。それなら流石に報告が入る。3師団も2航戦も、まともな探知報告も接敵報告も上げられずに蹂躙されたのだ。

 メイジーは短く深呼吸し、精神を集中させる。兎にも角にも、敵の攻撃手段の一角と威力が判明した。センサーと感覚から得られた情報を総動員して、敵の攻撃の有効範囲を「予測計算」する。

「発動点から半径500m以内には入らないで!PAと装甲を合わせても耐えられない。」

「了解!しっかり「送って」よね!」

ルチアナが冷や汗をかきながらも口角に笑みを作る。無線交話受信機からは、救助艇が最初の要救助者を発見した旨の通報が入ってきた。ここからが勝負だ。

「両機、ステルス・モード解除!回避機動準備」

「「了解!」」

「DOG」「MUG」各機が折りたたんでいた脚部と腕部を展開。全方位高速機動用のグロセア・リングを起動し、PAも展開する。敵がヴィエラやパッシブミスト・センサーの様なミスト感知手段を持っていれば、少なくとも存在は暴露する。どこまでの探知精度を有するかは敵次第だが、それも間もなく分かるだろう。

「ゴルベーザ」を後方に残して、「ネクスト」2機は距離を詰めていく。わざわざ地獄の釜に飛び込んでいくのは奇妙な気分ではあったが、万が一にも敵の意識を救助艇群に向けさせてはならない。これからはコッチを向いてもらわなければならないのだ。

 

 メイジーの背筋に怖気が走る。来た、「兆候」だ。

敵は・・・ルチアナを狙っている!攻撃の起点と予想有効範囲を算出、速やかにレーザー通信で送る。

アラート音と共にデータを受信したルチアナは戦術ディスプレイを見て驚愕する。ほぼ自機と攻撃起点が一致していた。ピンポイントで狙われているということだ。20マイル以上離れて高速で動く相手に寸分違わず魔法を当てるなど、聞いたこともない。だが、メイジーはそう言っている。ディスプレイ上、自機の半径500mが真っ赤に染まっている。あと数秒、その中に留まっていれば、死ぬ!

キャパシタに溜めたミストを解放、瞬時に音速を超える速度で右に回避、ソレを2度繰り返したところで、自機左方に強烈な閃光、そして衝撃と爆音!

すぐさま、機体の状況を確認。ダメージは、無し。何とか耐えたと息を吐いた次の瞬間、新たなアラート。またドンピシャで狙われている。左は先程の「アルテマ」の影響でまだ気流が乱れている。もう一度、右前方への高速回避!再度の閃光と衝撃。避けきったが、余りにも攻撃のサイクルが早すぎる。ルチアナはその後6回、連続で撃たれ、その全てを避けきった。並みのヴィエラよりは鋭敏に鍛えたハズの自身の「感知」もメイジーより5秒は遅い。彼女が居なければ、8回死んでいる。

 メイジーも焦る。攻撃の威力と頻度が予見させる無尽蔵な魔力もさることながら、余りにも狙いが正確すぎた。視程外を音速以上で動き回る「DOG」をまるで手近で見ているかのように追い回してくる。

(追従が・・・早い!)

 ミスト感知能力では絶対の自信を持つ自分でもこうはいかない。

(私以上・・・だというの・・・)

滅多に感情を表に出さないメイジーが、思わず音が鳴る程に歯を食いしばる。

 次はレベッカを狙ってきた。同じくピンポイントでの照準。逃げ回るレベッカの「MUG」を青白く輝く火球が数珠繋ぎのように追い回す。その様が、遠く後方「ゴルベーザ」のコックピットからも視認できた。アルピーヌは思わず息を飲む。

 今度は2機をランダムで撃ってくる。一発一発が、馬鹿げた威力の「アルテマ」。メイジーは全神経を集中して「脅威予測」を送る。無意識の間に息が止まる。

 ルチアナとレベッカも同様だった。3秒以上真っすぐ飛べば、死ぬ。5秒以上高度を変えなければ、死ぬ。動きがパターン化すれば、死ぬ。メイジーの「予測」に瞬時に反応しなければ、死ぬ。一瞬、モノを考える余裕すら与えられない。今まで鍛え上げてきた自身と装備の全てが、首の皮一枚で命を繋ぐ。

2人合わせて30発程を避けきったところで、攻撃が一段落した。

(やっとで、ガス欠・・・!?)

レベッカは操縦桿を掴んだまま、胃から込み上げたものを吐く。たった数分の交戦で、身体が悲鳴を上げていた。機動同期時空魔法による緩和があっても、一度の急加減速で10G以上の加速度が全身を襲う。対Gスーツを纏えない彼女達は、都度、全身の筋肉を締め上げる事で耐え抜くしかない。仮に今、帰投したとしても翌日から2日は碌に動けなくなるだろう。

「ラグ、こちらマグ。これじゃあ向こうの好きに撃たせてばかり・・・耐えられないわ。コッチからも撃てる距離まで出たほうがいい・・・。」

レベッカのリコメンドにメイジーは逡巡する。近づく程にリスクは増すが、確かに主導権を握られたままではジリ貧だ。もしかしたら、自分が最初にルゲイエに進言した「でまかせの理由」どおり、「敵」は火力特化で攻撃に対しては脆弱な可能性もある。レベッカの「MUG」が装備するミスト・エネルギーライフル「トシアキ」は、一発で全ての装甲車両、ほぼ全てのモンスター、飛空艇でも駆逐艦サイズなら撃破出来る威力を誇る。ルチアナのブレード「クレールドゥリュヌ(月の光)」の威力はそれ以上だ。撃破できずとも、攻撃が最大の防御になる可能性は、ある。

「こちらラグ、了解。各機主兵装射程までの近接を許可。到達までは機動接敵第3法(ステルス・モードと高速機動モードを適宜切り替えつつ、蛇行と高度変換を伴いながら近接するリスク回避重視の接敵法)。その後、攻勢に転じる・・・慎重にね!」

 

「「了解!」」

 

 レベッカは「トシアキ」の安全装置を解除。ブレードを主兵装とするルチアナが先行する形で、距離を詰めていく。

 

 メイジーの首筋に、新たな刺激が走る。「兆候」だ。だが弱い。コチラを狙ってはいない。深く深呼吸し「視野」を広げて探る。「敵」の意識が向かう方向、その先には・・・2機戦群隷下の救難輸送艇群!

 

(いけない!!)

 

救助・収容の最中(さなか)にある脆弱な輸送艇達。あんな攻撃に晒されてはものの5秒で壊滅する。恐らく「敵」は「ガス欠」などではなかった。攻撃してくる気配のない2機の「ネクスト」に自らの攻撃が当たらぬ事に飽きたか業を煮やしたか・・・何れにせよ、より「脆弱」な目標を探して狙いを変えたのだ。看過することは許されない。

片耳を模した補助電脳がメイジーの脳裏に描く戦術状況図、「MUG」の射程に「敵」が収まりつつあった。

「マグ!撃って!救助艇が危ない!」

「了解!ターゲット、ロック!」

呼びかけに応えたレベッカが、照準のために一瞬、機動を緩めた刹那、メイジーの背中に電流が走る。

(「敵意」の向きが変わった!・・どっちに・・・・)

攻撃の様相を予測し描く。これまでとは違う「カタチ」。「敵」は「アルテマ」をビームにして撃つつもりだ。敵自身から一直線、その先には・・・レベッカ!!

 

「攻撃!マグ、避けて!!!」

データの送信と同時にメイジーは絶叫する。攻撃手段の変化にコンマ何秒、余計に分析に時間を食った気がした。

 射撃を中止し回避機動に入るレベッカ。間一髪で避けた、光の柱はそのまま軌道を変えて・・・

 

レーザー通信が維持していた「MUG」の反応が途絶える。光の柱が消える。

メイジーはレベッカを指呼するが応答は無い。ルチアナからも呼ばせるが、無反応。

鼓動が速くなる。

(やられた・・・レベッカ・・・私が、判断を・・・処理が、遅れて・・・)

思考が、止まる。

 

 

 ルチアナは見ていた。視界の隅で、地平線と平行に輝く光の柱。ソレが空を薙ぐようにグイと軌道を変えた。小さな爆煙。そこからパラパラと砕けながら落ちる、小さな「カケラ」達・・・ 

考えてはいけない、知覚と判断が鈍るから。

この先・・・この戦いの間、レベッカの顔が頭に浮かぶとしたら、それは彼女じゃあない・・・「死神」だ!

歯を食いしばり、意識を戦場に引きずり戻す。

データ送信が止まっている。

もしかしたら、メイジーも「死神」に囚われているのかもしれない・・・

ルチアナは叫ぶ。

 

「送れ!!・・・メイジー!!!」

 

TACネームではなく、本名で呼びかけた。

一寸して、データが送られる。レベッカを墜としたのと同じビーム攻撃の予測。有効範囲は広く取られ、回避機動を取ったはずのレベッカに追いついたその脅威を反映していた。

(メイジーは・・・大丈夫だ!)

ルチアナは歯を食いしばって、メイジーが伝える「安全圏」に逃げる。一瞬の後、自身が「感じる」のとほぼ同時に、ビームが撃ち込まれる。アクロバティックな高度変化までを入れた回避機動で、ビームを追い付かせない。光の筋が消えた一寸後には、蒼き火球がルチアナを焼き尽くそうと狙いを定めてくる。メイジーと機体の性能を信じて、避ける。強健な肉体と、歩兵科としてレベッカより30年長く泥、雪、酷暑と殺意の中を這いずり回った精神力が、彼女の闘志と生命を支える。

 

 メイジーは、全神経を集中してルチアナに「脅威」を伝える。さっきは危なかった。自らの判断ミスを疑い滞留した思考と、脳を占拠したレベッカの姿(こえ)が、ルチアナまでをも殺すところだった。泣くのは後だ!謝るのも後だ!省みはしても、悔いはしない!

同時に「敵」の探知手段を探る。やはりレーダーは使っていない。赤外線でもない。単体でのミスト探知では、ここまでの攻撃精度を出すのは不可能だ。だからこそ、「Δ-アタック」が生まれた。だが自らが捉える「敵」は「ひとつ」だ。

何とかして敵の「目」を潰すか誤魔化すかをしなければ、ルチアナとて耐えきれない。一瞬の気の緩みが、わずかな判断の齟齬が、容易に命を奪う。

(そもそも、敵は本当に「ミスト」を探知しているの?)

疑義を抱いたメイジーはルチアナに命ずる。

 

「ドグ!ミスト・デコイ放出!」

 

すぐさま応えた「DOG」からデコイが放出される。機体のグロセア機関と同じミストの「波」を発するソレは、不規則な機動で機体との距離をとる。だが、「敵」の攻撃は一顧だにすることなく、ルチアナを付け狙った。

 

(やっぱり、違う!ミストじゃない!何なの?敵は一体、「何」を見ているの!?)

 

探らなければ・・・もっと、もっと「深く」!

 

「敵」が発する、全てを見逃すまいと意識を絞ったその時、メイジーの「目」が光を捉えた。補助電脳が脳の視覚野に送りつける戦術画面ではない。上下も分からない、地平線もない「世界」。数多の光の粒、そして同じく光る「河」の流れ。「河」は重力になど縛られないかのように、幾多の支流を伴って空間を縦横に流れる。自身の身体は、まるで鉛の海に浸ったかのように重い。

 

(何なの、此処は・・・!?)

 

後ろから視線を感じ、振り返る。そこは、まるで空間に穴が空いたかのような「虚(うろ)」になっていた。さっき見回した時には、そんなモノは無かった。「視線」は、その向こうからだ。

意を決して、虚に頭を突っ込む。そこはやはり真っ暗で、空気は生温く、重苦しくて、鉄臭い匂いがした。そこで「目」が合う。

(女性・・・ヒュムの・・・)

他の種族をこの目で見たことは無かったが、そうなのだと判った。

 

ミストの「波」を感じる。彼女からだ。

私は、知ってる。この「波」を・・・

 

半ばぼやけていた意識が明晰になる。

あの「波」だ・・・「敵」の!!

 

全身の毛穴から汗が吹き出す感覚。

女の子の顔に、表情は無い。

吸い込むような、光の無い瞳が、私を見る。

 

唄を思い出した。里の唄・・・秋分を控えた処女宮の月の祭事で歌われていた。

 

「光たゆたう 命の御川 荒ぶり 枯れても おそるるな 神の遣わし 聖なる御手が あるべき流れに 正し給う」

 

此処は「命の御川」・・・光の粒は、魂の輝き・・・死せるもの、生けるもの、「在る」場所は違えど、同じく「見える」。

「彼女」は、見ている。暗き虚から、全ての「命」を・・・。電波でも、ミストでもない。はじめから全て「見えていた」のだ。その中から探すのだろう。己に仇なす「命」の在り処を。

 

「彼女」が発する「波」が私に収斂する。

見つかった・・・戻らなければ!

「目」を閉じようとした刹那、「彼女」の口が、小さく動くのが判った。何かを言おうとした?わからない・・・

 

 

メイジーは「目」を開く。「いつもどおり」の漆黒の闇。グロセア・エンジンの駆動音。戻ってきた!

そして「波」の感覚は続いている。

撃たれる!

 

「左、急旋回!マックスパワー!!」

叫ぶ様に指示。アルピーヌが速やかに応える。巨大な機体がグイと傾き、景色が右にが流れ出した刹那、閃光、爆音、そして大激動!

 アラートが鳴り響く。

 機体が安定を失い、激しく振動しながら錐揉みに入ろうとする。操縦席から見えてはいなかったが、「ゴルベーザ」は機体の右側半分近くを失っていた。

アルピーヌの手が反射的に脱出ポッドのハンドルに伸びるが、寸前で止める。

(ここで引けば、任務放棄だ。まだ、出来ることはある!決めるのは、メイジー!)

 

アルピーヌの意図を察したかの様に、メイジーの「命令」が響く。

 

「EMCON解除!HAPS回線開いて!戦闘データ・アップロード!!」

 

(そう、こなくちゃ!)

アルピーヌはその命令でやるべき事を全て理解する。レーザー通信はもう使えない。この機は墜ちる。被探知防止の意味は無い。電波通信・・・巨大なグロセア・リングと通信中継アンテナで構成され、高高度に常時滞空するHAPS(High Altitude Platform Station:成層圏通信プラットフォーム)を経由して、これまでの戦闘で得た「敵」のデータを送信する。送信先は「メーガス」と、ルチアナの「DOG」!

 小さな手を操縦桿に戻し、力の限り捻る。レーザー通信程ではなくても、機体を安定させなければ遥か彼方の虚空に浮かぶプラットフォームに電波を飛ばせない。持てる全ての技量を、回復不能な錐揉み降下に入ろうとする機体の安定を保つために注ぐ。喪失部以外の各所にもダメージを負った機体に無理やり姿勢を保つための力がかかり、機を引き裂こうとする応力がコックピット内にまでミシミシと音を響かせる。アルピーヌは動じない。

(アップロードまで保てばいい!後は、ルチアナと「メーガス」の皆がやってくれる・・・!)

 

ルチアナは察する。

自分への攻撃が止んだ。一寸して、上位コマンドで開かれた自機の無線通信回線。レーザー通信を使えないということは、「ゴルベーザ」に何かがあったのだ。そしてデータが送られてくる。作戦中は絶対に電波封止を守るはずのあの機が、それを破って「戦闘データ」を送ってきた。これから戦い続けるための「値千金」の経験値・・・。

無線のZIP音が鳴る。途切れながら耳に入るメイジーの声。

「ルチ・・ナ・・く聞い・!敵は、見て・・貴女の「命」の在り処・・・!隠れ・・れない。逃げら・・ない・・・」

無線越しにバキン!と金属が破断する音。続く風切り音。微かに聞こえる危険高度への降下を伝える警告の電子音声。

そして、それら全てに覆いかぶさるメイジーの絶叫!

 

「斃して!!それしかないっ!!」

 

一斗缶を踏みつぶしたような鈍い音がして、その後は、雑音だけが続く。手元の戦術ディスプレイには「データ受信完了」の表示。

 

「・・・ドグ、了解・・・」

聞く宛のない送話を終えたルチアナは、再び奥歯が砕ける程に歯を食いしばる。今はそれしか出来ない。感傷に浸る時間も、悼む時間も、「敵」を罵る時間もない。斃す事でしか任務を果たせないと言うのなら、願ったりだ。「敵」を両断するために必要な事だけを考え、行うことに自身の全てを捧げる。

ジェネレーターとキャパシタのリミッターを解除する。瞬時に音速の2倍を超える加速。肉体への負担は倍以上になるが、問題にはしない。そのために鍛え上げてきた肉体だ。

 最期にメイジーが送った戦闘データを飲み込んだ「DOG」の人工知能が、「脅威」を感覚に変えて伝える。メイジーがやるように可視化はされないが、その感覚はルチアナ自身が極限まで高めた集中と掛け合わさった「勘」となって片っ端から攻撃を避ける。そして前へと進む。左腕には「月の光」、胸には怒りの業火を携えて!

 回避機動の度に20Gを超える加速度がはらわたを捻ろうとするのを、万力で締め上げるが如くの筋力で抑え込む。鍛えようの無い眼球の血管が切れて充血していくが一顧だにしない。この戦の間だけ保てば良い。いや、保たなくったって構わない。目玉2つがどうした!そんなモノ無くったって、メイジーはあんなに強かった!!

ルチアナ自身の感覚が「敵」を捉える。小さい・・・せいぜい人ひとりの大きさ。そして地面に立っている。

この戦いで初めて脚を地面に着ける。振動が体全体を突き上げる。木々を盾に、不規則なジグザグを繰り返しながら距離を詰める。ますます激しくなる攻撃が大量の土塊と衝撃波を撒き散らすが、今のルチアナには「脅威」ではなかった。

 

(「見えて」んだよ!全部!!・・・遅い!!!)

 

 少壮のルゲイエが「ヴィエラをACに乗せよう」と最初に考えた時に抱いた「理想」の姿がそこにあった。最高の知覚と強靭な肉体、短命種では刻み得ない年月の経験を兼ね備えた者が、それらを活かす技術の粋を詰め込んだ機体を駆った時、どれだけの事が出来るのか。メイジーには「肉体」が、ルチアナには「知覚」が欠けていたが、それは今、「技術」の力を借りて重なり合い、極限の怒りがそれを束ねて引き上げていた。機体までを含めて一人の戦士と捉えるなら、今、このイヴァリースに生きる全てにおいて彼女を超える者はいなかった。ただ一つ、彼女の前に立つ、人の世の理を越えた「究極の力」を除いて。

 

 遂にルチアナの視界に「敵」の姿が入る。

「人」の形!

姿が具象化されるほどに、胸に燃え盛る怒りの勢いが増していく。

 視界の所々を眼内出血による赤斑に侵されながらも、天駆けるハヤブサの半分程度には良い彼女の目は、距離を詰めるほどに解像度を増していく。

ボロ切れのように身体を覆う上衣とスカート

白い髪

頭の左右から飛び出た、耳のような・・・

(ヴィエラ?)

一瞬、メイジーの垂れた耳のようにも見えたが、直ぐに違うと判る。耳じゃない・・・白い長髪に沿うように伸びた、それだけでは飛べそうにもない「翼」・・・。

顔が見えた。

会ったことなどないはずなのに、襲いかかる既視感。

(アタシは、この「顔」を、知ってる・・・)

極限の戦いが高めた集中力が、1年近くも前、霧のように消えた面影を瞬時に掘り起こす。

姉セレーナと「あの子」の笑顔・・・。

 

なんで「あの子」が、此処にいるの?

死んだんじゃあ、なかったの?

そこで、何をしているの?

コレが、「あの子」がやりたかったこと?

わからない

なにもわからない

だから説明しろ!今すぐ!ここに来て!!

バカ姉!!!

 

「セレーナァァッ!!!!」

 

姉の名を呼ぶ絶叫と共に、ブレードを起動する。

日食のピークを過ぎてなお薄暗い空に、「月の光」が実物の何万倍もの光を放って輝く。

 

「アンタの「大事」が、アタシの「大事」を奪った!!!」

 

左手が無意識にブレードの出力を最大値にセットする。「両断」など生温い。「滅却」だ。

二の太刀など無い。ひと薙ぎで、髪の毛一本残さず、灼き消してやる!!

 

距離500mを切っての「あの子」の攻撃。横薙ぎに放たれる光の柱を回り込みながらに避ける。緩和魔法を掛けてなお限界を超えた加速度に、身体の内側から軋み、裂ける音がするが痛みは無い。自身の全ての細胞が痛覚を遮断して叫ぶ。

(痛がってる場合じゃない!討て!!)と。

距離200m。背面。もう外さない。絶対にだ。

背部のグロセア・リングが閃光の如き輝きを放ち、機体を音速で前面に押し出す。

 

(これで・・・!)

 

「あの子」の周りが、七色の光に包まれる。

この戦いで初めて見る「光」。

「脅威」を感じる。

避けられない。

「光」が全周に一気に広がり、機体と、自身の身体を透過するのが判った。

痛みは無い。

構うものか、と構えた腕を薙ぎ払うべくトリガーを引こうとする指が動かない。身体に起こる「変化」を自覚する。

肉を肉とし、血を血と定める宇宙の法則が、ほんの少し、乱された。自身を形作る全てが、石へと変わっていくのを察する。

 

(奥の手・・・畜生!!!)

 

 三度、歯を食いしばるルチアナの耳に、無線通信の音が入る。救助活動を終え、作戦区域を離脱してのけた2機戦群救難部隊からの通報。

「ありがとう!メーガス!!」の声が、まだ柔らかさを残していた彼女の鼓膜を震わせる。

 

 心の全てを占めていた悔しさが3割程に減り、残りの7割を歓びが満たす。

任務達成だ。

軍人にとってはそれが全てだ。

たとえそのために命を失ったとしても、「成し遂げたもの」「勝利」として認められる。軍人(アタシたち)にだけ許された「特権」だ。

 

(勝った!勝ったよ!!!皆で・・・)

 

口はもう動かない。心でレベッカ、メイジー、アルピーヌの名を呼んだ。

 

ほぼ澄み切った心持ちで、「あの子」を見る。全ての動きが、酷く遅く感じられる。

斃すことは、出来なかった。

(さて、「この子」はどうしたものか・・・)

成すべきを成し、自身の運命も定まった今、達観したように考える。

斬り結ぶことは出来ないままに、慣性モーメントで進み続ける機体と「あの子」の距離が袖を擦り合う程まで近づく。

刹那、ルチアナの「魂」に響いた声。幾万の苦悶と殺意が突風のように過ぎ去った後、最後に小さく聞こえた、「ごめんなさい」と「助けて」・・・。

「あの子」の声だと、判った。

怒りが消える。

心で語りかける。一度、会ってみたかった「あの子」に・・・

(ごめん。アタシには、助けられなかった・・・でも、アタシ「達」は強い!だから、きっと、誰かが・・・)

 

答えはない。通じたろうか?

まあいい、もう行かなきゃ。アタシは今から反省会(デブリーフィング)だ。レベッカ達が待ってる。

 

 

 

数時間後、ガリランド北方20NM

 

ジークデンのほぼ全てを地図上から消し去り、ガリランドに色なす500万の命を「還す」べく、人(アジョラ・グレバドス)の姿をとって立つ「聖天使」の前に、一群のアーマーが立ちはだかる。

 

「気付かなかったろう?コイツらは無人機。私は私で、今さっきまで寝てたからな。麻酔明けで寝ぼけたジジイ一人の「命」など、ふるいにかかるまい・・・。」

そう言って一歩前に出た機体のスピーカーからは、ルゲイエの声。だが、コックピットの中には、ルゲイエその人の形は入っていなかった。脳髄と脊柱の一部のみが、頑丈な金属殻に格納されて機体の操縦系統に繋がれていた。

 後ろに並ぶ無人機群は「メーガス」ミスト領域戦開発中隊の集大成、12機の量産型無人ネクスト「バルナバ」。ルゲイエが「駆る」のは、それらよりも有機的で、どこか禍々しいフォルムの機体・・・。

「DOG」、「MUG」、「RAG」と「ゴルベーザ」、そしてそれらを駆る「四天王」が10年強に渡って実証し、獲得した全てが、国軍AC部隊を次(ネクスト)の段階に進めるための量産機「バルナバ」に落とし込まれた。当初は有人機として計画・試作されたが、それは重大な問題を孕んでいた。元々図抜けたミスト戦能力を持ちながらにして、それを更に幾度もの施術で強化したメイジー・スノーの能力をヒュムやモーグリのパイロットで再現しようとした場合、身体の基本的機能までを大きく損なうほどの神経系強化施術が必要とされたのだ。そのような身体では、暴力的な機動が生み出す加速度には耐えられない。それ故、必要な器官のみを保護した上で機体と直結、その他の肉体の殆どを捨て去ることまでが求められた。パイロットに強いるには余りに非人道的に過ぎたこと、そして結果的に「四天王」が精力的に戦闘経験値を溜めた事によって人工知能によるオペレートが可能になったことでお蔵入りとなった「幻の計画(プロジェクト・ファンタズマ)」・・・。用済みとなり廃棄されるはずだった、イヴァリースにただ1機の「試作有人機プロト・バルナバ」をルゲイエは自らのために確保した。戦う為でも、強くなる為でもない。人の姿・・・老化する器官を捨て去ることで得られる寿命。理論上は脳の活動限界とされる200歳程までの延命を期待できた。全ては最愛の「母」、メイジーのため。メイジーの「子」として、逆縁の悲しみを母に味わせない為だけに、その機体を必要としたのだ。目の見えぬ母に、姿形は関係ない。機械にまでなってしまえば、もはや自身の不細工で老いさらばえた風体を気にすることもない。魂と声さえあればいい。この先100と何十年、憂い無しに「母さん」と呼びたかったのだ。

 だが、その母はもう居ない。ならばこの機体は「長生き」のためのモノではない。元来有する戦闘力を前面に押し出して、母の仇を取る。

 

「ゴルベーザ」からの戦闘データ転送を受けた時、ルゲイエは「母」に何が起きたかを理解した。作戦室から自室に戻り、机に突っ伏して慟哭し、その5分後には行動を開始した。信頼する次席技官を呼びつけて「バルナバ」の継続生産と戦線投入、その後のアップデートに関する全てを託すと、自らを「施術」に掛けて「プロト・バルナバ」と一体化した。搭載する補助人工知能には予め、麻酔が明けるまでに既に概成していた無人型バルナバの初期生産ロットと連接した上で、メイジーが最期に送ってきた「全て」を飲み込ませると共に、彼女が暴いた「敵」の下へと向かうよう指示を出していた。脳髄だけになって眠るルゲイエを伴って、13機の「バルナバ」はユーグォを出撃、未だ最終試験を終えておらず、任務稼働状態とは言えない各機ではあったが、「Δ-アタック」による捜索を自律的に実行し、探知した「敵」の眼前、ガリランドの北に降り立ったのだ。

「命」も「敵意」も無い軍団の接近に、「聖天使」が気付く事はなかった。

ルゲイエの命令を完遂した「有人型バルナバ」の補助人工知能は、超硬ミスリル合金製の脳殻に電流を流して主を叩き起こす。目覚めたルゲイエは、遠目に見える人の形こそが「母」を手に掛けた「敵」と認めるが、敢えて心の平静を保つ。先ずは、麻酔でボケた頭を活性化させなければならない。それが「今」の状況だ。

 

 

 ルゲイエは、機体の動きを確認する。己が意のままに鋼鉄の手足が動く。悪い気分ではない。しわがれた老人の細腕では、怒りの拳を振るうこともかなわない。

(一応、パイロットということになるのかな?じゃあ、TACネームが要るな・・・人機一体・・・「ルゲイエボーグ」・・・相変わらずこういうセンスは皆無だな、私は・・・。)

自嘲するように鼻息を吹くが、その「動作」までは機体の動きには反映されなかった。

 

 後方を振り返る。平原の向こうに、微かにガリランドの高層ビル街上層部のシルエットが見えた。500万の人口がひしめく「命の宮」だ。

 

 そして再び、眼前の「聖天使」を見る。

(コイツは・・・まるで蛾か何かだな。生命の灯に惹かれてやって来るのだろう。そして、全てを焼き尽くす・・・)

 

 豆粒程に見える「聖天使」に向かって、聞こえるかは分からぬも、スピーカーと無線機を使って語りかける。

「ガリランドをジークデンみたいにしたいのかい?お前さんのやりたい事に興味なんぞはないが・・・それがお望みだっていうんなら、全力で拒否させてもらう・・・。なぜなら、私は、お前の「敵」だからな!!」

そうして、心にかけたタガを外す。噴煙の如くに湧き出た怒りが、「聖天使」に眼前の「たった一人の老人」が「敵」なのだと認識させる。

何倍にもなって跳ね返ってきた殺意のミストがルゲイエを、「メーガス」の技術の粋を詰め込んだセンサーと脳髄との直結によって今やメイジー並みとなった彼の「神経」を刺す。

膝をつきかねない、恐るべき重圧!

 

(これが、母さんが感じていた「敵意」・・・)

 

こんなモノに怯まず、戦ったのけた母に対する敬意と、自らもまた戦えるのだという「歓喜」に魂が震えるのを自覚する。

 

「完全なる命令逸脱・・・私の行動は何処にも共有されないし、記録にも残らない。」

そう呟きながら、ルゲイエは一歩前に進み、突撃の態勢をイメージする。機体側の人工知能がその「意思」を「翻訳」し、背部のグロセア・リングを光らせると共に、キャパシタにミストを溜めていく。もし機体に人間の顔が付いていれば、不敵な笑みを浮かべていることだろう。

 データリンクで繋がった12機の「バルナバ」が、拍子を合わせるかのように同じ動作をとる。それぞれの機体が、メイジーであり、ルチアナであり、レベッカだ。彼女達が獲得した全てが、そのシリコン製の頭脳に詰まっている。もう一ヶ月もすれば、最終試験と調整を経て正式にロールアウトするはずだった機体群だ。

ルゲイエは、忠実なる僚機達を一瞥し、そしてまた「聖天使」に向き直る。

 

(どの機も完全とは言えんのが残念だが・・・まあ仕方ない。母を殺したお前を今すぐぶん殴らずには居られなくてな・・・妥協はしても我慢はしない。そして何より、執念深いんだ・・・あの母にしてこの子あり。私は、100年怒り続けたメイジー・スノーの一人息子だからな!!)

 

 13機が一斉に散開する。

 

 戦いの推移と結末・・・何一つとして残ることは無かった。運悪く故障していた同方面のパッシブ・ミスト・センサー地上局は何の情報も拾わなかった。

 少なくとも、「その日」ガリランドが何者にも灼かれることはなかった。

それだけが、公式の記録だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。