When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 746 10月29日、ベルべニア中央区
ベルべニア中央駅、国際線乗り継ぎの札が掲げられた駅馬車乗り場のベンチに、オニクス・ヒサーリは腰掛けていた。年よりもやや若く見えるその顔の眉間にはしわが寄っている。西日が直接彼の目を刺していたせいもあったが、それ以上に、自分がここベルべニアの地に足をつけているという事実が彼をいら立たせていた。
(やはり、自分はこの街にはなじまない・・・)
オニクスは、小さくため息をつくと、横目で隣に座った少年を見た。
(そして、この子も・・・)
その目には、少年に対する憐れみと同情がこもっていた。
オニクスの視線に気づいた少年が、彼の方を向き、頭を軽く下げながら言った。
「あの・・・ほんとにすいません、こんなことになって・・・」
オニクスは、子供らしくもないセリフを吐くこの少年の肩にやさしく手を乗せた。
「サディア君、君は何も悪くない・・・」
オニクスの言葉を聞いたサディアは、ややさみしげな笑みを浮かべると視線を前に向けた。一寸の沈黙の後、オニクスがサディアに問いかけた。
「君は・・・本当にこれで良いのかい?何なら、私がもう一度義兄(あに)を説得してもいいんだぞ。バカげたお伽話のせいで君がこんな目にあうことは無い。ふた昔も前ならともかく、まだ親元を離れるような年でもないだろう?」
オニクスの問いに対するサディアの返答は早かった。
「いや、いいんです、俺はこれでいい。」
頭を横に振り、オニクスを見据えたサディアの片目には眼帯が当てられている。
「叔父さんの話はオヤジから聞いてます。何かっていうと迷信に振り回されるこの街の雰囲気に嫌気がさして、名前と家を捨ててシルバニアに行ったって。俺もきっと同じです。もっとも、妹があんなことになるまでは、そんな自覚は無かったけれど・・・」
「・・・・・・」
「でも、あいつがあんな風に祀り上げられてからの街の雰囲気は、俺にとっては変なバカ騒ぎにしか見えなかった。」
「たしかにその通りだ。私も義兄貴には言ったんだがな。『こんなバカ騒ぎはやめさせろ、子供が可哀想じゃないのか』ってね。」
「・・・で、オヤジはなんて?」
「『キルティアの司祭が、キルティアの伝承を否定することは出来ない』とさ。ヴィシニアさんに至っては、完全に怖気づいてしまっていた。あの人にとって、アジョラちゃんはもう自分の娘じゃなくなってしまったみたいだ。」
「・・・・・」
「君も随分とひどい目にあわされたようだけど、あの子はもっと可哀想さ。『神の御子』なんかにされて、もう『家族』も『友達』もいない。年端もいかないあの子の周りに居るのは、無数の『信徒』だけだ。」
「あいつは神様なんかじゃない。いままで通りの、バカで聞かん坊の・・・あの後、サドルに・・・あいつが居たクランのリーダーに聞いたんだ。あいつが井戸に居たのも、皆を止めたのも、全部タダの偶然なんだって、神様のお告げなんかじゃあないってね!」
「君はそれを皆に?」
「言ったさ!あの日を境に突然、学校の連中の俺を見る目が変わっちまったんだから!危うく俺まで変な神様みたいにされそうになったんだ。だから言ったんだよ、「あいつ」はそんなんじゃあないんだ!ってね。」
「皆はわかってくれた?」
「わかってくれてたら、俺はここにはいないよ。確かに最初はクラスの連中も納得してくれそうだった。俺達子供連中の間でだけなら、あいつの『神様疑惑』は晴れそうだったんだ。でも・・・先公連中が・・・!」
サディアが拳を振るわせる。その腕には分厚いギプスが巻き付けられていた。
サディアを襲った悲劇について、オニクスはすでにビクトルから聞いていた。サディアは、彼の言うとおり、妹の身に起こったことはただの偶然だと学校で説いていたらしい。『事件』以来、街の誰もがかしこまったようにアジョラから距離を置いても、彼だけはそれまでと同じように彼女を普通の妹として扱い、相変わらず時には叩いて泣かせたりしていたという。
サディアの「宣伝」もあって、やがて熱しやすく冷めやすい子供達はアジョラの神様扱いをやめようとしたようだったが、問題は教師や大人達だった。半ば遊び半分でアジョラを盛り上げていた子供達と違って、大人達は、あくまでも「真剣」だった。伝承の通り、ついに現れた「救いの御子」の権威を貶めようとする者が居る。しかもそれが、よりによって、「御子」の兄だという。やがて、熱心な教師の一人が、どこからか、古い伝承を引っ張り出してきた。誰が、いつ説いた伝承かは知らないが、とにかくその内容は、サディアの運命を決定づけるには十分すぎるものだった。なぜなら、その「伝承」の一説にはこう示されていたからだ。
― 聖なる御子に、邪なる血族あり。その者は御子を貶め、やがて御子を死へと誘う ―
一部の『熱心な』教師達は、サディアを呼びつけると、否応なくリンチにかけた。比較的良心的な教師達がそれに気付いて止めに入ったときには、すでにサディアは虫の息だったという。他の国の人間から見れば、異常としか言いようのない事件であったが、ここベルべニアにおいて、暴行を働いた教師達が咎められることは無かった。むしろ、暴行の根拠となった「伝承」がますます広まる結果となり、サディアが収容された病院には、「信心深い」人々からの投石が降り注ぐことになった。結局、大人達に気押された子供達は、マフディ団の子供達も含めて口をつぐんでしまい、哀れにも「邪なる血族」の烙印を押されたサディアは、退院後も通学はおろか、外を歩くことすらできなくなってしまった。
ただ、サディアにとって不幸中の幸いだったのは、父ビクトルが、まだ幾分かの常識を持ち合わせていたことであった。伝承に従い、娘を『救いの御子』として祀り、親として接することはあきらめても、その伝承のために息子を殺されることまでは認められなかった。ビクトルは、今ではグレバドスの名を捨て、シルバニアで同盟諸国統合軍の軍人として働く、異母弟のオニクスにサディアを預けることにしたのだ。
当初ビクトルから話を持ちかけられたオニクスは烈火のごとき怒りを義兄にぶつけた。
「村八分にされた息子一人を守ることも出来ずに、何が神父なもんか!」
オニクスは電話口でまくしたてたが、ビクトルは「他にどうしようもない」の一点張りであった。ビクトルが、信心深い地方の教会神父という立場と、一人の父親としての人間性のはざまで板挟みになっていることはオニクスにも理解できた。しかし、大昔のどこぞの坊主だか詩人だかが残した伝承一つのために、何の落ち度もない子供が、故郷の街はおろか、親からも見放されるというあの街の現実に、彼は激しい憤りを感じずにはいられなかった。
結局、オニクスはビクトルの申し入れを受け入れ、シルバニアから遠路サディアを迎えに来たのであった。
人気のない教会の裏手から出てきたサディアの姿を見たオニクスは驚愕した。目には眼帯、片腕片足にはギプスがはめられ、手には松葉づえ、衣服と包帯の合間に見える肌には、青黒いあざがいくつも残っていた。罪もない、たった11歳の子供が、よりによって学校の教師達から、こんな仕打ちを受けたのだ。オニクスの胸に再び怒りが湧いてきたが、彼の脇に立つ夫妻のやりきれない顔を見ると、これまで電話口でわめきたてたように怒鳴る気にはなれなかった。悪いのは彼らではない。山脈の「こちら側」にありながら、政治的な理由のために100年以上陸の孤島にされ、災害や食糧難に襲われるたびに神にすがって生きることを余儀なくされた、不運なこの街の歴史が悪いのだ。
ビクトルは伏し目がちに「すまないが、頼む」とだけいうと、サディアの荷物をオニクスに渡した。
「わかった。」
ビクトル達にも、オニクスにも、これ以上、何も言うべき言葉が浮かばなかった。
少しばかりの沈黙の後、オニクスはサディアをうながし、教会に背を向けて歩き出した。2、3歩歩いた後、松葉づえのサディアを気遣うようにオニクスが振り返ると、後ろの教会の出窓に小さな女の子が出てきた。その顔は涙でくしゃくしゃだ。
「兄ちゃん、いっちゃだめ・・・」
嗚咽と入り混じってはいたが、確かに彼女はそう言っていた。サディアは、一瞬足を止めたが、一言、「行きましょう」と言うと、荒々しく松葉づえをつきながら、歩調を速めた。
去りゆく兄を引き留めようと泣きじゃくる少女と、あえて振り返りもせずに離れていくその兄の姿を交互に見て、オニクスは悲嘆にくれた。彼がこの子達にあったのはこれが初めてではない。2年ほど前にも、顔を合わせたことはあった。そしてその時、この2人は満面の笑みを浮かべながら走り回っていた。そして、そんな子供たちの姿を親らしい愛情に満ちた目で見守る義兄夫妻の姿があった。
(いったい何が狂ったら、こんなことになってしまうのか・・・)
オニクスはアジョラの前に立つと、彼女の頭をやさしくなでた。
「・・・ごめんな」
自分が悪いわけではないが、オニクスにはこう言うしかなかった。
目の前の少女は「ダメ、ダメ」と言いながら、小さく地団太を踏み、あくまでも泣くのをやめなかった。
(教会に住みながら、肝心の神の救いとやらはこうもこの兄妹から遠いのか!)
オニクスは呪うように教会の尖塔に目をやる。その奥に広がるこの日の空は、この地上の悲劇にそぐわない、間の抜けたような青さだった。まるで神が「我、関せず」とでも言っているかのように感じたオニクスは、その青い空に向かって小さく悪態をついた。
「糞ったれが・・・」
ベルべニア中央駅
オニクスは西日から目をそらすように顔を北側にむける。目抜き通りの向こうにチョコボ車が見えた。
「車が来たようだね・・・」
ベルべニアはヤクトの中に存在するため、当然、飛空挺は飛ばない。東方のアルケイディアでは、数十年前にヤクトでも飛行できる飛空石が開発されたらしいが、この新技術の拡散に伴うであろう、世界的な軍拡を懸念した現アルケイディア皇帝は、ユードラのミミック菌除染技術よろしく、ヤクト対応型のグロセア機関の技術を機密指定して封印していた。つまるところ、ヤクト圏外、ゼルテニア領西端の飛空挺ターミナルまでは、このチョコボ車が、60万の人間が住むこの都市国家から「外」に出るための唯一の足だった。
オニクスが再びサディアの方を向く。
「あの子には、君が、最後の友人で、家族だった。君が居なくなれば、あの子はずっと一人だ。」
サディアはため息をついてうつむく。
「わかってますよ・・・でも、俺にはどうしようもない。」
「・・・・・」
「あいつは少なくともこの街で「神様の子」として生きていける。でも俺は、この街にいたら殺されちまう・・・どうしようもないんだ。」
「・・・そうだな、悪かった。別に君を責めているわけじゃあないんだ。ただ、あの子が不憫でね。」
サディアにも、この「事件」で一番大変な目に合っているのが、自分ではなく、妹であることは分かっていた。
(偶然のせいで、生き神にされてしまったアイツ・・アイツが、そんなものになりたがっていないのは、生まれてから6年間、世話を焼いてきた自分が一番よくわかっている。オヤジやおふくろだって、そんなことはわかりきっていただろうに、「信仰」だとか「立場」だとかに負けて、アイツを神様にしちまいやがった。実情を知っているサドル達も、あいつを神の子だなどとは考えていないだろうけど、俺が大人達から受けた「仕打ち」を見せつけられて以来、黙りこんでしまった。きっとこれからも黙っているだろう・・・)
実際、「神の子」にされてからのアジョラの扱いは、妹の性格を知るサディアから見れば、あまりにも哀れだった。人一倍、泥にまみれて外で遊ぶのが大好きだったのが教会の中に押し込められ、それまでの友達と遊ぶことも出来なくなった。小金持ちの信者から寄進された、窮屈で豪奢な衣装を着せられ、週末の集会には、目を血走らせた大人達が、我先にと「救い」とやらを求めて突撃してくる。戸惑う妹を尻目に、父は集会を仕切り、母に至っては、他の群衆と一緒になって、妹を拝む始末だった。集会が終わった後で、こっそり「お前は着せ替え人形か!」と茶化して、ごてごてとした髪飾りを引っ張るとさすがに嫌がったが、以前ならば泣きだしていたところが、そのときはどことなく笑っているようにも見えた。サディアには、目の前のいつもと変わらない妹が、とても周りの言うような『神の御子』には見えなかった。
(なんとかしてこいつを「人間」に戻してやろう)
そう思って動いてきたが、結局それが大人達の逆鱗に触れてしまった。
教師達に呼び出された時は、せいぜい成績相談くらいだろうと思っていたのが、裏庭に連れて行かれてフクロにされた時には、恐怖よりも、ただ驚いた。そして同時に、この街の「異常さ」と、自分の無力さに気付かされた。
「もし、「神の御子」にされたのが、あいつじゃなくて他の誰かだったら、きっと俺も大人達と一緒になって、拝んでいたかもしれない。たまたま、祀り上げられたのがアイツだったから、『何か変だ』って気付いたんだ。でも、気付いてからは、何もかもが、とにかく居心地が悪くなって・・・だからもうこの街に居たいとも思えなくなっちまったし・・・それに、これ以上、アイツに何かしてやれるわけでもない。だから叔父さんについていくって決めたんだ。」
少年が、この街で味わったであろう挫折と無力感が、その目にありありと浮かんでいた。とても11歳の子供が見せるような目ではない。哀れな兄妹のこの片割れだけでも、自分が救うことができるのであれば、それに越したことは無い。
オニクスは精いっぱいの笑顔を浮かべながら、サディアの背中を軽くたたいた。
「わかった。じゃあもうこの街のことは言わないことにしよう。アジョラちゃんのこともね。君は、俺と一緒にシルバニアに来るんだ。そして、そこでは、自分の幸せを追いかけてくれればいい。良い父親代わりになれるかどうかわからないが、俺も頑張るよ。」
サディアは少しばかり恥ずかしそうにはにかんだ。その目には、教師達から暴行された時にも見せなかった涙がうっすらと浮かんでいた。