When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
揚陸艇「パトナ」第4甲板
AC(Armed Complex)格納庫
サディアが残した「目印」に沿って2人の「戦士」が格納庫の扉を開ける。結局、アグリアスの剣が前を行くアジョラの背中に振り下ろされる事はなかった。
薄暗い格納庫の中には数機のACがカタパルトを挟んで向かい合うように立ち、係止されている。小型でも高さは5mほど、大型のものは7mはある。唯一知る古代の痕跡「鉄巨人・労働八号」をはるかに超える大きさ、そして素人目にも分かるほどに、機械として全く次元の異なる洗練された姿にアグリアスは圧倒される。この飛空艇に来るまで、この死都で特別飛び抜けた文明の痕跡に触れることはなかった。それが一転してコレだ。武装とみられる銃砲や剣も全てが巨大だ。見上げた視線をアジョラに向けると、首を左右に振りながら何かを探している。
「ええと・・・あった!」
その視線の先、1機の赤い人型ACの肩口には、黒地の円に、二人をここに導いてきた「目印」と同じ黄色で「9」と数字が殴り書きされていた。
アジョラの脳裏に、数百年も前、珍しく人の形をとってACを整備する兄の姿が浮かぶ。
サディアはまず、遺されたACを起動して回るとそれぞれの健全性を確認した。当然、ACの整備知識など無い。電気工学やロボティクスに関するオキューリアの知識をベースに、何年もかけてフネに遺された技術資料を読み漁った。当初狙っていた、コンパクトな単座式の機体は全滅、複座のこの機体だけがここで出来る軽微なメンテナンスで稼働する唯一の機体だった。7mはある巨体は人間サイズの「聖天使」にはオーバーサイズだがしょうがない。サディアはこの機体を整備する。実際に機体を動かす試運転こそ出来なかったが、コックピットでオート・チェックリスト・プログラムを走らせてコンプリートするまで、10年以上かけて到達した。かかりきりで整備して愛着の湧いた機体に名前を付ける。
「直接、世話になるアーマーはコイツで3機目。ワークマン・7号改、そして俺を殴り殺した8号・・・じゃあ、コイツは「9号」だな。」
そう言って、目印も兼ねて肩に「9」のマークを入れたのだ。その様子をアジョラも「見て」いた。
結果的に複座だったのは幸運だった。アグリアスをこのフネに置いていかずに済む。アジョラはラッタルを「9号」の脇にセットして駆け上がると、脇腹のツマミを押し込んで回す。避弾経始のために鋭角になった分厚い胸部・腹部の装甲が観音開きに開く。渋るアグリアスを半ば無理やり前席に押し込むと、自分は後席に座って四肢コントローラーを固定する。基本的なインターフェースは、ライオネルの近衛師団でリプリー中尉に操作を教わったMTとほぼ同じだった。違う所は、武装関係のスイッチとブースターのコントローラー、あとはバイザー投影式のヘルメットを被るくらいだった。
(まさか、あの「競技会」がこんなところで役に立つなんてね!)
アジョラは感慨深げにバッテリーのスイッチを入れつつ、アグリアスにもコントローラーとヘルメットを付けるよう説得する。マスター・スレイブ・モードでなら、彼女の「剣術」は有用だと考えたからだ。だが折れない。
「「向こう」に着いたら、直ぐに降ろせ!」とゴネる。余程恐ろしいのか、その目には薄っすらと涙まで浮かんでいた。
(化け物相手にはあんなに勇敢だったのに・・・)
あまりのギャップに自分を睨みつける彼女が少し可愛らしくも見える。
「まあ、そこまでイヤなら・・・」
と、無理強いはせずに、ジェネレーターのスイッチを入れる。モーターとポンプの駆動音が響き、ベルトを締めたアグリアスの身体がビクンと振れる。自動でOSが立ち上がり、前面下方の戦術ディスプレイにモードの選択画面が映る。「メンテナンス・モード」と「オペレーション・モード」の二択。兄が整備していた時は「メンテナンス・モード」だったが、これからは正に「本番」だ。「オペレーション・モード」を選択する。OSの反応は、アジョラが予想しないものだった。
「資格認定パイロットの搭乗を確認できません。オペレーション・モード起動不能」
人工知能の爽やかなボイスがコックピット内に響き、起動命令を拒否する。焦ったアジョラが2度、3度と確認コマンドを入れても反応は変わらない。
(ウソ・・・あんなにバッチリ整備してたじゃん。兄さん、どういうこと!?)
そういえば、この死都に来て意識のある間ずっと感じていた兄の気配が、今はない。
祈る気持ちで無線の送話スイッチを入れて叫ぶ。
「助けて!兄さん!!」
仰天したのはアグリアスだ。
(アジョラに「兄」!?)
そんな話、聞いたことも読んだこともない!ゲルモニーク聖典にすら、そんな記述は全く無い。十歩譲って、それが真実だったとしよう。何故、今、その「兄」を呼ぶのか。彼女は気が振れたのか?
だが、訝しげに後席を見上げた先のアジョラは、まるで精神病の患者のように「見えない誰か」と話しだした。
「ちょっと!兄さん!どこ行ってたのさ!・・・気絶って・・・何それ!?まあ、いいわ!ねぇ、起動しないよ、コレ!・・・そんなはずない、って、じゃあ、兄さんが起動してよ!!」
次の瞬間、機内が真っ暗になる。再起動のためにサディアが直接、コントロールに介入したためだが、アグリアスには知る由もない。失禁しそうになるのを何とかこらえる。
「え・・・オペレーション・モードは登録されたパイロットしか起動できない・・・・・知らなかった・・・って、そんなあ!」
わけもわからず顛末を見守るアグリアスだったが、着用を拒んだ「兜」の耳の部分から、僅かに人の声のような音がするのに気付く。
(あそこから「兄さん」の声が聞こえるのか?)
恐る恐る、兜(ヘルメット)を被る。
聞いたこともない男の声が響く。
「スマン!!チェックリスト・コンプリートで安心しちまったんだ!クソ・・・生体認証なら破れるのに、それですらないのか・・・しょうがない。降りてプロテクターと、持てるだけの銃を・・・こっちのフネを直接「スラコ」にぶつける。俺も「出る」から・・・」
そこまで聞こえた所で、アグリアスの被ったヘルメットのバイザーに光の線が走り、OSの音声がオーバーライドする。
「資格認定パイロットの搭乗を確認、オペレーション・モード起動します。」
ジェネレーターの音が一段大きくなり、今まで消灯していたコントロール・スイッチのライトが点灯する。
「・・・・・点いた?」
呆けた顔の二人が被るヘルメットに、OSの新たな音声が入る。
「お帰りなさい、「アグリアス」。久しぶりの搭乗です。気をつけて。」
突如「名前」を呼ばれたアグリアスは、遂に白目を剥いて静かに失神する。
アジョラにもわけがわからない。戦術ディスプレイを見下ろすと、音声と同じテキスト。そして、右下には、前回搭乗時からの経過日数が表示されている・・・445962日!
OSが「アグリアス」に呼びかける。
「後席に、未登録搭乗者を確認。オーソライズしますか?」
アグリアスは意識こそ取り戻したが半ばパニック状態で固まっている。音声をモニターしていたサディアが頭を捻る。
(どういう理屈か分からんが、OSはこの女騎士をパイロットとして認識した。でもやっぱりアジョラはダメだ。アジョラが動かせないと意味がない。この女騎士が「オーソライズ」すれば良いのか?)
アジョラに問いかける。
「おい!彼女の名前は聞いてるか?知ってたら教えてくれ!」
気を取り直したアジョラが答える。
「え、あ・・・アグリアス・「オークス」って・・・」
サディアは仰天する。そんな事、あるのか!と。表示された「経過日数」をシステム越しに確認する。悠久を生きるオキューリアの「感覚」で、正確に年月日を遡る・・・間違いなく「あの日」だ。
サディアは、意識の中で目頭を押さえる。どうやらこの世界には、神はいなくても「奇跡みたいな偶然」は存在するらしい。よりにもよって、自分とアリアンの遠い遠い子孫がやってきた。一人は「ヴァルゴの適合者」として。バルビエ博士が「鍵」として使ったのは、自分とアジョラの両方が持っていたグレバドス家の因子のどこかだったんだろう。それが、あの子に再発現した。こんな偶然があるなら、ユードラ国軍のACパイロット・データベースに登録されたアロイス・オークスの「因子」が、恐らくは遠い遠い子孫の「彼女」に引き継がれていたっておかしくはない。きっと、1億ギルの宝クジに10年連続で当たる位の確率なのかも知れないが、0パーセントではない。
パイロットをモニターするカメラ越しに「彼女」の顔を見る。記憶に残る髭面の中年アロイスとカメラの前に鎮座する妙齢の美人とでは比較のしようもなかったが、ブロンドの髪と、獲物を射抜く猛禽のような眼差しはアロイスのそれを引き継いでいるかのようにも見えた。サディアは万感の思いを込めて「彼女」に語りかける。
「「ハイ」って言え!・・・オークス!!」
「声」に押されたアグリアスが、半ば反射的に「ハイ!」と答える。OSの声がヘッドセット越しに響く。
「検定官資格保有者アロイス・オークスによるオーソライズを確認。後席搭乗者によるコントロールを承認します。」
アジョラの座る後席のコントロールがアクティブになり、バイザーに外の景色が映る。
「お!やったぁ!!」
アジョラが歓声をあげる。アグリアスがバイザーを上げて見たその目は、旅芸人のサーカスを見る子供のようにキラキラと輝いていた。
(本当に・・・なんなんだ、この人は・・・)
アグリアスは心に決める。この戦いが終わったら、とことん問い詰めてやる。納得いくまで何日かかろうが放すものか、と。
武装を選択しようとするアジョラに、サディアが「ブリーフィング」を行う。
「ジャイロが安定するまで少し時間がかかる。今のうちに「向こう」のフネの状況を伝えるぞ。「スラコ」は「聖天使」の攻撃で前後半分に分断された。ヤツは後ろ半分の方に居るが、問題がある。お前の「依代」になった女の子が一人、そちらに取り残されている。他のメンバーは前部で足留めを食っている状況だ。やるべき事は分かるな?」
「まずその子を助けて、で、「聖天使」を倒す?」
「ザックリ言えばそうだが、急がにゃならん。さっき、「デーモン」の攻撃が止んだろ?ありゃ「聖天使」がターゲットをお前から、あの子に切り替えたってことだ。今、ヤツはお前という「身体」を失って不安定になっている。「身体」の依代になるなら、ヤツには、お前でもあの子でも良いんだ。今のところ、彼女は第2甲板に身を隠しているが、見つかるのは時間の問題だ。ワケあって、俺はあの子に死なれるのはどうにも夢見が悪い。何とか助けてやってくれ!」
アジョラは鼻を鳴らす。
「濁さなくったっていいよ!あの子、兄さんの「お嫁さん」にソックリだものね。「依代」だからかしら?アタシもちょっと感じるんだ。彼女のこと・・・。怯えてる。でも取り乱してはいない。強い子・・・。」
そう言いながら、アジョラは武装リストとにらめっこする。狭い船上に攻撃目標と脆弱な救助対象が両方いる。その時点で被害が広範囲に及ぶ爆発性の火器は使えない。貫通力が高く、跳弾の危険もある実体弾もリスクがある。となると、比較的低出力のミスト系エネルギー銃くらいしか選択肢がない。あとはブレード・・・でも、「剣技」には自信がない。
身を乗り出して、前席に語りかける。
「ねえ、アグリアス・・・さん?さっきは、無理強いしないって言ったけれど、ゴメン。やっぱり、力、借りれないかな?」
アグリアスは黙って前を向いたままだ。アジョラが続ける。
「あなたの「剣技」凄かった!ホントにスゴい!あなたの動きをこのアーマーがトレースしてくれる。銃の弾が切れたら、白兵戦になる。アタシは剣は使えない。あなたがやってくれたら、とっても心強い!」
アグリアスは眉間に皺を寄せながら問う。
「アルマ殿が危ない・・・彼女を助けるのだな?」
アジョラはウンウンと頷く。
アグリアスは深呼吸を一つする。
「分かった!」
自分に言い聞かせるようにそう答えると、四肢コントローラーに手足を通し、アジョラの見様見真似で固定する。
武装は両手にミスト式のパルス・ハンドガン、そして両肩に搭載する交換用武装には長大な超硬合金製のブレードと盾が選択された。
機体姿勢を制御するリング・レーザー・ジャイロが安定し、武装が取り付けられるまでの数分の間に、アジョラは、まず「いつものように」深呼吸して精神を統一する。ふと思い立ったかのようにバイザーを上げるとアグリアスに尋ねた。
「ねえ・・・リップ、今、持ってる?」
アグリアスは素っ頓狂な問いかけを訝しむように振り返る。確かに、懐には誕生日にムスタディオが寄越したリップが入っていた。貰った後で知ったところでは、どうやら軍資金を使い込んでまで買った超高額な限定品らしく、隊員達の目に触れると横領だとか要らぬ疑念を持たれそうなので肌身離さず持っていたのだ。
「・・・あるにはあるが、何だ?」
「やっぱりね。唇、凄く艶っぽくてイイ感じだもの!」
アジョラはそう言って手放しで褒めると、
「アタシも、つけてみていい?」
と尋ねた。
「あ・・・イヤならいいの!人の化粧借りるなんてアレだしね。ただ、ちょっと・・・気合を入れたくて・・・」
アグリアスは何も言わずにリップと手鏡を渡す。アジョラは子供のような笑顔で礼を言うと、鏡を開いた。
「千年以上ぶりで自分の顔見たよ・・・あーあ、髪もバッサバサ・・・だけど」
そう言ってリップを塗ると鏡を見て満足げに笑顔を作る。
「アタシね、処刑された日が一番キレイだったんだ・・・」
アグリアスはそう言われても何も返せない。情景が全く想像できなかったからだ。
「何言ってるかわけわかんないよね・・・全部終わったら、ちゃんと全部、話したげる・・・話さなきゃいけない。だから、生き残ろう!」
アジョラはそう言ってアグリアスにリップと手鏡を返す。
「ありがとう!おかげで「人間に戻れた」って実感できたわ!」
そう言って両手で頬を叩くとバイザーを下ろした。
アグリアスは、それを受け取りながら思い返す。自分がリップをつけるようになった理由・・・折角、頂いたものだから使わねば失礼だという思いもあったが、それ以上に今では、「傷つけ、殺す」事が日常になってしまった中で正気を保つ手段の一つになっていた。男ならば酒に走ったり色街に繰り出すこともできるだろうが、女の身ではそうもいかない。ささやかな化粧に集中している間、少しだけ「使命」や「正義」、そして、そのためとは言え人を傷つけることへの「罪悪感」だとかを肩から降ろして「自由」になることが出来た。
(こんなものに頼るようになったのはいつからだろう・・・そうだ。「信仰」を失ってからだ・・・)
「信仰」がある間は良かった、というより楽だった。世の不条理、自らの至らなさ、犯した罪、全て「神」に祈れば両の肩から下ろす事が出来た。
「聖アジョラの御名において、汝の罪は赦される・・・」
「全ては、聖アジョラの御心のままに・・・」
告解の度に神父が最後に付けるあの一言、祈りの最後に付け加えるその一言で身軽になることができた。だからこそ、皆、こぞって拝むのだ。特に強いられることもなく、下は乞食から上は王侯に至るまで。
物言わぬ「神」は、少なくとも祈りを「拒絶」はしない。それをいいように解釈して、生きることが出来た。
「聖典」を読み、教会の腐敗を知り、代わりの「神」を見つけることも出来ず、「信仰」を捨てた時、今まで都合よくすがってきたモノに頼れなくなったことに気がついた。世の中がどんなに残酷でも、天を仰ぐ事が出来ない。人を斬れば、その罪を代りに贖う者はなく、自らで背負わなければならない。五十年戦争に獅子戦争、余りにも死と不条理が身近な「イヴァリース」で、すがれる「神」もなく、その重圧を受け続ける心を隠すための「化粧」でもあった。
アグリアスはバイザー越しに「外」を見る。機体の周りの機械が忙しなく動き、運ばれてきた「盾らしきもの」が肩口に据え付けられようとしている。生物の様に動き、音を立てる機械に対する恐怖心は既に無くなっていた。まだ少し時間がありそうだ。思い切ってアジョラに問う。
「あなたには、「神」の声が聞こえていたの?」
「ううん、全然。」
即答だった。
「ごめんなさい。アタシが、あなた達の期待に添えるようなのじゃなくて・・・とんだイカサマだよね・・・」
後ろから、途端にしおらしくなった声で答えが返ってくる。
「いや、そうじゃなくて、知りたかったんだ。「神なき人は、何にすがれば良いのか」って・・・。私達はずっと、「あなた」に祈っていた。残酷な世の中への怒りも、自分達の犯した罪も、全部「あなた」に押し付けてたんだ。じゃあ、あなたはどうしていたの・・・何に頼っていたの・・・」
「人だよ。」
アジョラが返す。
「神様は、「力」をくれない。いつだってアタシは、人の「力」を借りて、人に頼ってた。それが途切れてしまうことを恐れて掴んだ「異形者の力」にはガッツリ飲まれて、このザマ。アタシは、あの時もっと信じるべきだった。降って湧いた超常の力なんかじゃなくて、それまでアタシが繋いできた、国境地帯の人達との絆を・・・自分自身の「力」を・・・。例えそれで思ったとおりにいかなかったとしても、今よりは余程マシな結末だったと思う・・・兄さんだって、アタシのために全てを捨てなくて良かった・・・」
「・・・・・・」
恐らくは自分の知らない「真実」を思い返して話しているのだろう。幾つかの聞き覚えのない言葉はアグリアスの理解を曇らせたが、それでも後ろのアジョラが何かに激しく後悔しているのは分かった。
(恐らくは、彼女が「ルカヴィ」と接触した時のことなのだろうか・・・)
アグリアスの脳裏に浮かんだのはウィーグラフ・フォルズの姿。ラムザから聞いた「本来の彼」には何の邪心も無かった。世の不条理を憂い、正そうとする心と、愛する者を奪われた悲哀があるだけだった。神殿騎士団の甘言とルカヴィとの契約が無ければ、彼は信じるに足る「人間」だった。
(彼女もそうなのか?少なくとも、私の後ろに座る彼女は、余りにもかけ離れている。教会が奉じる「神」とも、「聖典」が描く冷徹な工作員とも、つい先程まで刃を交えた「聖天使」とも・・・)
アグリアスは後ろを振り返ろうとして思いとどまる。後ろのアジョラが、泣いているのを悟られまいとしているのに気付いたからだ。
前を向いて、伝える。
「私も、あなたの話が聞きたい。だから、生き残ろう。」
ジャイロの安定を報告するOSの音声がヘッドセット越しに聞こえた。続いて、武装の装着完了を告げてくる。爽やかな女性の合成音声に、男の肉声が続く。
「淑女(レディー)ども!おしゃべりタイムは終わったか!?特に後席のバカ、反省しても後悔はするな!俺の心配なんぞしてる暇があったらイメトレの1つくらいしやがれ!ACに乗っただけで勝ったつもりでいるんじゃねぇだろうな?向こうの「奴」はお怒りで膨れ上がって「例のアレ」になってるぞ。前に比べりゃプチ・サイズだが10メートルはある。シミュレーターだけったって、マトモに操縦できるのはお前だけなんだ!戦う前にそんなしけた面してたらよ、ゼルテニアの「教官」は何て言うだろうなぁ!?」
(これが・・・彼女の「お兄さん」・・・)
アグリアスは「声」だけの彼を想像するが、全くイメージが湧かない。少なくとも彼女が知る「お兄さん」ラムザ・ベオルブやマラーク・ガルテナーハに比べれば、相当にガラが悪い。何処にいるんだ?何故いるんだ?何をしているんだ?何も分からないが、微かな笑い声に振り返れば、後席のアジョラはバイザーを上げて袖で目を拭ったところだった。これまでで一番落ち着いた、穏やかな笑顔を見せている。
「そうね・・・「気合入れろ!使う前からユルユルの腐れマ◯コが!」・・・ってところかしら。」
アグリアスは思わず吹き出す。女性王族の警護に当たる近衛の女性騎士団の新人養成も「概ね同じ」だったからだ。壁の蜘蛛一匹でヒャアヒャア喚く良家の子女に、人斬りと、自らの身を矢弾の盾とすることを教えなければならない。見た目には上品でも、一皮むけば「そんなもの」だった。
「それにね・・・」
アジョラが続ける。
「アタシ、兄さんが思っているよりも、人には恵まれてるのよ?変な「才能」も見つけたしね。まあ、見てなさい。」
準備が整った「9号」の係止を解き、格納庫を前後に貫くカタパルトの発艦デッキに歩を進める。
「さっきの「アルテマ」の衝撃で思ったより「スラコ」が離れた・・・コイツを付けていけ。」
サディアの操作するアームが、機体背面のブースター周りに覆い被せるように追加のパーツを据え付ける。ロケット推進剤のタンクとブースターの束が機体の左右に伸びた、不格好な「翼」。戦術ディスプレイに「警告:規格外パーツ接続」の文字。サディアが自身で組み上げた代物だった。
「やっぱり、アーマーは翼があると映えるよな・・・機械仕掛けの「聖天使」だ。元祖に一泡吹かせてやれ!」
サディアがハッパをかける。
2人の視線の先で「パトナ」の船体前面の揚陸ハッチが開く。その先には点のようになった「スラコ」の船体。
アジョラが戦術ディスプレイに表示された「ランチ・シークエンス」の文字をタップする。
「スタート・ユア・エンジン」
OSの声が響く。
ガイダンスに従いブースターの点火を操作。機体背部と両翼の「特製」ブースターが唸りを上げ出す。
「カタパルト・テンショニング」
船体の前部ハッチが開き、「道」を作る。
「レディ・・・GO」
OSの宣言と共に、電磁式のカタパルトが機体を一瞬で艇外に放り出す。
バイザー上に表示されたデジグネーターを「スラコ」に合わせて機体のブースターの出力をMAXパワーにセット。暴力的な加速が身体をシートに押さえつけ、視界が狭まる。
「先ずはアタシがお手本見せるからね!」
そう言いながら前方に目を凝らす。人の骨と竜が組み合わさったような黝(あおぐろ)い化物の輪郭が露わになってくる。同時に「感覚」を手繰る。「あの子」はまだ、大丈夫だ。
点のように見えていた「スラコ」の船体が一気に西瓜と同じ位の大きさになる。燃焼を終えた「特製ブースター」が自動で機体から離れてバラバラになる。
遂に船体がバスタブ位の大きさになり、「化物」と目が合った刹那、アグリアスの座るシートと四肢コントローラーがマリオネットの様に彼女を意志と関係なく動かし、右足が思い切り前に突き出される。後ろのアジョラがマスタースレイブ・モードに切り替えたのだ。
(蹴りの体勢?嘘、このまま?)
意図を察したアグリアスが慌てて顎を引き、丹田に力を込めた瞬間、特大の衝撃がコックピットをかき回した。
数百ノットの速度と10トンを超える重量が運動エネルギーの固まりとなって「聖天使」を蹴たぐり倒す。パイロットはグチャグチャになっていてもおかしくないはずだったが、アジョラが直前にベルトのクリスタルから解放した重力魔法がそれを防いでいた。
アグリアスはバイザーの左隅に人影を認める。振り向くと、上甲板にへたり込むアルマとカメラ越しに目が合った。
(アルマ殿・・・良かった!!)
視線を前に戻すと、この「アーマー」よりも一回りは巨大な「化け物」が甲板からめり込んだ身体を引き抜いたところだった。
(アレが・・・「聖天使」?)
目を見張るアグリアスのヘルメット内にアジョラの怒りに満ちた声が響く。
「その子から、離れろ!アバズレ!!!」
敵意を感じ取ったらしい「聖天使」が叫び声を上げて突っ込んでこようとするが、次の瞬間にはミスト・パルス・ガンの連射を受けて再び甲板に突っ伏す。サディアが弄ったために連射速度は数倍に引き上げられていた。
アグリアスはもう一度アルマがいた方を見る。すでにそこには誰も居なかった。下の甲板に避難してくれている事を祈る。
「聖天使」が再度起き上がり、怒り狂ったように両手を振り回して殴りかかってくるが、アジョラが駆る「9号」はアグリアスが見たこともない体捌きでそれらを片っ端からいなしては至近から銃撃を叩き込んでいく。
「手2つに足2本なら、大体動きは人間と同じでしょうよ!」
処刑されるその日まで、ほぼ1日も欠かさなかった護身銃術の動きだった。ライオネルは近衛師団のMTと違い、高性能なACのモーターとアクチュエーターはその動きを忠実にトレースしていく。銃術の動きを理解できないままに身体を振り回されるアグリアスを凄まじい吐き気が襲う。(やっぱり降りておけば良かった!)と激しく後悔するがもう遅い。その一方で、四肢コントローラーで機体を制御する感覚が無意識に脳と身体に染み付いていく。
極限まで引き上げられた射撃速度のせいで、早々に弾薬が切れる。銃をパージし、掴みかかってきた「聖天使」を体捌きでいなすと、入身投げで甲板に叩きつける。
「お願い!」
アジョラはそう叫ぶと、武装切り替えのコマンドを入力。「9号」の両手に超硬合金のブレードと、展開した盾が握られる。
「ユー・ハヴ・コントロール!」
そう叫んだアジョラは、「呪文」をアグリアスに教えていなかった事に気付く。
「言って!「アイ・ハヴ・コントロール」!」
アグリアスが目を白黒させながらも言われたとおりに「詠唱」すると、自動で入力がアグリアスに渡された。
「雷神シド」にこそ敵わずとも剣士としての卓越したセンスと、何より数年に渡る苛烈な実戦経験が初めて動かすACを瞬時に彼女の忠実な手足に変える。喉にまで上がってきていたライ麦パンとチーズを飲み込み、「乗り物酔い」などという人生初の苦しみに対する怒りまでを込めたブレードを「聖天使」に叩きつける。今度はアジョラが吐き気と戦う番だ。前席のアグリアスの「尊厳」を守るため、是が非でも撒き散らすわけにはいかない。(アイドルが出していいのは「ファンタジー」だけ・・・!)
そう念じ、涙目になりながら耐える。「復活」してから何も食べていないのが不幸中の幸いだった。
分離した「スラコ」の前部では、200メートル程離れた後部の甲板上で繰り広げられる現実離れした光景に呆けつつも、懸命に「後部に向かう」為の作業が続けられていた。作業の核はバルフレアとムスタディオ。前部側に残っていた機関操縦室に降りると何とかバッテリーと補助発動機、発電機を起動させ、「戦場」に背を向けた形の前部揚陸ハッチを開き、保管庫から引っ張り出したAC用の推進剤タンクとブースターを繋いでハッチの外に向けて固定する。点火すれば推力で船体を後進させられる算段だ。何とか専門用語や工具の用法は理解できても手元のおぼつかないムスタディオをバルフレアが叱咤しながら手伝わせる。力仕事と溶接は「労働八号」の仕事だ。「アルテマ」の衝撃でシステムダウンしたのを再起動させたところOSがロールバックしてしまったらしく、ラムザを主人として認識しない。ラムザを尻目に「ゴ主人様ヲ認識、合流シマス」とわけの分からない事を言い出すと、バルフレア達の意図を理解してか自発的に手伝い出したのだ。バルフレアはブースターの基板に「労働八号」から電源を繋ぐと、自分のポケット・コンピューターから即席の制御プログラムを書き込んでいく。「まさかここに来てユードラ製の機械をイジる羽目になるなんて・・・」と愚痴りながら。ほぼ「同時代」の代物とはいえ、他国のメカニック相手では父親が設計したバハムートを再起動させた時のようにはいかない。四苦八苦するバルフレアを、ちょうどアジョラとアグリアスから手が離れて「戻ってきた」サディアが助力する。彼に気付かれぬよう、プライドを傷付けぬようにそっと「介入」し、プログラムを修正する。
(なんで「あなた」がそこにいるんだ?俺にはそれが一番、ファンタジーだ!でもいいや。「伝説の空賊」なら、何でもアリだから!)
フィギュアとトレーディング・カードでしか見ることの無かった「古のヒーロー」の生の姿を目の前にしてサディアは興奮する。残念ながら蔦の身体ではサインをせがむ事も叶わない。
「出来たぜ!流石はオレ様!」
誇らしげにガッツポーズをとるバルフレアを「よ、主人公!」とムスタディオがはやし立てる。プログラムを走らせるのと同時に、カタパルト・デッキの先端に溶接した支柱に固定されたブースターが勢いよく炎を吹き出す。最初は微動だにもしなかった船体が徐々に「後退」を始める。
動き始めたフネの上甲板ではラムザ以下が戦況を見ながら「準備」する。装備を整え、補助魔法を片っ端から各位に掛けさせる。ここまで溜め込んできたエリクサーも出し惜しみしない。ラムザ自身は、手持ちの剣に加えて二振りの刀を脇に差す。その内の一振りは、美しい螺鈿で飾り付けられていた。徐々に近づく異次元の戦場にどう絡んでいくか、戦術の組み立てに余念がない一方で、取り残されたアルマの事が気がかりでならない。醜く巨大に変貌した「聖天使」から隠れていたようだったのが追い回され、退路を断たれて上甲板に炙り出された。こちらから魔法銃で陽動するが大して効果もなく、半ば絶望と共に妹の名を叫んだ刹那、轟音と共に飛んできた巨大な「鉄巨人」が「聖天使」を蹴倒した。アルマは腰を抜かして甲板上にへたり込んだが、暫くすると立ち上がって再びハッチから下層に隠れたのを視認したのが最後だった。
「ラムザ君、気が付いたかね?あの鉄巨人・・・」
オルランドゥが横に立って問いかける。
「ええ、途中から・・・剣を持ってから動きが変わりました。信じられませんが、アグリアスさんの動きです。」
そう答えながらラムザは考えを巡らせる。
(あの「鉄巨人」は味方なのか?もしかしてアグリアスさんが乗って・・・動かしてる?とても信じられない!もしくは「取り込まれた」とか?もしそうなら助け出さないといけない・・・「聖天使」と戦ってくれているようだけれど・・・)
「この中じゃ機械に明るいようだから」とバルフレアにイヤホン型の通信機を託されたクラウドが、みるみる近づく後部船体を見ながらブースターの停止をカタパルト・デッキのバルフレアに指示する。ブースターは停止されたが、一度ついた慣性モーメントはそのまま船体を押し出し続ける。
「おい、ぶつかるぞ・・・減速しろ。」
クラウドの指示に対するバルフレアの回答は「出来るか、馬鹿。」であった。
チョコボの全力疾走くらいの速力で、「スラコ」の前・後部が衝突する。バランスを崩した「9号」が「聖天使」に掴まれ、引き倒される。仰向けに倒れた所を馬乗りに乗られ、頭部のカメラを破壊された。「聖天使」は身動きが取れなくなった「9号」の機体中央、胸部装甲の継目に両の手を掛け、力任せにコックピットをこじ開ける。アジョラ、アグリアスの両名と「聖天使」の目が直接合う。「聖天使」は、頭を反らせながら喉を光らせると次の瞬間、青白く輝く熱線をコックピット内へと吐きかけた。
機体の中にアグリアスがいると確信したラムザがその名を絶叫した刹那、コックピットに頭を突っ込んで熱線を吐く「聖天使」の頭部を剣が前後に貫く。炎が止まる。剣に稲妻が走り、髑髏のような頭部の半分を吹き飛ばした。アグリアスの「剣技」だ。
「聖天使」が尻餅を付き、巨体が仰向けに倒れる。
ラムザの視界にコックピットを飛び出したアグリアスの姿が入る。服は焼け爛れ、鎧の一部がまだ赤熱していたが、身体はほぼ無傷だった。僅かに残った火傷の痕も塞がっていく。
アグリアスは自分に起きたことを理解していた。あの瞬間、死を覚悟し閃光に目を閉じたが、熱と痛みが身体を深く刺すことは無かった。後ろのアジョラが、(ベルトに仕込んでいたクリスタルの)全ての防御・治癒魔法をアグリアス「だけ」に何重にも掛け続けていたからだ。やるべき事を瞬時に理解し、腰の剣を抜いて目の前の「聖天使」に思い切り突き立てた。今、後席がどうなっているかは見るまでもない。だが、今、自身の手元には薬の一つもない。
ラムザに目を合わせ、コックピットを指さす。
「ラムザ!中の「彼女」を・・・!」
そこまで叫んだ所で視界の隅に入った黝い尾を剣で受け、後方へと飛ぶ。
「クソ!・・・早く!!」
「聖天使」が徐々に身体を崩しながらも起き上がり、アグリアスを押し込む。オルランドゥとクラウドがすぐさま加勢に入るのを認めたラムザは仰向けに倒れたままの「9号」の胸部によじ登ると、コックピットの中を覗き込み戦慄した。身体の半分が赤黒く焼け爛れた女性が一人、手を震わせながら、浅い息を繰り返していた。焼け残った顔半分と僅かにヘルメットから飛び出して見える白い髪がその正体を告げる。
(倒すべき「元凶」だ。それ以外の何者でもないはずだ。何故、いつの間にこんな「鉄巨人」の中に?じゃあ、あの「化け物」は、何だ!?)
「アルテマ」を眼前に発動され、暫く人事不祥となっていたラムザには、目の前の状況が理解できないのも無理からぬことだった。恐らく事情が分かっているのであろうアグリアスは手が離せない。
(アグリアスさんは、何て言おうとした?「彼女」を・・・「倒せ」か?普通に考えればそうだ。ついさっきまで、そうだった。何故だか「化け物」に灼かれて今は虫の息だが、きっと直ぐにでも復活してしまうのかも知れない。その前に、早く「殺せ」と言いたかったのでは?)
意を決して剣を大上段に構え、突き下ろそうとした刹那、一条のビームがその剣を弾き飛ばした。
驚いたラムザが振り返ると、視線の先で「労働八号」が胸部を開いて構えている。
「警告。「ゴ主人様」ヘノ侵害行為ハ全テ排除シマス。武器ヲ捨テテクダサイ。」
胸の砲の照準は明らかに自分に向いている。ラムザは混乱する。
(僕を「敵」として見ているのか?お前の言う「ご主人様」って、僕じゃないとしたら、誰だ?)
後ろに人の気配を感じる。振り返るとマラークが「リーブラ」を片手によじ登ってくるところだった。
「どうした?」
「「呼ばれた」んだよ!あの「声」にまた!今度は「リーブラ」だ。でも声は同じなんだ・・・」
マラークはそう言いながらコックピットを覗き込む。
「そんな・・・ラムザ、彼女って・・・」
「ああ、多分、間違いない・・・アジョラだ・・・」
マラークは困惑した顔でラムザを見る。
「「声」がオレに言うんだ。何度も、何度も・・・ここにいる「彼女」を助けてくれ!って」
ラムザはマラークが握る「リーブラ」を見る。淡く、脈動する様に光っている。まだ相見えていない「ルカヴィ」の石・・・
(僕らを謀ろうというのか・・・?でも、マラークを救った「声」だと・・・)
ラムザはまだ「信じる」ことが出来ない。
(やはり、ダメだ。あの化け物が、ここに居るアジョラと分離した「聖天使」だとして、彼女を生きたまま取り戻そうとしているのかもしれない。一緒になられたら、また元の木阿弥なんじゃないか?マラークを救ったのも、こうなった時のための「保険」なんじゃないか?)
疑い出せばキリがない。全てが「悪意」か、それを糊塗しようとする邪な意図に見えてくる。
「リーブラ」の「向こう」ではサディアが頭を抱える。何とかして「声」と「思い」をラムザに伝えたいが、届かない。「9号」のスピーカーとヘルメットは焼けてしまった。マラークを通した訴えも通じない。「リーブラ」を手に取ってくれれば伝えられるが、その気配もない。明らかに警戒している。今から「人の姿」を作り出す時間と余力はもう無い。「8号」はアジョラの手元に戻ったが、「治癒」の手段は持たない。
(これが「結末」なのか・・・)
「意識」の中で、サディアは膝をつく。これが因果応報なのだとすれば、思い当たる節は幾らもある。自分の決断と所業は、余りに多くの生命と尊厳を奪いすぎた。バンガも、ヴィエラ達も絶滅した。残ったヒュムも、大きな犠牲を払った。苦しみながら再構築した拙い文明の中で懸命に生きる人々の「祈り」を千年以上の間、「道具」として弄んだ。未来ある少年を「恋慕の情」に付け込んで縛り、己が手足として利用した。親友に全てを伝えることなく利用し、部下共々、死地に向かわせた。愛する女(ひと)と、子供を捨てた。おのれ可愛さに、妹を捨てた・・・
だが、そんな自分への「罰」が「妹の苦しむ姿」だとするなら、余りにも残酷に過ぎる。
「なんでコイツを苦しめるんだ!俺だけでいいじゃないか!」
信じてもいない「神」に向かって、声なき声で叫ぶ。ただ一人、「リーブラ」を持つマラークだけがその叫びを聞く。
「ラムザ・・・石が、泣いてる・・・」
マラークが戸惑いの目でラムザを見る。
ラムザは首を横に振る。
「もういい・・・石を仕舞うんだ、マラーク。君は、アルマを探してくれ・・・」
そう言いながら、弾かれた剣の代りに、脇に差す二振りの内のひとつ、螺鈿に飾られた刀の柄に手を添える。抜いて構えればまた「労働八号」が邪魔するだろう。だが、構えずとも少しばかり鞘から出して「念」を引き出せば片が付く。それで邪悪の「片割れ」とはオサラバだ。
サディアはうなだれ、「目」を閉じる。これで終わりだ、と。(「聖天使」は、彼等が倒すだろう。アジョラを殺した後で・・・。俺が苦しめたアリアンの、遠い遠い子供達が、俺が生み出した「業」を精算する。彼等には互いを想う「愛」も、世界を正そうとする「正義」もある。俺にはない。アイツを蘇らせるっていう「執念」だけだ。まさしく俺は、彼らの言う「ルカヴィ」だ。その「執念」すら叶わなければ、俺は、文明と数多の種族を破壊し、人の思いを弄んだ「だけ」の悪魔だ・・・
うずくまるサディアの「肩」を何かが触れる。力強く、温かい。見上げたサディアは目を丸くする。
「アロイス・・・!何で・・・」
懐かしい、精悍な髭面が温かな眼差しで見下ろす。
「君は本当に、お義父上の言った通りなんだな。「根が真面目で、思い詰める」・・・。俺は言ったよな。悪いのは君じゃない、君達を追い詰めた「時代」なんだ、って!」
「そんなのは詭弁だ。俺が苦しめた人達は、そんなんじゃ納得しない。だから俺からアイツを奪うんだ。俺の妄執は、此処で絶たれる。それが報いなんだよ。」
アロイスは悲嘆に暮れるサディアの横に腰掛け優しく諭す。
「いいかサディア、君のそれはな、「妄執」なんかじゃあない・・・「愛」だよ。」
サディアは小さく鼻息を吹く。
「そんな・・・そんなんじゃ・・・」
「いいや、そうだね。」
そう言い放って、アロイスは「向こう」のラムザに視線を向ける。柄から刀を抜き出そうとするその動きが異様なまでに遅く映る。
「彼等は大したもんだ。人間の悪意や「異形者」達から愛する者を護りながら、そして護るために「正義」を携えて此処まで来た。そして君に「正義」は・・・無いな。通すべき筋も、目指す理念も持ち合わせちゃいない。そこまでは、君の言うとおりだ。じゃあ、サディア・グレバドスには何が残る・・・?「愛」だよ。それだけだ。恥ずかしいかもしれんが認めろ。君は、妹君のことが可愛くて堪らない。彼女を不仕合せから救うため「だけ」に、人生も、正義も、分別も、全てをかなぐり捨てた。「愛にすべてを」・・・それが君だ。」
そして、サディアの肩を、義父がしたように優しく、そして力強く叩く。
「かくして「愛する者は救われる」・・・しっかり見てろ。俺の可愛い「娘」が、やってくれるさ!」
少しずつ崩れながらも再生を繰り返す「聖天使」と戦うアグリアスの視界に、抜刀の構えをとるラムザの姿が入る。途切れた言葉の意図が誤って伝わったと、瞬時に理解した。
刀の鍔に指を掛けたラムザの耳にアグリアスの叫び声が届く。
「ラムザ!彼女は「敵」じゃない!!」
次の瞬間、ラムザは刀を持ち替える。引き抜いたもう一振りから放たれた「念」は、癒しの慈雨となってコックピットの中へと振り注いだ。刀にヒビが入り、砕け散る。赤黒く爛れたアジョラの皮膚が再生していく。
マラークは呆気に取られた目でラムザを見る。自分があれだけ訴えても聞かなかったのに、なんで!と。
答えは極めてシンプルだ。
ラムザ・ベオルブに「アグリアス・オークスを信じない。」という選択肢は存在しない。
危うく判断を誤りかけた事に脂汗を流すラムザの眼下で、アジョラが咳き込みながら目を開ける。
「ありがとう、ね。」
そう言って微かに微笑む目に、「復活」の時に垣間見た澱みは無かった。
「妹さんの所に、行ってあげて。下の甲板で隠れてる。逃げたんじゃない。間違って踏みつぶされたらアナタが悲しむから・・・センスあるわ。」
アジョラはそう言って「9号」の戦術ディスプレイをコンコンと叩いた。
ラムザとマラークが視界から消えた後、問いかける。
「兄さん・・・この子、まだ動ける?」
ヘルメットは死んでいたが、呼びかけに応えるように眼前の戦術ディスプレイが起動すると、オート・チェックリスト・プログラムを流し出す。動力、駆動系は異常なし。コックピットが灼かれたために、制御系がイカれている。アラート表示が出るのと同時に、どこからともなく這って来た「蔦」が四肢コントローラーと後部のCPUラックに巻き付いて淡く光る。一寸して、制御系のアラート表示が消え、チェックリストが再開された。サディアが焼き切れた回路の「穴」を埋めたのだ。頭部のカメラとバイザーも潰れていたが、胸部の装甲は剥がされてガラ空きになっていたので前方視界は問題ない。チェックリストがコンプリートするのと同時に、ジェネレーターが再度唸りを上げる。機体が起き上がるのと同時に、戦術ディスプレイに平文のメッセージが表示された。
「ブチカマセ」
(ええ、モチロン!)
アジョラは鼻息荒く、胸を張る。
テキストが改行される。
「熱線、モウ、クラウナ」
「わかってるわよ!」
今度は頬を膨らませる。
40m程前方、「聖天使」の周りには戦士達が纏わりつく。何も考えずに突撃すれば、彼等を踏み潰してしまうだろう。機体を前傾させ、タイミングを伺いながら、時を待つ。
眼下前方に人影が飛び出し、相対して止まる。
(アナタは、兄さんのお嫁さん・・・じゃなくて、あの人の妹さん?)
首を傾げるアジョラに向かって、アルマが「詠唱」しながら両手をかざす。
一寸、背中がビクリと反応したが、ガラ空きのコックピットに掛けられた魔法は「マバリア」だった。
アルマは、目を丸くするアジョラに向かって人差し指を伸ばすと、今度はその手を自らの胸に置いて数回叩く。それと同時に、アジョラの胸に、微かな温もりが沸き上がる。
(「繋がってる」って、言いたいの?)
見下ろす先のアルマは、今度は両手を口の前に添えると叫んだ。
「ガンバってね!」
戦場の音、機内の補機類が出す雑音に掻き消されそうだったが、確かにその励ましの叫びは耳に届いた。
(許して・・・くれるのね)
アジョラはそこに、アリアンの姿を重ねる。
アルマは凛とした目で仁王立ちにコックピットの中を見上げると、走って視界から消えた。
身体の核たるアジョラを失い、アルマを手に入れることも出来ず、「聖天使」は崩壊の速度を上げる。遮二無二、周囲のミストを吸い取って再生しているが、度重なる攻撃に、崩壊の速度が上回る。このまま「彼等」に任せておいても撃破することは可能だろうが、これ以上、この空間のミストを失うわけにはいかない。此処から皆を「戻す」為、そして「最後の仕上げ」の為に必要なエネルギーなのだ。だからサディアは、危険を押してでもアジョラに「行け」と言う。
「聖天使」が苦し紛れの「アルテマ」でオルランドゥ達を吹き飛ばす。先程、船体を割った程の威力は無い。
動線がクリアになった。アジョラは見逃さない。「9号」のブースターを点火。40mをコンマ数秒で詰める。
「聖天使」が熱線を溜めるよりも前に、そのみぞおちを思い切り殴りつけ、同時にコントローラーに仕込まれたカートリッジ点火スイッチを押しこむ。
腕部に仕込まれた「奥の手」のパイル・バンカーが、火薬の爆発力で鉄杭を押し出し、「聖天使」の胸郭を突き破る。空いた穴から、そのまま腕をねじ込み、引き抜いたその手には「ヴァルゴ」が握られていた。
(これで・・・!!)
手応えを感じた刹那、鋭い尾がコックピットに迫るのを認める。避ける余裕は無かったが、「マバリア」が軌道を反らし、分厚い短剣状の切っ先は、先程までアグリアスが座っていた前席に突き刺さった。「マバリア」が無ければ、確実に自分の喉元を貫いていた・・・と、アジョラは冷や汗をかく。
(本当に、アタシは・・・助けられてナンボなのね!)
目の前の「聖天使」は最後っ屁のように喉を光らせるが、熱線が吐かれることはなかった。その前に、極彩色のミストの奔流がその上半身を覆い、首から上を完全に炭化させたのだ。
消し炭になって崩れ落ちる頭の向こうに、螺鈿飾りの刀を後ろ首に突き刺したラムザの姿が見えた。
アジョラは肩に入った力を抜いて微笑む。
(君が「締める」のね・・・。まあ、いいんじゃない?)
首が崩れ落ちる前、確かに聞こえた。
「アナタガ、「ヤラセタ」ノニ・・・」
と、哀しく、恨めしげに。
「そうね。あなたにも、謝らなきゃ・・・ごめんなさい。」
そう言って、目を閉じ頭を下げる。
倒れた「聖天使」に、すぐさま船体を覆っていた蔦の一部が絡みつき、残ったミストを吸収していく。
「さもしいわねェ、兄さん・・・」
ボヤくアジョラに「9号」の戦術ディスプレイが答える。
「切実ダヨ。「力」ヲ使イ過ギダ、ドイツモ、コイツモ・・・。「ミスト」ガナキャ、向コウニ「戻セナイ」ッテノニ・・・」
ミストを吸い尽くされ、抜け殻となった「聖天使」が風化して散っていく。
「マア・・・ナントカ、ナリソウカ・・・」
「そう、良かった。みんな、こんだけ頑張って、此処で飢え死にじゃあ、あんまりだもんね。」
「ソノ前二、酸欠、凍死ダ。誰ノオカゲデ、コンナ所デ生身デ息ガデキテルト?」
(ああ、そうか・・・)
アジョラは改めて「死都」を見渡す。陽の光は無い。定まった大地も無く、重力も場所毎にバラバラ・・・。「道」と「戦場」そして「武器庫」を作り、限定した「箱庭」の環境を、人が生きられるように保つ。漆黒の闇をミストの雲で照らし、足場に重力を掛ける・・・。全て、サディアが「霊樹」の力と、この死都ができた時に残されたミストをやりくりして、やっていたのだ。目に見えなていないところまでは、思いが至ってなかった。
「ありがとう・・・ホントに、ホントに、ありがとうね、兄さん。」
どれだけの業を重ねていようと、まず兄に掛ける言葉はこれ以外には無いと、心に決めていた。他の人間はいざ知らず、少なくとも自分が口にしていいのは感謝と謝罪だけなのだ。そして多分、謝ったら兄さんは、怒る。
だから「ありがとう」それだけだ。
「素直デ、ヨロシイ・・・オ前モ、ヨク、頑張ッタ」
思い付く限り、初めての兄の褒め言葉だった。
目を閉じて噛み締めたい・・・ところだったが、コックピットから見下ろせば、20人からの「ラムザ小隊」が集まってコチラを見上げていた。半分以上は、半身に構えての怪訝な顔。弓に手を掛けようとする「隊員」を、ラムザが制している。
(まあ、そうなるよね・・・)
アジョラはこっそりと問う。
「ねえ、どうしようか・・・言い訳タイム?」
戦術ディスプレイ上のテキストが改行される。
「俺ガ出ルマデ、時間ヲ稼ゲ・・・」
「はあ・・・」
取り敢えず、外に出ないことにはどうにもならない。
四肢コントローラーを解除し、ジェネレーターと補助発動機、バッテリーの電源を順に落とす。「9号」が、ゆっくりと膝をつく。警戒心を与えないよう、ゆっくりとシートを立ち、前席を跨いで上甲板に降り、両手を上げて整体する。兎にも角にも敵意が無いことを示さなければならない。
やや困惑した表情のラムザが頭を掻き、目を逸らしながら口を開く。
「取り敢えず・・・何か、着ようか・・・」
被弾や推進剤の延焼、電気火災に幾分耐えられるよう、ゲル状のアブレータを挟み込んだ難燃性の繊維で織られたパイロット・スーツは「聖天使」の熱線による「即死」からアジョラを守るという使命を果たして半分以上が焼け落ちていた。
先程のような敵意を感じることもなく、警戒を解いた「隊員」達がコソコソと話し出す。
「はじめの変身といい・・・とりあえず、本当のアジョラは「痴女」だった、ってことで良いのかな?」
「マジか・・・それなら、オレぁ、もう一度帰依するぜ・・・」
あれだけの戦いで犠牲者が出なかったこともあるのだろう。後列で軽口を叩き始めた男衆の尻に蹴りが入る。
「しょうもないこと、言ってないで!」
尻を押さえる隊員の横を、深緑のローブがすり抜ける。
取り急ぎ、オルランドゥに渡されたマントを羽織ってしゃがみ込むアジョラの目の前に、水の入った椀が突き出される。視線を上げれば、目深に被ったローブの向こうに女性の顔。
「・・・刈り上げちゃん?」
反射的に口を付いて出た。
椀を差し出したメリアドール・ティンジェルは目を丸くする。
(何で・・・どういう事?)
椀をアジョラに渡すと腰を上げローブを外す。ブルネットのショート・ヘア。だが、刈り上げではない。
(神殿騎士団にいた頃は刈り上げてたわよ?騎士とは言っても尼僧だからそりゃ・・・事実上、破門になってから剃刀は当てなくなったけれど・・・貴女とは初対面なのに!やっぱり、何か特別な「力」を持っているのかしら?)
腕組みをしながらアジョラを見下ろす。先程まで感じていた殺気の類は全く感じられない。かと言って、見上げるような聖者の清らかさもない。全ての虚飾を排して見れば、そこにいるのは「ただの女性」以外の何者でもなかった。
アジョラの方も、気が気でない。完全なるアウェー。彼らに説明しなければならない事は幾らもあるはずなのだが、何からどう切り出せば良いのか分からない。生い立ち?「作戦」の経緯?それとも「聖天使」の事?
「案」が降ってくる。
(そうだ、団長達がいないから気が付かなかった。アタシはいつも、こうやってきたじゃないか!)
「あ、あの・・・」
小隊全員の目がコチラを向く。背筋に冷や汗が流れたが、思い切って切り出す。
「お腹・・・空いてません?」
勿論、コチラに手持ちの食料など無い。ラムザに問えば、3日分程度の食料と水はあるという。手持ちの具材と調味料を聞き、これなら「芋煮会」が出来ると確信する。「食事をしよう」と、そして「自分が作る。そうさせてほしい」とも申し出る。(毒でも入れられるのでは?)と不安の目を向ける者もあったが、ラムザの答えは「いいでしょう。」だった。
流石にかまどから一人で作るには骨が折れる。手伝いを求めようと見渡せば、身体一つ飛び抜けた「鉄巨人」の姿。
「8号・・・」
小さく口を付いて出たその音を、「ワークマン(労働)8号」の聴覚センサーは聞き逃さない。目を光らせてアジョラに整体する。
「ゴ主人様、ゴ命令ヲドウゾ!」
(ああ、やっぱり、君だったのね!)
思わず笑みがこぼれる。たとえロボでも、あの頃の「本当の」自分を知っている者があることに心強さを覚える。
目を丸くするラムザ以下を横目に、コマンドを出す。
「食事の支度よ!カマドを作るわ。手伝って頂戴。」
「8号」が、「スラコ」の厨房から使えそうな調理器具を引っ剥がして上甲板に据え付ける。100人前は作れそうな電気加熱式の鍋。バルフレアとムスタディオが手伝って、フネの発電機と交流変換器に接続する。ムスタディオは「8号」への質問に余念がない。
「確認するぞ!お前の主人は?」
「私ノ、主人ハ、アジョラ・グレバドス、デス」
「いつから!?」
「446,302日前、ネルベスカ研究所ニテ認証登録サレマシタ。」
「アジョラがお前を造ったのか?」
「イイエ、私ヲ造ッタノハ、中央イヴァリース独立国家同盟ネルベスカ研究所主任研究員アンドレイ・バルビエ博士デス。」
「独立国家同盟・・・アレだ。「ゲルモニーク聖典」に書いてた、ユードラの敵国だ!」
そう言ってムスタディオは首をグルリとアジョラに向ける。
バルフレアも作業の手を止めて腕組みする。
「此処に来てから、見覚え、聞き覚えのある名前がポンポン出てきて、やっと確信したぜ。オレが飛ばされてきたのは「未来」だってな。色々聞かせてもらうぜ?グレバドスの姐ちゃん。」
どうやら、対話の糸口を「8号」が作ってくれたようだった。話の順序的にはメチャクチャだが、ネルベスカの事から話すことにする。アジョラはタマネギを刻みながら、島の現況を聞いてみる。彼らが島に行ったことがあること、そして「7号・改」と戦ったことを聞いて驚愕する。「7号・改」、そして「8号」との馴れ初めを話して聞かせると、今度は彼らが驚く。当然、酒に酔っ払ってゲロまみれだったことや、「8号」で兄を殴り殺したことなどは話さない。バルビエ博士の事も話した。ン・モウの事を話しても、バルフレア以外にはピンと来ていないようだった。改めて「小隊」の面子を見てみれば、数匹のモンスターと「8号」を除いて、全てヒュムだった。
大事な事を教える。「聖石」もまた、バルビエ博士が「造った」のだと。そして、自分もまた、彼の施術で「聖天使」と融合したのだと。
ラムザは「聖典」を引っ張り出して読み直す。そんな事は何処にも書いていない。やはり、この書物だけで全てを知った気になるのは間違いなのだと認識する。
アジョラの視線が「聖典」に移る。具材を電気鍋で炒め、水を加える。暫くは煮込みだ。金属製の櫂の様な混ぜ棒を置き、ラムザに尋ねる。
「ねえ、その本って・・・」
ラムザが、少し気まずそうな顔で答える。
「ゲルモニーク聖典・・・聖典なんて呼ばれてるけど、貴女の「敵」が書き残した、貴女の活動記録だよ。僕らはコレを読んで、貴女への「信仰」を無くした。」
「アディが・・・ねぇ、見てもいい?」
ラムザに手渡された「聖典」をめくる。クセのあるユードラ法王府の文語様式で書かれた「報告書」。「今」の人間には相当に読みづらいのか、後から色々と注釈が書き加えられている。流し読む限り、時系列は正確だ。最後に「聖別の森」に降りた時のことも書かれていた。
(アディ・・・あの時、見てたんだ・・・)
自分だけではない。サドル以下、使徒達の事もバッチリと押さえてあった。
(本当に「優秀」だったんだな・・・それともアタシがズボラだっただけか・・・)
最後の数ページは筆跡からして明らかに雰囲気が違う。暗号化されていたが、それはアジョラ自身が組んだ暗号によるものだった。国境地帯内での活動が複雑化する中、とても自身の記憶力だけで報告用の記録をカバー出来なくなり、メモを残すに当たって独自に暗号を組んだのだ。文字・数字・文節の入れ替えと読み替え、特定の文言の挿入で意味を成す。解読表なしでソラで読めるのは自分と使徒、あとは叔父と兄(ハリ・レイレナード)くらいなものだ。書かれていたのは、「死都に来るための方法」と「自身を「復活」させる方法」。アドルフがコレを知っているワケはない。間違いなく、兄からの「入れ知恵」で作られたものだった。最初と最後には煽るように「真実を知りたければ「彼女」に相見えよ」と繰り返されている。
決定的に違うものがあった・・・事実報告に付記されたゲルモニーク本人の「所見」だ。ある時を境に、全てが「真逆」に書かれていた。勿論、それが分かるのはアジョラだけだ。この「報告書」に「怒りを覚えた」と書かれた時、本当のアディは笑っていた。「歓喜に打ち震えた」と書かれたのは、泣いて悔しがった時のことだ。幾度も幾度も「我が敵」と綴るのは、「ねえさん」と呼んで慕ってくれた自分の事だ。どっちが本当か?それが分からないほど目は曇ってはいない。「所見」に書かれた全ての「感情」を真逆に読んだ時、アジョラはアドルフの自分への「想い」を改めて知る。最後に会った時、アドルフが口にした「大好きだ」の一言は、自分が思っていたよりも何倍も強く、重いものだったのだ。「報告書」によれば、当時のアドルフの年齢は14歳。事実だとすれば、自分達には2、3歳はサバを読んでいたことになる。恐らくは潜入当初、実年齢よりも幼い風体を活かしてガードを下げさせようとしたのだろう。初めて会った時、子犬のように転がり込んで震えながら裾を掴んできた。アレが見た目も14歳だったら、流石にどうかと思っただろう。 昔、片手間に読んだ三文小説の事を思い出す。男子中学生と新人女教師の禁断の愛とやらを描いた代物・・・(年の差から言えば、あんな感じかしら?)と想像してみる。もしそうなのだとすれば、兄が言ったとおり「何やってんだ、お前は」だ。しかし、恐らくはその情念があったからこそ、アドルフは「教会」を作り、この「聖典」を遺して、死してなお「統制者」とラムザ達をここまで導き、自分を「復活」させたのだ。今頃、草葉の陰で喜びに打ち震え、飛び跳ねているかもしれない。
(兄さんのこと、言えないな・・・ゴメンねアディ、ありがとう。)
「聖典」を両の腕でグッと抱きしめ、静かに念を込める。
内容に怒って投げつけるのではないかと考えていたラムザにとって全く理解できない行動だった。
具材が煮詰まってくる。「生前」慣れ親しんだ味噌や醤油は無かったが、クミンやコリアンダーといったスパイス類は豊富にあった。ライオネルの近衛師団で御馳走になった「根菜と肉のスパイス煮込みライスがけ」を思い出す。
食欲をそそる香りが立ち込めてきた頃、微かに金属板の擦れあう音が下層の甲板から響いてきた。数度に渡って感じてきた「人外の感覚」を認めたラムザ達は脇に置いた武器を手に取る。音は徐々に大きくなり、上甲板へと繋がるハッチが開く。出てきたのは調度用に過剰に装飾された青銀色の大柄なフル・プレートの鎧兜。顔面まで完全に覆われ、釣鐘のような兜の細長いスリットから中を窺い知ることは出来ない。
呆気に取られるアジョラの前に、バルフレアが背を向けて立ち、鎧兜に銃を向ける。
「止まりな!出来損ないの「ジャッジ」みたいな格好しやがって・・・相棒ほどじゃあないが、鼻は利くほうでね。さっきまでは「聖天使」の影に隠れて確信が持てなかった・・・覚えがあるぜ。最古の異形者、「審判の霊樹」エクスデス。ここじゃあ、「聖石リーブラのルカヴィ」か?」
小隊の全員が押っ取り刀で戦闘態勢に入る。が、今ひとつ身が入らない。ラムザはその理由を直ぐに察する。「殺気」だ。この「ルカヴィ」からは、殺気が全く感じられない。
それでも剣を構えるラムザ達の前に、大股でアジョラが進み出る。右手には煮物をすくうための大振りなオタマ。バルフレアが「エクスデス」と呼んだ大鎧の面前に仁王立ちに立つ。
「ちょっと!散々待たせといて何その格好!ふざけてんの!?」
オタマで兜を殴りつける。いとも簡単に兜は吹き飛び、アジョラも驚いた事に、その中はがらんどうで・・・いや、よく見れば、ひ弱な蔦が鎧の内側に沿うように張っている。
「兄さん・・・」
流石のバルフレアも、予想外の展開に目を白黒させる。
「エクスデス」は兜を拾うと、鎧の上に被せ、「口」を開いた。
「省エネだよ。「身体」を作るのは結構「力」と ミストを食うんだ。それにもう自分の「顔」も忘れちまったし・・・「スラコ」の応接室にコイツがあったからさ。一応「人間の形」はしてるだろ?」
アジョラは大ため息をついて首を左右に振る。
「まあ、いいわ・・・そのカッコで、あの人達が納得してくれるんならね・・・」
「エクスデス」ことサディアはアジョラの脇を通って歩を進める。まず向かった先は、当然、バルフレアだ。
足を止め、整体し、敬礼する。
バルフレアの眉が動く。
(敬礼・・・ゼルテニアかシルバニア式の・・・)
内心驚きながらも、合わせて敢えてのアルケイディア式で答礼する。
「あ、あの・・・」
サディアは敬愛して止まない「伝説の空賊」を目の前に緊張するが、意を決して続ける。
「こんなナリですが、一応、人間・・・です。あの・・・後ろの、あ、アジョラ・グレバドスの兄・・・です。元、中央イヴァリース独立国家同盟統合情報軍大尉、サディア・グレバドスと申します!」
そう言って、紐で括った2本の一升瓶を差し出す。瓶の中には透明の液体。
「なんだい、こりゃ?」
訝しむバルフレア。サディアの回答は「酒」だった。
「ここいらは「聖大天使」との戦いで飛空艇が大量に墜ちたんです。だからセンサーの冷却とか着氷防止剤用のアルコールは大量にあって・・・」
「それで、造った?」
「はい!その・・・待っている間、ヒマだったもので・・・」
最後の百数十年は、機械類の最低限のメンテナンスを除けば本当にやることもなく、暇で堪らなかったのだ。酒を造ったり、妹の「復活後の社会復帰」を見越して死都中から金目の物を漁ったりして時間を潰していた。
バルフレアは含み笑いから爆笑する。
「間違いない!オレが保証するよ。コイツぁ、「あの時代」の「人間」だ。」
そして尋ねる。
「しかしまた、何で「異形者」なんかに?」
問われたサディアは頭を掻きながら答える。
「ええ・・・・話すと長いんですが、簡単に言いますと、その、妹の暴走を止めるのと、あとは助けるために・・・止むなく・・・」
バルフレアは右手を上げてサディアの答えを制する。その手で、右後ろに立つラムザを指した。
「そこから先は、彼に話してやりな。この物語の「主人公」だ。オレじゃあない。」
サディアは一歩下がって頭を下げる。
ラムザの前に立つ。横には妹のアルマ。
サディアは思い切って尋ねる。
「君達に一つ、聞きたいんだけれど・・・ルグリアという名前に、心当たりはあるかな?」
二人は目を丸くし、ラムザが答える。
「母の・・・姓です。」
サディアは心の中で鼻息を吹く。
(何だ、ド直球なんじゃないか・・・オークスと同じだなんて・・・)
深々と頭を下げる。
「あの、何なんです?」
ラムザが訝しげに問う。
「昔・・・君の・・・君達の、遠い、遠いお母さんに、大層つらい思いをさせてしまったんだ。こんな形でしか謝れないのだけれど・・・」
サディアは頭を下げたまま、心を新たにする。始めは、何故彼らが来たのか、大して深くも考えなかった。運悪く「適合者」になってしまった子の親族と仲間が助けに来た・・・位に考えていた。戦いの中で、アリアン、そしてアロイスの「子供達」が居るのだと分かって、恐るべき「偶然」だと思った。だが、今、ここに至って考えを改める。必然だ・・・彼らは「来るべくして来た」のだ。「アロイス」は、助けに来てくれた。「アリアン」は、どうだろう。恨みを晴らしに来た・・・のか、許してくれに来たのか、あるいは、その両方か・・・「真実」を伝え、そして彼等が自分達に下す沙汰が、きっとその答えなのだ。
頭を下げたまま、膝をつく。
「俺が、全ての元凶なんだ。君達の「信仰」を弄んだのも・・・バルフレア、貴方が知る、豊かなイヴァリースを壊したのも・・・。ラムザ君が持つ「聖典」・・・俺がアドルフ・・・ゲルモニークに言って、作らせた。その一方で、「教会」を作ったのも「彼」だ。俺の「指示」に対する、彼なりの「解法」だ。」
(「裏切りの使徒」が、「教会」を作った!?)
ラムザは驚くが、驚天動地というほどでもない。この手の「目から鱗」にはもう慣れっこで、感覚も半ば麻痺していた。だが、気になるものは気になる。
「指示って、何なんです?」
サディアは鍋でオタマをかき回すアジョラを指差す。
「彼女を救うために、現世でやるべき事をやってくれ・・・。簡単に言えばそういう事だ。結論から言えば、彼は任務を完遂した。君達がここに来てアイツが「復活」して、紆余曲折はあったけれども、今はあそこで呑気に煮物なんか作っているのが何よりの証拠さ。」
「結局、彼女は何なんですか?伝承の様な聖者ではない。力に溺れ、ルカヴィとなった悪魔・・・というだけでもなさそうだ。彼女は・・・」
「ただの「女の子」だよ。運が悪かっただけの、ただ人並みに幸せになりたかっただけの女の子だ。陽気でバカで聞かん坊、勢いだけは男勝り。俺の大事な妹で・・・アドルフ・ゲルモニークが愛した女(ひと)だ。手前味噌だが、あれでも結構、周りからは好かれてたんだぜ?」
「敬われた・・・じゃなくて?」
「ああ・・・。勿論、「御子」としての敬意も受けたが、それ以上に「正体」を知る人達からは、ことさら愛されていた。」
ラムザは横に立つアルマをチラと見る。身分、立場関係なく、関わる全ての人、敵からさえも愛される、天性とも言える才能の持ち主・・・。
(彼女もそうだったのかな)と考える。
「ちょっとした不仕合せのおかげで、アイツはガキの時分で「人間扱い」されなくなっちまった。アイツ自身はそんな事、望んじゃいない。俺の望みはそんなアイツを「ただの人間」に戻して、人並みに幸せにしてやること、それだけだ・・・それだけなのに、ここまでかかっちまった。1200年以上、君達含め、世界中に大迷惑をかけて・・・それでも、俺の願いは叶う・・・もし、君達がアイツを許してくれるなら・・・。」
ラムザの胸中を複雑な思いが駆け巡る。この「人」の言っている事に恐らく嘘はない。アジョラ・グレバドスの兄・・・その心を持ったままの「ルカヴィ」。恐らく、「ルカヴィ」になったのも、彼女のためなのだろう。言葉の節々に見え隠れするのは、「彼の決断が、かつての文明世界を崩壊させた」ということ。そして、自分が倒してきた「ルカヴィ」達の企みも、数多の血を流したその悪行も、全ては彼の掌の上だった、ということ・・・。全ての糸を引いていたつもりのヴォルマルフですら、彼の手駒に過ぎなかった。
自分が囚われのアルマを追ったのは数か月間。その間、1週間が1年にも思えた。ここに来るまで、決して少なくない命を奪ってきた。だがそれは、私欲のために戦争を煽る者達、そして聖者の名を騙って世界を滅ぼそうとする者達から人々を守る、という「正義」を掲げればこそだ。
それをこの「人」は、1200年以上もの間、ずっと待っていた。何らの「悪意」も、「正義」の裏付けもなく、何万、いや何億もの「普通の人達」を巻き添えにしながら「今日」が来ることを「読んで」、待っていた。
一人の肉親を救う。とても大事な、でも他人からすれば「それだけの事」の為に、掛けた時間と背負った業の深さが、僕とこの人では違いすぎる。他に手段がなかったとして、僕はアルマのためにここまで出来るか・・・?
「許さなければ?」
ラムザに問われたサディアは、ただ首を横に振る。
「それでも俺は、ただ許しを請うだけだ。「アイツのせいじゃない。許してやってくれ」って・・・。その上で、決めるのは君達だ。俺は、自分がやったことの重さを分かっているつもりだ。100回叩き切られても何も文句はないし、それでも君達をちゃんと現世に返す。アイツは「連帯責任だ」って言うけれど、人々を苦しめることを知っててやった俺とは違う。アイツは単に、不条理な選択を迫られる中で「少しでもマシな方」を選んできただけなんだ。」
「「ルカヴィ」に魂を売った時でさえも?」
「そうだ。まだ話しちゃいないが、自分の生き写しみたいな、小さく、無力で、孤独な女の子の命を、目の前で理不尽に奪われた。アイツが二度目の人生を掛けて救おうとした子だ。それを奪われた時、「聖天使」が聞いた。どうしたいのか、と。アイツは選んだ。「それが残酷な現実なのだ」と飲み込むんじゃなく、人並みに・・・心のままに怒る方を、だ。」
そしてサディアは一瞬だけ、語気を強める。
「それが「許されざる選択」だと言うのなら、そんな世界はクソだ」と。
ラムザはただ目を丸くして固まる。そんな「逸話」は残っていない。今さら虚偽でもないだろう。「聖典」にもない、まだ知らない「真実」の一端・・・仔細は聞かなければ分からないが、そうであるなら、少なくとも彼女を「ルカヴィ」にしたのは、自分のためではなく、人のための怒りだったことになる。
「僕は、彼女が・・・使命を達成して、その先に自分の国を作るという野心が潰えた時・・・処刑された時の「怒り」でそうなったのだと・・・」
サディアは首を横に振るが、ふと考え込むような仕草を取る。
「そういえば・・・俺は、アイツが処刑された時のことを知らない。どんな気持ちだったのかも。君が言ったように、怒ったのかな?でも、アイツが「堕ちた」のは、処刑されてから何か月も経って、「ザーリャ」の事があってのことだ・・・。」
そしてアジョラの方を見る。鍋と同じく電気加熱式のヒーターにフライパンを乗せて、小麦粉を水と油で練った生地を焼いている。
「あとは、アイツ自身に聞いてみるしかないな。」
呟くサディアを横目に、ラムザは一計を案じてアルマに手伝いに行くよう頼む。
「え?私が聞くの?イヤよ、いきなりそんな重たいの!」
渋るアルマにラムザは「違う違う」と手を振る。
「いきなり、そんな話は聞けないだろ?だから、まずは軽い所から、だよ。お前もハタチだろう?ある意味、同い年だし、この人の言うとおりなら、案外、話が合うかも・・・。」
アルマは渋々踵を返す。「何かあったら、助けてよね!」と言い残して。
アルマが調理台の前に立つ。アグリアスが最初に二言三言、無事を尋ねた以外は誰もアジョラには寄り付かなかった。黙々と生地を捏ねて、手のひら大の円状に伸ばしてはフライパンの上で焼いている。発酵もさせていないのに、熱が入ると生地がプーと膨れていくのが面白い。
アルマの視線に気づいたアジョラが「ハァイ」と微笑みかけ、手をヒラヒラと振る。
(はぁい?)
その時点でアルマには衝撃だった。修道院で暗唱するまで読み込んだ「彼」の言葉は全てがいかめしい文語調。女の子だった、ってだけでも驚きなのに、まるで庶民の子供か盛り場の客引きみたいな振る舞い!
何処かで彼女と繋がっているらしい胸の感触は、彼女が駆る「鉄巨人」が「聖天使」を蹴り飛ばしに来た時と同じく、温かい。最初の様なドス黒い感触は全く無かった。
「それって、パンなの?」
「パンじゃないんだけれど・・・まあ、大体パンかな。発酵させなくて良いから、すぐ出来るし楽チン。料理は出来る?」
「自分で食べる分には無いけれど、修道院で炊き出しをする時には・・・」
「やった!じゃあさ、煮込みの味、見てもらっていい?薄かったら、お塩入れてね!」
アルマに手伝いを頼んだアジョラは、ふと生地を伸ばす手を止める。
「ねえ、修道院って、やっぱり・・・」
「え、ええ・・・そう。「貴女」の、ね。」
アルマは少しばかり気まずそうに答える。良くも悪くも化けの皮が剥がれたとはいえ、イヴァリース最強の偶像(アイドル)と肩を並べてお料理しているのだ。余りにも現実感がない。それでも口を動かし続ける。
「私達の時代、戦争ばっかりでね。貧しい人とか、親のいない子とか、沢山いるの。だから、教会が炊き出しをするのよ。貴族の子女でも、修道院にいる限りそこは変わらないわ。貴女がしているみたいに、スープも作る。」
それを聞いたアジョラはどこか安心したように頷く。
「そっか・・・悪どいことばっかりしてた訳じゃあ、無いんだね。」
「こ、今回は、上の方の人とか、神殿騎士団が・・・でも、殆どの司祭様達は、素晴らしい人達よ。教えだって、良いこといっぱいだよ!貧しい人や、障害のある人への思いやりとか・・・好きな節もあるの。例えば・・・「ウォージリス市長への皇帝の手紙 第3章52節・・・天の国を求めるなら、貴方が手を伸ばすべきは上ではない。横に伸ばしなさい。そこに救いを求める手があれば取りなさい。共に歩もうとする手があれば握りなさい。貴方を救おうとする手があるなら掴みなさい。その時、天の国は貴方のものとなる。」・・・ね、とっても優しい言葉でしょう?聖アジョラが・・・あ、貴女が天から降りてきて、改悛したユードラ皇帝に伝えた言葉だ・・・って、書いてあるの。」
アジョラは腕組みして思い返す。直ぐに思い出せた。ユードラの皇帝と会ったのは、あの一夜しかない。
「あー、言ったかな・・・言ったわ。皇帝が「お前の望む世界を教えろ」って言うから、そんな事言ったよ。ちょっと盛り盛りになってる気がするけれど、確かに言った・・・偉い人に話すと、ちゃんと残るものなのね!・・・でも、皇帝と会ったのは処刑される前日ね。あと、あの人、改悛も何も、最初からナイス・ガイだったわよ。アレは女性にモテる顔ね・・・」
アルマは目を丸くする。処刑した皇帝が「ナイス・ガイ」だなんて、意味が分からないけれど、あの一節が嘘っぱちではなくて、本当に言われていたのだと分かったのが嬉しかった。
「皇帝はイイ男だったけれど、クソだった奴もいるわ。ファラ教、法王府のアレン・フォッシュ!ヤツはマジでクソ!クソ中のクソ!ねえ、アイツの事は残ってる!?」
アジョラは食い気味にアルマに詰め寄る。
「え、ええ。ちゃんと残ってるわ。貴女を捕まえて裁判に掛けた悪魔に魅入られた男・・・って」
西方教会を作ったアドルフとミラン・リシュリュー、心底フォッシュを嫌っていた二人が彼の事を「書き残さない」わけがなかった。「叛乱軍」の首魁が彼だと知らずとも、説話、手紙、後世に残る全てにおいて散々にこき下ろしまくったのだ。死に様も、見た者がいないだけに多種多様なバリエーションで描かれた。
「あ、因みに、裁判らしい裁判なんて無かったからね。最初から結論ありき。死刑、死刑、死刑一択よ。使途の皆を人質みたいにしてね!今思い出しても腹が立つ!」
腹立ち紛れに生地を調理台に叩きつけるアジョラを横目に、アルマは確信する。(この人は「大丈夫」だ)と。普通に笑って、普通に怒っている。何より、自身が大好きな1節を「望む世界」だと言ってくれた。
目の前の鍋では、徐々に水分が飛んで、煮詰まったジャガイモがスープにとろみをつけていく。
「ハーブとスパイスをお肉に付けて焼くのはあるけれど、野菜と煮込みにするなんて・・・」
「ライオネルで教えてもらったの。小麦粉でもっととろみを付けてご飯にかければ最高なんだけれど、パンを浸けても美味しいわよ!」
そう言って、櫂のような混ぜ棒で勢いよく鍋をかき回す。「コレも入れちゃえ!」と塩漬けの干し肉を割いてぶち込んでいく。
「凄くいい香り!嗅いでるだけでお腹が空いてくる・・・」
「アレだけ動いた後だからね。まあ、アタシのせいか・・・良かった。誰も死ななくて・・・」
アジョラはそう言って一息つくとアルマに抱きついた。
「ありがとね。あの時、貴女が「マバリア」を掛けてくれてなかったら、アタシ死んでた。」
アルマは驚きながらも同じように抱き返し、肩口まで灼けて縮れてしまった白髪の毛先を優しく撫でた。
「私は、あれくらいしかできないから。」
気がつけば、調理台の周りには隊員達が集まってきている。2人の会話と笑い声、そして抱擁が、彼等の警戒を解いたのだ。
遠巻きにその様子を見ていたサディアが、隣のラムザに話しかける。
「凄いな。君の妹君は・・・もう打ち解けてしまって・・・」
「そんな、普通ですよ。根が明るくて物怖じしないのと、分け隔てしないのだけが取り柄なんで。言い出したら聞かないし・・・おかげで、こんな所まで追いかけてくる羽目になりました。」
サディアは声を上げて笑う。がらんどうの大鎧に音が反響して「ファ、ファ、ファ・・・」とどこか間の抜けた笑い声が響く。
「奇遇だな。ウチのも、大体同じだ。」
煮込みとパンが仕上がり、アグリアスの「配膳かかれ」の号令と共に、その日のシャリ番達が車座になった隊員達に配膳をしていく。
パンを受け取りに来たシャリ番のレーゼがアジョラに笑いかける。
「とてもいい香り!食べる前から美味しいって分かるわ!」
彼女の横に立つベイオウーフが茶化す。
「彼女は本当に食うからな。冗談抜きで10人前は食べる。なんてったって「竜の胃袋」だから!」
一見、軽薄そうな騎士の脇腹に肘鉄が入る。
アジョラも笑う。
「あなた達が「食材」を持っててくれて良かったわ。行動食ばっかりだったら、流石に何も出来ないもの。」
「ラムザの方針よ。荒んだ世の中で、異端者扱いまでされて、だから食事くらいは皆で楽しく、温かいのを食べよう、って。勿論、出来ないときもあるけれど、可能な限りは・・・ってね。」
「まさか「死都」で温食にありつけるとは思ってなかったがな。」
食事を受け取る隊員達の顔は一様に明るい。胃袋を半端に満たすだけの行動食ではこの笑顔は出ない。アジョラはそれをよく知っている。だからこその「芋煮会」だ。心の中で、この業(わざ)を授けてくれたシュワルナゼに礼を言う。
「食前の祈りをやらないか?」
隊員の一人が言い出す。「聖典」に触れて以降、ラムザの小隊では、長らくやっていなかった。
「神の恵みもて、我らにこの糧を給われた聖アジョラに感謝いたします。ファーラム」
他ならぬ「本人」の調理である。「聖」の一文字を除けば、誰も文句のつけようがない「真実」だ。
ラムザも揃って祈りを捧げた。バルフレアとクラウドは格好だけ付き合い、少年ルッソは何故かスラスラと慣れたように暗唱する。驚いたラムザに「学校の給食じゃあ、いつもやってるから」と特段不思議がるでもなく「コッチの世界にも「カレー」があるなんて!」とメモを取るのに余念がない。
「はい、召し上がれ!」
感謝の祈りに「答えが返ってくる」という冗談のような状況に、笑いが溢れる。
「コレじゃあ、食堂のオバチャンに「頂きます」って言ってるのと変わんないじゃん!」
と突っ込む隊員に、「おねえさん!」と返すのをアジョラは忘れない。
車座の中に座れば、予想したとおりの「質問攻め」だ。教会が認定した「正伝」も、胡散臭い神学者の考察も絶対に辿り着き得ない「真実」がそこに座っているのだ。元々大して信心も無い隊員ですら、皿を片手に耳を傾ける。ただ一人、クラウドだけが、誘われても「興味ない」で押し通して黙々と食べ続ける。
アジョラ自身は、ライオネルの近衛師団でやったように、問われた順に答えていく。「独演会」をやるよりは余程やりやすい。途中から入った兄謹製の「酒」の力も借りて、努めて陽気に「思い出話」を聞かせていく。車座の対面に座る「兄」は、辛気臭い顔は望んでいないと思ったからだ。それでも、二度だけ笑顔が消えた。処刑された時のことではない。サドルが殺されたと知った時と、ザーリャのことを話した時・・・。
順序はメチャクチャだが、繋げていくと、一つのストーリーになった。
彼女からあぶれた隊員等は、サディアの元へと集まる。顔の見えない、仰々しい大鎧が語る口調は、妹とは対照的に重い。背負った業の深さ故だった。それでも、「生前の」妹の事を話す時だけは、明るさを取り戻した。妹と同じく「酒」の力を借りるために、ダメ元で器に「根」を浸す。自分でも驚いたことに、酔いが回ってくるのが分かった。途中、席を立つと、メリアドールの元へと向かう。謝っておかなければならなかった。彼女の父親の事だ。自分の「策略」のために、父親を「ルカヴィ」にしてしまったと、頭を下げる。メリアドールは沈痛な面持ちを見せたが、軽くため息をつくと尋ねた。
「「聖石」は選ばせる。父は自分で選んだ・・・貴方が強いたわけではないのでしょう?」と。サディアは少し気まずげに頷く。
「何の根拠もない、ただの感覚なのだけれど・・・今は、あれが父の「定め」だったような気がするの。あの「ルカヴィ」が「自分を贄にする」といって死んだ時、私には一瞬「父のような」顔が見えた・・・何故だか、とても満ち足りた顔で・・・アレは父だったのかしら?」
そして少し物悲しげに笑う。
「何を言ってるんでしょうね、私は・・・。でも、大丈夫。兄妹を想う気持ちなら分かるわ。私にも弟がいたから。それは千年以上違う時代でも、同じでしょう?」
兵器用の高純度アルコールから精製された強烈な「酒」が皆に行き渡り、程度の差はあれ完全に素面なのは少年ルッソくらいになる。アジョラが「お花を摘みに」と言って席を立つと、一部のデリカシーのない隊員達は「ウソだ!神の御子がションベンなどなさるはずが無い!」とか「いや、「聖水」だ!「聖水」!」等と囃し立てる。女性陣がたしなめるが、アジョラが「使徒達もこんなもんだった。」と暴露すると皆が驚いた。一体、教会において「正伝」とされているものの内、真実はどれだけなのだと顔を酒で真っ赤にして喚き出す者もいる。兄妹2人が揃って爆笑した「正伝」は、アジョラが生まれて直ぐに立ち上がって歩き「井戸の厄災」を予言した、という下りを聞いた時だった。「文明の崩壊」を挟んだ1200年とは、5歳の女の子を「スーパー・ベイビー」にねじ曲げてしまうものかとサディアは呆れる。自分の存在が消えているのはまあ良いとして、妹は性別すら逆転しているのだ。恐らくは男尊女卑に凝り固まったか、或いは性的な要素を一切排除しようとした教会の誰ぞが「歴史」を挿げ替えたのだろうが、アドルフだって後継にそんな事は求めちゃいなかったろう。「真実」がいかに脆いものなのかを思い知る。
酔いが覚めるまでの時間も含めれば、「芋煮会」は半日以上続いた。途中、ラムザ達に連れてこられたモンスターの「豚」が解体され、ポークステーキにされた。
戦いの後、真実を伝え、二人揃ってラムザ達の「裁き」を受ける心づもりでいたサディアは、余りに想定と違った成り行きに救われると同時に戸惑う。
「そろそろ帰りたい」とサラリと言うラムザに「それでいいのか?」と逆に詰め寄る。
「あれこれ言い出せばキリがないのだろうけれど・・・」と前置きしてラムザは答える。
「いいんじゃないですか?僕は「たったの」数カ月間、妹を追いかけている間、気が気じゃなかった。貴方は千と何百年だ。人の心を持ったまま、それだけ苦しんだ。僕には想像もつかない・・・。その間に現世で起きた色んな悲劇は貴方が読んだとおりだったのだろうけれど、その時々の人達が選んだことだ。貴方が唆したわけでもないでしょう。」
そして、隊員達を眺めながら続ける。
「彼等だって、言わば僕の「巻き添え」だ。たまたま僕と居たってだけで、部隊もろとも「異端者」にされてしまった。戦時の混乱と教会の威信低下のおかげで何とか隙間で生きていられるけれど、本当なら死んだも同然。それに、僕自身、どんなに「正義」を掲げていても、何人も殺したって事実は曲げられない・・・。僕だって、業を背負っているのは貴方と同じなんだ。」
「じゃあ、アジョラは・・・」
問われたラムザは、視線を頭上、たゆたいながら淡い光を放つミストの雲に向ける。
「貴方と彼女自身から話を聞いて、友人を思い出しました。親友です。自分を襲った理不尽への怒りを、決意と力に変えて、世界を変えようと・・・そして、同じく不条理に苛まれた人の心を救おうと、今も戦っています。彼女は、彼と同じだ。肩書を偽っても、心は偽らない。「聖典」に書かれた通りの性格だったらとても無理だけれど、今、あそこにいる彼女となら、友達になれそうです。」
「8号」が2人に近づいてくる。サディアの「声」を認識したのだ。
「オヒサシブリ、デス。ソノゴ、オカゲン、イカガデショウカ?」
サディアは一寸、キョトンとした後、大笑いする。
「ああ・・・お陰様で、千年以上、ピンピンしてるよ!」
そしてラムザの肩を叩いた。
「一つ、言い忘れてた。アジョラ・グレバドスがいかに愛すべきバカかってことをな。アイツが初めてコイツを起動した時、テストがてら2つの命令を出したんだ。なんだと思う?」
「さ、さあ・・・・」
ラムザの脳裏に恥ずかしい記憶が蘇る。
「1つ目は「踊れ」だ。「聖天使」と融合した直後だぞ。よくそんな間の抜けた命令思いつくよ。だが、それはまだいい。問題は2つ目だ。コレは聞いても絶対に当たらないから教えてやる。アイツは、よりによって俺を「やっつけろ」と命令しやがったんだ!新品のコイツのパンチで俺は「死んだ」。本当に、死んだんだ。「聖天使」の力が無きゃ、そのまま葬式だった・・・!どうだ?究極のバカだろう。他にこんな奴がいたら、是非とも面を拝んでみたいもんだ!」
ラムザは乾いた笑いで合わせる。
「ホントに・・・でも、そうですね。僕は彼女と、「とても良い」友達になれるような気がしてきました・・・」
「人に戻った」アジョラと話し、記憶をほじくり返しながらラムザ達と話す中でサディアは「自分の顔」を思い出す。せめて最後くらいは、と「顔」を造って、兜を脱いだ。確証はないが、コレが多分、「ハリ・レイレナード」になる前の自分の顔だ。金髪碧眼の色白な優男。口調から想像されるイメージとあまりに違うベビー・フェイスに一同、驚く。アジョラ1人が「あんまり子供の頃から変わってなかったんだね。」とケラケラ笑う。「兄さんを何年か巻き戻してから女の子にしたみたい」とはアルマの弁。
サディアは諦めた様にはにかむ。
「子供の頃から言われ続けたよ。女みたいな顔だ、って。ホントにイヤで・・・肩肘張ってたら口がどんどん悪くなって・・・特にコイツには辛く当たった。大人になって再会しても、そこだけは変えられなかった・・・染み付いちまっててね。」
そう言って横に立つアジョラの頭をガントレットのままワシワシと撫でる。
「痛いよ、兄さん・・・アッ!髪の毛が挟まった!痛い痛い痛いホントに痛い!!」
涙目で鎧を蹴飛ばしてくるアジョラを見ながら、サディアは思う。ミュロンド沖での戦い・・・剣で貫かれても、鉄塊で半身を抉り取られても顔色一つ変えない「化け物」になってしまった妹が、今は手甲に髪の毛が挟まっただけで痛いと喚き散らす・・・心の全てが愛おしい気持ちで満たされていくのを感じた。
「アタシ、この人達と同じ時代に行くのはやだよ。」
先程、髪が挟まって暴れた際に、戦いで髪が灼けてしまっていることに気づいた髪結い上がりの女性隊員がハサミを入れる中、アジョラがボヤく。
何故だと問うサディアに、
「皆と話して、アタシが「今」どんな扱いになってるか、ハッキリ分かったわ。」
と言って肩口に落ちた髪束をつまむ。
「ねえミスティ?アタシのこの髪、貴方達の世界に持って行ったら、どれくらいの価値になる?」
ミスティと呼ばれたサラサラ髪の女性隊員はハサミの手を止めて答える。
「そうですねぇ、なんてったって、聖アジョラの髪ですからねぇ、信心深い大貴族の所に持っていけば、純金一樽か、荘園の一つ位にはなるんじゃないですか?まあ、信じてもらえれば、ですけど。あとは、教会に持っていけば、第一級の聖遺物間違いなしですね。」
「ね!そんな世界じゃあ、おちおち下着も干せない!アタシのパンツで国が買えるわ!あんなに苦労した国境地帯でも・・・パンツ1枚で・・・」
「やめろ!」
相変わらずデリカシーのない冗談に走る妹を止める。
「彼等の時代じゃあ、お前は「男」だ。偽名で通せば誰も気づくまいよ。」
だが、アジョラは首を横に振る。パンツは冗談にしても、誰が何をするにも粉飾された自分の名前がついて回る。アカの他人が異端審問だとか魔女狩りだとか言って、知った顔して自分の名前で人を裁く。名前を隠しても、それを肌身に感じながら生きるのはツラい、と言う。
「兄さんだって嫌でしょう。バカなこと言ってる坊主に「教祖様」御自ら喧嘩売って取っ捕まって、異端者とか言われて火炙りにされるのを見るのは。ただでさえ坊さんとは相性悪いのに・・・」
サディアは腕を組んで考える。ラムザ達の話に聞く限り、「今」の「グレバドス教会」は、自分達の時代のファラ教法王府と大差ない。由来・教義の如何を問わず、おおよそ宗教が権力と結びついた後に辿り着く袋小路なのだろう。俺が知ってるキルティア教会だって、そういう歴史があるから、権威だけを残して権力と領土を捨てたのだ。妹の性格から言って、目の前で自分の名を借りた「異端狩り」などやられているのを見て黙っているなんてことはまず無い。コイツの言うとおり、喧嘩売ってとっ捕まって火炙りにされるのがオチだ。アジョラ・グレバドスが「聖アジョラ」の名において焼かれるなんて、ブラック・ジョークの極みだし、何よりそんな事になったら「教会」を作ったアドルフが浮かばれなさすぎる。
「分かったよ。お前の「行き先」は、別に考えるさ。といっても、俺が決めるわけじゃないんだけれどな。」
そして、一言、加える。
「あとな、俺は、行かないぞ。というか行けない。」
アジョラの動きが止まる。
「え・・・?なんで・・・どういうこと?」
ラムザ達もその言葉が気になったのか、視線をサディアに向ける。
サディアはおもむろに兜を被ると、右手の親指で自分の胸を指す。
「ここに居るのは、「最後のルカヴィ」にして「聖天使」無しで存在できる、最古にして唯一の異形者「エクスデス」だ。オキューリアの「処置」のおかげで俺が主導権を持っているけれど、俺の中には確かに「エクスデス」が居るんだよ。ミュロンドをこんなにした「無」の力を無差別に使おうとしたロクデナシだ。この1200年、大人しくしててくれたが、この先もずっと、なんて保証はない。それにな・・・」
そう言ってアジョラの肩に手を乗せる。
「一緒に行けば、お前だけ先に婆さんになって死んじまう。妹が、2回も兄を置いて先に死ぬもんじゃない。」
「やだよ・・・やっと「普通」になれたのに・・・ほら、アタシ、この先、結婚するかもよ?子供だってできるかもよ?ちゃんとお祝いしてよ・・・」
「そりゃ、ますます行けない!」
サディアはそう言って笑う。
「・・・なんで?」
「俺はちょっと拗らせ過ぎた。お前が「彼氏」を連れてくる度にショットガンを持ち出す「悪い兄貴」になりそうだ。」
そう言って、布でくるんだ「棒」を渡す。
「何これ・・・重い!」
布をめくると純金の延べ棒。10kgは下らない。
「お前がそう言うならさ、コイツはお祝儀に出産祝い、子供の入学祝いにその他諸々だ。先に渡しておく。何処に行ったって先立つものはカネだ。国境地帯で嫌ってほど身に染みたろ・・・」
「バカ!!!」
サディアが言い終わる前にアジョラは延べ棒で思い切り兜を殴りつける。兜がまた吹き飛び、その向こうには、頭から黄色い「血」を流す兄の顔。樹液のようなその「血」を拭った手を差し出す。
「な。やっぱり、行けねえんだよ。俺は・・・。ラムザ君達の努力を無には出来ない。俺にこれ以上、丁字架を背負わせないでくれ・・・」
アジョラは人目も憚らず涙を流しながら、「血」のついた兄の手甲を両の手で握る。暫しの嗚咽の後、喉の奥から言葉を絞り出した。
「・・・わかったわよ・・・中抜きしても、重いものね。アレ・・・。」
サディアは、隊員達にも一人一人に金塊やら宝石やらを渡していく。これだけの事をしてもらって、手ぶらで返すわけにはいかないと言って。少年ルッソにだけは「教育によろしくなさそうだ」と、かわりにユードラ皇帝ルテールの横顔が刻まれた大ぶりの金貨を何枚かと、いっとう綺麗に輝く魔石を握らせる。外国のコインと綺麗な石は、いつだって子供クランの宝物だ。少年は心をときめかせる。
思わぬ「ボーナス」に色めき立ち、出所を問う隊員達にサディアは答える。
「腐ってもミュロンドだ。アルケイディスに次ぐイヴァリース屈指の大都市・・・そりゃあ、銀行も宝飾店も、山とこさあるわな。」
そう言って死都に眠る「お宝」を嗅ぎ分けた鼻を高くする。
だが、そんなサディアも、バルフレアの前でだけは、
「貴方がこんなもので喜ぶとは思えない。」
と。しおらしくなる。バルフレアは思い出したように問う。
「俺は、「グレバドスの秘宝」のせいで、この世界に飛ばされて来た。アンタもグレバドス家の人間なら、何か分からないか?」
「うーん、ウチは分家も分家の末席の方でしたから・・・」
サディアはそう謙遜しながらも考え込む。「秘宝」のひとつに触れたバルフレアがラムザの時代にまで飛ばされたことには、何か意味があるはずだ。元の時代に戻るカギも「秘宝」だという。今、彼は戻ろうとしているが、手元に「秘宝」は無い・・・。一つ、突飛な仮説を思い付く。少しばかり離れた所でアルマと話すラムザを親指で指しながら、こっそりと答える。
「思うに・・・「あの兄妹」なんじゃないですか」
訝るバルフレアにサディアは聞かせる。「聖天使」がラムザを「己を倒した者の末裔」と呼んだ。ヒュムの身で「聖天使」を倒したのは自分しかいない。あの戦いから1200年以上、彼らにまで受け継がれた妻ルグリアの名。彼等は恐らく、自分の血を継いでいる・・・つまりは、「グレバドスの血」だ。
「こじつけみたいですが、彼等なくして、この結末はあり得なかった。妹も、世界も救われた・・・「人類の宝」ってヤツですよ。」
バルフレアは鼻息を吹く。
「なるほど。ラムザに会った時点で、俺は「グレバドスの秘宝」を手に入れてた、ってことかい・・・まあ、そんな説も、嫌いじゃないぜ。現に俺も、彼に会ったおかげで帰れるんだしな。」
サディアは、最後にラムザとアルマの前に立つ。
ラムザが問う。「僕等は戻って、何を伝えれば良い?」と。
サディアは答える。「何も」と。証明することも出来ない「真実」のために戦う事などない。この先、妹の存在がどう扱われようと、君達の問題じゃあない。そんなのは後世の歴史家にでも任せて、君達には、ただ幸せに生きてほしい、と。
そして、その手に「グリモア」を握らせる。
「強いてお願いするなら、「彼等」の事を知って欲しい。ちょっとしたゲームなんだけれど、この中には「昔のイヴァリース」が詰まってる。俺達や、バルフレアの時代の・・・多分、もうちょっと前の頃かな。信じられんだろうが、モーグリの方が俺達よりも頭が良かったんだぜ?アジョラの「使徒」も、半分は人間(ヒュム)じゃあない。俺が潰してしまった「イヴァリース」を、コイツで知ってくれ。」
髪を整え終わったアジョラが目ざとく「グリモア」に気付く。
「それ、アレじゃん!兄さんが作った「ゲーム」!」
「ああ、あげてもいいだろ?お前はもう散々やり込んだじゃないか。」
「いや、そりゃ、良いんだけれどさ・・・その・・・アタシの「記録」が・・・」
口には出さないが、どうやら「逆ハーレム」を作ったプレイ履歴を気にしているに違いなかった。サディアは呆れたというふうにため息をつく。
「大丈夫だ。お前のデータは消してある。」
「そ、そう?じゃあ、問題ないわ!」
アジョラは胸をなで下ろすともう一度、サディアを見上げる。
「それより、見て!ショート・ヘア。初めてだよ!どう?」
そう言ってクルリと回ってみせる。
サディアは、ついに「観念」する。
「ああ、とても似合ってる。可愛いぞ。」
サディアは、「スラコ」の上甲板に魔法陣を刻み、皆を送る。行き先が皆、同じではないために、オーボンヌの魔法陣は使えない。なので行き先を細かく指定はできない。基本的には、それぞれが心に強く望んだ場所と時代に「飛ぶ」はずだ。
泣きじゃくる妹には、「苗木」を一つ渡した。「俺の分身だと思って、盆栽にでもしてくれ。」と伝える。あとは新たな「任務」も。「必ず、幸せになれ」と。
静寂に包まれた死都を眺める。もうこの都に用はない。全てが終わったのだ。
甲板を降り、操縦席に座る。計器盤を確認、電気は通っている。フライト・データ・レコーダーの作動を確認し、おもむろにヘッドセットを被ると、深呼吸をして無線の送話スイッチを押す。
「宛、同盟諸国統合情報軍少佐オニクス・ヒサーリ、並びにユードラ帝国統合軍特佐アロイス・オークス。発、同盟諸国統合情報軍大尉サディア・ヒサーリ・・・報告します。国境解放作戦「オペレーション・ウォールブレイカー」、自主継続作戦「ファイナル・ファンタジー」及び、自主救難作戦「ファイナル・ファンタジー・ティーディアス」、全ての作戦を終了。国境地帯の解放には失敗。本日、作戦主務者アジョラ・グレバドスを救出・・・救出しました。心身共に異常なし。細部記録はレコーダー内に別添します。以上、報告終わり。」
そして自らの見てきた全てをデータ・レコーダーに押し込む。小さな魔法陣を張って、レコーダーを飛ばす。
何処へなりと、飛んでゆけ。
いつ、どこで、誰が開けることやら・・・
「義父さん・・・「責任」・・・とったぜ・・・」
背中を操縦席に預けて呟く。
副操縦士席に、ラムザ君から預かった「聖石」を並べる。
まさか律儀に全て集めてくるとは・・・でも、お陰で後世への憂いもない。
さあ、あとは「最後の仕上げ」だ。
目を閉じ、精神を集中する。
この死都で、もう一度「無」の力を使う。
此処に残った全てを消して、そして「俺」も消えよう。
あの日、削り取った全てが集まる。
徐々に密度を濃くするミストが薄く色を帯び、やがて光り輝き出す。限界を超えた「密度」は、針の穴よりもなお小さな一点に向かって落ち込んでいく。あの日よりも一段、巨大な潮汐力が全てを素粒子にまで解体する。
消えゆく刹那、轟音が止む。
目を開ければ、柔らかな光が周りを包んでいる。
ミストではない。
「お疲れ様。」
後ろから、千年たっても、絶対に忘れることのない声。
振り向くのと同時に、言葉が口をついて出る。
「アリアン、俺、疲れたよ。そっちに行っても良いかな?」
しまった、と思う。謝って、ねぎらうべきだったのに、つい甘えてしまった・・・。
だが、視線の先の妻は慈愛に満ちた笑顔を崩さない。何も言わずに、両の手を広げる。
大鎧はもう無い。
赤い血の通った身体で、最愛の人を抱きしめる。
アロイスと同じだ。
彼が、そして君が此処にいて、俺に声を掛けてくれる理屈など分からない。
でも、どうでもいい。
こんなに素敵な「奇跡」なら、大歓迎だ。