When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
A.D.I.(Anno Domini Ivalici) 2003 9月19日
残暑の並木道を2人の少年が進む。一人は車椅子で、もう一人がそれを押す。
「お兄ちゃん、坂道終わったし、もういいよ。あとは自分で押すから。」
車椅子に乗ったブルネットの髪の少年が「兄」に伝える。
「ん、分かった。」
金髪の少年はそう言うと車椅子の握把から手を離した。
前の冬までだったら「無理するなよ」とたしなめているところだったが、今はそこまでの気は遣わない。あの「大冒険」が弟の心をとても強くした事を知っている。心は身体も強くする。自分も強くなった。お互いに、求めるものや嫌なこと、そして感謝の気持ちを正直に伝えられるようになった。もしもあの「グリモア」を作った人に会えたなら、「ありがとう」と伝えたいと今でも思っている。
少年2人は、並木道と街区の境目に少女の姿を認める。離れていても、その白い髮で誰だかすぐに判った。
「ハイ!マーシュ!ドネッド!」
白髪の少女が手を振る。
「やあ、リッツ!」
金髪の少年マーシュも手を挙げる。
「ミュートは、お母さんのお墓参りがある、って・・・」
「うん、聞いた。まあ、しょうがないよ。でも
、ホントにありがとうね!急なお誘いだったのに!」
そう言うリッツの手には大きな「箱」が入った半透明のビニール袋。ドネッドの目線に、印字されたブランドのロゴマークが合う。
「あ、スゴい!「モロトフ」のホールケーキだ!すっごい高いんだよ!」
「詳しいのね、ドネッド。ウチのおばあちゃん、誕生日はコレって決まってるの。因みに旬のモンブラン・ケーキね。それも「7号」!去年おじいちゃんが亡くなって、おばあちゃん「流石に食べきれないから、友達呼んどいで」って。」
「ケーキを小さくはしなかったんだ・・・」
「ソレは絶対イヤなんだって。デッカイのがアガるらしいよ。」
リッツはそう言って肩をすくめると踵を返して歩き出す。
ドネッドの車椅子のペースに合わせて、おしゃべりしながら10分も歩くと、大層立派な門柱の前でリッツが足を止めた。
「ここがリッツのおばあちゃんの家?」
マーシュが聞く。
「そ、お母さんの方の、ね。」
門柱には「ニールセン」の表札。
「お金持ちなんだね!」
と、ドネッド。
「社長だからね。因みにまだバリバリ現役よ。知ってる?「ラーベネスト社」。何か、重機とかトラクターをオペレーターごと派遣する会社らしいんだけれど・・・」
「ミュートのお父さん、そこに再就職したんじゃなかったっけ?」
一寸して、マーシュが答える。
「そうなんだ!まあ、おばあちゃん、面倒見は良いらしいから、シドさんも、ひとまずは安心かな?」
そう言いながらリッツは門柱のベルを鳴らす。
10秒ほど経って、インターホンが音割れするほどのハツラツとした女性の声。
「ハァイ!」
「リッツだよ、ラナばあちゃん!友達、連れてきたよ!」
門柱の奥手の玄関が開き、白髪の老婆が顔を出す。老婆と言っても背筋は伸び、足取りも軽い。少しばかり眉間に皺を寄せながら早歩きで門柱まで来ると、ロートアイアンの門を開ける。
その視線の先はリッツの髪。
「アラ、アラ、アラ!どうしたの?ピンクの可愛い御髪(おぐし)は?」
ラナと呼ばれた老婆は驚いた様子でリッツの髪に手を添える。
「地毛に戻したんだよ!」
リッツはケーキをドネッドの膝に預けると、クルリと回る。
「戻した、って、アンタ・・・」
心配そうなラナにリッツは満面の笑みで応える。
「大丈夫!私、この髪、好きになったから!」
「・・・!」
「こないだ、お母さんに聞いたよ。アタシの髪、おばあちゃんの遺伝だって!おばあちゃんも、子供の頃から白い髪だったんでしょう?」
「ザーリャが、そう言ったのかい?」
「うん・・・で、その・・・ごめんなさい。」
突然しおらしくなったリッツにラナは首をかしげる。
「ずっと、この髪のこと、キライって言ってて・・・私がおばあちゃんのこと責めないように、お母さんが内緒にしてたんだよね?おばあちゃんも合わせてて・・・」
ラナは優しげな笑顔でリッツの髪をワシワシと撫でる。
「気にするこたぁないよ!好き嫌いなんてどうにもならないんだし、自分の見た目なんて、いよいよそうさ!でも、どういう風の吹き回しだい?ほんの去年まで、泣くほど嫌がってたってのに・・・」
「まあ、いろいろあったんだけれど、簡単に言うと、褒めてくれる友達に出会えた、ってことかな。」
ラナは嬉しそうに目を細める。
「そうだね。友達は大事だ。一人じゃあどうにもならないことでも、助けてくれる人がいれば何とかなるものさ・・・」
そう言って、視線をマーシュ達に向ける。
「でね、この二人が、去年の暮れに新しく越してきた、友達の・・・おばあちゃん?」
ラナの視線はマーシュの顔面を捉えたまま固まっている。
「あ、あの・・・僕の顔、何かついてます?」
マーシュが気まずそうに尋ねる。
ラナは、ハッとしたように首を小さく横に振る。
「大丈夫?」
リッツの問いかけに、ラナは「ああ、すまないね、大丈夫、大丈夫!」とはぐらかす様に応える。
少し場が気まずくなりかけたところに、リッツがケーキの袋を突き出す。
「ハイ、おばあちゃん、これ!」
ラナの顔が一気に明るくなる。
「あぁ!コレコレ!コレがなくちゃあ、1年経った気にならないってね!」
そう言って、ケーキを受け取りながらブランドのCMのキャッチフレーズを口ずさむ。
「「モロトフ」・・・二千年、変わらない美味しさ!」
リッツが吹き出す。
「おばあちゃん、あのキャッチコピー、ホントに信じてるの!?」
「なんだい、世界にゃ千年以上続いてる土建屋だってあるんだ。二千年続いてる菓子屋があったっていいだろう?」
「うーん。だとしても、二千年前にモンブラン・ケーキは無いと思うなぁ。」
訝るリッツにラナは、ニヤリと笑顔だけを返すと、子供達を家へといざなった。
「さ、入った入った!友達もよく来たね!」
上機嫌のラナについて家にはいると、食欲をそそるスパイスの香りが鼻を突く。
「今年はカレーなんだ!」
「リッツの同級生がお客様だからね。子供は、なんてったってカレーだろう?」
「僕、カレー大好き!」
ドネッドが目を輝かせる。
「おばあちゃんといえば、煮物だよね。去年は肉じゃがだっけ?肉じゃがに、ケーキ・・・」
「合うだろう?」
「圧」のこもった目力がリッツを圧倒する。
リビングに入ったところで、リッツは更に「圧」を受ける。キッチンのコンロの前に立って鍋の火加減を見る別の老婆。その視線がリッツ達と合う。瞬間、リッツは直立不動に老婆に整体するとコメツキバッタのように頭を下げた。
「失礼します!師範!」
横に立つマーシュが目を丸くする。
(ああ、そういえばリッツ、「剣道」始めた、って言ってたよな。あの「大冒険」の後、「せっかく身に着けた「剣技」が抜けていっちゃうのは寂しい」って、駅前の道場に入ったんだっけか・・・確か、師範が「メチャクチャ強いんだけれど、メチャクチャ厳しい」って、ボヤいてたな。)
マーシュはリッツに耳打ちする。
「ねえ、リッツ。ひょっとして・・・」
「うん、例の「騎士道(キシドー)師範」・・・なんでいるの?」
リッツもヒソヒソ声で返す。
「師範」と呼ばれた老婆は鍋の番をラナに返すと、リッツの前に進み出る。ラナと同じく、足取りはすこぶる軽い。
「マルール君じゃないか!君はここのお孫さんだったのか。」
そして優しく諭すように続ける。
「いいんだよ。ここは道場じゃないのだから。私がお邪魔しているんだ。さ、楽にして。」
「あ、ありがとうございます、師範!」
リッツはそう言ってやっとで肩の力を抜く。そしてラナに問うた。
「ねえ、おばあちゃん!なんで師範がここにいるの?」
「友達だよ。昔からのね。」
鍋の味を見ながらラナはサラリと答える。
「今年は70歳の節目だからね。ジイサンもいなくなったし、呼んでみたのさ。しかしリッツ、アンタが「剣道」なんか始めるなんてね!ザーリャから聞いたときは驚いたよ!」
「彼女は、とても筋が良い。」
「師範」が割って入る。
「身体はまだまだだし、我流の変なクセもついているが、何より思い切りが良い。体の運び方も、太刀筋もしっかりしている。正直、未経験だとは信じられなかった。まるで本当に戦場で何人か斬り倒してきたみたいだと思ったよ。」
「コワいこと言うね。でも、アンタが言うんなら、間違いないか。ま、元々勝ち気な子だから、そういうのが合ってたんだろね。」
ラナはそう言ってカラカラと笑いながらカレーをよそう。全員、無条件の山盛り。サラダと、ミルクを付けるのも忘れない。
「あの、僕、こんなには・・・」
山盛りのカレー・ライスにおののくドネッドに、ラナは容赦しない。
「食べなきゃ、胃袋も大きくならないよ。で、食える時に、食えるだけ食う!コレが生き残る秘訣さ。因みに、デザートはさっきのケーキだからね!」
そう言って、コンロの換気扇の前で煙草に火をつけると食前の一服を始める。
嘆息するドネッドにリッツがささやく。
「おばあちゃん、外国からの難民の出だから、食べ物にはウルサイのよ。特に、甘い物は出たら出ただけ全部食べちゃうの。」
マーシュが懐かしげに大盛りのカレーを眺める。
「でも、「クラン」にいた時は、コレくらい食べてたよね。戦いの後は、いつもお腹ペコペコで・・・」
ドネッドも頷く。
「確かに・・・細っそいヴィエラや、ちっちゃいモーグリも、スゴい食べてた!」
一服を終えたラナが席に着く。
マーシュが胸の前に手を組んだ。
「じゃあ、お祈りをしようか。」
リッツが少し気まずそうに止めに入る。
「あ、おばあちゃん、お祈りはしないの。だから・・・」
「リッツ!いいんだよ。」
今度はラナがリッツをたしなめる。
「人様のお祈りを止める程のもんじゃないさ。」
そう言ってマーシュを促す。
「神の恵みもて、我らにこの糧を給われた聖アジョラに感謝いたします。ファーラム」
「ファーラム!」
大人二人はだんまりで手だけを合わせる。
(アレ?師範も「お祈り」しないんだ・・・)
リッツは目ざとく気付くが、特に尋ねることはしなかった。
そこからは楽しいお食事タイムだ。絶妙なスパイスの香りと、少しだけ刺激的な位の辛さが子供達の胃袋を否応無く押し広げる。
唐突にリッツが問う。
「そういえば師範、「コック・サッカー」って、何ですか?」
「師範」がミルクを喉に詰めて咳き込む。
「マルール君、それは・・・」
遮ろうとする「師範」をラナが止め、ニコニコしながらリッツを促す。
「うちの道場、警察の指導もしてるの。師範が稽古を付けられるんだけれど、こないだ、男の警察官5人位をボコボコにのした後、整列させて「この、コック・サッカー共が!」って指導されていたの。お料理とかサッカーが剣道と何か関係あるのかな?って・・・」
ラナは大爆笑しながら「師範」の肩を叩く。
「アンタ、相変わらずだね!もう「昔」とは違うって言ったじゃん!その内、訴えられるよ!」
「師範」は顔を赤くしながら呟く。
「私は、この教え方しか知らん・・・他はともかく、「剣」だけはな・・・」
「全く・・・騎士道精神って奴ぁもっと高貴なんじゃないのかい?それも近衛の・・・」
「それはそれだ。「身内の養成」とは別だよ!」
老婆2人のやり取りを、3人の子供達はわけも分からずに眺める。結局、「コック・サッカー」の謎は解けず仕舞いだった。
リッツは、今度はラナに「昔の写真」をせがむ。若くて白い髪の頃のおばあちゃんを見てみたい、と。
「子供の頃のは無いよ。」
と断りながら、ラナは席を立つ。暫くして戻ってきたその手には数冊のアルバム。
最初の方は、残念ながら写真が白黒のために、ラナの髪色が白なのかブロンドなのか判別がつかない。それでも、初めて見る20代の頃の「おばあちゃん」は新鮮だった。リッツの目が、ラナと、同い年くらいの女性が並んで笑う写真に止まる。
「これ・・・もしかして、師範ですか?」
「師範」は写真を覗き見て、目を丸くしながらも「ああ」と頷く。
「綺麗・・・」
感嘆するリッツに、ラナが三白眼を向ける。
「なんだい。アタシにはなんにも無しかい?」
「あっ・・・お、おばあちゃんもキレイだよ!」
焦るリッツに、ラナはフンと鼻息を吹く。
「なんか、二人ともケガしてない?」
マーシュの問いに、ラナが懐かしげな遠い目をして答える。
「まあ、そりゃ、「出入り」の後だからねぇ。」
話によると、ラナと「師範」がこの国に流れ着いてきたのは1950年代のこと。世界は民主主義の国と共産主義の国の陣営に分かれて争い、多くの国で、冷戦下の両陣営大国の介入を伴う革命や代理戦争が勃発、かつてイヴァリースと呼ばれた西方の大国も、その頃までにはバラバラの中小国に分かれ、その中でも東方の共産主義大国のバックアップを受けた革命勢力とやらの手に落ちた国では粛清の嵐が吹き荒れ、多くの難民が生まれた。二人も、そんな国の一つから逃げてきたのだという。流れ着いたフォボハム地方の一角のこの街で、二人は小さな建設会社に転がり込んだ。幸運なことに、ラナには建機を手足のように扱う「才能」があった。当時は男ばかりの建設業界で二人揃って全く気後れすることなくバリバリやっていたが、ある時、利権絡みのヤクザ者とのトラブルに会社ごと巻き込まれてしまう。会社の「若い衆」が袋叩きにされたところを、二人は周りの止めるのも聞かずに「お礼参り」を敢行、ラナは白昼、パワー・ショベルでヤクザの事務所を破壊すると、長ドスを抱えて炙り出されてきた20人からの極道者を「師範」がバール1本でのしてしまった。相手がヤクザ者だったのと、当時はまだ「ゆるーい」時代だったが故に、二人は大して罪にも問われず、「戦勝記念」に写真を撮ったのだという。写真の横には当時のローカル新聞のベタ記事が張り付けられ、2人へのインタビューも残っていた。曰く、口を揃えて「これまでに比べたら、全然大したことない。」とのことで、記事は、その言葉を共産陣営の過酷な支配を暗示するものとして取り上げていた。
「アレだね。クランの「武勇伝」ってやつだ・・・」
ドネッドが目を輝かす。
(自分達が、あの「本」の中でやってたようなことを、おばあちゃん達はホントの世界でやってたんだ!)
とリッツは、半年前の自分の「経験」に被せてイメージする。
アルバムをめくりながら、ラナは問われるままに半生を話して聴かせる。1960年代になると写真もカラーになり、「白髪のおねえさん」だった頃の彼女を見ることができた。どれも、この人に悩みなんか無いんじゃないかと思わせるほどの満面の笑み。
(何だか、泣きながら髪を染めていたのが馬鹿らしくなっちゃう・・・)
リッツの目頭が思わず熱くなる。こんなことなら、もっと早くにおばあちゃんと話すべきだった、と少しばかり悔やんだ。
おじいちゃんと、赤ん坊の頃のお母さんの写真も出てきた。「白い髪のリッツ」を悲しんでいたがために、今まで見せてもらうことの無かった写真たちばかりだ。今まで、どれだけ損をしていたのだろうと思う。もし「あの冒険」が無くて、ずっとこの髪を呪っていたら、こうしてアルバムを見ながらおばあちゃんの話を聞くことも出来なかった・・・そう考えると背筋がゾッとすると同時に、あの経験を与えてくれた「本」を作ってくれた「誰か」に改めてお礼の言葉を念じずにはいられなかった。
「おばあちゃんと、おじいちゃんって、お見合い?恋愛結婚?どっちがプロポーズしたの?」
初めて見る写真達に想像を逞しくして目を輝かせるリッツの問いに、ラナは笑いながら答える。
「そりゃあ、おじいちゃんに決まってるさね。女はね、分かってても待って、男に言わせるもんさ!人生で一番「甘くて美味しい」言葉だ。しっかり頂いて、味わわないとね!」
おじいちゃんは、建設会社の経理部門に勤める社員だった。件の「出入り」の後、暫くして、「姐(ねえ)さんの「侠気」に惚れました!」と真面目なのかふざけているのかよく分からない「告白」をされたのだという。カールした亜麻色の髪の他に、特段印象らしい印象も無い、線の細い優男だったが、付き合ってみると、不思議と安らげる、本音も何でもぶちまけられる度量の広さに惹かれたのだという。
「おじいちゃんは、世界一の「受け上手」さ。特段ハンサムってわけでもないが、ま、アタシには「丁度良い」男だったんだよ。」
「1回、危うく離婚しかけたけどな。」
と「師範」がつぶやく。
「フン!山谷あったほうが、燃えるんだよ。」
ラナは頬を膨らませる。
「少なくともアンタは、アタシの男を見る目にケチは付けらんないよ。賭けてもいい。アタシが紹介してやってなけりゃあ、アンタ、死ぬまで独身の剣術馬鹿だったさ。」
「ああ、そうだな。感謝してるよ。」
「師範」はすました顔で淡々と返す。
マーシュが「お花を摘みに」中座した隙に、ラナはドネッドに尋ねる。
「お兄さんは、優しいかい?」と。
「優しすぎて、困っちゃうくらいさ。顔見れば分かるでしょう?」
そう答えるドネッドに、ラナは笑いながら「アンタは幸せ者だね!」と言って頭を撫でた。
皆のカレーが掃けたのを認めると、ラナは冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。子供達の腹は大層膨れていたが、不思議と「別腹」が空くのが分かった。
「でも、今日が誕生日だなんて、ちょっと損だよね。」
と、ドネッド。
「だって、普通は「誕生日」と、「聖誕祭」で年に2度はケーキを食べてプレゼントを貰える機会があるのに、同じ日だと、ケーキも1度だけになっちゃう!」
ラナは5人で食べるにしても巨大なホール・ケーキを箱から取り出す。
「だからこその「7号」なんじゃないか!」
とニヤつきながら。
リッツのバースデー・ソングがラナの70回目の誕生日を祝う。
「ちょっと、お供えしてくるよ。」
ラナは切り分けたケーキを盆に乗せて席を立つ。
(あれ、お祈りはしないんなんじゃなかったっけ?)
マーシュが首を傾げる。
気付いたリッツがフォローする。
「あぁ、おじいちゃんは、普通に信徒だからね。」
「そっか。」
「「使徒」の名前も言えないような、名ばかり信徒だけれどね。まぁ、それもアタシにゃ良かった。」
ラナはそう言ってはにかむと、部屋を後にした。
階段を登り、レースのカーテン越しに柔らかな陽が差す自室へと入る。
盆の上には、ケーキが二皿。一つを、亡夫の遺影が飾られた小さな祭壇に供える。
「今日は、いっとう、嬉しいことがあったよ。」
そう言って、リッツの事を報告する。
「あと10か月も生きてりゃ、アンタも見れたのにね。」
と少しばかり惜しむようにつぶやく。
そして、もう一皿を、床の間に。供えた先には、小ぶりだが趣のある盆栽。
ラナは正座すると、感慨深げに深呼吸する。
「今、可愛い孫たちが来てるんだ。ビックリしたよ。兄さんにソックリな子が来てさ!一瞬、アタシの事が心配で兄さん見に来たのかと思っちゃった。でも、口調も性格も優しい子だから、やっぱり兄さんじゃあないね!」
一息ついて、盆栽に少しばかりハサミを入れる。
「アタシはちゃんと幸せだよ・・・任務達成だ。少し前に旦那がソッチに行ったから、聞いてみると良いよ・・・ショットガン、振り回さないでね!」
部屋を出てリビングに戻り、孫達の笑い声を聞きながら「モロトフ」のモンブラン・ケーキを頂く。
世界でアタシだけが知っている。誇張無しに、二千年前(あのころ)と変わらない美味しさ。