When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
A.D.I .1954 9.19
私は、「元」には戻れなかった。何故かは分からない。皆はどうなのだろうか。この「時代」の何処かに居るのだろうか。それとも、私と「彼女」だけがここに飛ばされて来たのだろうか。街の趣も、何もかもが違いすぎて分からないが、ここが「連なる世界」だということはすぐに分かった。今日は処女宮の月で街は「聖誕祭」一色だからだ。彼女が言う「電気」の光とやらで、私の知る「聖誕祭」よりも何十倍も艶やかに街が飾り付けられている。変わらないのは「教会」の佇まい。彼女は状況を察すると、私に言った。
「今日からアタシは「ラナ・トーラス」。ヨロシクね!」
偽名・・・それはそうだろう。ラムザならば、姓を変えるだけで済むが、彼女はそうはいかない。名乗り出たところで誰も「本人」だとは思うまいが、姓も名もあまりに押し出しが強すぎる。名付けに使徒や聖人の名を借りるのは特に珍しくもないが、彼女の名だけは例外だ。
「ラナ」は、ケーキが食べたいなどとのんびりした事を言う。毎年、誕生日には「モロトフ」のケーキを食べるのだと。確かゼルテニアの貴族御用達の菓子処だ。オヴェリア様が別れの際、餞別にと焼菓子を下さったのを覚えている。「儲け話」で頑張ってくれていたアリシアとラヴィアンに分けてしまったので、私はありつく機会がなかった。まさか1200年以上続いていたのか?
恐らくここはかなりの「未来」だと踏んで、当座の生活資金のために古物商らしき店で手持ちの現金を出す。店主は仰天した様子で奥に下がると秤やら何やらを持ち出して真贋鑑定を始めた。ラナは「武具一式も出してしまえ。」と言うが、情勢が分からない以上、それは出来ないと拒否した。結果、かなりの期間を過ごせる位の資金を手に入れられた。ラナの兄君から頂いた金塊には当面、手を付けなくても良さそうだ。
取り敢えず、私は今日からこうして筆をとり、日記をしたためることにする。何より、私自身の心の平静を保つために。
少なくとも、一つだけ言えることがある。
独りでないというのは心強い。
「聖誕祭」だからだろう。宿屋の支配人が鍵を寄越しながら「聖アジョラのご加護を!」と笑いかけてきた。大丈夫、心配には及ばない。今、部屋でコレを書いている私のすぐ後ろで満足気にケーキを頬張っている。これ以上の「加護」はあるまい。
9.21
この街がベルベニアだということが分かった。勾配に張り付くように家々が段々に積み重なる旧市街の町並みは、よく見ればあの頃のままの部分も少なくない。勘違いしたメリアドールが「敵討ち」を挑んできたのがつい先月の事のようだ。一方、ラナに聞けば、街に全く見覚えはない、という。「私が知るベルベニアは、雰囲気でいえば新しい市街地の方が近い。」とのことだった。そうだ。彼女は「古代文明」の住人だった。私の時代が「ドン底」で、街を「ジドウシャ」が走り、空に「ヒコウキ」が舞う「今」やっと、彼女の時代に追いつきつつある、ということか。
「アタシの家、あるかな?」
そう言って彼女は私を郊外に連れて行った。彼女の「家」は無かったが、「もだん」な家々に挟まれるように古めかしい石積みの壁が残っていた。私が知るままの由緒正しき「聖誕の家」だ。私の時代には壁と、口伝の由緒だけが残されていたが、「今」はご丁寧に由来を解説する碑が据え付けられ、老いた警備員が目を光らせていた。変わらないのは、壁に額をつけて祈る巡礼者達の姿。ただし当時と違って、秩序正しく列を作らねばならないし、数ギルとはいえ金を取る仕様になっていた。折角なので彼女に真贋を問うたところ、「周りの様子が変わりすぎてて分からない」と言う。ただ、当時は開けた場所にポツンと建った、旧い「キルティア」教会だったので、他にこんな壁が無いのなら本物かも知れない、とのことだった。
彼女に連れられて、「井戸」へと向かう。私の時代には既に屋根と壁で覆われた聖堂になっていたが、果たして建物もそのままに残っていた。巡礼者は多くいるが、私の時代ほどの厳粛さは無い。手に菓子を持ちながら、聖堂を背景に似顔絵などを描かせたりしていた。
かつては高僧のみが立ち入りを許された堂内は、誰でも入れるかわりに「聖誕の家」と同じく、金を取る観光地になっていた。「井戸」の奥には審美眼に特段自信のない私でも嘆息するほどの技巧で描かれた「最初の救済」を主題にしたのであろう巨大な壁画が存在感を放っていた。聖母の腹を借りて現世に舞い降りた「神の御子」が降臨早々人々を救うべく立ち上がり、井戸に巣食う厄災を伝える、最も神聖な場面の一つ・・・なのだが、肝心の本人は、壁画の「御子」を指差しながら「見て!チンチン付いてる。」とヘラヘラ笑っていた。
数日だが彼女と起居を共にして、段々とその性格が分かってきた。「正伝」とも「聖典」ともかけ離れた、ある種の天真爛漫さ。強いて例えるなら「礼儀のなっていないアルマ殿」とでもいったところか。
不思議には思っていた。如何に神威を纏おうと、「正伝」や「聖典」に記録された「厳粛で、あまりに高き所から「愛」を説く」だけの人間が、どうやって広範な人々の支持を得られたのだろうか、と。「飛空艇の墓場」で彼女自身も「あの頃は厳粛さを演じていた」とは言っていた。だが人間、如何に演じようとも地金を完全に覆い隠すことなど出来はしない。恐らくは「漏れ出て」いたのだろう。だからこそ、人々は彼女に付いていったし、ファラ教の司祭達は、彼女を恐れたのに違いない。現に私自身が今、右も左も分からぬこの時代で、その緩い笑みに救われているのだ。
10.1
この時代では宿屋に延々泊まり続けるのは褒められたものではないらしい。頼めば床を直してくれたり掃除をしてくれたりと貴族のような気分を味合わせてくれるが、その分、金子もかかる。とはいえ、部屋を借りる為には、継続的な収入を証明して信用を得なければならなかった。これは昔から変わらない。あの頃と同じように酒場へと向かい、求人の張り紙を見たり、面倒ではあるが人と交わる内に、二人揃って「時代劇の映画」とやらの「オーディション」を受ける機会を得た。ラムザの部隊にいた頃は「オフィサー」の立場だったために私自身が「儲け話」の類に出張ることは無かったが、ここではそうも言っていられない。見た目の問われる仕事だからと、ムスタディオにもらった紅を探したが、無くなっていた。不注意だろうか。申し訳ない限りだ。
10.7
「オーディション」は一発で合格した。「始める前からそんなに気張らなくて良い」と言われたが、私にはコレが自然体だ。本日は「撮影」で、演者の要領は昔ながらの演劇と同じ。ただ、観客の前ではなく、クリスタル?のレンズが付いた箱の前で行う。恐らく、クリスタルに映像を記録し、再生してみせるのだろう。誰ぞが「儲け話」の炭鉱労働のついでに、そのような「秘宝」を持って帰ってきたことがある。「オーディション」では散々、さまざまな状況を演じさせたにも関わらず、撮影は一瞬だった。牢獄を模した演台で手枷を嵌められ、出来の悪いモンスターの着ぐるみの前で「くっ、殺せ!」の一言だけ。だが、何故か随分と気に入られ、今度はもっと良い役でと言われた。契約書を交わして控えを貰った。「信用」の足しになるだろうか。
宿に帰って暫くすると、ラナがヒドく不機嫌な面持ちで帰ってきたので事情を聞けば、オーディションもそこそこに別部屋に連れて行かれて「ぶるー・ふぃるむ」を撮られそうになったのだという。護身術で「男優」と「監督」を投げ飛ばして問い詰めると「思いのほかナイス・バディだったので、コッチのほうが売れると思った。」と言われたらしい。手を上げた手前、逆恨みされて尾けられても困ると「テレポ」で逃げようとしたが使えなかった、と頭を捻る。
気になって2人で簡単な魔法を使おうとしてみたが、全く使えなかった。神経を研ぎ澄ましてみると、空気が「軽い」のが分かった。「魔」(ラナ流に言えば「ミスト」)の感覚が全く感じられない。街を出歩いても、魔具や魔石、エーテルの類は全く扱われていなかった。信じられないことだが、魔法が「消えて」いた。ここベルベニアだけなのか、それとも世界中がそうなのか?
1955 1.15
1カ月ぶりでようやく筆を執る気になれた。あの日の事など思い出したくもないが、書き残さねばならない。
映画の端役をこなしながら飲食店の給仕といった、単純ながらも糊口を得て、小さな部屋を借りることが出来た。空いた時間で図書館に通うようになった。飛ばされた「時」を埋めるためだ。歴史書を開き、「私の時代」から700年ほど経っている事が判った。当然のように、まず「私の時代」の項を開いた。
“英雄王の時代”と銘打たれた章に、「ディリータ・ハイラル」が目に入った。精悍な髭を蓄え、横には「オヴェリア妃」を伴った肖像。私の知るオヴェリア様ではなかった。髪型、面持ちなど似せてはいるが、「別人」だ。文面はオヴェリア様の事には特段触れていない。だが、私には判った。あの男は、オヴェリア様を「幸せに出来なかった」のだ。今、思い返しても荒んだ時代だ。何が起こったかなど容易に想像できる。王の権威を持つものが妃の名をそのままに「別人」を用立てなければならなかったとは、つまりは「そういう事」だ。
歴史書は、ひたすらに讃えていた。権威が権威たり得ず乱れた世を収めた平民上がりの「英雄王」を。何が「英雄」なものか。万人が讃えようと、たとえラムザの親友であろうと、私は断じて認めない!
部屋に戻り、泣いた。どれだけ泣いても涙は枯れず、ラナは一晩、何も言わずに私を抱きしめた。泣き腫らして事情を伝えれば、彼女は「分かる」と言う。守ると決めた、自分よりも大切な人を守れなかった悔しさは今でも消えることはない、と。「死都」であなたが話して聞かせた女の子の事かと聞けばそうだと言う。千と何百年経った今でも、ふと思い出す度に唇を噛むのだと。
私が「戻れなかった」理由が分かった。もし、元の時代に戻ってこの「顛末」を知ったなら、私は全てをかなぐり捨てて復讐鬼と化していただろう。畏国王だろうと何だろうと、交わした約定通りに、その素っ首を刈り取る事に人生の全てを捧げたろう。もしそうなって、道半ばに斃れたところに「聖石」が転がっていれば、私は魂を売っていたかも知れない。そうならないために、私は、私だけはここに飛ばされたのだ。それがラナの「兄君」の采配なのかは分からない。
ここに来た時から、帰ることなどは諦めていた。それでも平静を保てていたのは、ラナの存在もさることながら、信じていたからだ。私達が「ルカヴィ」を退けた現世で、オヴェリア様は幸福の内に安らかな生を全うされたのだと、漠然とだが信じていた。だが、それが否定され、私は柱を失った。「信仰」を失った時よりも百倍打ちひしがれ、人生に意義を見出すことが出来なくなった。オヴェリア様は私を求めておられた。それを振り切って、あの男を信じて託したのは私だ。あの男以上に、自分が許せなかった。今、ここにいる私は使命を放棄しただけの残りカスで、これから、ただ「死なないため」だけに生き続けるのか、と自問した。
結論から言えば、私はラナに救われた。「生きる意味を見失った」と腐る私に、彼女は言った。「一緒にいて欲しい。」と。
ラナは、私がここに飛ばされた理由を「アタシが独りぼっちが嫌いなのを慮った兄が、無理やりに付き添わせたんじゃないか。」と考えて、その実、心を痛めていたらしい。それでも、勝手の分からぬこの時代で分厚い仮面を被って生きる中、自分を知る人が横に居ることに救われてるのだ、と。
私は、私が考えた「ここに飛ばされた理由」を伝えた。ここに来たこと自体を悪くは思ってはいない、たとえ貴女の言った通りの理由だったとしても良いのだ、とも。
彼女は私を「一緒に戦ってくれた、アタシの本当の名前を知っている、ただ一人の友達」と言ってくれた。
私は決めた。ならば彼女を守ろう、と。私は恐らく、生きる目標を自分自身の中に見出だせる質の人間ではない。心に決めた人を守ることにこそ、意味を見出だせるというのであれば、今、暖房の効いた部屋の中、下着一枚でソファにひっくり返ってだらしなく寝ている彼女の安寧こそが私の新しい「生きる意味」なのだ。
1955.12. 25
今、私はコレを石炭を運ぶ鉄道貨車の中で書いている。1年越しに剣を帯び、ラナは拳銃を携える。5組の家族を護りながらの、西への逃避行だ。
20年ほど前、ラナの時代にはロザリアと呼ばれた東方の大国で、無産階級者達の「革命」が起きたという。はるか東方での国境紛争の最中、塹壕陣地に留め置かれた平民階級の兵士達が数か月に渡って豆だけのスープで耐え忍ばされた挙句、ようやっとで届いた肉に蛆が湧いていた事で始まったと言われる反乱。農奴から刈り立てた兵士達を消耗品程度に考えていた貴族と資本家からなる将官や国府の大臣達を血祭りに上げ、「無産階級労働者による人民政府」を標榜した。私の理解では「成功した骸旅団」だ。その人民政府が、自国の「革命」だけでは飽き足らず、「聞け万国の労働者」とばかりに鬨の声を上げて「革命の輸出」とやらを始めた。
「万人の平等」に始まる、耳障りの良い主張は各国の知識人、文化人を取り込み、ここベルベニアにおいても例外ではなかった。私にはそれが「(ウィーグラフ・フォルズ達の撒いた種が700年越しに実を結んだ)時代の自然な流れ」に見えたが、ラナは違った。「この「流れ」には、裏で糸を引き、焚き付けている連中がいる。」と言って警戒した。根拠を問うと「似たようなことをしていた「元プロ」の勘」だと答えた。そしてこうも言った。
「この「革命」は気に食わない。「怒り」が強すぎる。「愛」がない」と。
「愛がない」などと、いつものようにふざけて言っているのかと思いきや、その目は大真面目だった。革命とはそういうものでは?と問えば、彼女は「そうなのかもだけれど」と前置きしてこう言った。
「アタシの「糸」を引いた人は、一度だって、誰かを「倒せ」とも「奪え」とも言わなかった。「壊せ」と言われたのは、人の繋がりを阻む「壁」だけだ。」
暫くして、ラナの言っていることが理解できた。彼女曰く「準備万端」で群衆を扇動しながら現れた革命派の一党は、市庁舎を占拠し人民政府の設立を宣言。「人民を代表する」と高らかに謳い上げた連中が最初にやった事は「聖誕の家」の破壊と、ベルベニア・グレバドス教会の粛清だった。
特設の晒し台に教会から剥ぎ取った金銀の調度や祭祀具を積み上げ、その奥に神職達を立たせた。頭には珍妙な三角帽を被らせ、「私は「天国」を餌に人民から収奪した」と書かれた看板を首に下げさせて。
なるほど、確かに「愛がない」。衆目の前で司祭らを辱め「自己批判」を強要する様は、まるで異端審問官のやり口だ。
傷病人を癒し、私達にもそうしたように同じ釜の飯を食うところから始めたという、彼女のやり方とは「真逆」だった。
集めた群衆に罵詈雑言を浴びせさせる。ラナに言わせれば、焚き付けているのはサクラ、それも東方からの工作員で、群衆も少なからずが「動員」された連中。何も知らずに集められた人々は群衆心理に乗せられ、司祭達を憐れむか、そうでなくても大して関心も無かったはずだったのが10分後には同じく罵声を浴びせるようになる。
「アタシはね・・・見たからね。晒される側から・・・」
そう言う彼女の目は静かに憤っていた。
宗教を阿片と呼び、教会を神の名を騙る腐敗した特権層として糾弾する、革命派の思想。私は、ラナの考えはどちらかといえば彼らに近いのではないかと考えていた。だからこそ、教会が御大層に祀り上げる物を、茶化しては笑い飛ばしているのだと思っていた。
だが違った。ラナは言う。「アタシがやりたかったのは、神様を引きずり下ろして、代わりにそこに座ることじゃない。」
ラナが動く。私も付いていく。彼女は、晒し台に登ると革命の「闘士達」と親しげに言葉を交わし、晒された司教達の頬を張る。適当に作ったという「虐げられた」身上を群衆に披露し、気勢を上げる。
私はここで初めて彼女の「演技」を見た。迫真の一言。澱みなく、訴え、煽り、場を支配した。群衆の反応を見れば一目瞭然だ。闘士達ですらも狼狽気味に見える。
司教達に向かって「お前達は退場だ」と叫ぶと、彼らを晒し台から引きずり下ろし、トラックの荷台に乗せる。
数人の闘士を伴って郊外にある教会の墓地へと向かった。到着したところで、「じゃあ、よろしく」とぶん投げられた。「打ち合わせ」どおり「闘士達」を「バール」で打ち倒す。彼らは5人組で、拳銃で武装した者もいたが動きは完全に素人だった。隠した「剣」に手を付けずに済んだことは幸運だった。彼らにも、私にも。
ラナは上機嫌で「さすが!経験が違う!」といって私をおだて、「この流れにするのが大変だった。」
と溜め息をつく。
闘士達は、司教らを晒し台で処刑するつもりだったらしい。「革命は血で贖う」と息巻くのを「観衆には子供もいる」とか「奴等には自分で墓穴を掘らせてやるんだ」とか何とか理由を付けてゴネ倒し、司教達を「救出」できる状況を作った。
ラナは、ベルベニアに「革命」が押し寄せる事をかなり前には掴んでいた。この時代に来てから新聞は欠かさずベタ記事まで読み、足繁く酒場に通っていた。たまにベロベロになって帰ってくるので単に酒が好きなのかと思っていたが、情報収集と人脈作りに精を出していたのだ。
「外向性は情報員の必須条件。「大佐」の教えよ。」
二日酔いの頭を抱えながら彼女はそう言った。
酒場の大学生達とのコネから革命派に潜り込んだラナは、その計画を掴むと市のグレバドス教会に駆け込んだ。告解の体で、司祭達に市外への脱出を勧めた。
「聖アジョラ生誕の地で、教会の権威を地に落とす。そのために司教・司祭達を捕らえ「転向」させる。従わなければ「総括」する。」
今や洋の東西に諸派20億を超える信徒を有するグレバドス教会を「解体」に追い込むための「一撃」として東方共産大国が仕組んだ計画を伝える。だが、告解を聞いた司祭はじめ、誰も動かない。「信徒達を置いてはいけない。」「惜しむ命ではない。」そして極めつけの決まり文句「全ては聖アジョラの御心のままに。」
ラナは部屋に帰るなり帽子を投げつけ叫んだ。
「あの、クソ坊主共め!」
そして続けた。
「いいよ!そんなら「御心」のままにやってやるさ!」
そして、今日に至るというわけだ。
ラナは司教達を、別に連絡をとっていた「西側」の工作員に引き渡した。どれだけ言っても街を捨てようとはしない司教達に、それなら自分の「計画」に協力してくれ、と説得した。司教達は引き受ける代わりに去り際、ラナに頼み事をする。何組かの家族を匿っているので、彼らを助けて欲しい、と。いずれも「闘士達」に言わせれば「ブルジョア階級」と呼ばれる人々。要するに「貴族」のようなものか。場所を聞いて私は驚いた。まさか、教会の司教が「聖域」に一般人を入れるなんて・・・。
薄暮、「井戸」へと向かう。司教に渡された鍵を使って聖堂の裏門から入り、井戸の中へと入る。ラナは、いつもの勢いはどこへやらで、おっかなびっくり降りていく。下りきってから懐中電灯で奥を照らすと、洞穴のように横に伸びた空間から四十は下らない瞳が光を照らし返した。
「やるじゃん、「秘密基地」を使うなんてね。「クソ坊主」は撤回するわ・・・」
ラナはそう呟いて口角を上げた。
「貴族」と呼ぶには慎ましやかに過ぎる格好の5組の家族連れ・・・ベルベニア市民ではなく、より東のゼルテニア方面から逃げてきたという。
特段敬虔そうなご婦人達は銀の丁字架を手に「アジョラ様がお救いくださった。」と泣きながら繰り返している。ラナは顔色一つ変えずに井戸の上へと皆を送り届けると、何やら壁面をゴソゴソと漁った。
「あった!」
と叫んで引っ張り出したその手には、黒ずみ、歪んだ小箱。
それを大事そうに腰のポーチに仕舞った。中身を聞いたが、「お楽しみ 」との事だった。
家族連れは、司祭に更に西へと逃げるための手段を記したメモを預けられていた。司教達も黙っているだけではなかったのだ。
メモに従って手引きされた貨車の中で、身体を休めながら、こうして筆を走らせている。石炭貨車の中、真っ黒に汚れて身一つで逃げる様は、まるでワタリガラスだ。私自身は、とにかく肩が凝った。鎧を手放した代わりに、20kgからの金塊をずっと背負わされていたのだ。「アタシは軽装専門だから。貴女は慣れてるでしょう?」とはラナの弁。捨てていきたくもなるが「金(カネ)を舐めるな!」とキツく言われた。そんな事は百も承知だ。まあ、仕方がない。彼女は彼女で、小さな「苗木」を肌見放さず持ち運んでいるのを私は知っている。
なぜ、こんな事をしたのか、と問う。耳と目と口をふさいで嵐が過ぎるのを待つことも、貴女の意思とは無関係に膨れ上がった「教会」に余計なお節介など焼かず、もっと早くに自分達だけ逃げる事もできたはずだ、と。
「耳の聞こえない神様に祈って、答えが返ってこないのは仕方がない。でも、アタシはここにいる。名を呼ばれて聞こえない振りは出来ない。」
それが彼女の答えだった。
後でふとラナを見た時、足が震えているのが目に入った。黙っていようかとも思ったが、敢えて問いただした。彼女は素直に答えてくれた。「実は、怖くて堪らなかった。」と。壇上のアジ演説を除けば、「浸透」はじめ他は全て「学校」で学んだうろ覚えの知識だけで、実際にやるのは今回が初めてだったのだという。
「養成の共通カリキュラムに入っていたから勉強したけれど、国境地帯では必要無かった。アタシが「御子」に集中出来るように、こういう事は叔父さんや兄さん、「使徒」の皆がやってくれていたから。まさか、自分でやる日が来るなんて・・・」と、目に涙を溜めながら大溜め息をつく。
1956. 1.3
「貨車」が止まり、私達が受け入れられたのは、フォボハム地方の北海沿いにある小さな街だった。
ラナの時代には「アルケイディア」と呼ばれた「西側」の民主主義大国政府とグレバドス教会「ミュロンド」市国によって運営される「支援組織」からあてがわれた家は、質素ではあったが「私の時代」とは比べ物にならないほど堅牢に作られ、外には雪が積もる今この時も部屋の中は春の陽気の中のように温かい。
私達の他にも、「東側」から逃げてきたという人々が多くいた。「世界同時革命」の余波に民族運動、私の知らない「飛ばされた700年」の間に諸派に分かれたグレバドス教会やら、そこから更に分派した新宗教との確執までが連動して、私が「イヴァリース」と呼んでいた国は、今はバラバラに分裂したという。私達を受け入れた「国」は、将来を見据えた人口・人材獲得政策も兼ねて、「グレバドス教徒ならば」という制約は付けたものの亡命者を積極的に受け入れていた。ゼルテニア、ベルベニアにルザリアといった歴史ある都市からの亡命者を多く受け入れたこの街の名を、「伝統と由緒ある名を守るために」と「St.(聖)イヴァリース市」に改名する。酒場で街の声を聞けば、「こんな田舎町に畏れ多い」という声は多かったが、否定的な反応は少なかった。
住民登録をする際に、市の担当者と簡単な面接(という名目の、異教徒を弾くためのテストだろう)が行われた。洗礼名を問われ、ごく初歩的な「言行録」に関する問い。私には簡単すぎるものだったが、問題はラナだった。「洗礼名」と言われてもピンとこず、当てずっぽうで使徒セレーナの名を答えて何とかクリア。「言行録」は、尾鰭の付いた「伝承」に対して本人の実際の言動で答えたものだから、面接官から「恐らく、小学生くらいからは全然ミサにも行ってないのでしょう。今は時代も良くなりましたが、何百年か前なら異端審問所送りですよ?」と冗談交じりにたしなめられたという。極めて不満げな「教祖様」の膨れ面に笑わせてもらった。使徒セレーナは「旅人」の守護聖人なのだと教えると「変なところだけ正確なのね!」と目を丸くしていた。その日の晩はひたすら「セレーナ」の思い出話を聞かされた。
私達が保護し、共に亡命した家族連れは、小さな建設会社の社長一家とその親戚、そして彼らと親交のある農家の家族だった。「貴族」などとは程遠い。「社長」という肩書と、少しばかり大きな農場を抱えていたがために「富農」のレッテルを貼られて財産を奪われ、命からがら逃げてきたのだという。
ラナは一計を案じると、金塊のうち1本を「解放」した。目をひん剥く社長に預けると、この街でも建設会社を起業させた(因みに、金塊は鋳潰される直前に「神聖ユードラ帝国ミュロンド造幣局」の刻印が目に留まり、「世紀の至宝」として世を賑わせた)。彼女と私も社員として就職した。彼女が選んだ職能は「重機オペレーター」。聞けば「才能を活かせそう」だったので、という。亡命者のための住宅も必要になるから、この業界は明るい、とも。ラナは、その言葉通りにアレよという間にパワーショベルやらテレハンドラーの資格を取得していった。「MT(最後の戦いで私達が動かした、人が乗る鉄巨人の「廉価版」のことらしい)と、どっこいどっこい」というのが彼女の感覚らしい。「私はどうすれば良いのだ?」と聞けば「そのうち「特技」を活かすことになるかも。」と言われた。
特技?私のは荒事だけだ。大丈夫なのか?
1956.9.25
ラナの「予言」が当たった。建築業界の仕事や人足の采配には、少なからず地元の顔役、というかヤクザ者が絡んでいる場合があった。そこに余所者の社長が会社を作って(正確には、ラナに作らされて)乗り込んだものだから、トラブルになる。最初は挨拶がてら「弁えるように」と忠告に来たのだが、ラナは下手には出なかった。奴等は下劣な本性をさらけ出し、会社の若い衆(と言っても私達より数歳若い程度だが)を夜陰に紛れて袋叩きにした。見せしめというわけだ。地元ではボンボンの3代目だったという優男の社長は恐れおののいたが、ラナは動じない。
ここで私に声が掛かる。報復。当然だ。「隊員」をゴロツキにやられて黙っているようでは、私の時代では生き残ることは出来ない。手に持つのが「剣」ではなく「バール」なのがせめてもの慈悲だ。
ラナはパワーショベルに破砕機を取り付けると私の駆るトラックで(私も何もしていなかったわけではない。剣を振るう機会もなくなった分、運転免許等「飯の種になる」資格は幾つか取った。)件のヤクザ者の「事務所」へ。一切の躊躇なくパワーショベルで建物ごと破壊する。まさに「天誅」。ゴキブリかネズミのように炙り出されてきた連中の「処理」が、私の仕事だった。この時代は、私の時代に比べれば随分と平和だ。まともに治安維持も機能しているから、イキっているつもりのゴロツキ達もそれに合わせて軟弱になるらしい。20人ほどが出てきたが、見たところ人を斬ったことがありそうなのはせいぜい3、4人といったところだった。連携している節もない。刀を抜いたというのに気勢を上げるばかりで腰が引けていた。とっとと掛かってくれば良いものを。
魔力を帯びた「聖剣技」こそ使えはしなかったが、片っ端から打ち倒していった。囲まれなければ1人も20人も大して変わりはない。
女2人に任せては沽券に関わる、と会社の職人達が駆けつけるまでには全て終わらせる事が出来た。
1956.10.5
今日、先日の「出入り」に関する警察の聴取が終わった。やった事がコトだけに、かなり面倒くさいことになるかと思っていたが、相手が警察も手を焼いていたヤクザ者ということもあって、聴取は信じられない程友好的に進んだ。それどころか、警察署の「剣道」部員達を指導してみてくれとまで言われた。実戦ではもう使わないが、精神修養や体力錬成のために警察では推奨されており、警察署対抗での全国大会もあるのだという。
ラナと警察署を出ると、「サツ回り」なる業務中の新聞社員や、安愚楽系の週刊誌の取材を受けた。女2人でヤクザをのした、というのが相当に話題性があるらしい。大層驚かれるが、コチラはほんの「2年前」まで異端者呼ばわりの賞金首で、延々命を狙われながら野盗に騎士団、「ルカヴィ」までを相手にしていたのだ。あの程度の連中に傷を付けられるようではラムザ達に顔向けできないし、「雷神シド」の足下にも及ばないだろう。ラナはラナで、戦技はともかく胆力が半端ではない。人生経験がとにかく人間離れしているからだろうか。
人前であれこれ話すのが好きではない私に代わって「取材慣れ」した彼女が対応してくれた。写真をせがまれると何故だかカメラマンを待たせてまで化粧を直し、「いっとう綺麗に写ったヤツを使え」と何度も念を押す。「ちゃんとしとかないと後で後悔するから」と私にまで化粧と身だしなみを強要し、二人並んで写真に納まった。
ラナによれば「予言」のとおりヤクザ者とのトラブルはある程度予想していたらしい。何故そんなリスクを取ってまで建設会社など作らせたのかと問うたところ、彼女は「計画」を語って聞かせてくれた。曰く、自身の糊口もさることながら「今後、「東側」から逃げてくる人々の働き口を世話するため」なのだと。ベルベニアで作った「西側」情報機関や逃亡を拒否して地下に潜った教会司教らとの人脈を使って、迫害されたグレバドス教徒らを逃亡させ、受け入れる。更には、「支援組織」でも手当てしない職業訓練と斡旋までをフォローするのだと。会社で買い入れた重機やトラクターで訓練させて職能を身に着けさせれば、移住先でも「不良債権」扱いはされない。一カ所に固まって地元民と職を食い合わないよう、派遣先もマネジメントし、必要なら建機やトラクターも貸し出す。
なるほど、遅かれ早かれ、人足を囲って「手配」で稼ぐヤクザ者と衝突するわけだ。警察としても、ゴロツキにやらせるよりは、真っ当な企業がやってくれるのであればそれに越したことはない。
まだ「計画」は走り出したばかりで、今後も「荒事」になりそうな時はよろしく頼む、と言われた。
望むところだ。腕も鈍るまい。
今度こそ、守り切ってみせる。
1956.10.30
ラナが部屋でうんうん唸っているので事情を聞いたところ、暫くはぐらかした挙句「告白された。」とのこと。誰かと聞けば、会社の経理部門にいるニールセンだと言う。「線の細い童顔の優男」くらいの印象しかなかったが、聞けば業務調整の体で呼び出されたところに「愛の告白」なるモノを受けたのだ、と。曰く「姐さんの「侠気」に惚れました!」とのことで、真面目なのかふざけているのか測りかねるが、もし前者だとすれば大層蛮勇を振り絞ったのだろうと察する。ラナは「どうしたものか」と聞いてくる。私にこの手の事を聞いてくるのがそもそも間違いだ。私も含めて、あの時代の所謂「良家」と呼ばれる家の女にとって、色恋などというものは戯曲の世界のことでしかなく、実際には家の頭領が決めた嫁ぎ先に向かうか、それでなければ修道院か騎士団に入るかを選ぶくらいでしかない。
貴女は彼をどう思うのかと聞けば、「亜麻色の髪が印象的なくらいで、他は特に。」とのこと。「嫌いなのか」と問えば「そんな事はない」という。ならば答えは見えているだろう。目の前に出された「食べたことの無い料理」が口に合うかなど、考えて答えの出るものでもない。口に入れて美味ければ儲けもの、不味ければ下げれば良いのだ。その意味を込めて「取り敢えずは、食ってみたらどうだ。」と助言したところ、目を丸くして「あなたって、見かけによらず肉食なのね!」と感嘆された。どうやら意味を履き違えられたらしい。
1957.1.27
この時代に来てからのラナには、ちょっとした「趣味」があった。私の感覚では、あまり褒められたものではない。「自身」や「使徒」に関する言行録や伝説を漁っては、「史実」からかけ離れたそれらを笑い飛ばす、というものだ。生まれた途端に歩いて話す、などというのは極端な例だが、古くから残され、伝えられた自身や使徒達の人間離れした「聖者」としての数々の伝説は、「事実」を知る身には面白可笑しいのだろう。だが、「文明の崩壊」を挟んだ千年以上の時間は、事実を歪ませた挙句に「荒唐無稽な神話」に変えてしまうには恐らく十分なものだったのだ。事の真偽は別にして、無垢に信じている人々も多いのだからあまり馬鹿にするものではないとたしなめたこともある。
そんな中、グレバドス教会ミュロンド本庁が、保管していた聖遺物群を一般公開した。共産革命や、それに伴う東西対立の中で、動揺する信徒の心を収めるために企画されたらしい。信心深い人々が歓ぶ一方で「どんな珍品が出てくるのだろう」と全く違う方向に喜び勇んだラナは、私も引き連れてわざわざミュロンドにまで向かった。それが昨日のこと。
今、彼女はホテルの部屋のソファに突っ伏してストールを頭に被り呻きながら身悶えしている。いつも小馬鹿にしているからしっぺ返しを食らったのだ。アレが「本物」なら切腹ものの恥辱だが、面白いので書き残す。
特設会場となった寺院は、私にも懐かしい「戦場」だった。かつて、私達の侵入を固く拒んだ正門は、あの頃の教会が醸し出していた陰鬱な雰囲気とは真逆に、解放され、陽気な雰囲気に包まれていた。堅牢な門に続く参道には軽食や土産物の屋台が並び、敬虔な巡礼者達もここでは存分に羽根を伸ばしているようだった。大人達が拝観している間、堂内には入れない子供達を修道士達が預かってあやしている様は実に微笑ましい。同じグレバドス教会でも、時代でこうも変わるものかと感嘆せずにはいられない。この時代に来てから一度たりとも、異端審問やグレバドス教絡みの宗教紛争の話は聞いたことがなかった。1年ほど前に名のある司教が聖歌隊の少年に手を出していたことが暴露された時は、世論の大顰蹙の末に司教は即刻罷免され司法の裁きに掛けられた。私達の時代なら、恐らくは闇に葬られていた案件だ。如何に戦乱で権威が落ちていても信徒達が「天国の鍵」を持つ司教を糾弾するなどということは有り得なかった。ラナは「「私達の時代」には行きたくない。」と言っていた。そうであるならば、自らの名において人が苛まれることのなくなったこの時代は、彼女にはおあつらえ向きに違いない。彼女がベルベニアの司教達を救おうとしたのも、今の教会を決して嫌ってはいないからなのだろう。
堂内の展示物は彼女の「趣味」を満足させるものだった。まずは第1級遺物の「遺骨」・・・クスクス笑いながら「ねーよ」の一言で片を付ける。ただ、遺骨については、ほうぼうの教会で認定されたものを集めると怪獣サイズの化け物になってしまうというので精査が検討されていると注釈があった。天界で作られ、改悛したユードラ皇帝にアジョラが直々に下賜したという見事な「聖杯」には人々が群がりカメラを向ける。ここでも彼女は鼻で息を吹きながら「「聖杯」が見たけりゃ、酒屋でグラスのオマケがついた酒を買えばいい。」と笑う。第2級遺物の「使徒」由来のモノについてはもっと辛辣だ。彼女や、彼女の兄君によれば、「使徒」の半分は、私達が言う「人間」ではない。信じられないことに、私の時代からたったの千と何百年前には「人間」は数多の種族の一つでしかなく「ヒュム」と呼ばれていたという。
堂内の一角に厳重にガラスで囲われたケースの中には「使徒モリタが着用したローブ」が展示されていた。もちろん、「人間」の男が着るように作られたモノだ。ラナは「モリタさんがこんなの着たら、埋もれてどこに行ったか分かんなくなっちゃう!」と突っ込む。使徒フレアの帽子には「耳を通す穴が無い!」。
ラナ程ではないが、私にも「違和感」のある展示が目についた。遺物ではないが、壁面に「ゾディアック・ブレイブの力を得た聖アジョラ」の姿が描かれていた。私がラムザ達と突入した時には無かった。もっと後の時代に描かれたものだろう。上品な白銀の胸甲と煌びやかな象眼の入った手甲を身に着け、背に翼と後光を纏った眉目秀麗なる青年として描かれている。「何も知らない」芸術家が月並みな想像力を逞しくして描いたのだろう。技巧は大したものなのだろうが、勿論、私の知る「実物」とはかけ離れている。もし私に画才があって、ここに「本物」を描いたらどうなるだろうか?恐らく、
「神聖な場所に卑猥な絵を描くんじゃない!」とでも叱責されて、つまみ出されることだろう。世が世なら火刑だ。
なるほど、「教義」だけでは民衆を感化するに足りないとでも考えたのか、彼らにも「分かりやすい」霊験を示そうとして神話・伝承を作り出し、それを粉飾するために遺物や絵画をでっち上げたのだ。ラナにはそれが滑稽でたまらないのだろう。いつしかそれらは、「作った側」自身をも欺くことになったのだ。私も、その片鱗を感じることができた。
ラナは一片の布切れの前で立ち止まり、群衆と同じように覗き込む。解説のプレートには「聖骸布の欠片」の文字。鞭打たれ、手足を釘で打ち抜かれて磔にされたアジョラの遺体を包んだとされる布の一部とされるその布切れには、聖痕から滲み出た血の跡とされる染みが残り、その苦難を連想させる。ラナは暫く煙草の箱より少し大きい程度の面積のソレを食い入るように眺めると、不意に両手で顔を覆いながら踵を返して去っていった。追いつき、覗き込んだその顔は真っ赤で、目は泳いでいる。何があったのか、と尋ねてもここではイヤだと言うので、退出した後にカフェで話すことに。その道すがらでも「信じらんない。」だの「バカじゃないの。」などとブツブツ呟いていて不気味な事この上ない。
カフェのテラス席に腰を落ち着け、温かいミルクティーでひと心地つける。ラナが口を開く。自分の「処刑」は、丁字架に晒されはしたものの、鞭打ちも無ければ釘打ちもない薬物注射、つまり、「一滴の血も伴わない」ものだった。それなのに、展示された小さな「聖骸布の欠片」に血の跡らしきくすみが残っている。一体何故なのか、この「布」は何なのだと目を凝らして見ると、布に押し込まれた小さな「刻印」が彼女の目についた。教会も「刻印」には気付いていたらしいがそれが何なのかはよく分からなかったようで、解説には「謎の「聖印」が刻まれている。」とだけ記載されていた。だが、ラナはその「聖印」に見覚えがあるという。何だと聞けば小さな声で「メーカーのロゴマーク」だと答える。何の?と聞くと、今度は身体を前後に小さく揺らしだす。蚊の鳴くような声でボソリと呟いた答えは「ナプキン」・・・。
絶句・・・だが、他の遺物(モノ)が彼女の言うようにインチキまみれなのなら、それこそ出所不明の最たるものだ。そう伝えたのだが、「そういう問題じゃない」と言う。「一億万分の一の確率でも、なんかもうダメだ。」そう言って顔をテーブルに突っ伏す。行きにこの道を通った時の勢いはどこへやら。
私はできるだけ優しく彼女の肩に手を添えて「別の「趣味」を探せ。」と忠告し、話題を変えた。ニールセンとの「付き合い」の進捗を聞けば、存外上手くいっている、との事。先月は、世界中の菓子を集めた博覧会に誘われ、生来の甘味好きも手伝って大層楽しんだのだという。それまでは大して気にも留めていなかったが、横にいて話していると、私とは違う意味で「肩肘を張らずに済む」男で、まるで自分が始めからこの時代にいる「ラナ」であるかのように思わせてくれるのだ、と。
私もニールセンの顔を思い起こす。飄々として、大した欲も、腹に一物もなさげな大きな目。恐らくは、目の前の小さな幸せで十分に満足できそうな、悪く言えば小市民。あの「英雄王」のそれとは対照的。それが私の印象だ。いいじゃないか。破茶滅茶な人生を歩んで、今も「計画」のために働き続ける彼女に必要なのは、背負った荷物を降ろし、頭を預けてゆっくり休める胸と肩だ。その役目は私には出来ない。私ではどうやっても、その「重たい真の名」が思い起こされるだろうから・・・。
1957.1.29
私は今、「マージャン」なる卓上遊戯の教本と頭を突き合わせている。ラナの時代よりもなお古代に生まれた遊戯らしいが、中々に奥が深そうだ。
教会の伝承や遺物を茶化すのからは距離を置いて「別の趣味を探せ」と忠告したところ、早速どこぞから一式買い求めてきた。私には教本を寄越すと「一人じゃ出来ないから貴女も覚えて」と言う。ニールセンはじめ社員達にも渡したらしい。何でも四千年以上前からある由緒あるゲームで、元々ラナは「教祖」時代にも暇を見つけては「使徒」達と卓を囲んで勤しんでいたのだという。「彼女の時代」の伝承では、かつて戦に明け暮れる諸侯に「哀れな兵士・農民の血を流させる代わりに、この遊戯をもって雌雄を決せよ。」と神が授けたのだという。事実だとすれば大層な名案だ。なぜなくなってしまったのか(まあ容易に想像はつく。大方、負けたほうが結局、剣を手に取ったのだろう)。
しかし、難解な異国の古代語で綴られた「役」の名前が非常に覚えづらい。その点、ラナに訴えると「自分で技名を付けてしまえば良い。」と言う。まあいい。確かに私も「趣味」がない。St.イヴァリース市警察への「剣道」指導も趣味と言えなくはないが、人の一人も斬ったことのない警察官達の性根を叩き直すのは正直、骨が折れる。警察官達は私のことを陰で「アレは何人も殺している目だ」と噂しているようだが、実際、そのとおりなのでしょうがない。そういう時代だったのだ。
古代数字で「一」から「九」まで気持ちよく並んだ「役」のページが目に入る。「清一色」・・・ダメだ、読めない。ラナの教えに従い、「役」の雰囲気から自分で技名をつけた。
「聖光爆裂波」
これで覚えられる。
1957.12.13
本日、ラナの「結婚式」を無事終えた。彼女の新しい人生の門出だけに、役所の手続きだけではなく小さくても「式」を挙げてやりたかった。とはいえこの国の一般的な挙式はグレバドス教式だ。私はその日の彼女を徹頭徹尾「ラナ」でいさせてやりたいと思い、何とか理由を付けて人前式で行うことを周りに納得させた。ニールセン家の面々が大して敬虔でもない「名ばかり信徒」だったのが幸いした。
この1年近く、あの優男も随分と男を見せた。国外に赴任させられていたのが、全財産にローンまで組んで自動車を購入すると400km近く離れたSt.イヴァリースまで毎週末欠かさずに訪れた。ラナに会うためだけに、だ。彼女も随分と意気に感じたらしい。この数カ月は、車のエンジン音が聞こえると待ち焦がれたかのように部屋から飛び出していくのを見るのが微笑ましかった。
白無垢のドレスを着るのは今日が二度目なのだと言う。前回は処刑された日、本心では望まぬ晒し刑と処刑に際して、ユードラの皇帝がせめて辱めを受けぬように差配したのだと。私は彼女に、せめて今日だけは「昔のこと」は全て忘れるよう諭した。彼女は「ありがとう」と言いながらも、兄に祝ってほしかったと涙を流す。「人並みに」幸せになってのけた自分を見てほしかったのだ、と。私は家から持ってきた「樹」の鉢を彼女に見せた。まだごく小さいが、もう「苗木」ではない。ひな壇の上、一番貴女がよく見える場所に置く旨を伝えた。彼女は礼を言い、「ブーケ・トスの際には必ず一番前に立て」と指示してきた。私はそういう質(タチ)ではないと固辞したが、「アタシだって「何年」か前まではそう思ってた!」といって聞かなかった。
今、家には私一人だ。寂しくないと言えば嘘になる。まあ、会社に出れば毎日会えるのだが。
花瓶に生け直した小さな花束が私に微笑みかけているようで、どうにも可愛らしい。
おめでとう、ラナ・ニールセン。
1958.3.27
ラナが「計画」の準備が整ったと言ってきた。以前、彼女が私に話して聞かせた「構想」は海の向こうの自由主義大国政府の気を引き、彼らが主導する旧イヴァリース構成諸国への反共支援施策「マーシャル・プラン」の一事業として取り込まれた。ただし、「前回」のように大国の意向の影響を受けることのないよう、事業自体は全て自己の資金と人材で行い、国家からは指揮は受けずに情報の支援のみを得る。ベルベニアで私達が救った社長は「自分の器ではない」と言って社長の座をラナに譲った。二十代半ばの女社長の出現に業界はザワついたが、社内で異論を挟む者はいなかった。いち重機オペレーターとしての技量と、ヤクザ相手の大立ち回りが職人達の心を掴んでいたし、やや大雑把だが果断な決断力も経営部門の支持を得ていた。社内の誰もが「センスだけでどうにかなるものではない。」「一体、彼女は何なんだ。」と話題にした。答えを知るものは彼女以外、誰もいないし、この先も現れないだろう。唯一、全てを聞ける私とて当時を見たわけではない。
ラナは先代社長の姓を冠していた社名を変更する。
「RABENNEST(ラーベネスト)社」
西側情報機関と東側諸国に残ったグレバドス教地下教会の手引きによって「東側」から脱出してくる煤まみれ、泥まみれの真っ黒な「ワタリガラス」達。彼等が羽を休め、自由主義陣営の労働力として再び羽ばたくための「巣」。主に建設重機や農林業用機械のオペレーターの養成と派遣を請け負う。オペレーターに向かない者は「社員」としてオペレーターの生活支援、派遣先の調整や契約仲介、加えて重機やトラクターを所有する者には維持整備支援等、種々のマネジメント業務を行う。元々の職人達も、いちオペレーターとして再契約し、活躍の場を国外にまで広げる事が出来る。派遣先の国に定住するわけでもないので移民問題にありがちな軋轢も少なくできるだろうし、何より殆どが同じグレバドス教徒だ。ラナは「ゆくゆくは宗教の縛りも無くしたい」と言っていたが、それはまだ当面先の話になるだろう。それは彼女にとっても未知の世界だろうから。
私は資金として、自分が持っていた「金塊」の拠出を申し出た。彼女は固辞したが、半ば無理やり押し付けた。これは私の度量で使いこなせる金(カネ)ではない。結局、彼女は受け取ったが、後で知ったところでは実際、私の金塊が無くても自己資金での計画発動は可能だった。ベルベニアの「井戸」で彼女が取り出した古い小箱。彼女が幼少の時分、所属していた子供クラン「マフディ団」の「宝箱」。その中身は「大空賊チョコ・トレーディングカード」の一式と数枚のコインだった。極めて保存状態良好なカード(それもコンプリートされた)は世に出された途端、歴史資料としても蒐集物としても超級と認定された。コインは何れも安価な材質であったが、その中に含まれていた「アーシェ・B・ダルマスカ即位三十周年記念硬貨」が歴史的価値の高いものとして耳目を集めた。オークションハウスで付いた競売価格は合わせて200億ギル。私が委ねたユードラ帝国造幣局製の金塊にも地金の数倍の価格が付いた。文明崩壊前の遺物は、保存状態さえ良好なら何れもが極めて高額で取引された。カードの中でも特に目を引いた、7色に輝く表面処理がなされた一枚に描かれていたのは、私にも見覚えのある顔。「世界最速の空賊・バルフレア」・・・あの男、インチキでは無かったのか。
否が応にも世間の注目を浴びたラナは多くを語ることはしなかったが、押し寄せるインタビューにただひと言「使徒バリアスに感謝の祈りを捧げます。」とだけ答えた。
1961.7.25
ラナの「ラーベネスト社」は順調に回転しているが、やはりというか問題が発生した。彼女の活動を敵視する東側の情報機関による襲撃計画。彼女の「秘書」の一人として警備を預かる私の下には逐一、西側情報機関からの情報が提供された。面と向かっての戦いで負ける気はそうそうしないが、非正規戦となると私一人の力では限界がある。西側の機関がそれらの計画を未然に潰してくれてはいたが、やはり人任せには出来ない。提供された東側のコントラクター・リストに「カミュジャ」の文字を見つけた時、私は警備専従組織の設立を決めた。彼女を「二度も」敵の官憲やその手先の手に落とすことは許されない。私個人にとっても、オヴェリア様を守れなかった事への「雪辱戦」だ。新たに組織した警備部署の名は「ゾディアック」。彼女を守り通すという任務を完遂するまで「勇者(ブレイブ)」の称号を冠することは無い。担当正面毎に十二宮の名を割り振り、主担当者も身元を手繰られぬよう、コードネームで統一する。「ルカヴィ」の名前を付けるわけにもいかないので、単に「No.1」〜「No.12」とした。私自身は、この時代に来て間もない頃、ラナが私に付けた愛称を名乗る。不躾にも、私の名前が長くて言いづらいと、綴りの頭二文字をとって略した「A’n’G(アンジー)」。今まで彼女だけが、私をそう呼んでいた。これからは、その名で「ゾディアック」を率いる。
今日、数日ぶりに出社してきたラナに会った。すっかり身重になった体を抱えて、それでも自らに課した責務を果たそうとしている。私が守るべき命は二つに増えた。腕っぷしは全く期待出来ない彼女の旦那も入れれば三つか。
1961.11.22
3日前、ラナが「娘」を連れて、私の家を訪ねてきた。彼女らしくもなく、私の顔を見るなり泣きついてきた。私がオヴェリア様を「失った」時と真逆だ。産後の不安定ななんとやら・・・かとも思ったが、事情を聞くとそうでもない。原因は「髪の色」だった。
ラナの子は、彼女とは正反対の黒曜石のような黒い髪。彼女は大層喜んで「ザーリャ」と名付けた。その名の子供の事は彼女自身から何度か聞いている。彼女の「生き写し」にして、彼女を「ルカヴィ」に堕としたトラウマ、「文明の崩壊」の遠因でもある。その娘を我が子に重ね、今度こそ幸せにすると誓ったのだろう。その顛末と決意を想像すると胸が熱くなる。
彼女の旦那は名づけには何も言わなかったが、しかしその髪色を問題にした。自身の亜麻色でも、ラナの白髪でもないその色に、彼女の不貞を疑ったのだ。激昂するような性格ではないが、その代わりにすっかり拗ねて引き籠ってしまったという。娘を認められず、ラナの話を聞こうともしない旦那の態度に、ただでさえ産後間もない彼女は大層傷ついていた。
役所で引っ掴んできたのだろう離婚届を手に「もう彼とは無理かもしれない。」と、普段なら絶対に口にしないような弱気な事を言う。私は改めて自覚した。彼女を守るということは、単に生命を保障するだけではない。その心も守らねばならないということだ。
恐らく、あの時はそれが出来ていなかったがために、私はオヴェリア様を「喪った」。
私は剣を手にとり、彼女を伴ってニールセン家へと向かった。旦那が引き篭もる書斎のドアを蹴破り、目をひん剥く彼の前に抜き身の剣を置く。ただひと言、「彼女の事は私が保証する。信じられないのなら、私を斬れ」と迫った。私はこういうやり方しか出来ない。アレコレ議論するのは苦手だ。
結局、彼は納得してくれた。自らの不明を詫び、命を掛けて二人を守ると約束してくれた。
彼には「万一、貴公が不貞をはたらくようであれば、私が叩き斬る」とも伝えた。それを聞いてラナもゲラゲラと笑った。笑顔を取り戻してくれて何よりだ。
1962.7.5
先月、ラナが娘のザーリャを連れてやって来た。私に抱かせて「可愛いだろう」「貴女も欲しくなるだろう」と押し売りのように迫ってくる。半年前の「危機」が幻であったかのように、のろけてくる。案の定、裏があった。ひとしきりのろけた後、真面目な顔で「貴女はどうするの?」と聞いてくる。この流れで「何の事」か察しがつかないほど阿呆ではない。
「自分はこれで良いのだ。選んだ道だから」と伝えるが、ラナは納得しない。「貴女は昔のアタシみたい」と言う。「1回選んだ先の一本道だけが自分の使命だと思い込んでいる」と。
「アタシは流石に「御子」をやりながら恋愛だの家庭を持つだのは出来なかったけれど、貴女はそうじゃないでしょう?確かにアタシを護ってとは言ったけれど、時代も自由なんだし、それだけに人生を使わないで!」と半ベソをかきながら訴えてくる。
家庭を持ってから、彼女は本当に涙脆くなったと思う。それを「弱くなった」と見るか「心が豊かになった」と見るべきか。
「男漁りをする気にもならないし、酒場で向こうから声をかけてくるのは殴り飛ばすか金的を蹴り上げたくなるような奴ばかりだ。」と答えれば、自分の目利きで見繕ってやるから待っていろと言う。何故そんなにお節介を焼くのかと聞けば、「食べてみて美味しかったモノは、人にも勧めたくなるでしょう?」とのこと。言い得て妙だ。
今日、その男と会ってきた。金髪を束ねて後ろに括った、少し年下の青年。会社の重機整備部門に勤めるエンジニアとのことで、私が通る度に目で追いかけているのをラナが目ざとく見つけたのだという。かなり緊張していたようだが、私とてこういう場の取り繕い方が分かるわけでもないからどっこいどっこいだ。金髪の「彼」は、私に小さな小箱を差し出してきた。「きっと似合うと思って」と言って。
開けてみると、可愛らしい、そして見覚えのあるデザインの紅が1本。付属の冊子を見れば「光の妖精・ティンカーリップ。資料、文献を集め、当時の原料、製法もそのままにイヴァリース中世の浪漫を此処に復刻しました。」との売り文句。
やれやれ、「アイツ」め、生まれ変わって出てきたとでもいうのか・・・いいだろう。美味いかどうか、試してみようじゃないか。
1973.10.28
ラナが「歴史家」を拾ってきた。捨てられた犬猫のような言いぶりだが、実際にそうなのだからしょうがない。年の頃は三十ほどか。アラズラム・デュライと名乗る研究者というには若いその男は、「壁」で東西陣営に分断されたルザリアの東側で中世イヴァリースの研究をしていたらしい。アジョラの「神性」を否定する等、グレバドス教会の権威に喧嘩を売るスタイルが東側の共産政府に気に入られて後援を受けていたのが、論文が彼らの言うところの「科学的社会主義史観」とやらに合っていないと批判され、撤回と自己批判を拒否すると一転、粛清対象になったのだという。収容所(ラーゲリ)から逃げ出して西側の情報機関に保護されたのだが、その主張故にグレバドス教を奉じる西側各国政府からは煙たがられ「この子を拾って下さい」状態になっていたのをラナが引き取ってきたのだという。真意を問いただしたところ、特段、深い考えは無いようで「この「坊や」がどこまで「真実」に近づけるかちょっと見てみたくなった。」との事だった。勿論、ラナから彼に助言はない。私も「答え」を教えないよう言われた。
逃亡時に肌見放さず持っていたという書きかけの原稿を見せてもらった。「聖アジョラの実像に迫る」と題された論文の序文。どちらかといえば「失われた古代史」だが、そこを詰めないことにはこの国の中世は語れず、どんなに遠かろうと必ず「真実」にたどり着いてみせると怪気炎を吐く。その目にはただならぬ気迫、単に史実の探求にとどまらない「何か」を感じさせるものがあった。その脇でニヤニヤと笑顔を浮かべるラナ。このイタズラ者め。哀れな歴史家をオモチャにするつもりなのだろうが、しっぺ返しを食らっても知らないぞ。
1975.3.21
ラナは、アラズラムのパトロンになる代わりに、彼に四半期毎の「定期報告」を課した。今日は「春分」の定期報告。前の冬至以降の四半期の研究結果を披露する場だ。何故か会場は私の家の応接間。まあ、夫も子供も仕事に学校と家を空けているから構わんが。
アラズラムはいつになく興奮しながら、今季の成果を「アジョラが「女性」だと判った事だ!」と言う。ラナの目が俄然丸くなる。どうやって導き出したのかと興味深げに問うた。アラズラムは答える。
「以前、ミュロンドで公開された「聖骸布」の正体が判明したのです。あの布に遺された「聖印」は・・・」
次の瞬間、ラナの右正拳がアラズラムの顔面にめり込んだ。ここに来て忘れかけた古傷をほじくり返されるとは・・・だから言わんこっちゃ無い。
ラナは、それでアラズラムを切る事はしなかった。あの「聖骸布」の主が誰であれ、兎にも角にも、彼は一つ、世界が忘れた「真実」を導き出したのだ。
目に青タンを作って呆然とするアラズラムにラナは「引き続き、精進せい。」とだけ伝えた。
彼女は部屋を去ってしまったが、アラズラム曰く、まだ報告事項はあるのだという。私が代わりに聞いておくと言うと、「今、英雄王の「友人」に注目している」のだと言う。教会の記録には「異端者」として残されたその「友人」の家系を追い、今に生きる子孫にインタビューをしているのだが、彼等の語る「伝承」の中に、私と「同姓同名」の名前が出てきたのだ、と。
「内輪の小ネタですが、そうある名前じゃないから、ちょっと面白くて・・・まあ、それだけです。」
と言いながら青タンに私が渡した氷嚢を当てる。
ラナと違って私の名など残る事は無いと思い、コッチに来てからも本名のままで通してきたが、まさか歴史の隅からほじくり出して来るとは・・・存外、やるじゃないか。
1989.12.9
長きにわたる東西の「冷戦」が終わった。対立を象徴するかのようにルザリアを30年以上に渡って東西に分断していた壁が、若者達の振るうツルハシで砕かれていく。ラナは大泣きしながら私に抱きついて「これからは自分のために生きて!」と大層な額の小切手を寄越してきた。
「私はいつだって「自分のため」に生きてきた。」
そう伝えて小切手を返そうとしたが、頑として引き取らない。仕方がないので素直に受け取り、「ナンバーズ」達に報いた後、余った金子で剣道場を開いた。警察官達の指導も続けるが、何より小さな子供達を鍛えてやりたい。かつてのような「戦闘」のための剣技ではなく、人を活かすための剣の道だ。
「ゾディアック」は、見事「ブレイブ」の名を冠して解散した。30年近くに渡る「ゾディアック」と、「カミュジャ」を尖兵にした東側情報機関の暗闘に限って言えば、それは「冷戦」の裏で繰り広げられた厳然たる「熱戦」だった。幾人もの「ナンバーズ」達が斃れ、入れ替わりながら闘い続けた。全てが終わった時、ラナが泣きながら労ってくれたのは、そういう事だ。
他方でラナの「ラーベネスト社」は引き続き全力稼働だ。国境を開いた東側諸国の有様は酷いもので、粛清されるか逃げ出したごくごく一部の「赤い貴族」を除けば国民のほぼ全てが豆スープで凌ぐ状況で、これでも人は「平等」を喜べるのかと問わずには居られなかった。「持てる者」から奪うだけではダメだったのだ。「ラーベネスト社」の庇護対象は、逃げ出してきたグレバドス教徒から、ようやっとで「平等」という抑圧から解き放たれた東側の労働者達になったのだ。
ラナはもうすぐ「おばあちゃん」になる。娘の出産予定日をカレンダーに書いて、指折り数えている。数多のベビー用品を既に娘夫婦の新居に送りつけたらしい。あまりあの子に圧をかけるなと諌めたが、果たして耳に入っているだろうか。自分はそうならぬよう、せいぜい反面教師として目に焼き付けておこう。
私も、あの頃のオルランドゥ伯と同じ位の歳になった。ということは、まだまだ年齢が剣技の冴えを衰えさせる理由になどなり得ない、ということだ。
「死ぬまで鍛錬。毎日、昨日より少しだけ強くなる。だから死ぬ日が一番強いのだ。」
そう喝破した達人のようにありたいものだと思う。
1996.2.22
ラナが浮かない顔でやって来た。雀荘に誘っても、今日は行く気がしない、と言う。またアラズラムが馬鹿をしでかしたかと聞けば、そうではなく孫娘の事だと答える。私も物心つく前に何度か会った事があるが、その子はラナと同じ、白い髪の持ち主だった。それを幼稚園で「年寄りみたいだ」となじられて大層傷ついている、と娘から連絡があったらしい。
「事あるごとに「なんで私の髪はおばあさんみたいなの?」と泣きながら聞いてくるけれど、答える事はしていない。だから母さんも、聞かれても答えないで。」と言われたのだと。
「アタシの頃は気にもしなかった。だって「ヴィエラ」なんて皆、真っ白だし・・・でも、今はそんな風に言われるんだね。」
と肩を落とす。自分のせいで孫娘を泣かせているのが堪らなく辛いのだろう。
1997.6.20
アラズラムが「集大成」と自賛する本を出した。とんでもないハイ・テンションでカゴ一杯に積んで町内や図書館に配り歩いている。題名は「ブレイブ・ストーリー」。子供が読むはずもなかろうに小中学校の図書室にまで寄贈したらしい。歴史学のみならずラナのツテで知り合った考古学者や気象・地質学者まで巻き込んでの20年越しの調査を経て、今ではオカルト雑誌にしか記述されない「魔法」や、「ルカヴィ」を事実として取り扱った。それだけでも前衛的な意欲作なのだが、私としては遂にラムザに陽の光が当たった事が望外に嬉しかった。別に私が頼んだわけでもなく、彼自身の見識でルグリアの末裔達に辿り着き、ラムザ達の「真実」にたどり着いたのだ。ここで、彼の真の目的が判明した。「デュライ白書」を記して火刑に処された先祖オーランの汚名を挽回しようとしていたのだ。
他方でラナの顔は浮かない。「ブレイブ・ストーリー」の顛末についてではない。そこは彼女も「このお話の主人公はラムザだから・・・彼には「借り」もあるしね。」と飲み込んでいた。どうやらアラズラムがコレを「集大成」と言ってしまった事が不満のようだった。若い頃に道半ばで畳んだ「アジョラ・グレバドス」の研究を再開しろと迫る。「まさか、「ナプキン」を「解明」して「ブレイブ・ストーリー」の悪役(ヒール)に仕立てて終わりじゃないだろうね!?」と凄むが、アラズラムは「難しい」と返す。曰く、文明崩壊前の史料は殆ど現存しない。今、自分が持っている最高級の資料は「デュライ白書」に「ゲルモニーク聖典」の写本とルグリア家の末裔達の聞き取り記録で、これ以上のものが出てこない限りは「ブレイブ・ストーリーに書いた以上の何も書けない!」との事だった。
今、アラズラムは真っ暗にした部屋で椅子に縛り付けられて延々、1本のビデオ・テーブを繰り返し見させられている。暑苦しい異邦人の男が真冬の海に浸かりながら「諦めんな!」だの「出来る、出来る、絶対出来る!」だのと喚き散らす、キ◯ガイのような動画を録画したものだ。まあ、彼もラナの金子と人脈でここまでやれたのだ。あの本を出した後、山の如く寄せられた「信徒達」からの誹謗中傷や殺害予告(本当に殺しに来た連中もいた)から彼を守ったのもラナだ。それくらいの「制裁」は止むをえまい。だが、人の家でやるな、と声を大にして言いたいところではある。
しかし、私って、こんなに堅苦しい性格だっけか?読んでるだけで肩が凝る。こんな私をよくラナは「友達」と言ってくれたものだ。
1996.4.2
ラナの孫娘は進級に合わせて髪を鮮やかなピンクに染めたそうだ。大好きなアニメのキャラクターの真似をしてそうしたらしい。綺麗に染まっている間は人が変わったように活発なのだという。ラナもそれを聞いて落ち着いたようだ。
2003.3.27
この時期になると、世の「習い事教室」は俄然、賑やかになってくる。私の道場も例外ではない。木剣に振られているような子供達の姿を見るのは純粋に楽しい。警察官達と違って「しごきあげてくれ」と頼まれているわけでもないし、時代も変わってきたから、教え方も変えている・・・はずなのだが、相変わらず近辺の道場ではいっとう厳しい、という評判は変わってないらしい。
一人、特異な生徒が入門してきた。ラナの孫娘だと、その白髪ですぐに分かった。10年位会ってはいなかったが、確か地毛を嫌がってピンクに染めていたのではなかったか。だが、見る限りそんな素振りは一切見せず笑顔を振りまいている。彼女は私と会った事があるのは覚えていないようだったが、まあ無理もない。私も特別扱いはせずに他の入門生と同じように扱った。だが、私は彼女の「異様さ」にすぐに気付いた。まずは動きだ。チャンバラごっこのような動きの入門生達の中、一人だけ体を剣先に乗せる動きが出来ていた。我流としか形容のしようがない独特な動きなのだが、見る限りちゃんとした理合いで動いている。呼び止めて、どこぞの道場で修練していたのかと聞けば、初めてだという。極めつけは「目」だ。私の目が曇ってなければ、彼女は「人を斬った事がある」剣士の目をしていた。勿論、現実にそんな事などあり得ない。そしてそれ故に「異様」としか言いようがないのだ。とにかく、私の道場に来たからには「癖」は一旦、落としてもらわねばならないが、これが初めて剣を握るのだとすれば、とんでもない才能なのは間違いない。私どころか、ゆくゆくは「雷神シド」をも超えるか?
2014.9.19
ラナの81歳の誕生日、70を過ぎてからは毎年、彼女の家に呼ばれ、リッツ達が持ってきた「モロトフ」のモンブラン・ホールケーキ(7号)を頂く。「儀式」の後、女4人で雀卓を囲んでいた所にアラズラムが定期報告でもないのに飛び込んで来た。人の事は言えないが、この街の老人はいやに健脚揃いだ。最近迎え入れた「バイトの助手」だという眼鏡を掛けた若い青年を引き連れ、その青年は朱色の「箱」を重たそうに抱えていた。リッツは青年と親しげに挨拶を交わす。旧知の間柄らしい。「ランデル君」と呼ばれた青年が「箱」を卓上に置くと、アラズラムが「とんでもないモノを見つけた!」とツバを飛ばしながら喚き散らした。「ブレイブ・ストーリー」でグレバドス教会と恒例の一悶着を起こして以降、成果は小ネタばかりのアラズラムに、ラナは大して期待の素振りも見せずに「箱」を一瞥したが、印字された文字の羅列を見ると、ここ10年では一番といっても良いくらいに目を丸く開いて手元の雀牌を払った。何と書いてあるのかと聞けば「FDR(Fright Data Recorder), IYS ( Imperial Ydoran Ship), SULACO」。私の目もここ10年では一番丸くなったに違いない。あの「飛空艇」だ。アラズラム曰く、電気街で手に入れたという航空機のフライト・データ・レコーダー用の再生機を少し弄った代物で、磁気記憶媒体に残された音声データだけは再生できたのだという。音声は2部構成になっていて、1部目は年代に日時まで特定出来た。「前バレンティア歴761年9月13日の現地時間15時台から16時台」・・・ランデル君が取り付けた再生機越しに、騒々しいエンジン音と思わしき雑音に紛れて、軍人らしき人々の号令と怒号、そして機関砲と思わしき銃撃音が響く。「雑音は酷いし古代の訛りがキツくて何を言っているか分からないが・・・」と断るアラズラムをよそに、ラナは目を閉じて耳をそばだてる。
「・・・目標、前方「聖天使」・・・噴進砲、撃ち方始め・・・」
「脱出艇を防護する・・・取舵一杯・・・「奴等」をローターで叩き落とせ・・・左舷、弾幕薄い・・・」
「・・・艦内戦闘、総員、第1種戦闘装備・・・」
アラズラムが口をポカンとあける横で、聞こえた順に現代訛りに変換していく。
音声データの1部目は、飛空艇の高度低下を警告する電子音声と総員離艦の号令を最後に途切れた。
引き続いて2部目、コレは録音日時は不明だが、アラズラムでも聞き取れたと言う。ラナが再生ボタンを押すと、今度は打って変わって静かだ。再生できているのか疑わしくなったところで、落ち着いた男性の声が入ってきた。遠い記憶の彼方、私も聞き覚えのある声・・・間違いない。彼女の「兄君」の声だ。
聴き終わるのと同時に、ラナは口元を押さえながら席を立って部屋から出ていった。扉を閉めた向こうで階段を駆け登っていく音が聞こえる。彼女を追いかけようとしたアラズラムを私は留めた。
ラナの居ない間に、どこでコレを手に入れたのかを問いただした。「ランデル君」が答える。「僕の学校な生徒が、家の自室に転がっているのを見つけたんです。とても信じられないのですが、部屋を空けている間に、そこに「現れていた」のだと・・・」
ランデル君によれば、その子も、もうすぐここに来るのだという。
10分程して、ラナが戻ってきた。目の周りが少し赤い。同時に、家のベルが鳴った。私が出ると、一人の少年。屈託のない笑顔で、「ランデル先生」はいるかと尋ねてきた。
私は少年を「覚えて」いた。
リビングに通され、クレメンズと名乗った「少年ルッソ」は「オレは「不思議」を引き当てるのが上手いんだ!」と胸を張る。
ラナにこっそり、彼を覚えているかと聞けば、「言われてみれば顔だけ少し」とのことだった。まあ、しょうがない。数カ月は行動を共にした私と違って、彼女は「あの日」だけだ。
アラズラムが興奮冷めやらぬ様子で口を開く。
曰く「入手の経緯はともかく、これは間違いなく超級の資料でフライト・レコーダーだけに改ざんの余地もない。今、聞いた音声だけでも驚天動地モノだが、それだけではない。研究機関に持ち込んだところ、このレコーダーには音声データが入った磁気テープの他に、結晶構造体状の「クリスタル」メモリーが密封されていて、数ペタバイト以上の情報が格納されている可能性があることが判った。」とのこと。ただ、残念ながら、現在の技術では中の情報を読み取ることが出来ないと言われたらしく、アラズラムは悔しそうな顔を見せた。彼は「ランデル君」の肩を叩きながら、「どうやら、この先は彼の世代に託すことになりそうだ。」と苦笑いする。そして、ラナに「そうなったら、今度は彼を支援してやってくれ。」と言って頭を下げた。
ラナは「構わないけれど、もう「社長」でもないし大して金子は出ないよ。」と答える。
アラズラムは、「会社のホームページでは社長は貴女のままだ。」と返すが、ラナは人差し指を左右に振った。彼女によれば、80を過ぎて流石に体力も続かなくなったが、辞めると言っても役員達は聞かずに遺留してきたらしい。仕方がないので、ツテのあったデータサイエンスと人工知能開発の先駆企業「バレンティア・テクノロジーズ」に依頼して、自分の思考パターンを複製した人工知能を作らせ、名もそのままに「社長」に据えたのだという。モニターはしているが、今のところ、派遣したオペレーターの扱いに問題のあるブラック企業を粛清した他には、特段問題のある判断は下していないとのことだった。
「あと10年もしたら「ラーベネスト」も役目を終える。それまでの「つなぎ」さね。」
ラナはそう言って煙草に火をつける。子供達が禁煙を勧めても「煙草が美味い内は、健康ってことよ。」と、馬耳東風だ。
私はルッソにコッソリと問いかけた。
「君の「不思議」は、それだけかい?」と。
私は、彼が何かを体験する度にメモを取っているのを見ていた。
果たして少年はニッコリと笑うと懐から手帳を引っ張り出した。あの時、使っていたものよりは随分と簡素な別物だったが、彼曰く「あの手帳はもう無いけれど、忘れるのも残念だから特別印象的だったことは別に書き残した。」のだという。
「まあ、「先月」のコトだから、まだ全然覚えてるんだけどな!」
そう言って寄越してくれた手帳を開くと、こちらも2部構成になっていた。殆どを占める「第1部」は、私も知らない、別の世界での事。私達と共にいた期間は、それに比べれば随分と短かったようだ。
「剣と魔法の世界から、また別の剣と魔法の世界に飛んだ!こっちの世界は何だかとっても雰囲気が暗くて危険そうだ・・・」から始まるページをめくっていく。この少年にイヴァリースの政治動向やベオルブ家の事情なんぞ分かるはずもないから、書いてあるのは純粋に彼が「体験」したことが殆どだ。だが、クリスタル・レコーダーの解読が可能になるまで無聊をかこつよりは余程有益だろう。
「第2部」の最後のページにはこう記されていた。
「聖者様と同じ名前の女の人が最後の敵だった。聖者様は男のはずだから、別人だ。もしくは「パラレル・ワールド」ってヤツかな?どんな化け物になるかと思ったらエッチな格好の天使に変身したので、何だか得をした気分になった。ラムザは「君は下がっていろ」と言う。ココは本当に死んでしまう世界なので、確かに危険だと思って後列で警戒しながら天使のお尻を見ていた。その内、化け物になってしまったのだけれど、どこからかロボットが飛んできて戦い始めた。最近やったゲームで例えれば、ファイナル・ファンタジーだったのが一瞬でアーマード・コアになってしまった。ラムザが化け物を倒して、ロボットから降りてきたのはあの女の人だった。手品か何かなのか、何がどうなったのかよく分からないけれど、もう敵じゃないらしい。その証拠に、カレーをご馳走してくれた。大人達は酒も飲んで皆、良い感じになってしまった。その後、ラムザ達と一緒に「飛ばされた」けれども、自分だけは、「元の」剣と魔法のイヴァリースに戻された。目が覚めると、ハーディが心配そうな目で見ていたので、大丈夫だと言って元気づけてやった。やっばり、こっちの世界の方が安心する。」
目を閉じれば、あの頃の事が鮮明に脳裏から蘇る。私は若くて・・・そして、堅かった。
私はルッソの肩を叩きながら、アラズラムに伝えた。
「彼の話をよく聞くといい。「死都ミュロンド」の生き証人だ。」
アラズラムは、よく分からない、という顔で頭を捻るが、弟子のランデル君は、否定するようなそぶりも見せず、優しげな目でルッソを見る。きっと師よりも頭が柔軟なのだろう。若いのは良いことだ。
帰り際、ルッソが、玄関に飾られた1枚の写真に気付いて声を上げた。
「このねーちゃん達、知ってる!」
そこには、ヤクザにお礼参りをした後で写真週刊誌に撮らせて増し刷りさせた私とラナの白黒写真。
「カタブツ剣士のねーちゃんと、エロ天使のねーちゃんだ!」
「年相応の」ろくでもない形容をするルッソを、リッツがたしなめる。
「何言ってるか分かんないけれど、コレはそこのおばあちゃん二人よ。あと、レディの前でエロとか言わないの。」
「ま、世の中、ソックリさんは意外といるもんだ。」
ラナも乗っかってはぐらかす。
「そんなー!二人揃ってソックリさんなんてあるもんか!」と得心のいかないルッソをランデル君がたしなめながら、玄関のドアを閉じた。
リッツ達も帰った後で、ラナに問うた。このまま続けさせて良いのか?と。ラナはしばし考える素振りを見せた後、頷きながら静かに口を開いた。
「年寄りが、若者のジャマをするもんじゃないからね。カタブツ剣士さん。」
言ってくれるじゃあないか、「元」エロ天使め。
2023.6.22
ランデル君がやって来た。しばらく前に貸した剣と、遠い昔に手放したはずの私の鎧を持って。眼鏡のガラスの奥に輝く目を見て、すぐに判った。彼は「解明」したのだと。もう逃げも隠れもしまいと腹を決めた。
「今日の「定期報告」で言っておかないと、次までにはお迎えが来るんじゃないかと」と憎まれ口を叩く。まだ木剣だって振れるのに、それは無いだろう。「少し会わない間に随分と可愛くなくなったな。」と返せば、笑いながら「貴女達が意地悪するからですよ。」と言う。
「この前にもお話ししたとおり、あのフライト・レコーダーのクリスタル・メモリーのデータは見れたんです。ここ数年の情報技術の進歩のおかげでね。あのデータの中身はまだ世に出していません。正直、怖いんです。」
これまでの「定期報告」も踏まえたランデル君の話によれば、古代の遺跡群から出土する一部のクリスタルに記録された「情報」を読み出せるようになったのが数年前のこと。それ以来、考古学・歴史学会はクリスタル・メモリーのデータ読み出しブームが過熱しているという。これまで、殆ど憶測でしか語ることのできなかった文明崩壊前後の歴史が、突如として劣化もない文書・音声・映像で再生されるようになった。それらは何れも世の人々を騒がせているが、その中にあっても、あのフライト・レコーダーに記録された「モノ」はあまりに異質なのだという。アレを世に出せば、「ブレイブ・ストーリー」の時のように「所詮、一個人の推測」と無視することなど出来ない「改竄の余地無き「記録」」が、世界二十億人超の「信仰」と、良くも悪くもそれで人々をまとめてきた「秩序」を根底から揺さぶることになる。その責任を負うだけの覚悟が出来ていない、とランデル君は言った。
そして、フライト・レコーダーを研究する過程で、私達の「正体」に気が付いた。発端はルッソだという。初めて彼がラナの家を訪れた時に見て騒いだ「私とラナの写真」。あの時点では少年の戯れ言と受け流したランデル君だったが、フライト・レコーダーに残された「映像データ」に「死都ミュロンドでカレーをかき込みながらメモを取るルッソ」と彼が言うところの「エロ天使」の姿を認めた事、そして彼が「ユードラ帝国皇帝の肖像が刻まれた金貨」を持っていた事で、冗談と切って捨てるわけにはいかなくなった。データの映像には、私の姿も、まだ「ラナ」になる前の「彼女」の姿も残っていたという。
だが、ランデル君は「学者」だ。推測だけで結論は出せない。敢えて私に問うことはせず、彼は自力で「証明」しようとした。私に「剣」を貸してほしいと請うた。私は、壁に掛けていたソレを渡した。それが半年ほど前。その後、私達の足跡を辿って、ベルベニアで手放した鎧も見つけ出したらしい。
「武具」が証明してくれるなんて、貴女らしいじゃないですか。」
そう言って私の剣と鎧を卓上に置く。彼はそれらを「X線撮影」やら「放射性炭素年代測定」やらに掛けたという。剣と鎧に刻まれた銘や技術的特徴から、作られたのが800年近く前だと特定した。放射性炭素年代測定をすれば同じ結果が出るはずなのに、それが出ない。科学的に導き出された結論は「これらの武具は、作られてから100年も経過していない」だった。
「フライト・レコーダーの映像記録は、「勇者達」を「見送る」ところで終わっていました。皆が同じ時と場所に飛んだわけではない。ラムザとルッソがそれを証明している。「旧東側」においても1954年以前の一切の記録が無い貴女・・・加えて、そのお名前だ。師が歴史の隅からほじくり出さなければ表に出るような名前ではなかった。貴女も、そう思ったから変えなかったのでしょう?」
私は、素直にランデル君を労った。剣や武の道で言うなら「免許皆伝」なのだろう。「ラナ」はどうしたのかと聞けば、私よりも簡単だったらしい。
「レコーダーには「彼女」の顔が鮮明に残っていましたからね、貴女とは違って・・・。コッチにある「ラナさん」の写真と照合したんです。今はそういうのも出来るんですよ。結果は99.998%で同一人物でした。」
私は、席を外して棚の奥からラナに預かった小さな金庫と封書を取り出し、ランデル君に渡した。彼女が世を去る前、「もし、アラズラムかランデル君が「真実」に辿り着くようであれば、渡して欲しい。」と託されたモノだ。金庫には、数字毎に押し込み式のボタンが付いた物理鍵。ランデル君が封書を開けて読む。
「なぞなぞ、アタシはだあれ?」
暫く頭を捻ったランデル君だったが、思いついたように数字のボタンを押し込んでいく。
11015181・・・・・・41519
「・・・開きました。」
箱の中には折りたたまれたA4サイズの紙。
開いて見ると、左上端に小さく
「えらいッ!」
とだけ書かれている。
「それだけ?」
私もランデル君も唖然とする。
「殆ど白紙ですよ。こんな・・・」
呆然としていたランデル君だったが、また閃いたかのように紙を持ってコンロの前に立つ。小さく火をつけて、紙をかざす。
炙り出しか・・・一体、何でこんな手の込んだ真似を?何か重要な、私も知らない、何か・・・
刹那、ランデル君が引きつるように笑いながら背を壁に預け、天井を仰ぎ見る。
余白はやはり炙り出しで、そこにはこう大書きされていた。
「こんなオンナに マジになっちゃって どーするの」
本当に、あのバカは!死んだ後まで人をオモチャにして・・・
だが、呆れる私とは違ってランデル君は何かを納得したように頷く。
「なるほど、分かりました。」
あの阿呆の何が判ったのかと聞けばこう言う。
「彼女は「人間」でいたい、ということです。」
どういう事だ。頭の良い奴の言うことは分からん。
ランデル君は続けた。
「レコーダーのメモリーに残った「彼女」は、ただの不幸な女の子で・・・国家の意思を体現する革命家で・・仕事の為にお洒落を我慢する健気な偶像(アイドル)で・・・怒りに満ちた悪魔で・・・否定しようのない聖女でした。
見方次第・・・アレを世に出すとして、その「見せ方」、「切り取り方」次第で、どれにでも出来るんです。」
そして炙り出しの紙をヒラヒラと振る。
「でも、彼女が伝えたかった「自分」は、コレだった。こんなモノ、とても歴史には残せない。」
そう言うと、席を外し、家の前に停めた車から「フライト・レコーダー」を降ろして私の前に置いた。
「あなたの「剣技」で、コレを壊せますか?」
目を見開く私の前で、ランデル君は続ける。
「ラナさんは、その名のままの人間でなければならない。それが彼女の「遺志」です。自分のためではない。何より彼女の子供達、今はマルール家に連なる人達のためです。僕の幼馴染もいる。昔ほどじゃあなくても、信仰に熱心な人々は世界中に沢山いる。この街にだって・・・。それまで普通に、幸せに暮らしていたのが、どこからか突然振って湧いたもののせいで、壊されてしまう。リッツや、彼女の子供達は「御子の直系」という肩書を背負わされることになる。世界中の好奇の目が、彼女と子供達に集まる。その根拠が、「根も葉もない伝承」や「不幸な偶然」だろうと、「裏付けのある事実」だろうと、本人達には関係ない。それは・・・」
「一緒だ、って言いたいのね。二千年も前、ベルベニアで、望みもしない「生き神」にされた、あの子と・・・」
ランデル君は静かに、首を縦に振る。
「ラナさんは、ご自身の人生に後悔はしていなかったと、僕は思います。それは、あのレコーダーを見た後でも変わりません。でも、もう一度同じ試練を自身に負わせたいかと問えば、絶対に「イヤだ」と言うでしょう。」
成る程。合点がいった。
「アジョラ・グレバドスは、教会の壁画に描かれたとおりの、金髪碧眼の美男子だった・・・そういうことだね?」
ランデル君は首を縦に振る。
「「ブレイブ・ストーリー」で先祖の雪辱を果たした師に拷問紛いの事をしてまで「アジョラを調べろ」と凄んでいたのは、世に自分を知らしめるためなんかじゃない。単に「アラズラム坊や」を可愛がっていたんだと思います。あそこで燃え尽きずに、いち歴史家として、頑張って答えにたどり着いてほしい、と。あの人は、そういう茶目っ気のある人だ。レコーダーを見て、よく分かりました。なんてったって、ロボットの起動試験でお兄さんを殴り飛ばしてしまうんですから!」
思わず吹き出す。まあ、私の脳裏に浮かんだのは、恐らく似たような、別の光景だったが・・・。
「そうだな。そんな事が出来るのは、茶目っ気のある奴だけだ。」
私は剣を手に立つ。老骨がどうだなどと言い訳はしない。達人は、死ぬ前が一番強いのだ。「雷神シド」ならば、齢百を越えようとこの程度の鉄箱、難なくナマス斬りにするだろう。
構えを取れば不思議と剣が軽い。若かった時よりも軽く感じる。
私の「技」の基礎にして到達点。
精神を統一して、唱える。
「命脈は無常にて(お休みなさい)・・・」
「惜しむるべからず(寂しくはない)・・・」
「葬る(さようなら)!!!」
1時間後
「大丈夫ですか。おばあちゃん・・・」
ご近所の通報で駆けつけた救急隊員が、ストレッチャーに乗せられた私の額を拭う。
「面目ない・・・」
そうとしか答えられない私の視線の先には、窓が割れ、外壁が激しく吹き飛んだ我が家の一階。
何故、「魔」無きこの時代で「出た」のだろう?皆目見当が付かない。
家族が買い出し中で、本当に良かった・・・。
屋内からは警官と消防隊員の声が聞こえる。
「ガス爆発・・・かな?」
「床、気を付けて!何かガラスっぽいのが散らばってる。」
「なんだコレ・・・折れた、剣か?骨董みたいだけれど・・・事件性はない、かな。」
私の横にもう1台のストレッチャーが並ぶ。
首に輪っかを付け、目を閉じたランデル君。
付き添いの救急隊員に容体を聞けば、脳震盪で生命に別状はない、との事だった。ひとまず、安心だ。
意識は無いのだろうがモゴモゴと寝言のように呻いているので聞き耳をたてると「違うんだ、ママ・・・ボクが、ママのそんな格好を望んだわけじゃあ・・・」などとワケの分からないことを呟いている。まあ、大丈夫だろう。
さっきのは何だったのだろう。すっかり衰えた筋肉は、力むことなど全く出来なかった。ただ、剣の重みのままに振り下ろす刹那、私自身が、1本の意思ある「剣」になったような・・・
もう一度、激しく吹き飛んだ家を見る。「雷神シド」の「剣技」でも、こんなのは見たことが無い。
これが奥義の「極致」なのだとすれば・・・
「ハッビー・バースデー!アンジー!」
刹那、頭の中をラナの声がそう言いながら過ぎ去っていった。まだ若かった頃の、あの声だ。確かに聞こえた。
そうだ、今日は巨蟹の月の1日、私の誕生日。周りが祝ってくれなければ、とうに忘れていた日。でも覚えているという事は、私は「恵まれていた」ということだ・・・
まさか、奥義開眼(コレ)が貴女の「誕生日プレゼント」?
なんてヤツだ・・・本当に・・・イカした女(Nice Baddie)だよ。貴女は・・・
ありがとう。