When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 747 1月10日 ベルべニア
ベルべニア東区のマンションの一室、夜の帳の中、無機質に響いていたタイプライターの音が止む。タイプの指を止めたイゴール・ヴォイテクは、かけていた眼鏡をはずし、疲労した目頭をおさえた。小さくため息をつき、タイプされた紙を引き出すと、横に積み上げられた紙面とひとまとめにし、封筒に押し込んだ。
ヴォイテクは今度は手元の電話機に手を伸ばす。取っ手を2、3度回して受話器を耳に当てると、間もなくして交換台のオペレータの挨拶が聞こえた。
「ベルべニア郵便公司を・・・」
ヴォイテクが指示すると、オペレータは手慣れた様子で回線を切りかえる。やがて、受話器の向こうに、若い女性の声が響いた。
「はい!こちらベルべニア郵便公司です。」
「メッセンジャー・サービスを頼みたいのだが」
「了解しました。ではお客様のご住所とご連絡先をお願いします。」
ヴォイテクは住所を伝えると、送り先も市内であることを伝えた。
「即日配達で頼みたいのだが」
「夜間で即日ですと、料金が2割増しになりますが」
「構わない。それでよろしく頼むよ。」
「了解しました。それでは10分ほどでメッセンジャーがお伺いしますので、よろしくお願いします。」
「わかった。」
受話器を置き、席を立ったヴォイテクは、脇の棚に置かれたブランデーを手に取り、グラスに注いだ。そのままストレートでひと口あおる。乾いた舌と喉に熱気が立ち込めた。
グラスを手に書斎を出たヴォイテクは廊下を伝って、子供部屋の前に立つ。ゆっくりとドアを開けて暗い部屋の中を見回すが、ベッドに愛すべき我が子の姿は無い。一寸してドアを閉めると、今度はキッチンへと向かった。しかし、そこに妻の姿は無かった。この半年、この家にいるのはイゴール1人だった。小さく唇をかみしめ、グラスを口元に運んだ時、呼び鈴が鳴り響いた。
ヴォイテクが玄関先に出ると、チョコボの匂いが鼻につくのと同時に、目の前のメッセンジャー・ボーイの青年が軽く会釈をした。
「どうも!ベルべニア郵便公司です。ええと、こちら、メッセンジャー・サービスをご依頼されました、ヴォイテク様のお宅でよろしいでしょうか?」
「そうだ。ああ、モノを取ってくる。少し待っててくれ。」
書斎に戻り、分厚い封筒を手にとって玄関に戻ると、それをボーイに手渡した。
「送り先は、封筒の表の通りだ。夜間ではあるが、即日で、必ず本人に直接渡してくれ。」
「了解しました。では、300ギルになります。」
代金を支払い、ボーイがマンションを離れると、再び、周囲を静寂が支配した。書斎に戻ったヴォイテクは、グラスに残ったブランデーを全て喉に流し込んだ。
(これで、やるべきことはやった。あとは俺自身の「けじめ」だ・・・)
手元の書棚を開け、中から38口径のリボルバーを取り出す。シリンダーを開け、中の弾薬を確認する。雷管の脇に、消音の魔法がかけられた弾丸であることを示す刻印が刻まれている。これで音は外には漏れない。
ソファに深く腰掛けると、静かに目を閉じる。半年前の事故以降の記憶が、自然と脳裏に浮かんできた。
化学プラントの薬液タンクが倒壊した際、相当量の薬液が川に流れだしたが、設計図や地形図とにらめっこしながら、敷地内の穴と言う穴を塞ぎ、それ以上の流出を食い止めた。あの後2日間、豪雨が続いたが、その間は作業員と共に徹夜で、排水路の見回りを実施した。手抜きなどは考えられなかった。ヴォイテクも含め全ての社員が、下流のベルべニア市街に家や家族を持つ身だったからだ。
雨がやんだ後には、敷地内の薬液の除染作業が待っていた。自分が社長に強く要請しなかったこともあったが、除染車の使用許可は出ず、バケツとスコップでの人海戦術だった。ミロドス区の自宅にはしばらく帰れない旨を伝えた。妻は不満そうな声を漏らしたが、納得してくれた。受話器の向こうに、かすかに我が子の遊ぶ声が聞こえた。
除染の合間に、市街を縦断する川の見回りに行った。自宅の妻から、水不足が酷いという話を聞き、もしや川に直接水を汲みに行く住人がいないかと心配になったからだ。守秘義務のために真相を言うわけにはいかなかったが、とにかく川の水は使わないよう妻に言い置いた後、川の下流域に向かった。たどりついてみると、規制線が張られた河川敷の20メートルおきに警官が配置され、バケツを持った市民を片っぱしから追い返していた。きっと、社長が市長か市警を突き上げて、封鎖させたのであろう。この手の「調整」はとても自分のような一社員には出来るものではない。あらためて社長の力に舌を巻いた。皆には迷惑だろうが、とにかくこれで、汚染された水が市内に出回ることはないだろうと安心して、社へと戻った。
その数日後、デスクに妻からの電話がかかってきた。息が荒い。様子を聞くと、息子が倒れたと言い、自身も調子が悪いと訴えた。部長に事情を話すと、自分のところにも同じような電話があったという。100人近い社員が家族から不調を訴える連絡を受けていた。これはただ事ではないと社長の許可をもらい、皆と市街へ向かうと、市街につながる全ての道路には、マスク姿の警官や消防署員がバリゲートを張り、外から来る人間、中から出ようとする人間をブロックしていた。伝染病が発生した疑いがあるため、市内への出入りは禁止されたということだった。社員一同、家族が市内にいることを伝えて何とか市中に入ろうとしたが、警官達は頑として譲らなかった。市内から脱出しようとする人間たちもまたパニックに陥っていたが、警官達は盾を振りかざしながら群衆を市内に押し戻した。結局、誰一人として市内の自宅には戻れず、社に戻った自分達は、悶々としながら、除染作業を続けるしかなかった。
その数日後、社に警官がやってきた。例の騒動は伝染病ではなかった旨が伝えられ、もう自宅に戻っても構わないということだった。しかし、その警官はまた、この原因不明の病のために、相当数の犠牲が出たことを述べ、数枚の紙を掲示板に張り出した。この社に勤める社員の親族で、犠牲になった人間のリストだという。警官が去ると同時に、自分も含めた社員達は、重役、ヒラの区別なく掲示板に張りついた。血眼で、自分の家族の名を探した。そこに「載っていない」ことを確認するために・・・。やがて悲痛な叫び声が聞こえた。叫び声は2つ、3つと段々増えていく。リストの中に家族の名を見つけたのだ。全身全霊で神に祈りながら名前を追った。しかし、その祈りが届くことは無く、リストの中には、妻と息子の名が明確に示されていた。一気に胸が締め付けられる。間違いであってくれと願いながら、無駄だと知りつつも2度、3度、名前の綴りをチェックした。上司に断ることもなく、すぐさまその足を市内の自宅に向けた。自分の目で確認するまでは信じられなかった。きっとこれは間違いで、家のドアを開ければ、いつもどおりに妻と子供が出迎えてくれる。そう言いきかせながら自宅のドアを開けた。鍵はかかっていなかった。家の中は薄暗く、妻の姿も息子の姿もなかった。大声で名前を叫んでみても同じことだった。病院へ向かい、妻と子の行方を捜したが、医師からは、この病の犠牲者は防疫のために全て火葬にしたと伝えられた。ただ、火葬者のリストには、間違いなく2人の名が刻まれていた。家に戻って、年甲斐もなく泣いた。この不幸に襲われたのが自分だけではない、という事実も、何の慰めにもならなかった。
しかし、この悲劇ですらが、惨劇の序章でしかなかった。
遺体のない葬式を挙げ、2日ほどしてから出社すると、社長に呼び出しを受けた。事前の了解を得ずに休んだことについては何も言われなかった。似たような境遇の社員があまりに多かったためだろう。ひとしきりお悔やみを伝えられた後、社長はおもむろに口を開いた。
「もし、仕事が手につくようであれば、安全主任として、タンク倒壊の原因調査をしてほしい。」
社長は自分の精神状態を考慮してくれているようだったが、すぐに了解した。とにかく仕事をしていれば、少しは気がまぎれるかもしれないと、その時は考えたからだ。
倒壊したままのタンクに向かい、立ち入り禁止のテープ添いにぐるりと見て回る。金属部品は一切使用されておらず、当然、ミミック菌による腐食はない。しかし、ちょうどタンクの倒壊した側をのぞいてみると、支柱の一つが基礎ごと完全に地中にめり込んでいた。建設の際の地ならしが不十分だったのだろうか。だが、このタンクの建設に関わる作業には、全て自分が立ち会い、チェックしてきた。まさかと思いながらテープをまたぎ、めり込んだ基礎に近づいたその瞬間、足元の地面が音を立てて割れ、体が地中に吸い込まれた。驚いて声をあげた次の瞬間、尻に衝撃と疼痛を覚えた。目を開けて周りを見渡すと、周りは広い空洞になっていた。上を見ると、先ほどまで立っていたところが穴になり、日の光が差し込んでいた。どうやら自分はこの空洞に落ち込んだらしい。前方をよくみると、めり込んだ支柱の基部が空洞の天井から顔をのぞかせていた。これで、タンクが倒壊した直接の原因が判明した。支柱の基礎がこの空洞に落ち込んだために、タンクは倒壊したのだ。しかし、そもそも何でこんなところに空洞があるのかが分からなかった。こんなモノがあると分かっていれば、その上にタンクの増設などするわけがない。5メートルほどの亀裂をよじ登りながら、タンク設営の数年前に実施したボーリング調査の記憶を呼び起こす。こんな空洞の存在を示すような調査結果は無かったはずだ。確かにやや水気の多い軟弱な地盤ではあったが、十分に押し固めれば、タンクの重量にも耐えられるはずだと・・・
そこまで思い起こした時、亀裂をよじ登る手が止まった。
「水気が多い、ということは・・・」
再び手を動かし、急いで亀裂をよじ登る。地上に出るのと同時に、斜め後方を振り返る。同じプラント敷地内のそこには、工業用水を確保するために設けられた、地下水の揚水施設があった。
これで全ての合点がいった。タンクが設営された後、隣の揚水施設が、タンクの地下にあった地下水をくみ上げてしまったために、この空洞ができた。そして、空洞が出来てしまった地盤はタンクの重量に耐えられず、支柱の基部から崩壊したのだ。
これならば、調査結果はすぐにでもまとまりそうだ。そう思った瞬間、思考がある単語にぶつかった。
「地下水」そして「タンクの下の空洞」
その二つの単語がつながった瞬間、全身から冷や汗が吹き出てくるのが分かった。不吉な仮説が頭の一点に染みのように湧きだし、そしてじわじわと広がってきた。その「可能性」を振り払おうとしたが、考えれば考えるほどに、「仮説」は現実味を帯びてきた。
大急ぎで器材室に向かい、化学物質の測定キットをひったくるように取り、タンクの倒壊場所に戻った。先ほどの亀裂に沿って、空洞の中に降りる。先ほど落ちた時には気付かなかったが、空洞の地面は濡れていた。恐る恐る、測定キットの先端を地中に突き刺す。手元の液晶画面に、土中の化学物質の成分が表示される。画面を見た瞬間、目の前が真っ暗になった。そこには、タンクの薬液と全く同じ成分が明確に表示されていた。
タンクが倒壊し、毒液が漏れ出した時、自分は、排水溝に土嚢を詰め込みセメントを流し込んで、外部への漏出を食い止めた「つもり」になっていた。しかし実際には、全く「防止」出来ていなかった。薬液は地中に流れ込み、地下水脈を通じて外部に流れ出していた。
すでに頭の中は鐘をついたようになっていた。もう何も考えたくなかった。しかし、それでも、もうひとつだけ、すぐに確認しなければならないことがあった。やりたくはない。しかし、どうしても確認する必要があった。
その日の夕刻、退社すると、一目散に郊外の井戸に向かった。井戸の存在と場所については、妻との電話で聞いていた。その時妻は、「井戸水が手に入ったから大丈夫」と言っていた。彼女達が倒れたのはその翌日のことだ。井戸の前には真新しい警告の看板が立て懸けられ、その上には石の蓋が載せられていた。蓋は固定されていなかったが、例の「病」の原因が井戸水であることだけははっきりしている今、これを開けようとする者はいなかった。石の蓋を両手で抱え、ずらしていく。大人一人が入れるくらいの隙間を確保し、井戸の下に降りる。その奥は空洞になっていた。少し進み、持参した測定キットを取り出す。ふと脇を見ると、ベークライト製の箱が数個置かれている。中を開けてみると、メンコやビー玉、キャラクターを模した消しゴムなどが入っていた。おそらくは、子供たちが隠した「宝物」なのだろう。息子の顔が脳裏に浮かび、余計に心が痛んだ。その脇には、見た目には澄み切った水が湧いている。井戸水なのだから、当然、地下水脈だ。測定キットの先端部を水面に浸し、液晶画面を見る。最悪の仮説が「実証」された瞬間だった。ほの暗い井戸の中に膝をつき、ただ泣いた。家族を失ったと知った時よりも何倍も泣いた。
家族は「奪われた」のではなかった。自分が「殺した」のだ。
翌日出社し、社長に全てを報告した。社長は頭を抱えたまま、しばらく何も言わなかったが、やがて、胸の奥から絞り出すような声で言った。
「本件に関わる詳細な調査報告を文書で作成してくれ。すまないが君一人でやるんだ。安全部長も含めて、他の社員に絶対に言ってはならん。この件は全て、私の責任において処理する・・・」
あの「惨劇」から半年、やっと全ての報告をまとめ上げることが出来た。あの惨劇の責任者として、伝えるべきことは全て、半年かけて作成した資料にまとめ上げた。これだけ時間がかかったのは、社長の命令通り、一人で調査にあたったからだ。社長と自分を除くすべての社員達にとって、あの「病」は未だ原因不明の奇病であった。そのほうがいい。あまりにも冷酷な事実ならば、知らぬ方が幸せなこともあるのだ。
報告書を作っている間はひたすら後悔で歯ぎしりした。
同じ敷地に揚水施設を作っておきながら、なぜあの時、地下水脈に考えが及ばなかったのか。
タンク倒壊翌日からの豪雨で、地下水への汚染は一気に広がった。もしあの時、除染車の使用を強く進言していれば、被害がここまで広がることは無かった。
思い返すたびにすぐにでも舌を噛み切って死にたい衝動に駆られたが、今までそれは許されなかった。現時点で実情を知る唯一の人間として、事故の原因と、責任の所在を明らかにする必要があったからだ。酒の力を借りながら、ギリギリの気力を保ち続けてきた。だが、やっと今、その責務から解き放たれたのだ。もし今後、真相が明るみに出ても、社長があの報告書を武器にしてくれれば、全ての責任は自分が被る形に出来る。そうすれば、少なくとも社は守れる。社員としての責任は全うしたといえるだろう。これでやっと、己の家族を含めた多くの命を奪った罪人としての責任を取る時が来たのだ。
ヴォイテクは目を開いて手元の写真立てに視線を移す。笑みを浮かべる妻と子供の姿がそこにあった。
(そちらに行って謝るよ、といいたいところだが、おそらく俺は、お前達と同じ所には行けないだろうな。多分、例の教会の『神の御子』でも、俺の魂は救えない・・・)
「・・・すまない」
そうつぶやくと、ヴォイテクはリボルバーをこめかみに当て、一気に引き金を引いた。
弾丸にかけられた魔法のために発砲音が響くことはなく、撃鉄の落ちる乾いた音と、暗い室内に一瞬またたいたマズル・フラッシュが、拳銃が確実に作動したことを示していた。