戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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で九話が生まれたってワケ。


第九話 慶長まで、まだ時間はある

五条家より伝令が届いたあの日、俺は間違いなくパニックに陥っていた。

六眼と無下限呪術の抱き合わせ誕生。原作知識を持つ転生者として、それが何を意味するか……「慶長御前試合での相打ち」という最悪の未来が脳裏をよぎり、一晩中、冷や汗で布団を濡らした。

 

が、一晩明け、朝日を浴びながら茶を啜っていると、不思議と冷静な自分がいた。

 

(よくよく考えてみれば、俺は当主ルート回避したワケじゃん?そもそも五条家には、あのクソみてえな蜘蛛呪霊の件でデカい貸しがあるようなもんだろ)

 

そうだ、言うなれば俺は、五条の家格に傷がつく事態を未然に防いでやった恩人様なわけだ。向こうが煽って御前試合なんて野蛮なものを申し込んできても、その貸しを盾に

「五条家様が?そんな実利に結びつかないような?足元をおそろかにするような?頭の悪いことしませんよね?自分の管轄で準一級クラスの呪霊を?見逃してしまうかもしれませんもんね?」

と突き放せばいいだけじゃないか。

プライドマシマシの五条家は戦わない。

断言する。戦わない。

 

絶対にだ。

 

そんな遠い未来の心配より、もっと現実的な問題がある。

六眼が無下限を抱えて誕生すると、世界の均衡が崩れて呪霊がまた一回り強くなる……なんて設定があった気がする。そっちの方が、俺の隠居ライフにとってはよっぽど死活問題だ。

 

(っていうか、そもそも慶長っていつだ? 天正の次か? 江戸時代って一六〇〇年からだっけ……あー、わかんねー! 知識がふわっとしてる!)

 

前世の俺、もっと真面目に日本史をやっておけばよかった。だが、少なくとも本能寺の変はまだ起きていない。御前試合の当事者(になるかはわからんけど)になるまでには、まだ二十年くらいの猶予はあるはずだ。

下手の考え休むに似たり。今はググれない過去の年号に頭を悩ませるより、一歩一歩、足場を固めていくべきだろう。

 

「よし、まずは初志貫徹よな、円鹿の調伏から始めていこうじゃないのよ」

 

反転術式による自己再生。これさえ手に入れれば、不慮の事故(インフレした呪霊との遭遇とかね)に対する保険にもなるしな。

 

しかし円鹿はどうやったらハメ殺しできるか……。

鵺の調伏は単純だった。

天井の低い、狭い洞窟に誘い込めば、奴の最大の武器である羽は封じられる。あとは玉犬と脱兎で追い込み、蝦蟇の舌で絡め取れば、俺の勝ちは揺るがなかった。

 

だが、今回の相手……円鹿は、その前提が通用しない。

 

「洞窟で調伏しようにも、出口を塞いだ影を正のエネルギーで中和される、おそらく満象で塞いでも同じことだろう、こっちも呪力を浄化されて影に戻され終わりだ」

 

そうなんだよな、円鹿の能力の正のエネルギーは、式神使いにとって致命的なんだ。

脱兎の物量で押しつぶそうとしても、一鳴きされて群れを霧散させられる可能性がある。屋内ならどうかとも考えたが、円鹿は脱兎と違ってそこそこの質量がある。家屋の壁くらいなら、物理的な突進でぶち破って逃げられる可能性が高い……。

 

子供の体だが山を駆け回る修行で、呪力強化含めれば、並の術師以上の体力はある。だが、それでも相手は獣の式神だ。一度逃げられれば、再調伏の難易度は跳ね上がる。あいつの脚力で山中を逃げ回られたら、俺の脚でも追いつききれる保証はない。

 

捕まえるための檻が、呪力でできている限りは壊される。かといって物理的な壁は、あいつのパワーで突破される……。うーん詰んでないか、これ?

 

反転術式という最強の保険が目の前にあるのに、手を伸ばそうとすれば指の間をすり抜けていく感覚。

煮詰まった脳が休息を求めたのか、気づけば俺は自室を飛び出し、忙しなく人間が立ち働く土間へと足を向けていた。

なんぞ甘いものでもないものか。栄養がいる。

 

 

 

土間では、俺が組織した躯の面々が夕餉の支度でキビキビと動いている。

新しく導入した強制休憩シフトのおかげか、以前の死んだような目は消え、活気ある包丁の音が響いていた。いいね、飯は明るく作って欲しいね!

 

しかし蒸し器がフル稼働してるな?今日は蒸し物がメインか?うーんいい匂いがする。脱兎が鼻をひくつかせながら蒸し器を見守っている。

 

俺は無意識に、空いている板場に立ち、置かれていた大根を手に取った。

前世で幾度となく繰り返した、現実逃避としての千切り。トントンと、一定のリズムでまな板を叩く音、落ち着くぜ……。考えがまとまらない俺を優しく癒すセラピー、包丁ASMR。

 

「……あら?影久様」

 

不意に、横から声をかけられた。

見れば、下女のリーダー格であるお菊が、不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

 

「なんというか、難しいお顔してらっしゃいますが、大根をそんなに千切りになさって。……何か、お悩み事でもございますか?」

 

「……ああ、お菊か。すまん、少し考え事で脳が疲れた」

 

しまったな献立に使うものだったら申し訳ない、だいぶ大根を消費してしまった。

 

「何か甘いものはないだろうか」

 

俺が包丁を置くと、彼女は納得したように頷き、湯気の上がる蒸し器の方を指差した。

 

「左様でございましたか。道理で、先ほどから脱兎ちゃんたちが、せっせと薪を運んだり、お饅頭の生地を丸めるお手伝いをしてくれるわけです。影久様の『甘いものが欲しい』というお気持ちが、漏れ出していたのですね」

 

見れば、足元で数匹の脱兎が、こちらを見上げていた心なしかドヤ顔をしているようにも見える。

 

今日は蒸し物がメインか、などと考えていたが、まさか俺の脳内を読み取って勝手に酒饅頭の仕込みを始めていたとは、お前らもう実は自分の意思ってもんを明確に持ってるんじゃないか?

 

俺は蒸し器から溢れる大量の湯気を見て、少し苦笑いしながら周りの下女たちに声をかけた。

 

「……みんな、今忙しいか? 俺が甘いものを食べたいと思ったばかりに、こいつらが酒饅頭をかなり作りすぎてしまったようでな。流石に俺一人では食いきれん。せっかくだ、温かいうちにみんなで食べないか? 休憩がてら付き合ってくれると、俺も助かるんだが」

 

作業をしていた四、五人の下女たちは一瞬驚いたように顔を見合わせ、それから年相応の柔らかな笑みを浮かべた。

 

「まあ、影久様。それならお言葉に甘えさせていただきましょうか」

「この子たち、本当にお利口さんで助かりますこと」

 

脱兎たちが誇らしげに、アツアツの饅頭とお茶を長板の上に並べていく。数羽がかりで湯呑みを運ぶ姿は、どこか楽しげだ。

 

促されるまま、俺も作業用の長板の一角に腰を下ろした。

手拭い越しに伝わる饅頭の熱を指先で楽しみながら、二つに割る。立ち昇る真っ白な湯気と共に、ふわりと酒粕の芳醇な香りが鼻を抜けた。

 

(……染みる)

 

餡子の重厚な甘さが、焦燥に焼かれた脳に優しく響く。

 

外はしんしんと雪が降っているはずだが、この土間だけは竃の火と、蒸し器の湿った熱気、そして彼女たちの屈託のない世間話で満たされている。

 

(……ああ、落ち着くぜ。脳に栄養が行き渡る)

 

俺は温かい茶を啜り、餡子の甘みをじっくりと噛み締めながら、ただぼーっと湯気の向こう側を眺めていた。

 

「それにしても、今年の雪はしつこいですわね。毎朝の雪かきだけで、腰がどうにかなりそうです」

 

お菊が温かい茶を啜りながら、ふうと息をついた。

 

「本当。せっかくどかしても、屋根の雪がドサッと落ちてきたらおしまい。あれ、案外重たいのよね。氷みたいに固まってると、もう動かしようがなくて」

 

「でも、脱兎ちゃんたちが雪かきを手伝ってくれるのは助かるのよね。……ただ、困ったことに、雪の中に紛れるとどこにいるかさっぱり分からなくなっちゃって」

 

下女の一人が笑いながら、足元の脱兎を指差した。

 

「黒い方のワンちゃんはすぐ見つかるんですけどね。脱兎ちゃんは、動いてくれないとただの雪の塊にしか見えませんわ。昨日も、大きな雪だるまだと思ったら脱兎ちゃんが丸まってただけで」

 

「氷みたいに固まった雪も、庭の隅に山積みになってますしね。あれ、またそろそろ氷室に移動させない困ったことになりそうですよ」

 

「びくともしないですもんね」

 

彼女たちの何気ない愚痴。

(……待てよ。満象の水を凍らせて落とす? いや、それだと氷を作る手間と時間がかかる。もっと単純で、もっと暴力的な方法があるじゃないか)

 

円鹿の能力は触れた呪力の無効化、あるいは鳴き声で周囲の呪力中和だ、こっちは呪力量が多いほど中和に時間がかかる。

 

深い穴に円鹿を落とし、その上に「ただの氷の板」を一枚敷く。これはその辺の雪を固めて水をかけて凍らせただけの、ただの物質だ。円鹿がいくら正のエネルギーを練っても、呪力を含まない「ただの氷」は中和できない。

 

そして、その氷の上から……。

 

(満象を召喚して、そのまま自由落下させる!)

 

円鹿から見れば、頭上から「呪力の中和が効かない氷」が迫り、その氷の向こう側には「数トンの質量を持つ式神」が乗っている。

円鹿がいくら反転術式を回そうが、氷という物理的な壁に遮られ、満象本体の呪力には干渉できない。ただただ、氷を介して伝わる数トンの重みに押し潰されるだけだ。

直接触れなければ満象の質量を一瞬で影に戻すのは難しいとみていいだろう。

 

「……影久様? また難しい顔をして。……あの、本当にお口に合いませんでした?」

 

お菊が心配そうに覗き込んでくる。

俺は最後の一口を飲み込み、会心の笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「いや、最高に美味かった。おかげで、考え事が解決しそうだ」

 

「まあ、それは良うございました。お饅頭ひとつで解決するなら、いくらでもお作りしますのに」

 

おっとそれはいかんぞ!糖尿病になってしまう、この時代の甘味は麻薬みたいなもんだ。

 

「お菊。明日から新しい式神の調伏準備に入る。しばらくの間はそっちに根を詰めることになるから、脱兎たちをこっちの家事の手伝いに寄越す余裕がなくなるかもしれん」

 

俺の言葉に、下女たちが一瞬、困ったような顔を見せる。

彼女たちにとって、家事を支える脱兎は、今や欠かせない頼もしい「相棒」たちなのだろう。

 

「それは……少し不便になりますけど、もともとそうしていたことでしたから、影久様が大事なお務めに向かわれるのです。私たちだけでしっかり屋敷を回してみせます」

 

「ああ、頼む。……これが無事に終われば、今よりもずっと便利な仕組みが作れるはずだ」

 

反転術式持ちの円鹿が手に入れば、医療体制は劇的に向上する。

それは俺の隠居ライフを強固にするだけでなく、この「躯」の連中のホワイトな労働環境を維持するためにも不可欠なピースだ。

とはいえ、だ。俺だっていつまでも生きてるわけじゃあない。ひとまずは式神ありきでシステムを構築するが、少しずつ俺抜きで、いわゆる「ハズレ術式」を家事に活かして効率よく回せるようにしていかないとな!

 

「まあ! 影久様ったら、また私たちのために。……ふふ、では楽しみに待っておりますね」

 

お菊たちの温かい見送りを受けながら、俺は土間を後にした。

 

冷え込む廊下を歩きながら、俺は脳内で土木作業の工程表を引き始めた。

待ってろよ、円鹿!

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