戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
体験がないと実感が湧かないんでしょうね。
でも水の塊なんだよなと思うと重いはずなんですよね、ふかふかなのが悪いよ。
雪の中の土木作業きつすぎだろ!しかも落武者とかいるし!これだから乱世は!
呪術規定まだないかぶっ殺してやらぁ!してもいいんだけどさすがにそれは……。
ってことで、落武者を玉犬使って追っ払いながら穴を掘ることひと月半、とうとう円鹿をはめる罠ことただの穴が完成したのだった。
それにしても。
「なんなんだ!今年は!!雪降りすぎだろ!!!」
三月の初頭。ようやく春の気配が……こないねええ!目の前にあるのは、一向に解ける気配のない雪と、カッチカチに凍りついた不機嫌な大地。
「若様落ち着いてくだされ、あとは調伏を済ますだけですから」
傍らで源蔵が呆れたように笑う。
まあそうね、円鹿調伏したらこの人里離れた荒れ地とお別れできるしね。
「そうだな……よし、やるか」
俺は長く息を吐き出し、目の前の巨大な穴を見た。
直径5mくらい、深さ10mくらい、でっけー!
底の方は非常に硬い地層に突き当たっていて逃げ場もない、ただただ重力と質量を叩き込むためだけの穴。
深呼吸をし、穴の縁に立つ。
影を広げ、まずは「それ」を呼び出した。
「来い……『円鹿』」
白く神々しい鹿が、雪の上に降り立つ。自分よりも二回りほどデカい。三メートルくらいないか、これ?
円鹿がこちらを認識し、その角に反転術式の輝きが宿るより早く、俺は自分から円鹿に組み付いた。
いきなりの行動に虚を突かれたようで、四つの目が大きく見開かれる。この状況を理解される前に、俺は力任せにその胴体を抱え込んだ。
「早速で悪いが!一緒に落ちようぜ!」
抗う隙も与えず、俺は円鹿を持ち上げ、共に背後の奈落へと身を投げ出した。
重力に従い、景色が高速で跳ね上がる。
(今だ!)
一月から影の中に準備していた「氷の塊」を頭上に引きずり出す。
雪を固め、水をかけ、三月のこの日まで時間をかけて育て上げた純然たる物理質量の塊だ。蓋をするように、俺たちを追いかける形で落下させる。
「出ろ!満象!!」
さらにその上、氷を挟んだ反対側に、直径5mの穴ギリギリのサイズになるよう満象を顕現させた。
頭上に現れる、数トンの質量。
空中で、俺と円鹿、氷の塊、そして満象が一直線に並ぶ。
迫る土の壁。激突のコンマ一秒前。
俺は自身の足元の影を自分がギリギリ入れるサイズに広げ、その暗闇の中へと潜り込んだ。
直後、周囲一帯を震わせる凄まじい振動が影の空間にまで伝播した。
重力加速度を乗せた数トンの質量が叩きつけられ、逃げ場のない穴の底で圧力が爆発する。影の中に逃げ込んでいてもなお、内臓を直接揺さぶられるような衝撃に、俺は奥歯を噛み締めて耐えた。
数秒後。
舞い上がった土煙と、粉砕された氷の冷気が影の中にまで漏れてくるのを感じ、俺は這い出すようにして外へ出た。
「……げほっ、ごふっ……やりすぎたか?」
俺が丹精込めて育てた氷の塊は、満象の圧倒的な自重によって粉砕され、円鹿を包み込む不規則な礫と化していた。
その中心で、氷を挟んで満象の太い足にプレスされた円鹿がいた。
神々しかった白い毛並みは泥と氷の粉に汚れ、自慢の角も一本が根元から折れている。
円鹿は必死に喉を震わせ、正のエネルギーを放って満象を影へ戻そうと試みているようだが、肺を圧迫されているのか、まともな出力が出ていない。
「俺の勝ちだな……円鹿、俺に従え。」
俺が差し出した手に、円鹿が弱々しく、しかし明確に従順の意思を込めてその鼻先を寄せた。
直後、俺の呪力と円鹿の存在が深く、強固に結びつく。
調伏完了。
十種影法術における、ヒーラー円鹿が仲間に加わった!
「……ふぅ。おーい、源蔵! 終わったぞ、鵺で上がるから穴から離れててくれー!」
穴の上から覗き込んでいた源蔵の気配が遠ざかるのを確認し、満象の背に乗った。
「鵺、来い!」
雷光を纏った大きな翼が広がる。鵺の足に自身の体をがっしりと掴ませた。
「上げろ!」
鵺が力強く羽ばたき、重力を振り切るようにして垂直に急上昇を開始する。
狭い穴の壁面をかすめるような速度で、一気に地上へ。突き抜けるような冷たい風と共に視界が開け、雪に覆われた平野が眼下に広がった。
「よし……戻れ、満象」
十分な高度を稼いだところで、俺は跨っていた巨体の呪力を解く。
数トンの質量が影へと溶けるように消え、俺の体は鵺の足にぶら下がった状態で宙に浮いた。
そのまま鵺に運ばれ、雪の上に立つ源蔵の隣へと着地する。
一ヶ月半、泥と雪にまみれて執念で作り上げた陥没跡を上から眺め、俺は満足げに鼻を鳴らした。
そういやこれから埋め立て作業……、あるんだったな、ま、掘るよりゃ楽か。
反転ってすごい、改めてそう思った。
1ヶ月半かけて掘った大穴が1日で埋め終わった。
生まれ変わったこの体、最高にハイってやつになっちまうよこんなの……。
源蔵も心なしかシワが減って若返っているように見える。
「若様……一生お仕えいたしますぞ」
それはとてもありがたいけど、今言われるとちょっとね……。
そんなわけで禪院の屋敷に戻った翌日、いよいよ本格的に術式の解釈、円鹿を使っての影マットレスの進化を目指していく研究が始まったのだ!
「こい、円鹿、満象」
まだ空が真っ暗な時間帯に布団から抜け出し俺は
屋外修練場で円鹿と満象を呼び出していた。
これからやることは一つ!
影マットレスの更新である!
常時二層展開て足踏みして六年、最高積層数も一瞬だけの五層で六年、こいつらを使って大幅更新を目指すぜ!
まずは5層を満象を使って圧縮してみるか……。
今までだったらくっつこうとする層を分かれた状態に維持するための負荷と、その上でバラバラではなく一つの塊として成立させるための圧縮を同時に行う必要があった。
要するにくっつけながら離すという作業を全ての影間で行い続けなきゃいけない。
今後はこの圧縮、くっつける作業を満象で行えるはず!
「満象、内側だ。影の容積そのものを押し潰せ」
俺は足元に広がる闇に向けて、満象を向かわせる。
実体化する直前の、あの膨大な質量という概念。それを影の境界線ギリギリまで膨張させ、逆に内側の層を外側からぎりぎりと締め上げる。
(……あ、これは。全然違う)
あまりにもあっけなく五層を達成できたことに呆然とする。
今までは、俺自身が脳の演算で「固まれ、くっつけ」と念じ続けることで、影を密着させ、一つの塊で複数の層を持つという形に落とし込んでいた。
だけど今は、影の中に「満象」という逃げ場のない巨大な重りが鎮座している。
ものすごい吸着力というか、これは強すぎてもはや重力ってレベルじゃねーぞ!もはや磁力じゃないかこれ?
脳の負荷も、結合しないようにするだけで良いのでかなり軽い、これに円鹿の回復が加わっちまったら、一体どこまでいけちゃうんだい?オラわくわくすっぞ!
「円鹿頼む」
そう言った途端クリアになる脳内。
「満象、影を増やすぞ、このまま圧縮を続けてくれ」
そして次々と影を重ねていく。
(……六層、七層……っ!)
まだいけそうだ、負荷は感じるが、以前の四層よりはだいぶ軽い。
ただ、負荷上昇は急激に跳ねる、慎重に重ねていく必要があるな。
(……八層。)
影が物理的な光沢を帯び始め、足元で鼓動を打つような高周波が鳴り響いてきた。
層が増えるごとに、影がバラバラになろうと反発が強くなり、影の中の満象が層を押し潰そうとするが、それ以上に内側から跳ね返ってくる呪力の圧力が凄まじい。
維持はできる、以前の五層と比べてどうだ、円鹿の反転が回っているから、比べるのが難しい。九層目は無理か?いけるか?
自問自答する余裕すら、じりじりと、削られていく。
円鹿の、反転術式が、脳が焼き切れる、端から細胞を繋ぎ止めて、くれて、いるおかげで、かろうじて「自分」を保て、ている、状態だ。これは……。
(……九は。……九層目は、……だめだ。)
脳の、奥が、熱い。
円鹿が、どれだけ、冷やしてくれても。
沸騰する、速度が、勝ちはじめている。
これ以上、欲を、出せば。
俺の、中身が、鼻から、溶け出す。
そんな、嫌な、予感だけが。
真っ白な、思考の、端っこに、張り付いている。
(……引け。……今だ。引けっ!)
俺は、九層目への、未練を。
力任せに、引きちぎった。
一段、階。
慎重に、ギアを、落とす。
(……あ、……あぁ……。)
八層から、七層へ。
せり上がって、いた圧力が、ふっと和らぐ。
ようやく、落ち着いてきて思考が回る。八層でも3分くらいが限度だった。
(大進歩だ、八だぞ八!、円鹿さえちゃんと回し続けたら七も常時いける、反転回すと呪力消費がでかいから、今度はそっちがボトルネックになる……が…あれ?)
呼吸を整えながら、俺は自身の内側に意識を向けた。
円鹿を出し、満象を出し、さらに七層の影を維持している。
これだけ全力で円鹿に反転術式を使わせて脳を冷やし続けているんだ。数分も経たずに俺の呪力はスッカラカンになって、干からびていてもおかしくないはずなのに。
(……なんだ、この「減りにくさ」は。)
確かに呪力は猛烈な勢いで使っている。それは間違いない。だけど、減っていく速度が想定の何分の一、いや、それ以上に緩やかなんだ。
まるで、こぼれ落ちた呪力が影の層に弾かれて、また俺の体の中に戻ってきているような……そんな、あり得ない感覚。
(……この感じ、知ってるぞ。何か、こう、周期的な……。)
耳の奥で鳴り響く、エコー。
四歳の頃、初めて術式に触れたあの日。自分の呪力が影に吸い込まれる時の不快なノイズだと思っていた、あの「ズレ」の感覚だ。
(そうか!これ、あの頃のノイズがデカくなったやつだ!)
幼い頃はただの不快な雑音だった。五層の頃は、脳をかき乱すだけの邪魔なバグだった。
だけど今、七層という精密な積層構造を抜けて戻ってくるそれは、はっきりとした指向性を持って俺の回路に再接続されている。
俺が放り込んだ呪力が、影の底で何かにぶつかって、変質して、加速して、また俺の元へ帰ってきている。
あの頃感じていた「ズレ」の正体は、放出したエネルギーが一周して自分に戻ってくる時の、タイムラグだったんだ。
(なんて、もったいない!俺は六年間、このお釣りをただの不快な音だと思って無視してたのかよ!)
いや無理もない、戻ってくる呪力量があまりにも僅かすぎた、気がつけるわけがねえよな。
空はまだ暗い、多分3時か4時か、さて7層をある程度維持できることがわかったからにはやることは一つだ!
(……あぁ、これだ。これだよ……!)
影の中に入り込み、内側から概念的な「外圧」で固定した第七層。
反発し合う影が、俺の体重を寸分の狂いもなく押し返し、完全に「無」の状態で宙に保持されている。そこに円鹿の反転術式が、演算の熱を優しく奪っていく。
(……えぇ、何これ。前の人生で奮発して買った、あの五万円のマットレスより全然気持ちいいぞ。凄すぎない……?)
前世の記憶にある、あの少し高めの低反発ウレタンも、有名メーカーのポケットコイルも、この「呪力による精密な斥力」には勝てない。体圧分散なんてレベルじゃない。影の層が俺の細胞一つひとつを支えているような、重力から解放された全方位からの抱擁……。
かつて四歳の頃、ただの耳鳴りだと思って無視していたあの「ズレ」が、今や最高の入眠リズムとして脳を蕩けさせていく。今はただ、君(十種影法術)に感謝を。
(……だが、この調子で呪力を使うとなると、持って一時間強か。これじゃあ、朝までは持たないな)
恍惚とした幸福感の中に沈み込みながらも、俺は冷徹に自分の内側を観察していた。七層の循環によって、呪力が「お釣り」として戻ってきている感触は確かにある。だが、それを差し引いても、満象と円鹿を同時維持し、さらにこの複雑な積層を制御し続ける「維持費」の方が、僅かに、しかし確実に上回っている。
七層マットレスは一晩を共にする相棒ではなく、あまりに贅沢で、そして短命なひと時の夢に過ぎないということか。切ないこんなところでお別れなんて。でも呪力切れでまで続けるわけには行かない。悲しいなぁ、ひとえに俺が弱いせいだが。
俺は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
円鹿の「もう限界でしょ?」と言わんばかりの表情が目に入り、満象の申し訳なさそうな感情が伝わってくる。
「……ありがとうな」
俺は二匹を影に戻して、術式を二層マットレスに作り替えた。
硬い。
あれ? 嘘だろ、こんなに固かったっけ……?
(足りない。七層じゃ、まだ足りないんだ)
あんな、前世のボーナスで買ったお気に入りすら過去にする体験をさせといて、たった一時間で「お時間です」なんて、生殺しにも程がある。
朝まで、あの理想のホールド感の中で、呪力の減少を一切気にせず、むしろ寝れば寝るほど元気になるような……そんな「永久機関」としてのマットレス。
そこに到達するには、もっと層を重ねなきゃダメだ。
八層、九層……いや、もっと先だ。
層が増えれば増えるほど、戻ってくる呪力は大きくなる。いつか、その「お釣り」が式神たちの維持費を完全に上回るその日まで、俺の研究は終わらない!
一刻も早く、あの「七層の向こう側」へ。
俺の求道者としての情熱は、今、かつてないほど邪な野望に向かって、燃え上がっている。