戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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バトルというには、地味かもしれない・・・



第十二話 白に、任せる

「残念だが、お前みたいなのは趣味じゃないんだわ」

 

俺は震える指先を隠すように拳を握り、目の前の女を睨み据えた。

皮肉を投げたのは、少しでも奴の反応を探るため。だが、それは何かしらの琴線にでも触れたのか、女は恍惚とした表情で悦びに震えるように喉を鳴らした。

 

(……何をしてる?)

 

指先を優雅に躍らせ、戦う構えすら見せないその所作に、困惑する。

そもそも、この中心地まで引き摺り込まれたこと自体、俺の「慎重さ」が生んだ失策だった。村を調べ、呪力を読み、呪霊の痕跡を探る。

その過程こそがやつがここに獲物を引き摺り込むためのギミック。

 

(……待って、たまるか。今度は俺が先手を取る)

 

ここで静観を選べば、次こそ取り返しのつかない破滅を招くかもしれない。

 

「――行け、『脱兎』ッ!」

 

影から解き放たれた無数の白兎が、銀糸の海へと一斉に雪崩れ込む。

四方八方へと跳ね回る脱兎の群れ。その攪乱の隙に、俺は最短距離で女の喉笛へと肉薄しようと地面を蹴った。

 

(……っ!?)

 

だが、拳を突き出す直前、異様な感覚に襲われた。

手応えがない。壁に阻まれたわけでも、躱されたわけでもない。

込めたはずの呪力が、女に届く瞬間にふっと熱を失い、霧が散るように虚空へ霧散したのだ。

 

俺の突撃だけではない。四方八方に放った脱兎たちも、銀糸の海に触れた先から実体を保てなくなり、呪力の残滓すら残さず次々と消えていく。

 

(吸われたのか……? いや、溶けたのか)

 

焦り、一度奴の制域から離脱しようと自身の影へ潜ろうと試みる。

だが、練り上げた呪力は影を成す前に指先から零れ落ち、足元の糸へと吸い込まれて消えた。

術式どころか、呪力という概念そのものが、この領域のルールによって無効化されている。

 

万策尽きた俺の姿を、女はニヤニヤと、歪んだ愉悦を浮かべながら見つめていた。

奴は俺を殺そうとすらしない。ただその指先を躍らせ、夢中で何かを紡ぎ続けている。

それはまるで、新しい玩具を与えられた子供が、周囲の邪魔を一切無視して工作に没頭しているかのようだった。

 

やがて、俺の足の裏に、柔らかな糸の層を突き抜けてある感触が伝わった。

硬く、角ばり、わずかにひび割れた質感。

 

(……石畳、か?)

 

だが、視界に広がる光景は、その確かな感触とはあまりに乖離していた。

逃げ場を塞ぐように俺を包囲し完成したのは、銀糸のみで構成された、色彩を欠いた巨大な模型の群れ。

家屋のようなシルエット。塀を模したであろう起伏。それらすべてが、色のない糸を執拗に重ねることで実体化している。

 

完成と同時に、天を覆う巨大な網から滴り落ちるようにして領域が反転した。

それまで空間を支配していた圧迫感が、ふっと消える。同時に、恍惚に浸っていた女の姿も掻き消えた。

 

(……消えた? いや、構築を終えて潜りやがったのか)

 

試しに指先に力を込めてみる。

先ほどまで霧散していた呪力が、今度は確かな熱を持って俺の意思に従った。領域の「構築中」という不安定なフェーズが終わったことで、この空間内での術式使用が再び許可されたらしい。

 

だが、安堵は一瞬で凍りついた。

 

(……待て。戻ってこない)

 

本来なら、吐き出した先から循環し、溜まっていくはずの呪力の澱が、全く感知できない。

呼吸をしても、練り直しても、一度消費した分が永久に失われていく。まるで、底に穴の空いた器に水を注いでいるような感覚だ。

 

ここは呪力が使えない場所ではない。

「使った呪力が一切回復しない」空間なのだ。

 

(吸い取るんじゃない。回復分だけを『無』に帰してやがるのか……!)

 

動けば、あるいは術式を使えば、それだけ早く俺という存在は枯渇し、この銀色の風景の一部にされる。

女は姿を消したのではない。俺が自ら動き回り、勝手に呪力を失うのを、この領域のどこかでニヤニヤと眺めているのだ。

 

(……動けねえ)

 

喉の奥がひりつく。一歩踏み出す、ただそれだけの動作でさえ、二度と戻らない命の灯火を削る「浪費」に思えてくる。

だが、この場に留まれば、待っているのは緩やかな死だ。

 

この空間の情報を集める必要がある。

 

(覚悟を決めろ……!)

 

できるだけ呪力消費を抑えるようにし、影を薄く、薄く、網膜に映る情報の隙間を埋めるように慎重に広げていく。

一節分の呪力を絞り出すだけで、体温がふっと奪われるような錯覚に陥った。使えば失われる。その事実に神経を削られながらも、俺は銀糸の迷宮へ意識を沈めた。

 

最初は、ただ女の歪んだ趣味で編み上げられた悍ましい箱庭だと思っていた。だが、銀糸の壁をなぞり、配置を俯瞰するたび、脳内の記憶がざわつき始める。

 

探索範囲を広げるにつれ、既視感がじわじりと確信へ変わっていく。

俺はあえて、記憶にある「村の順路」を逆走するように、最小限の動きで進んだ。

 

そして、迷宮の「端」――ちょうど、森へと続いていたはずの境界に辿り着いた時、それを見つけた。

 

銀糸で編まれた、色彩のない「ひしゃげた荷車」の模型だ。

泥の汚れすら銀糸のうねりで表現されたその残骸は、あの時、森に入る直前に見た荷車と、車輪の折れ曲がり方まで完璧に一致していた。

 

(……ここ、あの村だ。……いや、村を『スキャン』したのか)

 

背筋を氷が走る。

女は単に糸で迷宮を作ったのではない。現実の村を、建物一つ、石畳一枚に至るまで「型紙」にして、領域という皮肉な胃袋の中にまるごと転写しやがったのだ。

現実と生得領域が表裏一体、村に入った時点ですでにあいつのテリトリーだったわけか。

 

(現実の座標を借りているからこそ、これほどの規模を維持できる。……なら、維持のための領域の核があるはずだ)

 

イチから空間を創造せず、既存の村をテンプレートとして上書きしている以上、この領域の安定性は「現実の特定の座標」に強く依存している。その接合面こそが、この巨大な胃袋を支える『背骨』であり、外部へ最も干渉が漏れやすい弱点のはずだ。

 

(……あそこか)

 

俺は、銀糸で編まれた「ひしゃげた荷車」を凝視した。

村の終わり、森の始まり。あの境界に置かれていた、本来なら何の価値もないガラクタ。だが、境界そのものに置かれていたあの場所こそが、現実と領域が最も密接に、かつ歪に重なる「核」に他ならない。

 

(……だが、一撃に全てを込めるわけにはいかない)

一度に吐き出せば、その瞬間に終わる。ならば――削るしかない。細く、長く。

 

ドォン。

 

一定の刻み。それは外にいる景次たちへの道標であり、この領域の主を自分に釘付けにするための策だ。

 

(……いや、違う)

 

思考が、引っかかる。

さっきまで感じていた“揺らぎ”。景次の振動。あのノイズが混ざった瞬間――俺の制御は、確かに乱れた。

 

(……なのに)

 

その乱れの中で、一瞬だけ“想定外の動きが、最適解を取った”。

式神の挙動がブレた。制御から外れた。それなのに――当たっていた。

理屈じゃない。計算でもない。俺の外側で、何かが補完されていた。

 

ドォン。

 

再び、正確な一撃を放つ。その響きの残響の中で、胸の奥に微かな“空白”が生まれる。

 

(……白は?)

 

いつもならあるはずの、感覚の接続。影を通して繋がっている“手応え”が――ない。

切れているのではない。“俺の手を離れ、あちら側に馴染んでいる”のだ。

 

(……白は、外にいる。景次の隣で、景次の呼吸に)

 

あり得る。景次の守りとして白を外に出したが、それはあくまで俺の命令系統の下にあるはずだった。

だが今、俺と白を繋いでいた呪力の糸は、驚くほど静かに解けている。

 

(……なのに、動いてる)

 

白が。俺の指示を待たず。俺の意思を介さず。

景次が振動の反響に呑まれ、迷い、足掻いているその最中に。

あいつは、景次の焦燥の中で、俺の知らない何かを捉えている。

「……はは」

 

暗闇の中、乾いた笑いが漏れた。

俺が“任せるかどうか”を迷っている間に。あいつは、とっくに俺の先を行っていた。

 

ドォン。

 

三度、地を叩く。

もはや、迷う理由はない。

 

「……一つでいい」

 

全部を手放す必要はない。全部を任せる必要もない。だが。

 

「……そこだけは、任せる」

言葉にした瞬間、自分でも驚くほどあっさりと手放していた。

 

影に沈めた意識を、ひとつ切り離す。

白を縛っていた最後の一本の鎖を、自らの手で断ち切る。

 

(白、お前の好きにやれ)

 

俺がこの「音」で奴の目を惹きつけている間に。

お前は、お前の隣にいる奴、景次を信じて、その牙を突き立てろ。

 

その瞬間。影の奥で、確かに“何かが応えた”。

もはや言葉も、命令も、共有も必要なかった。

 

(……ああ、やっぱりな)

 

俺が見ていなくても。俺が指示しなくても。

あいつは――勝手に最適を選び、俺を助けに来る。

 

ドォン。

 

確信とともに、影久は次の一撃を地面へと叩きつけた。

その音は、これまでのどの合図よりも、力強く、迷いなく響いた。




大きく場面が変わるのでちょっと短いですがキリのいいここで話を、分けたく・・・。
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