戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
「……はは、なるほどな」
景次の手を離し、俺は皆と肩を並べた。
霧が晴れた広場。そこに鎮座する巨躯の蜘蛛は、なりふり構わぬ殺意を剥き出しにしている。
あの時より2回りほど大きくなった蜘蛛の呪霊。
人の姿を保てなくなった口から出る音は、もう人の言葉を成していなかった。
「コソコソ隠れてた時より、そっちの方がよっぽど似合ってるぜ」
吐き捨て、拳を握り込む。呪力は底を突きかけているが、不思議と感覚は研ぎ澄まされていた。
「……兄上。あの時の、寺のやつですよね」
「あぁ。……たっぷり礼をしてやる」
俺は白の首筋を一度だけ叩き、その野性を肯定するように告げた。
「さっきのは悪くなかった。……ここからも好きにやれ」
白が地を裂くような咆哮を上げ応えた。
「んじゃ影久サン、景次様――行くぜ!」
扇一郎の長柄刀が白熱し、空気が爆ぜる。
それを合図にしたように、鎮座していた巨躯が跳ねる。八本の脚が土を砕き、視界を埋め尽くすほどの質量が頭上から降り注いだ。
俺たちは弾かれたように四方へと散る。
背後で扇一郎の長柄刀が唸りを上げ、爆炎が蜘蛛の側面に叩きつけられた。
炎を嫌った蜘蛛が俺のいる左前方へと這い寄る。
そこへ景次が絶妙なタイミングで礫を弾いた。ダメージを与えるためではない。
その「振動」を合図に、白が影から跳ね上がった。
蜘蛛の注意が、上空の白と後方の扇一郎に割かれる。
空振りに終わった蜘蛛の脚を足場に、白がその巨躯を駆け上がった。
「――ッ!」
声にならない意思の疎通。白が牙を剥き、蜘蛛の複眼を食い破る。
のたうつ異形の隙間に、俺は最短距離で潜り込んだ。
全身に残った僅かな呪力を、右拳一点に凝縮させる。
——合わない。
そう思った瞬間だった。
白が俺の背中を蹴る。
——その瞬間、呼吸が、重なった。
その推進力を乗せ、拳を突き立てた。
――100万分の1。
空間が歪むような重低音と共に、黒い火花が爆ぜた。
俺の右拳から放たれた黒く染まった呪力の奔流が、蜘蛛のその巨躯を、背後の民家の残骸ごと跡形もなく消し飛ばす。
「……嘘だろ、兄上……」
景次の呆然とした声が、遠く聞こえる。
土煙が晴れた跡には、膝をつく俺と、その横で誇らしげに喉を鳴らす白。
そして、巨大な蜘蛛がいた場所には、ただ黒く焼け焦げたクレーターだけが残されていた。
「…………おいおい」
静寂を破ったのは、拍子抜けしたような扇一郎の声だった。
熱気を帯びた長柄刀を構え、今まさにトドメの一撃を叩き込もうとしていた彼は、獲物を失った構えのまま、立ち尽くしている。
「……冗談だろ影久サン。景次様に肩借りてたのはなんだったのよ。最後に全部持っていくのは、流石に性格が悪すぎやしませんかねぇ」
呆れたように肩をすくめ、白熱していた刀の熱をふっと逃がした。その口調こそ軽いが、目はクレーターの中心にいる俺と白の「異常な一撃」を焼き付けている。
「……は。……あぁ、そうだな」
自分の声さえ、どこか他人事のように響く。
荒い吐息とは裏腹に、体の中には黒い火花がもたらした瑞々しい呪力が溢れ、空っぽだった回路を無理やり満たしていく。
俺は隣で誇らしげに鼻を鳴らす白の頭に、重い腕を置いた。
右拳の芯には、まだあの「黒い衝撃」の熱がこびりついている。
一人で戦っていた時には決して辿り着けなかった、理の外側の感触。
視界は異常なほど鮮明で、景次の震える呼吸も、扇一郎の刀から立ち上る陽炎も、すべてがスローモーションのように手に取るように分かった。
「兄上……? 兄上、今の……何だよ、それ」
心配そうに顔を覗き込んできた景次の口から、ふいに、作り物の丁寧さが剥げ落ちた声が漏れた。
整えられた言葉遣いも忘れて、ただ呆然と俺を見つめている。
俺は数秒遅れて、その幼い驚きに視線を向けた。
「……あぁ。……最高に気分がいい」
——それが、自分のものではないような気さえした。
口元が、自然と歪んだ。
呪力切れの消耗を上書きする、暴力的なまでの昂揚感。
隣で白が誇らしげに、短く吠えた。
――あの「全能感」は、どこへ行った。
蜘蛛を消し飛ばしてから数日。俺たちはようやく京の禪院の屋敷へと帰還した。
黒閃の効果が切れた後、数時間は指一本動かせないほどの虚脱感に襲われたが、幸い、呪力の巡りそのものは以前よりスムーズになっている。
問題は、俺の隣で欠伸をしている「こいつ」だ。
「おい、白。そこは俺が座る場所だ。どけ」
自室の縁側、一番日当たりのいい場所を陣取っている白い巨躯に声をかける。
白は耳をピクリと動かしただけで、薄目を開けてこちらを一瞥すると、ふいっと顔を背けて寝直した。
……完全に無視された。
あの戦場で、あれだけ噛み合っていた相棒はどこへ行ったのか。
今の白の首には、俺がつけた覚えのない、立派な組紐の首輪が巻かれている。
「兄上、無駄ですよ。それ、下女たちが
『せっかくの綺麗な毛並みなんだから、飾りくらいないと可哀想』
って、勝手につけたみたいです。白も満更じゃないみたいで」
お前それお菊のモノマネか?
めちゃめちゃ似てるやんけ。
庭の方から歩み寄ってきた景次が、困ったように笑いながら白の頭を撫でる。
するとどうだ。俺の問いかけには石のように動かなかった巨躯が、嬉しそうに喉を鳴らして景次に擦り寄っていくではないか。
「……おい、景次。こいつ、その辺の野良犬じゃないんだぞ。戦場でありえない機動を見せる、れっきとした……その、凄腕の式神なんだ。飾りをつけるなんて、なめられすぎだろ」
「あはは、よしよし。白、お腹空いたの?」
俺の言葉などどこふく風。景次が懐から干し肉を取り出すと、白は「待ってました」と言わんばかりに尻尾を振り、行儀よくお座りまでしてみせた。俺には一度も見せたことのない従順な姿だ。
「影久様、そんなに怒らないでくださいまし。白ちゃん、お庭の掃除中もずっと私たちを見守ってくださるんですよ」
「そうですよ、お菊の持ってきたお握り、とっても美味しそうに食べてくださって!」
廊下の向こうから、下女たちがクスクスと笑いながらこちらを覗いている。
見れば、白の足元には彼女たちが持ち寄ったらしい余り物の魚や、小さな手毬まで転がっていた。
「……見守ってるんじゃなくて、お零れを待ってるだけだろ、それは」
俺が呆れて呟くと、白はこれ見よがしに「くあぁ」と大きな欠伸をして、景次の膝に顎を乗せた。
俺を「たまに怖いところに連れて行くうるさい管理者」程度にしか思っていないんじゃないか?
「影久様、そんなに怖い顔しないでくださいよ。白も戦いで疲れてるんです。ね?」
景次にまでそう宥められ、俺は空になった右拳を握り込み、天を仰いだ。
「最高に気分がいい、なんて言った数日前の俺を殴りたい……」
黒閃の残り香は、今やただの筋肉痛と、主人の座を奪われた虚しさ、そして自由奔放な式神への頭痛にすり替わっていた。
「――影久様、景次様。少々騒がしゅうございますな」
ふいに、廊下の先から低く地を響かせるような声が届いた。
その場にいた全員の背筋が凍りつく。下女たちはあわてて頭を下げ、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
そこに立っていたのは、源蔵だった。
恭しく一礼してはいるが、一切の隙を感じさせない佇まいは、平和な縁側の空気を一瞬で塗り替えてしまう。
その瞬間。
さっきまで景次に甘えていた白の耳がピンと立ち、鼻先に皺を寄せた。
源蔵が顔を上げるよりも早く、白は「……あ、これ無理なやつだ」とでも言いたげな顔で俺と景次を交互に見て、そのまま影の中へと溶けるように消えた。
「おい、白……!」
呼んでも戻ってこない。
あいつ、説教の気配を感じ取って自分だけ逃げやがった。
「影久様、式神の躾が滞っておられるご様子。……それと景次様、あまり甘やかされては、この者のためになりませぬぞ」
源蔵の冷ややかな、しかし澱みのない視線が俺たちを射抜く。
俺は逃げた相棒の薄情さを呪いながら、数分前までの全能感が完全に消え去ったことを悟った。
「……あぁ。以後、気をつける」
「……ごめんなさい」
俺たちが短く応じると、源蔵は「よろしい」と頷き、そのまま音もなく背を向けて去っていった。
一分の隙もない、完璧な武人の背中だ。
だが、俺は見逃さなかった。
彼が去り際、白が消えた影の跡を、ほんの一瞬だけ――捨てられた子犬でも見るような、悲しげな目で見つめていたのを。
(……ショック受けてんじゃねーよ)
実はこの男、結構な動物好きだ。
厳格な付き人としての建前で「躾がなっていない」と宣ったものの、本心では自分も白に触りたかったのだろう。それなのに、顔を見た瞬間に全力で逃げられたのだから、内心はズタボロに違いない。
俺の隣で、景次が大きくため息をついた。
「源蔵、怒ってましたね」
「……あぁ、そうだな。怒ってたな」
俺はあえて、源蔵の名誉のために真実は伏せておいた。
黒閃の残り香は、今やただの筋肉痛と、自由奔放な式神への頭痛、そして「鉄の男」の意外な弱点を知ってしまった、なんとも言えない妙な気分にすり替わっていた。
……だが、あの感覚だけは、確かに消えていなかった。
初対面の時呪霊は準1の中で弱いやつでした。
今は特級に近い1級。
本体の性能はそれほどではないです、とにかく悪辣ではめ殺しタイプ。
円鹿でなんとかなる呪霊がほとんどの中(普段の任務はこの手のやつ)
円鹿ではどうしようもないのに当たりました。
領域使えればワンパン雑魚です。
でも呪術戦の頂点だから使える術師は少ないんだ、悔しいだろうがしょうがないんだ。