戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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旅行に行きたい欲。

予約投稿ミスってまだ途中の二十三話を間違えてあげちゃいました、すいません、更新に出てしまったろうか。


14歳から
第十五話 平らな怪異を、影で狩る


畠中哲心は三級術師である。この日は任務で近江の林に調査に来ていた。呪霊の発見も、居たのは四級呪霊のみ。

これといった問題もなく帰ろうとした時、鳥の鳴き声が消えた。

 

まずい。

 

逃げ出そうと思った時には遅かった。周囲一帯を覆い隠す巨大な何かが、彼が見た最期の光景だった。

 

 

 

 

 

 

数日後。報告書を読んだ呪術総監部は、頭を抱えていた。いつまでも戻らない畠中を探しに向かった術師の提出したという報告書が、到底信じられない代物だったからである。

 

一、呪霊との交戦場所と思われる一帯には差し渡し一町(直径約一〇九メートル)にもなる真っ平らな地面があるのみ。

 

二、すべてが平面になっていた。岩も木も関係なく平たい。

 

三、延焼、爆発などによる破壊ではない。巨大な質量によるものではないかと推測。

 

四、周辺への影響が一切ない、一瞬で該当範囲のみが等しく押し潰されている。

 

事態を重く見た総監部の老人たちは、薄暗い奥座敷で密談を交わしていた。

 

「等級すら定まらぬが、放置すれば賤ヶ岳の戦火にまで影響が及ぶ。……致し方あるまい。禪院の『例の』を出せ」

「確か元服したばかりだろう、流石に無茶ではないか?」

「あれを子供と思うな五条の神童と同じ化け物だ」

 

 

 

天正十一年(1583年)

 

「……んん?」

 

胸に圧迫感を感じ目が覚める。

視界を埋め尽くす真っ白な毛並みの壁が俺を枕にしていた。

 

白が自らの意思を持ってから四年、どんどん巨大化していき、今や犬というより、シロクマといった感じである。

もちろんサイズは白自身で決められるので、これはこいつがそう望んでデカい姿でいるのだ。

 

 

「……おい白、勘弁してくれよ。潰すのが目的か?」

 

顔を埋めるようにして白のわき腹を押し返すが、暖かな毛並みに弾き返されるだけだ。

本人は「最適な枕」か「お気に入りの寝床」くらいに思っている節があるが、それ以上に、こうして俺を物理的に圧迫して「起こす」ことを楽しんでいるフシがあった。

わざと深く息を吐き、さらに体重を預けてくる。重低音の鼻息が頭の上で響き、俺は諦めて再び影に深く沈み込んだ。

 

「……分かった、起きる。起きるから」

 

そう言って床を埋め尽くしていた影布団を座布団に変えると、白はスッと退いた。今度は足元から小さな影が飛び込んでくる。

 

「おわっ、おはよう黒。今日も元気だな」

 

子犬サイズの黒だ。白が退くのを待っていたかのように、俺の膝に飛び乗り、ちぎれんばかりに尻尾を振って顔を舐め回してくる。

黒の首元をわしゃわしゃと撫で回し、ようやく頭がはっきりしてきた頃、絶妙なタイミングで襖が開く。

 

「影久様、おはようございます」

 

下女が脱兎を数羽引き連れて入ってくる。

脱兎たちが俺の枕元に白湯を届けると、下女とダットはは手際よく室内の掃除を始める。

特に汚れてもおらずさっと一仕事終えた彼女たちが部屋を去ろうとすると、白が、のっそりと立ち上がった。

 

当然のような顔をして、下女と脱兎たちの後ろを付いていく。大きな尻尾をご機嫌そうに揺らしながら、廊下の向こうへと消えていく白の背中を見送り、俺は白湯を一口啜った。

 

「……あいつあの性格、誰に似たんだか」

 

黒が俺の膝の上で、同意するように小さく「クゥ」と鳴いた。

 

禪院影久君14歳、戦国時代とは思えない快適生活満喫中である。

 

 

 

朝のルーティンを終え、術師として引退し、俺の付き人兼躯の副隊長になっている源蔵と、茶を飲みながらのんびりしていたところ。

 

足元の影が、わずかに“揺れた”。

 

「……?」

 

縁側の影の縁が細く裂ける。

そこから現れたのは、指先ほどの細さまで圧縮された黒い蛇。

床を滑るように這い、音もなく俺の手首へと巻き付く。

 

「……なんだ?客か?いや使いか」

「どうかされましたかな?」

 

黒が顔を上げた。

 

俺は立ち上がり、軽く肩を回す。

 

「当主のところへ行ってくる、源蔵は黒と遊んでてやってくれ」

 

しょうがないと言った感じで源蔵の膝に乗り換え、黒が鼻を鳴らすのを背中で聞きながら、渡り廊下を進む。

大蛇が伝えてきたのは、正門を叩く「黴臭い呪力」。京都の、あの薄暗い奥座敷に居座る連中の匂いだろう。

 

(さてさて、何があったのやら)

 

屋敷の術師たちが騒ぎ出すよりも早く、俺は当主の広間へと続く襖を開けた。

 

「――申し上げます! 総監部よりの使者が、当主並びに景次様に拝謁を……ッ!?」

 

報告に駆け込んだ術師が、すでに室内にいた俺を見て絶句する。

上座に座る父上は、わずかに眉を動かした。

報告の伝令と同時に現れた俺の索敵範囲に、改めて「化け物」を見るような視線を向けてくる。

 

「兄上、おはようございます。……お早いですね」

 

傍らに控える景次が、笑みを浮かべた。

挨拶もそこそこに俺は、景次の隣に腰を下ろした。

 

退出する伝令と入れ替わるように通されたのは、額に汗を浮かべた総監部の使いだった。

彼は父上へ礼を尽くした後、ふとこちらにに視線を移し――呼吸を止めた。

 

しばしの間。

 

「それで、総監部が何の用だ。石山の一件以来、我らには借りがあるはずだが」

 

父上の冷徹な問いに、使者ははっとし震える指で書状を取り出した。

 

「近江にて……等級定まらぬ呪霊が発生いたしました。調査に向かった三級術師一名が消息を絶ち、持ち帰られた報告は、我らの手に負えるものではございませなんだ」

 

使者が差し出した図面が広げられる。一町四方の森が、例外なく真っ平らに押し潰された異様な光景。

 

「……一町、すべてが平面にだと?」

「焼け広がったわけではないのか……?」

 

控えていた術師たちが、報告書を覗き込みざわめき始める。並の特級案件ですらあり得ない破壊の「質」に、広間の空気が急速に冷えていく。

 

「これほどの怪異、無策に術師を投じるのは……」

「三級が瞬時に消えたのだぞ、相応の準備が必要だ」

 

慎重論、あるいは恐怖の裏返しとも言える声が上がる中、景次だけが俺の横顔をじっと見つめていた。俺は広げられた図面を指先でなぞり、ふっと口角を上げる。

 

「父上。これ、受けましょう」

 

俺の静かな声に、騒がしかった広間が水を打ったように静まり返った。使者の役人が、縋るような、それでいて信じられないものを見るような目で俺を見上げる。

 

「手早くすませてきましょう、近くで戦もあるのでしょう?」

 

「影久様、正気ですか!? 正体も掴めぬまま……」

「ま、なんとかなるだろ」

 

言葉を遮り、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

「なんとかなる」――そのあまりに軽い言葉を聞き、呆然とする周囲の術師たちを余所に、俺は父上に向き直った。

 

「総監部への貸しが一つ増えるだけだ。悪い話じゃないでしょう」

 

父上はしばし沈黙し、俺の瞳を見てくる。やがて、わずかに口元を緩めた。

 

「……よかろう。影久、任せる」

 

「兄上」

 

景次が呼びかける。その瞳には不安ではなく、兄の背中を追う者の熱い信頼が宿っていた。

 

「……報告お待ちしてますよ。ほんとは付いていきたんですけどね」

 

「次期当主様はどーんと構えて報告をお待ちください」

 

俺はわざとらしく慇懃に、大仰な動作で景次へ一礼してみせた。

 

「兄上。そんなの似合いませんよ」

 

景次の苦笑混じりの声を背中で聞きながら、俺は軽く手を振り、唖然とする使者を置いて広間を後にした。

渡り廊下に出ると、春の陽光が心地よく肌を焼く。

 

「……さて」

 

俺は手首に巻かれたままの大蛇を、指先で軽く弾いた。

 

「聞いてたな? 大蛇。先に近江に行って現地を見といてくれ」

 

大蛇は心得たように一度だけ腕を締めると、スルスルと解けて影の中へと消えていった。

 

 

 

近江、賤ヶ岳近郊の宿場町。

戦火の足音が間近に迫るこの地は、夜だというのに落ち着かない熱気に包まれていた。行き交う兵たちや逃げ惑う民の喧騒を離れ、俺は宿の端にある静かな部屋で一人、影の中に意識を沈めていた。

 

足元の影が、水面のように波打つ。

 

「どうだった?」

 

影の底からスルスルと這い出してきたのは、先に行かせていた大蛇だ。

俺の腕に柔らかく巻き付くその感触を通じ、現地の情報が景色となって流れ込んでくる。

 

「……なるほど。報告から被害は広がっていないみたいだな、関連しそうな被害者も特にでてないようだし」

 

どうやら宿場町での噂話なんかも拾ってくれたらしい。

大蛇は肯定するように、俺の指先を軽く締め、影に戻っていく。

怪異は、その後、周囲を侵食することもなく、ただそこに留まっている。動きが遅いのか、獲物を待つタイプなのか。

何にせよ動き出す気がなさそうなうちに終わらせるのがいいだろう。

 

「よし、暗いうちに終わらせちまおうか」

 

俺の呟きに、影の中で「戦友たち」が応える気配がした。

宿場町の喧騒が遠ざかる。

戦の音すら届かない、死んだように静かな山中へと、俺は歩みを進めた。

 

 

破壊後から程近い、残穢をギリギリ感じ取れるところまで近寄ると、俺は影に声をかける。

 

「鵺、上から見てきてくれ。何か掴めるか?」

 

俺の影から、鵺が飛び出し音もなく飛翔した。

空を旋回する鵺の目を通じ、俯瞰の情報が共有される。呪力の残穢は濃密だ。間違いなくそこに「居る」。なのに、鵺がどれだけ目を凝らしても、呪霊の輪郭一つ捉えられない。

 

「居るのに居ない、か。生得領域の中に引き籠もってるのか?」

 

試す必要があるな。

俺は一度、平坦な地面の端に立ち、足元の影へ声をかけた。

 

「脱兎、おとり頼むぞ。あの平らなところを適当に走り回って、奴を釣り出してくれ」

 

影から溢れ出した脱兎たちが、銀色の平面へと一斉に雪崩れ込む。

一丁もの広さを縦横無尽に跳ね回る、白く小さな群れ。

 

その時だった。

 

空気が、物理的な重さを伴って軋んだ。

一切の予兆なく、脱兎たちの頭上の空間が「歪み」、天から巨大な質量の塊が顕現する。

 

ドォン!

 

耳を刺すような衝撃音と共に、地面が新たに真っ平らに押し潰された。

脱兎たちは潰される直前に自ら影へと還った。

 

「……見えた」

 

攻撃の瞬間だけ、奴は領域から這い出してくる。

一瞬だけ現れる巨大な異形。

 

「白、黒。……出番だ。今回はお前たちが主役、いけるか?」

 

俺の問いかけに、足元の影が爆ぜるように大きく広がった。

中から現れたのは、狼というよりは、もはや巨大な獣の王と呼ぶべき二頭の巨躯。

 

白は「任せろ」とばかりに地響きのような鼻鳴らしを上げ、黒は静かに、だが鋭く喉を鳴らして前を見据える。

 

「よし、もう一回あいつを引き摺り出す。脱兎、悪いがもう一丁頼むぞ!」

 

言うが早いか、脱兎たちが再び飛び出していく。

それと同時に、白と黒が左右へと分かれ、獲物を狩る完璧な包囲陣形を自律的に作り上げた。

 

躍り出た脱兎たちの頭上で、空間が悲鳴を上げた。

奴が来る。

空気を力ずくで圧縮したような衝撃が、銀色の地平を叩く。だが、その巨大な「足」が顕現した刹那、影の中で牙を研いでいた二頭が、弾かれたように地を蹴った。

 

白と黒。左右から同時に跳躍した二頭の巨躯は、まるで鏡合わせの動きで呪霊の懐へと肉薄する。

 

「……ッ!」

 

俺の目には、それが一瞬だけ、一頭の巨大な影に見えた。

月明かりの下、白と黒の残像が空中で重なり、混ざり合い、境界が溶ける。白でも黒でもない、深淵のような「色」を纏った一撃が、領域から這い出した呪霊の核を真っ向から食いちぎった。

 

一瞬の静寂。

空間を支配していた不快な圧力が、風に吹かれた霧のようにふっと消える。

 

「……あぁ、消えたな」

まるで最初から“居なかった”みたいに。

 

轟音も、断末魔もない。ただ「存在」そのものを根こそぎ奪い去ったような、あまりに静かな終わり。

 

「…………はは、最高だな、お前ら」

 

俺が呟くと同時に、二頭が着地した。

巨大な体のまま、悠然と歩み寄ってくる白は、これ以上ないほど鼻を高く鳴らし、顎を上げて「当然の結果だ」と言わんばかりのドヤ顔を決めている。

 

対照的に、黒は着地した瞬間から尻尾をちぎれんばかりに振り回し、俺の元まで駆け寄ってくると、巨大な頭をグイグイと押し付けてきた。

「見た!? 今の凄かった!? 早く褒めて!」とでも言いたげな、全力の甘えっぷりだ。

 

「わかった、わかったから。……黒、お前デカいままだと俺が潰れるって」

 

押し寄せる柔らかな毛並みに埋もれながら、俺は白の誇らしげな鼻先を叩き、黒の首元を力いっぱいわしゃわしゃと撫で回した。

 

「今のは本気で驚いたよ。お前たち、いつの間にあんな連携を生み出したんだ?」

 

俺の知らないところで育まれていた、式神たちの絆。

平面の怪異は、夜明けを待たずして影の中へと消え去った。

 

 

 

翌朝、俺は近江を後にする準備を整えていた。

 

「任務完了だが、さて……」

 

ふと、宿場町の通りに並ぶ店が目に入る。戦時下とはいえ、街道の要所だけあってそれなりに活気がある。

 

「源蔵にはこの辺りの酒でも買うか。景次には……あいつ、この前『近江の鴨は美味いらしい』なんて言ってたな」

 

ふと思いついて、保存の利く鴨の燻製をいくつか包んでもらう。下女たちには珍しい細工の櫛を選んだ。

 

「お前ら何かある?欲しいもの?」

 

影の中に問いかけると、次々とリクエストが届いた。といっても、大体は美味い肉とか、珍しい木の実とか、そんなのばかりだが。

 

「あるかなあ、まあ見て回ろうか」

 

影を連れ、軽い足取りで散策を始めた。

式神の目を使って効率的に調べるのではなく、自分の足を使って回る。この時代、こういう時間の使い方もやはり楽しいものだ。

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