戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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ポジションによって好感度変わりすぎる原作キャラだと思います。


第十六話 堺、僧と、スパイスと

「総監部への貸しを作った働き見事。元服も無事に終えたことだし、影久、お前が以前から熱心に言っていた堺への視察、許可しよう」

 

父からの言葉に俺は内心でガッツポーズを作った。

 

正直なところ、今の俺の食生活は、この時代の基準で見れば相当に恵まれている。

 

「呪力反射炉」の恩恵で呪力切れを気にせず式神を運用できるようになったおかげで、猪や鹿といった質のいいジビエも手に入る。

何より、かつてハズレ術式持ちと蔑まれた下男下女が躯の中で培ってきた、火の扱いへの試行錯誤が実を結んでいた。

薪の組み方、熾火の管理……さらに術式、呪力なども用いての現代の知識を戦国の道具で再現するために積み上げた努力が、理想的な焼き加減を可能にしていたのだ。

 

だが。

素材が良くても、火加減が完璧でも、どうしても埋められない溝がある。

それは、圧倒的な「味の暴力性」だ。

 

(……贅沢な悩みだってのは分かってる。でも、たまには塩や味噌の優しさを脱ぎ捨てて、脳の血管を広げるような、あの香辛料のパンチを食らいたいんだ)

 

脳裏に浮かぶのは、香辛料が複雑な絡み合うコーラそして黄金色のカレー。噛めば泉のように滴る肉汁のハンバーガー。あるいは、様々な出汁と脂が絡み合うラーメン。カロリーの権化油と炭水化物のポテチ。

数百年かけて「中毒性」を研ぎ澄ませてきた現代の国民食、ジャンクフード。それらを構成する最後のピース、つまり「スパイス」や「出汁の深み」が、今の俺の食卓には決定的に足りていない。

 

「……ありがとうございます。和泉の地の呪物調査も含め、しっかりと見て参ります」

 

殊勝な顔をして頭を下げながら、俺の脳内はすでに「胡椒」「鬱金」「桂皮」といった文字が、カレーのルーのようにドロドロと渦巻いていた。

 

これは単なる買い出しではない。

俺の魂を戦国時代で救い上げる、味覚の革命だ。

 

 

和泉へと続く街道、春の柔らかな日差し、穏やかな日和。

さっむっ!

春一番やべえ風強すぎる。暖かくなる気配がないか街道の隅や木陰には、溶け残った雪が泥とまざった氷の板みたいになってる。

 

(……春とは名ばかりだな。指先が凍える)

 

俺は、吐き出した息が白く染まるのを見つめ、自身の術式の根幹――「呪力反射炉」の出力をわずかに上げた。

十種影法術を式神だけではなく「影の反射炉」としても定義する、解釈を広げた俺の運用。体の内側からの熱気が、身体を芯から温めてくれる。

時代に「適応」ってな。

 

適応といえば魔虚羅どうすっかなー。

前世でも調伏方法でたまに見た、貫牛を大きく距離稼いでワンパンするっていうやつ、あれやってみるかなあ、でもリスクがなあ。失敗したらオワオワリ。

 

にしても、宿場町でもない道中だというのに、街道を埋め尽くす人の波に俺は内心で圧倒されていた。

荷物を積んだ馬のいななき、威勢のいい人足たちの野次。時折、伝令の騎馬武士が砂埃を上げて駆け抜け、俺を含む歩行者たちはその度に道端へ避ける。

 

この「生きた人間」たちの放つ熱量と、鼻を突く獣臭、土埃の混ざった空気、うーんどこか懐かしい。DNAに刻まれてるのかもしれん、野生!

さすがは戦国時代最大級の自由都市、堺へと続く大動脈だ。教科書の挿絵では分からない、暴力的なまでの活気がそこにはあった。

 

「ギ、ギギッ……」

 

そんな喧騒の隙間、雪解け水でぬかるむ泥から、歪な呪霊が這い出してきた。

流石、人も多いと、負の感情もまたこの活気に比例して濃くなるね。

 

流し見ていたら、俺の意思汲んでくれたのか、大蛇がその首を一瞬で噛み砕いた。

やっぱ人いるとこだと大蛇は便利だよな、邪魔になりにくいし、助かるぜ。

 

その時だった。

 

雑踏の向こうから歩いてくる一人の僧に、俺の目が止まった。

深々と編笠を被り、足元まで整った身なり。だが、目を引いたのはその外見じゃない。

 

(……呪力の流れが、異様に綺麗だ)

 

淀みのない、完成された呪力の循環。

この時代の荒々しい術師たちとは明らかに一線を画す、洗練された「何か」を感じる。異質さ。

 

すれ違う瞬間、俺は無意識にその男を見遣った。

編笠の影で顔は判然としない。ただ、男はこちらの視線に気づいたのか、歩みを緩めることなく、ごく自然な所作で小さく会釈を返してきた。

 

「…………」

 

 

俺も反射的に会釈を返し、通り過ぎた。

背筋に粘つくような感覚が走る。

 

 

(……なんだ、今の。ただの坊主じゃないな。敵意ではなかった……けど)

 

俺は足を止めて振り返ろうとしたが、思い直して踏みとどまった。

今の俺の目的は、あくまで香辛料だ。関係ないことに拘って、この買い出しを台無しにするわけにはいかない。

 

俺は胸にざわつきを押し殺し、再び堺を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

観察者の眼。

 

雑踏の中に消えた編笠の僧は、周囲の喧騒から切り離されたかのような、静かな足取りで歩みを続けていた。

男は、編笠の縁を指先でなぞりながら、表情の読めない口角をわずかに上げた。

 

「……なるほど。あれが比叡山から石山へ流した個体を、内から食い破ったという『禪院の十種』か」

 

男の脳裏には、かつて自分が手元で弄んでいた、蜘蛛の呪霊の成れの果てが浮かんでいた。

比叡山で生まれたばかりの歪な呪いを拾い上げ、環境を変え、餌を与え、ようやく「生得領域」を成すまで育て上げた実験作。

 

一度目、京の荒れ寺で少年が逃げ遂せたときは、まだ「運のいい、才ある子供」の範疇だった。だが二度目、石山の地であれほどまでに精緻な「型」へと昇華された領域に、自ら取り込まれてなお正面から打ち倒したとなれば、話は変わってくる。

 

すれ違った際、少年の内側から漏れ出していた呪力は、以前に見た「十種」が持っていた影の気配とは、質の違うナニカを孕んでいた。

表面を撫でるだけでは分からないが、その呪力の循環には、五百年以上を生きてきた男ですら見たことのない理を敷いていると感じる。

 

「……あの子は一体、どんな『解釈』で術式を広げているんだろうね」

 

男は、少年の瞳の奥に宿っていた、この時代にそぐわない「知性」と、先程の迷いのない「会釈」を思い出す。

あれは、ただ才能に恵まれただけの子供ではない。この野蛮な時代にありながら、自身の術式さえも一つの「道具」として客観的に扱い、最適化しようとする、異質な魂の持ち主だ。

 

男の視線は、少年の背中が雑踏に消えた後も、その軌跡に残る呪力の残滓をなぞっていた。

 

(次の「器」にするには、少しばかり勝手が悪そうかな)

 

男は自らの指先を見つめ、脳裏でシミュレーションを回す。

あの少年が使役していた大蛇。あれは術師の呪力を原動力にしながらも、思考の末端を共有しない「完全自律」に近い挙動を見せていた。

もし、あの肉体を奪ったとして。

主が挿げ替えられた瞬間、自律した術式そのものが「異物」と判断し、内側から自分を拒絶し、食い破りにくるのではないか。

 

 

(術師の意思を介さず、術式そのものが独立した形で完成しつつあるのか。……使役という観点で見ればこれほど不都合なものはないけれど、呪力の可能性としては、実に……ゾクゾクするね)

 

羂索は、編笠の影で口角を深く吊り上げた。

彼が求めているのは、自分の手の中で収まる完成品ではない。自分の想像さえも置き去りにして、勝手に芽吹き、変異し、未知の結末へと至る「混沌」だ。

 

もしあの少年が、既存の「調伏」という概念すら捨て去り、式神たちにさらなる自立を与えた時。その先にあるのは、千年積み上げられた呪術の歴史がひっくり返るような、全く新しい地平かもしれない。あるいは、術式そのものが自我を持つとか。

 

「見せておくれよ。君の定義したその影が、どこまで勝手に進化を遂げるのか。……君という器が、その変異をどこまで加速させるのかを」

 

男の姿は、そのまま人混みの奥へと溶け、最初から存在しなかったかのように消えていった。

後に残ったのは、春の陽光に照らされた賑やかな街道と、誰にも気づかれることのない、歪んだ祝福の余韻だけだった。

 

 

 

 

 

 

堺の門前

 

街道を歩き続けるうちに、潮の香りに混じって、これまで嗅いだことのない複雑な匂いが鼻を突くようになった。

立ち並ぶ家屋の密度が増し、人々の話し声が濁流のような騒音となって押し寄せてくる。

 

「……でけぇな」

 

思わず独り言が漏れた。

視界を遮るようにそびえ立つのは、巨大な外堀と、それを取り囲む重厚な土塁。

「都市」というより、街丸ごとが巨大な要塞に見える。これが日本最大級の自治都市、堺か。

 

門の前には、荷を積んだ大八車や、海を越えてきたであろう異国の品を運ぶ馬、そしてそれを取り仕切る商人たちが長蛇の列を作っていた。

羂索との遭遇で冷え切っていた背中が、この街に満ちる「生命の熱」に炙られていく。ここには呪霊を恐れる以上に、一文の銭を稼ぎ、一日の生を謳歌しようとする、貪欲な人間の意志が溢れていた。

 

門をくぐり、俺はまず市場へと足を向けた。

立ち並ぶ露店を眺めながら歩いていると、ひときわ人だかりができている店先で、見覚えのある「黄色い房」が目に飛び込んできた。

 

(……え、嘘だろ。バナナか!?)

 

戦国時代にこれがあるとは。思わずテンションが上がり、俺は吸い寄せられるように店先へ駆け寄った。

だが、そこに掲げられた木札の「値」を見て、俺の足が止まる。

 

「……金一枚だと? 冗談だろ」

 

思わず声が裏返った。この時代の基本は銭だ。一貫、二貫と数える文銭の世界で、いきなり金塊を要求されるなんて。

現代の感覚で言えば、スーパーの青果コーナーで「お代は延べ棒一本です」と言われるようなものだ。

 

「おうよ。銭を何十貫も運んでくる手間を考えりゃ、金で払うのが粋ってもんだろ? もっとも、坊主には縁のない話だがな」

 

店主が鼻で笑う。

確かにバナナ一房のために、馬の背を沈ませるほどの銭の束(貫銭)を用意するやつはいない。これは最初から、銭の価値を無視できる層に向けた「成金趣味のオブジェ」なのだ。

 

呪霊退治の報酬で、俺の懐にはそれなりの銭が入っている。だが、現代人の感覚がそれを全力で拒絶した。

 

(いや、出せん。いくら金があっても、バナナ一房にこれは出せんわ……)

 

しかも影の感覚で探れば、中身は種だらけ、現代の甘くとろけるバナナとは似ても似つかねえ。

高嶺の花どころか、もはや「食べられない黄金の置物」扱い。教科書の知識では「戦国時代にバナナが伝来」なんて一行で済まされる話だが、実際に直面してみればこの落差だ。

 

「……あ、こっちの南蛮渡りの唐茄子(カボチャ)は、少し傷んでるな。これも金一枚か?」

「ハハッ! そいつは不気味な色の塊だからな、銀数文でいいぞ。飾るにしても不細工だ」

 

食文化の絶望的な未発達。

だが、誰も食わない、食い方を知らないからこその低価格だ。俺は迷わず、数文の銀を放ってカボチャを回収した。

 

(バナナは無理でも、こいつならじっくり火を通せば、この時代の人間が腰を抜かすほど甘くなるはずだ。)

 

俺は少し軽くなった財布を叩き、本来の目的を思い出す。鼻を突く潮風の向こう側――。

異国の香りが混じり合う、堺のさらに深い場所へと足を進めた。

 

「……さて、次は本命だ。胡椒にシナモン、あとは『薬』として扱われてるスパイス類、絶対に手に入れてやるぜ!」

 

俺は薬種問屋が立ち並ぶエリアを目指し、人混みを掻き分けていった。

 

(……正直、この時代の飯は身体には良くても、心が満たされねぇ。味噌と塩だけのループは、俺みたいな現代人の魂には刺激が足りなすぎるんだ)

 

脳裏に浮かぶのは、湯気を上げる黄金色のルー。

スパイスが弾ける香り、野菜の甘み、肉の旨味が渾然一体となった、あの究極の「合理」。

 

(胡椒は手に入る。カボチャも買った。あとはターメリック(鬱金)と……クミンはさすがにないか? いや、薬種問屋なら似たような効能の生薬があるはずだ)

 

自分の術式で「炉」の定義を広げたのも、突き詰めれば「美味いものを、一番いい火加減で食いたい」という欲望が根底にあった。

 

(カレー……。一度でいい、この戦国の空の下で、あのスパイスの爆弾を口にしたい)

 

影久は無意識に生唾を飲み込んだ。

それはもはや、買い出しというより、失われた文明の至宝を取り戻しに行く、聖地巡礼に近い執念だった。

 

 

潮風が運ぶ魚の匂いに混じって、次第にツンとした、それでいてどこか鼻の奥を熱くさせる独特の香りが強くなってきた。

薬種問屋街。そこは病を治すための聖域であると同時に、俺にとっては失われた味覚を取り戻すための兵器庫だ。

 

俺は、数ある店の中でもひときわ重厚な構えをした大店の暖簾を叩いた。

 

「いらっしゃいませ。……おや、これはまた見事な身なりの若旦那で。どちら様のご紹介で?」

 

奥から出てきた番頭らしき男が、俺の姿を見て瞬時に愛想笑いを浮かべた。

元服を終え、禪院家の一員として場数を踏んできたことで、自然と身についた威圧感と品格。それがこの商人の街では「確かな客」としての証明になる。

 

「京の禪院だ。和泉の地の呪物調査のついでに……少しばかり『特殊な薬種』を求めていてね」

 

俺が家名を出すと、番頭の表情が一段と引き締まった。

「禪院」の名はこの時代の術師界隈、あるいはそれに関わる豪商たちの間では、逆らってはならない「力」の象徴だ。

 

「ははあ、左様でございましたか。……して、具体的にはどのようなものを?」

 

俺は懐から、前世の記憶を頼りに書き出した「カレーの素(生薬の名前)」のリストを番頭に差し出した。

 

「鬱金(ウコン)、桂皮(シナモン)、丁子(クローブ)、小豆冠(カルダモン)、それに胡椒だ。それぞれ、可能な限りの量を融通してほしい」

 

番頭はリストを覗き込むと、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「……鬱金に桂皮、丁子……。どれも高価なものですが、これらを一度に、ですか? 失礼ながら、これほどの組み合わせで煎じれば、あまりの気の強さに毒にもなりかねませぬが……」

 

「問題ない。……これは薬として使うつもりはないんだ」

 

俺の言葉に、番頭は「さっぱり分からん」という顔をしたが、俺が懐から出した銭の袋を感じると、すぐに商人の顔に戻った。

 

「承知いたしました。……ただ、胡椒は現在、南蛮船の到着待ちで品薄になっておりまして、金並みの値がついておりますが……」

 

「構わん。ある分だけでいい、包んでくれ」

 

番頭が奥へ下がるのを見送りながら、俺は店内に漂う香りを深く吸い込んだ。

クローブの少し痺れるような香りと、シナモンの甘い香り。

まだ粉末にすらなっていない原型の生薬。だが俺がこれらをあの「ルー」へと昇華させてやるぜ。

 

「……確かに。良い買い物ができた。感謝する」

 

俺は貴重なスパイス類が詰まった袋を、まるで国宝でも扱うような手つきで懐へ、そして影の中へと滑り込ませた。

鼻腔に残る刺激的な香りが、空腹感と共に「早く火を使いたい」という欲求を突き上げてくるが、今はまだその時じゃない。

 

店を出ると、堺の喧騒はさらに激しさを増していた。

だが、その活気の中に、先程までは感じなかった澱が混じり始めていることに気づく。

 

「……さて。仕事を片付けるか」

 

俺は、懐で微かに重みを増したスパイスの袋を軽く叩き、気持ちを切り替えた。

視線の先、堺の南端――。

そこには、今回の視察の真の目的である「曰く付きの呪物」が眠るという、古びた蔵が並ぶ一角があった。

 




黒幕として使いやすすぎる。
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