戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
谷底を抜けた先の岩場に、俺たちはへたり込んでいた。
肩を貸してくれていた鹿紫雲が手を離すと、俺の体は糸の切れた人形みたいに地面へ崩れる。
「……あー、……腹減った」
口から出たのは、そんな情けない一言だった。
さっきまで魔虚羅だの相転虚層だの、世界の理をどうこう言っていたのが嘘みたいに、今の俺はただの、腹を空かせた十四歳の子供に戻っていた。
震える指先を、足元の影に浸してみる。
かつての深淵はどこにもない。そこにあるのは、底にすぐ手が届いてしまうほどの、浅くて頼りない闇の膜だ。
俺は、意識を集中させて、そういえばと、隙間に残っていたものを手探りで引き摺り出した。
……ズル、と。
出てきたのは、竹皮に包まれた小さな塊。
堺の市で、非常食用にと適当に買い込んでいた筍の山椒煮だった。
「……ハッ、……ハハハ。これだけかよ」
思わず笑いが漏れた。
かつては様々な式神を宿し、自慢の盾であった俺の術式が、今はただの、数切れの筍を出すのが精一杯の「小物入れ」に成り下がっている。
「……ほら、食うか。春の旬だ、縁起がいいだろ」
鹿紫雲に、竹皮ごと差し出す。
鹿紫雲は、俺の足元の薄っぺらくなった影と、そこから出てきた煮物を交互に眺めて、呆れたように鼻を鳴らした。
「……お前、そんなもの入れてたのかよ」
文句を言いながらも、鹿紫雲は無造作に一欠片つまんで口へ放り込む。
青白い火花を散らしていた体は、煤だらけでボロボロの男の肉体に戻っていた。
「……ん。悪くねえ」
「……でも、もうそれだけだ。……鵺も大蛇も、円鹿も。……呼んでも、返事がない。……ただの、ただの影になっちまったよ」
「休んでるんだろ。……あんな出鱈目な負荷をぶつけりゃ、誰だって寝込むぜ」
鹿紫雲は、俺の頭を乱暴に、でもどこか優しく、ぐしゃぐしゃと撫でた。
「消えたわけじゃねえ。……扉が閉まってるだけだ。……だろ?」
「……だといいんだけどな。……五年か、十年か。……もしかしたら、一生開かないかも」
「……なら、俺が横で見ててやるよ」
鹿紫雲は、最後に残った山椒を指で舐めとると、よろりと立ち上がった。
「影が使えねえなら、拳で戦えばいいだけだ。お前の十種が戻るまで、俺が付き合ってやる」
「そりゃあ……。今度は俺が借りることになるな」
「ハッ、今度も、だ。戦う約束わすれんな」
「そういや、それがあったな」
空はいつの間にか、透き通った青色に染まり始めていた。
俺たちは、どちらからともなく肩を貸し合い、京都への長い帰路を一歩ずつ踏み出した。
京の都へ入り、禪院家の屋敷が見えてくる頃には、俺はなんとか自力で歩けるようになっていた。
円鹿がいないとこんなにしんどかったかぁ。
「おい、影久。あの屋敷だな?」
鹿紫雲が、ボロボロの着物の袖を捲りながら、禪院家の重厚な門を指さす。
「ああ、鹿紫雲、これからちょっとばかり、ハッタリかますことになる。茶番に付き合ってくれ」
門前に辿り着くと、門番の男たちが目を見開いた。
「か、影久様!? そのお姿は……それに、そちらの方は一体……」
「緊急だ。当主と景次、長老衆を集めてくれ。……それから、客人の部屋を一つ。俺の隣がいい」
俺は門番の言葉を遮り、努めて傲岸に言い放った。
ここで弱気を見せれば、この家での「序列」が一気に崩れることを、俺は前世の知識とこの十数年の経験で知っていた。
広間に集まった禪院家の面々は、俺と鹿紫雲のボロボロな姿を見て、一様に息を呑んだ。
上座に座る当主――俺の父は、片目を細めて冷徹に俺たちを見据えている。性格は悪いが状況判断だけは早い、見ただけで何があったか想像できたっぽいな。
が、周りを固める長老衆はそうもいかないらしい、俺の姿を見るなり騒ぎ立てた。
「何だその無様な姿は! 掃除一つにどれほどの時をかけておる!」
「それにその横におる煤だらけの男は何だ。禪院に野良犬を連れ込むな!」
ヤジが飛びすぎて何言ってるかわかんねぇ、腕を組んで静観していた扇一郎が口を開いた。
「影久サン。随分と派手にやられてんね。……で、そっちの『天災』みたいな呪力の旦那は、どこのどなた?」
扇一郎の言葉に、ヤジがピタッと止まった。
鹿紫雲はといえば、煤だらけの顔で耳をほじりながら、扇一郎をジロリと眺めた。
「……あぁん? 多少はマシな目を持ってる奴もいるじゃねえか。やってみるか、兄ちゃん。お前、骨がありそうだな」
「ハハッ、 買い被りすぎですよ。俺は、そんな命知らずじゃないんでね」
扇一郎は軽薄に肩をすくめたが、その額には一筋の冷や汗が流れている。
こいつマジで優秀だよな。今、鹿紫雲がその気になれば五分もあれば今の俺含め皆殺しにされかねない、それくらい強い。
「……こんなやばい術師と共闘しなきゃならないような呪霊が、沸いてたんですかい?」
「待て扇一郎、その男が強者であることは分かった。……影久、賤ヶ岳で何があった。その傷、そしてそれを治してない理由を話せ」
父の鋭い視線を受け、俺は一歩前に出た。足元の影は今や薄く、術式も使えないが、ここで、引くわけにはいかない。俺はあえて傲然と居並ぶ老人たちを見渡した。
「……賤ヶ岳にいたのは、ただの呪霊ではありませんでした。『相転虚層』。理を書き換える、特級の孵化体です。……そして、俺は決断しました。このままでは勝機はないと」
俺は一呼吸置き、広間の空気を支配するように重々しく告げた。
「……十種影法術、最後の一体。『八握剣異戒神将魔虚羅』。……俺は、奴を調伏しました」
その名が出た瞬間、広間の空気が物理的に震えた。
禪院家の歴史の中で、ただの一人も成し遂げたことのない伝説。当主も長老たちも、信じられないものを見るかのような目をしている。
「な……ッ、調伏だと!? あの、歴代の誰もが果たせなかった式神をか!?」
「ええ。そして、魔虚羅を使いあの特級を無理やり影の底へ沈めることで封印しました。……現在の俺の十種影法術は、調伏した魔虚羅に『特級の封印』という命令を与え続けている状態で固定されています」
ここからだ。俺はそこで一息入れ、強く言い放った。
「その影響か俺の十種影法術は極端にできることが少なくなっています。」
一瞬の静寂の後、俺の改革についていけていない長老衆が喜色を滲ませた。
「なに、では貴様は今術式が」
「ですので」
俺は、自分の小さな影を指差してしながらその言葉を遮った。
「今俺に何かあれば、術式のほぼ全てと引き換えにやっと封印できている特級呪霊が、この屋敷に出てくることになるでしょう……。祓える自信があるなら試してみますか?」
老人たちの顔から、一気に血の気が引いた。
「神童が力を失った」という侮りなど、跡形もなく消え失せる。
彼らにとって、今の影久は「禪院を滅ぼす魔物を、術式と引き換えに押さえ込んでいる檻」に変貌したのだ。
その時、誰よりも早く声を上げたのは、やはり景次だった。
「……流石は、兄上です!」
景次は、堪りかねたように身を乗り出した。
その瞳には、一瞬の驚愕の後、すべてを察したのだろう。その上での凄まじい決意が宿っている。
「……僕には分かります。今、兄上の影の中、どれほどの力で厄災を圧し潰しているか! それを、たった一人で……術式を鎖に変えてまで、一族のために封じ込めておられるのですね!」
景次は、俺の前に跪くようにして、居並ぶ長老たちを鋭く睨みつけた。
「皆さんは、この状況が分かっていないのですか!? 兄上が今この瞬間に集中を解けば、禪院家が滅びるかもしれない。そんな方に、術式が出せる出せないなどと、下卑た問いを投げかけること自体が、兄上への、そしてこの家への反逆ですッ!!」
長老たちが気圧され、誰一人として反論できなくなる。
景次は確信していた。兄の術式は死んでいる。だが、兄が「魔虚羅を封印に使っている」と言い張るのなら、それはこの家において、兄を「絶対不可侵の守護者」に押し上げるための、最強の盾なのだ。
景次は立ち上がると、俺の隣に並び、次期当主としての重圧を全身から放った。
「兄上、僕が……景次が、家中をまとめます。ですから兄上は、その……奥底の『魔虚羅』を制御することだけに専心なさってください」
景次の瞳が、一瞬だけ俺と合った。
そこには、『兄上、とんでもない嘘をつきましたね……しょうがない手伝いますよ』という、最高の共犯者の光があった。
(……景次、お前……。やっぱすげぇよ)
俺は小さく頷き、視線を当主である父へと戻した。
「お前の今後については、景次と評議した上で改めて沙汰を出す」
こうして景次の立ち回りのおかげで、俺の嘘は、禪院家にとって「触れてはならないモノ」へとなった。
部屋に戻り、襖を閉めた瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
「……はぁ、くっそ疲れたあ……」
「ハハハ!随分上手いこと騙したじゃねぇか影久!」
鹿紫雲は部屋の真ん中にドカリと座り込むと、勝手に置いてあった菓子を口に放り込む。
「ああそうだな、助かったよ。景次がいなきゃ、あそこまで押し通せなかった」
そうして今後について鹿紫雲と相談しようとしていると、廊下から足音が聞こえ、襖が勢いよく開いた。
「兄上ッ!!」
飛び込んできた景次は、鹿紫雲の存在も忘れて、俺の前に跪いた。
その瞳は、先ほどまでの「次期当主」の仮面が剥がれ落ち、一人の弟としての切実な色に染まっている。
「……兄上。お疲れ様でした。本当に、ご無事で……」
俺は周囲を警戒するように視線を走らせた。
「景次、まず扉を」
「……はい」
景次が襖の前に立つ。
彼が軽く地面を蹴ると、室内の空気がびりり、と細かく、鋭く震え始めた。
景次の術式――「震」。術式を用い微細な振動を部屋の境界に停滞させる。
「……これで、音は漏れません。外から聞き耳を立てる者がいれば、鼓膜が使い物にならなくなるでしょう」
(さすがにそれはやりすぎでは??)
しかし心配かけたみたいだな。さっきの俺の報告、本当のところはどうなのか、気になってしょうがなかったようだ。
「まず最初に言っておくが、俺は魔虚羅を調伏できていない」
俺の言葉に、景次は息を呑んだ。
「さっきの話だが、魔虚羅を呼び出したのは本当だ。特級を消し飛ばすために、だが。なんというかな、調伏の儀の巻き込みを利用し無理矢理に短時間従えたにすぎたい。……鹿紫雲と俺で呪霊を払い切るのが先か、俺の術式が過負荷で焼き切れるのが先か。そんな、薄氷を履むような賭けだったんだ」
俺は、自分の掌を見つめた。
思い出して微かに手が震える。
「結果として、術の器そのものが重圧に耐えきれなくなってな。調伏の儀が本格的に始まってしまう前に魔虚羅を影の底へ沈めることができた。その代わり今の俺の影は、閂の壊れた重い蔵のようなものだ。次にいつ蓋が開くのか……中身がどうなっているのか、俺にもさっぱり分からない」
景次は、じっと俺の掌を見つめていた。
禪院家が数百年追い求めてきた「究極」確かに眠っている。
だが、それがいつ目覚めるのか、目覚めた時に俺の味方かどうかさえ、誰にも分からない闇の中だ。
「……つまり。兄上の嘘は」
景次の声は、驚くほど静かだった。
「例えば、俺が暗殺者に襲われて、白すら出せないと知れれば、それで終わりだ。……魔虚羅の封印なんてハッタリ、すぐに剥がれる」
嘘をついていないなら、『死ぬくらいなら特級を解放して自衛する』だろうからだ。
すると、景次はふっと、憑き物が落ちたような顔で笑った。
「分かりました。……なら、兄上はそのまま『魔虚羅を御する者』として、この屋敷を離れてください」
「……景次? 旅に出ろというのか」
景次は深く頷き、その瞳には淀みのない光が宿った。
「ここにいては、誰かが兄上の嘘に気づく可能性が高い……兄上は、魔虚羅を調伏し、その力で厄災を封じた。ですが、それはあくまで一時しのぎに過ぎない……ということにしましょう、父上にもそう伝えます」
景次は俺の手を包み込むように握りしめた。
「影の中に封じた特級を、いつか完全に滅するために。兄上はさらなる高みを目指し、先ほどの男と共に研鑽の旅に出る。……そう家中に触れ回ります。そうすれば、兄上がしばらく戻らずとも、術式を使わずとも、誰もが『兄上は影の底で特級と戦い続けているのだ』と信じるでしょう」
景次の「震」の振動が、一際鋭く、部屋の静寂を研ぎ澄ませた。
それはもはや守護の揺らぎではなく、兄を自由にするための、冷徹かつ献身的な決意の響きだった。
「ですので、『兄上の影が再び開き、あの呪霊を真に滅ぼせるその日まで居場所は、僕がこの手で守り抜きます』ということです。今は兄上に賛同するもの増えています、なんとかなりますよ」
「確かに、どこかに術式を回復したり、その代わりになるような何かがあるかもしれないな」
景次は、隣でニヤニヤしている鹿紫雲を一瞥した。
「ハッ! 言うじゃねえか、小僧。……いいぜ。この影久がまた影の蓋を開けるまでに、術式抜きでも俺と立ち合えるくらいの強者に仕立ててやるよ。外なら、遠慮なくしごけるしな」
「鹿紫雲殿、兄上を、よろしく頼みましたよ」
鹿紫雲は獰猛に笑い、景次は静かに頷いた。
窓の外には、四月の穏やかな夕焼けが広がっていた。
術式がいつ戻るのか、そもそも戻るのかさえ分からない。
五里霧中の日々が始まるが、俺にはこの上なく頼もしい「共犯者」と、厄介すぎる「師匠」がついている。
こうして俺たちは京の都を後するのだった。
何も見えない、影の深淵。
光の一切届かない、十一層目。
ガコン。
静寂を裂いて、重厚な金属音が響く。
回転は、止まっていなかった。
一度も。
影久が「壊れた」と信じているその場所で――
魔虚羅は、依然としてその身を闇に沈めている。
喰らっているのは、もはや「相転虚層」だけではない。
あの戦場に残された、歪んだ因果。
消え損ねた結果。
書き換えられたはずの“過程”。
それらすべてを、等しく「対象」として。
ガコン。
輪が、回る。
――適応が、終わっていない。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
初めて作成した二次創作小説でしたが、めちゃくちゃ読んでもらえて嬉しかったです。
AIも初めて使ったんですが思ったよりずっと色々できてすごかった、普段自炊のレシピにしか使ってなかったんですけどね。
キリのいいところまで行けたのと、ストックを吐き切りました。
週1更新でためます、溜まったらまただらだら吐き出し続けるかもです。