戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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鹿紫雲って近畿から動いてたのか、どうなのか、でも陸奥の石流が遠いとかって話ですし、多分近畿中心ですよね。



第二十二話 鹿紫雲と、旅の準備

堺へ向かう街道を歩きながら、術式の状態を調べてみようと思ったのだが、かつてのような深さはなく、容量もかなり小さい。底にすぐ手が届いてしまうほどの、頼りない闇の膜でしかなくなってる。

 

先日の激闘の際、魔虚羅を影浅層への限定召喚、擬似調伏し、「幻獣琥珀」の肉体崩壊の負荷をすべて押し付けた。影の底へと沈めたわけだが……。

その負荷があまりに巨大すぎたのか、十種影法術の式神機能自体が停止し、深い沈黙に陥ってしまった。

これじゃあ、ただの着の身着のままの子供じゃないか。

そこで!

 

「まずは生活基盤のために、繋がりのある商家に寄って、旅先でも便宜を図ってもらえるようにしないとな」

 

なんせ影の収納がほぼ死んでるときた。禪院で準備してもらったとて、持てる荷物に限界があるわけで。

 

「準備? お前、それよりまずは修行とか、術式の戻し方とかを考えるもんじゃないのか」

隣を歩く鹿紫雲一が、意外そうに俺を見てくる。

 

「それはどこでもやろうと思えばやれるだろ。だが、飯と宿は、ちゃんとしとかないと困ることになるぞ」

 

「おいおい、出立してすぐそれかよ。俺はこれまで準備なんぞに時間を割いた覚えはないぜ。どこでだってなんとでもなるだろ」

 

鹿紫雲の言葉は、この時代の武人の真理ではある。だが、彼が活動していたのは、土地勘があり、ある程度の勝手も知った近畿圏が中心だ。これから向かう西国街道、その先の九州までとなると話が違う。

 

「これは旅なんだ。見知らぬ土地で余計な揉め事を起こして時間を食うのは馬鹿らしいだろうよ」

 

原作の鹿紫雲は陸奥が遠いってわかってたはずだよな。ってことは老人になるまで長旅しなかったんか?それなら……。

 

「それに、準備がないと遠出ができない、そうなると西は薩摩、東は奥州、北の蝦夷までいけず、強者との戦いを逃すことになるかもしれないぞ?」

 

「む」

 

一理ある、と言いたげな表情で鹿紫雲が悩み出す、もう一押しだ。

 

「あんたが今まで戦ってきたのは、せいぜい近畿の周辺だろ? 強い奴が向こうから寄ってくる環境ならそれでいいが、こっちから探しに行くなら話は別だ」

 

信用度も違ってくるしな。後ろ盾あるなしで。

 

「街道沿いの関所、食い詰め者の野盗、ろくに言葉も通じない田舎の排他的な村々。準備なしで突っ込めば、そいつらを相手にするだけで時間食っちまうぞ」

 

「……チッ、それは確かにめんどくせぇな」

 

「それにどうせあちこち回るなら、美味いもん食いたいだろ?」

 

「それが本音か?」

 

鹿紫雲は、懐疑的な態度、呆れ、そして最後に獰猛な笑みへと変化させ俺の肩を叩いた。

 

「ま、いいだろう。その『じゅんび』とやら、付き合ってやるよ。どうせ俺は、死にぞこなったついでだ。お前を術式なしで戦えるようにするのが一番の目的なわけだしな」

 

どうやら納得してくれたらしい。

 

「決まりだ。まずは堺の街にいこう。長旅になる、頑丈な旅装を用意しなきゃな」

 

 

 

 

 

俺たちは活気に溢れる堺の街へと入り、かつて蔵から倅(せがれ)を救い出した縁がある越後屋の門を叩いた。

 

「――これは、禪院様! よくぞお越しくださいました!」

 

奥から飛んできた当主は、笑顔で迎え入れてくれた。その視線が俺の隣に立つ鹿紫雲に止まり、一瞬で顔を強張らせたが、そこは流石に大店の主だ。すぐに居住まいを正した。

 

「急で悪いが、これより西へ向かうことになった。当面、各地の宿や街道の要所で不自由しないよう、越後屋の看板が通じる紹介状を用意してもらいたい」

 

「ははっ! 承知いたしました。禪院様のためとあらば、この越後屋が総力を挙げて手配いたします!」

 

「それと、動きやすさを重視した新調の旅装だ。……この男の分もな。どのくらいかかる?」

 

俺が鹿紫雲を指差すと、当主は鹿紫雲の体躯を素早く採寸するような目で見やった。

 

「そうでございますな……。体躯に合わせ、かつ西国までの長旅に耐えうる縫製を施すとなれば、職人を総動員させましても、二十日はお時間を頂戴したく存じます」

 

「了解した。いいものを頼む、金に糸目はつけん」

 

我ながら無茶振りをしたもんだ。

現代の感覚で言えば、一点物の特注防弾防塵装束を発注するみたいな感じだろう。

俺の言葉に、越後屋の当主は職人の矜持を瞳に宿して深く頭を下げた。

すまん、景次に手紙出しとくから禪院からふんだくってくれよな!

 

店を出ると、鹿紫雲が隣で鼻を鳴らした。

 

「二十日、か。影久よ。死体に衣装は着られねえからな、音を上げんなよ?」

 

いいだろう!ガッツリ鍛えてもらおうじゃないか!

 

「の、前にだ。宿泊場所だけは確保しておこう。旅は長い、宿を取れる時はしっかり体を休めよう」

 

虚を突かれたような鹿紫雲を連れ宿を取り、俺たちは堺の喧騒を離れ、海風の吹き抜ける荒れ地へと向かった。

 

 

 

 

「影久、まずはその鈍った感覚を叩き起こせ。術式という杖がなきゃ、歩き方も忘れたか?」

 

 

俺に残っているのは、薄い膜一層だけ。

かつては式神たちが常に顕現し、その活動エネルギーを影内部で循環・再利用する『呪力反射炉』として機能していた。

式神が動けば動くほど、消費した呪力の八割以上が回収され、俺自身の呪力回復と合わせれば、虎葬や貫牛のような大物を暴れさせてもお釣りがくる……そんな「永久機関」に近いシステムの上に、俺の戦術は成り立っていた。

 

だが、反射炉が壊れた今、俺は剥き出しの発電機だ。莫大な呪力はあるが、それを効率的に回すための循環経路がない。肉体という細い導線に、以前の感覚で全出力を流せば、待っているのは回路の焼き切れか、あるいは不細工なガス欠だ。

 

昔はやってたことだ、思い出さなければならないが……。

 

「……簡単じゃないな。この四年間、俺の呪力操作は『影内部での循環』に最適化させてきた。自分一人で完結させ、消費した分を自力で制御し直す回路を繋ぐには……少し時間がかかる」

 

思考の隙間を縫うように、視界が火花で埋まった。

鹿紫雲の掌底が、俺の胸板を打つ。

 

「考えすぎなんだよ!」

 

「おっふ……ッ!?」

 

反射的に影へ意識を飛ばそうとするが、そこには「壁」があるだけだ。一瞬の空白。鹿紫雲の帯電した衝撃が直接肉を焼き、肺の空気が強制的に押し出される。

 

「理屈なんざどうでもいい。頭が忘れようが、体は覚えてんだよ……どこかでな。まずは原点まで這い戻れ。期待してるぜ?」

 

「……はぁ」

口角が上がる。

(そこまで言われちゃあ、引けねえよな!)

 

その後数日間は俺はただ、鹿紫雲に蹂躙され続けるだけだった。

彼の呪力が持つ電気という特性は厄介極まりない。打撃を防いでも「痺れ」が神経を焼き、次の一動を奪う。初日は文字通り指一本動かせなくなり、泥の中に転がった。

 

だが、三日目の夕暮れ。何度も雷に打たれるような衝撃を浴び続ける中で、ふと呼吸が楽になった瞬間があった。

 

(……なんだ? 痺れが、さっきより軽い?)

 

まだ痛いし、まともに動けない。だが、一撃ごとに意識を断たれていた初日に比べれば、その「熱」に慣れてきてるようだった。

 

それでも続けていると、かつての呪力操作が、少しずつ肉体へと戻ってくる気がした。

これは式神という外付け回路に逃がしていた操作意識を、無理やり自分自身の毛細血管の隅々にまで繋ぎ直す作業。

 

そして十日目のこと。鹿紫雲の掌底を左腕で受けた際、俺は反射的に呪力を一点に凝縮させた。

 

(今だ!)

 

完全には防ぎきれず、腕の皮膚が焼ける。だが、その衝撃は確実に「半分」程度にまで抑え込まれていた。

 

「……ほう。少しはマシな壁を張るようになったじゃねえか」

 

鹿紫雲が、面白そうに目を細めて拳を引く。

俺は焼けた腕の痛みを感じながらも、確かな手応えを噛み締めていた。

 

「あの呪霊との戦いが……、死線を越えたことが、才能を一段階跳ね上げさせたのかもな」

 

そう言いながらニヤリと笑う、自分自身の地力の高さを再確認していた。

 

「なんだそりゃ、まぁ俺相手にそこまでやれりゃあ十分だろう、実戦行くぞ」

 

鹿紫雲の声に呆れが混じった。

自己評価高えなこいつと思われたのかもしれない。

俺は夕日に赤く染まった。

 

 

戦を始めて改めて思った。

俺! めちゃくちゃ鈍ってるー!

調子に乗ってごめーん!

 

いや、わかってはいたんだ。一応かつての俺も、式神使いの弱点である近接戦闘も十分にこなしてた。だけどそれは「俺が殴る」瞬間に、影の式神たちが並行して敵の体勢を崩し、死角を埋め、呪力の回収までを自動(オート)で行ってくれていたからだ。

 

自律を完成させた際に複雑な演算はすべて式神と影に投げ、いやそれは縛りだったからではあるんだけど!結果として俺はただ「美味しいところ」だけを掬い取っていたわけだ。

 

そのツケが今、回ってきている。

 

「(……クソッ、出力が……いや、タイミングが合わない!)」

 

呪霊の群れを前に、拳を振り抜く。呪力量は十分。だが、式神という「補助輪」を失った俺の脳は、敵との距離測定から呪力の収束、インパクトの瞬間の剛性維持まで、すべてを自分一人で処理しなければならない負荷に悲鳴を上げている。

 

「何をボサッとしてやがる。演算をサボるな、全部てめぇの肉で引き受けろ!」

 

鹿紫雲の怒号が飛ぶ。

必死に錆び付いた歯車を無理やり回し、剥き出しの神経に直接呪力を叩き込む。

円鹿が、反転術式が使えない。一回の操作ミスによる「焼き切れ」は致命傷になる。その極限の緊張感が、かえって俺の脳を強制的に再起動させていった。

 

十七日目を過ぎる頃、不意に視界が開けた。

あんなに重かった自分の肉体が、驚くほど軽く、鋭く反応し始める。

 

(……そうだ。式神を得る前、俺はこうやって自分の力だけで世界を捉えていたはずだ)

 

影を介さず、脳から拳へ直通の回路が開通していく。

かつて式神に向けられていたあの精密な操作意識が、今は自分自身の筋肉の繊維一本一本、呪力の流れの一滴一滴に向けられている。

 

十九日目の夜。準一級呪霊の眉間を、俺はただの正拳突きで打ち抜いた。

余計な連携も、影のクッションもない。

ただ、純粋に「俺」という個体が研ぎ澄まされた結果としての、一撃。

 

(……やれる。一人で、ここまで動けるのか。いや、むしろ以前より「自分」が濃くなっている感覚だ)

 

修行開始前、あんなにバラバラだった脳と肉体が、今は一つの精密な機械のように噛み合っている。俺の呪力操作はむしろ以前より剥き出しで、鋭いものに変貌していた。

 

「……ふー、終わりだ、鹿紫雲。見ての通り、錆は全部落ちた。と言っていいんじゃないか?」

 

俺は肩で息をしながら、不敵に笑って見せた。

 

「ああ、出立前としては上出来かもな」

 

鹿紫雲が歩み寄り、満足げに俺の肩を叩いた。

 

「俺相手に十日間、実戦で十日間。……呪力量には釣り合わんが。ようやく立ち方を思い出したってとこだな」

 

「そうだな……やっぱり俺、才能あるわ!」

 

「調子に乗んな」

 

 

 

 

 

 

 

 

約束通り俺たちは再び越後屋へとやってきた。

 

「――禪院様! お待ちしておりました!」

 

越後屋の門を叩くと、当主が職人たちを従えて飛んできた。

その表情には、約束を果たした安堵と、それを超える「誇り」が滲んでいる。

 

「こちらが、仕立てました品にございます」

 

差し出されたのは、墨色の深い色味に、鈍い金糸で波紋が描かれた旅装を兼ねた戦装束。

西国までの長旅に耐える頑強さと、術師の激しい動きを一切妨げないしなやかさを両立させた、文字通りの逸品だ。

 

「……いい仕事だ、越後屋。期待以上だよ」

 

「恐悦至極に存じます! ……つきましては禪院様、今宵、当店の裏手に設営いたしました特設舞台にて、そのお姿を披露いただければと。堺の有力な商家や、各地の宿場の差配役を招いております」

 

ははぁ、なるほど、越後屋にとってはこれが「商談の仕上げ」というわけだ。うまいねぇ!

俺が健在であることを示せば、紹介状の重みも増す。

俺にとっても、越後屋にとっても、これから始まる西国への旅をスムーズにするための、重要なプレゼンテーションになる。

ウィンウィンってやつだ。

 

「いいねぇ!越後屋!まさに三方よしだ!気合を入れてノらせてもらうぜ!……鹿紫雲、お前もだ。その派手な面、少しは役立てろよ」

 

「はっ、勝手なこと言いやがって。まあいい、その服の着心地、実戦で試してやるよ」

 

俺は舞台裏の天幕で、新しい装束に袖を通す。

差し出された銅鏡は、越後屋が用意した最高級の品だろう。磨き抜かれた青銅の表面が、篝火の光を鈍く跳ね返している。

 

そこに映る俺の姿は、前とは別人のようだった。

一回り引き締まり、研ぎ澄まされた肉体。何より、銅鏡の少し歪んだ反射の中でもはっきりとわかるほど、瞳に宿る光が鋭くなっている。

 

足元に広がる影は、相変わらず薄く、小さい。

寂しい、だが今は、永遠の別れではないという予感がしてきている。

 

「――お連れ様。準備が整いました」

 

越後屋の手代が、緊張した面持ちで幕を開ける。

外からは、堺の有力者たちのざわめきと、夜風に乗って流れる笛の音が聞こえてきた。越後屋の集めた裏を知る、要するに呪霊を知る者達らしい。

 

「……さて。期待通りのものを見せて、気持ちよく西へ送り出してもらおうじゃないか」

 

俺は一歩、篝火に照らされた舞台へと踏み出した。

 

舞台に上がると、そこには豪華な桟敷席に陣取った商家の面々や、その用心棒らしき術師たちの視線が一斉に突き刺さった。

かつての「禪院の神童」が落ちぶれたという噂を聞きつけたのか、中には値踏みするような、無遠慮な目つきも混じっている。

 

だが、今の俺にとってそんな視線は、ただのノイズでしかなかった。

 

「皆々様、お騒がせしております。これより、禪院様とそのお連れ様による、武芸の披露を執り行います!」

 

越後屋の当主の声が響き渡る。

俺は舞台の中央で立ち止まり、ゆっくりと腰の重心を下ろした。

 

「観客が多い、呪力は抑えて闘ろう」

 

「ま、しゃーないな」

 

言うが早いか鹿紫雲が地を蹴り、一気に距離を詰めてくる。

俺はそれを見据え、あえて一歩も退かずに迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台の上で交わされた数合の火花は、観衆を黙らせるには十分すぎるものだった。

呪力を抑えているとはいえ、鹿紫雲の踏み込みは大地を揺らし、俺の拳は空気を裂く。影を一切使わず、ただの体術だけで「最強の一角」と渡り合う姿は、かつての神童を知る者たちに、それ以上の「化け物」への変貌を予感させた。

 

「――お見事ッ!!」

 

越後屋の絶叫に近い喝采を背に、俺たちは夜風を切りながら舞台を後にした。

翌朝、越後屋から届けられたのは、隅々まで筆が走った数枚の紹介状と、旅費としての十分な路用。

 

「さて、越後屋。恩にきるよ。倅によろしくな」

 

「ははっ! 禪院様、どうかお気をつけて。西国の商家にも、すでに文を送ってあります!何かあれば、越後屋の看板を掲げる店を訪ねてくだされば、誠心誠意尽くさせますゆえ!」

 

堺から出て西に続く街道は、どこまでも遠く、見知らぬ強者たちが待つ地へと繋がっている。

 

「……で。まずはどこへ向かうんだ、影久。西っつっても広いぜ」

 

鹿紫雲が、新調した旅装の感触を確かめながら、足取り軽く隣を歩く。

 

「まずは播磨だ。そこを抜けて、中国路を通り西国を目指す。……道中、あんたが満足するような術師もいるはずだ」

 

「骨のある奴がいればいいんだがな」

鹿紫雲が笑い、俺もそれに続いて一歩を踏み出す。

 

ふと、自分の足元を見る。

朝日に引き延ばされた俺の影は、まだ薄く、底は見えない。

けれど、『自力での歩き方』を思い出した今の俺には、その頼りなさを笑い飛ばすだけの確かな地力が宿り始めていた。

 

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