戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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調べれば調べるほど関所大変そうだなって思います。



第二十三話 西国街道、播磨へ

堺の活気ある喧騒を背にして、西へと歩みを進める。

口で言うのは簡単だったが、街道に出て半日も経てば、肌に刺さるような違和感となって「現実」が突きつけられた。

 

完全に、よそ者扱いだ。

 

すれ違う農民、行商人、あるいは落ち武者崩れの浮浪人。その誰もが、こちらと目が合うたびに足を止め、執拗に視線を注いでくる。

隠そうとする気配すらない。好奇というよりは、縄張りに踏み入ってきた正体不明の獣を見るような、剥き出しの警戒心だ。

 

(あー……これ、思ってたより、ずっと大変かもな)

 

近畿周辺であれば、まだマシだった。

あそこは人の出入りが激しく、商流の要だ。「少し変わった風体の奴」がいても、せいぜい一瞥される程度で終わってたし。

でも、そこから少し離れるだけで空気の密度が豹変した。

 

「知らない顔」は、すなわち「敵」か「脅威」に直結する。

土地に根付いた共同体の結束が、外から来た俺たちを異物として弾き出そうとしているのだ。

道行く者の会話に混ざる訛りが、一歩ごとに強固な「壁」となって、俺たちが余所者であることを際立たせていた。

 

(同じ街道だってのに、こうも違うかね……)

 

正直、戦国時代舐めてたわ。

村一つ、峠一つ。その境界を越えるだけで、そこはもう法も常識も異なる「別の国」なんだ。

面倒くさいな、と思いながら歩いていると、横から声が飛んできた。不機嫌そうな声が鼓膜を叩いた。

 

「――で、結局どっちだ」

 

隣を歩く戦闘狂、鹿紫雲一が顎で先を指す。

 

「西国に向かうんだって。あれ?出る前にも言わなかったっけ?」

 

「俺が聞いてるのは方角じゃねぇ。どこに『強い奴』がいるのかを聞いてんだよ」

 

鹿紫雲は街道の先、を見据えたまま、どうでもよさそうに言い放った。

 

「寄り道しながら探すさ。この先は毛利や小早川の領地だ。戦慣れした術師もゴロゴロいるだろうし、最近じゃ羽柴の息がかかった連中も勢力を伸ばしてるって話だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、鹿紫雲の瞳に微かな、しかし鋭い熱が灯る。

 

「ほう……大名の飼い犬か。少しは退屈しのぎになりそうだな」

 

「あんたには遊興でも、俺にとっては死活問題なんだよ。修行の邪魔にならない程度に抑えといてくれよ。……んで、さらに具体的にいうと、とりあえず阿蘇にでも行ってみようかと思ってる」」

 

「ふーん。随分と遠いな」

 

「だから、色々と準備をしてきたんだよ」

 

俺は懐――ではなく、足元の薄い影へと意識を向けた。

そこには、3リットルくらい(調べた)という極小の隙間に、越後屋から託された「紹介状」と「印判」が厳重に納められている。

 

宿、飯、情報。戦国時代の見知らぬ土地でこれらをショートカットできるのは、もはや魔法に近い。

これは絶対に無くすわけにはいかねぇ。影に入れて死守しないとな。

 

 

「そんな大層なもんなのか、その紙切れが?」

 

「関所なんかの通過が大分変わってくるぞ。足止めやらがかなり厳しい」

 

「立ち塞がる奴は、全員ぶっ飛ばして通りゃあいいだろうが」

 

「場合によるだろ。相手を選ばねぇと、余計な敵を増やすだけになっちまう。余計なことで足止めされるのはよろしくない」

 

おそらく、この先も数え切れないほど繰り返すことになるであろうやり取り。

価値観の平行線を辿りながらも、俺たちは西へ向けて歩みを加速させた。

 

 

 

最初に「本当に面倒だな」と痛感させられたのは、水だった。

 

「水は銭だ」

 

播磨へと続く、ある寂れた村の入口。

共同の井戸端で、泥の詰まった爪先を弄んでいた男が、俺たちを睨みつけながら言い放った。

 

「……はい?」

 

「聞こえなかったか。一服飲むなら一文だ。余所者に分けるほど、この辺りの水は安くねえんだよ」

 

俺は一瞬、現代の「公園の水道」の感覚でいたため固まってしまった。

だが、すぐにここが戦国時代――それも、利害に敏感な「別の国」であることを思い出す。

郷に入っては郷に従え。俺は内心のため息を飲み込み、腰の巾着から一文銭を取り出した。

 

「……はいはい。一文、確かに」

 

(マジかー、有料か。近畿の街道筋なら、茶屋に入らなくても水くらい汲ませてくれたんだがな……)

 

たかが水一杯、されど一文。現代なら数十から百数十円といったところか。

 

「殺して奪えばいいだろ」

 

横から、呆れたような、それでいて底冷えする声が飛んできた。

鹿紫雲はこの土地の秩序にも、水一杯の価値にも興味はない。ただ、眼前の障害を排除しない俺の「甘さ」に、わずかな苛立ちを滲ませている。

 

「おまっ、やめろって」

 

俺は即座に制した。ここで死体を積み上げれば、この先の街道で待ち伏せを受けるのは火を見るより明らかだ。

 

「こういう土地なんだよ。無駄な揉め事は避けろ」

 

渡された手桶に口をつける。

ぬるい。わずかに土の匂いが混じって濁っている。

それでも喉を焼く渇きが癒やされていく感覚には、確かに「生きている」という生々しい実感があった。

 

「鹿紫雲。あんたも飲むか? 一文くらいなら奢ってやるぞ」

 

「いらん。そこらの川の水をすする」

 

「……この辺の川、さっき見たけど枯れかかってたぞ」

 

男が提示した「一文」という価格の理由が、深刻な水不足によるものか、それとも単に余所者を追い払うための嫌がらせなのかは判別がつかない。

でもなー、こういう細かい違いが面倒くさいんだよなー。ルールが歩くごとに変わってくから。

 

 

「止まれ」

 

はい来た、検問だ。

 

街道の要所に置かれた無骨な木柵。その影から、抜き身の槍を手にした男が三人、示し合わせたように躍り出てきた。完全に臨戦態勢。

 

俺は相手を刺激しないよう、掌を見せながらゆっくりと一歩前に出る。そして取り出した「紹介状」と「印判」を、男たちの目の前に掲げた。

 

「近畿の大商、越後屋の縁者だ。西国へ向かう途中でな。通りを許してもらえると助かる」

 

ただの旅人から、後ろ盾を持つ人間へ。

その事実を突きつけるだけで、場の空気がわずかに弛緩するのがわかった。大商人の息がかかっているという事実は、この時代、下手な武家の家紋よりも通行を円滑にする。

もしこれが無ければ、今頃は「怪しい余所者」として捕縛されるか、あるいは身ぐるみを剥がされるかの二択だっただろう。

 

男は差し出された紙と印を検分し、しばしの逡巡ののち、隣の男と顔を見合わせて短く頷いた。

 

(よしよし)

 

内心で安堵したのも束の間。

通された俺たちを見送るはずの男たちの視線が、一点に釘付けになっていた。俺の“隣”を歩く、あの男に。

 

(あー……)

 

鹿紫雲一。呪力ダダ漏れである。隠す気も、抑える気もない。威圧という生易しいレベルじゃない。「理屈は分からないが、とにかくヤバい生き物がいる」と、生存本能が警鐘を鳴らしているのだ。

 

(野生動物じゃないんだからよー!勘弁してくれよ!)

 

「……おい、威圧するのをやめろ」

 

「してない」

 

「してる」

 

「……無意識だ」

 

余計にタチが悪い!

堺んときは、普通だったじゃねえか!

 

いや違うか。

あそこでは、飯が美味くて、戦う相手(俺)がいて、毎日暴れられてた。

つまり、機嫌がよかっただけだ。今は退屈。その不満が、そのまま漏れてる。

今は移動ばかりで、稽古も短い。戦う相手もいない。その「退屈」という名の不満が、そのまま呪力となって周囲に漏れ出しているのだ。

迷惑すぎるだろ。

 

「せめて村の中だけでも抑えてろ!」

「面倒だな」

「もっと面倒なことになるんだよ!」

 

んもー!

 

村を抜けて、ようやく人影が疎らになったあたりで、俺はふと足を緩めた。

横を歩く鹿紫雲は、相変わらずつまらなそうに、街道の先を眺めている。

あの横顔、完全に「退屈すぎて機嫌が悪い」時の子供のそれだ。

 

(……このままだと、絶対どっかで余計なトラブル起こすな、これ)

 

原因は明白だ。

こいつにとって価値があるのは「強い相手」だけだ。

それ以外は全部、暇つぶしにもならない。

そして今、その「強い相手」がいない。

 

だから呪力が漏れ出す。周囲への当たりも無自覚に強くなる。

――要するに、致命的に扱いづらいのだ。この戦闘狂という生き物は。

 

少し考えてから、俺は口を開いた。

 

「なあ鹿紫雲」

「なんだ」

 

視線すら寄越さないまま、気のない返事が返ってくる。

 

「呪霊、興味ないよな?」

「ああ」

 

間髪入れず即答。

わかってた答えだ。鹿紫雲にとって呪霊は「ただの現象」に過ぎない。会話の通じない怪物と命を削り合ったところで、彼が至上の価値を置く「人対人」の魂のぶつかり合いは得られないのだ。

 

「じゃあ約束しよう。住み分けだ」

(縛りにするとガチガチで重すぎるしな)

 

俺は指を一本立てて、わざと軽い調子で言った。

鹿紫雲が、ようやくこちらに視線を向ける。

 

「……ほう?」

 

歩調を合わせたまま、俺は続ける。

 

「俺が呪霊をやる。あんたは術師をやれ。呪霊を狩るのは『仕事』だ。淡々と処理できるし、今の俺にとっては必要な研鑽だ」

 

一呼吸置いて、本音を混ぜる。

 

「だが、人間は別だ。恩義だの怨恨だの、死に際の騒がしさだの……。そういう情念が付きまとうのは、今の俺には酷く退屈で煩わしいんだよ。正直、ああいう感情の機微にまで付き合う余裕がない」

 

泥臭い人間関係の縺れに振り回されるのは御免だ。

そう言い切ると、鹿紫雲の口元がゆっくりと愉悦に歪んだ。

 

「ハッ……面白い。人間の方を押し付けるか」

「押し付けるっていうか、譲るっていうか」

 

鹿紫雲は肩を鳴らして、愉快そうに笑った。

 

「いいぜ。術師は全部俺だ」

 

その声音には、はっきりとした期待が混じっている。

彼にとって、知性も理屈もない呪霊を払うのは、道を塞ぐ岩を砕くのと大差ない。戦いの中に「対話」を見出せる相手を求めている彼とは、利害が一致している。まあ、人型で言葉を解すような特級クラスが相手になれば、また話は別だろうが。

 

「決まりな」

 

俺は短く応じる。

これで、勝手に乱入されて戦場を全部壊される最悪の事態は避けられるはずだ。少なくとも敵が人間である限りは、舵取りくらいはさせてもらえるだろう。

 

予測不能な戦国時代の街道。

隣を歩く戦闘狂の機嫌がわずかに上向いたことに安堵しながら、俺たちは西へ向けて歩き続けた。

 

 

 

「来るぞ」

 

鹿紫雲の警告と同時、藪の奥から黒い塊が三つ躍り出た。

形をなさない低級呪霊。ちょうどいい。研鑽には悪くない相手だ。

 

一体目。

正面から飛び込んできたのを、迎撃の拳でそのまま殴りつける。

手応えと共に黒い霧が散った。

 

(よし、当たる。けど……ちょっと雑だな)

 

破壊力は申し分ない。だが、力の伝達に無駄が多いのが自分でも分かった。

 

二体目。

横から肉薄してくる気配は視界の端で捉えている。

だが、そこに対応しようとする体が、思考よりわずかに遅れる。

 

「遅え」

 

(うるせえな!)

 

外野からの野次に内心で毒づき、無理やり足へ呪力を叩き込んで位置をずらす。

強引に体勢を立て直し、回し蹴りでその身を潰した。

 

三体目。

今度は先手を打つ。

一歩深く踏み込み、呪霊が動くより早くその頭部を叩き割った。

周囲に静寂が戻る。

 

「……ふー」

 

一つ、短く息を吐き出す。

(まだ粗いな)

 

感覚自体は戻ってきている。だが、狙った点に呪力を集中させる精度が、理想にはまだ届いていない。

 

すると、少し遅れて藪の中から一人の村人が這い出してきた。

怯えきった様子から察するに、俺たちが通りかかる前に呪霊に追い詰められ、生きた心地もしていなかったのだろう。

 

「助かった……! ありがてぇ、ありがてぇ……!」

 

(見えてたのか。なら、相当きつかっただろうな)

 

呪霊を視認できてしまう人間は、厄介者だ。

「穢れ」が見える不吉な奴として忌み嫌われ、村八分にされるのが関の山だ。

逃げ場はなく、抗う術も持たない。ただ気配に怯えながら生きるしかない。

 

「通してくれればそれでいい。気にするな」

 

「……あの、お二方。この先へ行かれるので?」

 

「ああ。西へな」

 

俺の答えに、村人は声を潜め、周囲の様子を窺うように身を寄せた。

 

「それなら、どうかお気をつけて。この先は……毛利の検問が、いつになく厳しいとか」

「検問? どこにでもあるだろ」

「いえ、ただの兵だけじゃねえんです。なんでも、術師を連れた一団が、目を光らせているそうで……」

 

(早速来たか)

 

その言葉が落ちるのと同時、隣を歩く鹿紫雲の空気が一変した。

口元がゆっくりと吊り上がる。獲物の気配を直に嗅ぎつけた、飢えた獣そのものの貌だ。

さっきまで死ぬほど退屈そうにしていたのが嘘みたいに、機嫌の針が跳ね上がっている。

 

「ほう」

 

その短く鋭い一言だけで、後の思考は全部察しがついた。

 

「おい。いきなり仕掛けるのはやめろよ」

 

釘を刺すが、鹿紫雲は視線を前方に固定したまま、愉悦を隠そうともせずに応じる。

 

「あぁ、わかったよ。……『術師は俺の獲物』。そう決めたばかりだ。文句はねぇな?」

 

即答だった。

こっちは「余計なトラブルを未然に防ぐための約束」のつもりだったんだが、この男にとっては「優先的に暴れていい免罪符」くらいにしか解釈されていないらしい。

……いや、こいつに最初から常識的な譲歩を期待した俺が間違いだったか。

 

(交渉さえできれば、顔見せ程度の手合わせで済ませられるはずだ。問題は、こいつが加減を忘れてやりすぎないかどうか、だな)

 

幸い、その日はそれ以上の異変は起きなかった。

日が落ちる前に街道を外れ、適当な河原に降りて腰を下ろす。落ち枝を集めて火を起こすと、爆ぜる音が夜の静寂に響き始めた。

 

夜。焚き火。

ぱちぱちと薪が爆ぜる音を聞きながら、昼間の動きを頭の中でなぞる。

 

呪力の流し方、踏み込みのタイミング、打撃の重さ。

一つ一つは悪くないが、まだ動作の繋ぎに淀みがある。

 

「……ま、雑魚相手なら、旅の最中でも調整は効くな」

 

独り言のように呟くと、向かいで火を突いていた鹿紫雲が鼻で笑った。

 

「効率が悪い。慣れてきたせいで、初めの頃ほど伸びなくなったな。死線に身を置けば一発で化けるんだが」

 

「でも、その死線は、あんたが全部掻っ攫っていくんだろ?」

 

呆れて言い返すと、鹿紫雲は当然だと言わんばかりに肩をすくめた。

修行だの段階だの、コツコツとした積み上げの発想がこの男にはそもそも薄い。強者とは、ただその場に「在る」ものだと言わんばかりだ。

 

(中々話が噛み合わないわけだ)

 

まあいい。だからこそ、役割を分けた意味はある。

あいつは完成された“強者”。俺は未完成を埋めていく“積み上げ”。

そう割り切れば、この奇妙な道中も多少はやりやすくなる。

 

翌朝。

街道に戻ると、空気が明らかに変わっていた。

 

道幅が広くなり、行き交う人の数も増えている。

荷駄を引く人足、槍を担いだ足軽、厳しい目つきで荷を検める役人。

注がれる視線の質も昨日までとは違う。単なる排他性ではなく、組織に「管理されている場所」特有の鋭利な規律を感じた。

 

(こりゃ、完全に勢力圏に入ったな)

 

ここから先は、毛利の縄張りだ。

 

「播磨に入ったな」

 

小さく呟くと、隣の鹿紫雲が即座に反応した。

 

「術師の検問があるってとこだな?」

 

「ああ、いるだろうな」

 

毛利はでかい大名で。その影響圏。そして術師付きの検問。

普通に考えて、当たりを引く可能性は高いだろう。

横目で見ると、鹿紫雲はもう愉しそうに口角を上げている。完全に戦いのスイッチが入っている顔だ。

 

避けるルートなら、いくらでもある。紹介状だってある。知恵を絞れば無血で通ることは可能だ。

けど――どうせ見つかった瞬間、この男は真っ直ぐ突っ込むんだろう。

それに、術師の相手は鹿紫雲に譲ると約束したばかりだ。

 

(……いっちょ、気合を入れるか)

 

小さく息を吐き、腹を括る。

俺たちは足を止めることなく、西へ進んだ。

――待ち構える面倒ごとの真ん中へ、一直線に。

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