戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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鹿紫雲と一緒に乗船してる船から鹿紫雲が落ちたら、呪力操作が間に合わなければ塩素で全滅するかもと思うと怖すぎますよね。


第二十五話 鹿紫雲の天敵、境界の関門

天正十一年の梅雨入り前に出発したこの旅路だったが、すでに肌を刺す日差しが夏を告げてきていた。

気がつけば約2ヶ月。関門海峡にたどり着いた。

 

播磨での一件。出雲の僧兵。狗賓の民と呼ばれる山の術師たち、憑物筋の家系。

姥ヶ石の人柱。備中で水没の餓鬼。安芸では落武者の集団呪霊(これは鹿紫雲も参加)。周防では西の京の名残。

 

いやほんと大変だった。色々あったんだよ。

 

さて、いよいよ西国へ――言うのは簡単だが、一つ問題が浮かび上がる。

海を渡る必要があるのだ!

(当たり前だよなぁ)

 

この時代に九州まで繋がる橋なんてあるわけないのである。

関門海峡に橋が架かるのは、ずっとずっと後の話だ。現代の感覚が残ってると、たまにこういうところに落とし穴があるんだよな。

 

横を歩く男をちらりと見る。鹿紫雲一。

原作によれば、落ちれば終わりってわけでもないらしいが――少なくとも、本人が一番嫌う状況になる。

なので、できるだけ波風を立てぬよう、切り出した。

 

「なあ鹿紫雲」

「なんだ」

「この先、海を渡るわけだが」

 

話を振れば「陸はないのか」と返ってきた。

ねぇんだなこれが。

 

「船を使えば一気に西だ。ほら、対岸も見えているだろう?」

 

「落ちたらどうする」

 

「……」

 

泳げばいいじゃん、は無理なんだよな。……鹿紫雲の呪力特性がなあ。

というか普通に無茶だしな。海、荒れてるし。

 

「いい船を用意させる。毛利の口利きがあるからな、かなりいいやつになるんじゃないか?そこらの漁船とは違う。簡単には沈まないさ」

 

播磨での働きは無駄じゃなかったというわけだ。

 

「落ちなければ問題ないだろ」

「……落ちなければな」

 

話が進まねー!

だが完全拒否ではない。押せる!

 

「まぁ港まで行って、船を見てから決めろよ」

 

少しの沈黙。

それから鹿紫雲は、鼻を鳴らした。

 

「つまらなければ降りる」

「はいはい」

 

どこで降りるつもりだよ、海の上だぞ。

……いや、こいつなら無理やり海上走って渡りかねないのが一番怖いんだよな。でも海上付近だと海水に使ってなくても放電が進むんだっけ?

 

港町に足を踏み入れると、内陸とは明らかに異なる熱気があった。

潮の香。魚と油が混じった特有の生臭さ。

そこかしこで荒々しい怒号と笑い声が交錯している。

 

「港町はさすが活気が違うな」

 

播磨での成果で得た毛利の印判状を示し、その息がかかった村上水軍の寄港地へ足を踏み入れると、対応が一変した。

 

「毛利の使体か! ……おい、お前ら道を空けろ。御客分だぞ!」

 

案内を買って出た男の言葉も、内陸のそれとは勝手が違う。潮風に焼かれ、酒で焼けたしわがれた声。不躾なまでに力強い視線。礼儀や格式よりも、実利と武勇を重んじる、海の荒事師たちの空気だ。

 

「こっちだぜ、ついてきな」

 

男に促され、桟橋の奥へと向かう。

そこで視界に飛び込んできた威容に、俺は思わず足を止めた。

 

(……でかい。これは、想像以上だな)

 

波止場に鎮座するその船は、これまで道中で目にした川舟や小舟とは一線を画していた。

厚く、武骨な木材で組まれた船体。高く切り立った舷側。

荒れ狂う関門の潮を真っ向から受け止めても、微塵も揺るがぬであろう重厚な質量がそこにはあった。

 

毛利、ひいては瀬戸内を統べる村上水軍の威信を形にしたような安宅船。城の一部をそのまま海に浮かべたようなこの巨躯であれば、多少の時化に遭ったところで、板切れのように弄ばれることはあるまい。

 

ふと、隣に立つ男を盗み見る。

鹿紫雲は傲然と腕を組み、沈黙したままその戦船を見上げていた。

ふふん。

 

「どうだ、これなら文句はあるまい」

 

「……悪くない」

 

どうやら品定めは通ったらしい。

 

 

が、すぐに出航――とはいかなかった。

「今日はもう出ねえぞ」

船頭があっさりと言い放つ。

 

「潮が悪いんでな。出るのは明日の朝になるだろう」

 

思わず内心で天を仰ぐ。潮待ち。

現代だとあまり意識しないが、この時代の船は潮の流れに大きく左右される。潮を読むかどうかで航行の難易度がまるで変わる。

 

ちらりと横を見る。

鹿紫雲が、もうつまらなそうな顔をしている。

戦う相手もいない。動く理由もない。

この男にとって一番ストレスが溜まる状況だ。

 

「……で、どうするつもりだ」

 

圧を孕んだ声。

「何かやることはないのか」という言外の催促だ。思いつくわけない、んだよなあ!

 

さてどうするか、と考えたその時。

近くで、怒鳴り声が上がった。

 

「だから言ってんだろうが! また出たんだよ、あの“黒いの”が!」

「またかよ……。最近増えてねえか?」

「霧が出て何人か持ってかれたぞ……」

 

視線を向けると、船乗りらしき連中が数人、苛立った様子で言い合っている。

 

「網が引き裂かれんだよ!魚も全部持ってかれた!」

「水の中に、黒い影みてえなのが――」

「そういや、見える奴がたまに言ってたな、戦のせいだって」

「神宮か寺のとこのやつまた呼べねえのか?」

 

隣を見ると、鹿紫雲がすっかり興味を持った顔してた。

 

「影久」

 

「だな、いっちょやるかあ」

 

鹿紫雲は、射抜くような視線を俺に向けた。

その瞳は、俺の中の「何か」を暴き立てようとするかのように鋭い。

 

「――今どんな風になっているのか、俺に見せてみろ」

 

鹿紫雲は、ほんのわずかに口角を上げた。それは未知の現象を前にした子供のような、無邪気でいて酷く残酷な好奇心。

 

「そうだな、俺もそれは正直知りたいんだ」

 

「吸収」の挙動確認、そして実戦での出力テスト。俺は小さく息を吐き、覚悟を決めた。

その代わりだ、と俺は人差し指を立てる。

 

「今回は見てるだけにしてくれ。手出しは無用だ」

 

「これから世話になる船の目と鼻の先なんだ。あんたの雷をここで派手にぶっ放されて、移動手段ごと沈められたら堪ったもんじゃないからな」

(なにより、海に落ちでもしたらどうなるかわからんしな)

 

数秒の沈黙が流れた。鹿紫雲の瞳が細まる。

 

「いいだろう」

 

俺はそのまま、先ほどから言い争っていた船乗りたちの方へ歩み寄った。

 

「その『黒いの』が出る場所は?」

 

一斉に男たちの視線がこちらに注がれる。潮風に焼かれた、険しくも疑い深い眼差し。

 

「……あんたら、やれるのか? 相手は得体の知れねえ化け物だぞ」

 

「やれるさ」

 

短く、淡々と答える。

俺の横で、ぱち、と乾いた音がした。鹿紫雲の指先で青白い火花が弾け、周囲の空気が一瞬だけ電位を帯びて震える。鹿紫雲の呪力が生む雷の威。それを見た瞬間、船乗りたちの顔色が変わる。言葉による説明よりわかりやすい。

 

改めて鹿紫雲の呪力特性、わからせにめちゃくちゃ便利だな……。俺の吸収(?)はこうはいかん。

 

「……なるほどな。あんたら、そういう御仁か。毛利の客分というのも頷ける」

 

話が早くて助かる。

交渉は淀みなく進んだ。

 

「もし本当に祓ってくれるなら、礼は弾む。明日の出航も、潮さえ合えば最優先で出してやる」

 

その言葉に、俺は軽く肩をすくめてみせる。

 

「いや、礼はいらねえよ」

 

少しだけ間を置いて、俺は続けた。

 

「船では世話になる身だ。そのくらいはやらせてもらうぜ」

 

船乗りたちが、一瞬だけ沈黙した。損得勘定を抜きにした提案に、誰かが感心したように口笛を吹き、そして笑みを浮かべた。

 

「……気に入ったぜ。いいだろう、好きにやりな」

 

「おいあんた、礼はいらねえと言ったがな、今夜の飯ぐらいは出させてくれ。とっておきの魚を食わせてやるよ」

 

(ほう、それはいい。美味い魚介が食えるなら、労働の価値はあるな)

 

快諾し、背を向ける。

すると、鹿紫雲が巨躯を揺らして船体を見上げた。

 

「壊すなよ」

 

「は?」

 

「足場が消えるのは、俺も御免だ」

 

それだけ言って、興味なさそうに視線を外す。

振り返った時の鹿紫雲は、完全に「見物人」の顔をしていた。

 

 

 

 

船着場の端に立ち、視線を海へ向けた。

水面は静かだ。夕闇に染まり始めた紺青の底。

……さてその“黒いの”は今も近くにいるのかな?

 

拳に呪力を集中させる。

消費される呪力と、それを埋めようと影の底から突き上げてくる「渇望」。

 

(どこまで“吸える”か、試させてもらうか)

 

海面に手をつけ呪力を流す。

それが引き金になったのか。水面が、わずかに歪んだ。

静かだった海が――応えるように、揺れた。

 

(……来る)

 

直後、正面の海面が爆ぜるように盛り上がった。

波の飛沫ではない。泥のように粘ついている黒い質量が、重力に逆らって這い出してくる。

それはゆっくりと形を持ち――人のような、それでいてどこまでも不安定な輪郭を取った。

それと同時に辺りに霧が立ち込めてくる。

 

『……ァ……ッ……』

 

くぐもった、音が漏れる。

外界の音は、いつの間にか遠のいていた。

どうやらこの霧が結界のような役割を持っているらしい。

軽く腕を振ると、纏った呪力に触れた霧が吸い込まれるように消えた。

薄く伸ばされた呪力じゃいくら吸っても本体を削れなさそうだな。

 

「うし、やるか」

 

呪霊が乗り上げた船着場の石が、奴の自重でぐちゃりと嫌な音を立てる。

鈍そう――そう判断した刹那、奴の腕が異常な速度で伸長した。

 

反射的に体をずらす。頬をかすめた空気が、腐敗した潮の臭いを運んでくる。

踏み込み一撃。

 

黒い肉が弾け、上半身の半分が吹き飛ぶ。

 

だが、霧散しない。

飛び散ったはずの肉片は、まるで意思を持っているかのように再び水へと戻ろうとする。

なるほど、水場に戻れば再生っするてわけか。

 

それなら――。

 

今度は“打つ”のではなく“引き抜く”イメージ。

拳が触れた瞬間――何かに腕が引っかかる感覚。

 

(……お?)

 

引き抜く。

違和感。弾けるはずの呪霊の質量が、外に散らない。

剥がれるのだ。

殴った箇所から、黒い一部がずるりと強制的に剥離し、そのまま吸い込まれるように俺の足元の影へと落ちていく。

 

(吸ってる? いや、何かが自分から食いにいってるのか)

 

二発、三発。

触れるたびに呪霊の肉が削げ、欠片が水面に戻る隙さえ与えられずに影の底へ消えていく。

どんどんと効率よく剥がせるようになっていき、呪霊の動きが鈍り、立ち込めていた霧も薄くなってきた。

 

『……ァ……ァ……ア』

 

拳、肘、膝。

触れるたびに、内側が「満ちる」感覚が強まる。

だが、そのエネルギーは俺の身体に留まらない。さらに奥へ、底よりも深い場所へと落ちていく。

 

その瞬間だった。

ガチり、と内側で「歯車」が噛み合ったような感触。

 

『……ギ……』

 

(!?)

今のは――。

呪霊の声じゃない。

もっと近く。俺のすぐ足元。

影の底で、巨大な車輪が回ったような、あるいは巨大な“何か”が眠りの中で寝返りを打ったような――

 

(いや、違う)

 

一瞬だけ浮かんだ感覚を、思考が否定する。

 

(止まったか? ……いや、また眠ったのか)

 

考えるのは後だ。

今は、目の前の呪霊を片付けよう。

すっかり動かなくなった相手の、「頭部」と思われる場所に呪力を叩き込む。

 

ぐしゃり、と黒い塊が根こそぎ剥がれ落ちた。

水へ戻る隙も、再生する余力も残っていない。

『――……』

音もなく、呪霊が崩れ、そのまま俺の影の中へ吸い込まれるように消え去った。

 

静寂。

波の音が、急にボリュームを上げたように耳に戻ってくる。

(……終わりか)

 

拳を下ろし、自分の内側を探る。

ただ、吸い込んだ呪霊の残滓が影の奥に沈んでいることだけがわかる。

 

振り返ると、少し離れた場所にいた船乗りたちの顔が、一様に蒼白だった。

「……終わった、のか」

一人が、水面を見たまま動かない。

 

「……今の」

言葉が、喉の奥で詰まっている。

別の男が、震える声で低く問う。

 

「見えたか。……今の、あいつの影の下」

「ああ……一瞬だけ、何かが……」

 

(見えてるやつは見学に来てたか)

 

人払いは済ませていたが、村上水軍ともなれば、海の「怪」と日常的に接している連中だ。

その中でも特に勘が鋭い、あるいは「視える」性質の持ち主たちが、物珍しさに遠巻きから覗いていたんだろう。

呪霊が祓われる光景以上に、俺の足元に広がる「異様」を、彼らはその目に焼き付けていた。

……怪物にトドメを刺したのは俺だが、そいつを飲み込んだのは、俺の足元の何か。そう見えてもおかしくないな。

 

彼らの視線には、明らかな恐怖と、それを上回るほどの忌避感が混ざっていた。

だが、鹿紫雲だけは違った。

 

「なるほどな」

 

鹿紫雲が、くつりと笑いながら歩み寄ってくる。

 

「外から拾って、内側に溜め込んでるかと思えば、何かが食ってるみてえだな。呪霊そのものもか」

 

「吸える対象が広がったのかもな」

 

鹿紫雲はそれ以上、何も言わなかった。ただ、俺の影を面白そうに一瞥すると、満足げに頷いた。

 

「行くぞ、飯だ」

 

「ああ」

 

その夜、港で出された魚料理は、美味かった。

 

 

 

翌朝。

船は出た。

安宅船から関船に変更され、頭領による操船。これは多分、敬意を持ってくれたってことでいいんだよな?

揺れはあるが、驚くほど安定していた。

鹿紫雲も風を受けながら無言で西を見据えている。

 

船は、思っていたよりも忙しなく進んでいた。

左右に見える陸地が、じわじわと流れていく。

遠くはない。泳ごうと思えば泳げそうな距離だが、激流がそれを許さない。

 

板張りの上で、軽く足を踏み替える。

……なんか落ち着かねえな、視界に常に陸があるせいか?

 

ちらりと前方を見る。

鹿紫雲は船首に立ったまま、微動だにしない。

ただ、わずかに――機嫌が悪い。

 

小さく息を吐き、視線を足元へ落とす。

そのとき。

ぐに、と。

足の裏に、わずかな違和感。

船の揺れじゃない。

もっと局所的で、柔らかい感触。

 

(今、何か踏んだか?)

 

視線を落とす。

漆の塗られた板張りの床。濡れてもいない、ただの木だ。

 

(気のせい……か?)

 

少しだけ位置をずらす。

 

――ぐに。

 

今度ははっきりとした感触。

沈む。ほんのわずかに、遅れて戻る。

(……は?)

 

反射的に足をどける。

何もない。ただの板だ。

(いやいやいや)

こんなところで、そんな感触がするわけがない。

船は普通に進んでいるし、周囲も変わらない。

 

数秒、黙って見つめる。

変化なし。

(……疲れてるだけだな)

そう結論づけて、もう一度だけ足を乗せる。

 

今度は――何もない。

(……)

 

沈黙。

潮が、ぐっと船体を横に引く。

わずかに体が揺れる。

その揺れに紛れて、ごく、かすかに。

足元の“もっと奥”で。

 

――ちゅ、と。

 

何かが、名残惜しそうに離れたような感触がした。

(……おいおい、俺まで食おうとしてないよな?)

 

一瞬だけ思考が止まる。

だが、すぐに切り捨てる。

 

 

視線を上げると、対岸が少しだけ近づいていた。

逃げ場のない水路の中を、船は確実に進んでいる。

影の“内側”で何が起きているかは、考えないことにした。

 

船は進む。

やがて、関門海峡の荒い潮流を抜け、石積みの雁木が見えてきた。

門司。

西国への入口。九州の玄関口だ。

 

「次だな」

 

その一言で区切る。

船が港へ入り、湿った石の階段に足を踏み出す。

潮風の匂いが、心なしか内陸よりも荒々しく変わった気がした。

 

港を出るとき。

船乗りたちが騒いでいる横を通り過ぎる。

以前なら気にも留めなかったはずの声に、鹿紫雲がほんの一瞬だけ足を止める。

 

「……騒がしいな」

 

それだけ言って、すぐに歩き出した。

 

 

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