戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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昔阿蘇にいったときあまりにカルデラがデカくてカルデラの中に入ったという感覚がありませんでした。


第二十六話 カルデラの澱み

門司を発ってから阿蘇へと南下する道中。

低級の呪霊は俺の呪力に触れて、影へと吸い込まれていくようなものばかりだったのだが。

離れたところから、あるいは木立の影に隠れて、こちらを窺う振る舞いを見せる奴が出てきた。

俺の足元へと視線を落とした途端、距離を取る奴。

俺の呪力特性や、この呪力や影への吸収の現象を、あらかじめ知っていると感じられるような振る舞いだった。

 

後ろを歩く鹿紫雲にその違和感を口にすると、彼は俺の足元を見て「似たようなものから逃げてきたのかもな」と口にした。

俺に同族が吸われる様を見て学習したのか。それとも鹿紫雲の言う通りに、似た何かから逃げ出してきたのか。

 

とはいえこちらも呪霊を逃すわけにはいかない。

雑魚雑魚の蠅頭から、そこそこの呪霊まで、例外なくその呪力を影の一部へと変えていった。

 

そして五日ほど、道は次第に山へと分け入っていった。

潮の香りはいつの間にか消え失せ、代わりに湿った土と濃い草の匂いが肌にまとわりつく。

標高が上がるにつれて、空気がずっしりと重くなっていくのがわかった。

 

道を進み、阿蘇が近づくにつれて、立ち寄る村々の様子は目に見えて活気がなくなってきていた。

外輪山の麓に程近い村着いた時、まだ日は高いというのに、どの家も戸を固く閉ざし、まるで村全体が息を殺して何かが通り過ぎるのを待っているかのようだ。

ふと、固く閉ざされた戸の隙間から、何かに怯えるような視線を感じ、俺は足を止めた。

 

「……なあ、爺さん。この先、何かあったのか?」

 

声をかけると、老人はじろりとこちらを値踏みし、重い口を開いた。

 

「……余所者か。悪いことは言わん、日が暮れる前にどこぞの屋根の下へ入れ」

「物騒だな。戦か? それとも野武士か」

「違う。島津が来るとかいう噂もあるが……あれは、人じゃねえ」

 

老人は周囲を憚るように、さらに声を潜めた。

 

「夜に家の外へ出た者が戻らなくなった。昼間ですら怯えて誰も外に出たがらん」

「……」

「最近は昼間でも木こりが山に入らなくなった。『見られている』と言ってな。今は誰も近づかんよ」

 

なるほど、と老人の言葉に、俺は小さく息を吐いた。

 

「かなりの澱が溜まっているようだな」

 

鹿紫雲の言葉を聞きながら、俺はこの先の地形を脳内に思い浮かべた。

巨大な火の山――阿蘇。

 

「外輪山の内側そのものが『溜まり場』になってるのか?」

 

その日の夕方。

また一体、現れた。

一定の距離を保ったまま、彫像のように動かない。

ただ、複数のでかい目でじっとこちらを観察している。うーん埒が開かない。

 

「賢い方のやつみたいだな」

 

「突っ込んできてくれると楽なんだがなあ」

 

しばらく様子を伺ってみたが、向こうに仕掛けてくる気配はない。

逃げられる前にサクッと祓っちまうか。

距離を詰め殴ると「パシュ」という音と共に呪霊が弾けた。

村に被害を出していたやつかもな。やたら見ることにこだわりがあったみたいだし。

 

 

 

 

 

野営の焚き火が爆ぜる。

阿蘇の巨大なシルエットが夜の闇に溶け込んでいた。

 

「んじゃ、今日も頼むわ」

 

俺が腰を上げると、焚き火の向こう側で胡坐をかいていた鹿紫雲も、待っていたとばかりに立ち上がった。

 

ここ三ヶ月、幾度となく繰り返してきた手合わせだ。

鹿紫雲が地を蹴る。迫る拳を、俺は最小限の動きで受け流し、掌を彼の腕に滑らせた。

 

パチンッ、と呪力が弾ける音が響く。

鹿紫雲の苛烈な雷気を奪い、その呪力が俺の腕を伝い、影へと流れ落ちていく。

 

十数合打ち合ったところで、鹿紫雲がふいに動きを止めた。

構えを解き、考え込むようにした後、いつになく真剣な眼差しで俺を見てくる。

 

「どうした鹿紫雲?」

 

「影久、ちょっとお前、……俺という特定の相手に特化しすぎてきているかもしれん」

 

「特化しすぎ?」

 

「ああ。お前の影と、その内側にいる何か……。そいつらが、俺に対してのみ学習が進みすぎている。このままだと、鹿紫雲一を殺すためだけ特化されたものになっちまうかもしれねえ」

 

鹿紫雲は、阿蘇の噴煙がたなびく空を仰いだ。

俺は自分の掌を見つめた。

俺は鹿紫雲に対してのみ最適化され、それ以外に対する感覚を失いつつあるというのか。

 

「まともにやりあえるのが俺しかいない以上今はしょうがないのかもしれないが」

 

「俺自身が危機感を覚えるほど相手が、あんたしかいないのが問題ってことか」

 

「そうだ」

 

確かに、うすうす感じていることではあった。

手合わせで鹿紫雲の纏う呪力は徐々に強くなっていおり、俺もそれに対応できようになってきている。

自分自身強くなれているのは間違い無いと思う。

 

だが、どんな呪霊が相手でも、俺は無意識に「鹿紫雲の雷を捌くとき」と同じ理屈で動いてしまうのだ。

今までの相手は全て、鹿紫雲に比べれば止まって見える。だから、対鹿紫雲と変わらない動きで、そのまま力任せに奪い、塗り潰せてしまっていた。

 

今はそれで勝てている。

だが、もし。

鹿紫雲並みの出力を持ちながら、雷とは全く異なるベクトルの力を持つような呪霊や呪詛師が現れた時。

対鹿紫雲という「正解」をなぞるだけの今の俺は、それに対応できるのか。

 

「お前が戦いの中で力を伸ばせるのは間違いない、だが……」

 

「初見殺し相手に、あんたとの手合わせの動きが最悪に噛み合った場合だな?」

 

「ああ、しばらくは俺との手合わせはやめておいた方がいいかもな」

 

 

 

 

 

翌朝。

 

外輪山を越えた瞬間、肌に触れる空気が一変した。

視界は大きく開けているはずなのに、肺の奥が詰まるような圧迫感がある。

 

「……なんだこりゃ」

「澱の濃度が異常だな」

 

広大な盆地。本来なら風が吹き抜けるはずの場所なのに、空気が重く淀んでいる。

呪いが霧のように滞留し底に溜まり続けている。

拡散されず沈殿し続けたものが、そのまま何層にも重なってる。

 

道中で感じていた違和感が、この光景を見てようやく一本の線に繋がった。

 

「弱い奴、賢く無い奴は、この呪力に吸われる。残るのは、ここから逃げ出したやつか……」

 

「この毒に耐えうるだけの『格』がある奴だけってわけだ」

 

鹿紫雲がわずかに口角を上げ、俺に向かって不敵に笑った。

 

「さて。早速お前の新しい砥石が見つかるかもしれんぞ、影久」

 

少し進んだところで、槍を持った男たちに止められた。

 

「止まれ。どこから来た」

「赤間関の港だ。あそこの連中に、門司まで送ってもらってな」

 

簡潔に答える。

男たちは視線を外さず、問いを重ねてきた。

 

「何しに来た」

 

少し考えて、正直に言うことにした。変に誤魔化すのは良くないだろう、彼らの警戒心を削ぐには、目的をはっきり言った方が手っ取り早い。

 

「家業で呪霊を祓ってるのもあるんだが、まあ今は修行の旅だ。あまりの呪いの濃度が濃くて気になってな」

 

男の眉がわずかに動く。

 

「……証明はできるか」

 

一拍だけ間を置いて、俺は一番手っ取り早い肩書きを口にしつつ影から物を出し入れしてみせた。

 

「禪院だ」

 

空気が止まった。

 

「……今、なんと言った」

「禪院。聞いたことくらいはあるだろ」

 

男たちは互いに視線を交わし、やがて一人が重苦しく溜息を吐いた。

 

「……上方から随分とまあ、面倒なのが来たな」

 

……やはり、名だけは通っているらしい。

面倒な家ですまんね、と心の中で毒づく。どんな噂が伝わっているかは知らないが、ろくな内容でないことだけは想像がついた。

 

「ま、ここの澱より話が通じる思ってくれていいぜ」

「違いない。……おい、開けろ!」

 

男は苦笑いを浮かべ、部下に門を開けるよう指示を出した。

 

通された先は、「前線の詰所」といった感じの場所だった。

整然と並べられた武具、立ち働く人々。

平穏な生活の匂いは薄く、いつでも戦に転じられる、張り詰めた空気が満ちている。

 

奥へ案内されると、神職とも武人ともつかない風体の男が、すでにこちらを待っていた。

 

「外の術者か」

 

男が、射抜くような視線を向けてくる。

 

「ああ、船で渡ってきた」

 

短く答えると、男は俺をじっと見たまま、重々しく口を開いた。

 

「門の者が言っていた。……『禪院』と名乗ったそうだな」

 

なるほど、話が早い。

そして値踏みされている。さっきの門番たちより、だいぶ術師としての格は上だろう。

 

「ああ。禪院影久という」

 

はっきり言い切ると、数秒ほど、沈黙が落ちた。

背後に控えていた連中が、わずかにざわつく。

 

「改めて聞かせてもらおう。上方の名家の術師が、何をしに来た。この国に何の用だ」

 

「さっきも言ったことではあるが、家業を兼ねた修行の旅だ。あんたらの手に負えないのがいるなら片付けてもいい」

 

回りくどい言い方はしない。

どうせ、ここではそれが一番通りがいいはずだ。

男は俺を見たまま、今度は少しだけ考えるように目を細めた。

 

「戦力として数えていい、ということか?」

 

「対呪霊だけ、な。戦に関わるのはごめんだ」

 

そこで初めて、男の肩から少しだけ力が抜けたように見えた。

 

「……いいだろう」

 

短く言って、息を吐く。

 

「この地は今、人手が足りん。……名に恥じぬ働きを期待するぞ。使えるものは使わせてもらう」

 

「話が早くて助かる」

 

「いくつか条件がある、安全のためにも守ってもらう」

 

男の視線が、再び鋭さを増した。

 

「勝手に山に入るな。場所によっては二度と戻ってこれん。単独行動は許可を取れ。事前に報告しろ」

 

「いいぜ。それだけで揉め事が回避できるなら安いもんだ」

 

そこで、横から鹿紫雲が我慢できなくなったように口を挟んだ。

 

「俺は好きに動くぞ」

 

思わず内心でため息が出る。

男の視線が、ゆっくりと鹿紫雲に向く。

 

「……好きにして死ぬなら勝手だ。だが、こちらを巻き込むなら」

 

「巻き込まん。お前たちがついて来られるとも思っていない」

 

一歩も引かない、というか完全に相手を見下してる。言い方!火に油を注いでんじゃねえよ!

 

一瞬、空気が張り詰める。

だが男は数秒だけ黙って鹿紫雲を見据え――ふっと息を吐いた。

 

「……好きにしろ」

 

「ああ」

 

男は、鹿紫雲の無関心な様子など気にする風もなく、改めて俺に向き直った。その表情は、この地の窮状を物語るように重苦しい。

 

「早速働いてもらいたいが、その前に伝えておかねばならんことがいくつかある」

 

そう前置きして彼が語った内容は、阿蘇という地が今、どれほど異常な理に支配されているかを示すものだった。

 

第一に、かつてこの地を治めていた甲斐宗運が没して以来、阿蘇の均衡は完全に崩れ去った。呪いの溜まる速度が尋常ではなく、さらに厄介なことに、溜まった呪力が外輪山を淵として内側に残り続けているのだという。

 

第二に、火口に近づけば近づくほどその濃度は増し、低級の呪霊などは生まれても即座に濃密な呪気の中へと還り、再び「澱」へと戻ってしまう。つまり、今この地に存在できているのは、その濃度の高さに耐えうる個体のみということだ。

 

そして第三に、その異常な濃度ゆえに、実力のある術師であっても火口付近まで近づくことは困難を極める。火口付近にはそれ相応の強力な呪霊が跋扈しているが、不可解なのは、それほどの呪霊ですら時折、何かに飲み込まれるように「澱」へと戻る奇妙な挙動を見せているという事実だった。

 

「呪いが溜まり、煮え、食らい合っている……。今の阿蘇は、まるで逃げ場のない巨大な壺だ」

 

男の言葉を聞きながら、俺は道中で出会った、こちらを避けるように逃げていった呪霊の姿を思い出していた。

奴らが怯えていたのは、俺という個体だけではなく、この地そのものが変貌しつつある前触れだったのかもしれない。

 

「まずは見てみないと始まらねえ。さっそく火口を見に行かせてもらう」

 

「話を聞いてたのか、火口付近は!」

 

「あんたらは付き合わなくていいぞ、監視したいなら安全なところから見といてくれ」

 

そう言って、火口が見えるところまできたわけだが。

 

今の自分自身の内側に起きている変質――相手の呪力を影へと引きずり込んでいくあの感覚に、どこか近しいものを感じて視線を外せなくなる。

……引き寄せられ、飲み込まれ、同化していく感覚。残酷な自然淘汰。

 

「中心に近づけば、相応の『格』を持った奴がいそうだな。この辺りの圧に耐えられるなら悪くないのもいるんじゃないか?」

 

隣の鹿紫雲が楽しみだなと、声をかけてくる。

もう一度、空を衝くように立ち上る煙を睨む。

 

「とりあえず、今日は手近な奴からやってこう」

 

 

 

 

 

それから数日。

俺は数体の呪霊を処理していた。

遭遇する数は多くない。だが、現れる個体は、明らかに強い。

後ろでは、鹿紫雲が一定の距離を保っている。

彼はただ俺の戦い方を、あるいは俺の変質の過程を、検分するように眺めていた。

 

少し歩いた先で、周囲の状況を確認する。

草が激しく踏み荒らされた跡はあるが、それはある地点を境に、不自然なほど唐突に途切れていた。

 

「奇妙だな、残穢がない」

 

「呪霊が活動できないわけじゃないとすると、あの男が言ってた現象か?解けて澱になるってやつ」

 

鹿紫雲は短く頷き、俺の足元に広がる影に一瞬だけ目を向けた。

 

俺は自分の影が、周囲の澱んだ空気を微かに吸い込み、波打っているのを感じながら、さらに深くへと足を踏み出した。

 

その影の空腹を満たすように。

 

 

さらに数日。

 

詰所の前に人だかりができていた。

地面に座り込んでいる負傷者は二人。呼吸は荒いが、命に別状はなさそうだ。

 

「何があった」

 

近くの隊員に声をかけると、彼は苦渋を滲ませた顔で振り返った。

 

「偵察に出た連中が戻ったんだが……一人、足りない」

 

怪我人の一人が、虚空を見つめたまま震える声で口を開いた。

 

「背中合わせで戦っていたんだ。……なのに、次に振り返ったら、あいつはいなくなっていた」

「……音は? 叫び声とか、倒れるような音もしなかったのか」

「何も。本当に、何もなかったんだ。ただ、いなくなったんだよ……」

 

要領を得ない。

俺と鹿紫雲は視線を交わし、そのまま連中が襲われたという現場へ向うことにする。

 

森の入り口付近。

そこには、生存者が言った通りの「異常」が横たわっていた。

 

足元の地面を注視する。

激しい戦闘があったことを示すように、草木はなぎ倒され、土が派手に剥き出しになっている。

だが、そこにあるべき「続き」がなかった。

 

鹿紫雲がその境界を、つま先でなぞるように歩く。

 

「残穢が、ここで途切れている」

 

「倒れた痕跡も、這いずった跡もない。……まるで、ここで存在そのものが終わっているみたいだ」

 

「ああ。もし仕留められたのだとしても、血の一滴、呪力の欠片すら残っていないのは不自然すぎる」

 

「人間すらも分解されて澱になってる?」

 

周囲の気配を拾う。

戦闘の激しさは境界のこちら側で完結しており、その先は、まるで最初から誰も足を踏み入れていないかのように静まり返っていた。

 

鹿紫雲が、その不自然な断絶を見据えたまま低く呟いた。

 

 

その日の夜。

許可を得て一人で山に入り、火口へ続く斜面に立った。

暗闇の中、呪霊の反応が点々と浮いているが、どれもが同じ高さで止まったまま動かない。

 

一歩踏み込んだ瞬間、足の裏から脳天まで、嫌な圧が突き抜けた。

 

目に見える壁があるわけじゃない。なのに、進もうとするだけで空気の層が物理的にズレるような感覚がある。

影も一緒に乱れて、無理に押し込もうとするたびに、どこかが削られる感覚が返ってくる。

 

今日までは、ただの「拒絶」だと思っていた。だが、昼の術師消失を経て、今は少し違って見える。

俺の影が向こう側に触れようと手を伸ばし、同時に向こう側も、全力でこちらを押し返してきている。

これは、拒絶というより――。

 

「……食い合ってる、ってことか」

 

前に出るほどに負荷は増える。

だが、引く気が起きなかった。

削られる不快感よりも、眠っているはずの術式が勝手に、そして強引に回され、何かが噛み合っていくような高揚感が勝っている。

 

まだ、踏み込める。

 

もう一歩、足を出す。

影がさらに激しく火花を散らし、呪力の残量が目に見えて目減りしていく。

吸収が追いつかないほどの消費速度。こんな感覚は久しぶりだ。

 

自分の内側と外側の境界が曖昧になり、混ざり合っていくような感覚に没入するうち、時間の感覚が消えた。

気がつけば、山嶺の端が白み始めている。

 

(……一晩中、ここで押し合ってたのか)

 

呪力はほとんど底を突きかけている。

だが、消耗しきった体には、妙な熱が居座り続けていた。

 

 

そのまま、拠点へと足を向ける。

岩の上に腰を下ろした鹿紫雲が、戻ってきた俺を静かに見据えていた。

視線がぶつかった瞬間、言葉を交わす暇もなく間合いを詰められる。

 

「うおっ!?」

 

鹿紫雲と拳を交える。

踏み込んだ刹那、腕を強引に弾き飛ばされ、体勢が大きく崩れた。

 

「遅い」

 

「おい!しばらく手合わせはしないんじゃなかったのか!?」

 

即座に立て直す。

もう一度距離を詰め、今度は角度をずらして潜り込もうとした。だが、その予備動作の途中で動きを封じられる。

 

「少し変わったか」

 

鹿紫雲は腕を下ろし、火口の方へと目を向けた。

 

「意識がそっちに寄ってるな」

「……わかるのか」

「動きが引っ張られている」

 

俺は息を整えながら、白煙の上がる火口を睨んだ。

 

「あー近づくと影が勝手に反応するんだよ」

 

「性質がぶつかっているわけだ。……同族嫌悪か、あるいはただの空腹か」

 

鹿紫雲は、言葉を続けた。

 

「なんにせよ、いい傾向だ。問題は解決しそうだな。お前はここで引き出しを増やせ。俺は外を見てくる」

 

少しの間を置いてから、俺は答えた。

 

「わかった」

 

「せっかくだ。西国を巡って、骨のある奴と戦ってくるぜ」

 

火口の現象は、仕組みとしては面白いのだろう。だが鹿紫雲にとっては、そんな環境の特異性よりも、生身の強者と殺り合う熱量の方が遥かに重要に違いない。

それに、ここなら禪院の目も届かない。

俺が一人になっても問題ない。

鹿紫雲が動くには絶好の機会なのだろう。

 

「今のお前なら、護衛が要るとも思えないしな。何かあっても逃げ出すことくらいはできるだろうよ」

 

それだけ言い残すと、鹿紫雲は一度も振り返ることなく外輪山へと向かっていった。

信頼か、あるいは単なる事実の指摘なのかは分からない。鹿紫雲なりの激励なのだと受け取っておくことにした。

 

 

久々の一人だ。

俺は再び、火口の方へと意識を戻す。

一歩足を向ければ、境界の手前で影がざわつき始めた。

踏み込むたびに、圧が返ってくる。

押せば押し返され、触れれば削られる。

 

湧き上がる、笑みを抑えきれなかった。

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