戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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キリが悪いのでまとめてあげてます、28.29こっちが前編的な


第二十八話 阿蘇受胎・零落産土

阿蘇の巨大な火口原に身を置いてから、二年。

西国巡りに出た鹿紫雲の顔は、それ以来一度も見ていない。

あいつ今どこで何してんだろな。無事なのは間違いないだろうけど。

 

かつて足を踏み入れれば命はないと言われてた火口付近も、ここのところは落ち着いた気配を見せている。白煙は相変わらず上がり続けているが、肌を刺すような呪力の拒絶はかなり薄れた。

大分澱を削り、活動しやすくなってきたのだろう。

最近では阿蘇の術師たちが同行することもよくある。

 

「影久殿、右手の岩陰に小さきもの二つ。動きます」

「正面、地割れより気配あり。這い出るやもしれませぬ」

 

「正面の大きいのは俺がやる。左右の小さいのは任せていいか」

「おう!」

 

返答と同時に地面が揺れ、黒い影が噴き上がった。

大きく踏み込み、ここ1年で使うようになった棍に呪力纏わせ、突き戻す。

それだけで、それは形を持つ前に崩れ、俺の呪力に絡め取られた。

影へと落ちていくのを感じつつ振り返る。

 

うーんやっぱ長物はいいな。地形のせいかクソ熱いやつも多い。適当に木を削っただけでも呪力を通せば頑丈になるし。

 

背後では彼らが呪霊を祓い終えていた。

以前なら足が止まっていたような場面でも、今は誰も迷わない。

 

「影久殿、南の裂け目に三体出た。先ほど偵察の者が一人、戻っておりませぬ」

 

駆け込んできた男の声は緊張しているが、崩れてはいない。

 

「南か。分かった、すぐ行いこう」

 

「お待ちを。お一人で?」

 

「さっと終わらせて戻る。あとは頼む」

 

「お気をつけて」

 

間に合うといいが、俺は重苦しい空気の淀む裂け目へと向かった。

 

 

この二年で取り組んでいることも、随分と様変わりした。

 

最初は現れる呪霊を片っ端から祓う日々だったが、今はもう、連中の数自体が減っている。代わって中心となったのは、火口周辺に溜まった呪力の偏りを削る作業……言わば、巨大な穴そのものとの根比べだ。

 

この削り合いも、最近は俺の方がだいぶ有利に進められている。

呪力を削るたびに、それがそのまま俺の中に入ってくる。力になっているのは確かだ。だがそれ以上に、削れば削るほど俺の中の何かが育ち、俺という存在そのものがより頑丈な別のモノへ作り替えられていく手応えがある。

 

人間としての脆い部分が、火口を抑え込むための強固な仕組みへと置き換わっていく変質。

対鹿紫雲の次は対火口ってわけだ。

 

照りつける八月の太陽の下、陽炎の向こうにある火口を見つめる。

あと少しで、この火口の、阿蘇の澱みを完全に御せる。

その先にある何かに手が届きかけていることを、俺の影が、そして作り替えられつつある俺自身の内側が、静かに告げていた。

 

裂け目に踏み込んだ瞬間、空気が一段重くなった。

息が吸いづらい。単純な気温の上昇もあるが……、やはり澱の濃さのせいだろう。

 

数歩進んだところで、岩陰の奥に人影が見えた。地面に膝をつき、動けなくなっている。すぐ近くの地面は黒く濁り、そこから何かがせり上がろうとしていた。

 

(……まずい!)

 

一気に距離を詰める。

 

「掴まれ!」

 

声をかけながら、男の腕を引き上げる。返事より先に、腕を掴んで強引に引きずり出す形になった。男は半ば倒れ込むようにこちらへ崩れてくる。

 

「……ぁ、あ……!」

 

呼吸は乱れているが、意識はある。

引きずり出した直後、さっきまで男がいた場所から黒い影が立ち上がろうとした。だが、形になる前に俺の影がそこへ落ちる。せり上がりかけたものが途中で崩れ、空気に溶けるように消えた。

 

「動けるか」

 

肩を支えながら確認する。男は数回うなずいて、ようやく息を整えた。

 

「……す、すまん……」

「気にするな。ここはそういう場所だ」

 

短く返して、岩陰まで下がらせる。

 

「ここにいろ。出るな」

 

それだけ言って、手を離す。男はその場に座り込み、必死にうなずいた。

 

周囲を確認する。裂け目の奥では、すでに複数の気配が動き始めていた。一体ではない。同時に立ち上がろうとしているものが複数ある。

 

(今のはただの巻き込まれだな)

 

助けた男は偶然、呪力の滞留に飲まれかけていただけだ。ここでは珍しくない。

 

 

 

 

 

裂け目の中の異常は、それ以上広がる前に片付いた。

 

数体の呪霊は、こちらの動きに触れた時点で形を保てず崩れ、残ったものも、淀んだ流れを断ち切るように俺の影が沈めるだけで終わる。

 

「問題なし。終わったよ」

 

背後にいた男へ短く告げると、彼はようやく深く息を吐いた。

 

「助かりました……」

「おっ、調子が戻ってきたな。さっさと戻ろうぜ」

 

軽く返して、そのまま裂け目を出る。

 

火口周辺の処理はほとんど戦いというより、調整作業に近い。

強い個体が出ても崩す手順はすでに決まっているし、弱いものはそもそも近づく前に形を保つことすらできない。

 

結果だけを見れば、この一帯は「安定している」と言っていい状態にまでなっていた。

 

 

火口周辺の澱みを削り、どうにか保ってきた均衡。だが、その危うい静けさとは裏腹に、外側の情勢は決定的な破局を迎えようとしていた。

 

島津の軍勢によって、ついに本拠である岩尾城が落ちた――。

逃げ延びてきた術師たちの口から漏れるその報せは、単なる敗北以上の重みを持って、阿蘇の術師たち、そして俺にのしかかる。当主が山深くへ逃れたことで、この地を数百年統べてきた阿蘇氏は、事実上の滅亡を迎えたのだ。

それは、この土地の霊的な秩序すら支えてきた大きな柱が、根元からへし折れたことを意味していた。

 

それまで無理やり整えてきた火口のバランスに、修復不可能な亀裂が走る。

 

外側の崩れは、最初はただの余波のように見えていた。

だが、それはすぐに「違和感」では済まなくなっていった。

 

その変化は、呪霊の動きに即座に現れた。

呪霊が生まれると同時に消えることがあまりにも多くなったのだ。

そして火口の澱みが、一気に濃くなった。

前日まで普通に処理できていたはずの領域に足を踏み入れた瞬間、そこから物理的に進めなくなるほどの圧が立ち込めていた。

ここに始めてきた当初のような重さ、拒絶、を持って久しぶりの拮抗する食い合いの感覚が再び戻ってきていた。

 

 

外側の崩壊が、この内側にまで明確に、それも奇妙な形で干渉し始めていた。

 

 

 

「……影久殿、これ以上我々は……」

「ああ、こんなになってるのは、久々に見たな」

 

振り返ると、同行していた術師の顔が青ざめていた。

 

「近づけないな」

「呪力の密度が、明らかに……」

 

言葉は最後まで続かなかった。すでにそこは、常人が立ち入れる場所ではなくなっていた。

数日前まで、彼らと並んで行っていた調整作業は完全に止まった。

特に火口周辺の澱みは、俺一人がかろうじて離れたところからの削りで、減らしていくことしかできなくなった。

 

原因は分かっている。外の戦の崩壊、つまり土地の守護者であった阿蘇氏の滅亡が、この火口を抑えていた最後の楔を抜き去ったのだ。

だがそれ以上に問題なのは、ただの呪いの集積じゃなくなり、明確な「意志」が混ざり始めていることだった。

 

その日から、現地の術師たちは完全に後方へ下がった。

 

「我々はここに惹かれる呪霊を祓うことに専念いたす。それもかなり離れたところになりますが……」

「無理はしないでくれ。危険を感じたらすぐに逃げてくれ。二年前に比べても大分おかしくなってる」

 

淡々と告げると、彼らは悔しそうに唇を噛みながらも頷いた。

役割が分断された。「内側」は俺一人。外側の封鎖と監視だけが彼らの仕事になった。

 

(ここまでくると、これが一番効率いいか……)

 

軽くそう考えながらも、名残惜しさが残る。これまで築いてきた信頼関係によるチーム戦が、個人戦に戻って切なさを感じている……。

なんだかんだ楽しくやってたのだ。

だが、今はそんなこと考えてる場合じゃないよな。

俺は単独で深部へと足を踏み入れた。

 

一歩進むごとに、空気が「焼ける」。

熱ではない。呪力そのものが空間を削り取りながら存在しているのだ。

 

(……随分とまた大食漢になったじゃないか)

 

ただ集まっているだけじゃない。澱を、呪霊を術師を呪力を集めて食らっていた何かが、明確な形を取ろうとしている。

俺の影が、ざわついている。

そしてそれは俺と俺の影だけじゃない。

呼応するようにこの空間そのものが、異質な存在を生み出すための「産声」を上げようとしていた。

 

そして、その瞬間だった。

 

火口の中心付近で、澱みが「割れた」。

いや、割れたというより――焼き切られた。

空間が一瞬だけ黒く歪み、その中心から何かが立ち上がる。

人型に近い。その全身が赤黒い焼結した岩のような肌に覆われている。呼吸のたびに空間そのものが焦げ、存在しているだけで周囲の地形がゆっくりと削り取られていく。

 

「受胎、みたいなもんだったか」

 

俺は息を吐いた。カルデラの内側のこの広大な土地そのものが餌場だったとは、流石に気が付かなかったな。

 

 

火口の澱みが臨界を超え、受胎が孵化を迎える。

 

 

 

 

特級呪霊、阿蘇受胎・『零落産土(れいらくうぶすな)』

 

 

 

 

その呪霊は、ゆっくりとこちらを見た。

 

次の瞬間、地面が爆ぜた。

 

踏み込み一発。殴り合いに近い速度で距離が詰まる。

腕が振られる。それを受けた瞬間。

 

(この呪霊、触れたところを焼き切ってやがる!)

 

削り合い(食い合い)が始まった。

俺の影が伸びる。だが相手の肉体もまた、呪力で空間を焼きながら瞬時に「置き換わって」いく。互いに存在そのものを削り合う距離。

 

黒く焼けた腕が振り下ろされるたび、空間そのものが物理的に潰れた。

 

(重てえ!)

 

押し潰してきているのは呪力による圧だけじゃない。俺の影の呪力が、相手の空間を焼き切る呪力を食い、拮抗している。だが、それは影を噛ませて受け流すが、呪霊の持つ圧倒的な物理質量を防ぐことはできない。

互いの呪力同士が食い合うなら残ったのはお互いの持つ物理的な接触。

生身の俺と、呪力でやけ爛れた岩石のような呪霊。

 

(分が悪ぃ!)

 

距離を取った瞬間、地面が遅れて爆ぜた。遅い、だが重い。当たれば潰されやつの餌になる。

俺の影が及ぶ範囲だけが、焼き切られた周囲の景色から浮き上がっている。影の侵食と空間の焼失がせめぎ合い、その境界線から火花のような呪力が散っていた。

 

——このままじゃ、削り負ける。

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