戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
こっちは後編的な感じ
背中の棍へと手を掛け、引き抜くと同時に、呪力を流す。
今度はこちらから踏み込み、真正面から振り抜いた。
ガキン、と。
硬い衝撃が腕を伝って全身に響く。
呪霊の腕が、棍の一撃を受け止めている。
だが、今度は俺が押し込んだ。呪力を纏わせた棍が、相手の焼結した肌をミリ単位で削り、火花とともに呪火を散らす。
(これなら、通せる!)
突きを放つ。
相手の呪力で固めた防御を、一点に集中させた呪力の矛先でこじ開ける。
抉り取ったはずの部位から、熱を帯びた岩石がすぐにせり上がる。
だが、その「置換」が完了するより早く、棍を旋回させて次の打撃を叩き込む。
一撃一撃が、空間を剥ぎ取るような音を立てる。
影の侵食と、棍による物理的な破壊。その二つが混ざり合い、打撃音が反響し続けた。
連続した打撃の途中。
手元の感覚が、唐突に変わった。
(……あ?)
殴りつけた棍から、妙な熱が伝わってくる。
影を纏わせ、呪力を通しているはずの棍が、内側から焼かれている。
呪力の食い合いは拮抗している。
だが、棍そのものが相手の持つ圧倒的な熱質量に耐えきれない。
黒い呪光が、棍の端から次第に赤熱していく。
ガ、ガ、ガ、ガ、ガッ!
連続して打ち込んだその瞬間、棍の表面が耐えきれず爆ぜた。
影を纏わせているはずのそれが、内側から燃え上がる。
「こんにゃろ!」
次の打撃を放つ前に、棍は粉々に弾け飛んだ。
武器を失い、反射的に右腕で受ける。
(熱っ……!)
直に触れてはいない。
だが影越しに、肉を焼く熱が突き抜けてくる。
距離を取ろうとするも、呪霊は逃がさない。
踏み込み一つで間合いを詰め、拳が俺の脇腹を捉えた。
ゴッ、と嫌な音がして、肺の空気が強制的に吐き出される。
生身の肉体じゃ、熱も質量を殺しきれない。
吹き飛ばされ、転がった俺の視界に、呪霊の巨体が覆いかぶさる。
「……ッ、まだだ!」
無理やり体をひねり、立ち上がる。
左右の拳に呪力を凝縮し、まっすぐ突っ込んだ。
ボゴッ! と、重い衝撃が拳から跳ね返る。
呪霊の皮膚を殴った感触は、自分の骨に重く響く衝撃となって返ってきた。
(硬え……!)
一発殴るごとに、俺の拳の皮が弾け、血が飛ぶ。
その血さえも、熱気ですぐに蒸発していく。
呪霊の追撃は止まらない。
横一文字に振られた腕が肩を掠め、肉が削げ、熱が神経を焼く。
(どうする!?)
防戦一方。
防ぐたびに骨が軋み、受け流すたびに内臓が揺れる。
呪力の削り合いは拮抗している。
だが、俺の肉体がその負荷に追いついていない。
(逃げるべきか……? だが、こいつを野放しに?)
その時だ。
足元の影が、一瞬で消えた。
いや、消えたんじゃない。
呪力に練り込まれるように同化し、一滴も漏らさず、俺の内側へ逆流してきた。
――ガコンッ!!
頭上の虚空で、何かが無理やり噛み合うような硬質な音が響いた。
(……え?)
一瞬、思考が止まる。
空耳じゃない。音は脳の芯に直接響いた。
何かが一目盛り分だけ回転したような。
(今の、音……まさか)
身体が震えた。
知っている。忘れるわけがない。
あの日、死を覚悟した5分間。影の深淵から呼び出した時に聞いた……。
八握剣異戒神将魔虚羅。
……いや、ありえない、はずだ。
十種影法術はあの時、確かに壊れた。
影も式神たちも、もう俺の問いかけに応えない。
あいつが、今さら出てくるはずがないんだ。
否定するように、奥歯を噛み締める。
だが、理解が追いつくより早く、身体が書き換えられていく。
同化した影が、焼けた腕を強引に補い再生させていく。
(魔虚羅のはずがない。……だが、じゃあこれは「何」なんだ)
その濁流の中で、強制的に「理解」させられた。
内側にあるのは、震えるような空腹と執着。
この「何か」にとって、俺の肉体はただの器ではない。
守るべき揺り籠そのものだ。
壊されることを、絶対に許さない。
人間の形が、内側から歪む。
振り下ろされた呪霊の拳を、俺は変質した右腕で正面から受け止めた。
激突。
空気が圧縮され、衝撃が爆ぜる。
だが、俺の腕は一ミリも下がらない。
それどころか、接触した箇所から呪力が、呪霊の肉体を喰い始めていた。
(いける……今なら、打ち合える!)
呪力を纏った拳を叩き込む。
一発。二発。
一撃ごとに火口全体が軋み、鈍い破砕音が響く。
食い合いを制し、存在そのものを喰いちぎり、自分の中へ流し込む。
(……いや、俺がやっているのか?)
拳を振るうたび、違和感が膨らむ。
今起きてるこれは、単なる身体強化なんてものじゃない。
目の前の『零落産土』を殺す――その一点に対して、俺の骨格、筋肉のバネ、呪力循環のすべてが「再定義」され、強制的な「最適化」が繰り返されていく。
一動作ごとに、俺の動きから「対・零落産土」において不要な迷いや揺らぎが削ぎ落とされていく。
人間としての形を保ったまま、この呪霊に対してのみ異様な精度で噛み合う機構へと研ぎ澄まされ、静謐ですらある暴威へと変わっていった。
(認めろ。これはもう、俺の技術じゃない)
内側で回った「何か」が、俺を勝手に完成させていく。
今はそれだけわかっていればいい。
火口の外縁。
いつの間にか立っていた鹿紫雲が、低く呟いた。
「……いいじゃねえか」
その声は、煤煙を裂いて届く。
評価でも警告でもない。ただの事実確認。
その瞳には、明確な期待が宿っていた。
未完成だ、と告げている。
早く完成しろ。と
(……なら、最後まで見届けてろよ)
そう思った瞬間だった。
呪霊の動きが、止まった。
一瞬の静止。だが次の刹那、周囲の空間が内側へ「閉じた」。
ボコッ、と。
火の鳴る音ではない。もっと重く、粘度の高い何かが、内臓を煮立てるような音。
視界の端から、世界が赤黒く塗り潰されていく。
(……マジか)
呪霊の口が、ゆっくりと開いた。
「――――」
言葉ではない。だが意味だけが、直接叩き込まれる。
術式の起動。
そして、
領域展開――『劫火胎内・無間大釜(ごうかたいない・むげんおおがま)』
瞬間、世界が確定する。
逃げ場はない。
上下も、奥行きも曖昧な巨大な「釜」の内側。
空気は焼かれているのではない。“焼かれている途中の状態”で固定されている。肺に入れた瞬間、内側から煮え立つ。
理解は、遅れなかった。
次の一撃で、それは証明される。
俺の拳が、呪霊の肩を捉える。
黒い影が喰い込み、焼けた岩肌を削り取る。
――その瞬間。
右腕に、異物感。
「……ッ!?」
皮膚が、軋む。
腕の表面が、音を立てて炭化していく。
ひび割れた石のように、色が変わる。
熱ではない。
燃えているわけでもない。
“焼かれた結果”だけが、強制的に刻まれている。
(……ダメージの転嫁)
「クソが」
単純で、最悪のルール。
――笑いが込み上げた。
踏み込む。
もう一度、殴る。
今度は意図的に、深く。
影を噛ませ、肉をごっそりと抉り取る。
同時に、左肩が炭に変わる。
メリメリと音を立てて関節が固まる。
動けば壊れ、壊せば固まる。
削り合いそのものが成立しない。
詰みの盤面。
だが、身体の内側で“あれ”が動いた。
空腹。
執着。
赤子のような何か。
――ガコン
上書きが始まる。
炭化したはずの腕に走る亀裂。だがそれは破壊ではなく、剥離だった。
“炭化していなかった状態”へ、強制的に巻き戻されていく。
(治癒じゃねえ、修復でもねえ)
理解する。
これは最初からそうでなかったことにする「最適化」。
対・零落産土。
そのためだけに、俺の状態が「再定義」される。
「ハハ……ッ!」
笑いながら踏み込む。躊躇はない。
拳を叩き込み、影を喰わせ、呪力ごと引き剥がす。
炭化が走る。そして、消える。
成立しかけた因果ごと、俺の影が食い潰していく。
(……認めるしかない。こいつは、魔虚羅だ)
俺が「便利だ」と思って使っていた呪力の変質も、特性も。
全部、こいつが自分を形作るために、外側から栄養を効率よく摂取するための「機能」に過ぎなかったんだ。
呪霊の動きが、わずかに鈍った。
領域の「絶対」が、通じていない。
「どうしたよ」
吐き捨てる。
「その釜、穴でも空いてんじゃねえのか?」
呪霊の全身が軋み、肉体がさらに熱を増した。空間が歪む。領域の出力を、限界まで引き上げようとしている。
なら、こっちも上げるだけだ。
殴る。
喰う。
削る。
もう駆け引きはない。
領域のルールも、関係ない。
成立する前に、全部奪う。
(足りねえ)
もっと寄越せ。もっと喰わせろ。もっと――
その瞬間。呪霊の核が、露出した。
焼けた肉の奥。歪んだ空間の中心。
(――そこだ)
踏み込む。腕ごと突き刺し、影をねじ込む。
喰らうのではなく、内側からすべてを奪う。
ゴリ、と。
何かが、砕けた。
同時に。領域が、悲鳴を上げて軋んだ。
軋みは、止まらない。
釜の内壁が、ひび割れる。
いや――“喰われた跡”が広がっている。
領域が、内側から欠落し、抜け落ちていっている。
呪霊の核に差し込んだ腕。そこから流れ込んでくるのは、熱でも呪力でもない。もっと濃く、重い“意味の塊”みたいなものだ。
(こいつ……このまま――)
選択肢はない。
引き抜かない。離さない。そのまま、掴む。
喰う。
ゴリ、ゴリ、と。
脳を噛み砕くような感覚が、腕の奥から伝わってくる。
呪霊が、初めて揺らいだ。
抵抗ではない。拒絶でもない。“持っていかれている”側の絶望。
空間が歪む。釜が、維持できない。
領域という“形”を保てなくなった呪力が、濁流となって逆流し始める。
だが。
(逃がすかよ)
影が広がる。外に漏れようとするすべてを、内側へ引き戻す。
呪霊も、領域も、その核も。全部まとめて。
俺の中へ。
「――――ッ!!」
声にならない何かが、弾けた。
次の瞬間、領域が割れた。
赤黒い空間が一気に剥がれ落ちる。焼けた空気も、歪んだ距離も、釜の内側も。すべてを連れ去って、消える。
残ったのは、元の火口と――俺だけだった。
「……はぁ」
息を吐く。肺に入る空気は、もう焼けていない。
だが、妙に軽い。軽すぎる。
(……減ったな)
見下ろす、自分の腕。
さっきまで砕け、石になりかけていたはずのそれは、最初から何もなかったかのように元の形をしていた。
傷も、熱も、残っていない。
代わりに、腹の奥。もっと深いところで、満たされた何かが静かに蠢いている。
(……食った、のか)
実感は遅れて来た。倒したんじゃない。祓ったわけでもない。
取り込んだ。あの領域ごと。あの呪霊ごと。
「ははは、……すげえな」
思わず笑いが漏れる。
その時だった。火口の外縁、煤煙の向こうに立つ影。
「……」
鹿紫雲だ。
何も言わない。ただ、値踏みするように、確かめるように俺を見ている。
そして――次を期待するように、口元をわずかに歪めた。
煤煙の向こう、鹿紫雲の口元が吊り上がっている。
俺の内側にある「異物」を嗅ぎ取っている。
ただ勝ったことじゃなく、その勝ち方の異常さを、あいつは「面白い」と肯定してやがる。
改めて考えてみる。十種影法術は壊れた。魔虚羅との縁も、調伏の儀も、あの日すべて灰燼に帰して無効化された――はずだった。
十種影法術がまだ機能していた頃、俺は式神たちに意志を持たせて、自律して動くように術式を解釈し設定した。
俺の命令がなくても、あいつらが自分で考えて活動する仕組み。
――もしかしたら。
(調伏していない魔虚羅にまで、その設定が適応されてたのか?)
本来、未調伏の式神は儀式の時だけに呼び出される外部の存在だ。だが、あいつは影の底に沈んでいた間も俺のシステムの一部として、「主人の制御を離れて生き延びる」というルールを強制的に上書きされ続けていたんじゃないのか。
あの日、十種影法術という家が壊れた時、行き場をなくした魔虚羅は消えることを選ばなかった。いや、俺が与えた自律の縛りのせいで、消えることができなかったんだとしたら。
拠点を失ったあいつは、消滅という事象にすら適応し、俺の肉体を新しい居場所として選んで居座り続けていたことになる。
(……だとすると、今俺の体で起きてるこの変化は)
呪力特性の変化、格闘技術の向上の速さ、致命傷を負っても死なずに済んでいるのも。
あれは俺が磨いた実力じゃなかった。魔虚羅が、自分を維持するために俺の肉体を勝手に最適化させてきた結果なんだ。
不思議と嫌悪感はない。いやもちろん食い破られるかもという怖さが、ないわけではないけど。
いや、出どころがどうあれ、今この肉体で発揮してるのは俺の力だ。術式だって才能の内なら、こいつも俺の才能の一部と言っていいだろう。
……となると新しい疑問が湧いてくる。十種のルール通りなら、白、黒ら式神たちの力は魔虚羅に引き継がれたはずだ。
もし自律の縛りまで継承されているんだとしたら。あの日破壊された式神たちは、魔虚羅の中で、今も消えずに意志を残してるんじゃないのか?
……だが、だとしたらなぜ俺の命令に答えない。なぜかつてのように姿を現さず、俺の肉体を勝手にいじくり回すような真似をしているのか。
――合っているかはわからない。だから理屈を捻り出してみる。
あの日の「十種影法術」の崩壊は、単なる破損じゃなかった。
幻獣琥珀という絶大な負荷を受けて、術式そのものが一度完全に「死んで」、そこから無理やり再構成された。
かつて俺と信頼を築いた式神たちの人格も、魔虚羅というシステムも、すべてが一度リセットされて混ざり合い、真っさらな状態で生まれ変わってしまったとしたら。
今のこの「魔虚羅」は、以前の魔虚羅そのものじゃない。
生まれてからまだ、2歳と6ヶ月。
善悪も、言葉も、主従も分からない。ただ俺が与えた「自律して俺を助けろ」という本能だけを握りしめて、加減も知らずに俺を生かそうし続けてきた「赤子」みたいなもんじゃないのか?
納得がいった。こいつは俺を食おうとしている敵じゃない。ただ、主人の扱い方を知らないだけのデカすぎる力だ。
……いや、違うな。合っているかどうかじゃない。
俺が今、そう決めた――。
あの日死んだ術式は、魔虚羅を核に、式神たちの意志を積み込んだまま「赤子」として再誕した。
それが、今日この瞬間からの、俺の術式の「仕様」だ。
不確定な現象に「赤子」という定義を与える。
そう思い込むことで、霧のようだった内側の違和感に、はっきりとした実体と輪郭が宿る。
制御不能の何かじゃない。教育が必要な、まだ未完成なだけの「赤子」だ。
だったら、やることは一つだ。
こいつを「調伏」なんていう、今までのルールで縛り直すんじゃない。
この「赤子」を躾け、中に溶け込んでいるあいつらを呼び覚まし――俺の意志で、この術式を「再構築」してやる。
だが、それには今の洗練されすぎた呪術の理屈じゃ足りない。原作という教科書にあった「十種影法術」の正解は、あの日消え去ったんだ。
今の俺の術式は、誰かが整備した舗装道路じゃない。道なき道だ。
「術式の解釈」は、あくまで完成されたシステムを効率よく使うための座学に過ぎない。今の俺に必要なのは、システムが組み上がる前の、もっとドロドロとした「呪いの原液」に触れることだ。
……ふと思い出す。
かつて資料の端に見つけた、北方の古い伝承。中央の術師たちがと切り捨てた、自然や道具に意志を見出す原始的なアニミズム。
それは俺が式神に施した自律という概念の、さらに先にある生きた呪術の形なんじゃないのか。
「赤子」と対話するには、言葉以前の、もっと根源的な呪力にこの身を浸して同調させるしかないのかもしれない。
なら、原作でも語られなかった天元の結界の外側に行く。
蝦夷……あそこには原始的な呪いの形が残っているはずだ。
火口は、静まり返っていた。
さっきまであれほど濃く止まっていた澱は、目に見えて引いている。
完全に消えたわけじゃない。だが、暴発寸前かのような様相はすっかり落ち着いていた。
外縁に待機していた術師たちが、おそるおそる近づいてくるのが分かった。
「霧が晴れたみたいだ」
一人が地面に手を当て、信じられないといった風に声を漏らす。
「さっきまでの圧がない。呪霊も……出てこない」
周囲を見回す彼らの戸惑いは正しかった。
裂け目も澱みも、まだ残ってはいる。
だが――“中身が抜けている”のだ。
「祓われた……のか?」
「いや、違う」
別の術師が首を振る。その視線は、一点に釘付けになっていた。
「消えたんじゃない。減ってるんだ。……ごっそり、どこかへ持っていかれたみたいに」
その視線の先。
火口の真ん中で、俺はただ立っていた。
「……影久殿」
考え込んでいた俺は少し遅れて振り返る。
「ああ、終わったよ」
近づいてくる術師たちの足が、一斉に止まる。
理由は分かる。
俺の中にある「呪力」が、以前のそれとは決定的に違っているのがわかったのだろう。
さっきまで火口を支配していた、あの『零落産土』も含めた澱みが、俺の肉体の内側に、あまりにも静かに収まっていた。
「……あんた、何をした」
一人が、震える声で問いかけてくる。
「あの澱から生まれた呪霊を潰した」
だが、誰もそのまま受け取ることはできなかったらしい。
「潰した、で済む話では……」
「……食ったのか?」
誰かが、喉の奥から絞り出すように言った。
俺は肩をすくめた。
「まあ、……正確には、潰しながら取り込んだ、だな。今までの削りあいの延長で」
あっさりと認めた俺に、深い沈黙が返ってくる。
火口の呪いを、特級を、丸ごと取り込んだ。
「……体は、平気なんですか」
「今んとこは。いやむしろ少し調子がいいくらいかも」
肩を回してみるが、違和感などもない。むしろ先ほどより軽い。
俺の中で、あの「赤子」が静かに息をしている。今は妙に馴染んでいた。
「とりあえず、なんとかなったんじゃないか?」
「なんとかなった?」
「この辺に溜まってた澱のこと。二年前、ここに来た時に言ったやつだよ」
火口の中心を見る。
「大分抜けたし、しばらくは大丈夫だろ」
術師たちは顔を見合わせ、言葉を失っていた。
確かに結果は目の前にある。火口は、今までで一番静かだった。
「そうか……終わった、のか」
誰かが呟く。
俺がくる前よりずっと、長い間抑え続けてきた場所。
きっと彼らには色々と感じるものもあるのだろう。
「このあと、どうするんです」
「北に行こうと思ってる」
「北?」
「ああ。きっとまだあると思うからさ。似たようなのが」
一度、腹の奥に意識を向ける。
「それに」
足元の地面を軽く叩く。
「これと、ちゃんと向き合える場所が、あっちにある気がする」
それを聞いた何人かの表情が強張った。
この時代の術師なら、誰もがその場所を思い浮かべる。
「……蝦夷、か」
俺は否定しなかった。
「多分な、行ってみないとわからんけど」
俺はそのまま歩き出した。
火口の外へ。背後で立ち尽くす術師たちに片手を上げる。
「二年間、世話になった」
「こちらこそ」
見送られながら、火口の外縁まで辿り着いたところで、足音が近づいてくる。
迷いのない、地を削るような足取り。
低く、愉悦を孕んだ声が響く。
鹿紫雲だ、堂々と俺の横に並び立った。
「ちゃんと取り込んだか」
「……じゃなかったら死んでたかもな、余裕もなかったし」
横目で見ると、あいつの口元がわずかに歪んでいる。
俺の内側にある「異物」の正体を、あいつなりに面白がっているのだろう。
「北に行くぜ。眠ってるあいつらを、呼び覚ましてやるために」
俺がそう言うと、鹿紫雲はすぐに答えなかった。
「北、ね。いいんじゃねえか」
その笑みはいつもより少しだけ、醒めているような気がした。
俺の中の「赤子」を躾け、そこに取り込まれたはずの「あいつら」をもう一度この手に取り戻すための旅。
あの日、壊れてしまった自分の物語に、今度こそ自分だけのやり方でケリをつける。
そのために、俺たちは阿蘇の火口を後にした。
AI君が好きな言葉がいくつかあるんですよね、できるだけ減らすようにするんですけどなかなか難しい。