戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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天元の結界についての独自考察設定入ります。

すみません、三十一話一回上げたんですが、よく考えたら、なくてもいい上にテンポ悪くなるので消しました。これが三十一話です。


第三十一話 別れ、蝦夷へ

蝦夷に渡る前夜の手合わせ。

 

最短距離で伸びてくる拳。それを紙一重でかわした直後、視界の外から強烈な回し蹴りが飛んでくる。

変幻自在の刺突、払い、肘打ち。

それを避け、捌き、迎撃する。

 

打撃に触れる度、パチリと激しい放電が皮膚を焼く。触れるだけで肉を焼き、神経を麻痺させるその衝撃を、呪力特性で無理やり奪い取っていく。

 

すべてを吸収しきれるわけじゃない。肌を焦がす熱痛と、痺れるような衝撃は確かに残る。だが、その一部を強制的に奪い、内なる子供へと放り込む。子供はその雷の熱を貪り、俺を強化して、一段上の電気耐性を持つ肉体へと作り変え始める。

 

「……ッ!」

 

踏み込みの衝撃で河原の石が砕け散る。

鹿紫雲が放った、脳天を貫くような鋭い手刀。それを首を傾けてかわすと同時に、空いた懐へ左が潜り込んだ。

 

打撃を流すたびに、そのリズムが、筋肉の収縮が、まるで既視感のように脳へ直接流れ込んでくる。

 

適応。

 

これまで何度も繰り返されてきた攻防の中で、鹿紫雲一という術師を少しずつ学んできた。

 

あいつが右を引けば、次はどこを狙ってくるか。予備動作を捉えるより早く、体が最適解を導き出し、先回りして動きを潰す。

 

加速する攻防。

鹿紫雲の目が驚きに細まるのが分かった。

吸収した呪力と適応し始めた肉体が、かつてない精度で正拳を繰り出す。ガードの上から、鹿紫雲の巨体を数歩押し下げた。

 

「……ッ、ハハハ! ここまで来やがったか、影久!」

 

鹿紫雲が愉悦に満ちた声を上げる。

その瞳から教育者の色が完全に消えた。

 

全身から溢れ出す呪力が、物理的な放電となって周囲の空間を焼き始める。これまでの比ではない、大気を震わせる高電圧。そして加速!

 

速い!

 

「耐えてみせろよ!」

 

直後、視界が白く染まるほどの超高速連撃。

ガードを固めた腕から、肉が焼ける臭いが漂う。

内なる子供が狂ったようにその熱を啜り、神経をさらに加速させる。

 

(来い……!)

 

あいつの右拳が、稲妻を纏って顎を狙ってくる。

それを紙一重のバックステップでかわすと同時に、鹿紫雲の動きを予測ではなく既知のものとして捉えた。幾度となく繰り返してきたこの男との手合わせ。その集大成が、今、右拳に宿る。

 

鹿紫雲が次の追撃に移るコンマ数秒の隙。

あえて一歩前に踏み込み、零距離でその懐へ滑り込んだ。

あいつの顔が、驚愕に近い歓喜に歪む。

 

右拳が、鹿紫雲の頬を掠める。

「……ッ」

 

少し遅れて、鹿紫雲の膝が腹に突き刺さった。

「……カハッ」

 

夜が明ける直前、鹿紫雲の頬をわずかに掠めて血を散らせたところで、あいつは不意に構えを解いた。

 

「……合格だ」

 

肩で息をしながら、鹿紫雲が頬の血を拭う。

その瞳には、四年近く前の約束を果たしたという、清々しいまでの満足の光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「影久。俺が同道するのは、ここまでだ」

 

波の音に混じって届いたその声に、驚きはなかった。

桟橋へと続く石畳の上、数歩後ろで足を止めた鹿紫雲一を振り返る。

 

「そうか」

 

昨夜の手合わせでなんとなくこうなる気がしていた。

あれが、俺たちにとってのこの旅の答え合わせだった。

 

「ありがとな」

 

俺の言葉に、あいつは振り返らなかった。

 

「……じゃあな、なかなか楽しめたぜ」

 

「……またいつか会おう、鹿紫雲」

 

鹿紫雲はそれだけ言うと背を向け、返事も待たずに去っていった。

 

一人、潮騒の響く桟橋に立ちその背を見送った。

 

「……行くか!」

 

朱印状を握りしめ、北へ向かう船へと歩き出した。

 

 

 

 

 

十二月、津軽から蝦夷に渡った時は、こちらは既に深い冬の只中だった。

吹き荒れる猛吹雪は足を奪い、集落も少なく、補給もままならない。

おかげでだいぶ時間をかけての行軍となったわけだが、そのゆっくりとした歩みこそが、天元の結界の外、というものを知る時間を与えてくれた。

 

まず肌で感じたのは、この地の空気が驚くほど透き通っていることだ。

本州の空気には、濃い薄いの差はあれ常に呪力の澱みがあった。だが、ここは刺すように冷たいだけで、不浄な重さがない。

 

何より驚いたのは、道中で一度も「呪霊」に出会わなかったことだ。

本州ではあたりまえだった、人の負の感情が形を成した化け物たちが、この地には影も形もない。

 

奈良から続く巨大な結界。それが届かないこの蝦夷では、人間は剥き出しの自然――人の念や呪いではない、もっと巨大な力の流れの中に放り出されているのだ。

 

「北海道は慣らしが済んでいる」という羂索の言葉の意味が、わかってきた。

天元に守られ、明確に術師と非術師にわかれてきた本州とは違い、この地の人々は最初から、巨大な気配の一部として生きてきた。

立ち寄る先々で触れるアイヌの人々の信仰、万物に宿る精神「ラマッ」や「カムイ」という概念。彼らは、本州の人間が結界の中で失ってしまった、自然な呪力との折り合いを、呼吸するように保ち続けている。

 

ところで、十種影法術の式神たちには魂があったのだろうか?

もし自律によって自我が生まれたのなら、それは魂があったと言っていいのではないか。

 

そんな思考を巡らせながら歩く。蝦夷の地の深くへを進むたびに、足元の影、そしてその中の子供が困惑しながらもどこか楽しげに、自由を謳歌しているような気がした。

それは、十種影法術という定義すら自分を縛る枷だったと言わんばかりで。

 

影から式神を呼び出すという手順も、今思えば結界内で扱いやすくパッケージングされていた結果に過ぎないのかもしれない。

最初からこの自由を与えられていたなら、俺は果たしてここまで来れていただろうか。

 

……いや無理だったろうな。

 

あるいは、前世の記憶――原作の十種影法術という知識に引っ張られていたおかげだった、という側面もあるかもしれない。

そう考えると、影を多重の層として定義して運用していた手法は、本来の十種の使い方としてはかなり外れていたのかもしれない。

 

(……自分で、定義し直すんだ)

 

この術式を、俺自身の力として。

平取の集落が視界に入ってきた頃、自分の術師としての感覚が、この二ヶ月で決定的に変質してきていることを確信していた。

 

ビラトリのコタンが見えてきたのは、そんな思考がようやく一つの形を成そうとしていた時だった。

 

だが、どうにも様子がおかしい。

遠目にも村全体が殺気立っているのがわかる。

 

「……ッ」

 

反射的に地を蹴っていた。

村の入り口、男たちが槍を構えるその先へ突っ込む。

 

男たちが対峙していたのは、体躯から黒い陽炎のような呪力を立ち昇らせるヒグマだった。

 

呪力を乗せた蹴りを、無防備な横腹に叩き込む。

鈍い衝撃音と共に、木々を薙ぎ倒しながら五メートル近い質量が数十メートル横へ弾け飛ぶ。

 

(うお!おっもてぇ!……何トンあるんだこいつ!?)

 

「おい! クマは神(カムイ)だと聞いたが、こいつはやっちまっても構わないか!」

 

一瞬の静寂。男たちの一人が、驚愕に目を見開きながら声を絞り出した。

 

「構わん! それはもう穴に置き去りにされた悪い神(ウェンカムイ)だ! いま対処できる者を呼びに走らせてはいるが、正直、我々だけではもう持ち堪えられんと思っていたところだ……助力は助かる!」

 

なるほどこれがウェンカムイ。道中の村々で耳にしていたその言葉が、目の前の光景と重なる。

本来あるべき巡りから外れ、人を喰い、穢れを溜め込んでしまった悪い神。

 

「了解だ!」

 

立ち上がり、じりじりと距離を詰めてくるヒグマを視界の端に捉えながら告げた。

 

「こいつは俺が引き受ける。あんたらは手出しは無用だ、離れて見ていてくれ」

 

「だが!……ッ、わかった! 邪魔はさせん、皆、下がるぞ!」

 

男たちが戸惑いながらも道を開けた。

 

「それじゃあ、遠慮なくやらせてもらうぜ!」

 

突っ込んでくる巨躯を、真正面から迎え撃つ。

振り下ろされる巨爪を呪力で強化した腕で受け、掌をその肉体に密着させた。

 

(いいぜ、食え……!)

 

接触面から、ヒグマが纏う呪力が腕を通って内側へと吸い込まれていく。

腹の底で子供が歓喜し、跳ねた。

 

呪力の徴収。

 

だが、ヒグマの出力はなおも上がり続けていた。まるで肉体が破裂するかのように膨れ上がっていく。

 

(おいおいおい、マジか!?)

 

今までの吸収効率じゃ、とてもじゃないが追いつかない。

吸収し始めて始めてわかる。自然が持つ暴力的な力。それに加えて、こいつがこれまでに喰らってきた人間の、無念や恐怖が混じり合った濁った呪力が、幾層にも重なって押し寄せてくる。

 

複数の異質な呪力の奔流。

一つひとつの特性に順序立てて適応させて吸収するこれまでのやり方では、膨大な量と種類の暴力に、対応が間に合わない。

蛇口を全開にしても、ダムの放水は処理できない!

 

(このままじゃ、食いきる前にこっちが弾けるぞ……!)

 

「……チッ、一旦離れる!」

 

無理に吸い尽くそうとするのをやめ、密着していた掌を引き剥がして後ろへ跳んだ。

 

着地と同時に再び地を蹴る。

ヒグマの巨爪を紙一重でかわし、その懐へ。

死角から顎、脇、首筋へと重い打撃を連続で叩き込む。

 

(硬ってぇな……!)

 

手応えは、肉を叩いているというより、巨大なゴムの塊か岩石を打っているのに近い。

本来なら貫通していてもおかしくない威力の拳が、高密度の呪力と、鋼のような筋肉によって表面で拡散されている。

 

だが、それでも構わない。

衝撃そのものは確実にその奥へと浸透しているはずだ。

 

「オラッ!」

 

避けて、打つ。その一瞬の接触のたびに、微量の呪力が流れ込んでくる。

 

その時だった。

 

――ガコンッ。

 

脳内に巨大な歯車が噛み合ったような衝撃が走る。

子供が、この複雑な呪力に対しての最適解を掴み取ったのだ。

 

内側から呪力回路が急速に拡張される。

流れ込んできたエネルギーの奔流が、俺の意志とは無関係に、整流された水のように影へと吸い込まれ始めた。

一気に体の負荷が軽くなり、動きが加速する。

 

(……間に合ってるか? いや、それより先に終わらせる!)

 

適応が完全に終わるのを待つ必要はない。

ここまで出来たら十分だ。

 

一歩踏み込み、最大出力の呪力を込めた左掌を、突進してくるヒグマの顔面へ押し当てた。

 

(……引き抜け!)

 

「吸い取る」のではなく、無理やり「引き剥がす」イメージ。

適応が始まったばかりの回路を逆流させ、眉間の呪力を強引に剥ぎ取ると、そこに一瞬だけ防御の薄い空白が生まれた。

 

そこへ間髪入れず、溜めていた右拳を叩き込む。

 

「……ッ、らぁ!!」

 

本来なら硬い肉質に分散されるはずの衝撃が、呪力の穴を抜けて、ダイレクトに頭蓋へと突き抜けた。

五メートル近い質量が、その一撃に頭を強引に押し下げられ、逃げ場を失った衝撃が全身を駆け抜けた。ヒグマの巨躯は前のめりに地面を抉り、背後から何かに叩きつけられたかのように雪原へと沈み込む。

 

一度だけ激しく痙攣し、死体から漏れ出した呪力の残滓が影に吸い込まれるようにして消えてくと、満足げな子供の気配がしてくる。

呪力を吸い込むことしばし、ようやく掌を離す。

 

すると、五メートルはあったヒグマの巨体が、みるみる萎んでいった。

不自然に隆起してた背中の瘤が低くなり、四肢も、生身の太さに戻ってく。

 

(おいおい、呪力無くなったら小さくなるのかよ。質量はどうなってんだ?)

 

完全に呪力がなくなったヒグマは、それでも十分に巨大な獣には違いない。だけどさっきまで感じてた、禍々しい雰囲気は消え、ただの巨大な肉の塊へと成り果てていた。

 

ふと顔を上げると、周囲の男たちがこちらから距離を取った。

戸惑ってる? ウェンカムイの呪力を吸ったからか。

そりゃそうか、阿蘇でもこんな反応だったよな。

槍を握る手は震えていて、妙に重い沈黙が流れた。

 

その時、コタンの奥から一人の老人が歩いてきた。

男たちが弾かれたように道を開ける。

 

杖を突き、厚手の毛皮を纏った老人は、俺の前で足を止めた。

 

「和人の男よ。まずは礼を言う。私はこのコタンで長(エカシ)を務めている」

 

老人が短く頭を下げると、周囲の男たちもそれに倣った。だが、老人はすぐに顔を上げ、萎みきった死体へ視線を落とす。

 

「山から呼び寄せた者が始末するはずだった。……だが、もうその必要もなさそうだな」

 

老人が村の外、雪深い山道に視線を向けた。そこから、巨大な弓を背負った男が肩で息をしながら駆け寄ってくるのが見える。

男は雪の上の無惨なヒグマの残骸と、俺を交互に見た。

 

「……エカシ、これは……」

 

「間に合わなかったな。この和人が、既に終わらせた」

 

山から来た男は、ヒグマの巨躯を食い入るように見ている。

 

「悪いな。俺なりに片付けさせてもらった」

 

男は反応せず、ただ死んだヒグマの傍らに寄り、信じられないものを見る目で、呪力の残っていない抜け殻を見下ろしている。

 

男は死体の傍らに跪くと、祈るように小声で何かを呟き、それから静かに解体の準備を始めた。

腫れ物に触れるような慎重さと、どこか物悲しさが混じった手つきだ。

 

「……して、お主は何をした」

 

低く、響く声だった。老人は死骸からこちらへと視線を移す。

深く刻まれた皺の奥にある眼光は、驚くほど鋭い。

 

「何をした、とは?」

 

問い返すと、老人は顎でヒグマの死骸を指し示した。

 

「長く生きてきたが、ラマッの穢れすら一切残らぬなど、見たことも聞いたこともない。これから然るべき処置をせねばならぬものが跡形もなく消えておる。お主、ただ仕留めただけではなかろう」

 

「……残穢のことか? 呪力でトドメを刺せば、そうなるのが普通じゃないのか?」

 

その言葉に、老人はわずかに目を見開いた。

 

「普通、だと? 仕留めたとて禍々しさは容易には消えぬ。然るべき儀式をもって荒ぶる魂を抑え込んで、ようやく静まるものだ。それを、お主は一撃で空からにしたというのか」

 

(……待て、今の言葉はどういう意味だ?)

 

エカシの言葉を聞いて、少し考える。本州なら、術師が呪力を込めて殺せば祓除は完了する。だがエカシは、殺した後に儀式をしなければ禍々しさは消えないと言った。

 

考えられる可能性は二つだ。

一つは、この地ではが呪力を使わずに肉体だけを壊しているから、残穢を消し去るために別の工程が必要になるというパターン。

 

だが、もしそうじゃないとしたら。

(天元の結界の外じゃ、呪力を持って攻撃したところで残穢を消しきれないのか?)

 

本州のような呪力同士による中和というシステム自体がここでは機能していない? だとしたら、俺がやったことがどう見えるのか――。

 

「悪い、ちょっと待ってくれ。常識が違いすぎて、少し整理させてほしい」

 

片手を挙げてエカシを制した。情報を繋ぎ合わせようとするが、前提条件が違いすぎて思考がまとまりきらない。

 

そんなこちらの様子を見てか、エカシは鋭かった眼光をわずかに緩めた。

 

「……異邦の者よ。理解が追いつかぬようだな。無理もない、お主が成したのはそれほどまでに常軌を逸した業だ」

 

老人はヒグマの骸から視線を外し、村の奥へと歩き出す。

 

「時間が必要なようだな。立ち話も何だ、まずは家(チセ)へ来い。知恵を貸してやれることもあるだろう」

 

(……渡りに船だ)

 

表面上は平静を装って老人の後に続いたが、内心では冷や汗ものだった。

回路が広がるという適応で、無理やり影の底へと呪力を流し込んだものの、中に放り込んだ複雑多層な呪力自体への適応は、まだ始まってすらいない。これから内なる子供がこれを噛み砕き、本格的な適応が始まれば、身体にかかる負荷は未知数だ。

 

一刻も早く、腰を落ち着けて集中できる場所が欲しかった。

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