戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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作中では現地の言葉や文化が登場しますが、読みやすさを最優先し、アイヌ語独自の固有名詞(ウェンカムイなど)を除き、会話や思考内の地理・概念に関する用語(「本州」など)は現代の一般的な言葉に翻訳・統一して描写していこうかと思います!


第三十二話 術式の再構築

エカシの背を追い、村の奥へと進む。

周囲の家々からは、窓や隙間を通じて、こちらを窺う視線が突き刺さる。

そもそも和人が来ただけで、ある程度警戒するってのに、ウェンカムイへの対処の仕方でより警戒を強めたんだろう。

 

だが、いまはそんなことよりも、だ。

 

一歩歩くごとに、下腹部から奇妙な脈動が伝わってくる。

熱いような、冷たいような、本州では感じられなかった自然そのものの気配が、腹の底でじわじわと膨れ上がっていく。

自然への恐れがベースの呪霊でもこんなことにはならなかった。あれはあくまで呪霊というパッケージングがあったってことなんだろうな。この感じと比べると。

 

花御や漏瑚はどうなんだろう、あれらが相手だとしても問題ないのか、呪霊としてなら問題なくこの子供は食えそうな気がするが。

 

そんなことを考えながら後に続く。一刻も早く、腰を落ち着けて集中できる場所が欲しかった。

 

やがて一軒の大きな家の前で足が止まる。重い木の手戸を開けた。

 

「入れ。中の方が、少しは落ち着いて話もできよう」

 

薄暗い家の中に入ると、中央のいろりで静かに熾火が爆ぜていた。薪の爆ぜる乾いた音と、微かな煙の匂い、そして押し寄せる暖気。

 

エカシは奥の筵の上にどっかりと腰を下ろし、顎で対面の席を勧めた。

 

「そこに座るがいい」

 

勧められた筵に腰を下ろし、一言、声をかけた。

 

「……まだ名乗っていなかったな。俺は影久という」

 

エカシは「カゲヒサ、か。うむ」とその響きを確かめるように小さく呟くと、再びこちらに視線を向けた。

 

「……お主の体、内側が随分と忙しいことになっているな」

 

「……見て分かるのか」

 

問いかけると、エカシは小さく、だが深く首を振った。

 

「目に見えるわけではない。だが、ウェンカムイに宿っていた力が、お主の内側にあるのを感じる」

 

そう言って、いろりの上の鉄瓶を見つめた。

 

「あのウェンカムイが小さく萎んだのは、お主がその力を根こそぎ奪い去ったからではないのか?」

 

「俺の呪力の特性で、相手の力を吸収するというのがある。それに関係するんだが、さっきのあんたの言葉との認識のすり合わせを行いたい、いいか?」

 

俺の言葉に小さく顎を揺らした。拒む理由は無い、ということだろう。

 

「本州じゃ、呪力で殺せば、それで中和されて消えて終わりだ。後始末のために別の工程が必要になるなんて、考えたこともなかった。なのにあんたは、儀式をしなければ禍々しさは消えないと言った」

 

「……やはり、南の術師の理は歪んでいるな。殺したとて、その身に宿った自然の荒ぶる力は、そう簡単には消えぬ。だからこそ我らは儀式をもってあるべき場所へ送り返す。それをただ殺すだけで消し去れるなど、それこそ不自然な、神殺しの理だ」

 

(……やっぱり、そうか)

 

その言葉で、疑惑が確信に変わる。

 

肉体だけを壊したからじゃない。天元の結界の外では、呪力を持って攻撃したところで、本州のような中和・消滅のシステム自体が端から機能していないんだ。

 

「なるほど。そりゃあんたらが警戒するわけだな。本州でさえ、呪霊を吸収したときは周りにドン引きされたからな」

 

消えも還りもしない神の力を、そのまま腹に収めた男。現地の人間から見れば、警戒するなという方が無理な話だ。

 

いろりの中で爆ぜる薪の音だけが、しばらくの間、二人の間に流れる。

エカシが息を吐いた。

 

「その身に神を収めておくなど、人の身で長く保つ道理がない。お主が何を求めてここへ来たのかは知らぬが、それは無関係ではあるまい」

 

眼光が、まっすぐに俺を射抜く。

 

「……まあ、そうだな」

 

俺はあぐらをかいた膝の上で、軽く手を組んだ。

 

「俺がここへ来たのは、本州のしがらみから外れるためだ」

 

本州を覆う天元の結界。あの内側にいる限り、呪術は最初から決められた形にパッケージングされ、そのシステムに従うことしかできない。

 

「俺は、俺自身の術式を、この結界の無い地で定義し直したい。そのためにここへ来た」

 

俺の言葉の重さを値踏みするように、エカシはじっと目を細めた。

 

「定義、だと? ……南の術師の考えることは分からぬな。だが、お主がその力をただ力ずくで従えようとするなら、いずれ内側から食い破られるぞ。お主らの言う『呪い』のように利口ではない。境界のない自然そのものだ」

 

「……だろうな。だからまずは、内側にいる子供のような何かと、会話でもできればと思ってるんだ」

 

言葉を持たず、ただ原初的な脈動だけを伝えてくる異物。

 

「こいつには言葉が通じない。こういう言葉を持たないモノに言葉を与えたり、対話したりする方法はないか?」

 

「言葉を持たぬ、か。この世のあらゆるものには魂がある。暴れるだけの獣や化け物は、己の魂のあり方を理解しておらん。それと対話を望むなら、お主の口から出る言葉だけでは届かぬぞ」

 

「届かない?」

 

「そうだ。お主の口から出る言葉は届かぬ。ならば、お主の『影』を言葉にするしかないな」

 

「影を言葉……どういうことだ?」

 

「言葉とは名だ。名を持たぬものは、己が何者かも分からず暴れる。まずはその者に、お主が『名』を授けてやるのだ。そして、力ずくでねじ伏せるのをやめ、その影の内に、その者が喜ぶような何かを差し出してやれ。さすれば、その魂もお主の言葉を聞く耳を持つだろう」

 

「名、と……居心地のいい場所、ね」

 

禪院の術師が見たら、間違いなく「魔虚羅」を目指せと言うだろう。

今は天元の結界の外。最初から用意された名前なんてここには無い。

 

影の、その内側の脈動へとそっと問いかけるように意識を向けた。

 

(お前、まだ名前もねえんだろ。だったら、俺がつけてやる)

 

俺とお前の、新しい定義のための名前だ。

とは言ってもだ。やっぱり十種影法術から始まったから、その中心は魔虚羅って感じなんだよな。

だからやっぱりマコラ、と名付けたい。

その上で同じ『マコラ』の響きでも違う意義を乗せたいと思う。

 

魔虚羅の――そのルーツはマホーラガ、大地の豊穣と自然の猛威を司る『巨大な蛇』。だったら、海の向こうからやってきて新たな土地を切り拓き、八つの神宝をもたらしたという渡来の神の理を、その大地の蛇の響きにそのまま重ねちまえばいい。

 

ただの剣じゃない。十の神宝を統べるシステムのとしての名付け。

 

――『魔虚羅・天之日矛(マコラ・アメノヒボコ)』。

 

その名を内側へ、呪力の形にしてぽんと放り込む。

 

(お前は知らないかもしれないが、俺は昔この影でめちゃくちゃ快適な寝床を作ってたんだぜ。影の層を何重にも重ねてさ。戦国時代じゃ考えられないくらい極上のやつだ)

 

今は眠ってしまっているかつての快適なストレージの記憶を呪力に混ぜて、腹の内の魔虚羅へと伝えていく。

 

(お前が暴れてるのは、ちゃんと居場所がねえからだろ。だったら、この影をまたお前にとっても最高に居心地のいい場所に作り直してやる。……その代わり、この影のストレージと、式神たちの復活を、お前も手伝うんだ)

 

呪力に混ぜて流し込んだのは、かつての平穏。俺が俺のために作った快適さのイメージと、生存のための設計図。

 

腹の底の脈動がピタリと止まった。

 

拒絶ではなく、深い納得の沈黙だ。

名前を与えられ、目指すべき最善の形を提示されたことで、混沌としていた式神たちの残骸が、ひとつの明確な意志へと急速に収束していく。

俺が死ねば、自分たちも死ぬ。ならば、この新しい「名」と「器」を受け入れ、主の生存率を最大化させることこそが、彼らにとっても最優先の生存戦略になるはずだ。

 

直後、ドクン、とこれまでで一番力強い拍動が跳ねた。

 

脳裏に、強制終了していた十種影法術のシステムが浮かび上がる。

真っ暗だった影の底に、新しい「統括者」としての核がガチリと定着した感覚。

それが呼び水となり、バラバラになっていた式神たちの気配が、新しい設計図に沿って、嬉々としてその身を再構成し始める。

 

すぐに元通り、とはいかない。だが、焦る必要はなかった。壊れた残骸を一つずつ、新しい理で丁寧に再構築していけばいい。その確かな手応えが、今の俺にはあった。

 

(――応――)

 

言葉にはならない。けれど、腹の中の魔虚羅が、提示した新たな理を大いに歓迎し、自らその役割を引き受けたのが、確かな繋がりとなって伝わってきた。

 

「……なるほど」

 

口元から、自然と笑みが零れていた。

影そのものを新しく鋳直す切欠。

 

十の影の空間と式神を、十種の神宝と式神として再構築する。

 

いや、それだけじゃ足りない。

 

十の式神に『神威(しんい)』のあり方を持たせる。

十の影の空間を、その神威の依り代としての十種神宝として鋳直す。

 

世界に満ちる負に限らないエネルギーそのものを影の内へと取り込み、それを核として式神の肉体を持たせる。

玉犬から、新しく生まれた『魔虚羅・天之日矛』まで、それぞれに意志を持つ十の式神たち。その最高峰たる彼自身が、戦線統括の指揮官として全体を内から束ね上げる。

 

俺が生き残る(限り式神たちも生き残る)という目的のため、魔虚羅・天之日矛が十の神威を宿す式神たちを統率し、戦場に現出させる。

 

……まあ、それはそれとして、だ。

 

大前提として、俺自身の快適な環境を復活させることも外せない最重要任務だ。

寝床が戦国時代のゴツゴツした床のままじゃあ話にならない。

 

極上のマットレスと生活水準を上げるための影空間。居心地のいい家があってこそ、俺も、式神たちも100%のパフォーマンスを発揮できるってものだろう。

 

わざわざ天元の結界の外まで這い出てきた甲斐があるというものだ。

 

とはいえ、まずは何から手をつけるべきか。

 

一番の課題は、魔虚羅・天之日矛の内に溶けて一つになってしまっている式神たちを、どうやって個々の意志を持った形に切り離し、復活させるかだ。

 

俺はゆっくりと目を開け、正面のエカシへと向き直った。

 

「色々と教えてくれて助かった。この地で修練を積みたいんだ。村の迷惑にならない場所に寝床を構えるつもりだが、許可を貰えるか?」

 

エカシは気配の変化を敏感に察したのか、俺の申し出にすぐには答えず、ただじっとこちらを見つめ、それからフッと、満足そうに口元を綻ばせた。

 

「好きにするがいい。お主のことは村の者たちにも伝えておこう」

 

「ありがたい。……それで、さっそく相談なんだが」

 

中にいる存在を意識しながら言葉を続けた。

 

「こいつの中で一つに固まっちまった式神たちを、もう一度バラバラにして引き出してやりたい。これだけの塊から個々の形を切り分けるには、何から手をつければいいと思う?」

 

エカシは少しだけ白眉を動かし、いろりを見つめた。

 

「まずは、お主自身が自然の境界を見極めることだ。山と川、光と影。境界をその身で知れば、内なる塊から何を切り離すべきかも見えてこよう」

 

 




神威を扱いやすくパッケージングしたのが呪力、みたいな。指向性があるかないかくらいしか違いがないんですけども・・・天元の結界がないだけでクソ厄介になっちゃう感じ。
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