戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
「ほいほいほいっと」
最近かなり復活してきた影操作でテンポよく薪を割る。
この地に身を寄せてから、早くも一ヶ月が経とうとしていた。
村の人間たちも、今ではこちらの存在を生活の一部として受け入れつつあり、生活は順調そのものだ。
ところがどっこい、式神たちの復活については遅々として進まないでいた。
膨大な呪力、神威が必要なのもそうなんだが(一気に必要分まで吸い上げるのは俺の呪力回路がきつい)、それとは別に何かもっとこう……劇的なきっかけが必要なのかもしれない。
そんなことを考えていると、森の方から賑やかな笑い声が近づいてきた。
「お待たせ、薪持ってきたよ!」
声の主は、最近やけに魔虚羅を慕っている子供たちだ。その背後には、子供たちに言われるがままに、影を器用に伸ばして山積みの薪を抱え、ひょこひょこと歩調を合わせてくる魔虚羅の姿があった。
「おう、おつかれさん!」
薪を受け取り適当な場所に積み上げると、子供たちは今日の共同食事の準備のために集まっている、大きな家へと駆け戻っていった。
去り際、魔虚羅が子供たちに向かって影を微かに揺らした。こいつなりに見送っているのか。思わず口元が緩んでしまう。
「すっかり打ち解けたな。……ずいぶん楽しそうに見えたぜ」
問いかけに言葉は返ってこない。だが、魔虚羅からは周囲の子供たちと混ざり合うような、穏やかな気配が漂っている。
「ほいっ」
薪を放り投げると、魔虚羅が飛んでくるそれを空中で断ち割り、そのまま流れるような動きで積み上げていく。そうしてすべての薪を割り終えた俺たちは、それをまとめて保管場所へと運ぼうとした。
その時だった。村の中心にある大きな家の方から、子供の悲鳴が響き渡る。
薪を放り投げ、声の方角へと走り出した。
家に駆け込むと、室内はひどく混乱していた。
大釜がひっくり返り、床から湯気が立ち上っている。その中心で、さっきまで笑っていた子供が倒れていた。大人たちが泣き叫ぶ子供を押さえつけ、水を浴びせて冷やそうとしているが、熱湯を吸った衣服はすでに肌へどす黒く焼き付いている。無理に剥がせば皮ごと剥けそうな状態で、周囲もそれ以上は手がつけられず、子供は激痛のあまり白目を剥いて意識を失いかけていた。
俺の後ろから滑り込んだ魔虚羅が、その火傷をじっと見つめる。
しかしピタリと動きを止め、石像のように硬直した。
他人の怪我は治せない。円鹿のいない俺たちでは何もできない。
この命を繋ぎ止める術が何一つない。他人の痛みを前にして、どうすればいいか分からないのか、静かな魔虚羅の沈黙が無力を感じさせる。
一歩近づき、子供の呼吸の浅さと、皮膚の焼けただれ具合を睨みつける。
……もって明日の朝。いや、よく考えろ。子供の体力だぞ、夜が明けるまで保つかどうかも怪しい。
――はぁ〜〜だったらもう、今からやるしかねえよな!円鹿の復活!
ただひたすらに重苦しい沈黙が満ちる室内を突っ切り、家の最奥、エカシが座る炉の前にドカドカと踏み込む。
「エカシ、頼みがある! 東の山に入らせてくれ!」
エカシは深く刻まれた皺の奥にある眼光をゆっくりと動かし、俺の顔を見た。
「それは……」
「本当は、式神は時間をかけて、ゆっくり復活させていくつもりだったんだけどな。あの子と、魔虚羅を見て、そうも言ってられなくなった」
俺はエカシの目を真っ直ぐに見据えたまま、言葉を重ねる。
「俺の術式の中に人を治せる式神がいる。今あの子を救うために、できるだけ早くそいつを復活させたい。そのために山の神威を使いたいんだ」
エカシは俺の言葉をじっと聞いた後、視線を俺の後ろ――子供の枕元でじっと佇んでいる魔虚羅の方へと向けた。
魔虚羅はじっと横たわる子供の顔を覗き込んでいる。その小さな背中が子供を深く心配し、何もできない自分に心を痛めているかのように見えた。
「……ヘカチ・カムイも、それを望んでいるか」
エカシは静かに瞑目し、深く息を吐き出した。再び目を開いたとき、その眼光には確かな決意が宿っていた。
「分かった。東の山に入ることを許そう。ただし、そのまま入れば山に拒絶される。これより、麓で神への許しを請うカムイノミを行う。出発は夜となろう。腕利きの案内をつけよう」
「わかった、それと頼みがある。あの子も一緒に連れていきたい」
エカシが、驚きに眉を動かした。
山に行って、戻ってきてから治す。そんな悠長なことをしていたら、往復の間に子供の体力が絶対に保たない。夜明け前に山頂で円鹿を引っ張り出しそして……。
「山の上で直接治す。絶対に守り通すから、連れて行かせてくれ」
エカシの号令のもと、緊急のカムイノミが始まった。
厳かに時間をかけるはずの儀式だが、恐るべき手際で火の神と山の神へ最短の祈りを捧げていく。
俺はその傍らで、魔虚羅の背に細心の注意を払って瀕死の子供を括りつけていた。
子供の重みが加わった瞬間、魔虚羅の頭上の法陣がガタァンと重く回転する。
おいおい子供を背負うことへの適応かこれ?
本気なんだな!魔虚羅!
「終わった、行け!」
エカシの鋭い声とともに、あのウェンカムイの始末を請け負うはずだった腕利きの猟師と共に夜の闇へと飛び出す。
一瞬だけ振り返り、祈りを捧げる村人たちに魔虚羅の肩に触れながら言った。
「絶対に助ける。――こいつに祈っててくれ」
村を飛び出し、漆黒に染まる東の霊峰へ向かう。
先を行く猟師の足は容赦なく速い。夜の山道は、月明かりが辛うじて届くかどうかの暗闇だ。踏み外せば崖下に真っ逆さまの獣道を駆け上がっていく。
猟師がちらりとこちらを見た。
▫️猟師の男
これはまともな行軍ではない。
先頭を行く俺の速度は、ウェンカムイを追う時と同等かそれ以上だ。膝まで埋まる冬の深雪、踏み外せば命はない。そんな険路だというのに、背後にぴったりと張り付く和人からは、息の乱れすら聞こえてこない。それだけでも十分に化け物じみているが、ちらりと後ろを振り返った俺の肌を真に粟立たせたのは、そのさらに後ろだった。
子供の姿をしたヘカチ・カムイが、瀕死の子供を背負って跳んでいた。
一歩ごとに雪に足が取られ、背の荷を激しく揺さぶるのが冬山の道理だ。だが、あの小さな神の頭の位置は、平地を滑るように移動しぶれない。雪の抵抗など端から存在しないかのように、音もなく追随してくる。
……なるほど、ヘカチ・カムイか。
前方に視線を戻し、俺は獰猛に口元を歪めた。
不気味極まりない。だが、これほど頼もしいこともあるまい。カ
これなら、後ろを気遣って速度を落とす必要は一切ない。むしろ、カムイが背後にいるというのなら、ウェンカムイがこようが返り討ちだ。この無茶苦茶な山行は、俺の中で最も安全なものとなるだろう。
「和人! 速度を上げるぞ、ついてきな!」
――結果から言えば、その予感は正しかった。
俺たちの行く手には何も姿を現さなかった。
気配がないのではない。俺の背後を進むヘカチ・カムイの圧倒的な神威に慄き、巣穴の奥深くで息を殺して怯えていたのだ。
月が天頂に達した真夜中。
遮るもののない、東の霊峰の山頂――聖域へと辿り着いた。
「……着いたぞ」
俺は一歩退いて道を譲る。
ここから先は人間の領域ではない。山そのものの神威が五感を圧してくる。
和人が、ゆっくりと前に進み出た。
▫️禪院影久
魔虚羅が子供を降ろした瞬間、俺の足元の影が、見たこともないほど異常に膨れ上がった。
魔虚羅は吸い上げようとしているのだ。アイヌたちの祈りを、この山の神威を。
「うっ……、お……!」
脳が焼き切れるような、凄まじい過負荷。俺の回路が耐えきれないと察したのか、魔虚羅の動きがピタリと止まった。躊躇うように俺を見つめている。
お前は、この子供を治すために『適応』を始めたい。だが、それには俺の影を通して力を集めるしかない。
余計な気を使いやがって!
「――舐めるな、魔虚羅」
その肩に手を当てる。
「いいぞ、助けたいんだろ! 思いっきりやれ!!」
俺が死なない程度に頼むぜ!
魔虚羅の瞳に宿る躊躇いが消える。
直後、山頂の聖域が鳴動する。
俺という回路を通過して、人々の切なる祈りと、この山を満たす膨大なエネルギーが、暴風となって魔虚羅の小さな身体へとストレートに流れ込み始めた。
「――っはは!」
全身の血管を熱鉄が駆け巡るような感覚。魔虚羅が吸い上げるエネルギーの絶対量が多すぎて、中継地点である俺の呪力回路が焼け焦げそうになる。
だが、魔虚羅はその膨大な神威をただ貪るのではない。破壊され、その内側に統合されていた『円鹿』の残滓――その核へと、集めたすべての光を注ぎ込み、始めた。
一歩後ろでへたり込んでいた猟師の目には、それがこの世の終わりか、あるいは神話の幕開けに見えていた。
道中、獣が畏れを抱き、逃げるどころかただただ息を顰めるだけとなるほどの力を持っていたカムイ。
その背後に、山そのものが揺らぐほどの巨大な影が立ち昇っている。
ただでさえ並外れていた神威が、山そのものを呑み込むように膨れ上がり、その気配がさらに高位の、文字通りこの山を統べる『主』の領域へと急速に跳ね上がっていく。
「……ッ、山の、神を……」
これほどまでの霊威を前にしては、頭を垂れることしか許されない。
魔虚羅の吸い上げが終わるまで、ただ息を呑み、圧倒的な畏怖に震えていた。
周囲の光と熱、そして聖域のエネルギーをすべて吸い尽くしたかのように、力の奔流がピタリと止んだ。
静寂。
しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎない。魔虚羅の身体は、いまや内側から溢れ出す濃密な神威によって、白銀の輪郭を描いて微かに発光している。その胸の奥、かつて破壊された『円鹿』の核が、極限まで圧縮されたエネルギーを受けて爆発寸前の胎動を始める。
――ガコンッ。
魔虚羅がゆっくりと顔を上げ、俺を見つめる。
その眼差しは「準備はできた」と告げていた。
「ふー、ここからが本番だな。魔虚羅、いや魔虚羅・天之日矛!」
魔虚羅の返事が返ってくる。
――『始』。
直後。
反転。逆流。光。熱。
魔虚羅から、俺の影へ、規格外の、濁流が、一気に叩き込まれた。
「――、」
脳。神経。焼。
終わらない。
一瞬が、何時間にも、引き延ばされ。
(……あ、が……ッ!)
激痛の永遠。その中で、俺の影と、同調した、魔虚羅の『適応』が、この過負荷を、ねじ伏せるように回り始めた。
――ガコンッ。
ほんの僅か、脳に思考の隙間が戻る。
(……見えた)
濁流の底。魔虚羅から引き摺り出された、かつて失われた『円鹿』の残滓。
そこに山のエネルギーが絡みつき、新しい命の形を求めて出鱈目にのたうち回っている。
(新しい居場所を作ってやる!)
もう一度、生きる場所を。
(だから――戻ってこい!!)
のたうち回る光を力ずくで包み込み、引き絞り、強引に『鹿』の骨格へと捏ね上げていく。影を母体とした、新しい命の産み直し。
影が、肉が、骨が、急速に組み上がっていく。
純白の毛並み。夜闇を裂く、神々しい二対の角。
(……成った)
刹那、影の底から生命力が爆発した。
過負荷に焼き焦げていた俺の呪力回路へ、今度は清冽な、どこまでも透き通った『正のエネルギー』が、爆流となって逆流してくる。
細胞が、神経が、一瞬で融解し、即座に新生していく感覚。
反転術式。
いや、それを遥かに超越した、生と再生の極致。
どくん、と俺の心臓が一段と高く跳ね狂う。
漆黒の影を割って、現世にその蹄を下ろしたのは、かつての円鹿であって、円鹿ではない。
十種神宝――『死反玉』を宿し、神格へと至った新生の獣。
「おかえり、円鹿」
顕現した獣が、その双眸でこちらを射抜く。
ふわり、と優美な首が傾げられ、濡れた鼻先が俺の頬へと寄せられた。
接触の瞬間、俺の肉体に残っていたすべての疲労と、魂の摩耗が、跡形もなく完全に消滅した。
やっぱすげえよ、円鹿は。
「帰ってきて早速だが、その子を治してくれるか」
円鹿は静かに蹄を鳴らすことで応えた。
ふわり、と白銀の巨体が揺れた。
獣は迷いのない足取りで、横たわる子供の元へと歩み寄る。
子供の枕元に達した円鹿が、静かに頭を寄せた。
神々しい二対の角が、夜闇の中で微かに明滅する。
――吸って、吐く。
優しく息吹を吹きかけた。
刹那、子供の肉体が内側から爆発的に輝いた。
傷が塞がるとか、そういう次元じゃない。融解していた組織が、細胞の一つ一つが、光の速度で組み替わり、一瞬で本来あるべき完璧な状態へと満たされていく。
消えかけていた呼吸が、即座に深く、確かな脈動を取り戻す。
ほんの数秒。
それだけで、死の淵にいたはずの子供の肌に、瑞々しい血色が戻っていく。
(……は?)
あまりの速さに、脳の理解が追いつかない。
なんだこれ。反転術式なんてレベルじゃねえ……めちゃくちゃパワーアップしてやがる。
さらに驚くのは、俺の呪力を全く使っていない。
見れば魔虚羅が、周囲の空間からエネルギーを吸い上げ、俺の影を通じて円鹿へとダイレクトに流し込んでいた。
「一度許可を出したからってこのやろー!勝手にしやがって!『かまわん』けどさあ!」
俺が改めて『許可』を出した瞬間、術式のギアがもう一段階上がる。
そのまま俺の呪力を一切使うことなく、世界から吸い上げた力だけで治療を完遂させたのだった。
物部氏系の十種神宝対応でいかせていただく・・・!