戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
第三十五話 4歳から始める十種影宝術
半年の歳月を費やし、試される大地北海道に聳え立つ、九座の霊山や聖地。俺はそのすべてを巡り歩いた。
各地に満ちる潤沢な神威を取り込み、式神たちを完全に産み直すことにができた。
いやー、やっぱ最初に円鹿を復活させられたのがでかかったな。
それに一度成功したからか魔虚羅の方の慣れたもんというか、最初の円鹿に手間取ってたのが嘘みたいに上手く行った。
とはいえ流石に何も言わずに入山ってわけにもいかず、近くのコタンで許可をとって、ついでになんか困りごと解決して、とやってたらこんだけかかってしまったというわけだ。
そしてついに先日、虎葬の産み直しによって完全な復活を遂げた。
そしてつけた新しい術式の名は十種影宝術、法が宝になっただけ。
名前の方も十種神宝にあやかったというわけ!
ってなわけで完全無欠の式神使いへと復活を遂げた影久様は、新たな拡張術式・嵌合獣『荒覇吐(アラハバキ)』に乗って、利尻島からビラトリへと戻る空の旅の真っ最中である。
ちょっと、自慢をさせて欲しい。
荒覇吐は大蛇+鵺で、龍あるいは竜のような嵌合獣っとなる。今回はそこに追加MODみたいな形で満象と脱兎を加えたのだ。
真珠のような輝きを持つ美しい鱗、蛇と兎を合わせデフォルメされた愛らしい頭部。鵺を何倍にもした力強く巨大な羽。そして何より満象由来の豊満な肉体を持ち、それを覆い尽くさんばかりに膨らんだ、圧倒的なボリュームの白綿雲のような羽毛。
わかりやすく言えば可愛い顔したでっぷりとした西洋のドラゴンが、ふわふわもこもこの羽毛を持っているという感じ。
うむ、我ながら神嵌合獣を作ってしまったな……。
いや嵌合神獣か?しかも加える他の式神によって色々変えられるのもいい。夢が広がるぜ。
今回は乗り心地で脱兎と満象を混ぜてみたのだが、満象の質量操作で周囲の慣性と気圧を固定。脱兎のふわふわ不毛の組み合わせは思った以上に素晴らしい。高高度を超高速飛行中だというのに風すら吹かない。前世の最高級寝台特急もびっくりの快適空間である。
とそんなことを言っている間にビラトリが見えてきた。
広場に人々が集まっている、こりゃ荒覇吐は着陸できないな。
コタンの上空まで達したところで、高度を落とした背から直接地上へと飛び降りた。
「やはりお主だったか、あれはカンナカムイ……ではないのだろうな」
地に立ったところにビラトリのエカシに声をかけられる。
エカシの問いかけに、笑って上空を指差した。
「あれが前言ってた仲間の式神の一種だよ。ようやく全員復活させられてな。本州に戻る前に挨拶に来たんだ。ここには長く世話になったしな」
上空の荒覇吐と、十歳ほどの姿になった魔虚羅を代わる代わる見比べている。
村の子供がつぶやいた。
「ヘカチカムイが大きくなってる……」
「ああ、あちこちのコタンを回ったら成長しだんだよ」
魔虚羅はこの半年で随分と成長していた。
各地のコタンで人間に揉まれながら現世の知性を学習し続けた結果、四歳児から十歳前後の、10人中9人が振り返るような美少年になっていた。
……いや、正確には「この姿が一番人間にウケが良くて都合がいい」と学習した結果、自らこの容姿を構築したらしい。
中身は性別なしの可変仕様のくせに、外面だけあざとい美少年を演じるとは、流石は適応の化身、合理的すぎる。
でもお前本州行ったら呪力持ち以外には認識されないからな、あんまり意味ないぞ!
「……ほんとにカムイだったんだ」
「ま、そんなわけで挨拶も終わったから俺らは行くよ、アプンノ オカ ヤン(さようなら)!」
そう言って、俺は隣の美少年――魔虚羅の首根っこをひょいと掴んだ。
魔虚羅は民たちに向けて、いかにも子供らしい無垢な笑みを浮かべて手を振り返している。中身を知っている身としてはそのあざとさに苦笑するしかないが、コタンの民はすっかり絆されたされたようだ。これ以上、神話の住人のように拝まれる前にずらかるに限る。
軽く地を蹴り「頼む!」と声をかける。質量操作の慣性に従って、上空で待機する荒覇吐の背へと一気に跳び上がった。
白い羽毛に包まれた特等席に着地すると、荒覇吐は音もなくその巨躯を反転させる。見下ろすと、地上のビラやエカシたちが小さくなっていくのが見えた。彼らはまだ呆然とした様子で、こちらを見上げている。
「よし、それじゃあ行くか。本州へ!」
俺の合図とともに、荒覇吐は高度を上げていく。
目指すは、本州、京都へ!
辿り着く前に荒覇吐が萎み出し、津軽に着陸することになった。
地に足を着くと同時に、荒覇吐は限界を迎えたように完全に影へと溶けて消えた。
どうやら天元の結界に入った影響のようだ。
あの規模の嵌合獣は神威を吸いながらじゃないと維持できないってことか?
「天元の結界内だと色々考え直さないといけないな」
はぁ、ため息をこぼしながら、そう独りごちると魔虚羅が反応を返してきた。
——了——
影から玉犬、白が出てくる。白は慣れた様子で魔虚羅の衣服をがぶりと咥え、落ちないようにその背へとのせた。魔虚羅はそのまま白の背の上で動かなくなり、周囲の呪力を吸い上げ始めた。
どうやら何かするらしい、集中するためにわざわざ白が出てくるとは……。
「何かに本気で適応を始める気なんだな。魔虚羅は」
「ワン」と返事を返し白が歩き出す。
俺はその後を遅れないように着いていくのだった。
季節は十月へと入り、出羽の山々を越える頃には早くも肌を刺すような初雪が舞い始めていたが、白の背を追って南下を続け、越後の国へと入っていた。
上杉の領内は治安が良く、関所の通過もスムーズに進む。人目のない山道では白の足を使い、道なき道を進んできた。
白の背の上で目を閉じている魔虚羅は、未だに適応が終わっていない。頭上の法陣はピクリとも動かないままだ。
ただ、ずっと眠っているわけでもないらしく、道中の宿場町で買った団子や干し肉を差し出すと、目を覚まして受け取り、もぐもぐと口を動かしてはまたすぐに目を閉じる、といったマイペースな様子を見せていた。
そんな締まらない道中を経て――『親不知・子不知』に差し掛かった時のことだ。
荒波が激しく打ち付ける険しい崖を前に、足が止まる。
周囲に漂うのは、ただの潮風ではない。波の音の裏に隠れるようにして、ねっとりとしたただならぬ気配が、辺り一帯を覆っている。
こちらが指示を出すよりも早く、足元の影が大きく波打った。
溢れ出た無数の脱兎が崖の斜面を駆け上がり、鵺が海風を裂いて上空へ飛び立ち、大蛇が岩肌を滑るようにして先行していく。
気配を察知した式神たちが、自発的に偵察へと赴いたのだ。
本州の一般人には見えない彼らだからこそ、この険しい地形で遠慮なく先行させられる。
動きを止め、その場に留まって式神たちの反応を待つ。
激しい波音の隙間から、ただの局地戦ではない、大規模な呪力の衝突音が響いてきた。無数の刃が噛み合う金属音と、怒号。崖の向こうで、かなりの大人数が交戦している。
その時、白の背の上でずっと眠っていた魔虚羅が、こちらに状況を伝えてきた。
『——術師、五十——』
『——敵、特級——』
さらにその五十人の内、まともに戦えているのは二十人程度という戦況までが、伝わってきた。
状況は最悪と言ってよかった。足場の悪い海上での船上戦、それも安宅船や関船の上が戦場となれば、まともに動ける術師など限られている。
影に、短く声をかけた。
「蝦蟇、満象、拡張術式・嵌合獣『水徳』」
応じて、足元から這い出た蝦蟇と満象の巨体が瞬時に溶け合い、ひとつに融合していく。
「脱兎」
そこへ、脱兎の本体も滑り込むようにして肉体を構築していく。
現れたのは、でっぷりと丸く膨らんだ、巨大な蛙の群れ。
拡張術式・嵌合獣『水徳・千千』
視線の先は断崖絶壁。その下には、激しく波が打ち付ける荒海が広がっている。
躊躇なく、その崖の縁から真下の海へと飛び降りた。
無数の『水徳・千千』たちを引き連れ、風を切って着水する。冷たい波飛沫が弾ける中、式神たちは波を裂いて泳ぎ進み、自身もまた水面を駆けて崖の向こう側へと一気に回り込んだ。
視界が開けた先には、激しく揺れる船団と、呪霊の姿。
すぐさま『水徳・千千』の一陣が船へと取り付き、一斉に口を開いた。満象の鼻にも匹敵する、太く強靭な舌が弾丸のように飛び出す。船から投げ出されかけた術師、あるいは足場を失って溺れかけていた術師たちを、その屈強な舌で次々と巻き取っていく。
「な、なんだこの化け物は!?」
「うわあああ!?」
驚愕の悲鳴が上がるのも構わず『水徳・千千』は巻き取った術師たちを、次々と力任せに放り投げ始めた。
この親不知に、避難させられるまともな陸地など存在しない。
狙いは比較的原型を留めている大きな安宅船二艘。沈みかけている無数の関船から術師たちを引き剥がし、その二艘の甲板へと強引に放り込んでいった。
文字通りの一本釣りのような救助劇が、荒れ狂う海の上で次々と展開されていく。
うっし、これで人命救助は終わったか。
「おい、あそこを見ろ……!」
「人が、海の上に立って……!?」
満象の力を宿した足裏で水面を弾き、一跳びで安宅船の甲板へと着地する。
左右の海面には、二体の『水徳・千千』が船に付き従うようにして目を光らせている。
驚愕の視線を浴びながら、甲板の術師たちへ視線を向けた。
「俺は禪院家の者でその蛙は式神たちだ。劣勢と見て助太刀に入った」
呆然とする術師たちの中から、血を流した指揮官らしき男が這いずるようにして前に出た。
「禪院!助かる、だが気をつけろ! 奴は平氏落人の怨霊だ!無数の手で海に引きずり込んでくるぞ!」
声を上げた先、二艘の安宅船の周囲では、先ほどまで術師たちが乗っていた無人の関船が、次々と異様な光景とともに沈められていた。
水面からぶつぶつと不気味な泡が湧き上がり、その隙間から、青白くふやけた無数の幼児の手が這い出ている。
小さな手は一本一本が異常な怪力で船べりに群がり、ボコボコになった船体の木材をメリメリと握り潰しては、強引に海中へと引きずり込んでいた。
無人となった船が、ただの木屑へと変えられ、泡の立つ海へと沈んでいく。
敵の正体を聞き届け、その悍ましい呪力の出処――海中へと視線を定めた。
「倒してしまって構わないな?」
言い終えると同時に、影の深淵から『円鹿』の気配を手繰り寄せる。反転術式をぶつければ一瞬。さっさと終わらせるに限る、ご安全に!
しかし、それを上回る速度で、海中から膨れ上がった悍ましい呪力が一気に炸裂した。
世界が塗り変わる。
どす黒い水流と、無数の幼児の泣き声が空間を埋め尽くしていく。特級呪霊が放った、起死回生の『領域展開』。強引に引きずり込まれた結界の内部は、逃げ場のない漆黒の海底だった。
瞬時に呪力を練り上げ、両腕を組み印を結ぶ。
「――『彌虚葛籠』」
俺の足元から球状の呪術障壁が展開され、領域の結界を押し返す。必中効果を無効化する不可侵の領域。同時に、足場を維持するためだけに二体の『水徳・千千』を影から呼び戻し、その平らな背の上に静体した。
彌虚葛籠の内側で安全を確保したその瞬間、胸の奥からせり上がってくる純粋な高揚感を自覚した。
サクッと終わらせる予定は狂った。いや今から円鹿を呼べばすぐ終わるだろう……だが、それはしない。
ようやく「十種影宝術」として完全復活を遂げた己の全力を試す、これ以上ない極上の実験台が目の前にいる。
術師の脳が焼き切れようが、式神の指揮権はすでに『魔虚羅』にある。俺が影を操れなくなっても、魔虚羅が勝手に式神を呼び出し、敵を倒す。それどころか、魔虚羅自身や呼び出された式神が、俺に代わって影を操作することさえ可能なのだ。
この世界の誰も(少なくとも今は)到達していない、無敵のロジック。
(魔虚羅、いざって時の保険を頼む。……それまでは手を出さなくていい)
領域の外にいる最強の式神へそう伝えると、自然と唇の端が上がった。
水徳が作り出す足場の上、彌虚葛籠の守りの中で、押し寄せる呪霊の気配を真っ向から見据える。
一人の術師として、この領域を打ち破る。