戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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第四十話 京の調査

帰還から三日が経った。

 

その日の朝、俺は一人で禪院家の門を出た。景次には警邏に出ると伝えてある。

式神たちは出さず(急に呪力が見えるようになった人間がいると驚く可能性があるので)、身軽な格好で京の街へと踏み出す。

目的は二つ。澱の分布を把握すること、そして呪力だまりを見つけ次第潰していくこと。

 

街はいつも通りの賑わいを見せていた。行き交う人々、物売りの声、漂ってくる飯の匂い。表面だけ見れば何も変わらない。

だが呪力に意識を向けると、話が変わってくる。

街全体の底に、うっすらと澱が沈んでいる。

まるで流れの悪い川底の泥だ。街の地盤そのものに染み込んでいる。

 

(……景次が言っていた通りだな。これは一度や二度の話じゃない)

 

定期的に呪力だまりが発生し、たまっていない時期でもこの澱が残る。四年半前にはこんな状態じゃなかった。

何かが、この街を少しずつ腐らせている。

 

とはいえ、今日のところは全体の地図を作るのが先だ。

足を止めず、ただ歩く。

影を足元から薄く広げる、視認できないくらい細く探知の網を広げた。

街を流れる人の波に混じって北へ、東へと足を向けていく。

 

澱の濃さには、ムラがあった。

賑わいの中心部よりも、人気の薄れた寺社の裏手や、打ち壊されたままの屋敷跡の周辺に、より濃く沈殿している。

景次が言っていた廃墟の話と一致する。

 

(溜まりやすい場所の条件がある、ということか)

 

人が来ない。呪力を持つ者が管理していない。そういう場所に、澱は好んで根を張るようだ。

半刻ほど歩いたところで、俺は足を止めた。

禪院家の管理地、その北の端。崩れかけた土塀の向こうから、澱とは質の違う、固まった呪力の気配がする。

 

(あった。呪力だまりだ)

 

土塀を越えると、雑草の伸びた空き地があった。かつて何かの建物があったらしいが、今は礎石だけが残っている。その中心に、呪力が淀んで固まっていた。

 

影を伸ばし、固まった呪力へと触れさせる。

じわりと、影の底に呪力が流れ込んでくる感覚。

水が低いところへ流れるように、澱んでいた呪力が影を伝って吸い込まれていく。

 

(このくらいなら魔虚羅じゃなくてもいいか)

 

その瞬間、影の中から魔虚羅の白い手がにゅっと伸びた。

呪力だまりの気配を察知して勝手に這い出してきたらしい。

そのまま影の淵に手をかけ、顔を出すと魔虚羅はこちらを一瞥し、一気に吸い上げる。

そうして満足したのか、魔虚羅はそのまま影の底へと戻っていった。

呪力だまりがあった場所には、何も残っていない。

 

「いやあ、まあいいんだけど楽だし」

 

一つ潰したところで、背後から足音が来た。

複数、それも揃った足音だ。

 

「禪院影久殿とお見受けする」

 

振り返ると、白い狩衣を纏った男が二人、少し離れた位置に立っていた。

五条家の術師だ。年嵩の方が俺を真っ直ぐ見据え、口を開く。

 

「禪院家の管理地で呪力だまりの処理を行っているとのこと。我々も京の異変については把握している。協力できることがあれば、と思い参った」

 

言葉は穏やかだが、目の奥に別の色がある。

 

(腹に一物あるな)

 

十年ほど前、五条家の管理地で準一級の呪霊が放置され、禪院の術師(俺と景次だ)に被害が出かけた。

あの件で禪院側に咎められたのを根に持っているのかもしれない。

今度はこちらの管理地で弱みを探そうという腹だろう。

 

「ありがたい申し出ですね」

 

俺も同じくらい穏やかに返す。

その時、男たちの後ろから白髪の小さな影が飛び出してきた。

 

「禪院影久!今日こそ決着をつけてやる!」

 

げげっここに五条遥がくるのかよめんどくせえ。

いきなり臨戦状態、あの時より殺気だってる。三日間、相当根に持っていたらしい。

 

「遥様、ここは我々が」

 

年嵩の術師が制止しようとするが、遥は聞いていない。

思わずため息が出ちゃう。まぁでも、経験値が来たと思えば?

ってわけで「魔虚羅」そう声をかけ、迎撃の態勢に入った。影の底で気配が応じる。

 

遥の初撃が来る。前回と同じく空間ごと引き寄せる動き、だが今回は最初から連続技を想定した入り方だ。

三日で修正してきた。悪くない。

 

だが、俺も前回の動きはもう覚えている。

引き寄せの起点に逆らわず、あえて半分乗りながら体を流す。

引きに乗った分だけ威力を殺して、拳が掠める手前で捌いて流す。

遥が舌打ちして軌道を変える。その切り替えの速さは本物だ。

影の底で、魔虚羅が何かを静かに吸い取っている感触がある。いいぞ、続けろ。

 

「なんで当たらないんだよ!」

 

「当てたいなら、もう少し間合いを考えろ」

 

思わず口から出た。

遥がぴたりと動きを止め、俺を睨む。怒りと、それ以上の何かが混ざった目だ。

 

「……教えてるつもりか」

 

「教えられてると思ってる、ってこと? だとしたら筋がいいな」

 

遥の顔が一段と赤くなった。

 

「ふざけんな!」

 

空気が圧縮される感触。六眼が輝き、空間そのものが収束し始める。

来た。蒼だ。

 

遥の足元へ影を伸ばし。魔虚羅が影の淵から指先だけを出す。

無下限の収束が触れた瞬間、その情報をじわりと吸い上げていく。

前回より解析の速度が上がっている気がした。

 

「遥様、お止めください!」

 

年嵩の術師が青い顔で割って入った。遥と俺の間に体を滑り込ませ、両手を広げる。

 

「……ここは禪院家の管理地です。これ以上は」

 

遥は歯を食いしばったまま、じっと俺を見ていた。

俺は構えを解き、何事もなかったように軽く肩をすくめた。

 

「で、協力の話でしたね」

 

年嵩の術師が深く息を吐いた。遥がまだ何か言いたそうにこちらを睨んでいるが、今度は黙っている。

 

「京の各所で呪力だまりが定期的に発生している。我々も把握しているが、発生の速度に処理が追いついていない」

 

年嵩の術師が改まった声で切り出した。さっきまでの腹の探り合いが嘘のように、声から余計な色が消えている。

 

「禪院家も同様の認識か」

 

「ええ。それに」

 

俺は足元の地面を軽く踏んだ。

 

「街全体に澱が沈んでいる。これは自然に溜まったものじゃないと思っています」

 

男の目が僅かに動いた。同じことを考えていたらしい。

 

「……我々も同じ疑念を持っている。何者かが意図的に仕込んでいる可能性がある、と」

 

「ならその点だけは、情報を共有しましょう」

 

男は少し間を置いてから、頷いた。

その間ずっと、遥は黙って俺を見ていた。睨んでいる、というより、じっと観察している目だ。

 

(こいつ、さっきの魔虚羅の動きに気づいたか?)

 

六眼ならあるいは、と思ったが、遥は何も言わなかった。

さて、どこまで読み取れている?

 

 

その後五条の術師たちと簡単な情報の摺り合わせをした、その別れ際。

 

「……また手合わせしろ」

 

はー、何言ってんだこのクソガキは、勝手が過ぎる。

 

「嫌だ」

 

即答すると、遥の眉がつり上がった。

 

「なんでだよ!」

 

「俺にだって都合がある。いきなり殴りかかってくるような礼儀の知らない子供の相手を、いつでもしてやれるわけじゃないんだよ」

 

「じゃあいつならいいんだよ」

 

「だから、ちゃんと約束を取り付けてから正面からこい。五条家ではそんなことも教えてくれないのか?」

 

遥が口をつぐんだ。怒るかと思ったが、予想に反して少し考えるような顔をしている。

 

「……約束、取り付ければいいのか」

 

「そういうことだ」

 

年嵩の術師が困り顔で遥の袖を引いた。遥はまだ何か言いたそうにしながらも、渋々と踵を返す。

去り際、遥が振り返って俺を見た。さっきとは少し違う目だった。

 

「……覚えとけよ」

 

「ああ、待ってる」

 

五条の一行が遠ざかっていく。その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

 

(さて、夜まで時間がある。もう少し地図を作るか)

 

それから夕刻まで、俺は街を歩き続けた。

探知の網を細く広げながら、澱の濃淡を頭の中に叩き込んでいく。

 

禪院の管理地だけでなく、五条の管理地との境界付近も含めて丁寧に。

日が傾き、空が茜色に染まり始めた頃、俺は一度禪院家に戻った。

 

夕餉を済ませ、景次に今日の情報を簡単に伝える。五条との接触については、余計な火種を作らないよう要点だけ話した。

 

 

 

夜が来た。

景次に夜も回ってくると一言告げて、俺は再び門を出た。夜の京は昼とは別の顔をしている。

人通りが消えると、澱が表に出てくる。昼間は人の呪力に紛れて薄まって見えたそれが、夜になると妙に濃い。

 

そして、動いている。

流れている、と言った方が正確か。

澱が地面を伝うように、特定の方向へ少しずつ寄っていく。

北東の方角が特に濃い。

 

(昼間はこんな動きをしていなかったぞ)

 

夜になると動き出す。

あるいは夜の方が見えやすくなるだけで、昼も動いているのか。一日見ただけでは判断がつかない。もう少し観察が必要だ。

濃く沈殿している場所を二つ潰し、三つ目、そこで妙な気配を感じた。

 

人だ。ただし、様子がおかしい。

廃墟となった家屋に三つの人影がある。呪力が見える。だが、その質が歪だ。術師のそれとも、呪霊のそれとも違う。

 

(なんだ、あれは)

 

足を止め、廃墟の中を探知の網で探る。

三人のうち一人の呪力が、他の二人より明らかに濃い。

そして不安定だ。術師が呪力を練り上げているのとは違う、器から溢れ出すような、制御を失った漏れ方だ。

残りの二人は薄い。薄いが、確かに呪力がある。そしてその二人の様子が、いやまてあれは!?

 

(喰おうとしてる!?)

 

影を廃墟の中へ一気に伸ばした。二人の足元から影を這い上がらせ、廃墟から引き摺り出す。

間に合った、と思った瞬間、二人がずるりと崩れ落ちた。

支えた形になった。二人はすでに意識がない。呼びかけても反応がない。目は開いているが、焦点が合っていない。

 

(廃人……)

 

呪力を持ちきれなかった。器が壊れた。

濃い呪力を持つ一人が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

長五郎餅の店の前で、店主に絡んでいた三人組のうちの一人だ。体の輪郭が、滲んでいた。

 

「……お前、俺を覚えてるか」

 

返事はなかった。

男の目は虚ろで、こちらを見ているのか見ていないのか判断がつかない。

ただ、体から漏れ出す呪力の圧が、じわじわと上がっていた。

 

正確には人間と呼べる状態じゃない。かといって呪霊でもない。

その境界で、男は今にも弾けそうなくらい呪力を溜め込んでいた。

 

(弾けたら呪力が待ち散らかされて、周囲に被害が出る)

 

さっと帳を貼る。

男が動く、遅い、前世でいうところのゾンビみたいな動きだ。

試しに円鹿を呼んだ。

円鹿が鳴いた瞬間、男の体を包んでいた呪力が急速に中和されていく。

呪霊の気配だけがすうっと消えた。

 

後に残ったのは、床に崩れ落ちた男だった。息はある。だが目の焦点は合っていない。廃人二人と同じ状態だ。

 

(呪力を抜いたら、人間の部分だけが残った、か)

 

俺はその場にしゃがみ込み、男がいた場所の床を指先で触れた。澱の残滓が、じわりと指先に伝わってくる。

 

(……非術師が、呪力を持つ)

 

景次から聞いた話が頭の中で反芻される。澱に晒され続けた人間が、ある日突然力を持って現れる。

 

だがこれは、ただ力を持っただけじゃない。

器を超えた呪力が流れ込んで、人間が壊れた。

三人のうち二人は廃人に、一人は呪霊と人間の境界まで変質した。

才能の差がそのまま結果の差になっている。

 

(才能に応じて、変質の速度も限界も違う、か)

 

なんか聞き覚えがあるんだよな、この構図。

なんだったか、うーん。

俺は立ち上がり、帳を解いた。

 

三人をこのまま放置するわけにもいかない。禪院家に連絡を入れて引き取らせるか、あるいは然るべき場所へ運ぶか。

廃墟の床に残る澱の残滓をもう一度見た。

この場所に、これだけの澱が溜まっていた理由がある。

流れてきた澱がここに集まり、三人を変質させた。偶然ではない気がした。

 

(誰かが、意図的にやっている)

 

五条の術師と交わした言葉が、改めて重みを持って響いた。

 

三人の処置を済ませ、帰路につく頃には夜もだいぶ更けていた。

歩きながら、頭の中で今夜見たものを整理する。

 

1、非術師が呪力を持つ。

2、才能に応じて変質の限界が違う。

3、澱の濃い場所に集まった人間が呪力に曝露し変質する。

 

(……待てよ)

 

原作の知識。

死滅回遊。

非術師が術師として覚醒する、覚醒型のプレイヤー。

そして天元と非術師の同化。

 

全部がそのまま繋がるわけじゃないし、時代も状況も違う。

無意転変の有無を除けばこの「非術師を外から変質させる」という構図は同じ。

 

(覚醒させるだけじゃなくて、壊すことも織り込み済みか?)

 

壊れた三人は、実験の失敗作なのか。それとも最初から廃人になることも想定の内なのか。

答えは出ない。

禪院家の門が見えてきた頃、俺はようやく考えるのをやめた。今夜分かったことを景次に伝え、五条側とも共有する。それだけだ。

 

まだ、全部は見えていない。

 




多分細かい実験は色々やっていたと思います。
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