戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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第四十一話 五日後の約束

翌朝、景次に昨夜の話をした。

三人の変質、廃墟に溜まっていた澱の濃さ、そして夜に澱が動いていたこと。

景次は黙って聞いていた。話し終えると、少し間を置いてから口を開いた。

 

「……三人の身元は調べます。あの三人だけではないかもしれない」

 

「そうだな。澱の濃い場所に長く居着いている人間が他にもいれば、同じことが起きている可能性がある」

 

「五条家には?」

 

「共有する。向こうも同じ疑念を持っている、昨日確認した」

 

景次は頷き、それから少し考える顔をした。

 

「兄上、これを仕込んだ者の目的は、何だと思いますか」

 

俺は少し黙った。

 

羂索。

 

その名前が頭をよぎった。原作の知識の中でも、特に厄介な存在として記憶に残っている男だ。

死滅回遊も、天元への干渉も、全て数百年単位で仕込まれた計画の一部だった。

だとしたら、これも。

 

(……待て)

 

羂索は自分の計画を知った人間を放置しない。

景次に話せば、景次も標的になりかねない。

記録に残せば、それを見た者も同様だ。

 

俺一人が知っている分には、まだ動きようがある。迂闊に名前を出せば、それだけで話が変わってくるかもしれない。

確信もない。原作知識と今見えているものが一致しているとも限らない。

 

「……まだわからない」

 

景次を真っ直ぐ見て、俺は答えた。

 

「ただ、規模が大きい。一人や二人が思いつきでやれることじゃない」

 

景次は俺の顔をしばらく見ていた。何か言いたそうな目だったが、それ以上は聞いてこなかった。

 

景次の部屋を出たところで、廊下の向こうから躯の若い隊員が駆けてきた。

 

「影久様、あの……五条家から、お客様が」

 

「五条家?」

 

「はい、お一人で。玄関先に」

 

一人で、ねぇ。

玄関へ回ると、白い髪の小さな影が仁王立ちしていた。遥だった。護衛の姿はない。本当に一人で来たらしい。

 

「約束を取り付けに来た」

 

「護衛は置いてきたのか……気の毒だな」

 

遥は眉をつり上げたが、言い返してはこなかった。三日前とは少し違う。

玄関先で仁王立ちしながらも、飛びかかってくる気配はない。

一応、筋を通しに来たという自覚はあるらしい。

 

「で、今日空いてるか」

 

いきなりきて空いてるわけないだろ!

8歳の子供が大人の都合考えてくれるわけないのはわかっちゃいるけどさぁ。

 

「今日はこれから呪力だまりの調査だよ」

 

「じゃあついていく」

 

ほーついてくるね、めっちゃ勝手に決めるじゃん。

でも、こりゃ六眼を調査に使えるかもしれん。

連れて行くんじゃなくて勝手についてくるなら借りにもならんし。

 

まっでもその前に。

 

「出る前に予定日を決めとくか」

 

遥が少し面食らった顔をした。

 

「予定?」

 

「手合わせの日取りだ。正面から約束を取り付けに来たんだろう。ならちゃんと決めていけ」

 

遥は一瞬黙って、それから「……わかった」と答えた。

景次の部屋から借りてきた暦を広げ、互いの都合を確認する。影久の警邏の予定、遥の稽古の日程。

なるほどなるほど、そうなると、だ。

 

「じゃまずは五日後でいいな?」

 

「……ああ」

 

「場所は禪院家の修練場だ。時間は昼過ぎ、遅れるな。それと、そん時は護衛を置いてくるなよ」

 

「わかったよ」

 

遥は暦をじっと見てから、顔を上げた。

どこか満足そうにしている、やる気もあるらしい。

 

「じゃあ行こうぜ」

 

「お前が仕切るのかよ」

 

「そりゃそうだろ、俺の仕事にお前が勝手についてくるんだから」

 

遥は少し口をへの字に曲げたが、黙ってついてきた。

禪院家の門を出て、北東へ足を向ける。昨夜確認した澱の流れの先だ。

 

しばらく無言で歩いた。

遥は俺の隣に並んで、街の様子をきょろきょろと見渡している。

六眼で何かを読み取っているのか、時折足元や路地の奥に視線を止める。

 

「遥、澱が見えてるか?」

 

「見える。昨日より北東の方が濃い」

 

「そうだな。昨晩見回った時もそっちにゆっくりとだが流れていってたよ」

 

案外素直にやり取りが続く。

情報共有については、昨日の大人の術師との話が効いているらしい。

しばらくしてから、遥が口を開いた。

 

「なあ……昨日、式神が何かしようとしてたよな。あれはなんだったんだよ」

 

「呪力特性を利用してちょっとな、それで術式を潰すこともできる。無下限も突破できる」

 

遥が足を止めた。こっちを見るその目は大きく見開いている。

 

「は!?無下限を突破できるってどういうことだよ!」

 

「言った通りだよ。遥が全部答えを教えられて満足できるってなら、教えてやってもいいぜ」

 

遥は眉間に皺を寄せて俺を見た。納得していない顔だが、すぐに切り替えた。

 

「見せろ」

 

その時薄く広げてた影の淵に引っかかるものがあった。

 

「わかった。ちょうどいい。護衛が追いついてきたみたいだしな。お前の家人にも見せてやろう」

 

遥が後ろを振り返った。遠くに人影が見える。必死の形相で駆けてくる五条家の護衛たちだ。

護衛たちが息を切らして追いついてきたところで、俺は足を止めた。

影の底に意識を向け、魔虚羅へ伝える。適応は一旦ストップ、吸収だけで行くから解析にリソースを。

魔虚羅から応じる気配があった。

 

「張ってみろ」

 

遥が俺を見た。一瞬だけ躊躇するような間があって、それから六眼が輝いた。

無下限が展開される。空間が収束し始める圧が、肌にじわりと伝わってくる。

「遥様!?」護衛たちが息を呑む気配がした。

 

俺はゆっくりと一歩を踏み出した。

無下限を構成する呪力が、触れた瞬間から影に吸い込まれていく。

分解されながら削られていく感触。速くはない。じっくりと、確実に。

 

二歩、三歩。

遥の表情が変わっていく。最初の驚愕から、歯を食いしばった何かへ。

六眼が全開になって、目の前で起きていることを必死に解析しようとしている。

四歩目で、俺は遥の腕を掴んだ。

 

「無下限はいうほど万能じゃない。俺の式神も同じことができる」

 

護衛の一人が、掠れた声で何か言いかけて、止まった。

遥はしばらく黙って、掴まれた自分の腕を見ていた。

 

「……すっげえ」

 

それから顔を上げて、俺を真っ直ぐ睨んだ。

 

「絶対負けない」

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

遥の腕を離しながら、俺は内心で少し笑っていた。

(いやー、ほっとけないな、これ)

将来五条家の当主になるだろう八歳児だ。

多分御前試合で十種影法術が当たったてのは遥のことなんだろう。

その時は本気で潰しにいく必要が出てくるかもしれない。

 

頭ではわかっている。

だが目の前で「絶対負けない」と真っ直ぐ睨んでくるこいつを見ていると、どうにも放っておく気になれない。

魔虚羅が無下限の解析、適応が進むなら、それはそれで渡りに船だ。

 

(まあ、ちょっとくらい真面目に相手してやってもいいか)

「さっさと行くぞ、調査がある」

 

俺は踵を返した。遥が「待てよ」と言いながらついてくる。護衛たちが青い顔のまま後に続く。

北東へ、澱の流れの先へ向けて歩き出す。

 

北東へ歩くこと半刻ほど、昨夜目星をつけておいた場所が見えてきた。

打ち壊されたままの屋敷跡だ。礎石だけが残り、雑草が伸び放題になっている。昼間でも人が寄り付かない場所だった。

 

「ここか」

 

遥が足を止め、六眼で周囲を見渡す。

 

「澱が濃い」

 

「ああ。昨夜はここより北にも同じような場所があった。一箇所じゃない」

 

護衛の年嵩の方が、慎重な声で口を開いた。

 

「禪院影久殿、昨夜この周辺で何かありましたか。我々も夜間に妙な気配を感じた者がおりまして」

 

「ちょうど話そうと思っていた」

 

俺は屋敷跡の中へ踏み込みながら、昨夜のことを話し始めた。

 

澱の濃い廃墟に三人の人間がいたこと。

呪力の質が歪だったこと。

二人はすでに廃人の状態で、一人は人間と呪霊の境界まで変質していたこと。

円鹿で呪力を中和したら人間の部分だけが残ったこと。

 

護衛たちが顔を見合わせた。

遥は黙って聞いていた。

 

「……その三人、術師じゃなかったんだな」

 

「……恐らくな。身元はうちで調べているが、この話は、三人だけじゃすまないかもしれない」

 

それから三箇所、呪力だまりを散らしながら街を回った。

一箇所目は屋敷跡、二箇所目は打ち捨てられた寺の裏手、三箇所目は市場の外れの空き地だった。

場所も規模も違う。だが共通しているのは、人気がなく、長い間誰も管理していない場所だということだ。

日が傾き始めた頃、俺は足を止めて周囲の澱の動きを確認した。

 

「遥、今の澱の流れはどう見える」

 

「動いてる。ただ……遅いでも、最初より早くなってきてるように見える」

 

「そうだな、そして夜はもっと速く流れていた」

 

「なんでだ」

 

「それがわからん。お前の眼でも理由までは見えないか」

 

遥は悔しそうに眉を寄せた。

 

「見えない。動いてるのはわかるけど、なんで夜に速くなるのかは」

 

護衛の一人が静かに口を開いた。

 

「人の呪力が少なくなるからでしょうか。昼間は人が動き回っていて、澱の流れが乱される」

 

「なるほど、それはあるかもしれない。だとしたら昼夜で分けて考えるのは無駄か」

 

俺が答えると、遥が呪力だまりの残滓をじっと見つめてから、顔を上げた。

 

「なあ、お前の呪力の特性、吸収だろ」

 

「おっ正解」

 

遥は少しだけ得意げで同時に悔しそうな顔をしていた。

 

「呪力だまりを散らす時に影に吸い込まれてたから。……でも六眼で見ると呪力特性がわからなかったんだよ」

 

遥が不満そうに眉を寄せる。

 

「他のやつの特性は見えるのに、お前のだけ見えない。なんでだ」

 

「さて『遥が全部答えを教えられて満足できるってなら、教えてやってもいいぜ』だ」

 

遥が舌打ちした。護衛たちは黙って聞いている。

その時、護衛の年嵩の方が、ふと周囲を見渡して声を潜めた。

 

「禪院影久殿、少しよろしいか。実は我々も気になっていることがある」

 

「なんだ」

 

「昨夜、五条家の管理地でも様子のおかしい人間を二人確認した。廃人とまではいかずとも、呪力が漏れ出していた。その二人が今朝、行方不明になっている」

 

遥の顔が引き締まった。聞いてなかったのか?

俺も少し考えてから口を開いた。

 

「廃人になった人間が自分で動けるなら問題だが、行方不明というのは誰かが連れ去ったということも考えられる」

 

「……仕込んだ者が、回収した」

 

遥が低い声で言った。

護衛たちの表情が一気に険しくなった。

 

「回収した、か。だとしたら観察するだけじゃなく、実験の結果を確認して次に活かそうとしている」

 

誰かが、という言葉が頭の中で重みを持つ。

それは恐らく……。

 

護衛の年嵩が続けた。

 

「禪院殿、我々は五条家として、この件を放置するつもりはない。ただ、管理地の境界を跨いで動くとなれば、禪院家との連携が必要になる」

 

「景次に話を通せば動けます。ただし」

 

俺は年嵩を真っ直ぐ見た。

 

「情報は対等に出し合う。こちらだけが開示して、そちらが査定するような形にはならない」

 

年嵩は少し間を置いてから、頷いた。

 

「……承知した」

 

遥は二人のやり取りを黙って聞いていた。

日がほぼ沈んだ。空の端が暗くなり始めている。

 

「今日はここまでにしましょう。続きは改めて」

 

年嵩が踵を返しかけたとき、遥だけが動かなかった。

俺を見上げて、少し間を置いてから口を開く。

 

「……五日後、本気でいくからな」

 

「おーおー、お手柔らかに頼むぜ」

 

遥はそれきり何も言わず、護衛たちの後を追った。

ミニ五条悟の本気かあ。

修練場でと思ってたけど、屋外でやるべきだな。屋敷に被害が出たらたまらん。

 

その背中が見えなくなってから、俺は改めて周囲の澱の動きを確かめた。

日が落ちると同時に、澱が動き始めている。昼間よりも確実に速い。北東へ、じわじわと流れていく。

 

(今夜も同じ方向か)

 

毎夜同じ方向へ流れるのか、日によって変わるのか。まだ二日しか見ていない。判断するには早い。

しばらく観察してから、俺は踵を返した。

今日分かったことを整理する。

 

一つ、五条の管理地でも変質した人間が出ていた。二つ、その人間が行方不明になっている。三つ、誰かが回収している可能性がある。

景次にはこれを伝える必要がある。五条との連携については、景次と扇一郎も交えて話し合う必要が出てくるだろう。

 

(それは明日でいい。今夜は澱をもう少し削って帰るか)

 

影を薄く広げ、探知の網を張り直した。

北東の方角、澱の流れの先に、昨夜とは別の場所に新しい溜まりができ始めている気配がある。

 

(場所が変わった)

 

毎夜同じ場所に溜まるわけじゃない。流れの速度だけじゃなく、溜まり場も変わる。

 

(厄介だな、これは)

 

帰り道、影を手繰り寄せながら考える。

澱を削るのは霧を払うようなものだ。払っても払っても、源が絶たれない限りまた溜まる。

しかも溜まり場が毎夜変わるとなれば、五条家の術師が通常の祓いで対処しようとしても追いつかない。

呪力だまりを明確に削って無くせるのは、吸収という特性があるからだ。他の術師には同じことはできない。

 

ならば式神を全部出して一気に吸収すればいい、という話にはならない。

全力で対処療法をやりすぎると、澱の流れのパターンが乱れる。

どこから来て、どこへ向かっているのか。その流れを読めなければ、源がどこにあるのかが永遠に見えてこない。

根本を断つには、まず流れを把握することが先だ。

 

(俺がいる間はいいが)

 

明日から三日、任務が入っている。景次から昨日伝えられた話だ。遠方への出張任務、三日は戻れない。

その間また澱が溜まる。呪力だまりができる。変質する人間が出るかもしれない。

 

(五条に任せるしかないが、根本的な解決にはならんな)

 

まあ、仕方がない。

禪院家の門をくぐりながら、俺は小さく息を吐いた。

 

(急ぎすぎても仕方がない。一つずつ潰していくしかないか)

 

影の底で、魔虚羅が静かに応じる気配がした。

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