戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
任務を終えて帰って来れたのは出立してから、五日目の朝だった。
三日で戻ってくる予定だったのに……。
任務は朝廷から禪院に持ち込まれたもので、遠方の山中に特殊な呪霊が出たということだった。
普通ならば複数の術師で包囲する必要がある手合いだと。
実際に相対してみれば、確かに厄介な相手だった。
本体が落ちなければ終わらないのに、その本体が逃げ回る。
身代わりを際限なく出しながら山から山へ北に東に逃げまくる。
呪霊だし当然、円鹿で一撃なのだが、そこへ至るまでが長い。
脱兎を含めた嵌合獣で囲って包囲を狭めようやく追い詰めたのが一日目の終わり。
そしてこれが罠だと気がついたのが二日目だった。
なんとこの呪霊、身代わりが身代わりを出して逃げ回っているとこちらを誤認させていたのだ。
魔虚羅が身代わりを解析、適応を繰り返してようやく、そもそも本体がそこにいないとわかった。
そこから一日かけて大移動、三日目の早朝にようやく仕留めたってわけ。
おかしいだろ!報告書書いたやつ反省しろ!
帰路は長かった。円鹿で身体の疲れは癒せても、心の疲れは癒せない。
式神の背に揺られながら、帰宅。
すると、どうにも澱の流れがおかしいじゃないか。
なんか溜まる感じじゃなくて、散乱してる?
(……何かあったか?)
もしかしてこの任務、引き離されたか?と思った。意図的に、この五日間を作られたんじゃあないか?
そこまで考えて、ふと気づいた。
今日は五日目だ。
(……五条遥との手合わせ、もう今日だな)
門をくぐると、景次が立っていた。帰りが読めていたのか、それとも毎日ここで待っていたのか。
「お帰りなさいませ兄上、ご無事で何よりです。お疲れのところ申し訳ないのですが、少々厄介なことになっておりまして」
「構わない、続けてくれ。こちらこそ帰るのが遅くなって悪いな」
「行方不明者が出ました。五日の間に、あちこちから。いずれもならず者や素行の悪い者ばかりで、当初は喧嘩沙汰か夜逃げかと思われていたのですが、数が多い。しかも、呪力だまりの近くに縄張りを持っていた者たちばかりで」
「……仕込んだやつが回収した?」
そういや任務の前日、五条遥とそんなこと話してたな。
「兄上もそう思いますか」
(どうやら急いでいるらしい。俺が呪力だまりを削ったのが予想外だったのか?焦って回収モードに入ったって感じか)
そこまで考えたところで、玄関の方から躯の若い隊員が早足でやってきた。
「影久様、あの……朝から五条家のお客様がいらしておりまして。お一人で、ずっとお待ちで」
げえっ。遥、もう来てんのかよ。
昼過ぎって話だったろ、早すぎ。
「わかった、今行く」
景次に「詳しい話は後で」と目で伝えて、玄関へ。
白い髪の小さな影が仁王立ちしていた。
「遅い」
「昼過ぎに来いと言ったろ、まだ朝だぞ」
遥は少し口をへの字に曲げた。言い返してはこない。
待ちきれなかったのは自覚しているらしい。
(ふふ、可愛いとこあるじゃないか)
「任務が延びて今帰ってきたところでな。腹減ってんだちょっと待ってろ」
「……知らん」
「お前なあ、そもそも昼過ぎっつただろ大人しく待っとけ。軽く腹に何か入れるから」
そう伝えて土間のアイアンメイデンから長五郎餅を二つ食った。淹れてもらったお茶を飲んで玄関へ戻る。
しょうがない。あのままにしておけば、昼過ぎまで禪院家の玄関に仁王立ちし続ける気だろう。
それはそれで躯の連中が気の毒だ。
「よ、お待たせ修練場じゃなくて屋外にしたい、屋敷に被害が出るとたまらんからな」
遥がぴくりと反応した。
「……被害が出ると思ってんのか」
「そりゃお前、本気で来るんだろ?」
屋敷を出発し北へ向かう。
「お前任務に時間かけすぎ」
「六眼ならサクッと本体見つけられたのかもな、でもさっきも言ったがそっちが来るの早すぎんだよ」
「家にいてもやることがない」
そんなやり取りをしながら目的地へ向かう。
場所は禪院家から少し離れた河原にした。
広さは十分、万が一何かが飛んでも被害が出にくい。
砂利を踏んで向かい合うと、遥が先に動く。
はやっ!砂利を弾きながら一瞬で懐に入られた。
(吸収で、蒼を阻害されるのを避けたか?)
距離をとって術式中心でくるかと思っていたが、そういう気配がない。
だけど、これじゃあ最初の格闘戦の劣化だぞ、どうする気だ?
打撃を捌き、体を流す。遥が続けて踏み込む。
いや、重心の乗せ方が前より鋭い。五日でここまで体術を修正してくるか。
十合、二十合。遥の打撃は速く、迷いがない。
こちらが捌くたびに角度を変えて入ってくる。
三十合、四十合。読み合いが続く。
遥の踏み込みが一瞬深くなった。
その瞬間、足元の砂利が鳴った。
(引力——蒼っここで!?)
瞬間展開。重心が強制的に遥の足元へ引き寄せられる。
体が斜め前へ引っ張られ、僅かに泳ぐ。
「——うおっ!?」
バランスを崩したその軌道に遥の拳が待っている!
砂利を踏み締め体を左に——。
——蒼が移動!?
視界に映っていた遥の足元、そこにあった蒼の収束が一瞬でその拳に移動した。
踏み込んだ勢いに拳への吸い込みが重なる。
——避けられない!
咄嗟に額に拒絶の影八層を瞬間展開する。
弾かれたようにお互いが後ろに吹き飛んだ。
砂利の上に着地しながら、俺は内心で息を吐いた。
遥が着地しながらこちらを見る。
「これも防ぐのかよ」
おいおい何不貞腐れてんだよ。
普通、五日でここまで術式の使い方が変わるか?
初手の近接で完全に肉弾戦だと思い込ませ、四十合近く付き合わせておいて、足元と手元の二段階で蒼を織り交ぜてくる。
センスだけじゃない。五日間、ちゃんと頭を使って練ってきた。
俺はため息をついた。
「馬鹿言え。こっちは切るつもりのなかった手札を一枚切らされたんだぞ」
遥が僅かに目を見開く。
「術式頼りの力押しじゃなく、どう使うかを考えてきたんだろ。やるじゃないか。世の中強い力に振り回されるやつばっかだ。お前すごいよ」
遥は黙った。視線を逸らして、砂利を一度踏む。耳が少し赤い。
「さて、続けようか」
「ああ!」
今度は距離を取って蒼を展開。収束点が動く。俺の足元を狙い、引力で動きを縛りにくる。
吸い寄せられる前に大きく避ける。
蒼が追いかけてきた。
フェイントをかけ左右に振るが騙されない。
回避より蒼の移動の方が早いか。
収束点がじわじわと近づく。
完全に逃げの形になる前に、踏み込む!
一気に間合いを詰める。
遥の目が一瞬大きくなった。
迎撃に新しい蒼を展開する気か?
呪力が練り上がるのを感じる。
緩やかに後ろに引っ張られていた感触が消えた。
展開されかけた蒼の起点に呪力を凝縮させた
拳をねじ込んだ。
——吸え!
術式を構成する呪力が根元から吸い取られ、収束が霧散する。
遥が舌打ちした。
そこから遥の組み立てが変わった。蒼の割合を絞り、近接を増やしてくる。
さっきより踏み込みが深く、打撃の角度が鋭い。蒼を潰されることを織り込んだ上で体で押してくる。
(対応してきた)
五合、十合。今度は簡単に読めない。打撃の流れに蒼を一瞬だけ混ぜて軌道を歪める、小さな使い方をしてくる。
さっきの大技とは別の嫌らしさがある。
俺も呪力の凝縮を打撃に乗せながら捌き続ける。
遥がそれを見て踏み込みの深さを変えてくる。
浅く入って誘い。
深く踏んで崩しにくる。
——ガコンッ。影の中で法陣が回った。
十五合目。
遥の重心が僅かに前へ流れた。攻めに集中しすぎた一瞬。
踏み込み。
懐に入り。
軸足を払う。
体勢が崩れたところに肩を入れて、砂利の上に組み伏せた。
「……参った」
息が上がっている。
ふー、やるね。
これで8歳か、末恐ろしいぜ。
離れて呼吸を整えた。
遥はごろんっと仰向けになった後、砂利の上で荒い息を整えている。
「まさか五日でここまで仕上げてくるとは思わなかったぜ」
むくれた遥に言葉を投げた。
「さっきも言ったがな。手に入れた力に振り回されるやつは多い。お前は五日で蒼の使い方を三段階変えてきた。大技、囮、軌道の歪め方。術式をただ使ってるだけじゃなくて、どう使うかを考えられてる」
遥はしばらく黙っていた。
「……わかってる」
素直じゃないなー。
(んー。褒められ慣れてないのか? ああそうか、周りが太鼓持ちばっかで、努力そのものを評価された経験がないのかもな)
その時、遥の六眼が微かに光った。
飛び跳ねるように起き上がると周囲を見渡して言った。
「影久。……澱が、おかしい。動いてる。今、急に」
俺も影を薄く広げて探る。確かに動いている。
しかも速度が上がっている。
見ている間にも、北東の方角へじわじわと収束していく感触がある。
「これは、どこかへ集まってる?」
「ああ」
五日前に把握していた分布とは全く違う動きだ。
これは澱が自然に溜まっているのではない。
何かに引き寄せられている。
遥が俺を見た。
「……行方不明者が五条の管理地で四人。この五日の確認分だけで」
「禪院も似たような感じらしいぞ」
その報告をちゃんと聞く前に、手合わせとなったわけなんだけども。
遥が北東を向いたまま口を開く。
「ゆこう」
「ゆこう」
そういうことになった。
河原を出て北東へ向かいながら、影を薄く広げる。
澱の流れを手繰り寄せるように意識を向けた。
(呪力だまりは潰しても戻ってきてた。術式や呪具なら吸収の範囲に入りさえすれば無力化できているはず。できていないということは、流れを作っているのは呪力じゃないのか?)
呪力ではない何かが、澱の川上と川下を決めている。
だとすれば街中を探知して見つからなかったのも道理だ。影の探知は呪力の気配を拾う。呪力を持たないものは素通りする。
「まだ収束してる。この先だ」
遥が六眼を光らせたまま足を速める。俺もついていく。
川を上りその先へ、とうとう沢になった。
さらに山奥へと流れていく。京の外に出るのか?
そうしてしばらく進んで行ったところに、三つの人影があった、登山してる様子ではない。
呪力が歪んでいる。半呪霊化した者たちだ。
だがおかしい。こちらを見ているのに、動かない。
ただ立っている。まるで何かを待っているように。
遥が低い声で言った。
「あいつら、何か変だ。呪力の質が、普通の術師と違う」
「……それは半呪霊というだけでなくか?」
「うん」と遙が頷いた。六眼が捉えたのだろう。俺も影を伸ばして三人を探った。
確かに歪んでいる。
だが俺には認識できないようだ。
半呪霊としての呪力の歪さ以外を感じ取れなかった。
つってもやることはかわらない。
「円鹿」
鳴いた瞬間、三人の呪力が中和されていく。崩れるように膝をついて、そのまま動かなくなった。
廃人だ。
するとどうだ、澱の収束が、嘘のように止まった。
遥が眉を寄せて三人を見下ろす。
「こいつらが、澱を引き寄せてたのか」
「……そうかもしれない」
確信はない。だがこの三人が道筋の終点として機能していたなら、処理した途端に収束が止まった説明がつく。
三人を影に放り込み、どうにも釈然としないまま、二人で来た道を戻る。
日が傾き始めていた。遥が歩きながら口を開く。
「なんだったんだ、あれ」
「わからん。澱が集まってたのは確かなんだが……、あの三人も何をするでもなかった。考えすぎなのかもしれないが、釈然としないな」
遥は黙った。納得していない顔。
そして、当然俺も納得できていない。
禪院家の近くまで戻ったところで遥が足を止めた。
「今日はここまでにする」
「ああ、次の手合わせはどうする?」
「今日はもう、なんか疲れた、また来る」
それだけ言って、遥は踵を返した。
結局この日、行方不明者の報告は入らなかった。
ならず者がいなくなっても、すぐには誰も気にしない。
騒ぎになったのは二日後だった。禪院と五条、両方の管理地から一気に数が上がってきた時、初めてことの大きさが見えた。