戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
景次のいる部屋を訪ねると、文机の前に座っていた景次が顔を上げた。
書きかけの書状が何枚か並んでいる。
「兄上、お足元が悪いところを」
「構わない。行方不明者の件、話を聞かせてくれ」
景次が書状を端に寄せて向き直った。
「禪院の管理地で十二人、同じ日に姿を見かけなくなっています。五条の方でも似たような数が出ていると聞いています。失踪した者たちの顔触れを見ると、いずれも呪力だまりの近くに縄張りを持っていた者たちで——どういうわけか失踪の時期が、ほぼ揃っているんです」
「ほぼ揃っている、というのは」
「二日前の夜を境に、ぷつりと。ばらばらに逃げたり揉め事を起こしたにしては、綺麗に揃いすぎています」
景次はそこで少し間を置いた。
「兄上はどう見ますか」
「回収されたんだろうな」
景次が静かに頷いた。否定も肯定もしない、聞いている顔だ。
「呪力だまりの近くに居着いていた者が狙われた。澱に長く晒されていた人間をまとめて、誰かが持っていった。俺が任務で出ていた五日の間に」
「……意図的に引き離したということですか、では2日前からの失踪が最後の残りを回収した形、ということですか」
「そう思っている。確証はないがな」
景次は少し考えるような間を置いた。
「五条家との連携は、どうしますか」
「向こうも似たような数が出ている。次に遥が来た時に話を通す。景次の方でも五条家の年嵩の術師に話を入れておいてくれるか、窓口を作っておきたい」
「承知しました」
景次は書状に何か書き加えながら、ふと顔を上げた。
「兄上、無理はしないでください。こういう話になると、兄上は一人で抱え込む」
「肝に銘じます」
「……本当ですか」
「本当に」
景次はじっと俺の顔を見てから、小さく息をついた。それ以上は言わなかった。
部屋を出て廊下を歩く。
羂索だ、とほぼ確信している。
宿儺だけでなく、平安の術師も、それどころかもっと昔の術師も巻き込んで計画を仕込むようなやつだしな。
たぶんこの時代にこういうことをやっていてもおかしくない。
多分死滅回遊の前準備というか、お試しの実験だと思うんだよな。
ただ、景次には言えない。
名前を知っているというだけで、こちらが向こうを認識していることがばれる。
羂索が何をしてくるか、全くわからない、景次、禪院家を巻き込む理由にはならない。
(知っているのは俺だけでいい)
庭に面した縁側から光が差し込んでいる。光を受けて伸びた影から魔虚羅がぬっと浮上してきた。
餅を手に、こちらを見上げている。
「お前には話せるけどな」
魔虚羅は何も返さなかった。ただ餅を半分にしてこちらによこした。
受け取って、縁側に腰を下ろす。庭に人気はない。白黒が影から滑り出て、するすると庭の端へ散っていった。周囲を確かめているらしい。
「羂索だと思う」
魔虚羅が餅をかじりながらこちらを見た。
「死滅回遊、一億人呪霊作成実験。あれの走りをこの時代にやってたんじゃないかな。非術師を変質させて術師が作れるか、呪霊化させられるか。この時代から実験してたとしたら、辻褄が合うんじゃなかろうか」
白黒が戻ってくる。周囲に気配はない、ということだろう。
「撤退したなら、もうこれ以上は何も起こらないと思う。遥の六眼で京を一回り見てまわって、触媒の痕跡を拾い切ったら、今回の件はそれで終わりでいいかもな」
魔虚羅が短く、脳の奥に言葉を落とした。
——終/始——
「そうだな。終わりであり始まりでもある、か」
数日後、遥が来た。
護衛を一人だけ連れていた。前回よりは大人しい。
「調査につきあえ」
「挨拶くらいしろ」
「……来た」
「よし、入れ」
遥を連れて景次のところへ顔を出した。遥が入ってきた瞬間、景次が少し目を細めた。
「五条遥殿、お越しいただき恐れ入ります。禪院景次と申します」
「五条遥だ」
遥はじっと景次を見た。それから俺を見た。
「お前が当主じゃないのか」
「違う、景次が次の当主だ」
遥の眉がわずかに動いた。
「なんでだ。お前の方が強いだろ」
景次が静かに笑って返した。
いやまじでクソガキだなもーこいつ。
少し考えてから口を開いた。
「強さと当主の器は別の話だ。景次には俺にないものがある、それだけだ」
遥は黙った。どうやら納得していないらしい。
「僕は兄上でも良かったと思いますけどね」
勘弁してくれよ。
これ以上続いては敵わんと「弟はこう言ってくれるがね」と結んで話題を変える。
「ってことで景次、この件が片付いたら遥とも顔を繋いでやってくれ。次期当主同士、仲良くしておいて損はない」
景次が穏やかに頷いた。
「喜んで」
遥を連れて京へ出た。
澱の動きは数日前より落ち着いている。流れの速度が緩い。触媒が消えた影響が出始めているのかもしれない。
「今はどう見えてる?」
「……弱くなってる。北東の方が特に」
「俺もそう感じる」
道筋をたどりながら、廃墟や寺社の跡を回っていく。遥が六眼で見て、俺が影で探る。
三箇所目の、打ち捨てられた堂の跡で遥が足を止めた。
「ここ、なんかある」
「術師の気配か?」
遥は首を横に振った。
「いた痕跡だ。今はいない。でも……ただの術師じゃなかった。地下に何かが繋がってた、この場所から」
俺も影を伸ばして探ってみた。確かに地下に何かが走っている。呪力の通り道のようなものが、土の中に刻まれている。
「何か、いや澱が通った後か。澱を引き寄せるための、流れの仕組みだ。ここにいた術師がその起点として機能していたってことか」
遥がしゃがんで地面を見た。
「その術師が動かしてたから、呪力だまりを潰しても澱が戻ってきてたのか」
「どうやらそうっぽいな」
遥が立ち上がってこちらを見た。六眼が静かに光っている。
「術師ごと、全部消えてる。痕跡だけ残して」
「仕込んだやつが、綺麗に畳んでいったんだろうな。何かの実験の証拠ごと」
遥が堂の跡を見渡した。
「何がしたかったんだ、こいつら」
「さあな。ただ、こうして跡形もなく消えるくらいには、用意周到なやつらだ。そのくせこっちの負担になるような、緩やかに澱が貯まる仕組みだけは残ってるのが腹立つな」
遥は少し黙ってから、吐き捨てるように言った。
「気持ち悪い」
「同感だ」
思わずイラッとして鼻を鳴らしてしまった。
「……また同じことが起きたら?」
「その時はまた一緒に動けばいい。お互いの管理地で妙な動きがあれば、すぐ知らせ合う。六眼と影の探知、両方あった方が早い」
遥が少し考えてから頷いた。
「わかった」
「加茂の家も乗ってきてくれると助かるんだがな」
「加茂?」
「三家の中で、まだこの話をしていない。加茂の目もあるに越したことはない」
遥は少し難しい顔をした。
「加茂は動くかな」
「うーん、どうだろうな。ま、動かすのは景次と、お前の家の年嵩の仕事だ。俺たちは現場で動ける、そっちに集中すればいい」
遥がふっと肩の力を抜いた。
「……そうだな」
日が傾いていた。今回の件は、これで終わりだろう。
禪院家への帰り道、遥が隣を歩きながら口を開いた。
「なあ、景次って本当に当主に向いてるのか」
「少なくとも俺よりは確実に向いている。間違いない」
遥が少し納得しない顔をしたので、続けた。
「俺は術師として動くことしか考えられないが、景次は家全体を見て動ける。長老衆の扱い方、若い連中の育て方、他家との付き合い方。どれも俺には無理だ。俺が当主のままだったら、禪院家はとっくに内側から割れてた」
「そうなったら、逆らうやつ全部、力で言うこと聞かせるんじゃダメなのか?」
「言いたいことはわかるよ。呪術師ってそういうところあるからな。でもなやっぱり強いやつが上に立てばいいってもんじゃないんだよ。まとめる才能は別にある。景次にはそれがある、俺にはない。それだけの話だ」
遥はしばらく黙って歩いた。何か考えている顔だ。
「……お前、自分のことよくわかってるんだな」
「そりゃあな、政治はめんどくさいんだよ。どうしようもない、こればっかりは性分だからな」
門の前まで来たところで、遥が足を止めた。
次の手合わせのことを言いかけたので、先に口を開いた。
「次は……」
「毎回日取りを決めるのも手間だろう。戌の日に定期でやるか。追加したければその時にお互いの都合が合えば入れればいい」
遥が少し目を瞬かせた。それから、小さく頷いた。
「それでいい」
踵を返した遥の背中が遠ざかっていく。白い髪が夕日を受けて光っていた。
屋敷に戻り、景次の部屋へ向かった。
触媒の痕跡が見つかったこと、すでに消えていたこと、地下に道筋が残っていること、澱は徐々に弱まっていく見通しであること。
五条との連携については定期的な情報共有で合意したこと。
景次は黙って聞いていた。話し終えると、少し間を置いてから口を開いた。
「仕込んだ者については」
「わからない。手掛かりがない」
景次は俺の顔をしばらく見ていた。四十話の時と同じ目だ。何か言いたそうな、しかし聞かない、という目。
「……承知しました。五条家との窓口はこちらで整えます」
「頼む。加茂にも声をかけてみてくれるか、京の外の動きも拾うなら三家で連携できた方がいい。先日の朝廷からの任務の呪霊のようことを減らせるかもしれないしな」
「やってみます」
それだけ言って、景次は書状に向き直った。
廊下に出て、小さく息をついた。
終わった。
少なくとも今回の件は。
羂索がこの時代に何を仕込んでいたのか、全部わかったわけじゃない。
だがもうここには戻ってこないだろう。死滅回遊まで、まだ数百年ある。
(しばらくは静かになるか)
誰かに話せればいいんだが、と思う。
景次でも、扇一郎でも。ただ羂索は体を乗っ取って渡り歩く術師だ。
記憶ごと引き継がれる可能性がある。話した相手が次の宿主になった時、その記憶が羂索のものになる。そう考えると、迂闊に名前を出せる相手がいない。
結局、話せるのは式神たちだけだ。
そういえば、羂索で思い出したが呪物化の話はどうなっているのだろう。
魔虚羅に進捗を聞いてみよう。
影の底は静かだった。式神たちがそれぞれの場所で落ち着いている気配がある。
魔虚羅は奥の方で何かに集中しているようだった。
「魔虚羅、呪物化の研究、どうなってる」
魔虚羅がゆっくりとこちらを向いた。しばらく間があって、脳の奥に言葉が落ちてくる。
「解析/継続」
「宿儺の指を取り込んでからどのくらい進んだ」
「梱包/未完」
「神威を隠して結界を騙くらかす手立てがまだ見つかっていないということか」
魔虚羅が頷く。
長い時間をかけてじっくりやるつもりでいるのだろう。
優先するのはやっぱ今のとこは無下限だよなあ。
「無下限の適応もあるしな、ゆっくりでいいよ」
魔虚羅はそれきり奥へ戻っていった。
影の底で、満象がのそりと寄ってきて背中に寄りかかってきた。お、重い。
お前赤ちゃん象くらいのサイズになれないか……。
影から出ると今夜の澱は、昨日より薄かった。