戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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そろそろ終わりが近いです。
ここまで読んできてくれてありがとうございます。


第四十六話 新しい世代

▫️五条遥

 

慶長五年(一六〇〇年)秋

 

関ヶ原の戦場跡は酷い有様だった。

夥しい数の死が一箇所に積み重なっている。

人の負の感情が土に染み込み、空気そのものが腐っている。

呪霊にとってこれ以上ない揺り籠だ。

だが、五条遥にとっては狩場に過ぎない。

 

「……よっ」

 

その右腕を振ると同時に、蒼が展開された。

呪霊の群れが集まり、圧縮され、音もなく潰れる。

六眼が次の反応を捉える。左、右、背後。

処理速度が、発生速度を上回っている。

 

力の弱い呪霊の終わりが見えていた。

 

残っているのは一際大きな呪霊。

六眼が捉えた時からそれは動いていない。ただ、在る。

戦場全体の負の感情を吸い上げて肥え太った、黒い塊。

 

弱い呪霊の発生が止まり、五条遥はそちらへと向き直った。

呪霊が動いた。

質量を持った暴力が大地を抉りながら迫る。

 

呪霊へと突撃するように踏み込む五条遥が、無下限を展開した。

どれだけの質量がどれだけの勢いを持ってしても、無限を隔てた空間を越えることはできない。

呪霊の腕が、遥の眼前で静止した。

 

「終わりだよ」

 

赫と蒼。

紫——茈が、戦場を貫いた。

 

轟音。

立ち込めた土煙が、ゆっくりと晴れていく。

黒い塊が跡形もなく消えていた。

 

「(……やっぱり僕、弱くないよな)」

 

五条遥は自信を失ったわけではない。

 

認めるのは悔しいとしつつも、自分より強い禪院影久の背を追い続けているのだ。

茈を受けて残るものなど、そうそうない。

 

だが、あいつは防ぐのだ。

自然に、その顔が浮かんだ。

禪院影久。

手合わせで何度も茈を撃っている。

 

それなのに、六眼で見ていたはずなのに、何が起きたのかわからなかった。

 

呪力でも術式でもない、六眼で理解できる何かとは、根本から質が違うなんらかの手段で防がれていた。

悔しいか、と問われればそうかもしれない。

だがそれより先に来るのは別の感触だ。

 

六眼が定義できないものがこの世にある。

それはつまり、まだ見ていない景色があるということだ。

遥にはまだ、ないものがある。

土煙の向こう、戦場跡に静寂が戻っていく。

遥は片手を額に当て、遠くを見るように目を細めた。

 

影久を超えるには、茈の先が要る。

六眼が追いつけない何かではなく、六眼すら必要としない何かが。

口元が、自然に緩んだ。

 

 

 

 

 

関ヶ原から数日後。

 

五条遥は禪院家へ向かっていた。

当主になってから、この道を歩く回数が増えた。

 

共の者が数人、少し後ろを歩いている。家同士の関係は表向きまだ険悪なままで、彼らは気を遣っているようだが、遥本人はとうにそういう気分ではなかった。

 

景次と話すべき実務は尽きない。影久に会えば、いつも何か持ち帰るものがある。

以前より手合わせで何度も訪れていたが、当主になった今、さらによく訪れるようになっていた。

もはや、第二の拠点と言っても差し支えないほどだった。

 

景次と向き合い、話は実務から始まった。

 

「関ヶ原の後始末、ご苦労様でした」

 

「徳川の世になれば、少しは落ち着くかな」

 

「そう願いたいところです。情勢が安定すれば負の感情も薄まる。呪霊の数も、じきに落ち着いてくるかと」

 

「京の澱みたいなことも、減るといいね」

 

景次の目がわずかに動いた。あの件は、まだ尾を引いている。

 

「……そうですね」

 

その時、脱兎が部屋に入ってくる。

 

盆の上に湯呑みを乗せて、するりと二人の前に置いていく。

 

「……ありがとう、脱兎」

 

遥の口からは自然に言葉が出ていた。

脱兎は返事をしない。ただ、小さく頭を下げるような仕草をして、盆を持って部屋を出ていった。

景次が微かに口元を緩めた。

 

「すっかり馴染んでおられますね」

 

「やあ、最初は驚いたけどね。流石にもう慣れたよ」

 

短い沈黙の後、廊下の奥から妙な匂いが漂ってきた。

香ばしく、塩気が強く、どこか異国めいた。

 

「何この匂い」

 

「また兄上が何か作っておられるようです。蘇と魚の塩漬けを、薄く伸ばした生地の上に乗せて焼いたものだそうで」

 

遥が顔をしかめた直後、影久本人が皿を持って現れた。

 

「おお、遥もいるな。ちょうどよかった、試食してくれ」

 

景次が穏やかに言った。

 

「兄上の創作料理は好き嫌いが分かれますので、無理になさらなくて結構ですよ」

 

遥は一瞬躊躇した。だが影久がこちらを見ている。

仕方なく一口かじる。

塩気と、蘇の重さと、生地の香ばしさが混ざり合う。

 

「……まあ悪くない」

 

脱兎のお茶と、この妙な食べ物と、部屋に差し込む秋の陽光。

遥はもう一口かじりながら思った。

強くなることと、こういう時間を作ることが、あの男の中で等しく並んでいる。

 

影久はこういうことを、ずっと前からやってきたのだ。

 

それがなぜか、少しだけ羨ましかった。

 

「このあと響と直景の稽古見に行くんだが、遥もくるか」

 

「行く」

 

影久が景次の方を向く。

 

「景次はどうだ?仕事の合間にちょっと顔出せるか」

 

「少しならば」

 

稽古場へ向かう廊下を、三人で歩いた。

稽古場では、禪院郷子が二人の子供に向き合っていた。

景次の妻、もとは躯の出身だと影久から聞いた。

 

呪力量は少ないが術式の扱いは家中でも群を抜いているらしく、影久が蝦夷から戻った日に門前で見かけて景次に話したのが始まりだったという。

 

「響、呪力の流れが粗いわ。量を出そうとしなくていい。あなたの術式は繊細に扱わないと危ないのですから」

 

「でも出てきちゃうんだもん」

 

十歳の響が眉を寄せる。呪力量が多すぎて操作が追いつかない。

 

隣では八歳の直景が、両手に呪力を集めようとして黙って唇を結んでいた。

 

「叔父さんみたいにできない」

 

「最初から上手い人はいません。焦らずに、じわじわ集める感じで」

 

郷子が直景の隣にしゃがみ、一緒に手元を見つめる。

 

三人が稽古場に入ると、郷子が頭を下げた。

 

「影久様、景次様。それと……」

 

「や、邪魔するよ」

 

遥が軽く手を上げた。

 

「直景は俺が見よう」

 

「影久叔父さん!」

 

直景が顔を上げる。響も手を止めた。景次が二人に目を向ける。

 

「響、直景。しっかり稽古するんだぞ」

 

「はーい」

 

「……うん」

 

「うんうん、やはり親子は顔を合わせてなんぼだからな」

 

影久がしたり顔で頷いていた。

 

景次は稽古の様子をしばらく眺め、影久に軽く頷いてから廊下へ戻っていった。

加茂から呼ばれているらしい。

 

六眼の当主を呼びつけるのは憚られたようで、五条からは遥ではない人間が行くことになっている。

稽古が再開される。

 

影久が直景の隣にしゃがみ、郷子は響の方へ戻る。遥は少し離れたところから二人を眺めた。

この時代の子供が呪術師の家に生まれれば、下手をすれば六つ、遅くとも十にもなれば実戦に駆り出される。

禪院家も以前はそうだったと聞いた。今の二人にはそれがない。

 

六眼が、それぞれの術式の輪郭を捉える。

 

響の術式。直景の術式。

 

遥の口元が緩んだ。

稽古が一区切りついたところで、響が遥を見上げた。

 

「遥!どう!」

 

「頑張ってよ。頑張れば僕の次くらいにはなれるかもしれないから」

 

「次って何。一番じゃないの」

 

「影久が一番だから。僕が二番。君はその次」

 

響が頬を膨らませた。直景が影久の袖を引く。

 

「影久叔父さんは、確かにちょっと凄すぎるからしょうがないか。でも遥は倒す!」

 

しばらくして、影久が直景の様子を見て頷いた。

 

「だいぶ滑らかになってきたな。響も同じくらいか」

 

「響はどうしても呪力量が多くて大変でしたね、術式に目覚めてからは歩く度に小さな地響きが起きて」

 

郷子が苦笑いをしながら言った。

「そうだったな」と影久も答えて笑っている。

この術式じゃあ制御できないとそうなるかもな、と遥は思った。

 

「次は術式を伸ばしていこう」

 

影久が立ち上がり、直景に向き合う。

 

「直景、影を動かしてみろ」

 

直景が地面を踏みしめた。

影を動かすのに足を踏み締めると言う動作は必要ないのだが、姉に影響を受けていた。

薄い影がじわりと広がった。

 

「叔父さんみたいに大きく広げるのは?」

 

「まだ早い。まず自分の影と、誰か一人の影をくっつける練習からだ」

 

遥が少し身を乗り出した。

六眼が直景の術式を捉える。

影久が遥に向き直った。

 

「遥、見えてるんだろ、どうだ受けてみるか?」

 

「ふーんいいよ、やってみな」

 

影が伸び、遥の足元へじわじわと近づいてくる。

 

「遥、足動かさないで」

 

「動かさないよ」

 

直景の影が、遥の影に触れた瞬間。遥の右足が、ほんの少し前へ滑った。

 

「……っ」

 

「できた!」

 

直景が顔を上げる。影久が苦笑した。

 

「遥、驚いたか」

 

「見えてるから驚きはないけど……。ちょっと面白かっただけ」

 

肉体強度も呪力も関係ない。影が交われば、それだけで相手の動作に干渉できる。

自分相手でも通る、と遥は思った。

 

遥はそっと自分の足元を見た。

響の術式といい、直景の術式といい。

この家の子供は、やばい。

 

視線を響に向ける。

 

郷子の指導の下、響が地面を踏みしめる。びりりと、周囲の空気が揺れた。

六眼が術式の構造を捉える。

 

座標を指定して、そこに直接振動する結界を発生させる。空間を経由しない。

つまり、無下限も関係ない。

遥はしばらく黙って響の稽古を眺めた。

 

郷子が響の足元を指して何か言い、響が頷いて踏み直す。また揺れる。少し、範囲が絞られた。

遥は口元を緩めた。

影久だけだと思っていた。

 

この子もいずれ、そういう相手になるかもしれない。

「……頑張ってよ、響」

本心からそう思った。

 

 

稽古場を出ると、影久が並んで歩きながら言った。

 

「響と直景の術式の対策、一緒に考えてみないか」

 

「いいね」

 

遥は即答した。

当主になってから影久との手合わせの回数は減った。だがこういう時間が増えた。どちらが得かと問われれば、遥には答えられない。両方必要だと思っている。

 

「あの二人の術式だけじゃなく、そうだな……。例えば空間ごと切るなんて術式も出てくるかもしれないな。無下限があっても通る手段は、いくらでも考えられる」

 

遥は少し黙った。

 

「そのくらいの術師が出てくる方が面白いな」

 

「だろ」

 

影久が笑った。

 

「あと茈の先も考えてる」

 

「領域か?」

 

「まだそこまではっきりと見えてるわけじゃないんだ。でも、茈を撃って通じない相手がいる以上、別の何かが必要なんだよ」

 

遥がジトっとした目で影久に視線を送った。

影久は少し考えてから言う。

 

「俺にもわからんな、正直。ただ……茈は蒼と赫を合わせた先にある。だとすれば、その先を探すなら茈を突き詰めるよりも、蒼か赫のどちらかをとことん極めた方がいいのかもしれないな」

 

遥は黙って聞いていた。

 

「術式の順転と反転、それぞれの極みを探って、元の流れを深く掘ってみてもいいんじゃないか?」

 

「……なるほど」

 

遥はまた前を向いた。

 

「どちらかの先が見えたら、あとは反転するだけ、まずは蒼だけ考えてみたらどうだ」

 

「極ノ番ってやつか」

 

影久が少し目を細めた。

 

「かもしれないな」

 

「お前の助言でってのは気に入らないけど、やってみるよ」

 

「口の減らないこと」

 

影久が笑った。

 

遥も、前を向いたまま口元を緩めた。

 

「また来るよ」

 

「ああ」

 




影真似とグラグラの実みたいなイメージです。

グラグラは足踏みという動作で、視界の好きなところに振動を発生し続ける結界を生みます。
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