戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
慶長八年、秋。
江戸にやってきたのである!
いやー江戸の街って、この時期だとまだ城下町ってほど発展してたわけじゃないんだな。
武家屋敷が並んでるかと思えば急に空き地になったり、道も半端なところで途切れてたり。
流石に何百年も積み上げてきた京とは違うか、幕府開いてまだ三年だしな。
おっと、この思考、すっかり京に染まってしまってるな俺も。
(それにしても、御前試合か)
原作でも御三家での試合だったんだろうか。
まあ加茂が来るのは自然といえば自然か。
備えはそれなりにしてきた。
無下限への適応も茈まではほぼ完全に終わっているし、遥はまだ領域を使えない、極ノ番も。
つまり、遥相手にやられることはないだろう!
どちらかというと問題は加茂の方である。
景次と一緒に招集された場所にいたのは……なんと。
一月ほど前、京での話に遡る。
幕府の使者が三家を一堂に集めたのは、とある公家屋敷の一室だった。
禪院側は景次と俺、五条側は遥とその供、加茂側は当主と数名。向き合って座ると、それだけで部屋が少し窮屈になった。
部屋の広さに対して人数集まりすぎである。
使者が御前試合の段取りを説明する間、俺は向かいの、いささか歳を感じる懐かしい術師の顔に釘付けになっていた。
鹿紫雲一である。
加茂の客分という触れ込みで座っている。
こちらに気づいて、ゆっくりと視線を向けてきた。
特に何も言わない。ただ、目が笑っていた。
ああそうだ、懐かしいな再戦の約束。
ただ、小さく顎を引いた。
そうだな闘ろう。
鹿紫雲も同じように顎を引いた。約束を覚えていたな、とお互いに確信する。
使者の説明が続く中、隣で遥が腕を組んだまま加茂側を眺めていた。
六眼が鹿紫雲を捉えた瞬間、その眉が微かに動いたのが見えた。
視線が鹿紫雲で止まっている。六眼で何かを捉えているのだろう、いつもより少し真剣な顔をしていた。
幕府の使者が目の前にいるのに耳打ちしてくる。
「鹿紫雲一ってお前の師匠みたいな術師だろ?」
「おい、後にしろよ」
小声でそう返すが、全く聞いちゃあいない。
「稲妻みたいな呪力特性持ってるね、強そうだ」
そこで遥は少し黙って、それからこちらの方を半目で見てくる。
「お前の吸収はいまだに見えないほんとなんなの?」
何を言っても無駄と感じ、遙は一旦無視することにした。
使者が引き上げ、三家がそれぞれ腰を上げたところで、鹿紫雲がこちらへ歩いてきた。
「影久」
「久しぶりだな、鹿紫雲。再戦は御前試合、ということだな?」
「ああ」
それだけ言って、鹿紫雲は加茂の当主の方へ戻っていった。
「無視すんなよ」
使者が出ていった後、遥が隣に立っていた。ご立腹の様子である。
「使者が話してる最中に耳打ちしてくるお前が悪いだろ」
「あっちは別に大した話してなかったし」
はー、待て待てこいつ何にも聞いてないじゃん。
「してたよ、ちゃんと聞いてたか?」
遥が少し口をへの字にした。聞いてなかったらしい。
「……まあ景次がいるからいいじゃないか」
「それはそう」
俺も景次がいるから安心して鹿紫雲を眺めていた口なので、あまり強くは言えない。
「で、鹿紫雲一ってほんとにお前の師匠みたいな人なのか」
「まぁ、そうだなあ。旅の道連れだな。色々と鍛えてもらったから、師匠でも間違いはないよ」
「強いのか」
「ああ」
遥が少し黙った。加茂の方へ戻っていく鹿紫雲の背中を、まだ六眼で追っているようだった。
景次が隣に来て、小声で言った。
「兄上、試合の順番についてですが」
「ああ、聞いた。第一試合が五条と禪院、第二が禪院と加茂、第三が五条と加茂だったな」
「連戦になります」
「わかってる」
景次の顔に心配の色が滲んでいる。わかってる、とは言ったが景次からすれば心配だろう。
俺が第一と第二を続けて戦う形になる。
「円鹿がいるから体の疲れはなんとかなるだろう。呪力の消耗の方も、まあ、これもなんとかなるよ」
呪力の吸収がある。
遥の呪力を喰いながら戦えば、消耗どころか逆に補填できるんだよな。
だからそれは心配していない。
問題があるとすれなら、精神的な疲れになるだろう。
遥は手加減をしない。
俺相手なら壊れないとわかっているから、手合わせとは全然違う本気でくるだろう。
全力で闘うとなると、体がどれだけ万全でも精神的には削られるからな。
景次が一度頷いたところで、遥が景次の隣に割り込んできた。
「第一試合、手加減とかいらないからな」
「してやろうとも思ってなかったぜ」
「僕は本気でやるぞ」
景次が苦笑いをしながら少し後ろに下がった。
「鹿紫雲一に勝てるか」
「昔のままなら、どうあっても負けないだろう。だがね、あいつはそんなタマじゃない。きっとなにか……。そうだな、勝ちも負けもどっちもありうる、そんだけだ」
「はぁ?なんだそれ」
遥が少し考えるような顔をした。
「……負けんなよ、って今から言っててもしょうがないんだけどさ」
納得したのかしていないのか、それ以上は聞いてこなかった。
江戸へ向かう道中、東海道を進んでいた頃、少し外れた林の中に二級程度だろう呪霊がいた。
響と直景がほぼ同時に足を止める。
響の方が半歩早かったな。
「お父さん、あっち」
「二人ともよく気がついたな」
景次が二人を撫でる、それから俺を見た。
「兄上、よろしいですか」
「いいよ、円鹿もいるし任せてみようか」
景次が響と直景に向き直った。
「やってみなさい」
響の顔がぱっと明るくなった。直景は無言だが、目が変わった。
「円鹿、一応出といてくれ、反転は俺が言うまで使うな」
響が先に動いた。
地を踏みしめた瞬間、びりりと空気が揺れた。
振動が林の中を走る。呪霊が跳んで避ける。
だが完全には躱しきれず、体の一部が弾け飛ぶ。
「速い」と直景が呟いた。
呪霊が大きく弧を描くように、響の攻撃を避けて回り込む。
響に突っ込んでくると、体の一部を伸ばし縦に大きく振るってきた。
響は横に跳んで躱す。着地と同時にまた踏む。振動が走る。また避けられた。
呪霊が大きく旋回して距離を取った。響も直景も、じりじりと間合いを測りながら動く。
「あいつ思ったより早い」
直景が小声で言った。
「姉さん、呪霊を俺の影に誘導できる?」
響が呪霊を見たまま答えた。
「やってみる。どっちに引き込む?」
「左。俺が先に影を伸ばしとく」
直景が地面を踏んだ。影がじわりと左へ広がっていく。呪霊はまだ気づいていない。
響が踏み込んだ。振動を右側へ走らせる。呪霊が左へ跳んだ。
直景の影の上へ。
「もらった」
呪霊の影が直景の影と重なった瞬間、体が硬直した。
無理に動こうとしてその体が大きくよろめく。
響がよろめく呪霊の体の中心へ、座標を絞って全力で踏み込んだ。
どうっ、と重い地響きがした。
呪霊が崩れる。
響が膝に手をついて息を整えている。直景も肩で息をしていた。
円鹿にふっと笑ったような表情をし、影へと戻って行った。
景次が静かに言った。
「よくやった」
響がようやく顔を上げた。まだ息が上がっている。直景は無言のまま、倒れた呪霊のあった場所をじっと見ていた。
「直景、最初から誘導するつもりだったのか」
「……姉さんの術式が当たらないのを見て、思いついた」
「頭使えてるじゃないか」
直景が少しだけ照れたような顔をした。
響が直景の肩を叩いた。
「なお、よくやった!」
「姉さんが誘導うまくやってくれたから」
「当たり前でしょ」
景次が二人の前にしゃがんだ。
「怖くなかったか」
響が少し考えてから言った。
「怖かった。でも面白かった」
直景は黙って頷いた。
景次が立ち上がってこちらを見た。
「怪我もなく良かった」そう言って頷きを返す。
街道へ戻って再びあるき出した。
響と直景がまだ何か話している。景次が隣に並んできて、小声で言った。
「子供の成長は早いですね、兄上」
「響の術式の扱いがまだまだ大雑把ではあったが、直景がうまいこと補う形で連携してたな」
「あの二人、稽古でも似たようなことをやっていたようで。気づいたら自分たちで考えて、ああやって動くようになっていました」
前を歩く響と直景がまだ話し合っている。
響が何か言って、直景が頷いている。
さっきの戦いの反省でもしているのだろう。
「景次、お前と郷子がちゃんと育てたな」
景次が少し間を置いた。
「兄上が直景を見てくださっているのも大きいと思います」
「俺はたまに顔を出してるだけだよ」
少し歩いてから、景次に聞いてみた。
「そういや江戸って、幕府が開いてからどんな感じになってるんだろうな。前に来たのは随分前で埋め立てしてる最中だったよ。そんとき呪霊を祓いに来たのが最後なんだよな」
「二年ほど前に一度来ましたが、まだ整備中という感じでしたよ」
「まだそんなもんか」
前を歩く響と直景が何か言い合いながら歩いている。
そうして江戸入り、景次の言った通り、まだまだ発展途上といった感じだった。
宿に落ち着いてから、しばらく天井を見ていた。
景次は子供たちと隣の部屋にいる。夕餉が運ばれてくるまで、まだ少し時間がある。静かだ。
影の中で魔虚羅の気配がした。
「遥との一戦、どう思う」
気配が動いた。
——問題ない——という返事が返ってくる。
「……お前もだいぶ流暢に伝えるようになってきたよな。付き合いも、もう十六年になるか?最初は単語一個ずつだったのに」
魔虚羅の気配が少し揺れた。何か言いたそうだが、言葉にはならない。
「茈まではもう適応が終わってる。領域も極ノ番も、まだ使える様子がない。俺もそう思う」
では鹿紫雲は、と問う。
「鹿紫雲はどうだ」
少し間があった。
——未知——という返事が返ってきた。
「まあそうだよな、長いこと会ってないんだから仕方ない。というかお前は一応初対面になるのか?でもあいつの呪力と電気には、多少適応はできてるはずだよな。……でもあいつがそれだけで終わるとは思えない。幻獣琥珀を何かしら変えてくる可能性はある。だが未来の宿儺に使う切り札のはず、ここで出すか?」
沈黙。
「出さないよな、普通。ならば戦いながら解析して、適応を上乗せしていけばいい。お前がいれば、なんとでもなる」
魔虚羅の気配が静かになった。
天井を見たまま、少し間があった。
ただ、羂索だけが引っかかる。
京以来、何もない。動いていないわけがない。
あいつが何もしないはずがない。
それがどこから来るか、全くわからないのが、どうにも落ち着かなかった。
六眼を殺すために、俺を利用する可能性はまだ全然残っている。
死ぬつもりはない。
ただ、万が一というものはある。
景次には、話しておいた方がいいな。
夕餉が運ばれてきて、景次と子供たちと四人で食った。
響が江戸の飯について何か言って、直景がそれに答えている。景次が時々口を挟む。
そんな夕餉の時間だった。
食い終わってから、響と直景が部屋に戻る。
景次は残っていた、俺が何も伝えずとも。
「兄上、何かありますか」
「よくわかったな」
「顔に出ていますよ」
「……景次、一つ頼みがある」
景次が手を止めた。
「万が一俺が死んだら、死体を完全に破壊してくれ」
しばらく沈黙があった。
「……理由を聞いてもよいですか」
「説明できない。でも頼む」
景次が再び黙る。俺の顔をじっと見ている。何かを読もうとしているのだろう。
やがて静かに息を吐いた。
「説明しない、ではなく出来ない、そういうことですね?」
「ああ、そうだ説明することは、出来ない」
「わかりました」
しばらくして景次が口を開いた。
「兄上は、この試合が終わったら何かしたいことはありますか?」
少し考えた。
「うーん、特に考えたこともないな。まあでも死ぬつもりではないよ」
「わかっています」
それだけ言って、景次は立ち上がった。
「おやすみなさい、兄上」
「ああ、おやすみ」
景次が部屋を出ていこうとしたときこちらを振り返った。
「ああ、やって欲しいことがありました、兄上。いい加減、婚姻を結んで子を成してもらえませんかね?」
「…………」
「禪院家の当主として、切実なお願いでございます」
「……はぁーわかったよ」
「それでは今度こそ、おやすみなさいませ」
景次が今度こそ部屋を出ていった。
残された俺は天井を見た。
影の中で魔虚羅の気配がしている。なんか笑ってる気がする。
「笑うな」
……確認をしておくか。呪物化について。