戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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第四十八話 慶長御前試合・上

「呪物化について」

 

そう伝えると魔虚羅の気配が、静かに動いた。

 

——進捗——

 

「聞かせてくれ」

 

——神威、壁——

 

「梱包がまだ完全じゃないってことだな」

 

宿儺の指を取り込んで解析してきたが、神威を隠して結界を騙くらかす手立てがまだ完成していない。そこだけがずっと詰まっている。

少し間があって、魔虚羅から続きが来た。

 

——縛り、代わり——

——致命、受けたとき、自動——

 

梱包の代わりに縛りで押し込む。致命を受けた瞬間に自動で呪物化が始まる設計か。

 

「致命の定義はどうする」

 

——曖昧、広く——

 

曖昧なまま範囲を広くとるわけだ。

少し考えた。

曖昧、ということは——本当に致命かどうかに関係なく、俺が死ぬかもしれないと思った瞬間に発動する。

そして呪物化は不可逆だ。誤作動する可能性がある縛りを、取り消せない変化と引き換えに使う、ということになる。

 

「……誤作動したら笑えないな」

 

魔虚羅の気配が揺れた。否定でも肯定でもない揺れ方だった。

わかってる。でもそれが縛りの強さでもある。詰めれば詰めるほど穴が出る。曖昧だから広く機能する。

 

「まあ、そう簡単に死ぬかもとは思わないからな、俺は」

 

それから、もう一つ意志の断片が落ちてきた。

 

——適応まで——

——眠る、かもしれない——

 

「……なるほど、目が覚めたら知らない時代になってる可能性があるわけか」

 

気配が揺れた。謝罪の色があった。

 

「気にすんな、俺は四百年後のことまで知ってるってのは伝えたことがあったと思うが、流石にそこまで寝坊はしないだろ」

 

魔虚羅の気配が少し揺れた。

 

「それになんと言っても、だ。死ぬよりはずっとましだろ」

 

魔虚羅の気配が、落ち着いた。

 

「よし、決まったな。俺が死ぬかもと思った瞬間に発動する、それで縛れ」

 

——了解——

 

短く、しかしはっきりとした返事だった。

天井を見たまま、少し息を吐く。

 

死ぬつもりはない。

遥に負けるつもりもないし、鹿紫雲に殺されるつもりもない。羂索が何か仕掛けてくるとしても、それで詰むとは思っていない。

 

ただ、万が一というものはある。

 

それに備えておくのは、悪いことじゃない。

景次や響・直景のことが一瞬よぎる。

 

「よし、それでいこう」

 

魔虚羅の気配が静かになった。

 

明日は遥と戦う。

それだけ考えて、眠った。

 

 

翌朝、夜明け前に目が覚めた。

外はまだ暗い。遠くで鳥の声がした。

景次たちの気配は隣の部屋にある、まだ眠っているようだ。

静かに起き上がり、窓の外を見る。江戸の空が、じわじわと白んでいく。

 

御前試合への懸念が、今日でやっと終わる。

五条家に六眼が生まれたと聞いた日から、ずっと心のどこかに引っかかり続けていた。

支度を整えて部屋を出ると、景次がもう廊下に立っていた。

 

「早いな」

 

「兄上こそ」

 

それだけ言って、二人で並んで歩く。

宿を出ると、遠くの寺から鐘の音が低く響いた。ゴーン、と一つ。静けさがいっそう深くなる。

長屋の並びを見ると、一軒の窓から薄い煙が白く細く立ち上っていた。かすかに薪の爆ぜる音がする。誰かがもう火を入れている。

 

まだ人気のない大通りの向こうから、小さく揺れる提灯の灯りがひとつ、こちらへ向かってくるのが見えた。日本橋の市場へ急ぐ商人だろうか。

景次は何も言わない。俺も何も言わない。

 

ただ並んで歩いた。それで十分だった。

しばらくして、景次が足を止めた。宿の方へ目をやる。そろそろ子供たちが起きる頃合いだろう。

 

「戻るか」

 

「はい」

 

来た道を引き返す。景次の足音が隣にある。

宿に戻ると、響と直景がもう起きていた。

 

「お父さん、どこ行ってたの」

 

「兄上と少し外を歩いてた」

 

響が景次を見て、それから俺を見た。

それ以上は何も聞いてこなかった。女の子は成長が早いなあ。

多分何かを察しているんだろう。

 

直景はすでに支度を終えて座っている。

こっちはこっちで妙に落ち着いていた。

 

四人で朝餉を食べて、会場へ向かった。

五ツの鐘が鳴り終わる頃に宿を出ると、主人が土間で手をついた。

 

「お励みくださいませ」

 

軽く頷いて、引き戸を開ける。

秋の朝の空気が、ひやりと頬を撫でた。

 

大通りはすでに人で埋まっていた。

店先に暖簾が下り、職人や商人の声が四方から飛び交っている。

水を打ったばかりの石畳を、荷車がゆっくり横切っていく。

どこかで何かを焼く匂いがした。

景次が隣を歩いている。

響と直景がその後ろ、二人でまだ何か話している。

 

会場が近づくにつれ、周囲の空気が変わった。すれ違う人足や町人が、何かを感じ取るように自然と道を開ける。

やがて会場の門が見えた。幔幕が張り巡らされ、中は江戸の喧騒から切り離されたように静まり返っている。

 

 

門をくぐると、すでに三家の術師が揃っていた。

鹿紫雲と目が合った。

遥はこちらを一瞥して、すぐ前を向いた。

 

幔幕の奥、高座に将軍の使者が着座した。

進行役が三家の名と実績を声高に読み上げる。

禪院、五条、加茂、それぞれの名が張り詰めた空気の中に響いた。

 

検使が左右に配置され、試合の規則が宣告される。

その間、誰も口を開かない。観客の術師たちも、微動だにしない。

 

やがて太鼓が、低く重く二度鳴った。

前へ出た。

板張りの舞台の上、向かいに遥が立つ。

二人で主座に向かって平伏する。

頭を上げると、遥と目が合った。

 

進行役が「両者、試合場へ」と告げた。

舞台を降り、広場の中央へ向かう。

砂利を踏む音が静寂の中に響いた。遥が向かいに立つ。

将軍家お抱えの術師たちが、無言で周囲に散った。

 

帳の中心を担う検使が一人、静かに進み出た。

腰に何本か呪具を下げている。

両手を広げ、地に呪力の印を結んでいく。

 

じわりと、帳が下りてきた。

 

外の気配が遠くなる。

将軍の使者も、武家の観客たちも、景次も響も直景も、全部向こう側に消えた。

 

帳の中には俺と遥だけが残った。

 

静寂が一段深くなる。

遥が静かに構えた。

 

再び太鼓が二度、それが合図。

 

最初の一手は蒼。

引力が空間ごと俺を引き寄せる。

軌道を読んで半歩ずらす。

 

遥が既にそこにいた。

遥の打撃を利用して距離を取ろうとする。

 

蒼を囮にした突っ込みは手合わせで何度も見た。

だがその速さは手合わせの比ではない。

 

遥が追ってくる。

蒼を利用した高速移動。

 

再びの接触から何度も、打ち合い。弾き。また打ち合う。

数百、数千という攻防。

 

さて、五条遥、そろそろ温まってきたろ。

第二ラウンドといこうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

▫️五条遥

 

その瞬間、六眼が何かを捉えた。間に合わない。

何かが横から直撃した。無下限ごと吹っ飛ばされる。

 

無下限ごと?

 

考えてる場合じゃない。

体勢を立て直し、瞬時に周囲を見渡した。

 

式神が視界に入った直後、六眼を通じて情報が叩き込まれた。

 

十種影#術—拡張術式(%&)—嵌合%獣『伊羅婆那』

十種影#術—拡張術式(%&)—嵌合%獣『委蛇』

十種影#術—拡張術式(%&)—嵌合%獣『窮奇』

 

「はは、なんだそりゃ、意味わかんねぇ」

 

真っ白い象、双頭の蛇、僕を吹き飛ばしたのは空飛ぶ虎か。

 

「さぁ、初めて見せる嵌合(%)獣だ。存分に楽しんでくれ」

 

楽しそうな影久の声が聞こえた。

この野郎!やってくれるじゃねーか!

 

伊羅婆那の突進、巨体のくせに速い!

赫を叩き込む。直撃した、が、止まらない。

横に跳ぶ。

 

着地した瞬間、上空から窮奇が急降下してくる。

蒼を展開して引力を歪め、軌道をずらす。

 

背後で委蛇の二つの頭が動いた。

地を滑るように駆けると、後ろで牙のかち合う音がした。

 

こいつら無下限ごと攻撃して僕ごと吹き飛ばすか、接触して時間をかけると無下限を抜いてきやがる。

 

悠長に構えてる暇はない。

しかし茈を当てる隙がない。

なんて連携の練度だ。

一対三の攻撃を捌き続け隙を探り続けた。

 

どれほど経ったか、窮奇の下降に合わせ、三体が縦一列に並ぶ機会が来た!

 

ここだ!

 

虚式—茈—

 

紫の光が広場を染めた。

 

徐々に光が収まってくる。

そこに立っていたのは、魔虚羅。

子供の姿をした式神だった。

片手を前に伸ばしたまま、静かにこちらを見ている。

 

茈を、片手で。

 

「…………」

 

言葉が出ない。それ、手合わせの茈じゃないんだぞ。

虎と鳥と牛が合わさった獣、双頭の蛇、白い象、三体が音もなく子供の影の中へ吸い込まれていった。

広場が静まり返る。

 

「俺もそろそろ本気で行こうか」

 

影久の声がした。

その瞬間、影が動いた。

子供の体にまとわりつくように、黒い影が渦を巻く。

 

一瞬だった。

 

目の前に立っていたのは、もう子供ではなかった。

 

 

 

 

 

 

▫️羂索

 

帳の外から、禪院影久と五条遥、二人の闘いを見ている。

羂索は目を見開いていた。

六眼持ちの無下限を相手に、影久が格闘戦で互角に渡り合っている。

無限を何らかの手段で突破しているということだ。

呪力特性の吸収か。それとも領域展延か。

 

いずれにせよ、尋常ではない。

無下限は六眼が必要ではあるが、格闘戦でも圧倒的な性能を誇る術式だ。

それと互角に渡り合う影久が羂索には信じられないでいた。

ようやく目にとらえられる速度での攻防が続く、影久の動きに乱れは見られない。

 

その時、影から三体の嵌合獣が現れた。

巨大な白い象、双頭の大蛇、空を飛ぶ虎と鳥が混ざったような獣。

三体同時。

それでも影久の呪力は減っているように見えない。

式神たちが五条遥の呪力を削り取りながら戦っている。余裕がある。

あの、五条遥が押されている。

 

一瞬の隙をつき五条遥が茈を放った。

その瞬間、羂索は信じられないものを見た。

子供の姿をした式神が、間に入り茈を片手で受け止めた。

紫の光が、静かに吸い込まれていく。

光が収まった。

 

魔虚羅。

三体が影に吸い込まれ、影が渦を巻く。

一瞬で、羂索の知っている姿へと戻った。

蒼を吸う。赫を吸う。茈さえも吸い込んだ。

羂索はしばらく黙っていた。

 

(……宿儺と並ぶ可能性があるか?いやでもそんなまさか)

 

今日、ここで、終わらせなければならない。

 

 

 

 

 

▫️禪院影久

「まいった、僕の負けだ」

 

遥が仰向けに寝っ転がった。

広場の真ん中で、大の字。しばらくそのまま動かない。空を見上げている。

 

「…………」

 

魔虚羅が影を纏い子供の姿に戻る。

 

帳を担っていた検使が解除の印を結ぶ。帳が薄れ、外の気配が戻ってくる。

検使が近づいてきた。勝敗の確認と、怪我の有無を見るためだろう。

子供の姿の魔虚羅の傍を通り過ぎる時、一瞬足を止めた。

 

「その式神、姿が変わるのだな」

 

誰に言うでもない、低い声だった。

魔虚羅は反応しなかった。

それだけ言って、検使は奥へ戻っていった。

 

遥の隣まで歩いていって、しゃがみ混んで話しかけた。

 

「満足したか」

 

遥が空を見たまま答えた。

 

「全然。全っ然足りない」

 

「そうか、じゃそのうちまた再戦だな」

 

「っていうか魔虚羅、お前あんなのその中に隠してたのかよ!」

跳ね起きて遥が魔虚羅に詰め寄った。

 

「次は負けない」

 

「じゃあ俺は、次も負けない、だ」

 

遥が一瞬だけ黙った。

それから魔虚羅に向かって何か言いながら、五条側へ戻っていった。

まだ詰め寄り足りなそう、そんなにだったか、魔虚羅の姿。

 

試合場を均す作業が始まったが、しばらくかかりそうだ。

景次たちのところへ戻ると、響と直景が真っ先に駆け寄ってきた。

 

「叔父さん、すごかった!あの白い象みたいなの何!?満象とも違うよね?」

 

直景もその隣で大きく頷いている。

 

「あれは十種影宝術の拡張術式で式神を合体させたんだ。嵌合獣という。象は伊羅婆那だな」

 

「えっ、あれも式神なの!?」

 

「満象、蝦蟇、脱兎を合わせたんだ」

 

景次が穏やかに二人の間に入った。

 

「お前たち、兄上は次の試合がある。続きは後で聞きなさい」

 

響が「えー」と言いながら引き下がった。直景は素直に頷いて一歩下がる。

景次が俺に向き直った。

 

「水を持ってきました」

 

「助かるよ、ありがとう」

 

受け取って一口飲む。

精神的な疲労が、じわりと体に出てきていた。

遥相手の全力というのは、やはり削られる。

 

ただ。

 

(慶長の御前試合、五条との一戦、乗り切った)

 

五条悟曰く、十種影法術使いが六眼と相打ちになった。

おそらくそれは今日だったのだろう。だが蓋を開ければ、俺が勝った。

あとは鹿紫雲と存分に戦うだけだ。

 

その時、幔幕の向こうから五条家の年嵩の術師が足早に現れた。遥に近づき、耳元で何か告げる。

 

「蜘蛛と百足の呪霊が出ました。特級の可能性がございます、ご当主様に対処願いたく」

 

遥の表情が一瞬だけ動いた。こちらをちらりと見る。

「負けんなよ」目がそう言っている気がした。

幔幕の外へ消えていく背中を、見送った。

 

(蜘蛛の呪霊、か)

 

懐かしい記憶が蘇ろうとした時、進行役の声がした。

 

「禪院影久、第二試合の準備を」

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