戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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第四十九話 慶長御前試合・下

「禪院影久、第二試合の準備を」

 

進行役の声が会場に響き渡った。

景次が無言で一歩引いた。響と直景も同じく下がる。

 

試合場の均しの終わりが近い。砂利を掻き均す音が広場に響く中、影久はゆっくりと首を回した。

 

遥との一戦で消耗した呪力は、まだ完全には戻っていない。

とはいえ残量およそ九割。

影久ならば呪力吸収で闘いながら維持できる。

 

(呪力は十分、神威の変換もまあまあ上々。あとは鹿紫雲がどんな手を用意してきたのか)

 

会場の均しが終わった。進行役が「第二試合、禪院影久 対 加茂 鹿紫雲一」と声を張り上げる。

 

試合場の反対側から、鹿紫雲が歩いてきた。

 

羽織を脱いで係の者に渡している。

ただそれだけの動作で周囲の空気が変わった。

観客の武家たちが、鹿紫雲の雰囲気に飲まれていた。

 

試合場の中央で向かい合う。

 

「待たせたな」

 

「いや」

 

鹿紫雲の全身から、じわりと電気が滲み出した。

問いかけの代わり。

 

将軍家お抱えの術師たちが、無言で周囲に散った。

先ほどと同じ検使が、慣れた足取りで進み出る。

腰の呪具が、歩くたびに小さく鳴った。

手早く印を結び終え、一礼して下がる。

 

帳が、二度目の沈黙を連れてきた。

無言で構える。

 

太鼓が二度、鳴った。

 

 

 

 

▫️慶長御前試合

鹿紫雲が踏み込んだ。

最初の一撃は右の直突き。最短距離の拳。

 

影久がわずかに体を開いてかわす。すれ違いざまに左を返す。

鹿紫雲が肘でいなし、そのまま肘打ちへ転じる。

影久の側頭部を狙った一撃を、影久は顎を引いて受け流した。

 

(変わっていない、入り方は同じ)

 

攻防が重なるたびに放電が弾ける。影久の呪力特性がそれを少しずつ奪い取っていく。

鹿紫雲の目が細まった。

 

(吸ってやがる、相変わらずだな)

 

踏み込みのたびに石畳が軋む。

影久が右を返す。鹿紫雲が肩で受けてそのまま押し込んでくる。

鹿紫雲は神経伝達速度を上げている。体格で勝る影久の虚をつく形で力が伝わった。

殺しきれず、影久が半歩退いた。

 

(早い!)

 

鹿紫雲が追撃に転じる。左右の連打、最後に膝。

影久が打撃の勢いを利用しバックステップで距離を取った。

 

放電が弾け、石畳に焦げ跡が残る。

互いに呼吸を整える間もなく、鹿紫雲が再び踏み込んだ。

 

十、二十、百合。攻防が積み重なる

純粋な速度で言えば影久と遥の戦闘速度のほうが速いかもしれない。

だが、鹿紫雲の動きにはラグがない。

 

 

影久の適応が少しずつ精度を上げていく。

踏み込みのリズム、重心の移り方、打撃の予備動作。旅の三年半で刻み込んだデータが蘇ってくる。

 

だが、読めても追いつかない。

影久が次の動きを捉えた瞬間、鹿紫雲の体はもうそこにない。

予測より先に体が動いている。

 

いや、正確にはその一歩先。

『影久が解析、適応により予測した動き』

それに対応した動きを反射で行っていた。

 

反射を底上げされると、予備動作を読む意味が薄れる。短い適応で詰められる差ではない。

影久の迎撃が空を切る回数が増えた。

 

しかし、そこまでの動きをし続ける鹿紫雲の肉体への負荷はいかほどか。

 

互いに距離を取った。

 

「十七年ぶりの俺の動きの最適解は掴めそうか」

 

「アンタ、いきなり全力出しすぎだろ」

 

「お前相手に長時間やってらんねえだろ」

 

鹿紫雲が息を整えながら、口の端を上げた。

 

「ここからだ。すぐ終わってくれるなよ」

 

術式開放——幻獣琥珀・相——

術式反転——霊胎琥珀——

 

鹿紫雲の輪郭が、滲んだ。

皮膚の下で何かが動く。骨格が、筋肉が、密度を変えていく。

放電が全身を包み、大気が焼ける臭いが広場に満ちた。

観客の武家たちが、反射的に後退した。

鹿紫雲がそこに立っていた。見た目はまだ人の形をしている。

 

 

だが、果たしてその肉体は……。

 

 

幻獣琥珀とは、電気が起こせるあらゆる事象を実現可能とする肉体へと自身を造り変える術式だ。

本来、一度始めれば戻れない。肉体が崩壊しながら出力を上げ続ける、燃え尽きるまでの片道切符。

 

霊胎琥珀はその電気回路の中に組み込まれた反転の回路だ。

習得当初、鹿紫雲は出力の99%を反転に回してかろうじて崩壊を抑えるだけだった。戦闘に使える出力はほぼなかった。

それを少しずつ反転の効率を上げ、戦闘に回せる割合を広げてきた。

 

今は50%まで来た。

 

出力の調整は0.1から50%の間で自在。ただし必ず一定割合を反転に割き続けなければならない。100%の出力も、完全な反転術式も、使えない。

 

二つを同時に回し続けるコストは、およそ十分が限界だった。

 

鹿紫雲が踏み込んだ。

さっきまでと、速さが違う。

影久が反応する前に右の拳が胸を捉えた。

吹き飛ぶ。石畳を転がり、体勢を立て直す。

 

(速い、さっきの比じゃない)

 

神経加速の上に、幻獣化による肉体強化が乗っている。

追いかけてくる。距離を詰める速度が人のそれではない、幻獣。

影久が影を展開して横へ抜けようとした瞬間、鹿紫雲がそこに先回りしていた。

膝が腹に入る。

 

(先回りした、読まれた!?)

 

違う。反射速度が影久の影の展開より速い。読んだのではなく、間に合っただけだ。

 

距離を取れない。

 

影久は吸収に徹した。打撃を受けるたびに電気を奪い取り、魔虚羅へ流し込む。

 

魔虚羅の適応が始まっている。まだ緒に就いたばかりだが、確かに動いている。

鹿紫雲の猛攻を受け

 

(これほどの出力、反転だって回している。長くは持たないはずだ、防御に徹してしまえば……、いやそもそも神域を……)

 

鹿紫雲の拳が、再び影久を捉える。

 

 

 

 

(そ れ は 違 う だ ろ !)

 

 

 

 

瞬間影から子供の姿が躍り出た。魔虚羅が拳を上へ弾き飛ばす。

そのまま影を纏い始める。

鹿紫雲が弾かれた勢いのまま蹴り上げようとする。

変身の最中の魔虚羅に直撃した。

同時に、鹿紫雲の背後から巨大な影が形を成す。

 

拡張術式(神威)——嵌合神獣——九宝——

 

狼と獅子が混ざったような頭、鹿と牛の角、強大な黒翼、蛇の尾。

九宝の一撃が鹿紫雲の背を捉えた。

その時鹿紫雲の全身から放電が迸る。

そのまま回転する。高速で、コマのように。

放電を纏いながら回り続ける鹿紫雲の周囲で、石畳が砕け散った。

 

魔虚羅が吹き飛ぶ。九宝神獣が弾き飛ばされる。

鹿紫雲が一直線に影久へ向かってきた。

 

影久は九宝を出すとほぼ同時に正面に影の層を張っていた、同時鹿紫雲の脚が影に突き刺さる、寸前で

物理的にありえない動きを持ってベクトルを変えた。

影を回り込むように動く。

無防備な左アバラにその拳を突き刺した。

 

影久が左腕で防げたのは偶然だった、先程からの鹿紫雲の反射速度、見えている防御は通用しない、そう確信していたからこそ、右か左か上か。

過去の適応が影久の防御を成功させる。

 

刹那吹き飛ばされていたはずの魔虚羅が鹿紫雲の足首を影から掴む。

そこへ九宝の舌が四方から巻きついた。

しかし鹿紫雲は止まらない。拘束を強引に焼き切り、影久に迫る。

 

——ガコンッ

 

(進んだッ!)

(始まりやがったか!)

 

二人の目が合った。

 

影久とその式神の動きが変わる。

 

そこからの攻防。

『対応に対する反射』、に対する読みが混じった。

まだ鹿紫雲が早い。

しかし相手は3体、後出しの反射の回数は加速度的に増え、影久に触る回数が激減した。

 

九宝の爪が、鹿紫雲の踏み込む先に振られていた。

 

(読みの精度が)

 

鹿紫雲が地面スレスレを滑るように踏み込む。

狙いは影久の右肩。

影久の体が、考えるより先に動いた。

 

半歩引いて肩を逃がし、空いた懐へ左を返す。

鹿紫雲が避けようとした先に魔虚羅の剣が置かれていた。

急停止、影久の左を肘で受ける。

 

影久の攻撃を利用しての幾度目か電荷の蓄積。

(くそ、幻獣琥珀早すぎだろ!)

術式なしでは不可能な受動的蓄積が影久の体に溜まっていく。

 

——ガコンッ

 

(二度目!)

(……後何回だ?)

 

三対一でようやく互角。

 

鹿紫雲の拳が空を切る。影久の蹴りが空を切る。

互いに、決定的な一手が刺さらなくなっていた。

 

九宝の爪。

魔虚羅の剣。

影久の拳と蹴り。

 

三方向からの圧を、鹿紫雲が紙一重で全てかわしていく。

影久も同じだった。鹿紫雲の神経加速をなぞるように、攻撃が来る直前に体が反応する。

 

互いの呼吸が、踏み込みのタイミングが、噛み合っているようで噛み合っていない。

拳が交差する。同時に互いの拳が相手の頬を掠めた。

 

血が散る。鹿紫雲の頬から、影久の頬から。

 

「……ハッ」

 

鹿紫雲が短く笑った。

影久も口の端を上げた。

 

止まらない。

 

時間の感覚が薄くなっていく。

 

打ち合い、弾き、また打ち合う。九宝の爪が浅く掠り、魔虚羅の剣が空を切り、影久の拳が鹿紫雲の腹を抉る。鹿紫雲の拳が影久の肩を抉り返す。

 

拮抗が続いた。

 

だが拮抗の中で、鹿紫雲の打撃が触れるたびに、電荷が、少しずつ蓄積していく。

 

止める術がなかった。三対一で互角を保つだけで手一杯だった。

そして鹿紫雲の動きにも、わずかな陰りが見え始めていた。

限定開放の残り時間、わずか。

 

鹿紫雲が大きく後退した。

全身から放電が収束していく。

これまでの比ではない密度で。

蓄積させた電荷の解放。

 

影久が影を展開した。十枚、左腕の前に生成。

同時に鹿紫雲が解き放った。

 

視界が白く染まる。

影が一瞬で蒸発した。

左手、前腕、上腕。

 

——ガコンッ

 

(三度目、ここで——)

 

光が収まらない。密度が、これまでの放電とは違う。

幻獣琥珀の出力を、すべて吐き出すような光だった。

鹿紫雲の輪郭が、揺れた。

 

術式が解ける。

 

生身に戻った瞬間、自らが放った光をすぐそこで受けた。

鹿紫雲が両目を押さえてよろめいた。

 

影久も膝をつく。左腕がない。肩から下、何もない。

広場に、静寂が落ちた。

誰も動かない。

 

帳の外から、検使の砂利を踏む足音が聞こえる。

帳を解く間も惜しむように、走りながら印を切っていく。

 

「双方、怪我は大丈夫か。ここまで!これ以上の続行はなしだ!」

 

声を張りながら、こちらに近づいてくる。

御前試合が終わった。

 

「回復を頼む」

 

そう九宝に告げようとした、その時。

解かれた帳の先、人混みの中、武士たちの一人。

縫い目。

 

何かが影久の脇腹に突き刺さった。

 

途端、九宝が、魔虚羅が、影の中へ強制的に引き戻されていく。

 

(消える、なんで——)

 

神威も無関係に引き剥がされていく感覚だった。

 

これは。

 

天元より古い。

 

円鹿が、呼べない。

 

理解した瞬間、それは「死ぬかもしれない」という認識そのものだった。

 

もう、終わっていた——

——いや、始まっていた

 

鹿紫雲の咆哮が響いた。

検使の体が、何かに弾かれたように吹っ飛ぶ。

その衝撃で、脇腹に刺さったままの矛が折れた。

 

折れた先が、影久の体の奥に残る。

意識が、急速に薄れていく。

影の中で、魔虚羅の気配が動いた。

 

——開始——

 

それだけ、確かに聞こえた。

 

 

 

 

▫️鹿紫雲一

 

御前試合の騒ぎも落ち着いた頃だった。

 

「惜しい男だったな」

 

聞き慣れた声に振り返る。

羂索が立っていた。

鹿紫雲は何も答えない。

羂索も気にした様子はなかった。

 

「禪院影久の件だ、妙な話でね」

 

羂索は肩を竦める。

 

「死体がない」

 

鹿紫雲の眉が僅かに動いた。

 

「正確には、死体はあった。運び出そうとした時には空だったそうだ」

 

「空?」

 

「文字通りだよ」

 

羂索が笑う。

 

「魂が抜けた、という表現が近いかもしれない」

 

鹿紫雲は黙ったまま空を見る。

あの瞬間を思い出していた。

左腕を失い、膝をついていた影久。

脇腹に何かが刺さった。

魔虚羅が消えた。

九宝が消えた。

 

そして――

 

影が薄くなった。

最初は見間違いだと思った。

だが今になって妙に引っかかる。

 

「刺さっていた呪具は天逆鉾だったらしい」

 

羂索が続ける。

 

「聞いたことはあるか?」

 

「ねぇな」

 

「術式を強制解除する呪具だそうだ」

 

羂索はそこで言葉を切った。

 

「だが、それだけなら説明がつかない」

 

折れた一部の話になるが、そう羂索は前置きし。

 

「体内にあったはずの天逆鉾も消えている」

 

鹿紫雲はようやく羂索を見た。

 

「……消えた?」

 

「ああ」

 

「死体の中身が、刺さっていた呪具が、残っていない」

 

羂索の目が細まる。

珍しく、本当に興味を持っている顔だった。

 

「私にも分からないことがあるとはね」

 

しばらくして羂索が言う。

まるで今の話が前置きだったかのように。

 

「さて、未練はなくなったかな」

 

鹿紫雲は答えない。

影久が死んだのか。

生きているのか。

そんなことはどうでもよかった。

ただ一つだけ分かる。

 

あれは終わりではなかった。

最後の瞬間。

何かが始まった。

そんな気がしていた。

 

「改めて、未来へ行く気はないか」

 

そう言った後、

少しだけ間を置いた。

 

「……宿儺はあれより強ぇのか」

 

羂索が笑った。

 




あとはエピローグで終わりです!
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
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