戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
AIの進歩で、自分の読みたいものを書いてみたい!
というのが始まりでしたが、思いの外楽しんでくださる方が多く、最後まで書き切ることができました!


エピローグ

慶長八年十一月、まだ朝の冷気が抜けない頃。

 

禪院家の奥座敷に、白布が敷かれている。

香の匂いが、いつもと違う重さで部屋に沈んでいた。

家中の者たちが静かに動き回り、誰も大きな声を出さない。

普段の禪院家の朝とは、何もかも違う。

 

景次は座敷の隅に立ち、その様子を眺めていた。

御前試合から数週間が経つ。

幕府の捜査はまだ続いている。

表向きには「不測の事故」としか伝えられていない。

紛れていた男の正体も、刺した呪具の出所も、幕府はまだ掴めていないようだった。

景次の耳に入ってくるのは、断片だけだ。

 

それでいい、と思っている。

知らないままの方がいい部分もある。

 

響と直景は、すでに座敷の隣に座っていた。

響は目を赤くして、時々鼻をすすっている。

直景はその隣で、黙って自分の影を見ていた。

 

周りの大人たちが悲しんでいるのはわかる。

だから自分も同じ顔をしていなければいけない気がする。

でも、なんでだろう。

叔父さんが死んだとか、いなくなったとか、そういう感じがしない。

 

うまく言葉にできなかった。

だから直景は何も言わずに、ただ膝の上で手を握っていた。

この空気の中で自分だけ違うことを言ったら、きっと困らせる。

それくらいは、わかっていた。

 

「なお」

 

響が小声で呼んだ。

直景は小さく頷いただけで、答えなかった。

 

景次は二人から目を離し、もう一度座敷の中を見渡した。

兄上が、ここにいない。

それだけが、何度繰り返しても飲み込みきれない事実だった。

 

弔問の客は、昼を過ぎてから途切れなくやってくる。

ほとんどは禪院の名を知る程度の付き合いだ。

一言、二言で頭を下げて帰っていく。

 

そんな中で、一人だけ景次の目を引いた。

上杉家からの使者だった。

供を二人連れ、丁寧な所作で焼香を済ませると、文を景次の前に差し出した。

 

「主、直江兼続様より」

 

開くと、簡潔な文字が並んでいた。

 

今は身の置き所が窮屈で、自ら参じることができない、という詫びの一文。

そしてその後に、短い言葉が続いていた。

 

——あの男には、借りがある。礫を打つように本題から入った男だった。あれ以上の頼りになる術師には、ついぞ会わなかった。

 

使者が頭を下げる。

 

「主は、上杉領の海で禪院影久様に救われた縁があると申しておりました。詳しくは存じませぬが、それだけは必ず伝えるようにと」

 

「ご丁寧に。兄も、喜んでいると思います」

 

景次は静かに答えた。驚きはない。来るだろうとは、薄々思っていた。

使者が一礼して下がっていく。

 

その後も、似たような弔問が続いた。

各地で世話になったという武家の家臣、名も知らない村の名主、どこかの神社の宮司。

 

誰もが一言だけ言葉を残し、深く頭を下げて去っていく。

中には、何のために来たのか景次にもわからない者もいた。

それでも、誰もが何かしらの恩を抱いて足を運んでいた。

兄上は、こんなにも広いところで人と関わっていたのか。

改めて、思い知らされる。

 

 

夜になって、弔問の客足がようやく落ち着いた。

景次は座敷を出て、廊下の奥にある一室を覗いた。

源蔵が、一人で座っていた。

 

躯を任されてきた老術師だ。長く影久に仕え、影を操る術式で家を裏から支えてきた。

年はもう八十を超えている。今日は朝からほとんど口を開いていない。

 

「源蔵」

 

声をかけても、すぐには返事がなかった。

やがて、しわがれた声がぽつりと落ちた。

 

「……まだ、信じられませんでしてな」

 

景次は何も言わず、隣に腰を下ろした。

源蔵の肩が、いつもより薄く見える。

そこへ、軽い足音が近づいてきた。

 

直景だった。

響もその後ろに続いている。

響は目元が腫れていたが、いつも通り直景の隣に座った。

直景は源蔵の前に正座すると、しばらく黙って源蔵の顔を見ていた。

 

「源蔵」

 

「……なんですかな、直景様」

 

「影久叔父さんの影、なんかちょっと前と違う気がする」

 

源蔵が顔を上げた。

 

「みんなはわからないのかな。お父さんも、誰も、なんも言わないから」

 

景次は思わず源蔵を見た。源蔵は何も答えず、ただ直景をじっと見つめている。

 

「……どう、違いますかな」

 

「うまく言えない。影久叔父さんの影、もう影じゃない気がする。影の形をした、別の何かみたいな」

 

源蔵の目が、わずかに見開かれた。

老いた術師の中で、何かが繋がったような顔だった。

長年影を扱ってきた者にしかわからない感覚があるのかもしれない。

それとも、ただの子供の戯言として聞いているわけではないのは確かだった。

 

「……直景様」

 

源蔵がゆっくりと座り直す。背筋が、いつの間にか伸びていた。

 

「その感覚、忘れんでください。誰にも言わんでいい。ただ、忘れんでください」

 

直景がこくりと頷いた。

よくわからないまま頷いているようにも見える。

源蔵の目に、朝からなかった光が戻っていた。

 

景次はその変化を、黙って見ていた。

何かが起きている。言葉にできるほどの確信はない。

しかし、源蔵の中で何かが灯った。

それだけは、はっきりとわかった。

 

景次は部屋を出て、奥の座敷へ向かった。

白布の下、影久が安置されている。

表向きは死者だ。だが、その肉体には呪力の痕跡が一切ない。

術師として見れば、ただの肉の塊でしかなかった。

 

景次はその前に座り、しばらく動かなかった。

足音が近づいてくる。障子が開いて、遥が立っていた。

 

「当主の仕事、片付けてから来た」

 

「お疲れ様です。夜分にすみません」

 

遥が部屋に入ってくる。

喪服ではない、いつもの装束のまま、景次の隣に静かに座った。

仕事の合間に、まっすぐここへ来たのだろう。

 

しばらく、二人とも何も言わなかった。

下女がそっと部屋に入ってきて、湯呑みを二人の前に置いていく。

今は声をかける気力もないのか、遥はただ小さく頷いただけだった。

 

「……景次」

 

「はい」

 

「考えてみればおかしかったんだ」

 

遥が湯呑みを見つめながら言った。

 

「あの検使。帳を張るだけの役目に、あんな代物を持たせるはずがない。今になって思えば、ありえないだろ」

 

「気づいて当然だった、とお思いですか」

 

「ああ。僕の六眼なら、もっと早く何かわかったはずだ。それに呼ばれていった呪霊も、妙に逃げ腰、はっきりいえば時間を稼いでいるようだった」

 

遥の声には、悔しさがそのまま乗っていた。

景次はしばらく黙ってから、口を開いた。

 

「それを言ってしまえば、六眼というお一人の力に頼りすぎていたことになります。遥殿個人の責任ではありません」

 

遥が景次を見た。

 

「責任を問うのであれば、そのような人物を審判役に送り込んだ幕府の方でしょう。それに、今もまだ何もわかっていません。誰が仕組んだのか、なぜあの男が紛れ込めたのか。それこそが、本当の問題だと思っています」

 

遥は何も言わなかった。ただ、視線が白布の方へ向いていた。

 

しばらくして、景次が口を開いた。

 

「直景が、妙なことを言っておりました」

 

「直景が?」

 

「兄上の影が、もう影ではない気がする、と。影の形をした、別の何かのようだ、と」

 

遥が顔を上げた。

 

「……それ」

 

「何か、思い当たることがありますか」

 

遥は少し黙ってから、白布の方へ視線を戻した。

 

「あの日、影久と鹿紫雲の試合の前、呪霊の対処に呼ばれて、戻った時にはもう終わってた。死体を見た。でも、何もなかった」

 

「何も、というのは」

 

「呪力。残穢。何も残ってなかった、時間が経って霧散するにしたって短すぎる」

 

遥は湯呑みに視線を落とした。

 

「影に、何かが集まってた。残り香みたいに、薄く、ずっと影の中に。しばらく見てたら、それも見えなくなった」

 

景次は何も言わなかった。

 

「気のせいだと思おうとした。でも、直景の話を聞いたら、やっぱり気のせいじゃなかった気がする」

 

景次は静かに息を吐いた。

 

「実は、御前試合の後から、何度も申し出がありました。幕府からも、よく分からぬ筋からも。遺体を引き取りたい、調べさせてほしい、と」

 

「……断ってたのか」

 

「すべて断りました。理由は申しておりません。ただ、お渡しするわけにはいかない、とだけ」

 

遥が景次を見た。

 

「僕も、最初の頃、禪院家に口添えして欲しいと来た役人を追い返した。あれだけやり合った相手の体を、知らない奴らに好きにされるのが腹立たしかっただけだけど」

 

「それでよかったのだと思います」

 

景次は少し間を置いた。

 

「兄上から、頼まれていたことがあります。死んだら、死体を跡形もなく壊してくれ、と。理由は聞いていません。ただ、必ずそうしてくれ、とだけ」

 

遥が息を止めたのがわかった。

 

「葬儀が終わったら、その通りにするつもりでいます」

 

「……そういうことだったのか」

 

遥が小さく呟いた。何かが繋がったような声だった。

景次は白布の方を見た。

 

「兄上は、何かを警戒していたのだと思います。終わったように見えても、終わっていない。誰にも調べさせるな、というのは、おそらく――終わっていないことを、誰にも気づかせないためです」

 

遥はしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……だったら、僕の見たものも、間違いじゃなかったってことだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が更けて、家の中が静かになった。

直景は布団の中で、しばらく天井を見ていた。響はもう眠っている。隣の部屋から、誰の物音もしない。

 

そっと起き上がり、廊下に出た。足音を立てないように、奥の座敷へ向かう。

障子の前で、少し迷った。それでも、手をかけて開けた。

 

白布の下、影久が安置されている。香の匂いが、まだ部屋に残っていた。

直景は影久の傍まで歩いて、その場に座り込んだ。

源蔵の言葉を思い出す。

忘れんでください、誰にも言わんでいい。

でも、誰かに確かめてほしかった。

 

「……叔父さん」

 

返事はない。当たり前だ。

直景は自分の影を、そっと床に這わせた。じわりと伸びていく影が、白布の下からこぼれる影久の影に触れる。

 

 

何かが、流れてきた。

 

 

言葉にならない。温度でも、音でもない。ただ、確かにそこに何かがある、という感触だった。空っぽではない。

直景は息を止めた。

 

「……おじさん、そこにいるの?」

 

影は、何も答えなかった。

それでも、直景の指先には、確かな手応えが残っていた。




現代編もちょっと考えたんですがかなり難しいですね。
というのも歴史改変しすぎて、どう羂索が動くかシミュレートできないんですよね!

なので続きを考えるにしても、原作軸へ呪物が飛んじゃった!とかになるかもしれません。

ひとまず、この時間軸の話はつまみぐいみたいな感じになりますが、エピソードで3つほど書けたらと思います。
禪院家、禪院恵、鹿紫雲一

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