戦国転生 4歳から始める十種影法術 作:匿名希望
十二月二十四日
新宿の街からは、全ての音が消え失せていた。
巨大モニターも真っ暗、車は走ってない、人間も歩いていない。
廃墟となったビル群だけが墓標のように乱立している。
太陽の光さえも、誰もいないアスファルトの上で冷たく反射するばかりで、街全体が巨大な「静物絵画」のようだった。
静寂の中、新宿中央通りにて体の主導権を譲り受けている宿儺が顔に笑みを浮かべる。
「……来たか」
新宿の瓦礫を踏みしめ、一人の男がやってきた。
雷を纏う呪力。揺るがぬ足取り。
宿儺はその姿を見据え、わずかに眉を動かした。
「……五条ではないな」
『え?五条悟じゃないの?』
万が頬にできた口で疑問を挟む。
宿儺は答えず、男を見つめ続ける。
羂索から聞かされていた相手の一人と一致する。
「……なるほど。受肉した術師か」
その言葉にも鹿紫雲は反応しない。ただ静かに距離を詰める。
宿儺の口元が歪む。
「宿儺様。いかがされますか?五条悟ではないというのはいささか不敬が過ぎるかと……」
静かに控えていた裏梅が一歩前へ出る。
「構わん。向こうが順番を変えたというだけだ。羂索が言っていたな。俺と戦うためだけに時を越えた、戦狂いがいると」
「宿儺、お前はあいつより強ぇのか?本当に最強なのか?」
鹿紫雲が初めて口を開く。その一言に、裏梅の額へ青筋が浮かんだ。
「――貴様! 宿儺様を、誰と比べる! その不敬、私が躾けてやる!」
怒気と共に呪力が噴き上がり、足元から氷が爆ぜる。
宿儺の制止を待つことなく、裏梅は鹿紫雲へ一直線に踏み込んだ。
――その瞬間だった。
裏梅の視界から宿儺と鹿紫雲が消える。
景色が一直線に流れ去り、瓦礫も高層ビルも一瞬で後方へ置き去りになる。
「横槍はさせねえよ」
耳元で声がした。
「――!?」
そこで初めて裏梅は、自分の喉を片手で掴んだまま疾走する男の存在を認識した。
それと同時に理解する。今、自分は凄まじい速度で戦場から引き離されている。
次の瞬間、その男、禪院影久は裏梅を無造作に放り投げた。
轟音と共に瓦礫が砕け、土煙が舞い上がる。
影久は静かに着地すると、背後へ一瞥を送る。
そこには禪院恵が立っていた。
「さて恵、レッスン1『影の解釈を広げよう』だ」
鹿紫雲が踏み込む。地面が砕け、雷を帯びた呪力が新宿の路面を駆け抜ける。
宿儺もまた迎え撃つように前へ出た。
万の肉体とは思えぬほど滑らかな体捌き。
宿儺が完全に己のものとして使いこなしていることを、鹿紫雲は理解した。
拳が交差する。
互いの一撃は相手の急所を正確に捉えていた。
しかし、そのどちらも寸前で軌道を変え、肩を掠めるに留まる。
幾度も攻防が交わされる。
瓦礫が爆ぜ、衝撃だけが何十メートルも先のビルを揺らした。
距離が開くより早く、鹿紫雲がさらに踏み込む。
神経伝達を極限まで引き上げた肉体が、稲妻のように宿儺へ迫る。
均衡は鹿紫雲へと傾きつつあった。
(この程度か?宿儺)
次の瞬間、万の掌が翻る。
指先から生み出された液状金属が槍となって襲い掛かる。
だが、神経伝達が引き上げられている鹿紫雲はそれを掻い潜る。
鹿紫雲の掌底が宿儺の首筋へ迫る。
その瞬間――
—————————————
11月某日のこと。
羂索が宿儺を見て言う。
「五条を倒したら出てくると思うけど、鹿紫雲って術師は呪力特性が少し厄介でね」
宿儺は興味なさげに頬杖をついている。
万が眉を上げる。
「厄介?どう厄介なわけ?」
「打撃を重ねるたび、相手の中に"雷"を仕込む。それが重なると、超火力の必中の雷が落ちるって感じ」
「だから真正面から殴り合うと、なかなかどうして防ぐのが大変だ。もっとも──君の術式なら話は別だけど。」
万が目を細める。
「……どういうこと?」
「構築術式は"あるものを作る"術式だ。だったら、雷を通さないものを一枚噛ませればいい。燃費があまり良くないからね。必要な瞬間だけ、皮膚の上に」
「なるほどね。」
宿儺は最後まで口を挟まなかった。
『くだらん。』
—————————————
万の皮膚がわずかに波打った。
首筋を覆うように、ごく薄い乳白色の膜が瞬時に構築される。
掌底が打ち込まれる。
衝撃は通る。
——だが。
「……?」
鹿紫雲の眉が僅かに動いた。
いつもなら確かに流れ込むはずの感触がない。
電荷が、乗っていない。
宿儺の口元がゆっくりと吊り上がった。
「なるほど。これが貴様の"仕込み"か」
違和感に固まった鹿紫雲に宿儺の膝が迫る。
瞬時に反応防ぐが大きく弾き飛ばされ廃ビルの壁に穴を開けた。
鹿紫雲が廃ビルから飛び出る。
首を一度だけ鳴らした。
鹿紫雲はこの一月で得た現代医療と科学の知識を思い返していた。
「構築術式……電気を通さねぇ膜か」
宿儺は答えない。万だけが小さく笑う。
『せっかく現代まで来たんだから、科学ってやつも勉強しなきゃね?』
「してきたさ。」
地面が爆ぜる。鹿紫雲が再び宿儺の懐へ潜り込む。
宿儺は既に見えていた。
肩。
肘。
腰。
筋肉の収縮。
神経。
何より、呪力。
"起こり"は右。
(右から来る。)
万の術式が動く。
左肩から首筋へ、ごく薄い絶縁膜が走った。
—————————————
11月末のこと。
――高専・医務室
レントゲン写真や神経図が机いっぱいに広げられている。
鹿紫雲は腕を組んだまま、難しい顔で眺めていた。
「つまり、体は脳だけで動いてるわけじゃねぇってことか」
「正確には脳から電気信号が神経を伝わって筋肉を動かす」
そう答えたのは家入硝子だった。
「運動野から信号が出て、脊髄を通って、末梢神経に流れる。筋肉はその命令で収縮する」
鹿紫雲は神経図を指でなぞる。
「俺の術式なら、この信号を加速できる」
「そう。だからあんたは反応が異常に速い。でもさ、それって結局"体"を速くしてるだけなんだよね。呪力操作は別」
その横から五条悟が椅子を傾けながら口を挟んだ。
鹿紫雲が視線だけ向ける。
「……別?」
「黒閃とか見れば分かるでしょ。呪力も同じように無意識で流してるのに意図的に発生させられない。合わせて動かしてるのにね。一緒に動かしてる、だから読める。予備動作、重心、筋収縮。その延長に呪力操作がある」
「……神経と呪力を独立して制御できるなら、相手は"起こり"を読めなくなる」
家入が思わず聞き返した。
「……できるの?」
鹿紫雲は神経図から目を離さない。
「できるようにする」
部屋が静まり返る。
五条が椅子を傾けたまま口角を上げる。
「面白いこと言うね」
鹿紫雲は自分の腕へ視線を落とした。
「今までは違った。神経を速めれば、筋肉も動く。筋肉が動けば、それに合わせて呪力も流れる。全部、一つの流れだった」
家入が頷く。
「普通はそう。だから動作を読めば、どこへ呪力を集めるかもある程度読めるし、呪力を見れば体のどこが動くかも読める」
鹿紫雲は机の神経図と人体模型を交互に見る。
こめかみを指で軽く叩いた。次に胸へ手を当てる。
「だが、神経は俺の領分だ。筋肉へ命令を送る速度も、順番も変えられる。なら、呪力だけ別に動かせばいい」
五条の笑みが少しだけ深くなる。
「つまり?」
「身体のどの部位へ呪力を流すかを、神経加速とは切り離す」
鹿紫雲は更に続けた。
「右腕で殴る。だが呪力は左脚へ。次の瞬間、腹部。さらに肩。相手が読んだ頃には、もう別の場所だ」
家入が静かに息を吐く。
「……呪力操作をフェイントに使うのね」
「いや」
鹿紫雲は首を振った。
「呪力操作そのものを"神経加速"する。身体を速くするんじゃねぇ。呪力を流す先だけを、人間の認識より速く切り替える」
五条は吹き出すように笑った。
「なるほど。それなら宿儺は呪力の流れを見ても、どこに絶縁膜を張ればいいか決められない」
鹿紫雲は静かに頷いた。
「読ませねぇ。読まれてから変える」
—————————————
その瞬間。
鹿紫雲の呪力が、消えた。
「!」
宿儺の目が僅かに細まる。
右腕へ集めていた呪力を、神経加速によって一瞬で左脚へ切り替えた。
予備動作は右。呪力は左。
さらに次の瞬間には胸部。そして腹部。
切り替わる。
人間の認識より速く。
宿儺が絶縁膜を張り替える、その僅かな遅れ。
鹿紫雲の掌底が万の腹部へ突き刺さる。
今度は確かな感触があった。
電荷が流れ込む。
▫️禪院恵
「俺はまず最初に影をストレージとしてだけでなく、重なる層として定義した。君はどう定義している?」
裏梅が生み出した氷を、影で粉々に砕きながら影久さんはそんな質問を投げてきた。
嘘だろ、影の物理干渉ってあんなことまでできるのかよ。
「……物を沈めて保管する場所です、あと式神の入り口」
「間違ってはいない」
「貴様……私を何だと思っている!」
激昂する裏梅をよそに、影久さんは俺から目を離さないまま言い放った。
「教材」
「舐めるなッ!」
裏梅が、右手をかざした。
なんだこれ、視界が一瞬、奇妙に歪む。
何もないはずの空間が、細かなガラス片で満たされたように揺らいで見えた。
「影久さん!?」
「恵。君は影を"収納するもの"だと思っている。だが、影はもっと曖昧だ。境界にもなれる。時間にもなれる。重さにもなれる。そして――」
「死ねッ!!」
——氷凝呪法 拡張術式『氷柱刺(つららざし)』
影久さんが足元の影に目を向けた。
「鏡にもなれる」
影久さんの影で視界が黒で染まった。
2枚3枚と重なっていく。
氷の破片が次々と突き刺さる。
本当に影で防げるのか?
貫通してくるんじゃないのか?
さっき氷ぶっ壊してたし強度的にはいけるのか?
っていうか鏡ってなんだ?
そんなことを考えているといつの間にか攻撃が止んでいた。
「防ぎ切った……んですか?」
「これで終わりじゃあないんだぜ。鏡だって言っただろ?」
そう言った影久さんの影から、裏梅が放った氷が、射出されていく。
「は?」
「すぐに反射するとぶつかって勿体無いからな。さあ、自分の技だぞ」
『氷柱刺』裏梅が氷で迎撃する。氷同士が空中で衝突し、粉々に砕ける。だけど、全部当てられるわけじゃない。
外れた氷は、もう一度影久さんの手札になって裏梅へと返っていく。
「えげつねぇ……」
撃ち落とすのは諦めたらしい裏梅が氷壁をはって防ぎきった。
「では恵、レッスン2『呪力特性を理解しよう』だ」
そう言うと影久さんは氷壁まで一瞬で移動し、触れた。
……氷が消えていく。
「神域纏衣は使ってない、呪力特性だけだ。君の影には長いこと俺が同化していた。君の呪力にも微弱ながら同じ特性が発現しているはずだ」
「……何をッ!!」
裏梅が氷を纏い始めた。おそらくは直接触れさせないために。
影久さんはそれを見て、少しだけ笑った。
「それで防げると思ったか?」
そう言いながら距離を詰め、氷に触れた。
裏梅の呪力がまた削れていく。氷ごと。
「……化け物め」
裏梅が氷壁を盾に後退しながら再構築を試みる。
だが影久さんはその一手先へ既にいた。
壁に触れる。
溶ける。
また触れる。
また溶ける。
「……っ、このっ」
裏梅の呼吸が乱れ始めていた。
削られているのは氷だけじゃない。
呪力そのものが、少しずつ、確実に減っている。
ダメ押しの音がした。
——ガコンッ
「丁度いいか、最後のレッスン『影には他人を入れることが出来る』だ」
その言葉で裏梅の下半身が影に沈んだ。
「とはいえ、これは相手との綱引きに勝てないといけない。俺の場合は式神が常に影の中で顕現状態だから簡単だけどな。今も引き摺り込んでるよ」
「くそ、なんだこれは出せっ!」
「じゃ裏梅には呪物引き剥がしの実験台になってもらおうか」
影久さんが鵺を出した上空に合図を送る。
ラッパの音が響き渡った。
来栖華—天使の術式が裏梅に降り注ぐ。
——邪去侮の梯子
受肉体である裏梅にとって、術式の無効化は死に直結する。
受肉を維持するための呪力の結合がメキメキと剥がされていく。「呪い」の因子が光に焼かれて黒い灰へと変わっていく。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!」
「うおっ、やっぱ外の術式は俺にも響くな。でも天逆鉾ごといったおかげか、思ったよりダメージはないか。しかしやっぱり器は救えないか……」
五条先生との模擬戦を見た時からわかってるはずだった。でも俺は何もわかっちゃいなかった。
この人、強すぎる。
「さて、恵、参考になったかな?」
「いえ、ちょっとよくわかんなかったですね……。
最後のがちょっと使えるかも、くらいっす」
鹿紫雲が、幻獣琥珀と向き合えて、術式も使いつつ、現代医療や科学学んだらめっちゃ強くなる、という願望が現れている。