戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

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自分で描いた同人誌で最も見返すのが嫌なページは後書きになったのです。

でも人の同人の前書きと後書き超好き、ウルトラ好き。


第六話 九歳、式神を「他者」に

あのくそやばい蜘蛛の呪霊との交戦から、三年が経ち俺は九歳になっていた。

梅雨を抜け最近はとても暑い。そして心なしか今年は梅雨明けが早い気がする。

 

ここ三年間の俺の一日は、起床と同時に式神を召喚することから始まる。玉犬と警備、脱兎に家事手伝いの指示を出し、脱兎が運んでくる白湯を飲んでお目目ぱっちりだ。

温度は四十二度。この三年間、毎朝欠かさず繰り返させてきた言いつけの結果だ。ちなみになぜ四十二度なのかというと、最初の頃に五十五度の白湯を頭からぶっかけられたからだ。

 

「……よし。ありがとな」

 

俺が呟くと、脱兎は満足げに鼻を動かし、影の中へと消えていく。

もちろんこれは俺の操作だ。だが、俺はこいつらが「生きている」と思い込むことにしている。

自分の脳で一から十まで全ての挙動を律しようとすれば、情報の濁流に押し流されてまた熱を出す。だから俺は、こいつらに意志があるという前提で、大まかな方向性だけを投げることにした。そうすることで、脳の負担を劇的に減らすことに成功したのだ。

 

……まあ、白湯をぶっかけられたあの日、俺が叫びながら脱兎に「熱いだろうが!」と説教していた姿は、源蔵にだけは絶対に見せられない黒歴史だが。

 

それは偶然だった。

頭から湯気を出し(比喩ではなく)、怒りに任せて脱兎を「自分とは別の、意志を持ったクソ生意気な獣」として突き放した瞬間、今までとは違うピースが、カチリと嵌まった音がした。

 

それまでの俺は、脱兎の耳の動き一つまで自分の指先のように制御しようとして、自滅していたのだ。

あの日を境に、俺は式神を「自分と切り離された独立体」として突き放すことにした。俺がやるのは「方向性」の提示だけ。あとはこいつらが勝手に動いていると思い込む。

 

少し意識が変わっただけのはずなのに、脳を焼いていた情報の濁流が、それまでとは、比較にならないくらいに凪いだ状態へと変わる。もちろん完全になくなった訳じゃない。

自分の外側に、勝手に動く「半自動化された手足」が生まれた感覚。それが俺の並列処理を劇的に進化させたんだ、これを伸ばしていけば…。

 

「若様、今朝のお加減はいかがでしょうか」

 

障子を開けて入ってきた源蔵が、淡々とした口調で問いかけてきた。

三年前は驚きも見せていた男だが、今やこの屋敷内の光景は彼にとってもいつもの朝となっている。

 

「ああ。今日も完璧だ。……廊下の掃除はどうなっている」

 

「昨晩、式神たちが、全棟終わらせておりました。先ほど確認いたしましたが、下女たちも心得たもので、今朝式神が通った後の仕上げを済ませ、今は朝餉の支度に専念しておりますよ」

 

「そうか」

 

影の中だと寝ても指示通り動き続けるが、現実に出した式神は、最初に入力した指示を終えた時点で、指示待ちになるところまでは同じ。しかし寝ると途中であっても消えてしまうこと……つまり影に戻ること、がわかった。

 

恒例となった式神たちの働き報告を聞き終える、よきかなよきかな。

 

俺は立ち上がり、軽く肩を回す。

この三年間、俺は徹底して「家事」を式神操作の習熟の踏み台にしてきた。

俺が持っている呪力の器は、自分でも底が見えないほどに深い。だが、子供の体では、その全てを一気に注ぎ出せば、己の身が先に焼き切れてしまう。だからこそ、俺は「いかに細く、長く、精密に呪力の流れを操るか」という練磨に心血を注いできた。

 

その副産物が、この静かすぎる屋敷の風景だ。

庭には決められた順路を跳ね回る脱兎がおり、屋敷の境界線には「白」と「黒」の玉犬が影に沈んで、招かれざる客——俺たちの安寧を脅かす親族共——の気配を常に探っている。

 

「若様の『お掃除』も、もはや職人の域ですな。おかげでこの屋敷は、禪院の中でも一際、不気味なほどに清浄です」

 

「……不気味ね。まぁ褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「下女たちも、仕事能率が上がったからか、失敗も減っております。奉仕、の仕組みを変える時には、反発もありましたが、数日おきに完全な休養を設ける。というのは正解であったようですな」

 

(前世基準では、これでもまだまだブラックではあるんだけどな)

 

俺は苦笑いしながら、影から一匹の異形を呼び出した。

拡張術式——嵌合獣『千舌千兎(せんぜつせんと)』。

 

本来、十種影法術において、同一の式神を複数を呼べるのは脱兎と玉犬だけだ。

だが、俺は「脱兎の数」という特性と、「蝦蟇の部位」という機能を掛け合わせ、一つの術式定義として再構成した。単体では一匹しか呼べない蝦蟇の「舌」を、脱兎の「群れ」という枠組みに乗せて一斉に出力する。

 

見た目はかなりグロテスクだが、機能性は素晴らしい。脱兎のごとく分裂し、蝦蟇の舌で隙間の埃を絡め取る。こいつに「埃を舐め取れ」という命令を放り投げるだけで、屋敷の隙間をぺろぺろと、清めていくのだ。影に戻すと、式神に付着していた汚れもよだれも消えるから、片付けの手間すらない。

 

ただまあ呪力消費はそれなりに多くはあるんだが、ずっと常時召喚と影纏いを続けてきたことで、大分呪力効率も伸びてきてる。

 

今の俺なら、屋敷の各所に数十の脱兎を放ち、境界に玉犬を沈めて巡回させ続けながらでも、こうして源蔵と茶を啜る余裕すらある。

 

かつては10にも満たない召喚、操作で脳を焼いていたのが嘘のようだ。

数が増えるとそれに応じて、ガンガン難易度が上がるんだよね、二次関数的な上昇をするんだ。

大量の召喚しても、〜を倒せ、くらいだと呪力消費以外の負荷はとても軽い、ところがどっこいバラバラに操作となると全然違ってくる。

 

故に式神を「自分の一部」ではなく「使い勝手のいい道具(他者)」として定義し直しただけで、式神の多重処理能力は屋敷という空間すべてに式神を配置できるくらいには拡張されていた、とはいえ。

 

白湯を飲み終え湯呑みを呼び出した脱兎に持って行かせる。その時、静かな朝を切り裂くように、廊下から勢いのある足音が近づいてきた。

 

「兄上! いよいよ今日は『鵺』を調伏される日ですね!」

 

バシャン、と勢いよく障子が開く。

そこに立っていたのは、九歳になった俺の弟、景次だ。

朝日を背負った彼は、これ以上ないほどに輝かしい笑顔を浮かべていた。

 

景次が自らの一人称を「僕」と定めたのは、三年前、俺が授けた「支配者としての振る舞い」を弟なりに消化した結果だろう。

それは弱者が身を守るための謙譲ではない。自分こそがすべてを統治する側にいるという自覚に基づき、あえて人当たりの良さを演じて見せる、余裕の現れだ。

九歳にして、弟は「言葉」を、相手の目線まで降りてやるための舞台装置として使いこなしている。……正直、兄としてはもう少し子供らしくいてほしいのだが、これも俺が教えた生存戦略の結実ではある。

 

「朝から元気だな、景次。……源蔵、廊下の下女にはもう休憩に入れと伝えてくれ。朝からご苦労様とな、あとは脱兎にまかせていい」

 

「はっ。承知いたしました」

 

源蔵が静かに一礼し、部屋を出る。

 

「ついにですよね。あの空を飛ぶ式神を兄上の手札に加える日が来るなんて。僕、昨晩から楽しみで全然眠れなくて」

 

景次はどこか獲物を狙う猛禽のような冷徹さを瞳の奥に宿して笑っている。

弟にとって、兄である俺が、強力な式神を手に入れることは、自分たちの支配域が広がることを意味する。兄への純粋な敬愛と、支配者としての冷徹な計算。その両方が、弟の「僕」という柔らかな物腰の中に同居しているのを感じる、逞しくなったもんだ。いやほんと。

 

「……はぁー。景次、これは遠足じゃないんだぞ。調伏に失敗すれば、最悪、お前まで巻き込むことになる」

 

「分かっています。だから僕、今日は崖の上で見張ってます。誰も近づけないように、でもまあ兄上は失敗しないでしょ」

 

「ま、そうだな。お前のその信頼には応えられると思うよ」

 

そんなふうに軽口を叩き合いながら、脱兎が運んできた上着に袖を通す。

そしてこれから行う調伏の儀式に向けて意識を切り替えた。

 

 

と、意気込んで向かった北の鍾乳洞での儀式は、あっという間に終わった。

 

現れた鵺は、自慢の翼を広げることすら叶わなかった。天井の低さに動きを封じられ、無様に岩肌を叩く。そこへ『千舌千兎』の湿った舌が絡みつき、電撃の予兆ごと、その喉を塗り潰した。

俺がやったことと言えば、その輪郭が消えないうちに呪力を流し込み、自分の一部として縫い止める作業だけ、戦いは準備の段階で決まる、孫子は偉大ってわけよ。

 

あまりにも早く終わってしまったので、帰りに太秦の広隆寺近く、街道沿いの茶屋に寄ることにした。

煮炊きの煙と、使い古された油の匂いが漂う中、俺たちは簡素な木の長椅子に腰を下ろしていた。

 

「ねえ兄上! 本当に一瞬だったね。洞窟の入り口まで聞こえてた鵺の鳴き声が、一瞬で消えたからさ、俺、びっくりしたよ」

 

景次が、竹の皮に包まれた熱々のあぶり餅を頬張りながら、かつての幼い口調で身を乗り出す。

この宿場町の喧騒の中、俺たちの周囲に禪院の耳目はない。

屋敷では「僕」と名乗り、淀みない敬語で大人たちを煙に巻く麒麟児も、ここではただの八歳のガキだ。ふふふ、可愛いもんじゃないのよ。

……支配者ロールはやはり疲れるんだろうな。すげえよ景次は、俺が前世で八歳の頃なんて鼻水垂らしてた気がするぜ……。

 

「若様の仰った通りでした。あの低い天井の下では、鵺といえど無力。……実に見事な調伏の儀でございましたな」

 

源蔵が感嘆の声を漏らしながら、香ばしく焼けた味噌の匂いに目を細める。

随分と俺のセコい待ち伏せ戦術を褒めてくれる……。

いやあそれほどでも!って言いたいとこだがよお、そもそもいくらでも逃げられる屋外じゃ、あんなの相手してらんないよね。

空飛ばれたらめんどくさ過ぎ。ってなるとああいう調伏方法になるのは必然と思うのよな。

 

「場所を選んだ時点で勝ちが決まっていただけだ。外でやってたら、今頃まだ儀式の途中だったかもしれないぞ?」

 

確実にそうなってただろうな。

どうにも矜持が邪魔するのか、こういったやり方を気に食わない術師は、禪院にはそれなりにいる。

そのくせに、お家の格がとか、術式をそんなことに、とか下女の手伝いを行なっていることに、文句言う時には裏でコソコソ言うのだ。

最初の頃は正面切って言ってたのによー!

俺のやってることの成果が見えてくると、面と向かっては言わなくなるのよなー!

 

運ばれてきた白味噌の焦げた餅を口に運んだ、こういうジャンクなのもいいよな。たまには。

 

「兄上は謙遜しすぎ!それだって戦術の一つでしょ!ねえ兄上、次は何を調伏するの?」

 

景次の瞳。期待。信頼。

 

「……さてなあ、だがこの3年で大分自信がついたし、大蛇、満象あたりを調伏するのもありかもな」

俺はそう言って、串を置いた。

 

(伏黒恵が調伏したのはそこまでだった、んでもって、残りは円鹿、貫牛、虎葬。虎葬にいたっては、そもそも単体での出番がなかったんだよな。ま、なんにせよだ、反転術式持ちの円鹿だけは早めに確保しておきたいぜ。満象の攻撃力があれば、円鹿の回復も押し切って倒せないかなあ)

 

「今日はこのまま、甘いもんでも食ってから帰るか」

 

口にした言葉は少しだけ空々しかったが、景次の弾むような笑顔を見ていると、まあいいかという気分にもなる。

家族、なんて。この陰湿な家で一番似合わない言葉を、俺は大事にしようとしていた。

 

「やった! 兄上、あっちの葛餅も頼んでいい? 俺、もっと食べたい!」

 

「……お前、さっきから食いすぎだろ」

 

景次の笑い声が、店の活気に溶けていく。

 

しかしまだ6月だっての暑いな、猛暑日はどうにも術式の調子が悪くなるから、あんまり暑い夏にならんといいんだが。

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