戦国転生 4歳から始める十種影法術   作:匿名希望

8 / 32
恐ろしいことに気がつきました、でもそれを伝えるのは第八話の前書きがいいなと思ったので、ここでは恐ろしいことに気がついたことを伝えてきます。

二話まとめて投稿してます、こっちが一話目です。


第七話 満象を、水瓶にする

「……あー、もう。暑い、暑い、暑くて死ぬぜ」

 

天正六年、文月。

俺は、中庭に面した縁側の影の中に半ば沈み込みながら、弱りきった声を漏らしていた。

 

前世の知識では、この時代は小氷期に向かっているはずじゃなかったのか。平均身長が低いとか、そんなの見た気がするんだが?そんな期待を嘲笑うかのように、今年の夏は、暴力的なまでの陽光と、肌にまとわりつく湿った熱気が日本中を支配していた。雨も全然降らねえ。

 

「若君、またそのようなだらしない姿を……。下女たちが目のやり場に困っておりますぞ」

 

傍らに控える源蔵が、パタパタと扇子を動かしながら呆れた声を出す。だが、よく見れば奴の額にも脂汗が浮いている。この今年の「暑夏」というやつは、精神論でどうにかなるレベルを超えていた。

 

「影久様、お暑うございますね。これ、どうぞ」

 

不意に声をかけてきたのは、洗濯物を抱えた下女だった。

数年前までは、俺が通るだけで石像のように固まっていた彼女たちも、今ではすっかり俺の「脱兎使いの家事手伝い」としての面に慣れきっている。

俺が脱兎を家事に投入し続け、対等に近い口調で接し続けてきた結果、この屋敷の空気は禪院家のそれとは思えないほど、どこか弛緩した、気楽なものに変わっていた。

いいぞ、過ごしやすくなってきたじゃないの、昔立てた目標の一つが現実に変わりつつある。

 

「ああ……助かるよ。おい、脱兎」

 

俺が指を鳴らすと、影から二羽の脱兎が飛び出し、彼女が持っていた空の桶を器用に咥えた。

常時顕現で影に入れてるだけなので、別に声をかける必要も、指を鳴らす必要もないのが……、出せはする。

でもこうすることで、術式ではあるが「別の生き物」を呼ぶという意識をはっきりとさせているのだ。執事を呼ぶ時のかっこいい感じの、アレをやってみたい、というのがないわけではないが。

 

「すまんが、こいつを水場まで手伝いにやる。桶に水を張って持ってきてくれ。……それで足を冷やさないと、暑くて死んでしまう」

 

「はいはい、承知いたしました。影久様が死んでしまったら、お掃除が大変になりますものね」

 

下女はクスクスと笑いながら、脱兎を連れて歩いていく。はぁーいいよこの軽口のやりとり、こういうのが気楽でいいんだよほんと。

 

しばらくして運ばれてきた桶に、俺は行儀悪く両足を突っ込んだ。

 

「……あーーーーー……」

 

ぬるい。

井戸から汲みたての水のはずだが、この猛暑の前では気休めにもならない。

足を浸した瞬間だけはマシだが、すぐに水温が俺の体温と外気に食われていく。

 

(……ダメだ。桶一杯の、しかもぬるい水じゃこの暑さはどうしようもねぇ。プールに入りてぇ、川はなんか違うんだよな、海までは遠出したくない……)

 

それにしてもこんだけ雨降らないと、水不足やばいんじゃないか?

俺は水が張られた桶に目を落とす。……俺はこんなことに水を使っていて許されるのか?

水がなくなったら……恐ろしい想像が沸騰しそうな脳を支配する。

 

俺は桶の中で指を動かしていると、影の底に眠る「満象」の気配を意識した。

そうだ、あいつを調伏すれば、いくらでも水を出せる、打ち水し放題で、屋敷全体の温度を下げ、俺の脳を焼く知恵熱すらも水シャワーで冷却できるはずだ。

 

「源蔵、決めたぞ。俺は今から……満象を調伏しにいくぞ!ついてこい!」

 

「……は?」

 

桶からバシャリと足を抜き、俺は立ち上がった。滴る水滴が縁側に黒い点を作る。

 

「満象だ。このクソ暑い夏を生き延びるために、俺にはあいつが生み出す、無限に湧き出る水が必要なんだよ。……比叡山の滝壺へ行く。あそこの冷え切った滝壺で涼みながら、優雅に調伏の儀といこうじゃないか!」

 

過ぎ去ってみればこの時の俺の頭は完全に茹っていたのだった。

勢いって怖い。

 

 

比叡山の懐深く。日光を遮るほどに生い茂る獣道を、俺は無言で歩いていた。背後では、源蔵が時折顔にまとわりつく羽虫を払いながら、油断のない足取りでついてくる。

 

「若様、先ほどから一言も発せられませんが……。やはり、少々熱に当てられたのではありませんか?」

 

「……源蔵。俺は今、脳内のシミュレーターをフル稼働させてるんだ。喋る余裕なんて一ミリもねぇよ」

 

「……し、しみゅ……? 稼働……? 若様、やはり相当にお悪いのでは。奇妙な言葉を口になさっておいでだ。……やはり、一度お戻りになって、医師に診ていただいた方が……」

 

源蔵の不安げな声が背中に刺さるが、今の俺にそれを翻訳して説明してやる余裕はない。

実際、俺の脳内では満象という巨獣をどうやって確実に仕留めるかのチャートが幾重にも組み上がっては消えていた。

あいつはデカい。デカいということは、それだけで暴力だ。まともにやり合えば、踏み潰されて物理的に平らになるか、放出された水で鉄砲水のようにながされるか。

 

だが、俺には五年間積み上げてきた影操作と、三年間で磨き上げた式神たちがいる。

 

辿り着いたのは、轟々と音を立てて白龍のごとく落下する滝の裏側。洞窟状になったその場所は、湿り気を帯びた冷気が充満し、外界の猛暑を一時的に忘れさせてくれる。

 

「よし、ここだ」

 

俺は、滝壺の縁にある巨大な岩の上に立ち、影を大きく広げた。

茹だった頭が冷気に冷やされ、思考の解像度が一段上がる。

 

………。

 

一気に頭が冷えてきた、俺はなぜここにいるんだ、どうして急に満象の調伏なんかすることにしたんだろう。

やっぱり頭が熱暴走していた感じだったのか?

 

でももうきてしまったしな、やるしかない。それに冷えた頭でよくよく考えればむしろいい機会だ。ここのところの猛暑を満象の力で終わらせてやるのだ。

 

「……若様。どうやら頭が冷えたようで。しかし、その殺気、戻る気はなさそうですな」

 

殺気とは言い得て妙だ。そうだ!俺は今!ここに!この最悪な夏の暑さを殺しに来たのだ!

 

「…………」

 

源蔵が呆れ、諦めたように溜息をつき、俺の邪魔にならない間合いまで後退して刀の柄に手をかけた。加勢はしないが、万が一の際の肉壁にはなる。その無言の意志だけを受け取っておく。

 

俺は影の底に眠る「鵺」の気配を呼び起こす。

鵺で機動力を奪う。水浸しのこの環境なら、電撃の伝導効率は跳ね上がる。痺れて硬直した隙に、数千の脱兎を潤滑剤として足元に滑り込ませ、あいつの自重でバランスを崩させる。

トドメは、俺自身が影を二重にし反射の壁を上下に作り出す圧縮。転んだ際のエネルギーをそのまま反射下からの突き上げ、そして上にはもう一枚の反射の壁。挟み撃ちという形になるな。

自分の質量攻撃を反射し続け何倍にもなったそれをそのまま受けるのだ流石に耐えられないだろう。

 

「――来い、満象」

 

影が真っ黒に沸騰し、滝壺の空気が一気に圧縮されるような感覚が走る。

次の瞬間、岩肌を震わせる圧倒的な重量感と共に、その巨躯が現世へと這い出してきた。

 

地響きと共に現れたのは、淡い紅色の肌を持つ、山のような巨躯の象だ。

満象。その重厚な一歩は岩肌を揺らし、滝の音さえも塗り潰す圧倒的な存在感を放つ。

 

刹那、満象がその長い鼻をこちらへ向けた。

 

影の底から「鵺」を引きずり出す。

指先に走る、ひりつくような火花の感覚。意識が痺れと同期し、滝壺の飛沫一つ一つが導火線に見える。

 

「……ッ、いけ!」

 

解き放たれた雷光が、濡れそぼった空間を青白く焼き切った。

逃げ場はない。

足元の水面を伝い、大気を伝い、巨躯へ向かって必中の牙が突き刺さる。

鼓膜を揺らすのは、落雷の衝撃音と、巨獣が不自然に硬直する肉の軋みだ。山のような体が、意思に反してガクガクと、細かく不格好に痙攣する。

 

「……出ろ、脱兎」

 

ドロリとした黒い泥の中から、白い濁流が溢れ出す。

数千、あるいは数万。

意思を持った毛皮の波が、麻痺に耐えようと踏ん張る満象の足元を埋め尽くした。

それはもはや生き物の群れではない。摩擦という概念を消し去るための、白く、ひたすらに滑る潤滑剤の海だ。

 

地響き。

巨獣が、自分の重さに裏切られる。

踏ん張ったはずの太い脚が、無様に、滑稽に外側へ泳いだ。

山のような巨躯が、ゆっくりと、しかし抗いようのない法則に従って傾ぐ。

今だ。

 

俺は両手を広げ、意識のすべてを「影」の制御へと叩き込んだ。

影が二つに割れる。一つは満象が倒れ込む岩肌を覆い尽くし、もう一つは、滝飛沫の舞う虚空へと這い上がって天を蓋した。

 

「――っ、固まれ!」

 

二枚の影が、強固な「壁」へと変質する。

下からの突き上げ。上からの抑え込み。

倒れ込む満象の膨大な運動エネルギーが下の壁に叩きつけられた瞬間、それはベクトルを真逆へと変え、倍増した衝撃となって巨躯の腹を突き上げた。さらに跳ね返った衝撃が上の壁で再反射し、逃げ場のない「圧縮」となって満象を影のプレス機に閉じ込める。

 

(……いける。重い、だが、これなら――)

 

脳の芯に、じりじりと焼けるような感覚が灯る。

想定内の負荷。このまま押し潰せば終わる。そう確信し、さらに出力を高めようとした、その時だった。

 

――ミ、リ。

 

嫌な音が、直接脳髄を引っ掻いた。

上下に展開した影の表面に、視覚的な「亀裂」が走る。

 

(……は? 嘘だろ。壊れる……?)

 

満象の質量。反射を繰り返すたびに、衝撃が俺の構築した物理法則を内側から食い破ろうとしている。

逃げ場を失った熱が、壁を維持する俺の脳へと逆流し始めた。

 

(……足せ。もっと、厚く。……三枚目だ!)

 

熱を帯びた脳に、さらにガソリンを注ぐ。

影を重ねる。だが、その一歩を踏み出した瞬間、世界が歪んだ。

二層と三層の「差」が、あまりに大きすぎる。

下側の出力を上げた瞬間、バランスを失った上側の壁が悲鳴を上げ、視界が真っ赤に焼け落ちた。

同時だ、同時に三層にしなけりゃいけない。

 

鼻の奥で、生臭い鉄の味が爆ぜた。

喉元までせり上がる、焼けた石を飲み込まされたような灼熱。

 

「……若様ッ!」

 

背後から、風を切る音。

源蔵だ。

あの男が、俺が崩壊すると見て、なりふり構わずこちらへ走り込んでくる。

心配は嬉しいが、今はだめだ!止める手段が、伝える手段がない!

 

(……来るな! 来るな、源蔵……ッ!)

 

何か、誰か、俺は大丈夫だと。

 

その時。

 

――ガゥッ!

 

黒と白の獣が、泥の中から爆発的に飛び出した。

それは源蔵の進路を強引に塞ぎ、衣の裾を噛み、主人の「領域」を守るように立ちはだかった。

命令など、出していない。

だが、獣の直感が、俺の危機を、そして儀式の瀬戸際を嗅ぎ取ったのだ。

 

(……ああ、もう、全部くれてやる!)

 

一瞬。玉犬が稼いだその一瞬に、残ったすべてのリソースを叩きつけた。

上下の影が、三枚の重層へと変質する。

 

 

五層の影を貼るレベルの脳負荷。

時間が引き延ばされる間隔。

長い、まだか!?

実際には一秒にも満たないような時間が永遠のように感じる。

 

刹那。

 

それまで「ミリ、ミリ」と軋んでいた不快な音が、一瞬で消えた。

代わりに響いたのは、空間そのものが耐えきれずに悲鳴を上げるような、低く重い「密閉」の音。

 

反射のパワーが、次元を変えた。

山のような質量が、あたかも最初からそこには存在しなかったかのように、一瞬で「無」へと圧搾される。

滝壺の岩肌が、真空に吸い込まれるような奇妙な静寂に包まれた。

 

(……あ、……)

 

指先から、熱い鉄を握っていたような感覚が、するりと抜け落ちる。

同時に、俺を支えていた世界の「輪郭」が、どろどろに溶けて崩れ去った。

 

膝から、崩れ落ちる。

岩肌の硬さも、飛沫の湿り気も、もう自分には届かない。

「……若、様……お見事……」

血の匂いと、源蔵の掠れた声だけが、遠い遠い場所で響いていた。

 

「……悪い、源蔵、心配かけた」

(でも、ほんとなんとかできる自信あったわけよ、だから許して)

 

比叡山からの帰路、どうやって屋敷まで戻ったのかは、断片的な記憶しかない。

源蔵の背中で揺れるたび、鼻の奥で混じる血と鉄の匂い。遠ざかる滝の音。それらが交互に、泥のような意識を叩いていた。

 

 

 

 

 

 

耳の奥で鳴り響いていた衝撃が、ゆっくりと引いていく。

代わりに入ってきたのは、土の匂いを含んだ湿った風と、遠くで響く蜩の声。

 

「……あ、……」

 

首筋に、冷たい感触。

ぐずぐずとした濡れた毛皮の重みと、氷のような温度が、意識を眠りから引っ張り上げる。

ぼんやりと目を開ければ、そこは中庭に面した縁側だった。

 

西日が長く伸び、空の端が紫に染まり始めている。夕刻。

どうやら帰宅してそのまま、死んだように泥睡していたらしい。

 

(……待て)

 

脳の芯にこびりついていた不快な熱が引いていく中で、ふと、ある「矛盾」に指が触れた。

 

首筋に押し付けられた、この冷たい塊。

視線を落とせば、そこには一羽の脱兎が、俺の熱を吸い取るようにじっとうずくまっている。

 

(……なんで、顕現してるんだ?)

 

俺は寝ていた。意識を完全に手放していたはずだ。

呪力の供給も、術式の維持も、自覚的な制御は一切していなかった。本来なら、俺が眠りに落ちた瞬間にすべて影に還っているべき存在。

なのにこいつは、当たり前のようにここにいて、俺を冷やし続けていたのか。

 

(……おかしいだろ。影のマットレスを維持するのとは訳が違う)

 

影を固めて、寝心地の良い形に固定しておく。それはもう、何年もかけて無意識にまで落とし込んだ、俺にとっては「呼吸」に近い術の行使だ。だから寝ていても影のマットレスは消えない。

 

だが、式神は別だ。

影から切り出し、形を与え、現世という異郷に繋ぎ止める。それは本来、術者の明確な「意思」という楔が打ち込まれていなければ成立しないはずの、極めて能動的な術式のはずだ。

 

俺が意識を手放せば、楔は抜け、奴らは影の底へ還る。それがこの術の、必死に色々やってきてみてはいるものの、変えられないでいた絶対の理屈だったはずなのに。

 

(……楔を打たなくても、こいつら自身がここに『留まろう』としてるのか?)

 

もしそうなら、それはもう、俺の術式という枠組みを半分踏み越えている。

 

(……調伏の時の玉犬といい、こいつら……)

 

自分の制御下にある道具から、本当に何かもっと別の、意思の萌芽のようなものに変わりつつある。

その事実に、背筋に走る冷気とは別の、微かな戦慄が脳をよぎった。

 

「若様、お目覚めですな。……おやおや、その兎はよほど若様がお好きなようです。あなたが眠っている間も、片時も離れようとしませんでしたぞ」

 

隣で扇子を動かしていた源蔵が、安堵したように笑う。

源蔵には、これがどれほど異常なことか分からないだろう。だが、今の俺にはそれを理屈で解明する余地も、驚愕に浸る体力も残っていなかった。

 

「……ああ、……そうか。助かるよ」

 

俺は脱兎の濡れた頭を、弱々しく撫でた。

俺の意思とは無関係に、俺を助けようとする式神たち。

それが、俺の術が深まった証拠なのか、それとも別の何かの始まりなのか。

 

「若様、ご所望の通り、あの大層な式神殿に働いていただきました。おかげでこの暑気も、形無しです」

 

源蔵が指差す先。

夕闇の混じり始めた中庭に、淡い紅色の巨躯が、山のように静かに佇んでいた。

満象。

比叡山であれほど暴威を振るった巨獣は、今や屋敷の巨大な「水瓶」と化し、溢れ出す水が打ち水となって屋敷全体の熱を根こそぎ奪い去っていた。

 

「ひゃあ、冷たい! 影久様、見てください、虹が消える前に間に合いましたね!」

 

……まぁいいか今は。

下女たちの歓声。景次が満象の足元で水を煽る音。

術式がどうとか、自律の不気味さとか、そんなことはもういい。

 

今はただ、この濡れた風が。

俺を冷やそうとしてくれる、この小さな毛皮の体温に感謝しよう。

 

口の中に、瓜の欠片を放り込まれた。

シャリ、と。

甘い。水っぽい。ただ、ひたすらに、冷たい。

 

俺は、冷たい水の感触に指を這わせたまま、静かに暮れていく空を眺めていた。

 

 

ふふっ、呪力切れそう。




満象は呪力をめちゃ食うらしいですね。
勝手に出て水を撒きまくっていたので、そろそろすっからかんです。
この後慌てて影に戻しました。

後書きで説明を追記できる、こんな、便利な…。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。