薄桜鬼〜今弁慶の一生〜 作:桜好き
文久三年十二月
歴史ある町並みの都、京都。昼間は活気にあふれ、多くの通行人が歩くこの京の町も、夜中となれば昼間の喧騒がまるで嘘のような静けさだ。
そんな人気の無い夜の京を数人の男たちが歩いている。男たちは酒を大量に飲んだのか顔を真っ赤にし大声で笑いながら、たどたどしい足取りだ。
腰に帯刀している彼らは各地から京に集まった浪士である。主家を持たない彼らは人々から無理矢理金を巻き上げる、侍という権力を笠に着る乱暴者たちである。
「たく、京の奴ら、厄介者を見るような目で俺たちを見やがって何様だってんだ!!」
「まったくだ、国のために汗水を垂らす俺たちへの敬意が足りねえってんだ!」
「おい、お前らあんま騒ぐな! 新選組の奴らに見つかったらどうすんだ」
笑いながら大声で不満を漏らす浪士たちに仲間の一人がいさめている。だが酒によう浪士たちはどこ吹く風といった様子だ。
「おいおい、なんだお前、臆病風にでも吹かれたか?」
「そういうわけじゃない、しかしだな……」
「しかしもあるものか! 新選組、ふんっ! あんな田舎者のにわか侍たち、真の侍である我等の敵ではない!! 新選組恐るるに足らずだ、ふはははは」
仲間の言葉にそうだそうだと同調する浪士たちに、浪士の一人が頭を抱えながら皆と夜の京を歩いていると、前から数人の足音が聞こえてきた。
その足音に気づいた他の浪士たちも足を止め前を警戒していると、浅葱色の羽織を着た数人の男たちがゆっくりと歩いてきている。浪士の一人が浅葱色の羽織を目にした瞬間誰かがこう呟いた。
――新選組だ――
浪士たちの間に緊張が走り、誰もが腰の刀を構える。新選組と呼ばれたもの達は一定の距離で立ち止まり俯いている。まるで人とは違う何か別の者ような存在感を出す彼らに浪士たちは怯えている。その怯えを隠すように浪士の一人が目の前の者に叫び上げる。
「き、貴様ら新撰組だな。我らに何用だ!」
浪士の問いに新選組の隊士たちは応えずにその場を微動だにしない。本当に生きている人間なのかと疑問に思うほどに不気味だ。にらみ合いが続くなか、雲の切れ間から差し始めた。
暗闇に隠されていた隊士たちが月光に照らされた時、浪士たちは異変に気が付いた。照らされた隊士たちの髪が黒から徐々に白へと変質していくではないか。その異質さに浪士たちが驚愕する中、完全に髪の色が白に変質すると新撰組の隊士たちは全身を震わせ出す。一体何が起きているのか浪士たちが理解できないとでいた時、隊士の一人が言葉を小さく呟いた。
「――せ」
「? 何を言っているのだ」
小さな呟きを聞き取れなかった浪士の一人が聞き返した時、隊士たちが俯いていた顔を一斉に上げた。その顔には狂気に歪んだ笑みが張り付き、その瞳は血の様に真っ赤に染まっている。最早人では無いその様に浪士たちが小さな悲鳴が上げる。そして――。
「ひひ、ひひひゃはははは!! 血を、血を寄越せーっ!!」
叫びと狂喜が混じった笑い声を上げながら刀を抜き、浪士たちに駆け出す。恐怖に怯えた一人の浪士が逃げ出そうとしたが、隊士は常人では考えられないような脚力でその浪士との距離を詰める。
「ひゃはははは!」
「ひっ」
怯える浪士に何の躊躇いもなく刀を振り下ろた。
「ぎゃあああああっ!?」
断末魔と共に崩れ落ちる浪士。その物言わぬ死体となった浪士を甲高い哄笑と共に何度も何度も刀を突き刺している。その姿に残りの浪士たちも逃げ出そうと背を向けたが。隊士たちがその隙を見逃すはずがなく、背中を向けた浪士たちを後ろから切り付け、体勢を崩した所を滅多切りにしている。
何人かの浪士たちは反撃試み、こちらも刀で切りつける。だが。
「ひ、ひひ、ひひひひひ!」
「な、なんだこいつら、なんで死なねえんだよ!! あ、あああ、来るな、来るな、来る……うぎゃああああああああっ!?」
「化け物どもめ……ひっ、ひぎゃああああああああ!?」
切り付けられ体勢も崩しかけるも、何事もなかったようにまた向かってくる。
傷口から血を流していたはずなのに、すぐに血が止まり傷口がなくなっている。
鍔迫り合いになれば刀身ごと真っ二つに斬られていく浪士たち。
暴力に任せ刀を振るい、技巧も一切ないその姿はまさに化け物そのものといった隊士たちのせいで、肉を裂き、骨を断つ嫌な音も、耳をつんざく絶叫がしだいに弱弱しくなっていく。その場には隊士たちの哄笑と死体となった浪士たちを繰り返し斬って刺して突いて裂く音が響くなか、息を押し殺し這いつくばるようにその場離れようとする浪士が一人。立ち向かうという考えは頭になく一刻も早く逃げ出したいという考えだけがあったが、恐怖に固まったその体は思う用に動かず、物音をたててしまう。
「!!」
浅葱色の羽織を赤黒く染めた隊士たちは振り返り、新たな獲物を見つけたことに歓喜に震え、ゆっくりと浪士に歩み寄っていく。
その様子に浪士は手にした刀をがむしゃらに振り回しているが、隊士の一人が振るう刀によって、刀身が折れ明後日の方向へと飛んでいき少し離れた地面へと突き刺さった。
全身を震わせている浪士を尻目に、隊士たちは浪士を取り囲むと赤く染まった瞳に狂気の灯を灯すと、刀を振り上げた。月光に照らされ白銀に煌めく刀の切っ先からは浪士たちの血の雫が滴り落ち、そして。
「ひゃははははは、ぎゃははははははははははっ!!」
隊士たちの哄笑と共に、刀を振り下ろされ、浪士の断末魔が夜の京に木霊した。
死体となった浪士の死体を再び弄び始めた隊士たち。その行為は彼らが満足するか、飽きるまで続くと思われたが。
「われらやめへんか」
後方から声をかけられた隊士たちは、振り返り真っ暗な道の先を見つめていると一人分の足音ともに男が現れた。男もまた浅葱色の羽織を着ている。
隊士たちより頭二つ分大きい大男であり、羽織の上からも分かる鍛え上げられた肉体。頭には白い鉢巻を巻き、その手には大薙刀を、腰にはゆうに三尺は超える太刀を差している。
男は隊士たちに近づきながらその場の惨状に目を細める。
「勝手ぇにいのうなったって思たら、何やて事してくれたんやワレら。後始末がたいへんやろが、どない責任ってるんや、ええ」
「……ひ、ひゃは、ひゃはははは!」
「血を、血を寄越せっ!!」
溜息を吐きながら隊士たちを睨みつける男。しかし隊士たちは笑いながら刀を構える。
「ワイの顔も声もわからのうなったか。そこまでぇ血に狂ってしもたやったら止むをえへん」
男が呟くと同時に隊士の一人が駆け出した。
目にも留まらぬ速さで飛びかかる隊士に、男はその手に持つ大薙刀を横薙ぎに一閃。
宙にいる隊士の胴から大量の血飛沫を巻き散らしながら両断された。その光景に常人ならば一瞬でも迷うだろうが、隊士たちは関係なしに突っ込んでくる。まるで熱に浮かされるているみたいな彼らに男は悲しそうな目をするが、すぐさま目には何の感情を映さなくなる。
「こないな後味があかんこってをさせるなんて、やっぱしあの人は鬼やな……やけど!」
男は自ら駆け出し隊士たちに大薙刀を振う。隊士の一人をその刀ごと両断し、そのまますぐ傍の隊士の首を撥ね飛ばす。隊士たちの生暖かい返り血を浴びながら、隊士たちを睨みつける。
「同じ釜の飯を食った仲間のそないな様、これ以上見たくへんからな。掛って来い……化けもんってしてやなく人ってして殺してやる」
「ひゃはははは!」
「やかましい笑い声を……やるな!!」
狂喜の哄笑を木霊させながら男に刀を振るう隊士たち。その刀を避けながら大薙刀で切り付け、突き、薙ぎ払う。一人また一人と隊士たちを斬り伏せていく男。
そしてまた一人、心臓に大薙刀を突き差す。大量の血を吐き出す隊士を見て、大薙刀を抜こうとした時。
「なっ!」
「ひゃはは」
即死したと思われた隊士が大薙刀を掴み抜くことが出来ない様にしている。その隙を逃さず背後からもう一人の隊士が男に斬りかかる。
「血を寄越せ!」
男は目の前の隊士の脇差を引き抜くと、半身だけ振り返り後ろの隊士に刀を投擲する。
「ぎぃっ!」
闇を切り裂き突き進む刀は隊士の首に突き刺さり隊士は後ろに倒れる。そして男は目の前の隊士の脚を払い地面に倒すと更に深々と大薙刀を突き刺した。
背を向ける男に気配を消し襲いかかる隊士。力任せに振るわれるその刀が男の背中を切り裂こうとした瞬間。
「っ!?」
視界から男の姿が消えたことで、隊士はその動きを止めてしまう。
「ここや」
「ひゃはっ!」
隊士は下から聞こえる男の声に向かって刀を振り下ろす。だが。
「? うあ?」
振り下ろした自分の腕を見て隊士は首を傾げた。
両腕は肘から先が無くなっており、傷口からは血が噴き出している。その数瞬後、刀を握ったままの隊士の腕が後方に落ちる音が響く。
男に視線を向ければ、いつの間に抜いたのか男の手には大太刀が握られ、そのまま隊士の体をを下から切上げた。
「遅いわ!」
血に狂っていた隊士たちが立ち竦んでいると、男は叫びながら懐に飛び込み隊士たちを斬り伏せる。大量の血飛沫と共に隊士たちが断末魔もあげることなくその場に崩れ落ちる。
「ああああああっーー!!」
絶叫と共に襲いかかる隊士が一人。その刀をひらりと躱すと同時に隊士の足を深く斬りつける。苦悶の表情を浮かべ膝から崩れ落ちる。すぐさま見上げると隊士の眼には夜空の満月を背に、高々と大太刀を構える男の姿があった。
「すまんな」
その言葉を最後に、白銀の煌めきが振り下ろされ、数瞬遅れるように血飛沫をまき散らしながら、隊士が倒れるとこの場を静寂が包んだ。
襲いかかる敵が居なくなったのを確認した男が大太刀を鞘に戻す。その場を立ち去ろうとした時。
「ひゃはっ!!」
「んなっ!」
死体の山から死んだふりをしていた隊士が男に飛びかかって来た。
「ひゃははははははははっ!!」
「やから……」
哄笑を上げる隊士に男は、刀の持ち手を払い当身をくらわす。その衝撃にふらつく隊士の腕をとると一本背負いの要領で宙へと放り投げ、隊士は放物線を描きながら地面へと落ちてゆく。そして地面に叩きつけられた音と同時に肉を突き刺さる音が聞こえた。男が投げた先には浪士の折れた刀が突き刺さっており、隊士はその上に落ちたのだ。
身動きが取れないが、痛みにもがき苦しむ隊士に落ちている刀を拾い近づく。見下ろす男の存在に気が付いた隊士だがその顔には相変わらずの狂喜の表情が浮かんでおり、笑い続けている。
「ひ、ひひ、ひひひ、ひひゃははははは、はっははは」
男はその笑いを遮るように隊士の大きく開いた口に刀を突き刺した。隊士は体を痙攣させると力尽きた。
「やかましい声でぇ笑うなってゆうたやろが、あほ共が」
物言わぬ死体となった隊士たちを一瞥し、今度こそ誰も生きてないことを確認できたのか男は返り血を拭う。そして手を合わせると目を閉じ、彼らの死を悼みだした。
「地獄でぇぼちぼち眠りな」
「終わりましたか」
「ん? ああ島田か、せや丁度いま終わった所や。ワレも後始末を手ぇ伝え、こないなもん一人や無理やろ」
暗がりから現れた島田と呼ばれた男は、その場に佇む男に近づきながら周囲の状況を確認し、顔を顰めて苦笑を漏らした。
「確かに、この後始末は大変ですね。先ほど山崎君が屯所に応援を呼びに行ったのでこの場は私に任せて副長たちと合流して下さい、松原さん」
「さよか? やったら後は任せるぞ」
島田にそう言われた男、松原は地面に突き刺さっている大薙刀を力任せに引き抜く。ずぷりと嫌な音を立てながら抜いた大薙刀の血を振り払うと、それを肩に担ぐと島田の方に振り返る。
「ほんなら、後よろしゅうな」
「はい、分りました」
松原は笑みを浮かべると、片手をひらひら振りながらその場を後にした。
―――――――
「ふぁ~あ、あかんお月様が丸くあないに光ってる。こないな晩は一杯飲んでぇ寝るに限るんやけどな」
大薙刀を担ぎながら、大きな欠伸をする松原。酒を飲む仕草をしながら月を見上げながら佇んでいる。
「どないしよかな。土方はん達には合いまへんし、後始末は島田達に任せたし別にわいは帰ってもええほなへんか? ええよな、別に。島田達には話し合わせて貰ええばええし……おん、そないしよ。帰って一杯飲んでぇ寝るか」
「いいですねそれ。僕も一緒に帰ろうかな」
「おう、そないせえ、そないせえわれも一緒……に」
松原は軋むような音が聞こえそうな速度で、声がした方を振り向くとそこには浅葱色の羽織を着た隊士が無邪気な笑顔を浮かべていた。
「あれー? どうしたんですか忠さん、僕の顔何かついてます?」
「そ、総司……われ、いつからそこに?」
「えー、忠さんが大きな欠伸をしているところからかな」
「ほぼ最初からやがなっ!! ……ま、まて、われしかおらへんのか。まさかいな土方はんもおるわけとちゃうやな」
「それはですね」
「俺がいちゃなんか不味いのか……忠司」
「ひっ……ひ、土方はん……お晩です、ええ月でんがな」
松原が振り返ると、漆黒の髪をなびかせ端正な顔に青筋を浮かべている男、土方がそこに立っていた。その立ち姿は地獄の鬼すら逃げ出すほどだ。
「ふざけてんじゃねえ! 忠司なにさぼってやがんだ!!」
「さ、さぼってまへんて……まだ」
「っ!! 忠司っ!!」
「副長」
松原を叱り飛ばそうとする土方を、冷静な声が遮った。
「なんだ斎藤」
土方が声の方を向くと、右に刀を差した斎藤と呼ばれた男が表情で立っていた。
「そうだよ一君、これから面白くなる所だったのに」
「総司! われ他人事やって思って」
「だって他人事ですもん」
「総司! 忠司! 手前らは黙ってろっ!!」
松原はその大きな体を小さくし、総司は怖い怖いと茶化している。その様子に土方は深い溜息を吐くと斎藤になんだと話しかける。
「今は総司と忠司の説教をしている場合ではないかと。急ぎ屯所へ戻り、個の者の処遇を決めねばならぬかと」
「あーそうだったな」
二人の会話に疑問を覚えた松原が斎藤の方を見ると、彼の後ろに人の気配がした。
「なんやどなたはんか後ろにおるのか?」
松原の問いに小さな人影はびくっと体を揺らしたが、おずおずと顔をだした。斎藤の後ろから出てきた顔が月光に照らされ見えたのは、まだ幼さの残る少年だった。
いや、確かに恰好は男物を着ているが、顔立ちは中性的で男装をした少女かもしれないなと松原が考えていると
彼女と目があった。
「……にぃ~」
「っ!?」
松原が笑みを向けると、彼女は怯えた表情をして斎藤の背に隠れてしまう。その様子に松原は目を見開いた。
「な、なんや? わい、なんかしたか?」
「何かって、今更何言ってるんですか、忠さん。そんなの忠さんの笑い顔が不気味だったからに決まってるじゃないですか」
当たり前じゃないですかと笑う総司に、忠司は信じられんといった顔をしながら総司と一緒になって喚き出した。そんな二人を土方の怒号が制した。
「斎藤。お前はそいつを連れて先に屯所へ戻ってろ」
「分かりました。……行くぞ」
「え……あ、は、はい」
土方の命令に従い斎藤は彼女を連れ、屯所へと戻っていった。二人の姿が見えなくなったのを確認すると松原が口を開いた。
「土方さん……なんであの子を屯所に連れていくんでっか?」
「それは」
「あの子に見られちゃったんですよ。羅刹を」
「はぁ?」
土方への問いに代わりに総司が応えた。その答えに松原は訝しげな顔をする。
「見られたって、羅刹を」
「そうだ」
「ほな、なんで処理してへんの。新選組にとって百害あって一利なしやろ。何ならわいが」
斬りましょかと無表情で言う松原。その瞳には何の感情も映っていない。その様子に土方は深い溜息を吐いた。
「お前も総司も何でそう考え方が物騒なんだ」
「あれー、新選組の鬼副長ともあろう方がそんな甘いこと言ってもいいんですか?」
意地の悪い笑みを浮かべる総司を無視し、土方は松原に話しかける。
「何処まで見たかはまだ分からねえ。だからまずは何を見たのかははっきりさせるのが先だ。殺す殺さないを判断するのはそれからでも遅くねぇ」
「ふーん。まあ、わいはあんたの命令に従いますわ
「そうか……じゃあ
「えっ、そないな! わい、結構疲れとるんねんけど!」
「あれ、忠さん。今、土方さんの命令に従いますって言ったばっかりでしょ」
嘘はいけないな、と楽しそうに言う総司。
「それやったら、総司! われが監視せえや!」
「嫌ですよ。僕もう眠いし」
「わいも眠ぅてしゃーないわ!!」
「だあー! うるせえぞ二人ともぎゃあぎゃあ喚くな! それから、忠司。さっきも言ったがこれは命令だいいな!!」
そう言い放つと土方はずんずんと屯所へと戻る道を歩き始めた。茫然とする忠司を尻目に、お先にと言いながら総司も土方につづく。
「嘘やろ……誰か嘘やって言うてくれーー!」
一人残された忠司の叫びに応えるものは誰もおらず、夜の京に吸い込まれるだけであった。
続きが気になるこ方がいれば続くかも。