薄桜鬼〜今弁慶の一生〜 作:桜好き
土方の怒声が響き渡るなか、忠司は何処吹く風。むしろ悪戯が成功した悪ガキみたいな笑みを浮かべる忠司は、件の少女、雪村千鶴が軟禁されている部屋の前に座っていた。
少しだけ聞き耳を立てれば、部屋の中からは微かに少女の寝息らしいものが聞こえてくる。
「まっ、いろいろあったから疲れとるんやろな」
殺されかけた上に、探しに来た父は行方知れず……年端のいかない少女には辛いことだなと一人そんな事を考えていると、足音が此方に近付いてくるのが聞こえた。
「ん? 何や、山南さんか。どないしたん?」
「君に少し頼みごとがあるんですよ、松原君」
忠司が話しかけた先には、新選組総長である山南敬助の姿が。
北辰一刀流皆伝の肩書きと腕前、確かな知識と見聞を持つ彼は新選組には無くてはならない人物である。また人柄も良く、常に柔和な笑みを浮かべている彼は隊士達からも慕われているので、近藤、土方につぐ地位を持っていることも頷ける。
そんな彼からの頼みごとがとは何か気になり、首を傾げると山南は部屋の方に視線を向けた。
「彼女……綱道氏のご息女の様子は如何でしょうか」
「あー、今丁度、寝てますわ。色々おましたからな、疲れはったんでしょ」
「確かに一般人の、其れも女性には少々刺激が強すぎる経験だったでしょう」
「いや、少々どころやないやろ」
二人で静かに笑うと、「で?」と本題に入るよう山南を促す。
「……今夜、前川邸に来てください。……
「っ、……もう新しい隊士の補充を?」
「はい」
新撰組、山南が口にしたその言葉で全てを察したのか。忠司は眉間に皺を寄せながら了承した。その答えを聞いた山南は「では今晩に」と言ってその場を立ち去ろうとした時、部屋をチラッと見ると思い出したように「そう言えば」と忠司の方を振り返った。
「屯所内に鼠が出るようなんです」
「はぁ、鼠……ですか」
「ええ、特に被害も無いので今は放っているのですが。あまりうろちょろする様であれば、新選組に害をなすようであれば、対処を考えなければいけません。そう思いませんか松原君」
「そうですねぇ」
言いたいことを言ったからか、再び笑みを浮かべているが山南の瞳は冷たく笑っていなかった。その様子に忠司は一瞬寒気を感じたが、山南はそのままその場を後にした。
山南の姿が見えなくなったのを確認した忠司は、息を吐くと空を見上げた。
「まあ、そういう事やからあんまし変な気は起こさん方がええで。あん人、此処で一番おっかないからな」
忠司の言葉に、襖の向こうで息を呑むのを感じたが、気にせず話を続ける。
「まだ朝も早い……もうちょい寝とき」
襖の向こうからは何も反応は帰って来なかったが、ゴソゴソと布団中で音が聴こえたので忠司は空を見上げながら今夜起こるであろうことを考えていた。
◇◆◇◆◇◆
昨夜は一変に色々なことがありすぎた。
父様が幕府の密命を受けていたこと。
そのためにあの悪名高き人斬り集団『新選組』に協力していたこと。
そして今は行方知れずになっていること。
話しを聞いた時は頭が混乱し上手く考えることが出来なった。
なんで、どうして。父様は無事なのか。直ぐにでも探しに行きたい。でも勝手をすれば殺されると、そんな考えが頭の中を駆け巡り、皆さんの話しを聴いていなかった私に更に追い討ちを掛けるような話が飛び出した。
「なら、誰かの小姓にすりゃいいんじゃねえか? 忠司の奴なら面倒見も……」
「!!」
そう目の前の男性、土方さんは私の護衛兼監視にあの松原さんをつけようとしていた。
松原さん……初めて出会ったあの満月の夜、私はあの人に恐怖を覚えた。
あの巨大にあった大きな刀と、返り血で真っ赤に染まった羽織姿はまるで地獄の鬼のようで。
彼に見据えられ微笑みかけられた時は、心臓がどきりと大きく脈打ったのを覚えている。
彼の笑みはまるで般若面のようだったが、それ以上に怖かったのはあの目だった。
まるで親の仇を見るようなあの目。私は生まれて初めて殺意というものに当てられ咄嗟に斎藤さんの背に隠れていた。
そんな私の様子に傷ついた顔をする松原さんを、沖田さんがからかっていた。
それからもあの人には物騒な言葉をかけられはしたが、助けられた事も有るにはあったけど、やっぱり私を見る目は冷たくて突き刺さるような敵意が私を常に緊張させびくびくしている。
そんな彼に私が小姓としてつく?
どんなに考えてもあの人に斬り殺される所しか想像できない!
私が反対しようと声をあげようとする前に。
「ちょい待ちー!!」
部屋の外で待っていた松原さんが怒鳴りながら部屋へと入ってきた。
その勢いに私はまた怯えてしまい声を出せずにいれば、私は土方さんの小姓になることになると話が纏まっていた。
そのまま松原さんに促されて私は再び部屋へ戻ることになった。
部屋に戻る中、松原さんと私の間に会話などなく。ただ松原さんの背についていっていた。
何か話しかけたほうが良いのかな? なんて考えていると松原さんから話しかけられた。
「なあ……」
「……っ!……は、はい」
急に話し掛けられて私はビクッと体を震わせると松原さんは眉間に皺を寄せて顔を逸らされた。
怒らせた。
私は恐怖で何も出来ずにただ松原さんの横顔を見ていると、意を決したように私に顔を向けた。
「嬢ちゃん……ワイ、何かしたか?」
「え?」
「さっきから凄い脅えとる様やし、確かに出会いは最高とは言われんし、その後もなんやかんや脅えさせる事も言うた。せやけど、そこまで怯えられると流石にワイも傷つくわ」
「す、すみません! 私……」
松原さんの言葉に私が頭を下げれば、松原さんは慌てながら頭を上げるように言った。
「ええんや、ええんや。嬢ちゃんの態度が普通なんやからな」
「でも……」
「まあ、今日は色んな事があったやろうし、部屋でゆっくり休み。ワイは外におるから何かあったら言いや」
そう言って襖を開けてくれたので部屋の中に入ると、松原さん、襖を閉めようとしていた。
またこの部屋に一人になる。
そう思うと頭から消えていた父様のこと、そしてこれからどうなるのか。そんな不安がまた出て来た。
そうしていれば襖が一向に閉まる音がしなかったので、そちらに顔を向けると松原さんがまた眉間に皺寄せて私を見ていた。
また何かしてしまったかなと考えがよぎり声を掛けようとすると、松原さんはすまんなと小さく呟き、私の頭にその大きな手を乗せた。
それに驚いた私が目を見開いて松原さんの方を見上げれば、般若の様な笑みではなく、本当に優しい笑みを浮かべていた。
「不安な事もあるやろうし、ワイの事も信用出来んのも分かるわ。やけど、命令も無しにワイは人は斬らん」
「松原さん」
「信用しろとか、心を許せ、何て事は言わんわ。せやけど、新選組隊士は命令を必ず守る。土方さんは……副長は、嬢ちゃんを監視せえて言うた。ちゅうことわや、嬢ちゃんを守れ言うことと同じや」
だからそれだけは信じてくれーー。そう言いながら私の頭を優しく撫でて部屋の襖を閉じた松原さん。
もしかしたら私はあの人を勘違いしてたのかもしれない。そう考えながら撫でられた頭を、触れば少しだけ不安が安らいだ。
「ええ、特に被害も無いので今は放っているのですが。あまりうろちょろする様であれば、新選組に害をなすようであれば、対処を考えなければいけません。そう思いませんか松原君」
「まあ、そういう事やからあんまし変な気は起こさん方がええで。あん人、此処で一番おっかないからな」
……やっぱり怖い人かもしれない!