話は、三週間前に遡る。
# # #
──三週間前──
雄英高校から『合格通知』が届いて、ホログラムに浮かんだオールマイトから雄英入学の切符をもらったあの日から、しばらく経ってからのころだった。
一条の元に、もう一通重要な書類の入った封筒が届けられた。
「…………」
── 『ヒーローコスチューム・要望書』 ──
自分の個性を最大限に活かし、なおかつ“なりたいヒーロー像”を形にするための、いわば戦闘服の設計図を描く。
これを元に、雄英と提携しているサポート会社が、国家予算から出る『被服控除』の枠中でコスチュームをあつらえてくれるのだとか。というか、あつらえてくれる。
──描こう。
「うん」
一条は早速、勉強机に書類を広げて、戦闘服構想の風呂敷を開いた。
さあ、ここで一条の指から繰り出される筆撃によって、前代未聞のコスチュームが完成────すると思ったが、そうはならなかった。
始まってまだ数十秒──。
「むずかしい……。絵ってどうやって描くんだろう」
一条の眼下には、驚きの白さを誇ったままの紙があるだけ。
一条本人はこの数十秒の間、鉛筆を近づけて、遠ざけての繰り返し。
ここにきて初歩中の初歩、自分の頭の中に浮かんだものを描き出す技術を、一条は身につけていなかった。
「……むぅ」
大体何を書き込めばいいのやら。自分はどういう格好で戦いたいのかが、一条自身答えが出ずにいた。強いて言えば、
──最初にヴィランと戦ったときのあの服……。
あの服は、確かに動きやすかった。スカートなんて何もなく、まるで自分の身一つで戦って、空気と一体となっているような感覚はスムーズで動きやすかった。
※コスチュームの露出における規定法に抵触する恐れあり。※
とりあえず書かないことには始まらないからこそ、一条は以前というよりは目覚めた当初の服装を描き連ねた。
自分を象徴する素体に、隠すべきところを隠す。色は黒で、それだけ。
──よし。
「これでいい」
※全然よしでもこれでよくもないです。※
一条は、満足げに鉛筆を置いた。
今、雑に紙へと鉛筆を自由落下させた。その白い紙の上に書かれたのは、極限まで無駄を削ぎ落とした黒い上下。装飾もなければ、ただただ機能性を説明する書き込みもない。
ただ──『黒い』。
あまりにストイックしか言葉にできない設計図だった。
そこへ、
「いっちゃん、何やってーるの?」
背後から音もなく忍び寄る影が。
それは、ヒーローとしてのミッドナイトではなく、香山睡として私服を見にまとったミッドナイト。いわゆるオフの姿のミッドナイトだ。
一条は、ピンクのメガネフレームの奥の瞳に興味を浮かばせるミッドナイトを横目で見る。
「ヒーローコスチューム書いてた」
「ああ、それねっ。そういうのも前にあったわぁ、懐かしい…………で、いっちゃんはどんなコスチューム考えたの? アタシにも見せて見せて!」
「はい」
「どれどれー? …………」
臆面もなく一条が机の上の、思ったよりも白い紙を渡されるミッドナイト。少しばかり脳裏に不安がよぎるものの、ミッドナイトはその思ったよりも白いコスチューム案を視界に入れた。
そこにあったのは、
「コッ──」
「こ?」
水着だった。
「ちょっ……いっちゃん? な、なに? この『水着』みたいなコスチューム」
メガネをクイ、クイ、と上げ下げを繰り返す、目を点のようにするミッドナイト。まるで目を疑うかのように、今度は紙を近づけたり遠ざけたりする始末だ。
そんなことをしても、見えるものは変わらないというのに。
「…………」
だんだんと引き攣った笑みを浮かばせるミッドナイトに、一条は青い瞳を向けた。
「だ、大胆にして実用的……っ」
「軽くてかさばらなく、なおかつ動きやすい。ん……、実用的」
「──ダメよ」
「…………」
ピシャリと言い放ったミッドナイトの言葉に、今、一条はその目を真正面から見た。目の表情は変わらずとも、孕んだ気持ちは信じられない、あなたが言うかそれ、というような目で。
納得がいかなかった。あの地下施設で目覚めた時、しっくりはきた姿があれなのだ。あれしか知らないのだ。風を感じ、気配をたぐり寄せ、四肢の可動域を全開にした究極の機能の美。
美しさは知らないが、とにかく──美。
「…………。──。──────? どうして、ミッドナイトの服も……すごいでしょ」
「アタシはいいの! これは、本人の『嗜好品』としての美学、個性のための合理性が詰まったプロの姿なんだから! でも、いっちゃんはこれから多感な時期を過ごす女子高生なのよ!?」
「…………。……………………そうなの?」
「そ・う・な・の!!」
そうらしい。大体多感とはなんだ。いや辞書で見た。
何やら、少しの出来事にも感じやすく、傷つきやすいといった、感覚に鋭いという言葉。
確かに一条は感覚に鋭いかと言われれば鋭いだろう。しかしそれはあくまで戦闘面においての肌だ。精神面でどうかと聞かれるのなら、
──わからない。
この一言しか出てこない。
※この頃のいっちゃんは、まだ『楽』を知らなかった……※
とにかくだ。全身タイツに似たコスチュームを着たミッドナイトに言われる筋合いはどこにあるのか。
「まあ確かに……アタシだって雄英生徒だったときはこんな感じだったけど……」
「じゃあ──」
「でも、ダ・メ! 大体、さっきも言ったけど、アタシのコスチュームは“個性”を十全に発揮するために必要だったからああなっただけ」
「…………」
「大体、こんな……これ布面積が絶滅危惧種みたいな格好。こんな姿でグラウンドやら戦闘訓練やらで走り回ったら、アタシが相澤くんに殺されるわ!」
「……相澤に、殺される」
一条の脳にフル回転でよぎった、あのやる気のない相澤が下す裁定。正直やる気がないだけじゃなく、実力者としても一流だとはこの目ではわかるのだが、あのひとにそんな権限があるのだろうか。
いや、あるないに関わらず、世間体というのが大人の間では付きまとうと、社会の本で習った。
もしそうなったとき、自分とミッドナイトは細々と暮らすしかなくなってしまう。
「──それは困る」
一条本人として、この暮らしは快適そのものだった。いや、暮らしに至ってはこれしか知らないのだが、世の中を見てもまあまあいい暮らしをしているだろう。
そんな暮らしがなくなって、また寒くなってしまうのは冷たい。
一条は、少しだけ考えを改めることにした。
「じゃあ、どうすればいいミッドナイト」
「ふふん、待ってました! こういうときにこそ、プロヒーロー兼・保護者の出番ね!」
デデン!!
ミッドナイトはどこからか、おそらくは自分の部屋から持ってきた自身のファッション誌と、他のヒーロー雑誌を取り出してきた。
「いい? ヒーローのコスチュームは『看板』なの。見ただけで『あ! あのヒーローが来てくれた!』って安心させる象徴が、このヒーローコスチューム。アタシのだって、見たら誰が来たかってわかるでしょ?」
「うん」
「そこであなたの案。これだと、看板どころか『ただの海浜での迷子』か『野生児』にしか見えないのよ」
「…………、野生児」
これが野生児なのかと、一条はミッドナイトの言葉を頭の中で何度も響いた。衝撃の事実、他者からの評価でしかわからない見方に、一条は自身の軽薄ささへ感じるほど。
ペラペラ、と一条は渡された雑誌を引いた。そこにあるのは、確かに自分と同じような肌の露出が多く、そしてそのどれもが海辺で着る『水着』と称された衣服であった。
「ほんとだ」
「そうなのよ、いっちゃん! 海なら満点だけど、グラウンドでその格好は見てると心臓が持たないわ!」
ミッドナイトは、一条が書いた『ほぼ水着』な原案を勉強机に置き、ペンを手に取る。今、彼女の目には、プロデザイナー顔負けの、潜り抜けた修羅場と経験によって磨き上げられた鋭い光が宿った。
「いいかしら? ヒーローのコスチュームには、三つの要素で成り立っていると考えられるの。『機能性』と『安全性』、そして何より──『コンセプト』よ!」
「──こんせぷと」
「そう! あなたがどういうヒーローになりたいか、その“意思”を形にするの。……いっちゃん、あなたはどうなりたい? どんなヒーローでありたい?」
どんな存在でありたいか。
一条は、ミッドナイトの言葉を受けて、今一度自分の書いたなりたい自分を見つめ──そして閉じた。
一年という短い間。一条が確かに歩み、後ろに足跡がしっかりと刻まれた記憶だ。その中で、暗闇の中で一際輝いた足跡は──、
『流れ星の……一筋。一条ね。星の軌跡。星の一条──“星野一条”!』
「────」
確かに、一条は『ブラック★ロックシューター』である。それだけは変わらない事実だ。
けれど、今の自分という器に注がれる記憶という『星野一条』という、もう一つの、他者から名無しにつけられた名。
──流れる星……。闇へ入り込み、駆け抜け、一筋の光を残す──、
「──星」
一条は、頭に浮かび上がった一つの情景を一言落とした。
紡がれた言葉を、ミッドナイトが聴き逃すようなことはない。
「『星』……いいわね、ステキじゃない! 暗闇を切り裂く一筋の光、“星野一条”のコンセプトにぴったりよ!」
「『ブラック★ロックシューター』にも?」
「えぇっと…………それも、そうよ!」
ミッドナイトはガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、一条の真っ白な原案の上に、さらさらと書き足していく。
一応は、水着の案を消さないでくれるみたいで、一条は書き足されていくそれを眺めた。
「まずはそうね……露出は抑えるけど『動きやすさ』は殺さない感じね。スカートは……」
「それはいい」
「そう、却下ね。………………。ベースはく……」
「──黒」
「よしきたっ。じゃ・あー、それに白のラインを加える方針で…………ゴツゴツした鎧系は嫌そうね。かと言って上下繋がったつなぎ系も……」
「…………」(スーン)
「嫌そうね。タイツ系……ニーハイにホットパンツ」
「それと、これ」
下半身の形が定まってきて上半身に話題が入りかけた時だ。一条はファッション雑誌のパーカーを着たストリート風の女性をミッドナイトに見せた。
「こういう感じの、前が開いてる服がいい。風に当たって、動いて温かくなった体が冷めてちょうどいいから」
「そう? アタシはコートがいいって思うんだけど……本人の意思を尊重するわ。自分で改善点を見つけることだって、後から必要になってくるもの」
ミッドナイトはペンを顎に当てて、うーん、と唸りながら紙にさらさらと線を足していく。
「それと、私は軽いから、足に金属のクローみたいなのが欲しい。にーはい? の、ふくらはぎくらいまで伸びたブーツの爪先に」
「うんうん。あと……そうね、腰がガランとしてるかしら。ポーチとあとは
「鎖? どうして」
「それはね────かっこいいからよ。よし、じゃあ方針はこれで決まり。あとは──」
無駄を削ぎ落とした黒いビキニインナーに、次々と書き込まれていく服の数々。
『野生児』でも『迷子』でもない。ヒーロー然とした姿が紙面に現れる。
あとは、布のおおまかな素材の概要をさらさらと書いていき、ついに出来上がった。
「…………」
一条は、その絵をじっと見つめた。
まだ荒削りな面も多いが、とりあえずはこれでいい。あの水着みたいな当初の『デザイン』とも呼べないデザインよりは、ずっとマシになった。
もう少し肌が大気に触れる面積も欲しいところだが、これなら、
「……うん。これ、いい」
黒を基調とした、闇に溶け込むような衣服。けれど、左右対称に散りばめられた白いラインが、まるで星の軌跡のように体のラインを引き締めていた。
「うっし。あとは、これを投函して、サポート会社に投げて実物を作ってもらうだけね。……ああ、そうだ。いっちゃん、例の『武器』なんだけど」
ふと、ミッドナイトの声のトーンが真面目なものへと変わり、一条のひとみはすっと細められる。
「……大砲と、剣」
「そう。それなんだけど……まだしばらく戻ってこないみたい。サポート会社がどーうもドツボにハマっちゃったみたいで……」
「それじゃあ……」
あの武器とは、もう自分の手で握り、操ることができないのか。
一条は傷一つない白い手指を握っては開いて、埋めようにも埋められない武器の感触を確かめてしまう。そのたび、何もないことに肩を落としてしまう。
「あ……あー! 違うのよいっちゃん! だから……そうね、四月中に武器も帰ってくるから、そんなに落ち込まないで」
一条の瞳が見開かれる。
自分の半身とも言える、あの黒い武器。それがようやく手元に戻ってくる。
「……ありがとう、ミッドナイト」
# # #
──現在 グラウンドβ──
暗いトンネルを抜け、陽光が差し込む演習場へと歩みを進める。
一歩踏み出すごとに、足元からはコツ、コツと硬質な音が響いた。それは、足先を最小限に覆うような金属フレームが仕込まれた、膝下まで覆う黒のブーツがアスファルトを叩く音。
「────」
眩しさに、ほんのり青い瞳を細めながら、一条はトンネルの出口を潜り抜けた。
「格好から入るってのも大事なことなんだぜ? ────」
そこへ続く。一人、また一人と、
「──少年少女!!」
『ヒーローの卵』たちが姿を現した。そのトンネルの先、仁王立ちで待ち構えるオールマイトが、差し照らす陽光を超えるほどの、あふれんばかりの笑みで彼らを迎えた。
「自覚するんだ。今日から自分は……」
一生徒ではなく──
「ヒーローなのだと!!」
ヒーローへのスタートラインを切る、まさしく『ヒーローの卵』となった者たちが、まばゆいひかりの中へと一歩踏み出す。
色とりどりの、各々の“個性”と“コンセプト”が詰め込まれた
その群れの中に、一条もまた静かに陽光の下に立った。
「…………」
一条が身に纏うのは、黒を基調とした機能性最優先のコスチューム。ふわりと風を孕む黒いショート丈のパーカーは前が開け放たれており、その下には黒のビキニトップのみ。
腰の戦術ベルトを中央で上下に咬合するバックル。そこには複数のポーチが並び、
黒いショートパンツ。太もものハーネスが足を引き締め、ブーツのつま先には、金属製の蹄のようなフレームが備えられていた。
まさしく、無駄な装甲や布地を極限まで削ぎ落とし、ただ『戦う』ことのみに特化した黒一色のコスチューム。
だが、その特異なデザインよりも、クラスメイトたちの視線を釘付けにしたものがある。
「ほ、星野ちゃん……!? 服もそうだけど……、お腹の……」
いち早く駆け寄ってきた麗日が、顔を真っ赤にしながらも、一条の左脇腹を痛ましそうに見つめた。
そこにあるのは、前開きの隙間から晒された真っ白な素肌と──そこへ無惨に刻まれた、あまりにも巨大な手術痕だ。
左の肋骨から斜めに横断する太く生々しい縫い目と、右下腹部に刻印された同じく縫い目の傷跡。
「…………。変?」
「変じゃねェけどよ!」
麗日の背後から、自身の個性のようにゴツゴツとした真紅のコスチュームに身を包む切島が、どこか目のやり場に困ったように視線を泳がせる。
「動きやすさ全振りって感じでいいと思うぜ。でもよ、腹の傷とか……痛くねェのか? それに、ちょっと寒くねェかそれ!?」
「痛くない。それに、切島だって……」
寒い寒くないかをこちらに聞く以前に、
「私より出してるでしょ」
「…………。あ、俺も星野のこと言える格好じゃァなかったな!」
それもそのはず、一条も一条だが、切島も切島で上半身に関しては肌面積が多かった。 両肩に赤いギアみたいなものを通されてること以外、腕や胴体に関しては何もない。誇張も控えめでもなく、布がなかった。
「…………。……?」
ともあれ、一条は自分の脇腹に視線を落として見る。いや、指先で少しパーカーを引っ張って見てみる。思えば、この傷がどこまで伸びてるのかなんて気にしたことなんてなかった。
傷跡を見られることは特に気にしていない。羞恥心もなければ、隠したいという“気”もなかったから。ただ、そこにあるというだけ。
そんなあっけらかんとした一条の態度には、切島や麗日も言葉を詰まらせてしまう。
「あの傷……一体星野くんにどういう過去が……」
「ジャージのときはわからなかったが、彼女はすでに“修羅場”を潜り抜けているということか……」
飯田や鳥っぽい少年がヒソヒソと戦慄混じりの声を漏らす。
そんな重々しい空気だったが、
「おいおいおいおい!!」
文字通り、下からぶち破る者がいた。──紫の不埒者だ。
「露出……! ビキニトップ! そしてミステリアスな傷・跡……! 最高じゃねぇか星野ぉ!! お前のセンスさいこおお!!」
紫のブドウ頭──峰田実が、鼻息を荒くして一条の足元ににじり寄ってきやがったのだ。
昨日、一条によって野球ネットに突き刺さった、あの出来事はどこへやら。彼の瞳には、再びドロリとした欲望の光がギラギラ輝いている。
「…………」
一条の瞳が、無表情ながらにスッと細められた。
刹那、グラウンドベータの空気が数度下がったような。いや、一条と峰田の間の空気が鋭く氷柱めいたものとなり、優しく彼の首筋を撫でる。
「……。ヒュっ──」
「…………また、投げた方がいい?」
「い、いえ! なんでもありません! 素晴らしい露しゅ──機能美だと思います!!」
慌てて飛び退く峰田。嵐がさるのを待つように身を縮めて口を両手で塞ぐ峰田の表情は、恐怖と、性懲りもなく他の女子に覆面越しの目が向いている。
が、一条はすでに興味を失って、視線を外した。
「おーい! 麗日さーん、星野さーん!」
そこへ、遅れて息を切らして駆けつけてきたのは、深緑色の全身スーツに身を包んだ、
「出久。……緑色でシンプル」
出久だった。して、彼のコスチュームは、頭の上にぴょんとふたつの耳がある。
──出久のコンセプトは……うさぎ?
いや、どちらかというと耳ではなく触覚を模したようなマスクが、出久の足並みに合わせて揺れる。そして口元には、メッシュ加工を施された、見るからに超軽量なマスク。
「あはは、デザインは僕なんだけど、これお母さんが作ってくれて……って、星野さんその格好!?」
こちらを目にしたや否や、どうしてか出久が顔を赤らめて挙動不審になる。そして視線を外した先には、
「うおお……っ!? 麗日さん!?」
最先端のパイロット風味な、タイトなスーツ姿の麗日。
「デクくんかっこいい服! 私のはちょっとぴっちりしすぎちゃって、恥ずかしいんやけど……」
「いぃ、いや! とっても似合ってるよ麗日さん! ほ、星野さんも!」
両側。左右。後ろはガラ空きなのだが挟まれたことで、直視して顔を避ければまた直視というジレンマに出久の首がもげそうだ。もはやキャパシティが悲鳴を上げていると言ってもいい。
そこに、
「スゥ……、──っぱ、ヒーロー科最高……」
峰田が黄色のグローブに包まれた手でぬるりとサムズアップし、締め括った。
ともかく、そんなしどろもどろ、微笑ましいようなやり取りをよそに、オールマイトの野太く、そして胸の奥を揺さぶる声が、
「さァ、始めようか有精卵共!!」
響き渡った。
声一つで、場の空気がより一層引き締まる。生徒たちの目線が、太陽を背負う巨大なヒーローへと集った。
「皆、最高にイカしてるよ!! さて! お待ちかね戦闘訓練のお時間だ」
「──先生っ」
話の本題に入る手前、ピシッと挙手をしたのは、まるで中世の騎士のような、しかしどこかエンジンの意匠が見てとれる重装甲のコスチュームを身に纏う少年。
──飯田だ。真っ白で……なんだかナイトみたい。
その声色と生真面目さからわかるように、顔は見えなくとも飯田であることがひしひしと伝わってくる。
横目で見る一条は、二人の問答を聞くことに。
「ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか」
「いいや、もう二歩──先に踏み込む」
オールマイトは淀みのない声を低くし、こと今回の授業におけるポイントを二本の指を立てて示した。
「ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪なヴィランの出現率は高いんだ」
──屋内で、人と戦う。
一条は小さく鼻で吐息した。
一条にとっても、オールマイトの言ったことに関してはその通りだと感じたからだ。
目覚め、蛍光灯で照らされていたあの場所。自分の手で意識を刈り取ってきたヴィランたち。
確かに、屋内での戦闘は多かった。屋外の方が、体感で見てもまだ抑えめな印象があり、むしろ過去に戦ったヴィランの方が凶暴で、荒い。
「監禁、軟禁、裏商売……このヒーロー飽和社会において──真に賢いヴィランとは
「基礎訓練もなしに?」
「うむ。その基礎を知るための実践さ」
──そういうこと……。
やり取りを見ていて、一条は考えに浸かった。
すでに大多数のヴィランと相対し、ことごとく文字通り壁に吹っ飛ばしてきた一条。だが、そのどれも、感触としては枝が割れそうな音を発するのだ。
ヒーローにとって、人を不用意に傷つけるのは御法度。今回は、無闇やたらに力を振り回さず、セーブして全うする、ということなのだろう。
※一条の中ではそう感じた。※
一人で納得する一条とは反対に、周りの人らは舌を回す。
「勝敗の決定条件は?」
「ぶっ飛ばしてもいいんすかあ?」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか? これでは一人が余っ──」
「このマントヤバくなあい?」
質問の矢継ぎ早だった。正直聞き取れない。
一人に関しては、もはや共感を求めてさえいる。
「んんん……ッ! 聖徳太子ぃ!」
オールマイトもこれにはお手上げだった。
すると、オールマイトが懐から紙を取り出し始めて、徐に皆の前で開く。それはまさしくカンペ、虎の巻とも言えるものだ。
「状況設定は、ヴィランがアジトのどこかに核兵器を隠していて──」
──……。核兵器。
「ヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは時間内に敵を捕まえるか、核兵器を回収すること。ヴィランは制限時間まで核兵器を守り切るか、ヒーローを捕まえること!」
合間合間に物騒な単語が二、三回飛び出した気もするが、一条は脳内にルール説明を放り込む。要するにこの訓練というのは、『奪い合い』と『防衛』だ。想像に難くない。
設定は、なんというか極端にも程があるが、これくらいの方がいいのだろう。
「チームと対戦相手はクジで決める!」
「適当なのですか!?」と飯田が安直な決め方に驚きの声を上げるものの、プロヒーローが即席のチームを組むことは現場では多々あるという説明を出久から受け、納得して頭を下げた。
──出久、詳しい……。
が、一つ解決すればもう一つと疑問は浮かんでくるものだった。
「しかし先生! この場合ですと二十一人! 二対二のチーム分けでは、必然的に一人余ってしまいますが、どうするお考えでしょうか!」
飯田の指摘に、クラス全員の視線が互いを見合った。
確かに、この場には欠員なしで二十一名がこのグラウンドβに集結した。しかしオールマイトが先ほど言った、二対二の戦闘ができなくなってしまう。
それは、全員にとって無視できない関心事だった。
「よくぞ聞いてくれた、飯田少年! 今回はくじ引きの中に、一つだけ『三人組』になるチームを混ぜてある! つまり、一つの試合だけ『ヒーロー三人VSヴィラン二人』、あるいは『ヒーロー二人VSヴィラン三人』の変則マッチを行う!!」
「それだと人数差に……、いや、数の有利不利という理不尽な状況も、実戦においては起こりうる事態……そこまで見越しての訓練ですか! 失礼いたしました!」
「…………。そ、その通りだッ。では、早速くじを引いてくれ!」
* * *
そうして始まった、くじによる即興のチーム決め。そのランダム性には、皆の心を揺さぶる、好奇心による興奮とどうなるんだろうという緊張の含んだ空気感が漂う。
オールマイトが差し出した黄色のミラクルボックス。生徒たちは順番に、開けるまでわからないアルファベットが封じられた抽選券を引いていった。
「…………」
──誰と組むんだろう。
一条の手の中にも、折り畳まれた抽選券があった。
開き、中に書いてあったアルファベットは──、
── I《アイ》 ──
「
一条は小さく呟き、手元のアルファベットの書かれた抽選紙をじっと青い瞳に写し込んだ。
この広大なグラウンドβの一箇所に集まった二十人の中から、同じ『I』の文字を引いたものを探さなければならない。
「…………」
──誰。どこにいるの。
キョロキョロと首を巡らせるクラスメイトたち同様、一条自身もとりあえずその場に立ち尽くしていた。こと、こういうチーム決めにおいて何も知らないのだ。
それもそのはず、何度でも言うが一条は学校生活を送ったことがない。目覚めてからを歳換算にするのなら、推定でも一年かそこら。つまりは頭がスーパーによろしい一才児だ。
班行動なんて、むしろ自分から聞き出したいところ。
──とりあえず……。
「…………」
スゥと一条の手が上に伸びた。その指先にあるのは、『I』が記された紙で、
「あ、君も『I』!? やったー! よろしくね!!」
「…………。──?」
待つ方が効率的だと判断した矢先に、唐突に虚空から陽気な声がかけられた。
いや、声のする方から若干に視線を逸らして見ると、ぽっかりと空中に浮遊する手袋とブーツがある。
「────。…………誰」
一条は、声のした空間──浮遊する手袋から少し上あたりに目線を仰ぎ、無言で見つめた。
「あ、ごめんごめん! 私、
「私は……、──星野一条。よろしくお願い、葉隠」
「星野ちゃん、よろしくね! 私、個性が『透明化』だから見えないけどちゃんとここにいるよ!」
ブンブンと手袋が振られる。どうやら本当に透明な人間──透明人間らしい。
透明なのに、その存在感は陽気で凄まじい。一条は、その事実を瞬時に受け入れ、おそらくは目であろう場所を見つめた。
「隠れるのに便利そう」
「でしょでしょー! でも、コスチュームだと手袋とブーツだけになっちゃうから、ちょっと恥ずかしいんだけどね!」
「…………」
つまりは、葉隠は剥き出しということ。自分よりも、いやこの場の誰よりも挑戦的なコスチュームのコンセプトに、一条は小さく嘆息した。
「私より出してる。寒くないの?」
「それはそうだけど! そういう問題じゃないっていうか!」
活発。きゃっきゃと見えないながらにもグローブで葉隠の照れが見て取れる。
するとそこに、
「えっと、俺も『I』チームなんだけど……」
控えめな足音を伴って近づいてきた。
「星野さんに、葉隠さんだよね。よろしく。俺は
道着のようなコスチュームに身を包んだ、金髪の少年。その後ろには、立派で逞しい太い尻尾がゆらゆらと揺らめいている。
「よろしくお願い、尾白。……尻尾、強そう」
尾白の尻尾は、昨日の個性把握テストの上体起こしにてその強さを目の当たりにした。峰田や自分には及ばずだが、その尻尾だけで六十なんて数値は優に超える。凄まじい筋力だ。
「あ、ありがとう……俺の個性なんだ。星野さんの個性は……昨日見てて本当にびっくりしたよ。すごい身体能力だよね」
「……これは、ただの力。尾白の尻尾の方がいっぱい戦い方がありそう」
「そ、そうかな……」
照れくさそうに尻尾に手を置く尾白だが、こと戦闘において、特に近接戦において一条は強力そうだと頭に置く。
そも尻尾だ。日常的に個性をフルに発揮することができない発動系に比べて、そちらは見ただけでもわかる。案外シンプルさが、勝負においては弱点にもなりうるし、鍛え上げれば矛にもなりうるのだ。
──葉隠と尾白……、この二人がチームメンバー。
そして、オールマイトが言っていた『三人組』の変則チームが、自分たち『I』チームのようだ。
「三人ってことは、私たちが例の変則マッチなんだね! 星野ちゃんもいるし、百人力だよ!」
「俺たち、ヒーロー側になるのかヴィラン側になるのか……。相手もわからないし、緊張するな」
「…………」
尾白が気を引き締めるようにいうのを聞きながら、一条は静かに頷いた。
戦闘。やることは──誰が相手でも同じだ。
制圧するか。
捕縛するか。
核を回収するか。
守り切るか。
目的が明確な以上、結論に何ら迷うことはない。
「さて! チームが決まったところで!」
皆の前で、オールマイトが再び声を張り上げた。
オールマイトを挟むようにあるのは、黒のボックスと、白のボックス。前者がヴィランで、後者がヒーローだ。
「最初の対戦相手は〜? こいつらだ!!」
オールマイトが両手で同時に、ボールくじを引き抜く。
そのアルファベットは、
「Aコンビがヒーロー、Dコンビがヴィランだ!」
「「────ッ」」
瞬間、空気が痺れたように張り詰めた。
一条は視線を向ける。その先には、『A』チームの出久と麗日が顔を見合わせ、隠しきれない緊張と、確かな覚悟が漂った。
そして、その対戦相手である『D』チーム。
「……出久と、爆豪」
呟いた先には、飯田の隣で、沸々と闘気を立ち上らせる爆豪の姿があった。
入試の日から、そして昨日もだが、二人には何かあるのだろうか。特に爆豪が出久にする行為というのは何かしら執念がある。ずっと前からの因縁か。
一条の目には、一瞬顔を見合わせた二人の間に、ただならぬ火花が散ったのを見た。
「A組とD組以外は、モニタールームへ向かってくれ!」
「「「はーい!」」」
オールマイトの指示に従い、生徒たちがゾロゾロと暗いトンネルへと戻っていく。
一条もまた同じく、尾白と葉隠とともに歩き出し、
「────」
ふと、背後を顧みた。
人が掃けて、四人だけとなった空間。必然的に隣り合う緑と黒の背中。
出久は昨日、自分に『迷いがない』と言った。ならば、その『迷い』とやらが削ぎ落とされたとき、彼の歩む軌跡には一体どんなものが刻まれるというのか。
それはまだ、好奇心と呼べるほど明確な輪郭を持った感情ではない。ただ、彼らが紡ぎ出す結果に至るまでの道筋を、ほんの少しでいいから観察してみたいという、まだ名状し難い欲求が一条の奥底で静かに揺らいでいた。