青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第十四話 『初動がかんじん』

 

 

 

   ── モニタールーム ──

 

 壁一面に敷き詰められた無数のスクリーンが、薄暗い部屋を青白く照らし出す。

 ここは見ての通り、モニタールーム。

 先ほどまでの有機的な暖かさを含んだ陽光とは打って変わり、こちらは冷たい無機質の光に包まれる空間だ。その箱庭に、一条を含んだクラスメイトたちが、本格的な授業のスターターを待つ。

 

「…………」

 

 ──……どんな戦いになるんだろう。

 

 モニターを眺めながら一条たちは壁際に立っていた。

 

「いよいよ始まるね……! 緑谷くんたち、大丈夫かなぁ」

 

「屋内戦は索敵が鍵になるだろうし、ヴィラン組の爆豪たちがどう動くか……」

 

 隣で、葉隠が手袋を握り締め、尾白が尻尾を揺らしながら真剣な眼差しを画面へ向ける。

 周囲の生徒たちも皆、これから始まる同期の戦闘訓練に息を呑み、興奮と緊張を隠しきれない様子。

 

 その注目の禍根となっているのは、二人の少年──出久と爆豪だ。

 それもそのはずで、昨日の個性把握テスト。

 四位と二十一位という二人の順位は、まさに天と地と言っていい記録。

 そんな二人が、この訓練で一体どんな戦闘を繰り広げるのかがまるで想像できないでいた。

 

「それでは、屋内対人戦闘訓練第一試合──スタートだ!!」

 

「…………」

 

 オールマイトの声をきっかけに、さっそく始まった第一試合。

 映し出されているのは、入り組んだビル内を慎重に進む出久と麗日。そして、いずれかの階で待ち構えているであろう爆豪と飯田の姿。

 

 ──これは、訓練。

 

 ルールの線上で行われる戦い。怪我はあるが、それでも殺さない加減で立ち回るのが大前提の『授業』。そこに命のやり取りはない。

 だが、彼らの因縁というぶつかりのやり取りはある。

 少なくとも、入試のほんの少しの一幕と、昨日の一幕を見れば、あらかた因縁があるのはわかった。

 

 そして、

 

「────」

 

 その因縁の爆発というのは、突然だった。

 

 直後、画面の中で爆裂が起こった。曲がり角を進もうとした出久たちに、突如として死角から飛び出したもの。

 それは、煙を破って現れた──爆豪の仕業だった。

 

「────」

 

 早速仕掛けてきた爆豪の行動に、一条の瞳が細められる。

 

「いきなり奇襲……」

「爆豪ずっけえ! 奇襲なんて男らしくねえ」

 

「奇襲も戦略だ。彼らは今、実戦の最中なんだぜ?」

 

 ざわめく生徒たちに、オールマイトが視線をモニターから外さずに正した。

 

 その通り。こと実践において、奇襲なんて当たり前の無法地帯だ。それがヴィランなら尚更。

 だが、先の一合は、初めて生徒同士が戦うというにはあまりにも黒い。黒と言っても、ドロドロとしたもの。あれは──、

 

「殺し……?」

 

 少し違うが、それでも少し似ている。目覚めた当初、壁に埋め込まれた同胞を見た後にこちらを見つめる、あの執念に燃やした血走った目に。

 あれは、点数を稼ぐためとか、訓練の勝利条件に直走りになってるとか、そういう生真面目なものじゃない。もっと私欲に満ちた、重い塊だ。

 

 一条は、気づけばモニターへと足が一歩ずつ進んだ。

 

 画面の中、爆煙が晴れ、出久と爆豪の姿がより鮮明に。

 不意打ちのはずだった一爆は、麗日を庇うようにして間一髪難を逃れていた。だが、コスチュームの顔を覆う出久のマスクの半分が吹き飛ぶ。

 だが、中から現れたのは、怯えではない。決して引けはしないという強烈な意志だ。

 

「緑くん! よく避けたなあ!」

 

 ピンク色の少女が舌を巻く間にも、モニターの時間は進み続ける。

 爆豪が再び動き出したのだ。

 

 ──来た。

 

 手のひらから爆発の推進力で体を前へ押し出し、一息に距離を押し潰す爆豪。大きく振りかぶられた──右手が出久に迫ろうとした。

 

 速く、力強い。

 だが、

 

「────!」

 

 出久の体が、一歩爆豪へと迫り──振りかぶった右腕が顔の横スレスレで通り過ぎた。

 そして、背負い投げの要領で、爆豪の体を勢いよく──床へ叩きつけた。腕を掴み上げ、爆豪の前へ進む勢いを彼は利用してのけたのだ。

 

「「「────ッ!」」」

 

 聞こえない衝突音に重なるように、驚愕に次ぐ衝撃がモニタールームを迸った。

 

「────」

 

 一条の青い瞳にも、この情景は映り込む。

 それは、驚愕というよりは、ただそうであるというような感想に近い見え方だ。

 

 ──まるで水みたい。

 

 懐に潜り込むあの技は、一条にはできない返しだ。大体、自分がやるのは殴って、終わり。殴って、また終わり。繋ぐことはできてもほとんどが先手必勝。

 相手の力を利用した技──“カウンター”というものは、頭に入れていなかった。

 

 この泥臭さ。

 この必死さ。

 相手のことを熟知し、受け流すこれは、どういうわけか一条の頭の中に灰色の髪の輪郭がよぎった。

 

「なに言ってるんだろう、よく聞こえない……」

 

 モニター越しに、出久が何かを叫んでいるのが見える。しかし、固定カメラはレンズ越しの情景を写すだけで、彼らから発した音を知らせる術を持ち合わせていない。

 それが一条の肩を少し落とすこととなった。

 

 

* * *

 

 

 その後、もはや出久と爆豪の戦いは──一条の予想を遥かに超える結末を迎えた。

 出久が放った、文字通り天を穿つ一撃。上向きの力を阻む建物の天蓋を破壊する、規格外の威力が作戦を勢いよく後押しし、結果として『ヒーローチーム』の勝利をもたらしたのだ。

 しかし、それは生徒ヒーローチームの輝かしい勝利とは程遠い、

 

「ボロボロ……」

 

 ものだった。

 

 モニター越しに映るのは、テレビで見るようなヒーローの勝利ではない。出久の右腕は赤黒く腫れ、立ち尽くす爆豪を前にして倒れ伏す姿は死に体だ。

 身を削ってでも勝ちは勝ちだ。

 

「『第一試合、ヒーローチーム……WIIIINN ‼︎‼︎ 』」

 

 オールマイトの宣言がモニタールームに響き渡り、クラスメイトたちがどよめきと興奮の声をあげる。

 

「…………」

 

 一条は、ただ倒れ伏す出久と、吐き気を催し飯田に解放される麗日の映像を、青い瞳に焼き付けながら、静かに顔を逸らした。

 浸っている時間などない。訓練はまだ、始まったばかりで、終わってはいないのだから。

 

 

 しばらくして、爆豪、飯田、麗日がモニタールームへと帰還する。

 負傷した出久は保健室にいるリカバリーガールの元へと運ばれたため、この場には一人欠員という状態。

 しかし、一回戦目の戦いを繰り広げた者への凱旋のような喝采はなく、先ほどの勢いはまるで嘘のように静まり返っていた。昂り怒っていた爆豪でさえも、こちらからでは顔色さえわからない。

 

 そんな空気感をやはり破るのが、まとめ役オールマイトだ。

 

「つってもまぁ、今戦のベストは飯田少年だけどな!」

 

「……な、な!?」

 

 核を回収され、ヴィランチームの敗北という結果に一人反省会を開いていた飯田が驚きの声を上げた。

 何も飯田だけが驚愕したわけではない。この訓練において、辛くも勝利を収めたのはヒーローチームだ。だからこそ、彼の驚愕は伝播し、沈んだクラスメイトにどよめきが上がる。

 

「勝ったお茶子ちゃんか、緑谷ちゃんじゃないの?」

 

 皆の疑問を代表するように、カエル少女がおずおずと呈する。

 質問に、オールマイトはわざとらしく悩むそぶりをしてみせた。

 

「あーなんでだろうなぁー、わかる人!」

 

「はい、オールマイト先生」

 

 答えたのは、黒髪をポニーテールにした背の高い少女だ。

 皆の注目の的となる少女は暝目をやめると、毅然とした姿勢で紡ぎ始める。

 

「この訓練において最も状況に適応していたのが飯田さんだからですわ。爆豪さんの行動は独断専行で設定を無視したものでしたし、緑谷さんも同様。麗日さんに至っては、中盤以降集中力が欠けていました。対して飯田さんは、ヴィランという設定を理解し、核への対策を怠りませんでした」

 

 スラスラと、一切の淀みなく語られる、先ほどの一回戦目戦闘訓練。あらゆる面においてヒーローチームの失態、ヴィランチームの失態と、その中でも良かった点を逃さない総評だ。

 

「ヒーローチームが勝てたのは、訓練だという甘えた結果から生じた──反則のようなものですわ」

 

 広げられた一回戦目の総評の風呂敷を綺麗に畳み終えられる。

 これには、クラス中が「す、すげえ……」と呆気にとられ、オールマイトさえも「ま、まぁ……その通りだよ!」と冷や汗をかきながら親指を立てるしかなかった。

 

「…………」

 

 ──先生みたいなことを言う。すごい、あの人。

 

 一条は、少女の分析力と付随する言語化に感心して小さく頷いた。

 彼女の言う通りだ。個々の力や感情のぶつかり合いに目を奪われがちだが、これはあくまで『核兵器を巡る訓練』。目的を見失わなかった飯田が一番正しいというのは、至極真っ当。相澤がここにいれば、結果はどうであれ立ち回りに関しては合理的と判を押すだろう。

 

 それにあそこまでの語彙力を自分には持ち合わせていない。一条自身、あの総評を真似してみよと言われたら、おそらく零またはマイナスの評価がついてしまう。

 それほどまでに、あの少女の指摘というのは鋭く、そして的確だった。

 

「…………」

 

 ──私も……あれくらい言えるようにならなきゃいけない。頑張らないと……。

 

 この先、ヒーローになるにはあれほどまでの分析力がないといけない。そう考えると、一条は先行きの危うさに目を瞬かざるを得なかった。

 

「よし、みんな! 場所を変えて、第二戦を始めよう。今の講評をよく考えて、次の訓練に励むように!」

 

 

 

* * *

 

 

 第一回戦目の講評も無事終わり、続いては二回戦目。

 

「さぁ、どんどん行くぞ! 次の対戦は……こいつらだ!!」

 

 オールマイトが再び黒と白のボックスからボールを引き抜く。

 掲げられたアルファベットは──。

 

「ヒーローチーム『B』! そしてヴィランチームが『I』だ!!」

 

「「────」」

 

 モニタールームの空気がどよめきで満ちた。

 呼ばれたアルファベットもそうだが、皆が震えたのは他でもない、両チームにいるとある二人のミラクルバトルであるからである。

 個性把握テスト二位の少年と、方や三位の少女。

 前回の大番狂せこそ興奮ではあったが、これに関しては最初から二人が実力者であると断定されている。息を呑むなと言われても無理な話だ。

 

「おー! 私たちヴィランチームだよ! 星野ちゃん、尾白くん、がんばろー!」

 

 ぽっかりと浮いた手袋が、ひとしきり空中でバンザイをしてから、一条と尾白に向かってブンブンと振られる。

 対して、尻尾をパタパタと揺らす尾白が少しだけ顔を強張らせた。

 

「う、うん。よろしく頼むよ。俺たちは『防衛側』……相手は轟と障子か。轟は昨日のテストを見ただけでもかなり厳しい戦いになりそうだよ」

 

「…………」

 

 一条は、二人の会話を耳にしながら、クラスの喧騒から少し離れた場所を見つめた。静かに佇む、半分が白で半分が赤い髪を持つ少年──轟焦凍を。

 

 ──轟……しょーと。

 

 個性把握テストのとき、轟は走るにも何をするにも、瞬時に氷を生み出してきた。その氷の出力はどれも抑えられており、底を今の所把握することはできない

 

 ──氷。……夏とか過ごしやすそう……。かき氷とか。

 

 一条はしょうもないことを考えていた──。

 

 第一印象としては過ごしやすさが出てきたが、その活用法と言ったらまさに威圧感があるだろう。徒党を組んで地面から生えるようなあの氷の結晶は、見ていて壮観だった。

 一言で言えば、未知数。

 

「BチームとIチームは、所定のビルへと向かいたまえ! ヴィランチームは先に入り、核の配置と作戦会議だ!」

 

「星野ちゃん尾白くん! 行こ!」

 

 オールマイトの号令に従い、一条たち三人はモニタールームを後にした。

 

 

 

 

   ──演習ビル・ヴィラン陣地にて──

 

 

 薄暗いビルの一室。その中央には、大人が抱えても余るほどのハリボテの『核兵器』が鎮座する。

 その前に、Iチームの三人がいた。

 

 

「えっと、作戦なんだけど……」

 

 核兵器に片方の手を置いていた尾白が、真面目な顔つきで一条たちの方へと振り返った。

 

「さっきの八百万さんの講評にもあった通り、俺たちは『ヴィラン』。その目的は、この核を守り切るかヒーローを捕まえること。相手の障子は、多分たくさんの腕を使って何かしてくるし、手数も多い。そして轟の氷結をまともに喰らえば一瞬で動きなくなる」

 

「そうだねー! あっ、それなら私が不意打ちでテープを巻きに行くのなんてありでしょ! ちょっと本気出すっ。手袋もブーツも脱ぐわ」

 

「う、うん……」「…………」

 

 あのようなことを平然と言い退ける葉隠に、頬を掻いて狼狽える尾白。

 その隣で、一条はそこにいる事がわからなくなる葉隠へ冷ややかそうに見えるいつもの目を向けた。 

 

 ──透明だから、大丈夫? なのか。

 

 この国の法律において、あのように透明だからといって脱ぎ捨てる行為はわいせつなんたら法に関わるのではないか。コンセプトとしての『透明』のコスチュームを活かす上でなら最良の手段だろうが。

 

「…………」

 

 二人のやりとりを横目にし、一条は守護対象であるハリボテの核に、静かにコンコンと壊れないように叩いて確かめる。

 ヴィラン側。なるのは不本意だが、成った以上はやらないといけない。

 

 ならば、と一条はポニーテールの少女──八百万という少女の総評を思い出す。

 『ヴィランという設定を理解し、核への対策を怠らない』こと。これこそが重要であると。

 つまり、やることは一つ。

 

 一条は胸に決め、尾白と葉隠の方へ体を振り向かせた。

 

「……。私が前に出る」

 

「「え?」」

 

 

 * * *

 

 

『それでは第二試合、屋内対人戦闘訓練……スタート!!』

 

 オールマイトの重々しい、それでいて熱を帯びたアナウンスが、各々が取り付けた小型無線から放たれた。

 

 その合図とともに、ヒーローチームである『B』コンビが、ビルの一階、薄暗いエントランスへと静かに足を踏み入れた。

 

「…………」

 

 半分が白、半分が赤の髪を持つ、半身を氷で覆うようなコスチュームを纏う少年──轟焦凍。

 その隣には複数の腕を持つ、一体型スーツを纏う大柄て落ち着いた少年──障子目蔵。

 

 方やオッドアイを、方や複製した耳をくまなく周囲に走らせる。

 

「相手は三人だ。尾白、葉隠、そして星野」

 

 落ち着いた低い声持ちで、障子が現状を確認する。

 障子のコスチュームである青い布地。その横から、水かきのような膜で繋がった複数の触手が伸びた。その先端が『拳』から『耳』へと変形し、周囲に神経を張り巡らせる。

 ビルの中の情報は、今は彼の触手耳によって丸裸だ。

 

「四階北側広間に一人。もう一人も同階のどこか……素足だな……。透明のやつが伏兵として奇襲を仕掛け、そこを尻尾のやつが迎え撃つ係か。だが……」

 

 障子の複数の耳が、人が動いて生み出す細かな音を拾い上げ、情報を伝える。しかし、一人欠けた。

 

「黒い方……三位の気配が、ない」

 

「ない?」

 

 このとき、初めて轟が障子の方へと顔を向けた。

 

「ああ。足音すら聞こえない。動いていないのか……?」

 

「……そうか」

 

 障子の報告には懸念が含まれているが、耳にする轟の表情は依然変わらなかった。

 轟の瞳には、試験云々を含めるも、遂行すべき一番と二番が逆転した、どこか冷たい色を両目に沈ませる。

 

「気にする必要はねぇ。透明だろうが、異常な身体能力だろうが、俺には関係ない」

 

 轟が、懐にしまっていた右手をあらわにし、そっとエントランスの壁に近づけた。

 

「外、出てろ。危ねぇから」

 

 あの講評を聞いていれば、自ずと相手の出方なんて凝り固まってくるなんてこと、分かりきった話だ。

 そもヴィランチームは核を防衛するということ。要するにタワーディフェンスゲームで、敵の侵攻ルートに防衛する人を配置して敵を撃退するようなものだ。そこにヴィランやらヒーローやらの役目を張り付けるような形式的なゲーム。

 

「向こうは防衛戦のつもりだろうが……」

 

 轟の右手から、急激な冷気が漂い始め──

 

 ──そのとき──

 

「──!? 轟、上だ!」

 

「────」

 

 障子の驚愕を遮るように。轟の策を打ち砕くように──頭上の天井が落ちた。

 頭上から突如として降り注ぐ瓦礫の雨。分厚いコンクリートの天井が、まるで紙屑のようにはぜて崩れ落ちた。

 

「なんだ……!?」

 

 障子が咄嗟に複数の腕を交差させて頭上を庇い、轟が反射的に右腕を天へと伸ばす。

 もうもうと立ち込める粉塵。その中心をまっすぐに貫いて、自由落下する影があった。

 

「…………いた」

 

 一条だ。

 左右非対称の二つ結びの黒髪を重力に逆らわせて靡かせる──星野一条が、飛来してきた。

 

 

 

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