青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第十八話 『喉元がヒリつく【前編】』

 

 

 

   ── 所在 不明 ──

 

 そこは、薄暗い、紫煙と安酒の匂いが染みついた空間。

 外の陽光など一切届かない『バー』のカウンターで、静かにグラスを拭く音が響く。

 黒い霧に包まれたバーテンダー──黒い霧で顔を包んだ男の、規則的な動作の音だけが、この空間の唯一の時計代わり。

 

「……苛つく」

 

 その静寂を、ガリガリと皮膚を掻きむしる不快な音が破った。

 カウンターに突っ伏すようにして気怠く座る、全身を『手』で掴まれた細身の男──、

 

「どうか致しましたか、『死柄木弔』」

 

 死柄木弔だ。

 彼の指先が、自身の首筋を赤く腫れるほどに掻き乱している。やり場のない、内から浮き出た不釣り合いな感情を、黒い霧の男は爛々とする黄色の双眸で見つめた。

 

「平和の象徴が、あんな日向でガキどもとヘラヘラヘラヘラ……笑ってやがる。『黒霧』、俺は苛ついてるんだ。ああ……、苛つく」

 

「落ち着きなさい、死柄木弔。……我々の『ゲーム』の準備はそう焦らずとも着々と進んでいます。各地からかき集めた人の手も、もうすぐ目標に達する」

 

 黒い霧の男──『黒霧』と死柄木に呼ばれる男が、グラスを置き、静かな声で宥める。

 黒霧の落ち着いた口調から紡がれる、計画。その報告に、死柄木の瞳が細く歪んだ。

 

「あァ……なァどうなると思う? 平和の象徴が、(ヴィラン)に殺されたら。どうなるんだろうなァ」

 

 その計画は、日の当たる学舎への襲撃。確かな情報を元に、世間賑わせ敵を殴り飛ばして全てを丸く収める平和の象徴(オールマイト)。その男の息の根を、確実(・・)に息の根を止めるための準備。

 

 しかし、ただの数で殺せるほど、オールマイトが甘くないことくらい死柄木はわかっている。

 

「はぁ……人の手……所詮有象無象の雑魚だ。オールマイトの首を取るための『秘密兵器』──脳無(・・)がいるとはいえ……先生の言っていた、別の筋はどうなってんだよ。遅え」

 

 ガリガリ、ガリガリ。

 死柄木の苛立ちがピークに達しようとした──

 

 その時だった。

 

「────」「────」

 

 グラスを拭く手を止める、首を掻く手を止める、雰囲気を切り裂く電話の着信が鳴り響いたのは。

 そしてその出所は、

 

「あ?」

 

 死柄木の懐からだ。

 

「誰からでしょうか、死柄木弔」

 

「知らねえ。あれだろ、電気売りの詐欺師だ」

 

 煩わしい電話。死柄木は懐に手を入れてスマホを探すほど、律儀ではない。この手の電話は、時間が経てば相手が苛立って諦めていくのが相場だ。

 せいぜい四コールで終わる。

 

 が、

 

「…………」「…………」

 

 三コール──。

 

「…………」「…………」

 

 四コール──。

 

「…………」「…………」

 

 五コール──

 

「うぜぇ……」

 

「そうですね、長いですね」

 

「…………」

 

 懐を弄り、ブーブーと肌に鬱陶しく揺すぶりをかけてくる電話を、死柄木は人差し指と親指でつまみ上げる。

 そこには、羅列された数字のない──ただ選択できるように『(拒否)』と『(承諾)』のサークルがあるだけ。

 

 ──バグか……?

 

「切るか」

 

「それがよろしいかと、死柄木弔」

 

「ハっ……」

 

 黒霧の賛同に乾いた笑いを吐き捨てると、死柄木は忌々しさを感じさせてくれたその返礼として、スマホ画面の赤丸を執拗に指で、

 

「おしまい」

 

 押し付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ、元々通話の可否なんて意味ないのだけどね』

 

「──!」「──!」

 

 黒霧と死柄木の身が、電話から突如として鳴り響く声に驚いたように固まる。

 押したはずだ。死柄木は確かに赤丸を人差し指で押したはずだった。けれど、事実として電話の奥にいる声の主につながった。

 

 死柄木にとって、この事態は苛立ちをエスカレートさせ、即スマホを壁に投げつけたくなる非常事態。

 

 だが、死柄木の震える背から漏れるのは、フラストレーションではなかった。もっと純粋で、平時の彼からは想像し得ない、穏やかな片鱗。

 

「まさか……『先生』のおっしゃられていた別筋というのは──『総督』あなたでしたかっ」

 

『あぁ私だとも、黒霧。体の調子は優れているかい? 最近いい紅茶を飲んでね……君たちにも茶葉を送ろうと思うのだが、どうだい?』

 

「ぜひ、お受け取りしますよ総督。あなたからの選別を受け取らないという選択など、最初から私にあるはずがありません」

 

 通話が繋がって早々の反応として、寡黙な黒霧とは思えないくらい、通話相手と会話に花が咲く。まるで親戚と通話し、くだらない談笑で盛り上がってしまうような凡庸なものだった。

 

「しかし総督もお人が悪い。このような、遊びのような『詰みのボタン』を仕掛けるとは」

 

『いやぁ、最近は会う機会も減った。ならばと、少々『茶々』を入れてしまいたくなってね。あぁ、安心したまえ……この通話の記録はベルが鳴った時点で暗号化されているよ』

 

「それはそれは、我々への配慮にありがたく思います、総督」

 

 もはや通話しているというのに通話相手にお辞儀をする黒霧。そんな黒霧の行動を見ているかのように、通話の奥にいる相手──『総督』がクツクツと小さく笑む。

 すると、

 

「おい、黒霧ばかりと話してずるいぜっ。俺がいること、忘れてねえだろ? 『姉貴』」

 

 肩を震わせて二人の会話をただ聞いていた死柄木がスマホに身を乗り出して、楽しげに『姉貴』と敬称で呼ぶ。

 呼ばれた総督は『あぁ』と吐息まじりに答えた。

 

『忘れるわけがないだろう? 弔』

 

「やっぱ姉貴だっ。なんだよ、先生も最初から言ってくれたら、電話なんかすぐ取ったのによぉ」

 

 先の苛立ちとは百八十度回転したくらい、あの気だるさが死柄木から霧散している。

 心底飽き飽きと言わんばかりの低い声も、腹を使った喋りに変わり、華やかに。

 

「で、姉貴どうしたんだよ。あんたのことだし、ただ世間話しにわざわざかけたわけじゃないんだろ?」

 

『ほぅ、わかるかい? そうだとも。最近君が何やら面白いことを企てているのを耳にしてね。実はなんだが──私も君の計画のサポートをしようと思っているんだ』

 

「サっポート……! 姉貴がか? …………ああ、けど姉貴、俺には脳無がいるから手を添えなくて大丈夫だぜ?」

 

 死柄木には絶対的な自信があった。それは、やはり『脳無』。オールマイトの拳、技に真正面から受けても問題のない秘策が、その脳無には詰まっているのだ。

 死柄木の計画における『キー』であり『キャラ』。

 

 だからこそ、死柄木はスマホに向かって戯けるように両手を広げる。 

 

『それは……頼もしいね、弔。だが、どうやらそう問屋が下さないのが、現実というものらしい。現にサポートとは言ったが、私がするのは君に降りかかる露を払うこと』

 

「露払い?」

 

『そう』

 

 噛み砕いて口に出して反芻する死柄木に、総督は言葉で頷いてみせる。

 すると、わずかに間が開き、軽快だった会話のボールではなく、一つ大きく死柄木に振りかぶり投げた。

 

『雄英に、オールマイトほどではないが……君たちの秘密兵器である脳無の邪魔ができうる存在が紛れている。──生徒にだ』

 

「…………は?」

 

「生徒にですか。それは確かに厄介極まりない」

 

 腕を下ろし、側から聞いてもわかるくらい語尾に黒い色を差し込む死柄木と、見えない顎に指を添えて思考する黒霧。

 

 ガリッ

 

「んなのチーターじゃねぇか。初期レベルのエリアにいるなんて、バグだろ。近頃の若いやつはどうなってんだか」

 

『そう不機嫌にならないで、弔。そのために私が、君の背を押すのさ』

 

「…………」

 

 ガリガリ、ガリガリ。首を掻きむしり、道に予想もしない石ころが、検問所が設営されていたことに声を震わせた死柄木。

 が、総督の宥めるような声音に、首にかけていた指をそっと離した。

 

「あぁ、そうだった……そうだよ。で、姉貴はどうするんだ?」

 

『それが本題さ。君を躓かせる存在の足止めを、私が君に贈る一人(・・)に任せて欲しいんだ。大丈夫、君たちの計画の邪魔はしない。だからね……?』

 

 

 瞬間、バーの中を怪しく照らす暖色の橙色が点滅する。

 バチバチと火花は散らない。むしろライトをつけたり消してるような妙な悪戯の意思が宿っているような気さえした。

 

 そして──

 

「なんだ……?」

 

『君は──『君』のゲームを楽しむといい。────』

 

 消えた。不規則な明滅が完全にシャットアウトされ、暗闇に沈んだ。

 

 プツっ、という音と共に、心電図が平行線の一途を辿る平坦な音が暗闇の中に響き渡る。

 

「おい、姉貴──って、なんだよ切れてやがる。……黒霧! 早くブレーカー戻せ、見えない」

 

「えぇ……。しかしなんなのでしょうか、死柄木弔。総督が送り込むという人物とは」

 

「知るか。黒霧、早くつけろ」

 

「えぇわかっていますとも。しかし、こうも暗いと見えるものも見えない。何か明かりでもあれば────」

 

 談義をするのも大事ではあるが、その前には明かりが必要だ。死柄木は真っ暗闇の中、カウンターを手の甲で軽く叩いて、苛立ちを何とか別なもので消化しようとする。

 

 と、次の瞬間だ。

 

「────お、ついたか。黒霧、遅いぞ」

 

 明かりが灯る。

 時間は経ったが、何かとこなすのが黒霧の手際の良さだ。その個性も相待って、死柄木の計画を進める上でも、ある意味キーパーソンとなる人物。

 

 では、とブレーカーの付近にいるであろう黒霧に顔を向ける死柄木。

 だが、

 

「────。黒霧?」

 

「私ではありません」

 

 黒霧の声が確かにした方に、反射のように首を跳ねて死柄木は振り向く。

 そこには、カウンターの下から立ち上がり、長身で椅子に座る死柄木を次第に見下ろすようにする黒霧がいた。

 さっきまで、黒霧はカウンター下の非常用ライトを取り出そうとしたところだったのだ。

 

 ──じゃあなんだ?

 

 誰なのか、黒霧と一緒になって眉を顰める死柄木は、ふとカウンターに置いたままのスマホに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

「ハアイ? ブエナスタールデェス」

 

 

 

 

 

 

 そのときだ。死柄木の背後──左端のカウンターから聞き馴染みのない女の声を聞いたのは。

 それは、通話ではなく、確かに鼓膜を震わせる存在だ。

 

「────!」「誰です──!」

 

 反射。得体の知れないものがあれば、自ずと目に留めようとするのが人間の性。

 それは黒霧と死柄木にも当てはまり、二人は身を引きながら声のした方へと顧みた。

 

「誰?」

 

 その人物は、悠々と死柄木たちに背を向けながら、カウンターに肘をかけて椅子に座る──女だ。

 目に飛び込んでくる最初の情報は、魔女のような黒いとんがり帽子を被った頭。そして胸元の空いた黒い服に、紫の差し色。

 その女は、いつの間にか手にしたグラスを手にして揺らす。

 

「ふふっ、あなたたちって可愛いわね? ちょっと何かあっただけでそーんなに大袈裟に硬くなるんだから」

 

「……死柄木弔、下がってください。何者ですか、あなたは」

 

「誰だっていいじゃない。重要なのは、私は“あなたたちじゃない”って、ことよ」

 

「…………」

 

 我が物顔で居座る、得体の知れない紫女。

 黒霧は剣呑さを隠しながらも、疑り深く紫女の出方を見逃さぬよう慎重に見据えた。

 だが、一人は違った。

 

「答えになってない。初対面ならまず名を名乗れ。殺すぞ」

 

 死柄木だ。黒霧の生死を振り切る彼は顔に張り付いた白い手の隙間から、紫女を刺そうとばかりに視線を当てつけ、五指を空ける。

 これも何かの演出か、はたまた別か。少なくとも、計画を知られたからには生かして返しはしない。死柄木の指には、それができるほどの決定打がある。触れれば終わりの、絶対が。

 

 だが──

 

「ふふっ」

 

 紫の女は、振り返らない。

 それどころか、グラスの中で揺れる液体をただ楽しむように眺めている。

 

「ねえ、それ……さっきから気になってたんだけど」

 

 コツ、と。細い指先でグラスの縁を叩く音が、張り詰めた静寂に水滴を落とす。

 

「見せびらかしているそれで、“終わらせる”つもり?」

 

「……あァ?」

 

 ピクリ、と死柄木の方が跳ねる。

 効かないはずがない。触れれば、触れられたあらゆるものが帰結し、崩れ去る。それが死柄木の“個性”──『崩壊』。

 知らないのなら、無理はない。紫の女と死柄木はなんら接点がないのだから。

 

 なのに、死柄木の耳に届いた声音は、まるで差し向けた殺意を子供の玩具でも見ているかのようなもの。

 

「ねえ、試してみればいいじゃない」

 

 くるり、と。ようやく女が振り向き、その顔を晒した。 

 闇の中でもなお浮かび上がるのは、まるでヘッドライトでも嵌められたみたいな紫の瞳。

 そこには恐怖も警戒も、ただの一片も存在しなかった。

 そこに一つ、人差し指が添えられる。

 

「ほーら。ここ」

 

 紫女が、自身の頬を指でとん、と叩いてみせた。

 

「触ってみなさいよ、“死柄木弔”」

 

「────ッ」

 

 その瞬間、死柄木の体が席から飛び出し、前に出た。

 考えるよりも先に勝るのは、首を掻きむしる衝動の根源。

 

 掴む。

 掴んで、壊す。

 それで相手はゲームオーバー。

 

 たったそれだけ。

 

「…………」 

 

 五指が、女の頬へと──

 

「はぁい時間切れ」

 

 触れた──はずだった。

 

「……は?」

 

 一つ、死柄木の口から理解に至るよりも前に疑問符が漏れた。

 指先には、何もなかった。

 確かな感触も、確かな接触も、何もない。けれど、視界には女がいるのに──いや、いない。彼女の奥に、ほんのわずかにバーの奥が見え──

 

「ざーんねん」

 

 すぐ耳元で、囁きが落ちた。死柄木の思考を引き戻す、絡むような女の声が。

 

「今の惜しかったわね」

 

「────!!」

 

 反射的に首を跳ね動かし、死柄木が振り向く。しかし──いない。

 次には、コトン、と何か置かれる音。

 

「こっちよ」

 

 それは、カウンターの上にグラスを置く、何事もなかったかのように元の席に戻った女が出した音だ。

 

「な……にしやがった」

 

「さぁ? 知っても関係がないでしょ?」

 

「残像系の“個性”でしょうか……。しかし、それでは死柄木のそばにいた理由が……」

 

 考えても仕方がないことを黒霧が霧を伸ばしながら思考する。

 そんな動揺すら、女は口元を隠すように手をやって笑うと、一呼吸。

 

「安心していいわよ。私、別にあなたたちを食べに来たわけじゃないもの」

 

「では……」

 

「そう、あなたたちがやっとの思いで考えついた通り──」

 

 ようやく合点が言ったように霧を収める黒霧に口に弧を描くと、紫女は席からしっかりと目に見えるように降り立ち、腰に手を当てた。

 

「私は『MEFE(ミー)』。総督のお願いで、わざわざあなたたちなんかのために来てあげた──使者よ」

 

 そして締めくくるように『ミー』と名乗る女は紫の髪を揺らして、紡いだ。

 

 

 

ムーチョ・グスト(よ・ろ・し・く・ね)。短い間だけど」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 場面は変わり、一条は──。

 

 

 

 

 

 

 

 説明する。

 ──私の名前は、星野一条。昨日は授業を受けて、初めてのヒーローコスチュームを着た上での戦闘訓練をした。轟との戦闘に苦戦を強いられ、半ば勝ちはしたものの、結果としては自チームの負け。ヒーローとは何を守るのか、そのことを学んだ貴重な日だった。

 

 そんな一日も終えて、今、一条はというと、

 

 

   ── 雄英高等学校 校門前 ──

 

 

「教師としてのオールマイトはどんな感じですか?」

 

 マイクを向けられていた。

 

 どういうわけか。

 オールマイトが雄英高校の教師となった事実は日本全国を驚かせたらしく、大きな話題の的となったとのこと。

 それゆえ、朝、雄英の正門の周りに、オールマイトの授業風景というネタを求めてマスコミが押しかけていたのだ。

 そして、現在一条が問い詰められているというわけなのだが。

 

「…………」(スーン……)

 

「あの、教師としてのオールマイトはどんな感じでしたか?」

 

「…………」(スーン)

 

「あ、あのぉ」

 

「…………」(スーーーン)

 

 無表情でマイクとカメラに向かい立ち、一条は無言を貫く。

 おとなしそうな子だからと、良い回答が得られると思ったのだろうが、相手は一条であった。マイクを向けられていても、ズイッとカメラを向けられていても、無表情な一条。

 それどころか、はよどっかいけ、というような威圧感さえ感じさせ、マスコミたちはタジタジながらにもなんとか一声もらおうとしていた。

 

 しかし、一条にとってその質問は酷なものであった。大体、一条がこの青い瞳で目にしたものといえば、カンペを読んだり、いい感じに励ましたり、解説を乗っ取られる。その印象しか、現在の一条には持ち合わせていなかった。

 

 ──なんて言えばいいんだろう。

 

 そんなときだ。

 

「な、なんでもいいんですよ?」

 

 インタビューを求める女性から、そんな問いを投げられたのは。

 一条はゆっくりと瞬きをすると、これまたゆっくりと女性インタビュアーを見つめた。

 

「…………。なんでも?」

 

「──! そ、そうよ! なんでもいいの。例えばオールマイトが」

 

「──カンペを読んでいた」

 

「え」

 

「あと、励ましてくれたり……解説を全部生徒に持っていかれていた。これで、いい?」

 

「「「────」」」

 

 

 

   ☆ この始末 ☆

 

 どうしたのか、マイクやカメラを向けていた人らが、まるで言葉を失ったかのように口を閉じて瞬きを繰り返す。

 一条はこういったインタビューなんて受けるのは初めてだったのだが、これはこれでいい回答ができたのではないだろうか。事実、先ほど回答して通って行った生徒に対しての反応とは違い、ぎょっとした視線はなかなか好感触──

 

「今のはカットね……」「まさかのアンチに当たってしまうとは……」

 

「???」

 

 おかしい。一条は耳を疑った。

 アンチ。それは、特定の個人や団体を嫌悪し、批判的な行動をとる者の総称。

 しかし、一条はそれには該当しない。だってなんでもいいと聞かれてただ答えただけだ。自分のこの青い瞳が捉えた事実をちゃんと口にしただけ。カンペを読んで訓練の説明をしていたし、解説は八百万が。

 嘘は何一つない。

 

 なのに、なぜか目の前の大人たちは『うわ、やばいやつに話しかけてしまった』と言わんばかりに、さーっと潮が引くように一条からマイクを遠ざけていくではないか。

 

「……。聞かれたことに対して、私はあなたたちに事実を言った。言っただけなのに」

 

「事実だから困ってんだよ、こいつらは」

 

「────」

 

 ふいに、背後から頭上へ降ってきた、ひどくけだるげで、低気圧を煮詰めたような声。

 一条が振り向くよりも早く、黒い布を首に巻きつけた気弱そうな男──相澤が、マスコミと一条の間に割って出た。

 

「うちの生徒に迷惑かけないでもらえますか。授業の妨げになる故、どうかお引き取りをー……」

 

 相澤の声は、感情のこもっていないような、まるで相澤自身の中にあるカンペを口に出して読んだようだった。

 だが、マスコミたちはここぞとばかりに、次の獲物現れた、と言わんばかりに相澤にもマイクを向ける。

 

「雄英教師の方ですね!? 小汚……いけど、オールマイトに直接お伺いしたいのですが!!」

 

「…………はぁ〜……。星野、さっさと教室行け」

 

 それは、ここは任せてお前は先に行け。と言っているようにも、一条には聞こえた。

 ならば、サムズアップを掲げるのは納得。

 

「うん。ここは任せたよ、相澤」

 

「なんだそれ。というか先生をつけろ。……ったく、朝から面倒な」

 

 ぼやく担任を背にし、一条は大人しく校門をくぐり抜ける。

 アンチ扱いをされた理由は依然として意味不明だが、相澤が盾になって助けてくれたおかげで道は開けた。

 結果として、マスコミの相手をするのが相澤となったわけなのだが。

 

 ──結果オーライ。

 

 だ。

 

 * * *

 

 

   ── 1- A教室 ──

 

 ホームルームが始まる時間。

 のそのそと、朝からマスコミの対応を終えた相澤は教壇に立ち、手元の書類を机にトンと置いて整頓。

 そして、書類をペラペラとめくる。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。VTRと成績は見させてもらった。……爆豪」

 

「……っ」

 

 一つ、相澤は戦闘訓練の総評を口にし出す。その最初に選ばれた人物が、爆豪だ。

 

「お前はもうガキみてぇな真似すんな。能力はあるんだから」

 

「…………。わかってる」

 

 不機嫌そうに舌打ちをしながらも食い下がることはなく、爆豪は大人しく相沢に引き下がる。

 そして次に相澤が目を向けるのは、緑谷だ。

 

「で、緑谷。また腕ぶっ壊して終わりか。個性を制御できませんじゃ使い物にならない。いいかげん焦れよ。それさえクリアすれば、やれることは多いんだから」

 

「っ、はい!」

 

 出久がビクッと身体を震わせるものの、決意を新たにするように息を呑み、返事をする。

 相澤は手元の書類をまた一枚めくると、教室の後方へと視線を移した。

 

「それと、轟」

 

「…………」

 

 クラスの誰もが認める『最強』の一角。

 呼ばれる轟は、感情の読めない瞳をそっと相澤へと移して、待つ。

 

「力任せの広域制圧に頼りすぎだ。星野のような想定外の機動力とパワーを持つ相手に対し、一度パターンを崩された時はもう遅い。自分のこだわりで判断を鈍らせるな」

 

 相澤の口調は淡白で、突き放すようなものだった。

 単なる技術的な指摘にはとどまらない、対抗心によって視野を狭めたことへの警告。

 轟はわずかに頬を固めると、視線が下へと落ちる。

 

「……ああ」

 

 短く、低い声で。

 そして、また一枚書類がめくられる。

 

「それから、星野」

 

「────」

 

 名前を呼ばれ、一条は机に乗せていた両腕を引っ込めて相澤の顔をまっすぐ見つめた。

 

「身体能力と判断力は申し分ない。……が、加減を覚えろ。お前の一撃は一歩間違えれば相手を壊す。ヒーローの仕事は、一種の制圧だからな」

 

「……。はい、できるようにする」

 

 一条の回答に、相澤は小さくため息をついた。まるでタチが悪いとでも言いたげな顔。

 一通りに相澤にとってこれはまだ序の口。

 

「ここからが本題だ。急で悪いが、今日は君らに……」

 

 言い切らない相澤。その雰囲気に、クラスの皆が身を固めて口に出していないのにざわめく。

 何か起こる吉凶の前触れ。相澤の言い出しには、そのような印象を持たれつつあった。

 だが、その思惑は──、

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来た──!!!」」」「…………」

 

 予想の斜め上を裏切るような言葉。瞬間、教室の空気が一気に沸騰した。

 学級委員長。ここでの学級委員長とは一般のそれとは違うらしく、トップを狙うものにとって集団を導くという意味ではまさに絶好の機会なのだ。

 ヒーローを志す上で、避けては通れぬ道。クラスの皆はこぞって手を挙げ、まるで沸騰したようだった。

 

「委員長!! やりたいですソレ俺!!」

「リーダーやるやるー!!」

「ウチもやりたいス」

 

 クラス中が割れ先にと手をあげる。

 昨日までの張り詰めた空気は嘘のようで、まさにこれが普通の高校生らしい喧騒。というものなのだろう。

 

「…………」

 

 その中、一条だけぴくりとも微動だにしていなかった。

 そもそもの『学級委員長』というシステムを目の当たりしていない。あるかと問われればあるのだが、それはあくまでテレビ番組の中の、現実の要素を取り入れたフィクション。

 自分がそれをやりたいかと言われれば、別にやりたくない。というのが一条の本音。

 

 ──まとめるのは、大変そうだし……。

 

 ここは静観の一手に限る。

 一条が黙って見ていると、スッと真っ直ぐに手を上げたものが、喧騒を絶った。

 

「静粛に!!」

 

 メガネをかけた、規律正しいでお馴染みの──飯田だ。

 

「多勢をまとめるという大役……! やりたいものができるものではない。ここは周囲の信頼あってこそ務まるものではないだろうか! 民主主義に則り、投票で決めるべき議案!!!」

 

「いやいやいやちょっと待てェ……!」

 

 そうは言う飯田ではあったが、切島が苦言を呈する。

 なぜなら、

 

「無茶苦茶、手ェ聳え立ってんじゃねーか!! なんで発案した!?」

 

 飯田、挙手に飽き足らず足もまた立ちあがろうと力んでいる。まるで学級委員長に吸われるように、シバ犬に待てと頼んでも待てずジリジリ迫ってくるような、そんな感じだった。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

 

「なればこそ、ここで複数表を取ったものこそが、真に相応しい人間ということにならないか!?」

 

「そんなんみんな自分に入れらぁ!」

 

 ──切島、それは身も蓋もない。

 

 一条が飯田の上から現実を突きつける切島に突っ込みながら、ふと教壇で蠢く黄色の気配を感じて前を見た。

 

  モゾモゾ……

「…………」

 

「…………」

 

 早速と言わんばかりに、相澤が黄色の寝袋に入っている瞬間だった。

 

「どうでしょうか、先生!!」

 

 と、そこに切島に真っ二つに両断された理論を繋ぎ止める飯田が、今から仮眠をとるぞとばかりにモゾる相澤に一度下駄をぶん投げて渡した。

 相澤はそんな下駄を受け取ると、教壇に倒れ込む。

 

「時間内に決めりゃなんでもいいよ」

 

 それでいいのか、相澤教師。まさに投げやりに許可。

 

 

 

 と、いうわけで、チキチキ誰が学級委員長になるんだい大会がスタートした。

 ルールは簡単。小さな紙切れにペンがある。それに相応しいと思われる人物の名を書いて一票投じればいい。というもの。

 

「…………」

 

 一条はペンを手に取り、少し考える。

 自分に入れないということは確定事項。では、この一票は誰の名を入れるべきか。

 

 ──まとめるのが上手い人。……状況をちゃんと見れている人だから……

 

 ならば、と一条はささっと紙に漢字三文字を書き殴った。

 

   ── 『八百万』 ──

 

 一条の脳裏に思い浮かんだのは、昨日の戦闘訓練で完璧な講評を述べてみせた少女の姿。

 印象が鮮烈であるからこそ、一条はその名前を書き込んだ。

 

 そして、開票。これによって、このクラスを率いる委員長が決まるわけなのだが。

 

 緑谷出久 ──三票

 八百万百 ──二票

 

「ぼ、僕に三票ぉぉお!?」

 

 前に引っ張り出された出久が、信じられない現実を目の当たりにしたかのようにガクガクと震える。実際現実なのだが。

 一条は、自分が書いた『八百万』が二票を獲得し、副委員長になったことを見て、小さく頷いた。妥当な結果だと。

 頷きはした。

 

 星野一条 ──一票

 

「…………」

 

 ──どうして。

 

 一条もまた、信じられないものを見るように、『星野一条』の隣にある正の字の一角を凝視。

 誰がこの一票を投じたのかは知りたい気もするが、匿名な上知る由もない。

 切島や他の面々が騒ぐ中、一条は特に何事もなかったかのように、次に始まる授業の教科書を机に出し始めただった──。

 

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