青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第二十話 『本来の力【前編】』

 

 

 

 説明する。

 入学式、個性把握テスト、初日の戦闘訓練、カレー事件。これらを乗り越えて、私『星野一条』は四月の上旬を『楽しむ』ことができた。

 A組の皆とナナともそれなりに仲良くなり、チャットツールでメッセージを交換するという新たな手段を得ることもできた。

 そんな日々を私は、私なりに謳歌し、そろそろ学校生活にも慣れてきた今日この頃。

 

 四月の中旬となった今、一条は──

 

 

   ── 1- A教室 ──

 

 

 午前の授業をいつものようにこなし、昼休みを終えてからの午後の授業。

 それすなわち、ヒーロー基礎学の始まりを意味する。

 いつもなら、『私が来た!!!』と言い放ち、オールマイトがA組を沸かせるのが常だったのだが。

 

「…………」

 

 扉を開けて現れたのはホームルームでも見た、気だるげな面持ちの相澤。

 ゆったりとした足取りで教壇に向かう中、生徒らは脳内にハテナを思い浮かばせざるを得なかった。

 この教科の担当教員は──オールマイトであるからだ。

 

「…………」

 

 いつものように生徒たちを見渡す相澤。教室内の静けさにそっと息を落とすと、布の束で覆われて見えない口元を開けた。

 

「……。今日のヒーロー基礎学だが……、──俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

「「「────」」」

 

 なった。

 その区切りを聞いた時点で、通常の授業とは明らかに異なる、特別なカリキュラムであることを容易く予感させる。

 いち早く反応したのは、前のめりになる体を手で押さえて挙手をする瀬呂だ。

 

「ハーイ! 先生、何するんですか?」

 

 当然の質問に相澤は小さく頷き、懐から一つのプレートを取り出す。そして覇気のない手つきでそれをクラス全体へ掲げて見せた。

 そこに書かれていた、青い文字──

 

  ── 『RESCUE』 ──

 

「災害、水難、なんでもござれ。人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

 相澤の一言に、先ほどまでの疑問符が嘘のように消え去り、青天の霹靂の如くクラスの空気が一変。活気づいた。

 

「レスキュー……今回も骨が折れそうだな」

「ねー!」

「バッカおめー! これこそヒーローの本分!! なァるゥぜェ腕が!!」

「水難なら私の独壇場。ケロケロっ」

 

 顔を引き攣らせる上鳴。それはそうだけど楽しげに共感する芦戸。上から腕を鳴らして身を乗り出す切島。人差し指を顎に持ってきて耽る蛙吹。

 そして、

 

「…………」

 

 ──災害救助。人を助ける訓練は、ヒーローとして基本。

 ──だから、頑張らないといけない。どこでも助けに行ける、そんなヒーローに。

 

 一人、机の下に潜めた両掌を力を込める星野。

 皆、各々がそれぞれの得意分野や改善点を見つけるために思い浮かべて、士気を高めた。

 

 次第にざわめき始める教室。

 

「……おい」

 

「「「────」」」

 

「まだ途中だ」

 

 相澤の低く、圧のある声が、抹消の個性なしに教室の喧騒をぴたりと鎮めた。

 

「今回はコスチュームを着る着ないは自由だ。中には限られた空間や災害に不向きな服もあるだろうからな。……訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って行く。以上、準備開始しろ」

 

「「「はーい!」」」「…………ん」

 

 ヴィランを倒すだけが、ヒーローの本懐ではない。助け、守ることこそ、人々を安心させる存在なのだ。

 戦闘訓練のときのように、目的を二の次において『各個撃破』を目標にしてしまったら本末転倒。

 目的を二の次にして、『本当はそうするつもりだった』という言い訳は、ヒーローの、ましてや人として言い訳のほかにならない。

 

「…………」

 

 一条は、皆が各々のアタッシュケースを手に取る中、空っぽの自分の手のひらを見下ろす。

 戦闘ではなく、救助。相手を傷つける手が、救うべき手に向かわれる。──傷つける手が、救いの手へと変わって。

 だからこそ、今日という日が一条にとって代え難い一日になる。

 

 ──行こう。

 

 番が来て、一条は自分の番号が書かれたアタッシュケースを静かに手に取った。内に込められた、己のヒーローコスチューム。いつかそれが、己の外装ではなく、皮になることを胸に抱きながら。

 

 

 

* * *

 

 

   ── 雄英高校敷地内 バス停前 ──

 

 制服からいつものようにコスチュームへ早着替えし終えた一条。黒いコスチュームを日の下にさらし、金属質な音を立てながらレンガ作りの道を歩く。

 

「…………」

 

 ──早く来すぎた……?

 

 コスチュームの構造上、タイツや装甲を纏うようなものであればそれなりに脱ぎ着するのにも大きな手間が伴うのは当然。

 一条に関しては一度身軽になったら、着て、履いて、ベルトを巻きつけ、上に羽織って、ポーチを付けて、そして出来上がり。

 一条自身も早着替えであるのも相待って、こうして一人ポツンと白いベンチに座ることに。

 

「…………」

 

 十秒──経った。

 

 ──暇だ……。

 

 一条はせっかちだった──。

 カツンっカツンっ、と足をぶらつかせながら踵をぶつけ合わせ、秒針を刻むように数える。

 だが、暇は唐突になくなった。

 

「…………?」

 

「……。いたのか、星野」

 

 着替え終え、二番目に出てきたのは、轟だった。

 しかし、戦闘訓練のときに見た左半身を覆うような氷のコスチュームではなく、体育着でのお出まし。

 

「…………。なんでジャージ?」

 

「これは、戦闘訓練で使えなくなったから、その代わりだ。修理に時間がかかるらしい」

 

「…………。私の、せいだね」

 

「……別に責めてるわけじゃねぇ。俺の気の緩みが招いたんだからな」

 

 立ち上がって頭を下げようとし始める一条を手で制し、轟は淡々と低い声で返した。

 

「いっそのことコスチュームのデザインも変えようって考えている。覆われると走りもできないし、いい機会だ」

 

「…………。ナナみたいだね」

 

「────? 七? なんだそれ」

 

 怒っているわけではなく、むしろどこか清々したような姿勢。それが、実技入試が終わって、折れてしまった大太刀を未練なく放り捨てたナナと、一条はなんだか重ねてしまった。

 よくわからないが、心機一転という言葉もある。そういうことだろう。

 

 無表情だった轟の表情。ぴくりと彼の眉が顰めるのを置いておきながら、一条は見つめた。

 

「それだけだ。俺は……、あっちのベンチに座ってる」

 

「そう。じゃあ……私はまた、このベンチに座る」

 

「そうか」

 

「そう」

 

「…………」「…………」

 

 交わす口数は少ない。二人は少しだけ目を合わせると轟が一条から顔を背け、ベンチへと歩みを進めた。

 青い背中を見届けながら、一条もゆっくりと元いたベンチに腰掛ける。

 妙な空気が漂ってはいるものの、二人は特に気にせず真っ白なベンチに座って、他の皆んな、もしくはバスが来るのを待った。

 

 

 

   ── 三分後 ──

 

 

 わらわらと、コスチュームへと着替え終えたクラスメイトたちがバス停へと集まり始めた。

 皆、色とりどりのコスチューム。座学続きではあったが、すでにみんなの肌に馴染んでいるようにも見える。

 

 バスも到着しており、皆んな今回のヒーロー基礎学に肩を張っていることが見て取れる。

 そこに、ホイッスルが飛び込んできた。

 

「皆んな!! バスの席順でスムーズに行くよう、番号順に二列で並ぼう!!」

 

 どこから調達したのか、甲高いホイッスルをピッピッと鳴らして隊列を組んでくれと、フル装備の飯田が声を張り上げる。

 その規則正しい指示に、一条も素直に従って列に並ぼうとした。

 これも学校行事あるある。小学生や中学生では、どうやら修学旅行でバスに乗って遠出するらしく、こういうふうに並ぶのだとか。

 

 と、思った矢先──、

 

 

「すまない……」

 

 唐突に、席に座する飯田が項垂れたのを見た。

 通路を挟んで二人がけの座席が並ぶ一般的な観光バスらしい(・・・)、その後半の内装の最後尾に、一条は座っている。

 その視線の先には向かい合わせ(・・・・・・)の座席に座る出久や他のクラスメイトに頭を下げる飯田。

 なぜか。

 

「こういうタイプだった……! くそう!!」

 

「イミなかったなー」

 

 これは、飯田の頭で想定していた観光バスではなく、なんと『コ』の字型に座席が配置された、いわゆる『オープンレイアウト』のバスであったのだ。

 青山もこれには悠然とした口元に失笑を湛え、飯田にグサリと刺さる。

 

 

 一人頭を抱え込む飯田を出久たちがまあまあと慰めた。

 

 

 バスが一定の速度で走り始めた頃、ふと蛙吹が真っ直ぐな瞳を隣の席に座る出久へと向けるのを見た。

 

「緑谷ちゃん、私思ったことなんでも言っちゃうの」

 

「ぅえ!? あ、ハイ!? なんでしょう蛙吹さん!!」

 

 いまだに苗字呼びな緑谷。

 蛙吹が「梅雨ちゃんと呼んで」後付けながら、出久につぶらな瞳を瞬く。

 

「あなたの“個性”、オールマイトに似てるわね」

 

「…………。────ッ!!!」

 

 その一言。だが、誰に取っては褒め言葉にしか聞こえない一言は、どういうわけか出久の肩をビクッと跳ねさせる。まるで、図星でも疲れたような、大げさにも程がある動揺。

 

「そそそそそそそ、そっそうかな!? いやでも、いやそのでも僕のはそのえーっと……!!!」

 

 この具合だ。

 久しく聞いていなかった。混乱が最盛期を遂げる出久のマシンガン語。

 だが、その張り詰めた空気を割ったのは、斜め前に座る切島。

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねェだろ。似て非なるもの的なアレだぜ」

 

 ──うん。

 

 その通りだ、と、一条は胸中で切島に頷く。

 セントラル病院の吉田は言っていた。個性が似ていても、その発生条件は違うのだと。ということは、緑谷の個性というのは体を壊すことを代償にして放つ、全身凶器人間。

 だが、どういうわけだろうか。

 

 ──……違う気もする。

 

 アレが代償にしてみても、あの予兆。何かとてつもない圧は、ただの“個性”とは片付かないものだ。

 

 ほっと一息をついてことなきを得る出久や他の面々に、一条はじっと視線を浴びせた。

 するとこんな言葉が落ちる。

 

「しっかし増強型のシンプルな“個性”はいいな! 派手だし、何よりいろんなことができるんだしよ!」

 

 腕をガチガチに硬化して見せる切島だ。

 

「俺の“硬化”は対人なら強えけど、いかんせん地味でよォ」

 

「──地味? そんなこと、ないよ」

 

 不意に、一条が口を挟む。『地味』だと、切島は己を卑下したことが、どうも一条の喉元をつっかえさせるから。

 突然の否定に視線を集めてしまうものの、一条は切島の岩のように硬くなった腕を見つめながら、続ける。

 

「切島の硬化は、すごく強い。受験のとき、デカいヴィランの攻撃を受け止めてくれなかったら、きっと私とナナは勝てなかった」

 

 あの日、例えなくとも入学はできただろう。しかしそうではない。

 歩いてきた日々。その中で初めて一緒に倒し、今こうして一条とナナと切島は仲がよくなるきっかけとなったのだ。

 それを否定されたような気がして、

 

「……だから私は、切島の“個性”を地味だと思ったりしない。二度と言わないで」

 

 一条は切島を肯定したのだ。

 

「「「…………」」」

 

 静寂。

 バスの走行音だけが響く車内で、切島が目を丸くしてこちらに瞬きを数回繰り返してくる。

 

 何を驚く必要があるのだろうか。これは、慰めでも、ましてやお世辞でもない。あの日あの場所で、一条とナナと切島は0Pヴィランを打倒したのだ。結末は一条が切り倒したが、その道筋には二人の活躍も大きすぎる。

 ただの友とは違う。ナナと切島は、一条にとって共に手を取り戦った、いわば『戦友』なのだ。

 

「ほ、星野ォ……!」

 突如、切島がワナワナと肩を震わせ、両手で顔を覆えば、感極まったように声を漏らす。

 

「お前ってやつは……ッ! なんつう真っ直ぐなんだよ! 男気……いや、漢気溢れすぎだろォ……ッ!!」

 

「……? 私はそう感じたから言っただけ」

 

「わかってる! わかってるけどよォ! クソッ、俺が間違ってたぜ! 地味だろうが何だろうが、この“個性”で絶対トップヒーローになってやるからな!」

 

 グッと目尻から溢れる熱い涙を拭いながらガッツポーズを決める切島に、芦戸や上鳴が「暑っ苦しー!」とケラケラ笑い合う。

 そんな切島の復活劇を見届け、一条は小さく頷き、それから背もたれに体を預けた。

 

 しかし、一条は先の話題でこうも考えてしまう。

 

 ──殴る蹴るしかできない私って……地味?

 

 と。

 確かに、一条は質量的にも考えても0Pヴィランとの体格差ゆえ、側から見れば走り回る小蠅みたいなビジュだ。黒いのもまた悪さを働いているくらい。

 それに殴る蹴るでは歯が立たない。こと、大型系や轟のような制圧系を相手取るには決定打に欠けすぎだ。

 

 ──やっぱりあの武器があれば……。

 

 ただ力が強くとも、ただ速くとも、発生には時間がいる。それこそ、場を走り続けなければ、ゼロ距離からの一発は出久のそれよりも劣る。

 あの黒い大砲や黒剣が戻ってくればその点も克服できるのだが。

 

「…………」

 

 ──ミッドナイト……四月に戻ってくるって言ってたけど。

 

 一体いつになるのだか。

 

「トップヒーロー……プロなー。つっても、ヒーローも人気商売みてえなとこもあるしよぉ、堅実なのもカッケェけど、やっぱ見栄えも必要っちゃ必要だろ?」

 

 と、トップヒーローから連想式で切島が切り出す。

 すると、待ってましたとばかりに向かいの席の青山が黄金色の髪を優雅に払い、鼻高々になった。

 

「僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並みっ」

 

「でもお腹壊しちゃうのは良くないね!」

 

「」

 

 青山、羽ばたいた側から芦戸に撃ち落とされるのだった──。

 

 バスの車内は、青山を開始点として誰が強いか、どんなヒーローが人気になるのかという話題にトランジションする。

 

「『派手』で『強え』っつったら、やっぱ轟か爆豪だろ!」

 

 切島の言葉に、名指しされた当人たちの反応は窓を眺めていたというのに対照的だ。轟は外を見たまま一瞥もくれず、爆豪は『そんなのもわかんねーのか』とも言いたげに鼻を鳴らす。

 

「意外だわ。星野ちゃんをそこに入れないのね、切島ちゃん」

 

「お? いや星野も強えけど、どっちかって言えば派手さからは離れるんじゃねェかって」

 

 蛙吹の指摘に、切島が思い浮かぶのは初回の戦闘訓練。一試合も二試合もそうだが、爆破に氷と、視界に映るインパクトさで言えばまさにあの二人と、クラスは首を縦に振る。

 しかし一条はどうかと聞かれれば、

 

「それもそうね。最初の戦闘訓練の時がでかい印象だけど、星野ちゃん自体はそこまでだったもの。動きで言ったら、むしろスタイリッシュだわ」

 

 回想を経て、今一度再生で確認をとれた蛙吹が合点のいったように首肯する。

 すると、それを隣に座っていた人が聞き逃すことなんてなく──

 

「星野さんがスタイリッシュ……!? いやでも、壁や天井を縦横無尽に飛び交うことも簡単だろうし、その動きはどこか忍者ヒーローエッジショットを彷彿とさせるのでは……? ……うわあ星野さん、僕がリカバリーガールのとこで治療を受けてた時どんな闘いを……」

 

「緑谷ちゃん。怖いわ、それ……」

 

 唐突に始まったブツブツに、蛙吹が眉をひそめてしまった。

 

 視界に何も映ってないかのようにする様子は海浜公園でも出たのと同じだ。出久はどういうわけか、あのように口に出さないといけない癖がある、らしい。

 

 しかしながら、路線は戻さなければいけない。脱線しかけたところを、蛙吹がそっと一息開けると、話題は最初の二人へ。

 

「切島ちゃんが言ってた『派手』さ『強さ』。轟ちゃんはまだしも、爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそうね」

 

「────。あ?」

 

 まさかのキラーパス。これには爆豪の脳が一瞬理解に処理が必要なくらいの陰ながら且つ、ドがつくほどの直球。

 次第に、思考が現実に追いついたや否や、

 

「んだとコラ、出すわ──ッッ!!」

 

 爆豪の導火線に火がついた。

 

「ホラ」

 

 蛙吹が火に油を注いだ──。

 

「ホラじゃねえわ蛙女ァ!!」

 

「この付き合いの浅さで、すでにクソを下水で煮込んだ性格と認識されるってのがすげぇよ。逆に尊敬するわ」

 

 上鳴が評価の火薬を撒いた──。

 

「てんめぇのボキャどうなってんだ! んだコラ殺すぞ!!」

 

 立ち上がって怒鳴り散らかす爆豪に、これでもかと言わんばかりにここ数日の爆豪評価を差し出す上鳴。

 狭い車内で巻き起こる、爆豪を爆心地とした騒動。

 

「…………」

 

 ──いつも怒ってる。声だってあんなに出してるのに、疲れないのかな。

 

 入試の時も。

 体力テストの時も。

 戦闘訓練の時も。

 学級委員長決めの時も。

 今も。

 爆豪は常に沸点に達し続けて爆発してる。

 怒り。楽しさとはまるで逆の感情。文字でしか知らない一条にとって、あのようなものには興味があると同時に、理解し難いものだった。

 

 ──私って、怒るとどうなるんだろ……。

 

 ふわふわ感はわかった。では、ここはやはり熱々か。一条は胸の奥を確かめるように胸を撫で下ろしてみるが、やはり分からない。

 

 ある意味爆豪は、一条にとってすごい人だった。

 

「星野さんはどう思われます?」

 

 不意に、隣の席から声が降ってきた。

 声の主は、八百万百。一条が学級委員長選挙で一票を投じた、知的な少女。

 彼女は少しだけ体を一条の方へと預けると、眉を顰めながらバス中央で繰り広がる光景を目にする。

 

「…………、何が」

 

「今の、彼らのやりとりですわ。星野さんはいつも静かに見守っていらっしゃるから、どう映っているのか少し気になりまして」

 

「────。……」

 

 口に手をやってヒソヒソと八百万から渡される話題。一条は、今一度車内の喧騒を視界に収める。

 

「別に。ただ、みんなが感情というのを通わせている。私は……楽しいよ」

 

「そういうものなのでしょうか……。感じ方は、やはり人によってそれぞれですのね」

 

 一条の回答に怪訝そうにする八百万が、まだ繰り返される喧騒を目にするものの、やはり受け入れ難いのか首を傾げてしまう。

 一条も、あの場に混ざるかと言われたら、混ざりはするものの、体と耳だけ。おそらく話という話はしない。

 まだ、完全に理解できたわけではないから。わかるのは、この空気を吸っていて、『楽しい』と感じるということ。

 

 そのとき。

 

「もうすぐ着くぞ! いい加減にしとけ」

 

 運転席の近くに立っていた相澤の放った気だるけな声が、車内の喧噪をぴたりと止める。

 爆豪の怒鳴り声も、上鳴たちの笑い声もぴたりと止まり、全員の視線が窓の外へと向けられた。

 

 木々の合間から垣間見える、地上から生える半円球場のガラス張りの巨大な建造物。

 太陽の光を反射して白く輝くその施設は、まさに1- Aが挑む舞台であるものだ。

 

 ──すごい……。

 

 壮大な建物に目を奪われていた。

 そんなときだ。

 

「…………。────?」

 

 ふと、バスとは異なる音──いや、気配が、後ろから近づいてきた予感がしたのは。

 

「……? あ、ちょっと星野さん、何してるんです」

 

「後ろ見ようって──」

 

「はしたないですわよ……! あ、星野さんちょっと……!」

 

 八百万の静止を振り切り、一条が座席から頭を覗かせると、見えたのは──黒いトレーラー。

 バスに近づいたと思えば、一定の距離を保って追従する様はまさに黒い忠犬。音はなく、まるで地面を滑るように近づいてくるのも相待って、異様な存在感だ。

 しかし、どうしてだろう。

 

 ──あれ、なんだか……。

 

 中身を、知っているような気がした。

 

 

* * *

 

 

   ── USJ前 ──

 

 プシューッ。

 排気音を鳴らしてバスが停車し、相澤の気だるげな号令に従い、生徒たちが次々とバスを降りる。

 並び立つ生徒たちの双眼に飛び込んできたのは、ただただどでかい建物。

 

「うおおお……っ! なんだここ、遊園地か!?」

 

「スッゲー! ドームの中に、ガラスの奥見ろよ! 別の施設がいっぱいあるぞ!」

 

 目の前に聳え立つ、巨大なドーム状の施設。

 水難。

 土砂。

 火災。

 あらゆる災害を想定した状況設定が各エリアにあり、それを内包するガラス張りの鳥籠。そのスケールに、クラスメイトたちは目を輝かせて歓声をあげた。

 

 おそらく、この場にはいない『もう一人』の教師が出迎えているに違いない。

 

 だが、一条の視線は、巨大なドームでも、大扉の向こうで待ち受ける新たな教師でもなく──

 

「…………」

 

 バスの後方に横付けするように停車した『黒いトレーラー』へと青い瞳の視線が注がれる。

 駆動音はなく、その姿はあまりに静かで、異物的だ。

 すると、トレーラーの外装が頂点からゆっくりと開かれる。

 

「気になるか、星野」

 

「……相澤せんせー。あれは……?」

 

「……少し遅いが、これは星野──お前への入学祝い。雄英からのプレゼントのようなものだ」

 

「じゃあ……」

 

 気だるげさは一変し、見下ろしてくる相澤は嫌に楽しげだ。

 事実、一条も胸の奥が疼くような、跳ねるような感覚に襲われている。少し隙でもあれば、真っ先にトレーラーに飛びかかりたくなるくらい。

 

 すると、中から現れたのは、

 

 ──きた。……私の。

 

「…………」

 

「取り戻すのには骨が折れたが……元はお前の所有物。所有物が所有者のもとにいつまでも戻ってこないのは、合理性に欠けるだろう?」

 

 開け放たれたのは、陽光を反射するどころか吸収し、横倒しで厳重にロックされた──重厚で鋭い漆黒の光を纏う武器。

 研究所から目覚めて一年。そこから所在すらわからなかった、己の半身とも呼べる二つの武器が、今──帰還したのだ。

 

 それと、その武器の周りを囲うように、白衣を着た数名の男女もおまけ付きで。

 

「えっ……な、なんだあの人たち。ゾンビ?」

 

「サポート会社の人たちみてェだけど、めちゃくちゃ疲れてないか?」

 

 上鳴と切島がヒソヒソと囁き合う中、白衣の集団のリーダーと思わしき青年が、ギラついた目でA組の生徒たちを見渡した。

 

「はぁ……はぁ……、ほ、星野一条様いらっしゃいますでしょうかますか?」

 

「…………。私」

 

 唐突の敬語の崩壊と共に登場した男を見て立ち尽くす生徒らの中から、一条が一歩前に歩み出る。

 すると、男はまるで救いの神でも見たかのように両手を天に掲げた。

 

「あ・な・たでしたか!! あ、失礼をば。私の名前は解目研(トキメ・ケン)と申します。あなたの武器を失礼ながら解析・研究させていただいた──!」

 

「うん、私は星野一条。もういいから、私の武器──返して」

 

「はいっ、はいはいはい今返しますからお待ちくださいぃ? こちら一応手続きを踏まないといけない身でしってー」

 

 言いながら、相澤へ歩んでいく解目。クリップで挟まれた一冊にも近しい紙の束を徐に取り出すと、それを相澤へと差し向けた。

 

「こちら! あれら二種の武器の、一年間の解析データをまとめた書類と仮説多数、および星野一条様に返還する契約書云々でございまあす!」

 

「…………。わざわざありがとうございます」

 

 生徒たちは置いておいて、大人の世界のやり取り。相澤が形式上のような感謝を述べると、懐から黒い筒──判子を取り出し、判を押した。

 すでに雄英からの許可は得ているのか、相澤と赤く書かれた印の少し上に、正方形のでかい判が押印済みだ。

 瞬間、押したや否や相澤に書類を押し付ける解目という男。

 

「これら資料、雄英のお役に立てると幸い。はいではー! 受け渡しの体裁を保ったということですので! 少々、お借りしても……?」

 

「…………。はぁ…………お好きにどうぞ」

 

 心底呆れたように相澤がため息混じりの許可をした直後、解目が動き出した。

 

「ささっ、行きましょう行きましょう! 星野一条様っ」

 

「…………」

 

 ──なんなんだ、この人……。

 

 半ば同級生を置いてけぼりにしながら、一条は解目にズズズと背後から押され、解放されたトレーラーへと運び込まれる。

 

「えーっとですね。まあ歩きながら聞いてください。まず──この first year 私は警察の鑑識で後回しにされていた証拠物品を解析し、そして二種の武器に出会ったのがことのbeginning」

 

 歩きながら、じわじわとトレーラーに運び込まれる間に解目が時折毛がそわそわするような英語を挟みながら話し始めた。

 

「そこから、我々がサポート会社の枠を、わ・た・しを筆頭にしてresearch を carryしたわけなんです。したら──なんなんですか、あれは!!!!」

 

「うるさい」

 

「いいえうるさくないです。かまいまっせーん!! 鉄に換算すれば八百キロはあるはずのこの cannon。使われている金属の未知なもので、その重量は驚異の三百キロ!! しかもどんな laser でも、drillでも、酸でも、傷のこれっぽちもつかない。ほんッッッと──マジでなんなんでしょうね」

 

「私の武器」

 

「そうですねその通りです!! ざっつらいとおー」

 

 まさに、左から来たものを右から受け流すような攻防戦。もはや攻防とは言わず、水を溜めていないダムのように、一条の耳から解目の口から放たれる情報が放出された。

 だが、一条の反応なんてお構いなしに、どこか抜けてしまう剣幕を纏い続ける解目は紡ぎ続ける。

 

「さーらーに恐ろしいのは動力源。分解すらできない内部から、まるで人間が sleep でもしているかのような pulse が検出されたんですよ! しかもここ一年の間、全く wake up する兆しなしッ! 以降、解析開始からわずか四ヶ月で我々の手はストップ。残りの八ヶ月は、ただただこの不可解な金属の塊と金属の棒を前に、研究員が次々と心を折られました……──わ・た・し・は折れてませんけどねっ!!!」

 

「…………」

 

「コホン……少々気を取り乱しましたが。これ以上語っても八ヶ月間の無に見えて実は解決の糸口となる壮大な drama が延々と語り継がれるだけ。ぜひともあなたにもお聞かせしたいのですが…………」

 

 マシンガントークはもはや出久の域を超えていたが、自制もできるのが大人というものか。チラリと解目が背後を顧みたため、一条もつられて見てみると、

 

「…………」

 

「アーラ、これは大変なことを」

 

 相澤が、キレてた。しかも静かに、腕を組んだまま血走った目をより血走らせて。気のせいだろうが、相澤の髪が個性もなしに浮いているようにも見える。

 流石の解目、笑顔を引き攣らせると一条を伴ってそそくさとトレーラーに。

 

「百聞は一見にしかず……」

 

 トレーラーの内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返り、ひんやりとした機械的な冷気と微かなオゾンの匂いの残滓が漂う。

 陽に照らされるその中央。重厚なロック機構によって固定され鎮座していたのは、二つの『イブツ』。

 

「さあさあ! 持ってけドロボーじゃないけど持ってけ星野いや、──収束点よッ!!」

 

「…………。……わかった。──お待たせ」

 

 解目の言葉を半分も、これっぽっちも理解していない一条だったが、目の前に横たわる漆黒の質量を前にして、無表情さに宿った温度が消え、冷たさが宿り始める。

 周囲の空気、そしてトレーラー内の温度が、一条の吐息に合わせて震えているようだ。

 

「あのようなもの、本当に持ち上げることが……?」

「星野ちゃん、大丈夫かしら」

 

 飯田や蛙吹、他のクラスメイトたちが固唾を飲んで見守る中、一条は躊躇いなく、黒い布で覆われた両手を黒い大砲と剣の装甲──持ち手へと手を伸ばした。

 

 瞬間──

 

   ── 『★Rock Cannon』 ──

 

    ── 『★Black Blade』 ──

 

 

 目覚め、手にした時とは違う、何かが噛み合うような気配が、体の中で響いた。

 すると、タブレットを持つ他の女性研究者が目を丸くした。

 

「数値が……っ、いやパルスが跳ね上がってる!! 解目、目覚めてるわ!」

 

「そうか……やはりこれも運命の導き手。選択は成った……」

「何が運命よ! バカなんですか死にたいんですか!! いいからこのパルスを──」

「ええい黙れぃ! データよりも、まずは今起こっている物理現象を目の当たりにしなければならないのだよジョージ!」

「私はジョージではなく城島です!」

 

 解目が叫ぶのと同時、一条が漆黒の巨躯──★Rock Cannonを掲げ、天へと差し向た。

 刹那、鼓膜を鋭く削るような、共鳴のうねりを奏でると同時に発光。刹那、青白くひび割れた装甲を起点に──分裂、いや分解。

 漆黒は今や青白く目覚め、次第に一条の右腕へと螺旋状に吸い込まれ、一つに。三百という質量が、物理法則を嘲笑うかのように、跡形もなく目の前で消滅した。

 

 左手に収まっていた黒剣──★Black Bladeに至っては、腕に仕込みでもしたかのように引き込まれ、その姿を隠している始末。

 

「……な」

 

 ジョージと呼ばれた女性研究員──城島の手から、二種の武器を解析するために織り込まれた最新鋭のタブレットが滑り落ち、音の冷えたトレーラー内に響き渡る。

 

「質量……ゼロ。消失しました……っ。エネルギーパルスも完全に彼女の生体反応と同化……ありえない、ありえないでしょ!? 物理法則が……私たちの半・年・間が……!」

 

 悲鳴めいた報告を合図に、解目研が両膝から崩れ落ちた。

 

「ああ……! OH MY GOOOOODNEEEEESSSS……!!」

 

 天を仰ぎ、両手で降り注ぐ陽光の眼差しを一身に受けながら、清々しい面持ちで解目が喉を震わせた。

 恐れか、絶望か、あるいは常識改変という刺激による──歓喜か。

 

「見・た・かージョージよ! いや皆のもの! これが、これこそが! 我々半年間何一つ理解できず、あるいは仮説に過ぎなかった事象の『一端』!! 百年? ノンノン……ノンッ! 人類が千年かけても到達できないアルティメットシンギュラリティを、我々は今目撃したのだッ!!」

 

 絶望から歓喜へとぐるぐる巡り巡るかのように突っ伏したり立ったりと忙しい狂乱の叫び。

 解目がそのまま床に突っ伏し、体を上下反転させて逆立ちまでやってのける。

 

「私の……私の理解の及ばない……まさに曼荼羅のごとき美しさ。beautiful……。君はまさしく金の卵いや──!! まさしく技術界における願い星だ!! 収束点一条よおォォッ!!!」

 

 狂いまくる解目研の叫びが、USJ前の広場にこだまする。

 タブレットを落としてへたり込む城島。そして『逆立ち』して宇宙の真理に体現で挑みにかかろうとする解目。

 

「…………」

 

 ──へんなの。

 

 なぜ逆立ちで叫ぶ必要がある。なぜもの言いたげな目を見開いてこちらを見てくるのか。意味不明すぎて、さっさとここから退場しようかと考えながら、一条は下にある解目の顔を見つめた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ねぇ──」

 

「フゥハハハハハ──ッ!!」

 

「────」

 

 逆立ちのまま器用に両足を開き、物理法則の敗北と真理に歓喜の涙を流す白衣の男。それを前に、一条はただただ、見下ろした。

 一条の瞳は、今や北極の永久凍土よりも冷たい視線のように変貌。

 

「あの、星野……ちゃん?」

 

「すっげえ、あの星野がドン引きしてるじゃんか……」

 

 麗日が引き攣った笑いを浮かべ、瀬呂がぽつりと漏らす。

 無理もない。現在進行形で繰り広げられているのは、大の大人が自身の存在意義を破壊されて発狂する様だ。

 一条にとっては意味不明なことを壊れたラジオのようにワンワン騒ぎ立てる『うるさい人』認定なのだが、クラスメイトからすれば壊れた人に他ならない。

 

「しっかし、あんなバカでかい大砲と剣が……どうやって体ん中入ったんだ!? インベントリかよ!!」

 

「す、すごい! 質量保存の法則を完全に無視している……! あそこまでの巨大な質量を無にするなんて、もしかしてエネルギーを概念的に相転移させて体内に格納する個性!? いやでも星野さんの個性は純粋な身体強化のはずじゃ……もしやサポートアイテム自体に空間圧縮の機能が備わっている……? でもでも、さっきあれは一条さんが元々持っていたものって言っていたしブツブツブツブツブツブツブツブツ」

 

「大判振る舞い……!!」

 

 上鳴が顎を落としかけ、出久の本日二度目となる高速詠唱のブツブツタイム突入に隣の麗日が冷や汗をかく。

 

「…………」

 

 確かにと、右腕と左腕を交互に振ってみる。

 重量は──持っていない時となんら変化がない。体が重くなった感覚もないし、ただここにはない。けど、確かに『在る』。

 自分の血液が流れ、心臓が鼓動して巡るように、それとは別の何かの中に二つの『存在』が、静かに、けれど力強く息づいているのを感じる。

 出そうとする意思さえあれば、いつでも引き出せる。いつでも、あの漆黒の半身を顕現させることができる。

 

 しっくりとくる。ずっと欠けていたピースがカチリと嵌ったような、これが『ブラック★ロックシューター』のあるべき形なのだと。

 

「──うん、悪くない」

 

 いい感覚だ。

 

 確かな納得感に一条は小さく頷いたあと、そろそろ出て行こうと振り返り、降りようとした。

 

「あ、待ちたまえまだ──ヘブっ!?」

 

「──はい、そこまでだ」

 

 逆立ちを取りやめて一条に掴み掛かろうとした解目に目がけて、布が伸びた。

 それは、

 

「全く黙っていれば……これだから合理性に欠ける研究家は嫌いなんだ」

 

 捕縛布を放ち、解目をぐるぐる巻きに拘束する相澤だ。

 彼の我慢の限界が、すでに声音からもわかるとおり。虎が唸っているのではないかと勘違いするほど、ギロリと相澤が解目に受けて立った。

 だが、これで食い上がるほど、解目は素直ではない。

 

「失敬な!! 私ほど合理性の塊である人がいるか!!」

 

「うるさいッ 鏡を見てから物を言え。以上、契約は終わった。とっとと帰れ、不法侵入でしょっぴくぞ」

 

 血走った目で睨み上げる相澤の凄み。生徒に向けてはいけないくらい、今の相澤は対ヴィランモードになりつつあった。

 それを見たジョージたち研究員は黙っているわけもなく、慌てて簀巻き状態から解放される解目の両足と両脇を抱え拘束する。

 

「んな!? 何をする離せ、HA・NA・SEッ!!」

 

「し、失礼しました! ほら、帰るわよ解目!! これ以上恥を晒さないで!」

 

「あああ引くな押すなどっちかにしたまえジョージ! わかったわかった!! せめて別れ際の選別だけ!」

 

 直後、ドサドサという音をはじめとして、今までの喧騒が嘘のように静まり返る。

 すると黒いトレーラーの奥から、先ほどの喧騒なんて何もありませんでしたよと言いたげに、白衣の懐に手を入れ、瞑目する『解目』が現れた。

 

 また何か始まる。相澤が今一度首元の布に手をかけた、そのとき──

 

「フフフ……ハアアッハッハッハっハッハッ!! ────ッ!!」

 

 笑い始めたや否や、白衣から両手を勢いよく抜く解目。直後、白衣を翻し、片手で顔を覆い、空の手を虚空へと指差す。

 

「覚えておきたまえ……。我が名は、万物の理を『解』き、深淵を見通す『目』を『研』ぎすます男……。『解目研』! だ──ッ!! かの黄金律を引き継ぎ、世界を再定義する狂気のマッドサイエンt────」

 

 刹那、解目の声が掻き消えた。

 なぜ途切れたか。

 噛んだから。

 転けたから。

 叫びすぎて死んだから。

 いや、そのどれにも当てはまらない。

 

 トレーラーが彼ごと閉じ込めて回収したのち、戸愚呂を巻いたように走り去っていったためだ。

 

 

「「…………」」

 

 

 

 解目研という嵐のような男を乗せた黒いトレーラーが、砂埃を巻き上げながら視界の彼方へ、木々の影へと消えていく。

 残されたのは、ポツンと立ち尽くす1- Aの生徒たちと、眉間を深くもみほぐす相澤翔太だけだった。

 

「………………」

 

「あ、嵐のような人だった……サポート会社の人って、あんな人ばかりなんだ……」

「なんだかドッッと、疲れたわ……」

「結局何が言いたかったんだ?」

 

 出久が力なく呟き、麗日がため息をつき、上鳴が首を眉をひそめる。

 一条は、すでに点となったトレーラーの方向を無表情で見つめ、それからみんなの元へ歩き始める。

 

「…………」

 

 ──解目……よく喋る人。私のモノを返してくれた、人。

 

 右手と左手。両腕にないはずの重みを、一条は開け閉めして噛み締める。

 

「……。……よし、茶番は終わりだ」

 

 低く、しかし通る声が、呆然としていた生徒たちの意識を現実へと引き戻した。

 

「中に入るぞ。今日お前たちがここに来た本来の『目的』を忘れるな」

 

 すでに大きな扉の前に立つ相澤が気だるげに歩き出す。

 やや疲労の宿った黒い背中を追って、生徒たちはUSJの巨大な扉へと向かい、一条も足取りを軽くしてその列に続いていった──。

 

 

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