青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第二十一話 『本来の力【中編 1/2】』

 

 

 

 大扉を潜り抜けた先に広がるのは、まさに数多の世界観が一つに混ざり合った──『異世界』だ。

 

 水難事故を想定した、小さな湖畔のようなプール、水難ゾーン。

 土砂崩れを再現した、建物を巻き込んで雪崩れて固まった斜面。

 炎々と燃え盛る炎が燻る火災ゾーン。

 暴風雨の吹き荒れる、暴風ゾーン。

 山岳地帯や、森など、ありとあらゆる事象の再現。その全てが、巨大な一つの鳥籠のごときガラスドームの中に収まる。

 

 そして、

 

「…………」

 

 ──あれは、マシュマロ……?

 

 相澤を筆頭にして向かう先に、これから降るだろう階段のエントランス中央に人がいた。

 それは、宇宙服のような、あるいはマシュマロのようなふっくらとした真っ白のコスチュームに身を包んだヒーロー。

 

「水難、土砂災害、火災……エトセトラエトセトラ。あらゆる災害事故を想定し、僕が作った演習場です」

 

 ここが自分の庭園。両腕を広げるそのヒーローは、言うに相応しい存在。その名は──、

 

「その名も、『ウソの災害や事故ルーム』……略して『U・S・J』!!」

 

 

   ──  『U S J』 ──

 

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助で目覚ましい活躍をしている、まさに紳士的なヒーロー!」

「わー! 私好きなの13号」

 

 スペースヒーロー『13号』だ。

 麗日がぴょんぴょんと飛び跳ねて歓喜の声を向けるヒーローの名。

 一条は、出久の解説を耳にして今一度13号に目を向ける。

 

「…………。13号……聞いたことある」

 

 社会の歴史。個性黎明期以前に、月へ向かって地球を飛び出したという『アポロ13号』。だが、月へ向かうその途中、機械船タンクが爆発し、月面着陸は困難から不可能へ。

 以降、乗組員三名の命を救うため、『無事な地球への帰還』に目的を変更。そして、そんな事故を関係者の弛まぬ努力が奇跡を実現──乗組員の全員が生還した。

 

「…………」

 

 ──成功した失敗……13号。絶望的な状況から、人を救う……優しさ。

 

 名前には、多分意味があるのだろう。一条の名が『流れ星』を意味するように。

 

「…………」

 

 ──なら……私の──

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ……」

 

 考えに耽っていた一条の思考が、振り返る13号の早速授業の本題に入る前のイントロダクションによって引き戻される。

 今は、目の前のことに集中することが大事。そう意気込んで、一条は一同と一緒になって見つめた。

 が、

 

「三つ、四つ……えーと五つ……」

 

「増える……」

 

 指を折りながら語り始める13号の言葉に、一条たちは静かに耳を傾けた。

 しかし、こまめで慎重そうな始まりから一転して、大衆に受け入れられそうなハキハキした声で語り始まった。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

「その“個性”で、どんな災害からも人を救い上げるんですよねっ」

 

「ええ。ですが──」

 

 13号のトーンが、スッと一段下がった。先ほどのテーマパークの案内人のようなハキハキとした柔らかさは何処へと、現場を知る一人のプロとしての重い響きが混じる。

 

「一歩間違えれば、簡単に人を殺せる力でもあります」

 

「「「────」」」

 

 その一言に、まだテーマパークで体験会気分が抜けない生徒たちの空気が引き締まった。

 麗日も、感嘆の笑みを引っ込めてごくりと唾を飲み込む。

 

「皆さんの中にも、そういう“個性”があるでしょう。『超常社会』は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。……しかし、一歩間違えれば、容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々人が持っていることを、忘れないでください」

 

 生徒たち一人一人を見渡すように、13号が体を動かす。

 

 

「…………」

 

 ──人を、殺せる力。

 

 一条は体に巡るもう二つの感覚、それが出現するであろう左右の両手を見下ろす。

 いや、武器なんてなくとも、一条の素手から繰り出されるものは、手加減を捨ててしまえば容易に人を殺せてしまう力だ。

 

「相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知ったでしょう。オールマイトの対人戦闘訓練で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います。だからこそ…………この授業では心機一転!!」

 

 だから、その重さを皆は一つでも経験したからこそ、13号は大仰に両手を広げた。──『U・S・J』という一つの舞台に。

 

「『人命を救うため』、自分の“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではなく、『救ける』ためにあるのだと、心得て帰ってくださいな」

 

 救けるため。

 自分の中で意気込んでいたはずの、救ける手にするという目標。今、こうして13号というプロヒーローの、そして教師としての言葉の重みが思い知らさせてくる。

 

「以上! ご清聴、ありがとうございました!」

 

「ステキ──っ!!」「ブラボー!! ブラァボー!!」

 

 13号の胸を打つスピーチは、一条のみならず麗日や飯田を始めとするクラスメイトたちに伝播。告げられたヒーローとしてのあり方の一端を噛み締めながら、惜しみない拍手と歓声を送る。

 

 一条も、小さく、しかし確かな実感に両腕を降ろし、頬を固めた。

 

「……。よし、そんじゃあまずは──」

 

 相澤が気だるげに、13号から進行を引き継ごうと柵にもたれていた体を起こした。

 

 その、直後だった。

 

「──。────!」

 

 気配。

 一条の肌が、粟立った。

 実際に目にしたからか。実際に耳にしたからか。

 違う。どれも五感で感じたものではない。ただ『気』と『意』の複雑怪奇な黒の色が、原始的な直感として脳内に警笛を鳴らすからだ。

 

『──ヴィランから──』

 

「──!」

 

 そうだ、やるべきことは一つ。

 

「……始める」

 

「……?」

「星野、どした……?」

 

 異変に気づいたのは、一条だけではない。いや、厳密に言えば、出久と切島は一条の異変に気づいただけ。誰も大元の異変には気づいてはいない。

 だからこそ、一条の青い瞳が向かう先に皆の目が向かう。

 

「「「────」」」

 

 噴水の前に、ぽっかりと『穴』が開いた。

 黒々とした点。最初は小さかったものが、瞬く間に渦を巻いて空間を侵食し、宙を汚すようにドロドロと膨張。

 紫がかった、黒い霧。それが、扉が開帳されるように開き、中から──『ナニカ』が蠢く気配が来た。

 

「一かたまりになって動くなッ!!」

 

 瞬間、相澤の張り裂けんばかりの怒号が、後ろに立ち並ぶ生徒たちを縫い止めた。

 先ほどまでの気だるげな声は微塵もかけらもなく、生徒たちの前にいた13号へ手を翻す。

 

「13号!! 生徒を守れ!」

 

 首に巻いた捕縛布を瞬時に引き抜き、片方の手で目元のゴーグルを下ろして装着する相澤の姿。それは、教師でも、寝袋で仮眠をとる男でもない。

 一条が初めて目にする、相澤の『プロヒーロー』の姿だった。

 

「……お? なんだアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

 切島が怪訝そうに、しかし目を楽観的に輝かせながら階段の下を覗き込もうと一歩前に出る。

 

「……違う」

 

「──。星野……?」

 

 一条の冷たい、低く這うような声が、切島の足を止めさせた。

 一条の青い瞳は、すでに階段の影になる噴水の奥へと射止めていた。あれを知っているのだ。

 この感覚は正しい。目覚めたとき、殴り飛ばし、殴り飛ばされるのを目撃した仲間の輩に向けられた色だ。

 

「動くな!」

 

 瞬間、相澤の地を這うような怒号にも近い叱責が、好奇心に近づこうとする生徒の足を止めさせる。

 ある意味で、一条の言葉を肯定するように告げた。

 

「あれは──(ヴィラン)だ……ッ!!」

 

「「「────ッ!!」」」

 

 開け放たれた一言で、USJ内の空気が一瞬にして完全に凍りつく。いや、すでに凍りついていた空気が、温みボケしていた生徒たちの体を氷で縛った。

 テーマパークで高揚し、講話を聞いて静かに上気した息が詰まり、クラスメイトたちの顔は一気に血の気が引いていく。

 

 その間にも、黒い霧は侵食を拡大。ついにはさらに口を大きく開け、そこからウジャウジャと湧き出すように──異形のものたちが姿を現し始めた。

 指先に銃口がある者。異形系の個性を剥き出しにした者。そのどれもは、普段街中で見かける一般市民などとは明らかに違う、明確な殺意と悪意を纏った者たち。

 

 そしてその中心。霧を割って歩み出し、その姿を表したのは顔を『手』で覆い隠し、『手』で腕や胴、至る所に掴まれたような格好をした細身の男。

 その後ろには、山のような巨体を持つ、『脳髄』が剥き出しになった黒の異形の怪物。それは、言葉や意思すら感じさせない、虚無の瞳で立ち尽くし──いや、一条を見つめた。

 

 そしてその上。黒い靄の頂点が、まるで起き上がるようにもたげ、黄色の双眸をこちらに見据える。

 

「13号に……イレイザーヘッドですか……。先日いただいた教師側のカリキュラムでは、ここにオールマイトがいるはずなのですが……」

 

 低く、落ち着いた様子で辺りを観察する黒い霧は意思があるのか。それとも、黒い霧こそが本体か。

 その存在から放たれた言葉に、相澤が忌々しげに舌を打つ。

 

「やはり前のはただのマスコミ騒動じゃない……クソ共の仕業だったか」

 

  ザリッ

 

 まるで空気を引っ掻くような音が相澤の声に被せる。ガリガリと首を掻く音は、細身の男によるもの。

 

「どこだよ……。せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……。オールマイト……平和の象徴がいないなんて……」

 

 瞬間、相澤に向けられていた赤い瞳が、生徒へと向けられる。それは、まさしく血のような赤で色濃く塗りつぶされた、

 

「子供を殺せば、来るのかな……?」

 

 殺意だ。

 

 その言葉が届いた瞬間、生徒たちの間に決定的な恐怖が鎌鼬のように走り抜けた。

 これは、訓練ではない。

 試験でもない。

 これは、途方もない『悪意』だ。

 

(ヴィラン)ンン!? バカだろ!! ヒーローの学校に入り込んでくるなんて、アホすぎるぞッ!」

「先生、侵入者用センサーは!?」

 

 切島と八百万が、この白昼堂々の雄英高校関係施設への侵入に声を上げる。

 

「も、もちろんありますが……」

 

 13号が八百万の問いに短く答えるが、その声には想定外の色が滲んだ焦りがあった。

 

「ただのバカじゃねぇ」

 

 そして切島の言葉に訂正するように、一条の隣で轟が冷たい視線を階段の麓、噴水の広間で群がる敵たちに目を向ける。

 

「現れたのはここだけか学校全体か……。どっちにしろセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことできる“個性”がいるってことだ」

 

 その言葉に、皆の目が噴水広間に蠢くヴィランたちへと向かう。

 

「校舎と、離れた隔離空間。それに加え、少人数(クラス)が入る時間割に……」

 

 その結論は──、

 

「何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ。突然市街地で暴れ回る阿呆とは違う、バカだ」

 

 轟の言葉に、生徒たちの顔色がさらに青ざめる。

 用意周到な奇襲で、その上でわからない理由。

 しかし考えている暇はない。

 

「13号避難開始! 学校に連絡試せ!」

 

 単純かつ迅速に、相澤が指示を飛ばす。しかしその瞳は決して背後へは向けず、眼下のヴィランたちを見ては離さない。

 

「センサーの対策も頭にある(連中)だ、電波系の“個性”が妨害している可能性も十分あり得る。上鳴、お前も“個性”で連絡試せ」

 

「──っ、っス!」

 

 指示を投げ渡され、慌てながらにも耳元のインカムを上鳴が操作し始める。

 今でき得ることは投げた。だからこそ、相澤は一人、首に巻いた捕縛布を両手に構え、階段の縁へと一歩踏み出す。

 多勢に無勢。それを予見していた一人の生徒が、相澤を呼び止めた。

 

「先生……! 一人で戦う気ですか!?」

 

 出久だ。出久には、相澤がどのようなヒーローであるかを一条とは違い、知っていた。

 

「あの数じゃ、いくらイレイザーヘッドでも……! 先生の戦闘スタイルは、敵の個性を消してからの捕縛。正面切っての戦闘は──!」

 

「なに」

 

 出久の懸念を、階段の縁で万全を期す相澤が、

 

「──一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」

 

 

 振り返らず、ただ一言だけ残した。

 

 

「13号、任せたぞ」

 

 その言葉を落とした次の瞬間、相澤が階段を降りるどころか、ただの一つの跳躍で飛び出す。

 風を切り裂き、黒い布が虎視眈々と蠢く蛇のように宙を舞い、

 

「…………!」

 

 一瞬の躊躇もなく、数十、いや百に近いヴィランの群れの中へと孤軍のただ一人、躍り出た。

 

「…………」

 

 相澤が、大勢の人を、人を殺し得る烏合の集団相手に繰り広げる戦い。その戦いは──

 

 

* * *

 

「射撃隊! いくぞぉ!!」

 

 一人の男がヒーローの教師が自分たちに向かったことに嘲笑い、嬉々として後ろに控えた者達に号令。

 

 するとやってくるのは、髪がヘビのように伸びた女と、牛の風貌のマスクを着た男。

 

「情報じゃ13号とオールマイトだけじゃなかった? 誰よあれ!」

「知らねぇ!! だが一人で正直に突っ込んでくるとは──」

 

 直後、三者一同が自分たちのもとへ降り立つ場所へ寄せ集まり、個性を差し向ける。

 向かってくるヒーローを、空中という無防備な状態で、

 

「「「大まぬけ──ッッ!!」」」

 

 撃ち殺す絶好の的。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のはずだった。

 

「あれ? 出ね──」

 

 刹那、三人に伸びる細い布。

 巻きつき、絡めとられたかと思えば

 

「──シぃッ」

 

「「「ゴォ──!?!?」」」

 

 真上へと投げ捨てられ、絡めとられた三人。その頭部が頂点へ集まり、勢いよく激突。

 一瞬。わずか十秒もかからないうちに──三人が沈んだ。

 

 今の出来事。個性を放とうとしたにも関わらず、一体どうして三人は吸い込まれるように撃沈したのか。

 有象無象の敵が抱いた疑問は──

 

「ばかやろう!! あいつは見ただけで“個性”を消すっつぅ、『イレイザーヘッド』だ!!」

 

 悠然と立ち上がるヒーローが、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』だからだ。

 

「消すぅぅう?」

 

 一人、臆する仲間達をかき分けて出てくる男──岩石の風貌をした四つ腕の大男が拳を鳴らし、

 

「俺らみてぇな、異形型のも消してくれるのかぁあ!?」

 

 突撃。地面を鳴らしながら相澤へ向かって岩石男が拳を振り翳した。

 が、その姿はイレイザーに見られていても一向に変わることはない。

 

「いや無理だ──ッ 俺のこれは──!」

 

「ブゴ──!?」

 

「発動系や変化系に限る──ッ」

 

 視界から消えたのも束の間、懐にすでに飛び込むイレイザーが拳をめり込ませ、腕を振り抜いた。

 ついで、

 

「うぉらっ!!」

 

 背後に忍び寄る影に対し、相澤が体を翻した。直後、相澤の顔のあった場所に拳が通り過ぎたのも束の間──首元の布が伸びたや否や岩石男の足を絡め取り、

 

「お前らみたいな奴の旨みは近接戦闘で発揮されることが多い。だから──」

 

 『接近』していた敵から、着地するよりも以前に体を横軸に回転。彼の掴んだ布がピンと張ったすぐ後──引き寄せられていた岩石男が勢いよく別のヴィランへと、

 

「──その辺の対策はしてる」

 

──飛び込み、激突した。

 

 

 

* * *

 

 

 相澤の戦闘は、まるで黒い舞のようだった。

 捕縛布が縦横無尽に宙を舞い、視線で個性を封じて死角から絡め取る様は、さながら毒を持ってして相手を巻き取りにかかる黒蛇だ。

 そこに一切の無駄はなく、獲物が無力化すれば次へ、また次へと移り、的確に重い打撃を叩き込む。

 それが『イレイザーヘッド』。多勢に無勢という絶望的な状況を、彼一人の圧倒的な『実力』と『経験値』だけで戦いの均衡を保つのだ。

 

「すごい……! 多対一こそ、先生の得意分野だったんだ……!」

 

 孤軍奮闘。相澤の戦い振りを目の当たりにした出久は、思わず感嘆の声を漏らさざるを得ない。

 

 ──相澤、あんな動きできるんだ……。

 

 出久の言う通りだ。一条の目から見ても、相澤の動きには洗練された『合理性』が敷き詰まる。徒手空拳でありながら布と己の(個性)を融合した彼独自の戦いの様は、見事としか言いようがない。

 

「分析してる場合じゃない! 早く避難を!!」

 

「────」

 

 13号の切羽詰まる声が、華麗なる戦いに釘付けになっていた生徒たちの思考を足元へ引き戻す。

 

 そうだ。今は学生である身の上。今はプロに任せ、自分たちはここから即時離脱。外部へ助けを求めるのが──最優先事項。

 重ねるが、これがまだ生徒(・・)でしかない一条達にできる最善手だった。

 

 一条もクラスメイト達と共に、エントランスの出口へと向けて駆け出そうとした。

 

 だが──

 

「────っ」

 

 ピタリと止まる、一条の足。

 背中を撫でるような、いや、首筋を冷気にでも当てられたかのような異様な気配。

 それは、噴水広間で戦う相澤の方からではない。──近くだ。

 それも──、

 

「──!」

 

「させませんよ」

 

 後ろから──。

 

 低い、地の底から響くような声が、生徒たちの背後──逃げ場であったはずの大扉の前に落ち、広がる。

 一条が振り返るのと同時(・・)。間もない時に、そこには噴水広間で見たはずの『黒い霧』がどろりと空間を侵食して立ちはだかったのだ。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは……」

 

 実体を持たない黒い霧。黄色の二つ目が、細められるように歪む。

 

「平和の象徴、オールマイトに──息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

「「「────ッ!?」」」

 

 宣言。明確な、殺しの宣言。

 オールマイトを殺す。この耳が聞き間違いでなければ、確かにこの黒い霧は目の前で口にした。藁をも掴むような目的のために、彼らは来たのだと。

 

 ──どうする……ここで戦う?

 

「本来ならば、オールマイトがここにいらっしゃるハズ……ですが何か変更があったのでしょうか……?」

 

 ──けど……この力は、13号に人を助けるためにって──、

 

「まぁ、それとは関係なく……私の役目はこれ──」

 

 ──いや、やるッ。

 

 黒い霧──『黒霧』。

 黒霧がその体をさらに大きく膨張させた瞬間、一条が熟考の末に右腕を大きく翻し、顕現──

 

 するよりも早く──動くものがいた。

 

「──うラァッ!!」「オラァア──ッ!!」

 

 切島と爆豪だ。

 二人は、一瞬の躊躇いもなく容赦もなく、爆破の推進力と硬化した拳を伴って飛び込む。

 

 瞬間──爆裂音。

 爆豪の手のひらから放たれる至近からの爆破と切島の硬化した拳が放たれ、エントランスに爆煙が風靡する。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

 土煙の向こう側にいるであろう、黒霧の怯んでいるであろう姿に切島が叫ぶ。

 しかし、煙が晴れた先にあったのは、爆炎を文字通り『飲み込んだ』──、

 

「危ない、危ない……。そうでしたねぇ……」

 

 無傷の黒霧の姿だ。

 

「──んなッ」「──っ」

 

「生徒といえど、優秀な金の卵」

 

 黒霧の冷静な声には、先ほどの爆風と打撃の二段攻撃を受けたダメージを微塵も感じさせてはくれなかった。

 

「────。実体が、ない……?」

 

 黒霧を映す一条は青い瞳を瞬かせる。これでは、殴っても蹴っても手応えが全くないということ。武器を呼び出したところで、当たるかなんて確証が取れない。

 自分の力が最も通じないタイプの敵。通じない──ハズ。

 

 ──じゃあ、今なんで『危ない』って言ったの。

 

 その瞬間、

 

「ダメだ……ッ。どきなさい二人とも──」

 

「──私の役目は」

 

 13号よりも先に、黒霧が爆発的に膨張し、

 

「あなたたちを散らして──嬲り殺すッ」

 

 巨大なドーム状となって、一条を、ひいては生徒全員を包み込もうと襲いかかってきた。

 上下左右。死角という死角。ありとあらゆる方向からの黒の包囲の環。

 

「みんな、離れろ!!」

「うわああああっ!!」

 

 悲鳴が上がり、目の前が完全に黒と紫に覆い被さり、塗りつぶされていく。

 自分の立つ場所がわからなくなる。

 みんなが見えなくなる。

 

 ──捕まっちゃう……っ

 

「──っ! 出久、切島──」

 

 一条は咄嗟に、隣にいた出久と、我先に爆豪と共に黒霧に相対した切島を顧みた。だが、──いない。

 いや、一人ずついなくなって──

 

 ──……っ!

 

 転移。

 霧の展開速度は、一条が動き出せば一条のほうが勝る。だが、それはあくまで同時であったときだ。

 咄嗟の反射神経があろうとも、動き自体の発生タイミングが遅ければ、先に動いたたほうが完全に有利なのは致命の理。

 

 刹那、足元がフワリと浮き上がる感覚。

 空間が歪み、上下の感覚が不明瞭になる。これが、ヴィランの大群が現れるゲート──転移の個性。

 この霧に飲み込まれれば、どこに飛ばされるかわからない。

 

「ッ……」

 

 咄嗟に手を伸ばすにも、指先は誰の服の裾も、髪でさえも捉えることはできなかった。

 

 視界を埋め尽くす黒と紫の靄。渦を巻く霧。煙のように軽いにも関わらず、泥のように体をまとわり絡みつき、抗う間もなく一条の五体を、

 

「みん────」

 

 飲み込んだ──。

 

 

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