青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第二十一話 『本来の力【中編 2/2】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無音。

 先ほどまで、騒がしく耳を打っていた怒号も、悲鳴も、爆発音もない。ましてや鼓膜を擦るような風切り音も。

 何もかもが、電源を落とされたかのように途絶える。

 

 ──どこ、なの。

 

 上下、右左。感覚が度重なる変化に耐えきれなくなり投げ出したかのように消失。

 そして次の瞬間胃が浮き上がるような浮遊感が────胃の浮き上がるような『浮遊感』。

 

「…………っ」

 

 ──落ちてる。

 

 落ちていた。

 自覚した途端、視界が明るみから暗みの世界を受け入れ始め、一条は今、宙に体を投げ出していたことを知覚した。

 瞬間、無意識下で維持していた体勢がバラバラとなり、頭が足元に。足が頭元。

 上下逆さまに。

 

「…………」

 

 落

  ち

   る

    ─

     ─

 

「…………」

 

 近

  づ

   く

    ─

     ─

 

「…………」

 

 地

  面

   が

    ─

     ─

 

「────」

 

 一条はそのまま直行。落下の軌道に変更はない。

 

 顔を上げる。

 地面が迫る。

 この一瞬は、逃せば命はない。からこそ、一条は両足を引き寄せぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるグルグルぐるグル──回転。

 上下が今、一度ならず何度もシャッフル。

 

「んっ」

 

 直後、足を伸ばし、薄い腹におさまった臓物が浮き上がるのを知覚するよりも前に──

 

 ── ────ッッ!!

 

 ブーツの金属フレームが硬いコンクリートを叩き、鋭い音を立てて──着地した。足、膝、腰、背中、頭と、衝撃が突き抜けるも、屈んで膝をついて。

 程なくして、顔を上げる。

 

「…………」 

 

 ──ここ、どこ……?

 

 辺りを見渡すたびに、暗闇に溶け込んだ一条の黒い髪が静かに揺らめく。

 

 ──とりあえず……

 

 右腕を真上に伸ばした。その瞬間──閉鎖空間に甲高い共振音が響き始める。一条の体から。

 ついで、青い光が眩く照らし始めて、

 

 

   ── ★Rock Cannon ──

 

 

 一条の体から渦を描き、それぞれ一つの部品が生まれ出る。繰り返し繰り返し、やがて幾重にも重なったブロック状の部品が螺旋を巻いて──右腕に集結した。 

 

「うん……やっぱり、これがいい」

 

 瞬き一つの瞬間に、右腕に出現した★Rock Cannonを肩に担ぎ、頷く一条は辺りを見渡す。

 

 ここは、先ほどまでいたUSJのエントランスとは全く異なる場所だ。さっきのが、世界観が入り混じった混沌とした世界とするなら、ここはその中の一つの空間。

 陽光を遮断する分厚いコンクリートの天井。剥き出しの鉄骨が複雑に絡み合い、崩落した瓦礫の山が道を塞ぐ。

 

「…………。っ、────」

 

 ──水溜まり……。

 

 背後の音に振り向けば、そこには水溜まり。一つ、また一つと水滴が落ち、閑散とした現在地に不気味な音が奏でられる。

 

 空気はどうだろう。

 

 ──…………、ひんやりしてる。

 

 鼻に通せば、ひんやりとした空気が鼻腔を触り、ホコリとカビの混じった空気。

 

 地下鉄の跡地、あるいは、大規模な地下街のような場所だ。

 つまりここは、あらゆる災害を想定した模擬地域の一つ。

 

 ──地下……災害ゾーン?

 

 

   ── USJ 地下災害ゾーン【推定】 ──

 

 

 薄暗い非常灯の黄色い光だけが、迷路のように入り組んだ通路を辛うじて照らす場所。

 他に誰かいないものか。しかし、現在一条は孤立した状態で、迂闊に声を出せば返って(ヴィラン)に居場所を教えるようなもの。

 相澤の相手するような有象無象なら、目覚めた当初と同じように薙倒せるだろうが。

 

 ──あの大きい人……。

 

 大男。

 噴水広間で相澤が有象無象を蹴散らす中、手だらけ男の横に静かに控えていた──あの黒い大男。

 見ただけでわかる、他のヴィランとは異彩を放つ外見。肌で感じたのが不気味な空虚さ、もしくは生きているにも関わらず微動だにしない無機物さ。

 あれは、強い。ここにもいたとして、倒せるのだろうか。

 いや──

 

「…………、戦う」

 

 それしか道はない。

 からこそ、一条はひとまず歩みを進める。

 

「…………」

 

 現状の確認として、ここにクラスメイトはいない。そして、自分と同じように、ここではない別のエリアに飛ばされている可能性が高い。

 黒い霧に飲み込まれた際、次々と悲鳴が消えていったことからも、空間ごと分断されたのは明確。誰もいない。

 出久も、切島も、飯田も、麗日も、そして今もなお戦っているであろう相澤も。

 

「…………」

 

 たった一人。

 この広大で暗い地下空間に放り出された。

 

 現状確認は済んだ。続いては目標。考えるまでもなく、やるべきことはシンプル極まりないものだ。

 

 ──外に上がる。そのあと、みんなと合流する。

 

 落ちてきた分、上を目指してこの地下を抜け出せばいい。

 と、一つ階段を上がり切った時だった。

 

「────」

 

 人がいた──。けれどわからない。

 詳細な外見が、蛍光灯に照らされてシルエットになるせいだ。わかることは細身の上に長身。そして、頭に三角帽子(・・・・)のような何かを被っている女であることのみ。

 

 誰なのか。いや、この際誰かなんてどうだっていい。

 

 ──知らない人。だから警戒対象。

 

「…………」

 

 敵ではない。少なくとも、自分を見て気づいてはいるはずなのに襲い掛かってはこないから。

 けれど右手に宿る力を増させ、警戒を保ったままそのシルエットへ近づこうとした。

 その矢先──

 

「────」

 

「ぁ」

 

 後ろへと顧みたと思えば、そのままどこかへと走っていくではないか。

 くるりと綺麗に背を向けて、迷路のような地下通路の奥へと。これからわかるに、その『知らない人』は、逃げた。

 

 ──追いかけよう。

 

 追う。向こうが足を殺すのなら、こちらも足音を殺し、適度な距離を保ちながら影の行先に。

 だが、

 

「…………。────? あれ……」

 

 角を曲がった先に、確かに女の姿はあるはずだった。

 けれど二つほど角を曲がった先にあったのは──行き止まりのコンクリートの壁。まるで影に溶け込んだかのように、綺麗さっぱり女の姿がなくなっているのだ。

 

 ──まさか、壁に……?

 

 “個性”。

 そう結論づけるのは容易い。まさかここを作る上で不慮の事故で死亡した幽霊が出たわけでもあるまい。

 一条は、一応女の向かった場所であろう壁を空いた左手で触り、軽く叩いてみるも、返ってくるのは硬い感触。隠し通路があるわけでもない。

 

 ──やっぱり、壁。壁に化けたわけでも……

 

 そう思考がよぎるや否や──

 

   ── ★Black Blade ──

 

「──ッ」

 

 左腕から勢いよく飛び出す黒剣。柄を取った次の瞬間、切り付ける。

 硬かった。

 

 ──違う。無駄なことしたし、傷つけちゃった。

 

「ごめんね」

 

 斜めに削られた壁に手を当て、黒剣を瞬く間に腕に引き込ませ納「っふふ」刀──

 

「──!?」

 

 視界を百八十度勢いよく回す。

 

 背後。

 唐突に、何かが堪えきれずに笑いを噛み殺すような息が聞こえたからだ。

 

 即座に振り返った先には誰もいない。いや、いた。

 

「────」

 

 自分が先ほどまで通ったところとはまた逆方向。暗い通路のさらに奥、曲がり角の影から、視線があったと思えばひらりと黒と紫の裾が翻った。音もなく。

 そしてまた、

 

 ──逃げちゃう。追わないと。

 

 使命感に駆られ、一条は行き止まりの道から脱する。

 黒の獲物を未だ背負うように右腕を頭に回しながら──走る。

 走って、歩いて、あたりを見渡し、影があればまたそれを追って進む。階段を駆け上がる。

 その階段とは

 

 

   ── USJ 地下災害ゾーン【推定】 非常階段 ──

 

 

 避難経路として、視認性を確保するために中央が吹き抜けとなっている非常階段。だからこそ見上げれば、見えるのだ。

 

「────」

「────」

 

 黒い影と、目と目が合う。紫の目と、あった気がした。

 

 その束の間、女は顔を引き込んで階段を登っていくも、その一挙手一投足にはまるで一つの音も感じられない。

 相手の息遣いが聞こえない。それどころか、自分の足音や息遣いが敵に見られているのではないかと思えば思うほど、神経が過敏に働く。

 また、自分が生み出す音がうるさく思えてくる。

 

 そういえば、

 

 ──……なんで私、あの人を追いかけてるの……?

 

 なんであの影を追うのか、自分でもわからなくなってきた。

 

「────。……ぁ」

 

 階段をぐるぐると駆け上がれば上がるほど、思考をシェイクされたかのように謎がめいてくる。

 そうすれば、いつの間にか非常階段の行き止まり──瓦礫が積もって通れない場所にたどり着いてしまった。

 

 ──どかす、ことはできない。無理に動かせば、崩れてしまう……。

 

 鉄筋が顕になったコンクリートの瓦礫に手を伸ばし確かめるも、軽い力ではびくともしない。

 互いの瓦礫が瓦礫同士を支え合い、干渉しあっている。むしろこの状態で保たれているのが奇跡といえよう。

 生き埋めにはなりたくない。

 

「…………はぁ」

 

 ──しっかりしないと……。

 

 無駄だった。せっかく、なんて烏滸がましいことは言わないけれど、こうして上に登ったのに行き止まりでは、徒労という二文字が肩にのしかかってくる。

 

 肩を落とし、一条は黒い手袋で覆われた両手。その左手を瓦礫から離して、腰のポーチに払うように叩きつける。

 手についた粉を落としたところで、残るルートはバックトラッキング(引き返す)しかない。

 

  カツンッ……カツンッ……

 

 つま先とヒールの金属フレームが階段を降りるたびに一定のリズムを叩き、響き渡らせる。

 自分の体重の重さをカバーするためのアンカーの役割がこの踵とつま先のそれ。こういった音を出してしまうのは、隠密には向かなすぎる。

 今や★Rock Cannonがあるからこそ、この必要性を疑わざるを得ない。

 

 ──違う。今はそんなこと考えてる場合じゃないっ。

 

「みんなのとこに……」

 

 当初の目的を思い出せ。

 

「──戻らないと……」

 

 あの人影は、別に気にしなくていい。

 気に留めないようにしたから、足元に向いていた一条の青い瞳。何か、胸の中がひどくざわつくのを見せたくなくて、足場を確保するのとはまた別に無意識で「っふふ」下を見ていた──。

 

「──!」

 

 瞳が持ち上がる。

 確か中継出口があるはずだったから、そこから出て別の非常階段に移ろうとした。けれど、あの踊り場から出口に歩く影が──あった。

 

 瞬間、一条の足が逸って、その影に追い縋ろうとした。

 なぜなのか、警戒しなくてはならない対象であるはずなのに、咄嗟に手を伸ばしてしまう。

 

 ── ────っ

 

「なんなの……」

 

 疑問を胸に抱き止めたはずなのに、するりと抜け落ちて口から漏れ出る。けれど、自分の喉から、口から出てくる声は平坦で、至って平静だった。

 

 逃げていく、影。走っていても、一向に距離が詰められない。距離が詰められないというより、一定で保たれている、ような気がする。

 

 思い返せば、最初は追っていたはずだ。それも一定の距離を保って、見失わないようにと。

 けれど今、こうして三角帽子の女との距離はどうだ。無意識で距離を一定に保つなんて、一条はそれほどできた子でも、お利口なわけでもない。

 むしろ、

 

 ──誘われてる……?

 

「──っふ」

 

「────ぁ」

 

 見解がよぎったのも束の間、影が突然進路を変えて曲がり角を左折。

 

 ──今度は逃がさない……ッ

 

 左に倣うように、曲がり角に差し掛かった瞬間、一条は空の左手を壁に食い込ませ急速旋回。コーナーで差を詰め、一気に距離を積めにかかった。

 

 刹那、

 

「──じゃぁね」

 

 振り返ったと思えば、手を振りながら女が横の壁へと吸い込まれて──消えた。

 

「待って!」

 

 一条も同じように、おそらく隠し通路があるのだろうと決め込み、巨砲を地面に突き立てたのと同時に旋回。女のいった先へ。

 つまりは壁へと向かい────視界が急転。

 

「──あぅっ」

 

 鈍い音とともに情けない声が漏れ、脳が揺れる感覚とともにどすんと座り込んでしまった。

 

「……っ、なんで……?」

 

 ★Rock Cannonが倒れ込み、地面を盛大に砕く音が閑散とした地下災害ゾーンを木霊す。

 しかし、残響には気に求めず一条は思わず首を傾げてしまう。

 

 影が通り抜けるのだから通り抜けられると思い直行したら、なぜか壁に激突してしまった一条。

 額を擦りながら、温度を感じさせない面持ちの一条が呆然と見上げれば、放射状に若干の日々が入った壁。

 

 ただの壁。なんの変哲もない、ただの壁である。

 

 ──いったい……

 

「…………ぅ」

 

 よっこらせと一条は立ち上がり、尻についた埃をサッと払う。

 

 どういうわけか知らないが、これだけは理解した。ここには──得体の知れない何かがいるということ。

 解釈を胸に抱き、一つ、これが幻覚ではないことを確かめたのなら、床に転がった巨砲を持ち上げるだけ。

 

「…………」

 

 さしもこの★Rock Cannon、重さにして解目(ときめ)(けん)300(・・・)キロと口にしていた。だから、手を離してしまえば床が砕けるのも無理はない。

 

 ──落とさないようにしないと。

 

 持ち手に手を伸ばし持ち上げ、床のタイルがパラパラと「っふふ」滑り落ちる──。

 

「────」

 

 また、あの押し殺したような笑い声。

 横、自分が今さっき曲がった曲がり角へと顔を向かせれば、やはりシルエットがいた。

 

「──こっちよ?」

 

 まるで誘うように口元に指を滑らせる女は、悠々と、歩き去ろうとする。

 それをみすみす逃すほど、一条はまだ堪えてはいない。

 

 また走って追いかけるチェイスが始まる。一向に距離のつまらない、まさに押しても引いてもびくともしない扉のようだ。とはいえ、横にスライドするドアとはまた違い、これは何かカギめいたようなものを必要としている。

 その鍵とは──

 

「──あともう少しよ?」

 

 やはり、この女の向かう道を辿る、ということ。

 だが、その進路は別に自分を翻弄したいというわけでもないらしい。ヴィランなら、そもそも一条を地上には戻したくないはずなのに、この女は壊れたエスカレーターや階段を『上る』のだ。

 つまり、地上に近づいているのだ。それも、かなり早く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──?

 

 

 そういえば、だ。

 あの黒い霧。仮にあの男を『黒霧』と呼称したとして、彼はみんなを散り散りに転移させようとした時に、何を言っていたであろうか。

 

『あなたたちを散らして──嬲り殺すッ』

 

 そうだ、確かにあの時、そう言っていた。

 けれど、自分は今こうやって、少なからずではなく着実に上へ上へと登っているのと同時に、ここまで──(ヴィラン)と呼ぶべき人間に遭遇し、戦闘を開始していない。

 

「…………」

 

「──。…………。────」

 

 ないに越したことはない。謎の女の追跡に専念できるし、なおかつ地上への脱出も同時にできるのだから。

 一条も気になりはする。他のみんなは、いったいどうしている「ひ、いぃっ……!」────

 

 また、思考に横入りしてくる声。

 しかし、いつもと毛色の違う声だった。がなるような──男の悲鳴。

 それは、階段の奥。おそらくは

 

 ついで、グシャリという音ともに、悲鳴は湿った破裂音に変わる。

 

「────ふふっ、感謝してよね?」

 

「────っ」

 

 唐突に背中を向けて階段を上がる女が意味不明(・・・・)なことを口にする。

 いい加減早く先に進みたくなる。

 

 ならば、

 

 ──跳ぶッ

 

 膝を屈んだのと同時に、一息に足を伸ばす。

 瞬間、一条の体が三百キロの巨砲を引き連れて──跳躍。

 階段を一つから二つにとどまらず十段以上も飛び上がり、今、女に触れようとして──

 

「え」

 

 一条の口元から短く声が出る。ようやく掴み、あっけなく組み伏せられたから、

 

 

 

 

 

 

 

 ではない。

 

 刹那、完全に捉えたはずの左手が虚空を切ったのだ。

 それは唐突に、右の壁へとのめり込み、そのまま引き摺り込まれるように、走る姿のまま女の姿が消えたからだ。

 

「────」

 

 行き先はわかった。この扉を抜けた先に、何かがある。

 

 確信めいたものを胸に渦巻かせる一条は、跳躍の勢いを緩むことなく邁進。そしてついに、

 

「──やぁッ!」

 

 扉を容易く蹴破り、『外』へと出た。

 そう、外だ。今すぐに相澤やクラスのみんなと合流しなければならない。

 

 ならないのに、

 

「なんなんだよ……ッ なんなんだよお前!!」

 

 喉の奥から避けんばかりに絶叫する声。これは一条のものではない。

 

 一条がたどり着いた場所は、USJとは思えないほど閑散とした市街地だ。いや、違う──ここが、

 

   ── 『USJ 地下災害ゾーン【表層部】』 ──

 

 いや、今気にかけることは、この悲鳴の出どころ。一条は『TAXI』と書かれた黄色の車を横切って、崩壊した街路を独り走る。

 日本とはまた別の街の風景。黄色のタクシーがあったことから、ここはアメリカン設定の街並みである。何棟もの煉瓦造りのビルが建つ。

 

 もちろん閉鎖空間のため、明かりを本来はつけるはずだ。しかし、今はまるで空気が澱んだ曇り空のように薄暗く、硝煙のような匂いさえ感じる。

 するとまた、

 

「みんなっ、みんな消えちまった……! お前なんなんだよッ!!」

 

「なんでもいいじゃない」

 

 今度は男とは別の、女の声が答える。加えその声は、自分が今まで追っていた女と同じ色をして、男と対峙している。

 

 次の瞬間──、

 

「ぐあッ!? …………っく、ぐう……っ、なんでだよ、いい思いできると思ってたのに、こんなのありかよ」

 

 男が、一条の走る街路交差点に現れた。何者かに吹き飛ばされ、タクシーにもたれるような形で。

 多分だが、あれがここに配備された有象無象ヴィランの中の一味だろう。まだ遠くてわからないものの、ひどく怯えた様子だ。

 

「そこの人──」

 

 誰、と聞こうとした。

 出なかったのは、

 

「やめ、が……あ、あああああアアアアアアア────ッッッ!!!!!」

 

 絶叫。それは男の喉が裂けるかと思うほどのこの世の終わりのような悲鳴だった。

 次の瞬間、一条の走る街路。崩壊した煉瓦造りのビルの谷間、交差点の真ん中で、突如として飛来した黒い影(・・・)が男目掛けて一直線に激突。

 

「────」

 

 ガラスが砕け散る乾いた音。タクシーをも巻き込む物体は、男の正中線を捉えて深々と突き刺さり、噴水のように赤い水を噴出させた。

 

「────」

 

 一条は、走っていた足を緩め、視線の先の『死』を、青い瞳に映し込んだ。

 血。もうこぼれ落ちたのか勢いは衰え、突き刺さった物体を呼ぼすことはなくなる。

 突き刺さったもの。それは鎌のような返しのついた──大斧だ。

 

 その傍。

 

「…………。ぁ」

 

 影が、蠢いた。

 薄暗い、曇り空のような表層部エリアの灯りを吸い込むようにして、女が気ままに足を一歩一歩前に出して、死体の前に立った。

 見下ろすように立つのは、一条を誘っていた、三角帽子の()女。 

 

 男ごと斬り裂き、タクシーくの字に変形させた大斧。それを手に取った次の瞬間、

 

「な──っ」

 

 斬り裂かれ、街路を真っ赤に染め上げていたはずのヴィランの肉体と血痕が、突如としてテレビのノイズのようにブレ始めた。かと思えば、瞬く間に光の粒子となって分解されたのだ。

 そして、その粒子はすべて、

 

「…………おぇっ、やっぱりまずいわ。ろくに良い思いもできない、可哀想な生き物ね」

 

 女の身体へと吸い込まれ、完全に『消化・吸収』されてしまった。

 あとに残ったのは、血の一滴すら落ちていない、形以外は綺麗なタクシーの黄色と、アスファルトだけ。

 

 ──食べた……?

 

 ヴィランが、ヴィランを。

 共食い。いや、あれはもっとシステム的な、不要なバグを処理するような無機質さ。

 その時、女がふらりとまたどこかへ歩き出す。

 

 ──あれは、なに。

 

 一条は気配を殺し、後を追って女の進んだ場所へと足を踏み入れる。

 だが。

 

 ──いない。

 

 少し広くなったそこには、瓦礫と崩れたビルが横たわっているだけで、紫色の女の姿はどこにもなかった。索敵のために一条が青い瞳を巡らせた、その時。

 

「ハァイ」

 

「──ッ!」

 

 真後ろ。耳元で鼓膜を直接撫でるような声。

 一条は反射的に首を巡らせ、右腕を振り抜く。だが、そこには誰もいない。空を切っただけだ。

 

「ブエナスタールデェスっ」

 

 今度は、

 

「こーんにーちわっ」

 

 ──上。

 

 一条が視線を跳ね上げると、そこには倒壊したビルの隙間、崩れかけた壁を散歩のように歩く、大斧を持たない紫の女の姿があった。

 紫の瞳が三日月のように細められ、一条を横目にねっとりと見下ろしている。

 

 目が合った。その瞬間──、

 

「────」

 

 女の姿が、掻き消えて──

 

「まあっ、かわいい」

 

 視界が切り替わるよりも早く、一条の眼前に自分より長身の紫が迫る。距離にして、ゼロ(・・)

 一条が目を瞬くその隙すら与えず、紫女の顔が一条の顔に密着する。

 

 そして──

 

「ケ・ブエナ・ピンタ」

 

  ぬちゃり……

 

 生温かい、ひどく異質な感触。

 それは、女の濡れた舌だ。舌が見開かれたままの一条の『青い瞳』を、直接、舐め上げたのだ。

 

「────」

 

「ホワイトでも、まだホワイトじゃない。ふふっ──グレイなのね、あなた」

 

 目と耳元。

 瞬間、身の毛もよだつ、背筋に定規でもいれられたかのように、身震いが押し寄せ、

 

「──っ」

 

 一条は体が、理屈も何もかもをかなぐり捨てて、ただ少しでも離れようとその場から弾け避け──★Rock Cannonを差し向けた。

 

「あなたは誰なの。──敵なの」

 

「「さぁて、どうかしらぁ」」

 

「────」

 

 瞬間、背後にも同種の声が響き、後ろを顧みた。

 

 そこには、同じ顔をした女がいて──

 

「なっ──」

 

 一条が振り向き、黒の巨砲で弾き飛ばすよりも、もう一人の『紫女』に突き飛ばされる方が早い。

 自分の体を、黒い大得物を持つ自分を易々と押し除ける女。バランスが崩れ、咄嗟に立て直すも、

 

「はぁい、捕まえた」

 

「ん、ぅう!?」

 

 さっき目を舐めた『紫女』が視界に割り込んだ途端、一条のか細い首を異形の手で容易く掴み──持ち上げた。

 

「ぁッ……ぐ、ぅぁ……!」

 

「少しの間、ジッとしていなさい? すぐに意識が、遠のいていくわよ?」

 

 足をばたつかせても、届かない。空いた左手で自分を易々と持ち上げる『紫女』の右腕を握りしめても、びくともしない。いや──力が入らない。

 

 ──このままじゃ……ッ

 

 病院の血圧計とは訳が違った。測る気も緩める気もない、女の冷たいクローの感触が首の太い管を潰してかかる。

 

「ほぅら──気持ちいいでしょう?」

 

 喉笛を真っ向から潰される衝撃が、さらに脳を白く塗りつぶす。

 

 なにも、見えなくなって、くる。

 焦点を結ぼうとした矢先に、世界が歪に歪んで、肺が酸素を求めてひきつけを起こしても、喉を固める枷はびくとも、しない。

 

 ドクン、ドクン。

 

 自分の鼓膜を叩く心音だけが、異常に大きく、速くなって、身体中のモノが空気を欲して暴れ回る。

 やがて、あんなに熱く焼けるようだった痛みが、遠のいて──

 

 ──ま、だ……っ。

 

 冷たい沈黙が押し寄せる寸前。一条は右腕の黒の存在を『紫女』に向けたのと同時、銃口に自分の体に巡る別の何かを押し流して──、

 

「──ンゥッッ」

 

 放った──。

 瞬間、爆裂音と同時に、首にかかった拘束が解かれ、一条は大きく息を吸い込んで大急ぎで体内に空気を循環。

 渇望した新たな酸素と、首元で詰まった血液が脳を再び潤していって、思考が晴れる。

 

「けほっ、……はぁっ、あの人は──」

 

「──あーら、ざぁんねん」

 

 爆煙が巻き起こる先──ではなく、真横。少し離れた自分の横に、女が平然と立ってクローをいじっているのを目撃した。

 いつの間にか、もう一人の『紫女』もいない。

 

「!?」

 

「大丈夫よ? まだ(・・)殺さないから、安心してね? だって、あなたが例のホワイトなら、私が殺されちゃうもの」

 

「ホワイトってなに。あなたはなんなの」

 

 一条の低く、どこか底冷えのするような問いかけ。しかし目の前の紫女は紫の瞳をより一層細め、くすくすと肩を揺らして笑うだけだ。

 

「さぁ? なんでしょう。それを知るなら、あなたはもう少しやって(・・・)みなくちゃいけないわ。……でも、今の良かったわねぇ」

 

 紫女が視線を向けた先。

 一条は彼女から恐る恐る、わずかながらに目を向けると、そこにはアスファルトを抉り取った痕跡。すなわち、一条が放った一撃の戦痕だ。

 無反動で放たれたにも関わらず、一条の足元から戦場に広がる破壊の痕跡。これが、漆黒の巨峰が持つ『本来の力』。その一端。

 

 だが、紫女には何一つ傷もついていない。一条がトリガーを引くその刹那の間に、彼女はすでに射線上から脱したのだ。

 

「…………。やっぱりあんまりね。こんな扱いじゃ、あの子も浮かばれないわ」

 

 ──また、知らないことばかり……。

 

 眉をひそめて、露骨に肩をすくめる『紫女』。

 

 知らないことばかりで、一条はわずかに右手に握られた巨砲の持ち手を握りしめる。

 『ホワイト』に続き『あの子』も、この紫女が『何人』いるのかも。どうしてそれほどまでに強いのか。なぜ人を殺し、なぜ食らったのかも。

 何もかも知らない。

 

 いや──一つだけ、わかったものがある。

 

「……答えなくてもいい。今、わかったから──私」

 

「ふぅん」

 

 それは、頬にクローめいた異形の手を置いてほくそ笑むこの『紫女』が、

 

「あなたは──私の敵」

 

 瞬間──、

 

   ── ★Black Blade ──

 

 開いた左手から柄を引き抜くようにして、黒剣を顕現──差し向けた。凍りついた夜を切り取ったかのような滑らかな切先が、紫女へ突きつけられる。

 ★Rock Cannonの銃口は下に向けたままにして。

 

「ふふっ、勇ましいことっ。────」

 

 不意に紫女が、何もない虚空へ右手を差し伸べる。

 すると、彼女の右腕にノイズが走り出して、

 

「あなたがその気を見せてくれるなら限りなーく────死に近づいてもらうわ」

 

 今しがたたのヴィランを両断した身の丈を超えるほどの巨大な大斧が、実体化。地面にぶつかる寸前に止めてみせれば、周囲の粉塵はまるで道を開けるように避けていく。

 それほどの重量を物語るモノ──。

 

 その大斧を後ろにして両腕で体を挟み、両手で得物を掴む構えは、

 

「さぁ──踊りましょう? グレイ」

 

 静寂なる断頭の構えだった──。

 

 

 

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