青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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皆様、大変お待たせいたしました! そしてただいま戻ってまいりました!
それでは『体育祭編』。第二十五話、お楽しみください!


第二十五話 『こうして戻ってきた』

 

 

 

 

 

 青。

 

 気づいた時には、世界は青で広がっていた。

 いや、青というには、薄い。

 

 ──これは、何なんだろう。

 

 妙な既視感が襲いかかってくる。何か、どこかで見たような気がする──青の色をしているのだ。妙に白味がかった、青色。奥にいくにつれて、その色は深く沈んでいって、やがて青は暗くなっていく。

 

 ──近、い……?

 

 釈然としない。ここはどこなのだと考えても、何も得られることはない。ただ、やはり妙な既視感があるのだ。

 

 すると、変化が訪れる。

 

 引く。たったこのイメージで、目に映ったものが変わったのだ。

 

 次第に紺色だった色彩が、次第に淡くなっていき、だんだんと視界の端に現れては収束していく。

 白い輪が、一つ。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 白の輪っかが小さくなり、中央で燻るたびにだんだんと淡くなっていく青色の色。

 その光輪が一際太く寄せあつまり、気づけば一点の丸に固定される。

 

 その周りには一つ、二つと、青い領域を囲むようになる。

 

 そして気づく。

 

 ──これって、目……?

 

 目の前にある景色が、青色をした虹彩で、瞳なのだと。誰かの青い目なのだと気づいた、その瞬間、風が吹いて黒い何かが割って入ったとき、

 

「────」

「────」

 

 黒い何かが髪、顔があったのだと自覚した。自分と同じ顔した自分(・・)と、今の今までずっと目を合わせていたのだと気づいた。

 

 

   ── ここには何もない ──

 

 

 これは、鏡なのだろうか。けれど、どこか違うような気もする。

 鏡に映る自分と同じように、目の前にいる自分(・・)もまた同じく無表情を湛えている。

 

 

   ── 白と黒 市松模様の廃れた大地 ──

 

 

 けど、鏡にある自分と面対称なものと異なり、目の前に同じように立って目を離そうともしない存在は、確かにそこにいる気がした。

 次第に──、

 

「────」

 

 自分(・・)と自分との間に生まれた距離が再び狭くなっていくのと同時に、

 

 ── …………。

 

 左目に宿る青い炎は強まっていって──

 

 

 ──

 

 

 ────

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 最初に聞こえたのは、無機質な電子音だ。耳が感覚を取り戻してきて、真っ白な頭の中に一定のリズムを刻む。

 それが何を意味するのか、あのときはわからなかった。けれど、今はわかる。

 

   ── 心音 ──

 

 匂いがする。

 けれど、鼻腔を直にくすぐることはなく、薄い布に阻まれているようなもどかしさがあった。

 胸は上下する。上下するたび、浅い呼吸を繰り返していた反動かわずか引き攣り、小さく弾んだような吐息が混じった。

 

 次に追いついてくるのは、背中だ。背中に感じる、ふわふわと体を包む、まるで浮いているような感覚。これは──ベッドだ。

 

 ──寝て、た……?

 

 寝ていたのはわかる。けれどあのとき、ついさっきまでいたはずの、自分は一体何なんだろうか。

 けれど、不思議なことに。

 

 ──…………。あれ……。

 

 考えれば考えるほど、その像が薄くぼやけていって、次第にそんな人がいたのかさえわからなくなってくる。

 

 わからない。

 

 わからないなら、それでもいい。

 

 今わかるものをわかるつもりだ。

 

 ──ここ、どこ……。

 

 まずは自分のいる場所。

 

 ゆっくりと、重い瞼を持ち上げた。

 けれど、いつまで経っても眩いだろう明かりはやってこない。あるのは、曇りガラスで隔たれたような、直視しても煩わしさの感じない白だけ。

 

「……、ぁれ。────」

 

 あとさっきから変だ。ものすごく喋りづらいし、出したはずの声が曇って聞こえる。

 それと──動きづらい。

 

 まるで、全身を縛り上げられているような感覚。ぐるぐると執拗に巻き固められていて、動きづらい。

 

 一体これは──

 

「────」

 

 ミイラ。ぐるぐる巻きの、ミイラ(・・・)だ。

 エジプトのピラミッドの中に安置されているという、布で全身を覆われた遺体。テレビで見たことがあるそれに、今の自分は酷似。いや、手と足の自由が取りにくいだけで、四肢が動かせること以外は酷似どころの話ではない。

 

「もぁ……もぁ……」

 

 口を動かしても、そもそも口元にも布が巻かれているから声がこもって出しにくい。

 指先を動かそうとすれば、薄い層が何十にも巻かれているからか抵抗してくる。特に腹部にかけては、まるで硬い何かにでも押さえつけられているかのようにガチガチに固定。

 いったいなぜ。

 

「…………」

 

 ──どうして……。

 

 今一度、思考を巡らせる。忘れかける()は一旦捨て置き、過去へと。

 

   ── USJ ──

 

   ── ヒーローとは何か ──

 

   ── たくさんのヴィラン ──

 

   ── 黒い霧と散り散りになったクラスメイト ──

 

   ── ミー ──

 

   ── 裂かれ、体の中身を失った自分 ──

 

「────」

 

 そうだ。それだ。

 USJでの一幕。激闘の末に負けて、切り裂かれた。

 裂かれ、そして勝ち。自分は、一条は今ここにいる。だが、その後の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。

 必死に、必死に呼吸して、そのあとは何も無くなった。

 

 しかし確かなのは、今自分は『生きている』という事実。たったのそれだけ。

 

「ん……ぅ……」

 

 不意に、すぐ傍で物音がした。

 ベッドの脇。一条は、自分の右手がわずかに違う感触が重なっていることに気づいた。

 視線をわずかにいるであろう場所に下げても、見えるものは白いだけ。包帯が視界を遮ってくる。

 

 けれど、伝わってくる確かな感触があった。

 柔らかくて、どこか温いような、苦くない温もり。

 

「……スゥ……、……いっ、ちゃん……」

 

「…………」

 

 ── ……ミッドナイト。

 

 布越しの耳に届いたくぐもった音は、わずかに声を漏らすミッドナイトの声だった。声の様子からしてベッドの縁に突っ伏し、そのまま眠り込んでしまっているらしい。一条の右手を、手で包み込んだまま。

 

「…………」

 

 ──起きよう……。

 

 一条は、ぐるぐるまきにされた腕を少しだけ動かそうと試みた。

 ギチギチとした感覚が右腕を締め付けるが、それでも指先、手、腕と伝播していって、やがてミッドナイトの手が離れる。

 と思った矢先──、

 

「ん……、ぅ……」

 

 そのわずかな動きが、ミッドナイト──プロヒーローの浅い眠りを覚ますには十分な微動だった。

 

 ゆっくりと顔をあげるミッドナイト。黒い髪は乱れ、目元には隈ができ、赤縁のメガネはどこへやらと言った具合。

 いつもの艶やかな大人の余裕なんてなくて、ただ疲れ切った一人の女性が、一条のベッドにもたれかける。

 

 ぼんやりとしたミッドナイト。目の縁を人差し指で擦ると、一条の顔へと向かう。正確には、目と口だけがわずかに開いた、包帯の塊へと。

 

「────」

「────」

 

「…………」「…………」

 

 

 数秒の、完全な静寂。

 が、のちに来たる外の鳥の囀りと同時に、ミッドナイトの目が限界まで見開かれた。

 

「い、……いっちゃん……?」

 

 何の確証もない。

 だが、何か異変に気づいたミッドナイトは、ベッドの上で静かに眠っているはずの一条に声をかけた。

 

「…………」

 

 返答はなかった。

 その事実に、ミッドナイトは肩を落とし──

 

「おはよう」

 

「──っ!」

 

 今、確かに一条は挨拶を返した。

 くぐもってはいるものの、口の周りの包帯が邪魔なだけ。確かに一条は顔をわずかにミッドナイトの方へと回し、包帯の下にある青い目でミッドナイトの瞳と目を合わせた。

 その瞬間、

 

「いっちゃあああああああああんん──ッッ!!!!」

 

「ふぐっ」

 

 鼓膜を劈くような絶叫と共に、ミッドナイトが覆い被さって抱きしめにかかった。いや、もう抱きしめられた。

 顔が、瞬く間に埋もれて沈んだ。

 

 ──息、できない……っ

 

 包帯など傷を抑えるだけであり防御力など紙切れ同然。ミッドナイトの胸が顔面に押し付けられ、せっかく取り戻した呼吸が再び危機に瀕する。

 悲しいかな。押し除けることは容易いはずが、全身を覆う包帯のせいでいつものような押すことは愚か、払いのけることもできない。

 それに、

 

「よがったっ……! 本当に、よかったぁあああっ!! アタシっ……もうダメなんじゃって……っ!」

 

 ポロポロと、大粒の涙を流して包帯を濡らしてくるミッドナイトを、どうして払いのけることがあるか。

 『苦しい』と言うのは簡単だ。けど、どういうわけか今はこれも悪くはないと、頭をミッドナイトに預ける自分がいる。

 だから一条は、包帯の隙間でそっと目を瞬いて身を委ねた。

 

 と、またその時──、

 

「こらミッドナイト! 患者の子を押し潰してどうするんだい!!」

 

 バンッ、と病室の扉が勢いよく横に開いて、乱入者が現れた。

 慌てて飛び込んでくる二人に、ミッドナイトの肩が跳ねる。

 

「っ、ご、ごめんなさいっ。でも、でもっ……!」

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったミッドナイトが、渋々といった様子で体を離す。

 

 ──ふぅ……。

 

 ようやく、新鮮な空気を肺に取り込んだ一条は、乱入者──二人の医師へと青い瞳を向けた。

 

「おや……本当に目が覚めたのかい。まったく昨日に続き、お前さんには驚かされてばかりさね」

 

 低い背をした、白衣を着るしわくちゃな老婆はリカバリーガールだった。

 まるで幽霊でも見るかのように、息を呑みながら、傍に置かれた椅子に腰掛けてこちらの顔を覗き込んでくる。

 

 そしてその隣。白衣を纏う背の高い、竜っぽい顔をした男は、

 

「……。吉田」

 

 一年前、自分の体を検査してくれたとき以来あっていなかった吉田医師がいた。

 彼がいるということはそれ即ち、

 

 

   ── セントラル病院 ──

 

 

 ここがセントラル病院。何の因果か、またこうして一年の時を経て戻ってきたらしい。

 

「……、うーん」

 

 すると、一条の様子を伺っていた吉田が眉を顰めて、手にしたカルテのようなバインダーに目を落として喉を唸らせる。そして、深々とため息をついた。

 

「君……いや、星野君。星野君の体は……本当に、私たち医師としての常識を根底から粉砕してくれるよ。ほんと」

 

 その表情には、去年に一条のフィジカルを『身体強化系』と結論づけた時を遥かに超える、純粋な畏怖と混乱が混じっていた。

 

「USJから静岡の病院に運び込まれた時、応急処置を施された君の腹部は完全に裂け、その上に腸の大部分を欠損していた。本来なら、失血とショックのダブルパンチで即死……よくて二度と通常の生活を送れないはずの致命傷(・・・)だった」

 

 スラスラと吉田から語られる、USJ当時の一条の容体。包み隠さず、当時瀬呂のテープの下の容体を明かされ、その傷を目撃していなかったミッドナイトが息を呑む。

 だが、吉田は「しかし……」と口にし、肩をすくめると手にしているタブレットを操作しながら紡いだ。

 

「静岡の医師から回ってきた報告書と、ここでの再検査の結果は……我々の知る医学を、文字通り『過去の遺物』変えてしまったよ。これを──」

 

 言いながらに、吉田がタブレットをタップし、

 

「見てほしい」

 

 空中に投影した。それは、誰かの腹部のレントゲン。話の流れから、これが自分の──一条の腹の中であることがわかった。

 しかし、その凄惨な過去の言い方とは裏腹に、別に何か欠けている(・・・・・)といったものは見受けられない。

 

「これを見てほしい。ここには、縫合した跡も、移植した組織の拒絶反応も一切ないんだ。今や、まるで『何もありませんでしたよ』とでも言うみたいに中身(・・)が揃っている」

 

「…………」

 

 一条は、虹に広がって一つの絵と収束する、白黒の画像に映る自分の内側を見た。ひどく、他人事のように見つめた。

 

 あの日。ミーの斧が自分の腹を切り裂いた感触。熱い血が溢れ出て、自分のお腹の素材が地面に巻き落ちた時の、損失感。

 確かにその感覚はあった。嘘でもなければ幻でもない。正真正銘、現実で起こったことだ。

 

「…………」

 

 しかし同時に、目の前の写真に映る、何も失っていないお腹の中の写真も、現実に起こっているということ。

 

 すると、リカバリーガールが吉田の言葉に静かに頷いた。

 

(あたし)の“個性”は本人の体力を前借りして傷を治すものさね。だから、あそこまで損傷して体力の底をついている子に使えば、治る以前に命の火が消えてしまう。……だから、昨日運び込まれたときは、もうダメかと思ったさ」

 

 リカバリーガールの言葉が、静かな病室に重く沈む。

 だが、その言葉に含まれた微かな『恐怖』を、言い出したリカバリーガールがため息で塗りつぶした。

 

「まったく……。あの日、処置室でテープを剥がした連中は、腰を抜かしたそうだよ。傷口から漏れ出す青い光が、まるで存在しない内臓を縫い合わせていたって言うんだから。個性の暴走かって、病院中パニックさね」

 

「……青い光」

 

 一条は、くぐもった声でリカバリーガールの言葉をなぞった。

 今やもう朧げな、夢の中の輪郭。人の形をした輪郭の出した青い炎は、確かにしっくりくる。同じような色をした光が、自分の欠けた素材を埋めた。

 ということか。

 

「…………」

 

 一条は、ベッドの上に投げ出された自分の両手を眺めた。

 指の一本一本まで、隙間なく白い包帯に覆われている。指はまだしも、腹の方はどうなのだろうか。

 

 ── ……っ、届きにくい。

 

 腹に手を伸ばそうにも、肘関節がかさばってそもそも触ることもできない。傷と確認すること自体、困難を極めている。

 この下。律儀に病衣まで着させられているし、そもそも見ることもできない。ミーの大斧に裂かれた傷も、ひょっとしたら元通りに──

 

「ちなみに言っとくけど、それを解くとお腹の傷がまた開いちゃってこぼれちゃう(・・・・・・)から気をつけてね?」

 

「────」

 

「──え」

 

 さらりと、まるで滑り台にでも滑ったかのような躊躇のないおどろおどろしい言葉に、一条とミッドナイトが固まった。

 驚愕の事実。悲報。──治ってないとのこと。

 

 『ギギギ……っ』とブリキのおもちゃのような音が聞こえそうなぎこちない首の動き。横に顔を回し、一条はやっと吉田と顔を合わせられた。

 

「どうして……?」

 

「…………どう説明すればいいか」

 

 厳しい表情をそのままに、吉田は一条から顔を逸らすと腕を組んで瞑目。おそらくは、こちらにもわかる通りに噛み砕いてくれているのだろうが、

 

 ──また、出てこないよね……。

 

 出久にも勝るとも劣らない、マシンガントークの恐れに、一条は瞼を重く怪訝そうにして見せた。誰にも、その変化が見受けられなかったが。

 すると、組み立て終えた吉田が頷いて、紡ぐ。

 

「確かに、君の失われた臓器は復元(・・)された。だがね、星野君。勘違いしないで欲しいのは、君の体は、決して完治したわけじゃない」

 

 吉田はタブレットを切り替えて、代わりとなる画像を映し出す。ごく一般の教科書にも載っている、半分半分の模型イラスト。

 

「致命的な欠損に関しては……おそらくは君の“個性”によって埋められた。しかし、そこから繋がる筋肉の断裂に、毛細血管の破壊、そしてそれらすっぱりと裂かれた組織は、今も生々しい傷口として残っている」

 

「だから……隠してる?」

 

「そう。この包帯は、単なる止血のためでもあれば、促進させるためでもある」

 

 吉田は言葉を切り、リカバリーガールと視線を交わした。

 首が痛くなりそうな背丈差だが、リカバリーガールが頷くと一条の包帯に包まれた腹部にそっと手を添える。

 

「おまえさんの傷口……縫合したはずの糸を弾き飛ばして今も内側から『青い光の糸』を編み込んでいるんだよ。まるで、自分の体は自分でやるって拒絶しているみたいにね。こんな“個性”、長い間生きてて見たことないよまったく」

 

「じゃあ、リカバリーガールは頑張らなくてもいい?」

 

 それは、リカバリーガールにとってもいいことなのではないだろうか。何せ、わざわざ手を煩わせる心配もないし、ここにくる心配もない。この一件でこうなると分かれば、自分の怪我に関してでは手のかからない生徒。ということ。

 

 と、なると考えていたが、リカバリーガールは依然として思案げな顔をして眉をひそめた。

 

「それはそれでありがたいことだけど、生徒がこんな目に遭わされて、挙句何もできず待つしかないっていうのも、なかなか酷なもんさね」

 

「…………。そういうもの?」

 

「そういうものなんだよ、医者っていうのは。傷ついた人を目にしてしまうと、なんとかしてあげたくなっちゃうもんさね」

 

 ──そうか。

 

 その他人を、患者である自分に慮る瞳を向けてくるリカバリーガールに、一条はどこかかっちりとピースがハマったような気がした。

 リカバリーガールが、自分にかけなくてもいい心配を向けてくるのは──、

 

「リカバリーガールは──ヒーロー、だからなんだ……」

 

 彼女が、リカバリーガールであるからだと。

 

 一条の呟きに、リカバリーガールは少しだけ目を見張り、やがて顔中のシワを深くして柔らかく笑った。

 

「……フフっ。こんな老婆を褒めてもお菓子しか出ないよ。ま、おまえさんがそうやって理解してくれるなら、(あたし)も少しは救われるってもんさ」

 

「ん……」

 

 リカバリーガールが手を近づけてきたと思えば、頭を撫でてきた。その手はしわしわで小さいものだったが、不思議と力を抜けさせる重みがある。

 

 ──救われる……。そういうものなの?

 

 明らかに救っているのはリカバリーガールなのに、自分は何か彼女を救うようなことを言ったのだろうか。

 時折、ただそう言っただけなのに笑われるのは不思議になる一条だったが、別にそれも悪くはないと感じる。

 

 すると、

 

「いっちゃぁん……っ」

 

「────」

 

 今までの一条の会話を黙って聞いていたミッドナイトが、再びズルズルと鼻を啜る音を立て始めた。

 

「本当に、本当に無事でよかったぁ……。いっちゃんが運ばれるの見て、心臓止まるかと思ったんだから……っ」

 

 またしても顔を埋めようとしてくるミッドナイト。

 だが、今回は吉田が『患者の傷が開く』と咳払いしたため、一条の顔の横にシーツに顔を押し付けるだけにとどまった。

 

「…………。ミッドナイト」

 

「ぐずっ……、なぁに……?」

 

「相澤は……せんせーは、無事?」

 

 一条の問いに、病室の空気がわずかにピンと張るも、瞬く間に暖かくなる。

 その変化に、一条は目をわずかにずらして辺りを見渡した。なぜだか、みんなの視線がどことなく穏やかになった気がする。それと、若干の呆れも。

 

 一条は首を少しだけ傾げると、ミッドナイトがそっと吐息して、包帯だらけの手を両手で優しく包み込んだ。

 

「まったくこの子ったら……。ええ、無事よ。……両手と目の周りの骨折でかなりひどい状態だけど、今は別の病室で、全身ミイラ男みたいに包帯ぐるぐる巻きで寝てるわ」

 

「…………。そう」

 

 ──おんなじ。

 

 相澤も、自分と同じように包帯でぐるぐる巻きになっているのだと。気だるげな相澤にミイラが追加されてしまえば、もはや迷える屍みたいだ。

 そんな姿を思い描いて、一条は包帯の下でほんの少し鼻を鳴らした。相変わらず、表情は変わらないが。

 

「他のみんな……A組のみんなは……?」

 

「みんな無事よ。何人か軽い怪我はしたみたいだけど、いっちゃんほどボロボロな子はいなかったわ。あなたがヴィランを食い止めてくれたおかげで、助かったの」

 

「……。私は、ただ戦っただけ。────」

 

 そういえば──、

 

『ブエナスタールデェスっ』

 『ホワイトじゃない。ふふっ──グレイなのね、あなた』

  『あなたがその気を見せてくれるなら限りなーく────死に近づいてもらうわ』

   『それがどうしたっていうのよッ』

 

 

『あんたは一体──』

 

 あの女、

 

『なんなのよ──ッ!』

 

 ミーは──どうなった。

 

「────」

 

 脳裏に、紫の瞳と大斧を持ったミーの姿がよぎった瞬間、一条は瞳を見開いて手のひらに力を宿らせた。

 あの一閃を放ったが最後、

 

「ミーは、どうなったの……?」

 

「みー? ME? 誰のことかしら……」

 

「私のお腹に、この傷を刻んだ()。どうなったの、ミーは。あの敵は烏合のヴィランを殺して食べてた。だから──」

 

「ちょっ、待って待って! いっちゃん落ち着いて。動いちゃダメよっ」

 

 身を乗り出そうとした一条の肩を、ミッドナイトが慌てて両手で押さえ込んだ。

 全身を縛る包帯と、腹部の鈍く硬い拘束感。一条はわずかに思い通りに動かない体に歯痒くなったが、瞳は真っ直ぐにミッドナイトを射抜いたまま。

 

「……逃げ、た? あの、紫の」

 

「逃げたというか……私たちが駆けつけたときにはそんな人物いなかったのよ。あったのは、えーと………………斧。そう斧よっ」

 

 重ねて、特徴を告げようとした一条に、ミッドナイトが重ねる現状。

 瞬間、一条の頭によぎるのは冷たさだ。それは、人が言うなれば焦りと呼ぶもの。

 

「一応、『ヒーローネットワーク』から共有されてる。その中で、現場の報告と証言からは……────三角帽子を被った紫髪の女性ヴィランが、被害生徒……いっちゃんのことね。いっちゃんが撃退するのを、同じく男子女子生徒一人ずつが目撃」

 

「…………。その後は……?」

 

 恐る恐る、一条がくぐもった声でミッドナイトに尋ねる。

 だが、ミッドナイトは懐から取り出した携帯と睨めっこして、眉をひそめるばかり。

 まさか、という言葉が一条の口から放たれる。よりも前に、

 

「──その後、大量の血痕をその場に残したまま、消息を絶つ」

 

「────。は」

 

 ミッドナイトが、冷たいまでの現実を口にした。

 

『ケ・ブエナ・ピンタ』

 

 あの日。確かに刃はミーの胴を捉えた。そのはずだ。骨の断たれる感触さえ、今この両手には確かに覚えている。それなのに死体さへなければ、斧と鮮血以外まるで影も形もないのだ。

 

「…………。生きてる」

 

 くぐもった、けれど確信に満ちた一条の呟きが、病室の空気を凍り付かせた。

 

「そんな……。でもいっちゃん、目撃した被害生徒たちは、いっちゃんが倒したって。それに致命傷だって証言もしてる。仮にあの場から逃げても……。──ぁ」

 

 刹那、ミッドナイトが何かに気づいたように目を見開いて、スマホを太ももに落とした。

 ことの重大さ。ミッドナイトは理解してくれたようだ。一条は、大の大人が子供のように泣いたことがさっきまであっても、プロであることに変わらないのだと、張り詰めた糸を解こうとした。

 

「大丈夫よ、いっちゃん。あなたを責める人はここにはいない。雄英にもいないわ」

 

「────」

 

 解こうとしたのだ──。

 

「あなたは、あなたのできることを全うして、生きてる。生きててくれてる」

 

 自分は、ミーが生きていると確信している。なぜなら、

 

   ──『あなたにできて、私にできないことはない』──

 

 こう言ったのだ。そして、有言実行を必ずしてくるのがあの女──ミーなのだ。ならば、今は自分と同じように回復中であり、身を潜めている。そして、回復した後に──気に入らないものがいれば殺し、喰らう。

 そういうことを、平気でするのがミーだ。ミーなのだ。

 

 だというのに──、

 

「大丈夫よ、いっちゃん。重く受け止めてしまうかもしれない……、けどいっちゃんはみんなのために頑張った」

 

 ──違う……っ

 

「それだけは、絶対変わらない。あなたは立派よ」

 

 ──違う……っ!

 

 ミッドナイトは、周りの人間は何もミーのことをわかっちゃいない。

 両手で、この包帯まみれの両手を包んでも、何も変わらないのだ。あれは倒さなくてはいけない相手。倒さなくては悲劇を生み、この世界に行方不明者を産む暗黒の存在だ。

 死柄木とかなんとかは取るに足らない。何ができるかは知らないが、体格と言動からして稚拙な子供のアレ。撃って方が付く、チンピラだ。

 

 いいや、放っておいてもプロがなんとかできる烏合のうちの一人。

 

 黒い大男の後ろでやいのやいの誇示しては後ろに隠れる、男子だ。

 

 だが、ミーは違う。あれは──違う存在だ。

 自分しか知らず。そして、

 

   ──『だってルーツを辿れば、私たちの中にあるものはあなたと同じ』──

 

 二人以上。ミーと同じ存在は、少なくとも二人以上存在する。

 

   『ホワイト』『グレイ』

 

 いや、わからない。

 

「…………、もういい」

 

「い、っちゃん?」

 

 ──これは、私にしかできない。私の──、

 

   ── 敵 ──

 

 手を払いのけると、一条は狼狽えるように眉を上げるミッドナイトから顔を逸らし、天井へ視線を浴びせた。

 見えにくい。けれど、包帯の先にある真っ白な天井を一条は睨みつけた。睨み続けた。

 

 今、過ぎてしまったこと──ミーを殺し損ねたことには、

 

「私は、気にしてない」

 

「そ、そう? でも何かあったら言ってよ? お願いだから──」

 

 ミッドナイトの声を包帯越しの耳から通り過ぎる。

 これ以上みんなを、ミッドナイトたちを巻き込みたくない。

 だからこそ、今重要なこと。それは、今後ミーと同一、あるいは同類の存在に出会ったら──倒す(殺す)。そうしなければならない。

 

 あれは、そうしなければ悲劇を生む存在だ。

 

「となると、次の話題は星野君の個性になる」

 

「「「────」」」

 

 ふと、吉田が区切りのついたタイミングにそんなことを切り出してきた。

 全員の視線が吉田の方へと向かうも、当の本人は困り笑いを浮かべてくる。

 

「カルテとその引き継ぎから見ても、もう『身体強化系』の“個性”では説明がつきませんから」

 

 なんともまあ、場違いな話題を切り出してくる。これが、吉田という、十人十色の個性患者と接するからこその性なのだろうか。

 

 なら、すでに答えは出ている。

 

「どういう性質なのか……。それに名前は……」

 

「──『ブラック★ロックシューター』」

 

 一条の口から紡がれたその名前に、空気がピタリと瞬きの間止まった。

 だが、その止まった空気の中、包帯の中の口を一条は湿らせて──続けた。

 

「それが私の“個性“。──『ブラック★ロックシューター』だ」

 

 胸に宿る確信。自分の中に宿る力に、一条はそう名付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 そうして、正式に“個性”の名前が付いたというところ。

 リクライニング状態のベッドの上で横になる一条が一息ついたときだ。

 

 リカバリーガールが白衣の懐に手を入れた。

 

「まあ、名前のことなんか今はどうでもいいさね。それよりおまえさん、どんなに優れた“個性”でも身体機能の一部。随分と体力を消耗しているはずだよ。まずはこれを入れんさい」

 

 そう言ってリカバリーガールが差し出してきたのは、パウチの入ったゼリー飲料だった。

 パッケージには、

 

   ── 『特製・超高濃度栄養補給ゼリー』 ──

 

 という、なんだか凄そうな文字が躍っている。

 

「ゼリー……」

 

「君の欠損していた腸は青い光の糸──『ブラックロックシューター』が補ってくれているとはいえ、まだ完全じゃない。外見ともに元通りにはなっているものの、通常の食事を取れば消化器官が傷ついてしまう。だから、しばらくは体のお休みも兼ねて、消化吸収ならびに栄養に優れたゼリーを摂ってもらう」

 

 吉田の懇切丁寧な説明。長いが、要は回復薬といったところだ。

 一条は吉田の言葉を噛み砕いて、おとなしく頷く。そして、不自由な腕の片方──右手で例のものを受け取ると、

 

「んむ……」

 

 なんとか包帯の隙間から飲み口を突っ込み、咥えて──吸い込んだ。

 が、

 

「────」

 

 ──味が、ない……。

 

 いや、かすかに変な味のようなものはある。あるのだが、それにしたってあまりにも薄い。病院食は薄味だという知識はあったし、リハビリ食でも塩や油といった消化を妨げるものがないだけで、美味しかった。

 

 けどこれはどうだ。薄味通り越して、もはや次元を通り越したような無味無臭(・・・・)。飲んだことはないが、ゲルを無理やり喉に流し込んでるような感覚だ。

 

「…………」

 

 あのランチラッシュが作った、喉の焼けるくらいに美味しい辛口カレーのスパイシーな刺激が、こんなにも凄まじいギャップを生むとは。

 今の一条にとって、このゼリーは──

 

 ── まずい……。評価、ぜろ……。

 

 しかし、文句を言って食べないわけにもいかない。生きるための燃料補給だと割り切れば、こんなものいくらでも、

 

「長く見積もって、現在の治癒速度を鑑みると遅くても三週間。最短で一週間と三日。その間、そのゼリーを飲んでもらうから」

 

「────」

 

 ──ガーーーーーンっ

 

 これは拷問だった。

 

「────ッ」

  ズゾゾゾゾゾゾ──ッ‼︎

 

「……偉いわねいっちゃん、ちゃんと全部飲めて」

 

 包帯で見えないものの、機械的にゼリーを『ズゾゾゾ……ッ』と一息に吸い尽くした一条に、ミッドナイトが頭を撫でる。

 涙ぐみながら頭を撫でてくれるのは別にいい。──やはり良くない。良くないが、一条の脳内にはカレーライスへの切実なる欲求が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときだった。

 

「────!?」

 

 突然、

 

「わ・た・しがああ!!!」

 

 病室の窓が外から開け放たれ ※というよりは窓枠ごと吹き飛びかけた※ 凄まじい風圧と共に『巨大な影』が、

 

「窓から来た──ッッ!!」

 

 室内に飛び込んできた。

 そして、

 

「星・野・少・女ォォォオオオオ────ッッ!!!!」

 

「なんなの!?」

「なんだい!?」

 

 ミッドナイトとリカバリーガールが悲鳴をあげて飛び退く中、着地と同時に病室の床に両膝と両手。さらには額まで激しく擦り付ける男──オールマイトがジャンピング土下座をかました。

 筋骨隆々の、糊の効いた黒スーツを纏った平和の象徴が──来た。

 

「申し訳ないッッッ!! 私が! 私がもっと早く駆けつけていれば! 君にこんな痛ましい傷を負わせることはなかった──ッ!! 本当に、本当にすまなかったァァァァッ!!!」

 

 病室の床にめり込まんばかりの勢いで謝罪の意を表明し尽くすオールマイト。

 その圧倒的な声量と風圧に、場の空気が掻っ攫われるが、当の一条は──

 

「…………」(スーン)

 

 ──うるさい。

 

 包帯の下から冷淡な青い瞳で見下ろしていた。

 すると、そのオールマイトの巨大な肩の上に、ちょこんと座る一匹の動物が。

 

「やあ、星野くん。目が覚めてよかったよ」

 

  ── 国立雄英高等学校校長 ──

 

     ──『根津校長』──

 

「おーるまいと。……と、校長?」

 

 一条はゼリーの空パウチを持ったまま、床に平伏す巨体オールマイトと、その上に乗る……、ネズミなのか犬なのか熊なのかわからない小動物を静かに見下ろした。

 

「こうして面と向かって話すのは初めましてだね、星野一条くん」

 

「うん、初めまして」

 

 根津校長はよじよじとオールマイトの肩から降りて相対すると、一条の受け答えに満足そうに頷く。

 

「この度お邪魔してきたのは他でもない。ヒーローネットワークで君の意識が戻ったというミッドナイトくんから一報が届いてね。彼がどうしても一刻も早く謝罪したいと聞かないから──飛んできたのさっ!」

「私の不徳の致すところだ……ッ! 君の未来を、ヒーローとしての道を絶たせてしまうところ……。本当に申し訳ないッ!!」

 

 血を吐きかねないオールマイトの謝罪。USJで無惨な姿を目の当たりにしたであろうオールマイトの自責の念は、多分計り知れないほど深いものだ。

 

 だが、当然一条にとってその謝罪の意味は良くわからない。首を傾げてしまうくらいだ。 

 

「…………。おーるまいとは、悪くないよ?」

 

 くぐもった声で、一条は頭を極限まで低くしたオールマイトに告げる。

 

「私は、私が戦うべきだと思ったから戦っただけ。誰に命令されたわけでもない。それに……オールマイトが来てくれなかったら、みんな、どうなっていたかわからなかった」

 

 つらつらと続く一条の言葉に、オールマイトの背がフルフルと震える。巨体がプルプル振動するのは見てて珍しいし、それにオールマイトがこんな姿ということ自体、世界で珍しいニュースでナンバーワンを刻むこと間違いなし。

 出久は確かオールマイトに憧れを持っている。この姿を教えたら、きっと泣いてしまうだろう。──おそらく嬉しくて。

 

 しかし、これは一旦置いておいて。こういうとき、命を救われたからには言わないといけない言葉がある。

 

「ありがとう、おーるまいと。助けてくれて」

 

 ──で、いいよね……?

 

「星野、少女……っ。君って子は! クゥウウ──ッ!」

 

 ──良かった……。

 

「君の強さとその精神性には、本当に驚かされるばかりだよ。──けどね、一条くん」

 

 体を起こしたオールマイトが感涙に咽び、袖を涙で濡らす中、根津校長が笑顔で眺めながら本題に入るように黒いつぶらな瞳をこちらに向ける。

 

「あのような凄惨な事件に巻き込まれ、あまつさえ死の淵を彷徨うような傷を負った。心がトラウマを抱えてしまっていても、おかしくない」

 

「…………」

 

「無理をして、気さくに振る舞う必要はないんだ……。だからどうか無理のない範囲の中で、君の気持ちを聞かせてはもらえないかい?」

 

 校長の黒く丸い瞳が、こちらの内面を探るように静かに見つめてきて、一条の身が少しだけ硬くなる。

 一人の教育者として、生徒の心を案じての言葉だ。

 

 だが一条は、

 

「トラウマ……。そういうのはない」

 

 どこまでも一条であった。

 

 確かに、死にかけた。裂かれたことによる損失感は凄まじかったが、それ以上にミーを倒さなければならない。その静かで、冷たい決意のようなものが、一条の中で渦巻くのだ。

 だからこそ一条は、

 

「今、みんなはどうしてるの?」

 

「みんな……ああ、雄英生徒は今回のヴィラン侵入を鑑みて、一日の休校を──」

 

「じゃあ明日行く」

 

「」

 

 一条の唐突な、さも当然であるかのような『登・校・宣・言』。その言葉が一条の口から落ちた瞬間、空気が、空間全体が首を傾げるようになる。

 

 何か、おかしなことでも言っただろうか。一条自身、特に痛みも感じなければ足も悪くない。むしろ包帯のせいで歩きづらいというだけで、寝たきりでいたいわけではないのだ。

 ならば、ここはみんなに無事な姿でも見せてやろう。としたのだが──、

 

「「「「明日ァ──っ!?」」」」

 

 病室にいた大人たちの叫びが見事にハモり、部屋の雰囲気に似つかわしくもないシンフォニーを奏でた。

 

「ダメ! ダメダメダメダメダメ! ダメよ絶対ダメ! 何言ってんのよいっちゃん! まだお腹は繋がってるだけなのよ!?」

 

「ミッドナイトの言う通りだ星野少女……! 少なくとも一週間は絶対安静──」

 

「そう言うアンタは、昨日無理をせず休みなさいと言ったことをもう忘れたのかい! オールマイト!」

 

「痛い……っ!? すみませんリカバリーガール……」

 

 ミッドナイトとオールマイトがあわてて止めに入り、老婆リカバリーガールが巨躯オールマイトの頭を杖で小突くという、なんとも混沌とした光景。

 だが、やりとりを眺めているわけにもいかず、一条は次なる人物──吉田医師へと青い瞳を真っ直ぐに向けた。

 

「吉田」

 

「い、いや……私を見つめても困るんだが──」

 

「────」(ジーーーー)

 

   ── 一条の睨みつける ──

 

 ※ 包帯の隙間からのぞく、いっぺんの曇りもない純粋な青い瞳が、逃げ場を塞ぐように吉田を射抜いた ※

 

「う、うーん……」

 

 ※ 吉田は腕を組み唸り声を上げ始める。吉田の特殊防御力が下がった! ※

 

「────」(ジィィィィィィィィィ……)

 

 無言。ひたすらの無言。

 だが、何も話していないにも関わらず、ミイラ一条の背後から放たれる圧力が、揺るぎない意思表示として吉田へと殺到する。

 

 すると、

 

「……はぁ」

 

 吉田が深々と、今日一番の長いため息をついた。

 そらしていた目を一条に向き直すと、吉田は口を開く。

 

「わかった。君の頑固さには、現代医学も白旗をあげるしかないようだ」

 

「先生!? いいんですか!?」

 

 バッとミッドナイトが慌てて割って入ってくるものの、吉田は手に持ったタブレットを指で叩く。

 

「実際、星野君の腹部……あの『青い光の糸』による修復速度は腸の復元に比べればかなり遅いものの、常人のそれとは明らかに異常速度。安静に、そして栄養を取れば、早くとも一週間と三日で問題ないレベルにまで回復するでしょう」

 

「…………じゃあ」

 

「ですが星野君」

 

「────」

 

 ということはと一条が若干ベッドから背中離したものの、吉田の後から来た制止の言葉にど『モスン……っ』と力を抜いた。

 その様子に苦笑いを浮かべる吉田であったが、すぐに医師としての表情へ戻し、言い渡す。

 

「絶対『安静』。これだけは必ず守ること。激しい運動はもちろん、実技訓練には全面的に参加してはいけない。そして……」

 

 吉田は、リカバリーガールの持ってきたゼリーのパウチを指さす。

 

「傷が完全に塞がり、消化器官が元通り機能するまでの最低一週間は、その『特製・超高濃度栄養補給ゼリー』のみで過ごすこと。これを守れるなら」

 

「明日から行ってもいい……?」

 

「うん。許可しよう」

 

「……。────。────────────」

 

 ──最低一週間、あの味のしないゼリーだけ……。長いと三週間…………。

 

 ──カレー……。

 

 一条の頭の中に、轟音と共に崩れ落ちる世紀末な鐘の音色が鳴り響いた。ひょっとすれば、USJで死にかけていた時よりも、今の一条は深刻なダメージかもしれない。

 包帯の下でほんの少しだけ顔をしかめるが、悲しいかな一条。

 

   ──(ーΔー)──

 

 目を閉じただけにしか見えず、そもそも包帯で見えるものも見えない。

 

 しかし、学校に行けないよりはマシだ。みんながどうしているのか、この目で確かめなければならない。

 

「……わかった。約束する」

 

「よろしい。ではミッドナイト、このことはご自身含め雄英の教師陣にも直接伝えておいてください。尤も、そう易々と外せないようにしているので、歩いたりジャンプしたり転んだりしても支障ないです」

 

「け、結構な感じなんですね……」

 

 見た目の薄さとは裏腹に、病院側の一条の腹への厳重な施しようにミッドナイトも口角を引き攣らせた。

 ジャンプや歩く、そして転ぶ。それらが可能というのは、もはや動いてくださいと言っているようなものでは──

 

「いっちゃん」

 

「…………」

 

 ──なんで……。

 

 こういう時に限って、ミッドナイトが青い瞳で覗き込んでくる。

 察しがいいのか悪いのか、よくわからなくなりそうだ。

 と、包帯の下にあるであろう一条の目と合わせるミッドナイトが再び吉田へと向き直ると──余裕のある笑みへと早変わる。

 

「任せてちょうだい。いっちゃんが少しでも無茶しようものなら、アタシの眠り香で眠らせてベッドに寝かしつけてあげるわ」

 

「…………っ」

 

 ──やだ。

 

 腰に手を当てて宣言するミッドナイトに、一条は素直に頷いた。

 

「ハッハッハッ! さすがは星野少女! その不屈の精神、プロも顔負けだよ全く! まさに、Plus(プルス)Ultra(ウルトラ)!!」

 

 オールマイトがようやく立ち上がり、豪快に笑いながら親指を立てる。

 根津校長も満足そうに目を細めてヒゲを揺らした。

 

「うんうん。元気そうで何よりだよ。それでは、明日の登校を楽しみにしているよ、一条くん」

 

「うん。おーるまいと、校長、また明日」

 

 と、大騒ぎの末に大人たちが病室を去っていく。

 ちなみに根津校長を懐に入れたオールマイトは、外で壁に張り付きながらいそいそと窓を閉めると、ニカッと白い歯を輝かせて跳んでいった。

 

 

「…………。────」

 

 明日。

 明日になれば、またあの騒がしくも楽しい教室が待っている。

 

 ──行きたいな……。

 

 一条は静かに目を閉じ、包帯の下で、本当に僅かに、口角を緩めた。

 

 味のしないゼリー生活への憂鬱を、少し胸の片隅に追いやりながら──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 こうして、一条は晴れて退院し、雄英高校の学生生活へと舞い戻ったのだが、

 

「あ」

 

「星野さああん!!」

 

 休校明けの休み時間、悲鳴と共に出久の届かない手が伸びた。 まるで倒木が坂を下っていくように階段からごとごとと落ちる一条(・・)へと──。

 

 ──前途、多難……。

 

 

 自分で言うのかな……それ。

 

 

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