青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第二十六話 『体育祭への始球』

 

 

 

 長いけど説明する。

 

 四月中旬、私たち1年A組は、災害救助の訓練施設『U・S・J』へ向かった。ヒーローにおいて本懐である『守る』『救う』を学ぶために。

 けれど、そこで待っていたのは想定された訓練ではなく、突如として現れた『(ヴィラン)』たちの襲撃だった。

 

 黒霧によってクラスのみんなが施設内に散り散りに飛ばされる中、私もまた別のエリアへと飛ばされることに。

 そこで私、星野一条を待ち受けていたのは、大斧と“個性”『アフターイメージ』を操る紫の女──ミー。

 

 彼女の力は凄まじく、防戦の末に腹部を深く切り裂かれてしまう。

 内臓が溢れ出すほどの致命傷を負い、水難エリアから見ていた出久たちに『死んだ』と思わせてしまうほど、私は一度地に伏した。

 

 だが、私が左目に『青い炎』を灯った瞬間、形勢は逆転。両手に握りしめた黒剣でミーの体を深く切り裂き、決着がついた。

 

 ──かに思えた。

 

 USJ事件を経て、一日の休校。その中で私、星野一条はミイラ状態で目を覚まし、現実を知った。

 ミーが、まだ生きているという現実を。

 そして私は、ミーを、ミーと同一か同類の存在を倒すことを決意。

 

 さらに、ついに“個性名”を『ブラック★ロックシューター』と名づけることで、己を決めた。

 

 そして休校明け、一条はミイラ姿のまま素知らぬ顔でみんなの前に立ち、学生生活を継続することにしたわけだが──

 

 

 * * *

 

 

   ── 1- A教室 ──

 

「ん…………みんな、おはよう」

 

「「「「え、えええええええええええ──ッッ!?!?!?!?」」」」

 

 休校明けの朝。

 ガラガラと扉を開け、現れた二つの『白い存在』に、1- Aの生徒たちは度肝を抜かれた。

 一人は、顔面から両腕まで包帯でぐるぐる巻きにされ、もはや誰だか存じ上げないがくたびれた髪の毛と服装でわかる男教師──相澤消太。

 

 そしてもう一人が、

 

「…………。……みんな元気だね」

 

 制服の下から首、手、足、さらには髪の毛を除いた顔まで包帯で縛り上げられた少女──星野少女だ。その厳重さも相俟って、可動域がまるでない人形のようなロボットの歩みで、相澤の後ろを歩いてきた。

 

「相澤先生!? それに星野まで!?!?」

 

「無事だったんですか!?」

 

「いや無事っていう姿じゃねェだろアレ! 二人ともミイラじゃねーか!!」

 

 上鳴がツッコミを叫び、飯田がガタンと机を鳴らし、切島が目玉をひん剥きかける。

 すると、飯田が勢いよく席から立ち上がり、空気を切り裂く手刀を振るって正した。

 

「先生! そして星野くん! いくらなんでもその痛々しい姿で登校するのは、プロ意識と学生の本分が交錯している雄英とはいえ、無茶が過ぎるのでは!?」

 

「ケロ……。一条ちゃん、ロボットみたいになってるわ」

 

 蛙吹の大きな瞳に映る、一条の姿。現在の一条はというと、外見のラインを損なわない包帯少女。なのだが、その薄さとは裏腹に、ギチギチに巻かれているからか、首を動かすにも体ごと(・・)向きを変えなければ目も合わせられない。

 尤も、その目もあっているかどうかさえわからないのだが。

 

「…………。私は大丈夫。吉田……お医者さんが、登校してもいいって言ったから」

 

「絶対言いくるめただけでしょそれ!?」

 

「…………」

 

 ──何を言ってるのか、わからない。

 

 芦戸の的確な指摘に、一条は“のーこめんと”を貫き、都合の悪いことはスルーする構えを見せた。

 実際、動くには動く。ただ包帯のせいで歩きにくいというだけであって、腹以外は大丈夫なのだ。それと、腹以外に青光の繊維が見え隠れするからというだけ。

 

「俺の福祉と安否はどうでもいい」

 

 相澤が気だるげに、とはいえ包帯でその表情を伺うことすら一条同様に見えない。ただ声音だけでそうとわかるくらいのトーンで──教壇の中央に立つ。

 

「星野の言う通り、許可は降りている。それよりも……」

 

「それよりもこれよりもがあるんですか!?!?」

 

「ああ。……いや、流石にそこまでじゃないが、別の意味ではの話。何せ……」

 

 一条の内臓の件すらまだ明かされていないことに、それよりもこれよりもあるか。

 と、言いたげに瀬呂が瞠目して身を乗り出すものの、相澤の即答でへなりと背もたれに背をつける。

 

 疑問と疑念が渦巻く中、隣で棒立つ一条をそのままに相澤が告げた。

 

「──戦いはまだ終わっていないんだからな」

 

「「「────ッ!?」」」「…………」

 

 ──終わって、ない?

 

 その一言に、クラスの空気が一瞬にして凍りついた。

 出久が息を呑み、峰田が頭を抱える。

 

「まさか……」

「また、ヴィランが……!?」

 

「…………」

 ──まさか、ミー……。

 

 戦いはまだ終わっていない。ということはやはり懸念通り、ミーがこの一日で復活を遂げ、また活動を開始したのか。

 まだ体の治癒が済んでない身。一条は振り向けない首をまっすぐクラスメイトに向けたまま、胸中で戦慄。ギギギっ、と両掌に僅かな力がかかり始めた。

 

 誰もが、USJの悪夢を脳裏に甦らせ、身構え──

 

「雄英体育祭が迫ってる」

 

「「「クソ学校っぽいの来たあああああ────ッッ!!!!」」」「…………」

 

 たのだが、身構え損だった──。

 

 予想の斜め上をいく、あまりにも平和のど真ん中。青春の青春な単語に、クラス全員がずっこけそうになりながら絶叫した。

 

「────。……きたー」

 ──学校っぽいんだ……。

 

 手の力を霧散させ、一応乗る一条を除いて。

 しかし、こうも考える。いくらなんでも──、

 

「体育祭なんかやって大丈夫なんですか?」

 

 耳たぶが伸び、先にイヤホンジャックのような突起をつける黒髪の少女──耳郎響香が斜めに身を乗り出して物申した。

 「また襲撃されたりしたら……」と尾白も眉に若干の力を込め、懸念の色を強める。

 

 当然の疑問だ。いくらなんでも、今回ばかりはタイミングが悪過ぎる。話の通りでは、オールマイトを狙っているのが『ヴィラン連合』と名乗るチンピラ集団。

 一方、ミーは自分を狙っている。現在二つの爆弾を抱えている以上、揚々と祭り事を執り行うのは、些か早計が過ぎる。

 

 しかしその予見こそ、相澤が包帯の隙間から鋭い眼光を覗かせる要因となった。

 

「逆に開催することで、雄英の危機管理体制が盤石だと示すって考えらしい。警備も例年の五・六倍に強化するそうだ。何より──」

 

 吊らされた両腕で猫背になる相澤が胸を張って、教室全体を見据える。

 

「うちの体育祭は最大のチャンス。(ヴィラン)ごときで中止していい催しじゃねえ」

 

 相澤の言葉は、決して強がりでも楽観視しているわけではない。

 そも、雄英で開催される体育祭とは世間の小中高で行われるようなものではない。

 この催しは、かつて日本中が熱狂したという『オリンピック』。いわゆるスポーツの祭典として、全国が熱狂。

 だが、今や個性社会が通常となったこの世間体において、規模も人口も縮小化──形骸化の一途を辿る。

 

 そして、日本において今、かつてのそれに変わる最大のイベント。

 それこそが、

 

   ──『雄英体育祭』──

 

 ということなのだ。

 しかし、この催しはただ単に誰かが勝って終わり、というわけではない。

 

「全国のトップヒーローたちが、スカウト目的でこぞって見る。……卒業後の進路、そしてプロとしてのスタートダッシュを切るため、お前らにとってこれ以上ないアピール場だ」

 

「「「…………」」」

 

 プロヒーローたちがスカウト目的で注目する。この体育祭は、いわばヒーロー候補生たちにとっての『最大の品評会』なのだ。

 そうなれば、当然有名どころのヒーロー事務所に入った方が、経験値も話題性も高くなる。いい方にも悪い方、両側面において。

 

 プロの目。スカウト。

 その響きに、クラスメイトたちの顔つきが『不安』から『野心』へと塗り変わっていくのを見た。

 

 ──そんなに大事なのかな……。

 

 そもそも一条、別に人気になるためにヒーローになろうとは志していない。資格取得と書いて卒業ができれば、それで御の字。

 

 ヒーローを志すと言えど、人の名声をかき集めるのが本懐ではないだろうに。

 と、熱気が立ち込める教室で、一人直立不動を極める一条だった。

 

「──に逃せないイベントだということを肝に銘じておけ。ホームルームは以上だ」

 

 気づいたときには話すことも話し終えたらしく、相澤は言い残すと包帯だらけの体で教室を後にした。

 

「…………」

 

 ──体育祭……。

 

 一条は、自分のぐるぐる巻きにされた手を見下ろした。吉田からの約束は『激しい運動厳禁』と言われている。

 体育祭が行われるのは今から二週間後。それまでにこの傷がどこまで治るかは、自分の体次第だ。

 けれど──

 

 ──出ないという選択肢は、ない。

 

 ミー。自分を殺しにかかり、自分も殺しにかかった存在。その背後には『総督』と呼ばれる黒幕がいる。

 自分のルーツに関わる存在。

 であれば、プロとして見初められはしなくとも堂々と立っていれば、むしろ向こうからやってきてくれるかもしれない

 

 ──そのためには、勝たないと。

 

 一条は包帯の下で息を落として結論づけると、自分の席へと向かった。

 

「……っ、……っ」

 

 カクカクと──。

 

 

 

* * *

 

 

 そうして時が経ち──

 

「はい、今日の授業はここまで。皆、しっかり復習しておくように」

 

 四限目の現代文が午前の授業終了を告げるチャイムが鳴り響いたのと同時に終わる。

 担当教員はセメントス。セメントスが教科書を閉じて教室から出ていくと、次の瞬間──、

 

「あんなことあったけど、なんだかんだテンション上がるなオイ!!」

 

「活躍して目立ちゃ、プロへのドデケェ一歩を踏み出せる!」

 

   ── 昼休み ──

 

 切島が拳を打合せ、瀬呂が得意げに鼻を鳴らして叫ぶ。

 それは、二日前に体験した『死の恐怖』をまるで感じさせない入れ替えよう。ある意味で、ヒーローとして必要な日常への無理やり軌道を修正する闘志。

 

 だが、その熱狂の最中、彼らの視線がふとした瞬間に教室の一点へと向かう。

 

「…………」

 

 一条だ。相澤とお揃いの、全身白い包帯で固められた一条。彼女は終始無言で、曲げきれない足をピンと張りながら椅子に座していた。

 USJで、一条が流した血の量を知るクラスメイトにとって、『ミイラ姿』は生存の喜びであるのと同時に、未だ生々しく刻まれた──惨劇の象徴。

 

 だからこそ、切島らはあえて大きな声を出し、体育祭に沸いているのだ。重苦しい空気を、そして何よりその包帯の下の表情がわからない一条を気遣ってのことでもあった。

 

 のだが──、

 

「…………」

 

 ──お腹すいた……。

 

 当の本人はそんなことつゆ知らず、昼休みに思い馳せていた。

 

 昼休み。それは、ランチラッシュの飯処で和気藹々と格安で美味な料理を食べられる休息の時間。

 からこそ、昨日言われたことをすっかり忘れた一条は早速カレーライスを食べに行こうと席を立とうとしたのだが。

 

「星野さん……本当に大丈夫? やっぱり無理してるんじゃ……」

 

 扉近くから、クラスの体育祭へ心燃やす様子を見ていた出久が、壊れ物を扱うような手つきで声をかけてくる。

 一条は、首を動かすのを諦め、オフィスチェアごと出久の方へ向かせる。

 

「大丈夫」

 

「だ、大丈夫って……その姿で言われても説得力が……っ。って星野さんっ」

 

 出久の心配をよそに、一助はカクカクとした、まるで関節に油を刺し忘れたブリキのロボットのような動きで立ち上がる。

 

「私のことはいい。それより、出久は混ざらないの……?」

 

「混ざるって……うぉお!?」

 

 『ギュンッ』と勢いよく横に指差す一条に、出久がヨタヨタと後ろに退く。

 そんな出久の様子すら、一条は気にも留めずに紡いだ。

 

「あれ」

 

 一条の指さす先に繰り広げられるのは──、

 

「雄英に入った甲斐があったぜ! な、な! 常闇!」

「……、そうだな砂藤。数少ない機会だ。ものにしない手はない……」

 

「尾白くん! 私緊張してきちゃった! 頑張って目立たなくちゃね!」

「う、うん……。でも葉隠さんは相当頑張らないと気づいてもらえないかもね。存在感的な……」

 

 などなど、どこもかしこもUSJの惨劇の爪痕を背負い、なおかつ加速剤として闘争心を燃やしている。俗にいうノリノリだ。

 だがその中で、

 

「出久。あなたは……『ノリノリ』、ないの?」

 

「『ノリノリないの?』は語彙が独特すぎないかな!? 星野さんっ」

 

「なに? 君は違うのかい? 緑谷くん」

 

 不意に、出久の後ろから聞こえたのは几帳面さを体現したような声音を持つ少年。メガネが似合う──飯田天哉だ

 その声がけに出久が跳ねるように振り返ると、必然的に飯田のレンズにミイラ一条の姿が映り込む。

 すると、飯田がわずかに頬をこわばらせるものの、そっと息を落とし、それから顔を合わせてきた。

 

「……。────。──星野くん、体の方はもう大丈夫なのかい?」

 

「うん、もう、へいき。……ほら」

 

 一条は、自分の無事を証明しようと、両手を天へと掲げ、

 

  ブッピガン──ッ!!

 

 マッスルポーズ。

 本人としては、力強いマッスルポーズのつもりだった。だが、ギリギリの包帯が関節の可動域を奪っているせいで、どこかやる気のない、カクカクした不思議なポーズにしか見えない。

 飯田は、どんな姿でも変わらない一条の態度に疲れが落ちたように笑った。

 

「そうか……! しかし……、その仕草はお腹の傷に触るのでは?」

 

「うん、ちょっと、ギチギチする」

 

「今すぐ両手を下ろして安静に──!! すぐにリカバリーガールの元へ行こう!」

 

 ──え。

 

 一条、大誤算。

 そろりそろりと、まるで爆発物でも取り扱うかのような、慎重すぎる足運びで接近してくる飯田。

 さすがの一条もこれには唖然。首を左右に振って、否定するために首を左右に振ろうとした。

 

 が、包帯が硬すぎて、

 

「…………」(プルプルプルプル)

 

「なっ!? 星野くんすごい震えだぞ!」

 

 残念、一条は首を細かく左右に震わせることしかできなかった。

 

「痛みで痙攣しているのか……!? やはり相当無理をしているのでは!?」

 

「ち、がう……そうじゃ、ない」(プルプルプルプル)

 

「強がりはやめたまえ星野くん! くッ……、委員長として、これほど重篤なクラスメイトの体調を慮れないとは、なんたる不手際! 緑谷くん! 今すぐ担架を──!」

 

「ええええ!? た、担架あ!? そこまで!?!?」

 

 出久がパニックになり、飯田が担架を探しに走り出そうとした。

 

 ──そんなこと──、

 

 刹那、一条はつま先に力を込めると、

 

「──ふんっ」

 

 飯田のところへと垂直な体制のまま、床スレスレで跳躍。そして着地と同時に、飯田の制服の裾を掴んだ。

 

 ──しなくていい。

 

  ミシィ──ッ‼︎

 

 万力の如き力で、もはや制服が鳴いているのか包帯が泣いているのかわからない音を鳴かせて。

 

「やめて、飯田。大丈夫だから」

 

「そ、そうだよ飯田くん! 何もそこまでしなくても……! ほら、相澤先生も『許可は降りている』って言ってたんだしっ。さっきの震えだって、こんな包帯ぐるぐる巻きじゃ動きにくいだろうし──!!」

 

「──!」

 

 相澤の言葉を借りた出久の声に、飯田がピキリと体を固まった。走り出そうとする姿はまさに服を着たギリシャ像のようであったが、それも束の間。

 助走を取りやめる飯田が、姿勢を正した。

 

「それも、そうだな…………すまない星野くん、少し先走っていたようだ。けれど、何か困ったことがあればいつでも聞いてきてくれ。俺は君のクラスメイトであり、委員長なのだから」

 

「ん。わかってくれたなら、それでいい。あと──」

 

「デクくん、飯田くん、星野ちゃん……」

 

「「「────」」」

 

 今度は横合いから、声。

 次から次へと、暇もない状況にそろそろ身体的情報よりも先に授業でいじめられた頭がパンクしかける一条。

 なんだ、と怪訝そうに体ごと横へ動かすと、そこには──

 

「頑張ろうね体育祭……ッ!!」

 

「…………」

 

 ──麗日、うららかじゃない。

 

 うららかじゃない方の麗日がいた──。

 顔があれだ、決闘をしかけてきそうなシワが麗日の麗日フェイスに刻まれている。

 

「顔がアレだよ麗日さん!?」

「どうしたの? 全然うららかじゃないよ麗日」

 

 出久も、ましてや芦戸でさえも麗日の子の変わりようには呆然とするしかない。

 だが、麗日には自覚もなければ止めようともしない。

 そのまま切島たち男子グループに進軍すると、床へと思い切り足を叩きつけて、

 

「みんなああ!! 私頑張るうう!!!」

 

 ──麗日が、壊れてしまった……。

 

 いや、もしかすればこれが麗日本来の姿──、

 

「おおおお!!! けどどうした!? キャラがフワッフワしてんぞ!!」

 

 違うらしい。

 一体どうしたのか。麗日がこうした場面でうららかでなくなってしまうのは珍しい。というより今初めて見た一条。

 

 ──人って、見ただけじゃわかんないんだ……。

 

 思えば飯田が笑うのも見たことがなかったかもしれない。

 一条は、クラスメイトの新たな一面をパンクしそうな頭に突っ込んで、そろそろ昼ごはんを食べに行こうと人知れず扉へ「おい星野……」────。

 

「…………」

 

 ──だれ……?

 

 今、一条の耳に声が届いたような気がしたのだが、体ごと振り返ってみても頑張れって感じの麗日に目がつられているクラスメイトらしか見えない。

 包帯越しの耳もあるし、頭が疲れているのもある。何か幻聴なようなものでも聞こえたに違い──、

 

「無視すんな! 下だよ下! オイラだよ!!」

 

「……峰田」

 

 一条は、首を下に曲げることができない。そのため、足元でぴょんぴょん跳ねる紫の塊を包帯の下の瞳を目一杯下にしてようやく目撃した。

 目が変になりそうだ。

 

「なんだよ星野……その格好。まるで全身タイツならぬ全身包帯(・・・・)じゃねえか」

 

「うん、傷がすごいってお医者さんが」

 

「そうだろうなぁ! だってお前、お腹からすげー落っことしてたもんだから、オイラもう死んじゃうんじゃねえかって思っちまったんだ……。でも戻ってきた! オイラ嬉しいんだぜ星野!」

 

「…………。そう」

 

 一条はよく見えない峰田に息を落としながら、観察した。なんというか、峰田が嫌に優しい。こういうのをキザったいというのだろうか。

 それに峰田の瞳が、妙にアレな感じがした。あの、個性把握テストでも感じた『ドロドロ』の気配。

 

 ──まさか……。

 

 その途端、

 

「なぁあ、星野ぉ。ところでその包帯……一体どこまで続いてんだぁ……?」

 

 峰田の瞳が『ドス黒いドロドロ』の色となって、腕や足を舐めるように見つめてきた。

 

「……っ」

 

「もしかして、その制服の下までずっと繋がってんのかあ?」

 

 ──うわっ……。

 

 そのどろりとした粘液のような感覚は、まさしく邪悪。ミーのそれとはまるっきり種類の違う、離れたくなるような気配が背筋を上ってきた。

 瞬間、一条のギアが峰田をクラスメイトから外道へとクラスチェンジ。右腕をわずかに後ろへと引き絞って──、

 

「なあ……オイラにその『終着点』を見せてくれ────え」

 

 刹那、徐に人差し指を伸ばす峰田の視界に白い物体──一条の手がいっぱいに埋まって──

 

「ゴパァァアア──ッ!?!?!?!?」

 

 激突。

 わずかに後方に振り絞った一条の腕が前方へ解き放たれることで、峰田の顔中に的中。峰田の体を軽々と飛ばした。

 悲鳴を上げる峰田が紫のボールとなって、教室の端に華麗なる紫の放物線を描く──。

 

「ん? おおああ峰田が飛んだああ!?!?」

「虚空に刻まれし紫の慟哭……やはりそうか」

「言ってる場合かああ!!!」

 

 突如として始まった峰田ショット。

 皆が目玉が飛び出そうになるほどのパラボラを描く峰田の行き着いた先は──、

 

「ああああ!! ブホぉおッ!?」

 

 ゴミ箱だった。

 

 ──ホールインワン。

 

 

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