青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第六話 『眼鏡の人と実技入試』

 

 

 

 

 雄英高校。門をくぐり、玄関を越え、人流に導かれるままたどり着いたのは、

 

 

   ── 大講堂 ──

 

 

 そこには何百人もの受験生が放つ緊張感で、室内は混沌とした空気で飽和する。

 

 それもそのはずである。ここにいるすべての人々は、皆なりたい自分になるために、“ヒーロー”になるため、雄英高校『ヒーロー科』を受験している。プロに必須の資格取得を目的とする養成校として機能だ。

 ヒーロー科は全国同科中、最も人気を博し、最も難しい。その証左は、例年三百を超える倍率から明らかだ。

 そして、偉大なヒーローになるためには、ここ雄英卒業が絶対条件である。

 ということを──、

 

「…………」

 

 一条は指定された座席に深く腰を下ろしながら、過去ミッドナイトからぼけっと聴いていたことを馳せる。これと言って入試試験の内容は語られなかったものの、それは公平性を保つためであることは理解しているし、一条にとっても贔屓されるのはごめん被るタチだ。

 

 ──受ける人に失礼だし……。

 

 深く息を落とし考えを次に切り上げる一条は、上瞼がわずかに影を落とす瞳を巨大なスクリーンに向けた。

 

「…………」

 

 スクリーンは未だ、斜めがけに『HERO ACADEMIA』の文字が走るだけの映像が映し出されたままだ。

 

 それ以外は殺風景。

 緊張で落ち着かない口を同級生であろうものに向ける人たちの喧騒も入り乱れた緊張という重苦しい空気が、一条を通り過ぎて廻るまわる。

 

 ──まだかな。

 

 無情にも過ぎ去っていく時間に瞬きする一条が胸中で愚痴をこぼし、左手首に巻き付けた時計を確認しようとした。

 

 そのとき──、

 

「────」

 

 辺りの喧騒をかき消す光の横槍──スポットライトがステージを照射。開演が起動音の重厚なシンフォニーを奏で、──空気が凍る。

 そのだだっ広く開いた沈黙を我が物としないとするばかりに、巨大スクリーンが黄金色に煌めく。光が刻まれ、『U A』の象徴たる校章が飛び出し、

 

「ぅ……」

 

 火柱と硝煙が空気を塗り替え、閃光が緊迫で仄暗い大講堂を爆発。

 

 その中央。注目を独り占めにする人影──男が立っていた。

 

「WELCOME TO MY LIVE SHOW !!! EVERYBODY SAY──!」

 

 この場を一瞬にして支配した張本人──プロヒーロー“プレゼントマイク”が、壇上を掌握し、上げられた黄金の空気に響き渡る独唱を反響。

 

 鼓膜を打ち破らんと欲す会場を包み込んだ朗々たる叫びに、

 

「HEEEEYYYYYY──ッッ‼︎‼︎」

 

 ……うるさい……。

 

 両腕をそっと上げる一条は、両耳に人差し指をそっとぶち込んで静観に徹した。それは第二波がくるかもしれないという耳への考慮もあったし、この会場自体が受験生の熱狂の渦に飲まれかねないという懸念もある。

 

 そんな一条であったが、講堂は予想に反した結果が待ち受けていた。いや、すでに対面していた。

 

「「「………………」」」

 

 

 講堂、圧倒的な──

 

 

「「「…………」」」 

 

 

   ── 無音 ──

 

 

「こいつあシヴィイ──!! 受験生のリスナー!」

 

 この無音を塞いでしまうとして、まさかの事態に受験生から裏切られたショックを隠せないプレゼントマイク。これには苦言の雄叫びを放つしかない。

 しかし、当然と言えば当然だ。受験というものは人生の道筋を決めるきっかけともなるクロスロード。それに、能天気に『いやほー』と返すわけにもいかないし、『うおー』とやる気の声が出るほど肝は座っていない。

 無論一条も言を返さない群衆の一人なのだが、そのわけはただ一つの方程式、『おしゃべり=疲れる』があるからだ。

 

 そして今にも、

 

「実技試験の概要をさくっとプレゼンするぜ!! ARE YOU READY!?」

 

 緊張とは真反対な掛け声という名の無茶振りが、

 

「YEAHHH──ッッ!!」

 

 ぶち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ──シーーーーン──

 

 無情。倍率三百という受験生が押し込まれた講堂にも関わらず、どこの場所よりも空気が死んでいた。

 

 当然、空気が死んでいるということは、小さな音でも小さな声でも簡単に耳に拾えてしまうことだ。耳を塞いでいた一条が肩の力が抜けるため息をそっと吐くと、ボソボソと喋り声が聞こえてくるのも、ある意味必然と言える。

 

「うおお…………ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』だぁすごいぃ……! ラジオ毎週聞いてるよ感激だなぁ……! 雄英の講師はみんなプロのヒーローなんだ……!!」

 

「うるせえ」

 

 声のありかは壇上を見下ろす後方の一条。その視線の前の前の方に座る、緑谷出久と爆豪だ。

 思ってしまったことをダラダラと口に出して漏れ出てしまうのは出久のアイデンティティであると、海浜公園の一度の付き合いで一条は把握済み。

 けれど、もはやこの場で独り言をごちってしまうのは生まれついた癖としか言いようがない。その喋る体力に関して、一条は疲れないかと青い双眸に鈍い光を宿らせた。

 

 そうこうしているうちに、時間は刻々と過ぎ、説明もまた過ぎる。

 

「入試要項通り! リスナーには、この後十分間の『模擬市街地演習』行ってもらうぜ!! 持ち込みは────」

 

 プレゼント・マイク。ここでは長過ぎるから、マイク先生としよう。

 マイク先生の耳を通すどころか鼓膜ごと持って行きかねない声に、うまいこと一条は流しながら、手元に視線を落とした。

 

 この受験を受ける上で、生徒全員に渡された“受験票”。一条の目に当てられているの受験番号は

 

   “2250番”

 

 下に目を移し、試験場所は

 

   “演習会場D”

 

 とのこと。

 

 ここで重要なのは、この演習会場についてだ。

 マイク先生の説明をまとめると────、

 

 ・制限時間は十分。

 ・持ち込み自由。

 ・演習場はA〜Gの7つの地区に分かれている。

 ・仮想ヴィランは三種・“多数”が配置。難易度に応じて一から三ポイントが割り振られている。

 

 ということだ。

 

「……ゲームと同じ……やったことないけど」

 

 ──ようは高得点を効率よく、できるなら低得点も効率よく最短ルートで撃破する。

 

 市街地演習ということは、経路は入り組み、かつ乱戦が予想できる。ポイントの奪い合いだって起こりうるかもしれない。奪い合いが起こるほど狭くはないだろうが、そもそもヒーローからかけ離れた所業だ。

 

「もちろん、他人への攻撃等アンチヒーローな行為は御法度だぜ!?」

 

 ──……ほらね。

 

 

 考えなくても、そもそも選択として入らないアンチヒーロー的な所業。ヴィラン的所業など、奪うことなど一条はしない。けれど──、

 

「質問、よろしいでしょうか!!」

 

「────」

 

 だれかはわからない。けれど一条はその何かの場所から引き上げられ、受験票に落ちていた目線が浮上。

 一条の送った視線は、スクリーンに遮る形で立ち上がる凛とした発言者にぶつかった。

 

「プリントには、“四種”の数が記載されております!」

 

 スポットライトを落とされるその男子生徒は、メガネの奥に堅苦しそうな光を宿し、掲げたプリントへマイク先生に見せつけるように指を差す。

 プリントは一条の目の前にもあるもの。講堂に入る前に渡された配布物だ。

 しかし、よくわからない。

 

 ・仮想ヴィランは三種・“多数”が配置。

 

 

 

  ──“多数”──

 

 

 

 それが、彼の指さすイメージ写真にある仮想ヴィラン──ゼロポイントに該当するものではないか。

 細かいと言えば細かいだろうが、少なくとも三種と多数で合計四種。マイク先生の言うとおり、言い方は悪いだろうが、それでも一条の耳ではそう捉えたのだ。

 

「誤載であれば、日本最高峰たる雄英において、恥ずべき痴態!! 我々受験者は、規範となるヒーローのご指導を求めて、この場に座しているのです!!」

 

 そのことはもう一条の頭の中で完結したことで、メガネ男子の声など右から左へ素通った。

 

 ──……まあ、そういう人もいる……ってこと? 。

 

「──でにそこの縮毛の君!」

 

 大したことではないことだ。

 

「──物見遊山のつもりなら、即刻、ここから去りたまえ!」

 

 一条は頬杖をついて、机に置かれた自分のプリントを指でいじりながら、時間が過ぎるのを「そこのジャージの──」待つ。

 出久の髪は縮れているけども、この高校の受験を遊びにきたわけではない。少なくとも、彼の決意を一条は短い時間だが体感した。彼には、単なる夢をつらつら話す人ではない、炎を瞳に宿している──ように見えるのだから。

 それは、七ヶ月という月日を超えて会った今日にもあった。初めて会った日とは比べ物にならない、光が──

 

「聞いているのか!」

 

「…………。……?」

 

 緑谷出久。彼と話すのは、何かと良いかもと思った矢先に、耳につっかかってくる声で一条は顔をもたげた。

 視線の先には、いつまでも立っているメガネの人。その脇には、両側からは目線があった。

 

「…………」

 

 ゆっくりと体を背もたれから外し、一条は首を傾げながら後ろを振り向く。

 

 ──なんか……みんな見てる?

 

 そういえば、大講堂に入る以前からでもその視線はあった気がする。他人を上から下まで舐めるようにみる、好奇な目だ。

 しかも時間が一秒と短く刻んだ今も、その珍しそうな瞳は表情を伝ってくすくすとした音を奏でる。

 

「ジャージ姿は君しかいないだろう! 今更無関心を決め込んでも無駄だということを知りたまえ!」

 

 ──…………。私、か。

 

 心の中で唱えて、一条はメガネ男へと体を向けた。

 

「……なに」

 

 変わらない静寂の詰まった顔立ちを讃えて。

 

「なに……とはっ。周囲の者は、各々の中学校の制服という『正装』で挑んでいる!  にも関わらず、そのような機能性のみを重視したカジュアルな服装……あるいは部屋着のような格好で、雄英の門をくぐるとは何事か!  受験に対する敬意が足りていない!」

 

 メガネ男のビシッとした所作で指差されるのは、ミッドナイトが選んでくれた黒と青のタクティカル・ジャージだ。他の人、例えば出久や爆豪も制服というのを着ていたが、一条にそのような装いはない。

 大体、中学校自体通ってなんてないのだから。

 

「…………」

 

 一条は特に気圧されることなく、無表情のまま真っ直ぐと、服に移していた双眸を彼に向けた。

 

「…………」

 

「…………。──聞いているのか!」

 

 詰め寄ってくるメガネ少年の言葉に対し、一条は感情の起伏のない青い瞳を向けたまま、静かに小さな口を開いた。

 

「聞いている。それとも……──何か言った方がいい?」

 

「な、なんだと……!? 私は、君の『自覚』を問うている!」

 

 メガネ堅物少年の声が講堂に響き、周囲の視線がさらに痛烈に一条に突き刺さる。くすくすと見下ろす嘲笑は、

 

「空気読めないの?」

「痛い人じゃん」

「自分だけ特別ってか、ウケる」

 

 という言葉へと変わって、講堂の空気が混沌の状態に陥っていく。

 

 言葉の群を一身に受ける一条の肌は血の気を失う。いや、あくまで三者から見れば、それは今更状況に気づいたからだという話。

 あいにくカプセルで目覚めてから今に至るまで、一条の肌に変化はない。

 ただ、不思議そうに小首を傾げただけだった。

 

「……正装。確かに、みんな着てる。でも私には『学校』がない。だから着てない」

 

「なっ……不登校児か!? いや、それなら……」

 

「──OK! OK! 受験番号7111くん!? ナイスなお便りサンキューな!」

 

 いつまで経っても、この話には寄り添えない。ただ、メガネ少年が一条のわけを垣間見たとき、声のトーンがわずかに下がる。

 そして平行線の一途を辿る前に、マイク先生が、ざわめいて波紋立つ水面に一滴落とし、あたりが静まった。

 ついで、スクリーンに市街地を囲むように本来話題となるはずの仮想ヴィランのシルエットが浮かび上がる。

 

「四種目のヴィランはゼロポイント! 言わばお邪魔虫ってわけだ!! こいつは各会場に一体! 所狭しと大暴れしている『ギミック』よぉ! 倒せないことはないが……倒しても意味はないッ」

 

 粛々と、会場にいる誰もがこの重要なポイントに耳を傾けていた。無論一条も。

 

「リスナーには、うまく避けることをお勧めするぜぇ?」

 

 そう言って、手のひらを翻して全生徒に知らしめるようにして見せるマイク先生が、サングラスをギラリ輝かせる。

 

「…………。有難う御座います! 失礼致しました!」

 

「…………」

 

 沈黙はあれど、腰を几帳面に折りたたんで座席に落ち着かせるメガネ少年。彼がどうしてそこまで服装にこだわるのかわからないが、一条にとっての正装としてはこれしかないし、なぜと言われてもこれしかなかったからとしか言えない。

 

 これで一件もおしまい。と思った一条の瞳に、くるりとこちらに振り向く人影が、

 

「君にも失礼した。試験を軽んじていると決めつけ、君の背景を慮ることなく押し付けてしまった上に、明かされたくないことまで……。心から、謝罪する!」

 

「────」

 

 直角に腰をおり、こちらに向かって後頭部を差し出す堅苦しそうな少年に、一条は不思議そうに瞬きを一つ溢した。

 まさか、と頭によぎったからだ。このままダラダラと平行線を辿って、面倒が残るような気がしたからなのだが、目の前にあるものは全く違う。これが──“気づき”ということで、自分にもこの少年に“気づき”を持ち始めた。

 

「……いい。別にいらない。あなたはただ、あなたの中の正しいことを言っただけ」

 

 事実、制服で来ることは正しい。

 誤っているのも承知の上で、一条はここに腰を据えて受けている。

 

 一条の我を入れない言動に、飯田はゆっくりと顔を上げた。その表情には、先ほどまでは持ち合わせていた攻撃的な鋭さはなく、代わりに、ある種の敬意が滲む。

 

「……寛大な言葉、痛み入る。君のその瞳を見れば、不真面目などという言葉がどれほど無礼であったか……」

 

 ──……そこまで気にしなくていい。

 

 少年が吐いては戻せない唾を顧みる反面、一条は事実しか反射しない瞳を向けたまま無表情を保つ。その表情は鉄仮面のようであるものの、ほんの少しだけ困惑が表に浮かんだ。

 

「俺は、飯田天哉と言う。ライバルとして、どうか名前を聞かせて欲しい」

 

「…………」

 

「おそらく君は、私でも測り得ない研鑽を積んで来たのだろう。そのような実力者と同じ場に立てることを、誇りに思う」

 

 ──…………どうして?

 

 全くもって、掴めない一条は頭の底で疑問符が湯水のように湧き出ていて、首を傾げざるを得ない。

 

 けれど、一条が沈黙というなの考え事を募らせるごとに、時間は刻々と過ぎていく。なぜここまで自分という存在に話題が膨らむのか甚だ疑問で瞬きをまた一つこぼす一条は、背もたれから背中を離す。

 

「……星野一条。あなたのことよくわからないけど、頑張るよ」

 

 一条の短い答え、互いに瞳を一瞥すると、飯田は「失礼した!」と叫んで着席した。 

 

 とりあえず、相手が名を名乗ったのなら自分も名を名乗るのが定石となりつつある一条。もとより一条はメガネ少年──飯田は堅物であれど悪い人とは見ていない。講堂の先の言動においても、まとまりつつあるこの空気感は間違いなく飯田によるものだから、一条にとっても面倒のない状況だ。

 とはいっても、

 

 ──真面目、なのかな。

 

 彼が、いわゆるガリ勉であるという印象は拭ってないが。

 

「OK! リスナー諸君、和解が済んだようで何より! それじゃあ最後に、我が校“校訓”をリスナーへプレゼントしよう」

 

 両手を広げ、マイク先生が首元の拡声器に声音を乗せ、高らかに吠える。

 

「かの英雄、ナポレオン=ボナパルトは言った! 『真の英雄とは、人生の不幸を、乗り越えていく者』と!! ……さらに向こうへ! ──“Plus Ultra”!!」

 

 そこ言葉を合図に、講堂の照明が光を灯した。これからの主役は、この場にいる受験生の皆が主役だというように、

 

「それでは受験生諸君! ──良い受難を」

 

 スポットライトを当てて──。

 

 

* * *

 

 

 盛大と厳粛な序章を言い渡され、バスに乗って十数分後──一条は、車輪に磨かれ隙間なく圧密された黒い地層の足場に降り立っていた。

 

 場所は雄英の大講堂から移り、校舎の背後で枝分かれしたルートの先にある開けた土地。そこには、訓練のためだけに設置されたことを示唆させる高さ50メートルはあるであろう壁と、市街地が先にあるであろう堅牢な扉が目の前に存在する。

 壁の外からでも、敷地の広さは、

 

 ──広い……。

 

 とにかく広い。街一個あるんじゃないかと思うくらいだ。街の中を奔走するにせよ、対象と戦闘を交えるにせよ、何にせよ十分な広さがある。

 

 後ろから下車する人の妨げにならない場所に体を落ち着かせ、程よく上体を横に回して動的ストレッチ。淡々と実技試験に向けて準備を進めていた。

 

「うおー、マジで街じゃねえかこれ! ここで戦うとか、鳴るぜ腕が!」

 

 バスのすぐそばで、そう言って岩のように頑強となる腕同士を打ち合わせるのは、ツンツンと尖った黒髪の少年だ。その腕は個性に由来したものというのが見ただけでもわかり、黒髪少年の表情には他の人とは違って不安や焦りはない。

 

「いやいや、怖過ぎだろ……。これ、まじでロボットと戦うのかよ」 

 

 それとは対象に、不安を紛れさせるためか、人集りの一人となる金髪に黒い稲妻が走った少年がキョロキョロと忙しなく辺りを見回す。

 

 ──……病院にいた人たちより、いろんな人がいっぱいいる。

 

 ときに奇怪な服装で挑もうとする人も仲には見受けられた。あれは、各々の個性に合った服装をしているのだろう。持ち込み自由なため、自作のサポートアイテムを装備している女の子もいた。

 さっきの金髪少年も、先のことに不安はあれど、自分の力に関しての疑いを持つ兆しはない。

 

 みんながみんな、自分の力に自信がある。それは、他人から見ても、一条もその中の枠組みに入る。

 

「……。────」

 

 視線を感じ、一条の瞳が横に動く。

 首をわずかに動かすと、先の少年──黒毛の少年が意を結したように歩み寄ってきたところだった。

 

「よ、よお! さっき講堂で飯田ってやつに絡まれてたジャージの!」

 

「……?」

 

 ゆっくりと振り向き、陽光を浴びて青みがかる一条の髪が靡く。まるでドレスのように追随する動きは、見慣れない男子からすれば目が流れるだろう。

 その瞳は一瞥する形で、すぐさま一条の方へと彼が紅目を向けると「よお!」と腕を振った。

 

「その格好、硬派な感じでイイな! 実践重視って感じで『男気』あるぜ! いや、女子に男気……は変か?」

 

「……さあ? 動きやすいってだけ」

 

「ハハッ、潔いな! 俺ぁ切島鋭児郎」

 

「切島……えーじろー」

 

「鋭児郎だ鋭児郎!」

 

 伝えられた名前を一条は反芻するものの、ぼやけた名前に変貌を遂げたことに切島が笑いながら訂正。屈託のない快活な笑みを浮かべるのは、彼の人の良さを物語る。

 

「私は……星野一条」

 

「おう、聞いてた! 良い名前してんだな……すげぇ真っ直ぐな感じで、横道が逸れてねぇ。男気しかねぇえ!」

 

「ぅ、うん……」

 

 それにしても、他の受験生徒に比べてこの少年──切島は元気がありあまりすぎる。言い換えれば全身全霊。先ほど見た個性も加味して、文字通りの硬派だが、竹を割ったような性格の──竹の中身はどんなものがあるのだろう。 

 垣間見るつもりは、今の一条にはないし持ち合わせてもいない。だが、少なくとも、件の飯田を経て、同年代の人ともっと知りたいという意欲は芽生え始めた。

 

「…………」

 

 知りたいことの反対に、喋ることへの苦手意識はまた別だが。

 

「そういや星野」

 

「……?」

 

「プレゼント・マイク、演習は持ち込み自由って言ってたろ。星野はそういうの使わねぇタイプか?」

 

 怪訝そうに口を曲げる切島に、一条は青い瞳を遠くに見据える。その瞳に映るのは、もう十ヶ月はお預けとなっている、黒剣と黒い大砲だ。ミッドナイトにももちろん聞いてみたのだが、武器は現在サポート会社の中枢で安置されているらしく、まだ返してはもらえない。

 曰く、“いつか”は返してくれる日がくるのだろうが、その日はいつ来るのだろうか。

 

「……いらない。私の使う武器は、もう決まってるから」

 

 無垢でありながら、凪いだ水面に、微かな鉄の匂いを混ぜた一条の声が、一直線に、切島をくすぐらせた。

 

 その目の前には、傷ひとつない、一条の真っ白な拳。細く、繊細なラインを描いて硬く閉ざされた手に、切島の交戦的な笑みを浮かべた。

 

「無手か……! 自分の武器、信じてるやつぁ折れねぇからな! 『硬派』だぜ、星野!」

 

 一条の目の前で、切島の空気がふっと変わる。

 直前までの人の肌だったはずの腕は、ゆっくりと構えるときにはすでになかった。代わり果てた、人の肌とは違う、まるで岩肌のような質感が、肌を覆い尽くして、

 

「──ふんッ!」

 

 ──快音。

 硬質な音が、拳の間の空気を押しつぶして加熱──真っ赤な閃光が咲く。

 それは、力の誇示でもなければ、見せつけでもない。切島の体の内から放たれる熱さとして“炎”の粉が、舞ったのだ。

 

 そして──

 

「『ハイスタートー!』」

 

 切島の打ち合わせが、唐突に後追いするマイク先生の開戦宣言へのスターターピストルとなった。良くも悪くも。

 

 そのとき、一条の中で「あ」と思ったのは、その音に乗じて演習場のあちこちで空気が一斉に弾けたのを感じたときだ。

 

「え?」

 

「『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!! HU

RRY UP!!!!』」

 

 試験はすでに開始の狼煙を上げられており、呑気に突っ立っていた受験生とをマイク先生が捲し立て上げる。無論その中には切島と一条の二名も含まれていて、当の二人の片方がバッと扉の方を見た。

 

「ヤッベェ!! やらかした!! 星野、お前も早く──」

 

 そうとなればこの遅れを挽回するべく、切島が話しても反応のない一条の方へ首を回し──

 

 一条は、すでにいなかった。

 足元。彼女が踏み込んだであろう地面が、わずかに削れていた。ほのかに香る靴底の焼けた匂いが、彼女がつい先ほどまでいた証拠。

 

「はんやっ!? くっそ、負けてらんねェ!!」

 

 感嘆と驚愕はいっときに吐かせ、切島が空きすぎたスタートのラグを足で埋め、走り出した。

 

 

 前方、長い二つ束の髪を靡かせ、一条は先に踏み出す。

 出遅れた事実は後へと置いていき、足は思考を追い越して前へ前へと押し進む。

 レギンス越しに浮き彫りになるのは細くしなやかな脚線。だが、外見に反して地面を蹴る推進力は周囲の受験生を明確に凌駕した。

 

 ──走る、走る……。

 

 なんの気無しに踏み込んだ一歩が、跳躍へと変わり、群の最後尾にいた一条の体を宙へ放り投げる。

 視界が、開ける。

 一条の青い瞳が瞬く下には受験生たちの背。そのまま先頭争いを奪い去り、突き抜けていった。

 

「はええ!」

「あいつ講堂にいたやつ!」

 

 颯爽と走り抜ける一条の小さくなりゆく背中に気づくものもいたが、人一人にかまけていられないタイムアタック。

 各々がそれぞれの場所に散っていく中、一条は辺りを見回して、

 

「…………」

 

 ──金属の軋む音がした。

 刹那、すぐそばの建物の外壁が崩壊。

 

「ヒョウテキホソク──ブッコ──」

 

 壁を突き抜け、神出鬼没に現れた仮想敵A(1P)が、顔を出したのも束の間。

 

 黒い影、すなわち一条の姿が消え──

 

「ふん」

 

「グベエエ!?」

 

 拳を振るうまでもなく、懐に踏み込んで上昇。繰り出された真上を刈り上げる蹴りが、1Pヴィランの顔面を粉砕した。

 悲鳴めいた機械音が裏返る。次の瞬間には、物言わぬ鉄屑と化して地面に沈んでいった。

 

 ──これで1P。……脆い。

 

「つぎ」

 

 つま先を地面に当てがい、具合を確かめる一条の面持ちは変わらず涼しげ。人形のように嵌め込まれた碧眼は辺りに神経を張り巡らせ、己のリズムを広げる。

 こと、戦闘において大事なのは、自分が動きやすく考えることだ。

 

 一条は止まることはない。

 体を前に倒し、足が前に出れば地面を蹴って前進、邁進、猛進。

 

「テヤンデイ、テヤンデイ!」

 

「ガリヤロウ、モヤシイタメダ!!」

 

 騒ぎを聞きつけ、続々とやってくるポイントヴィラン。

 足音ともに駆動音が重なって、緊迫した空気の線がピンっと弾けて騒がしくなる。

 

 そして、正面に颯爽と、一輪駆動を全開に飛び込んでくる1Pヴィランが現れたとするや否や──一条が正面から懐に突っ込んで、

 

「じゃまっ!」

 

「ゴボオ!?」

 

 拳ではない。手刀に近い鋭い一撃が、仮想敵A(1P)を襲った。無慈悲で迷いのない一条の手がヴィランの首元に易々と潜り込み──すれ違いざまに配線を引きちぎる。

 引き抜かれ、穴から凄惨なまでの火花が散り、ヴィランの体が物言わぬ物へと変貌するのと同時に、つながったままのヴィランの首を支点に一条が独楽のように回転。

 

「コッチニキヤガッタ!?」

 

 驚愕に声をあげるも、遅い。

 速度を緩めることの不可能な域まで飛び込んだ仮想敵B(2P)が足を振り下ろすよりも先に、一条の方が──速い。

 

「やあ──っ!」

 

「アイエー!?」

 

 遠心力で横向きになる一条。残骸の首から手を離すとともに仮想ヴィランへと飛びかかり、一条のつま先が側頭部に炸裂。仮想ヴィランの顔面に詰められた中身が地面へと飾られた。 

 

 ──まだっ!

 

 四角くの箱の中に押し込めた理不尽を──ミサイルポッドを肩に貼り付けた仮想敵C(3P)が、機を待ったとするように三つの赤目を発光。

 

「ケシズミダアアア!!」

 

 発射チューブ。総勢十門から、水を得た魚の如く誘導弾が宙へと開放。反動推進を持ってして止まらぬ速さで一条めがけ飛び込んでいく。

 

「しっ──」

 

 迫り来るミサイルの群を前に、一条の瞳が背後──配線を剥き出しにして倒れ込む仮想敵Aに走る。

 今しがた貫いたヴィランの首元は脆く崩れかけ。それに迷わず一条は手を伸ばし、引きちぎり──、

 

「──ッ!」

 

 刹那の競い。

 雁首を揃えて獲物に定める(ミサイル)に、代わりとなる(鉄屑)を間髪入れずに放り込む。

 重さも長さも、計算する暇はなく、ただ『そこに投げ込めばいい』と体が理解し納得した。

 

 長く伸びた鉄屑の首は回転しながら宙を舞い、ミサイルの群へ突っ込む。

 

 瞬間──、

 

「ンナッ!?」

 

 一発が起爆。それが合図だ。

 連鎖する爆炎。白い閃光が仮想敵の視界を真っ白く塗りつぶし、衝撃波が空気を弾き飛ばす。右に倣えと指示され、誤った起爆は誤った連鎖を弾き続けた。

 

「オレノダチヲ、オトリニシヤガッタ!! ナニモミエナイゾ!?」

 

 驚愕にスピーカーの喉を震わせる声が、煙の中で吐き捨てられる。

 煙は一角を充満させ、外から見ても見えないほどの充満具合。白く塗りつぶされた視界はヴィランの位置を消し、孤独にさせた。

 

 その混乱の傍に、終わりの足音が迫る。

 

「──マッ!?」

 

「──これで6P(ろくぽいんと)

 

 冷淡な一条の声と、その華奢な手で握りしめられた瓦礫の鈍器によって終止符を叩き落とし、

 

「ギェ」

 

 ──仮想敵の頭を潰した。

 

 

「…………」

 

 時間にして、まだ一分にも満たない中で繰り広げられた攻防。それに余韻に浸るわけにもいかないし、後味を咀嚼するほど一条は濃厚と捉えていない。

 

 煙を切り裂き、再び一条は走り出す。

 背後で火花が散り、小さなひは大きな火を連れて爆発四散するも、鉄屑の残骸にもう興味はない。

 

 ──足りない。まだ全然……!

 

 ならばと、一条は顔を空へ持ち上げて、

 

「タイショウホソ──プギャ!?」

 

 手にしていた鉄筋コンクリの鈍器。叩きつけた衝撃でただの鉄筋が剥き出しになったものを、一条はながらで投擲。駆けつけた仮想敵Aを穿った。

 

「じゃま。…………。上からならもっと辺りを見渡せるし、上に行こう」

 

 耳で拾い上げた市街地の喧騒は辺りで響いていた。どこもかしこも、がなりや奮い立つ声で閑散とした街を活気づかせる。

 

 通りを走っていてもいつ来るかわからない博打をするよりは、俯瞰して見渡す方がいい。それに、自身と同じように多数を相手取ってやられかけているのなら、助ける。

 学生に向けてミサイルを打つような連中。一般人が当たれば、まず骨折はまず免れないのだろうから。

 

「────」

 

 そうと決まれば、一条は低規模のビルに駆け走り──跳躍。窓枠を手をかけるのと同時に自身の体を持ち上げて飛んでは繰り返し、屋上へ最短で向かっていった──。

 

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