── 雄英高校 某所 ──
実技試験の喧騒が嘘のように静まり返ったモニター室には、十数個の画面が放つ微光と、プロヒーローたちの重苦しくも、どこか興奮をはらんだ沈黙で満ちていた。
だがこれはまだ序の口に過ぎず、今の空気を例えるのなら、食卓に料理が並ぶのを待つ微妙な緊張感と言える。
そして今、
「実技総合成績、出ました!」
目前に並んでいた画面に、受験生たちの名前。その横に刻まれた、文字通り死力を尽くし勝ち取った数字の羅列が表示された。
「救助ポイント
「『1
試験のリプレイ映像が映し出され、タフネスの賜物と称される少年の健闘が垣間見える。皆、爆炎を生み出して仮想敵を翻弄する少年──『爆豪勝己』に喉を唸らせた。
すると、それとは正反対な少年にもスポットが当てられる。
「対照的に、
「アレに立ち向かったのは過去にもいたが……、ぶっ飛ばしたのは久しく見てないなー!」
映し出されたのは、一見ひ弱な少年だ。
その名は緑谷出久。彼が飛び上がり、凄まじい“個性”で
「YEAH! って言っちまうくらいだな!」
「けど、これなんて素晴らしいだろう」
注目が二人の少年に向けられるが、別の方面に視点を移す声に反応するように画面が切り替わった。
その映し出される映像に、それぞれのプロヒーローを兼ねる教師たちが静かに喉を鳴らす。
その映像には、
「ブゥーワオっ!!」
受験生三人が集結し0Pヴィランを倒すという、演習会場Dでのリプレイ映像。
最後は縦に一閃。画面に映った仮想敵Dが沈黙する。
「AMAZING!!!! マジでこれ、初めてでやるやつか普通!?」
「凄まじいね……。ただ、力だけじゃないさマイク。あの場にいた切島少年、灰原少女、そして星野少女の『即興の連携』。アレこそ、現場で求められる迅速なチームアップだ」
流れるような役割分担から、パタリと本を閉じるような締めに興奮気味に叫ぶマイクに、骸骨の風貌にも似た男が──八木が、深く頷く。
影によりその目つきは不明瞭だが、依然として衰えを感じさせない八木の青い瞳がリプレイし続ける画面を見据えた。
ナナから大太刀を受け取り、空へと舞った一条の、紡がれた一太刀を。
──刃は、空気を裂いた。
それだけなら、剣士まがいのヒーローならできる芸当だ。だが、画面の中のそれは違い、落下の質量と速度を味方につけ、刃が触れた瞬間に装甲が割れるのではなく、壊れるのでもない──まるで最初から裂け目がそこにあったかのように、割ける。
「……おいおい。あの子、ほんとに“個性”出してないんだよな?」
スナイプがマスクの奥で声を低くした。疑いというより、理解が追いついていないといった響きがある。
「だよな。灰色の女の子も馬鹿げた力してるが、そっちは序盤から……ほら、無手、だろ? 蹴って、殴って、千切っては投げ千切っては投げーって……」
誰かが、映像の中で宙を滑る黒い影を指でなぞる。そこにあるのは、肉体膨張でも、火花も、光も、爆炎もない。ただ受験生の身一つが叩き出した“速度”と“圧”。
「“身体強化”って一括りにするには、説明が足りないね」
淡々と、映像を瞳に受ける相澤が言った。だがその声音には、いつもの眠たさよりも僅かに硬い。
「特にあの『消える』動きだ。…………、瞬間移動じゃなく、ただ単に
「アレは……視線の外へ逃げてるのかい?」
紅茶を口に含み一服していた校長──根津が尻尾を揺らし、画面の端に映る一条の足運びを追う。
「……本人は、ただ走ってるだけですよ」
根津の瞳が画面に注視する寸前に、ミッドナイトが小さく息を吐いた。笑いにも似た吐息は、安堵と、胃の奥がきゅっと閉まる感覚の入り混じったもの。
それは、この瞬間に言えることではない。0Pを倒す以前にも、無茶をして他の受験生を助けて道を切り開くという、ヴィランポイントに直結しない行動をしたときは、思わず息が呑みかけるほど。
すると、緩みかけていた拳を再び握り締める八木が口を開いた。
「……もう一つ、注目すべき点がある」
スクリーンが切り替わる。そこに映ったのは、やはり0Pの手の影の下に立つ一条。そして灰原ナナと、遅れて割り込む切島鋭児郎。
三者三様の動機。三者三様の戦い方。だが、その場で──噛み合った。
「彼女は、星野少女は指揮を取ってはいない」
八木の言葉に、いやオールマイトの言葉に、誰もが視線を向ける。
「それなのに、この連携が生まれた。彼女は……ただ『こうするべきだ』という動きを、体で示したんだ。それを見て、少年少女が追従したんだよ」
「……背中で引っ張るタイプ、ね」
スナイプが短く言い、マスクの中で小さく吐息。
「いいや、背中というより、彼女の場合は──“前”でしょう」
相澤が言って、首に巻いた布を下げて顎を少し引く。
「迷いがない、躊躇いもない。……ただし、情緒がないわけじゃあない。あいつは、確かに助けてる」
相澤の言葉に肩にかかった気を緩めるミッドナイト。その目はモニターの中の一条に細め
る。
「……名前を覚えるの。あの子にとって、あれが“つながり”の一歩なのよ」
誰かが小さく笑う。だがその笑いには、揶揄する類いは含まれてはいない。
一覧が映された画面は、リプレイ映像の前面に重なっている。その横、星野一条の横に並ぶ数字は、確かに強いものだった。けれど、数字だけでは語れない何かが、あの中にはある。
「……入学させたら、面倒が増えるぞ。まぁ、星野がミッドナイトに引き取られるってところから、すでに決まってたんでしょうけど」
「今更何言ってんの。もう増えてるわよ」
「……はぁ……先が思いやられる」
短くミッドナイトに返して、相澤は懐から目薬を取り出して、差した。
「問題は入学後だ。……“ヒーロー”になるっていうビジョン……、彼女がどう受け取るかですよ。……今年も今年で、厄介な年になりそうだ」
* * *
実技試験から、もう一週間が経った。
喧騒と鉄の匂いはもう遠い記憶となり、残されたのは“結果”を待つという、実体のない重圧だけが、受験生らの背にのしかかる。
その間、一条は──、
「…………」
教師寮の廊下は相変わらず静かで、乾いた足音が規則的に響く。窓の外、冬の空は高く、冷たく澄んでいた。
だが、一条は廊下にはいない。彼女がいるのは、自室だ。
「…………」
受験が終わって、かれこれ一週間も待たされている一条。ベッドに意味もなく横たわり、足をゆっくりとばたつかせ、視界に真っ白な天井を広がる。
筆記試験については、特に言うことも無し。何か言えと言われて答えるとしたら『のーこめんと』、と返答する腹積もりだ。
それに、過ぎてしまったことを思考回路にひた走らせても、出てくるのはIFの線上にある枝分かれの妄想の数々。決して手の届かない妄想は手を伸ばしても雲を掴むほど。
ならば今のその先。言うなれば未来についてはどうなのかと聞かれると、実際のところ何も憂いていないのが一条だ。そうなればそのときだし、あの時の自分は筆記にだって全力で挑んでいたのだから、大丈夫。
──特に詰まらなかったし……。
頭の中で呟き、ベッドから体を起こして座る一条。
前後際断とは、まさに一条のことを言うのだろう。
と、ダラダラと過ごしながら、ふと机に一条が目を向けた。その時だった。
「いっちゃん、入るわよ?」
ノックの音と共に、睡が入ってきたのは。
睡は指で、一枚の厚い封筒をこれみよがしに挟み、一条に見せつけた。その真っ白な包み紙は豪勢なもので、鈍い光を放つ真紅の蝋がスタンプで押されていた。
──UA──
という、『国立雄英高等学校』の校章が。
封筒に青い瞳で釘付けにしながら、一条はベッドから立ち上がってスタスタとミッドナイトへ近づく。
「……きた」
「そう、キタわよ……!」
ミッドナイトの声は笑ってはいるが、どこか緊張感のはらんだ硬い雰囲気がある。なぜ、自分のことではないのに、そんなに表情を固くする必要があるのか。
青白い、高揚といった赤みを映さない一条の絹のような肌を持つ指先を封筒へ伸ばして、受け取った。
「開けるよ?」
「早く早く、開けなさい! 私だっていっちゃんの合否結果、知らないようにしてきたから楽しみなのっ」
「……うん」
背中をづいづいと押されるような感触に眉を下げる一条。後ろへ振り返ると、その封筒の表と裏を確かめるように眺め、指先で封蝋を弾く。
何が出てくるのか。小さくもありながら、分厚い封筒の中身の有り様は見るまで見当もつかない。触感としては、硬いが。
ゆっくり、うっかり壊さないように取り出した。
円盤上のデバイスを。
すると──
『私が、投影された!!』
手のひらの上で青い光が展開。部屋を塗り替えたそれは、空中に巨大なホログラム──世間を賑わす大人気でナンバーワンヒーローという、オールマイトが登場した。
「おーるまいと」
辿々しく呟いた一条。オールマイトを知れるメディアとしては、テレビやスマホからで、雑誌は特に興味がないため読んでいない。
今見ていて、一条はふと違和感を覚えることがあったのだ。
「…………」
画面の奥、影になってあまり見えないものの、時たま垣間見える彼の瞳に映る炎が似ている気がした。
あの日、モサモサ頭の少年の出久のトレーナーをしていると言っていた──“八木”に。
──けど、似ているだけで違う。
そう、海浜公園で見た八木の瞳と、オールマイトの瞳とでは違う。強いて言えば、何か別の衰えのようなものが。
『初めましてだね星野少女。私はオールマイトだ!』
「……初めまして」
「ふふっ……撮影されたものに返事しても何も返ってこないわよ?」
『なぜ私が投影されたって顔が、君の無表情に浮かんでいるような気がするよ! ハッハッハッ!』
隆々たる筋肉を動かすオールマイトの声は騒がしいというのが、今の一条の本音であった。
早く話題に入ってほしいという、一条の声に出さない要望とは反対に、ホログラムオールマイトは言葉を続ける。
『それは私が、この春から雄英高校の教師として勤めることになったからさ! さあ! 早速だが君の合否を発表しよう!!』
「…………」
──…………。
画面が暗くなり、ライトアップ。オールマイトの立つステージのみが明らかになる中、待望を示すドラムロールが鳴り響く。
後ろで固唾を飲む音が聞こえた気がしなくもないが、一条は気にせずホログラムに目を向けて、待った。
そして、ダンッ、とドラムに一際大きな喝が入った。
── 合格 ──
『おめでとう! 合格だ、星野少女! ……まぁ筆記で数学は取れても国語英語の情緒が危ういところもあったが…………、実技に関しては104
「……そう」
「反応うっす!! こういうの、もっと喜ぶところじゃない?」
オールマイトの熱烈な賞賛とは正反対に一条の反応と言えば冷淡も冷淡。いや、実際は胸を撫で下ろすような息を吐いたのだが、ミッドナイトは彼女の後ろ姿しか見えないからか悶える。
安堵よりも、高校受験合格という目標突破の喜びが、まさか一条がこんなにもあっさりとした反応だとは、保護者ミッドナイトは想定もしてなかったのだ。
両肩をミッドナイトに掴まれて、横揺れが次第に激しくなる一条。が、そんな乱れを察知したかのように、浮上しているホログラムのオールマイトが咳払いし、胸襟を正す。
『実はだね、先の入試は
向こう側の画面、104のポイントが分解され、二つの数字となる。
──
──
『文句なしの合格だよ、星野少女! 改めておめでとう!
メッセージ、合格通知の映像は、そこで切れた。
一条は今の今までオールマイトが浮かんでいた空中を放心したように見続けていた。『君の』ヒーローアカデミアという、彼の放つ言葉を噛み締め、反芻するように。
ふと、頭に手を乗せられる。
一条は、その不快ではない撫で心地に背後を見やった。
「……。合格したよ。私は、ここにいていいって」
「当たり前じゃない……! 頑張ったわね、いっちゃん。本当に……っ」
「ふぎゅっ」
撫でから、喉を焼くように震わせるミッドナイトに強く抱きしめられ、顔が潰れる──いや、埋もれた。
「苦しい」とでも言おうとしたが、一条はその言葉を口に出さず、喉元で飲み込む。
なんだか、ミッドナイトから伝う温もりに、苦さのような水を差すのは違う気がしたから──。
〜〜実技総合成績〜〜
1位:星野一条 59 45
2位:切島 鋭児郎 39 41
3位:爆豪勝己 77 0
4位:麗日 お茶子 28 45
5位:塩崎 茨 36 32
6位:灰原 ナナ 49 18
7位:拳藤 一佳 25 40
8位:飯田 天哉 52 9
9位:緑谷 出久 0 60
10位:鉄哲 徹鐵 49 10
11位:常闇 踏陰 47 10
12位:泡瀬 洋雪 50 6