今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー   作:火力万能主義

11 / 15
ソロモンよ私は帰って来たぁぁぁぁあああああああああああ

帰ってきたらUAが2万を超えてかつお気に入りも550オーバー!!!!!
というか私の思った以上に高評価ばかり頂いて赤ゲージがメラメラソウル!ありがとうございます!!!!!

お返しに3万字から数えてない大盛山盛りガツ盛りをどうぞ!!!!

やっと明日が休みだいやっっっふふふふふふふふふふ


第十一話 甘いものには、だいたい爆弾がついてくる

第十一話 甘いものには、だいたい爆弾がついてくる

 

 

 学校を出てから、橘雅治はほとんど迷わずに歩き出した。

 

 向かう先は、自分の家でもない。

 ジムでもない。

 叔父のいる場所でもない。

 

 酒寄彩葉のワンルーム。

 

 そう言葉にしてしまうと、なかなかに危うい響きがある。

 高校二年の男子が、放課後まっすぐに女子の一人暮らしの部屋へ向かっている。

 

 事情を知らない人間が聞けば、十人中十人が何らかの誤解をするだろう。

 しかも相手は成績優秀、品行方正、文武両道を目指す優等生であり、こちらもまた学校ではそれなりに感じのいい優等生として通っている。

 

 なかなかの事故案件(もしもしポリスメン?)だ。

 

 だが、現実はもっとひどい。

 

 その部屋には現在、七色に光る電柱から現れた赤ん坊がいる。

 しかもその赤ん坊は、夜中に七色の光を放ちながら急成長した前科がある。

 さらに言えば、昨夜から今朝にかけて酒寄からその詳細な報告は受けていない。

 

 つまり、今日の優先順位はほとんど決まっていた。

 

 寄り道はしない。

 頼まれごとも、今日はできるだけ断る。

 先生からの用事も、クラスメイトからの軽い手伝いも、いつものように引き受けるわけにはいかなかった。

 

 あの子がいる。

 

 それだけで、今日の放課後はもう決まっている。

 

「……とはいえ」

 

 歩きながら、雅治は鞄の中の重みを思い出した。

 

 シェイカーが二本。

 

 一本は自分用。

 もう一本は、酒寄へ渡すつもりで用意したものだった。

 

 以前、勉強会の途中で酒寄がプロテインに興味を示した。

 最初は妙な顔をしていたくせに、タンパク質は肌や髪にも必要だと説明した途端、少しだけ目の色が変わった。

 

 あの顔を思い出して、今朝もう一本作っておいたのだ。

 

 だが、渡し損ねた。

 

 理由は分かっている。

 

 今日は、あまりにもに徹しすぎた。

 

 教室でも。

 昼休みでも。

 廊下でも。

 

 酒寄と目が合うタイミングは何度かあった。

 話そうと思えば話せたはずだ。

 それこそ、あの子の様子を聞くことだってできた。

 

 しかし、聞かなかった。

 

 彼女が話さないなら、こちらから踏み込まない。

 人の多い教室で、不用意に口にするべき話題ではない。

 その理屈は間違っていない。

 

 だが、それだけではない。

 

 雅治は、自分でもどこかで分かっていた。

 

 聞かなかったのは、ただ慎重だったからではない。

 

 もちろん、人の多い教室で話すような内容ではなかった。

 酒寄が自分から口にしない以上、こちらから不用意に踏み込むべきでもない。

 

 だが、それだけなら方法はいくらでもあった。

 

 短いメッセージを送ることもできた。

 廊下で二人になった時に、声を落として聞くこともできた。

 プロテインを渡すついでに、今日の様子を確認することだってできた。

 

 それをしなかった。

 

 聞けば、思い出してしまうからだ。

 

 あの三日間を。

 

 狭いワンルームで、泣き声とミルクと寝不足に振り回された時間。

 何をしても思い通りにならず、予定も生活も引っかき回されて、ただただ大変だった時間。

 

 けれど同時に、不思議なくらい温かかった時間。

 

 赤ん坊が眠っただけで、酒寄と小さく息を吐いたこと。

 ミルクを飲んだだけで、少し安心したこと。

 限界まで疲れた酒寄に、何も考えず「寝ろ」と言ったこと。

 あの子の小さな体温が、いつの間にか自分の中で無視できないものになっていたこと。

 

 それを認めるのが、少しだけ怖かった。

 

 あの子の様子を聞くということは、ただの確認ではない。

 

 自分がもう、あの三日間の外側には立っていないと認めることだった。

 

 そして、それをどこか嬉しいと思っている自分まで見えてしまう。

 

 だから、避けた。

 

 だから、プロテイン一本さえ渡せなかった。

 

「……また今度だな」

 

 小さく呟く。

 

 今はそれどころではない。

 まずはあの子の様子を見る。

 酒寄が帰るまでに、問題がないか確認する。

 必要なら部屋を整え、ミルクや食事の状況も見る。

 

 そう考えながら、雅治は駅近くの通りを抜け、見慣れ始めたアパートへ向かった。

 

     *

 

 外階段を上がり、見慣れ始めた扉の前で足を止める。

 そこでふと、鞄の中に入れたままだったシェイカーのことを思い出した。

 

 渡し損ねたままの、酒寄用の一本。

 せめて冷蔵庫に置いていけばいい。

 そう思って取り出しかけたところで  雅治の指が止まった。

 

 

 ドアが、閉まっていない。

 

 正確には、閉まっていないどころか、ほんのわずかに開いている。

 もう片方の手で、以前貸してもらったスペアキーを探る。

 

 ある。

 ブレーザーの左ポケットに入れたまま。

 今日は一度もポケットの外に出していなかった。

 

 

   なら、誰が?

 

「……」

 

 雅治の視線が、ドアの隙間へ落ちる。

 中から、薄く光が漏れていた。

 

 手の中のシェイカーが、かすかに滑る。

 

 落とす寸前で、指に力を込め直した。

 白い容器が小さく鳴り、蓋の中で粉がわずかに揺れる。

 

 ほんの数秒前まで、これは酒寄へ置いていくためのものだった。

 いつもの延長にある、少しだけ余計な気遣いのつもりだった。

 

 けれど、その軽さは一瞬で消えた。

 

 鍵を使う必要はない。

 使う前から、もう開いている。

 

 雅治はスペアキーをしまい、音を立てないようにドアノブへ手をかけた。

 

 押す。

 

 軋むような音とともに、扉が開いた。

 

 そして、部屋の中を見た瞬間。

 

「……なんだ、これは」

 

 そこにあったのは、酒寄彩葉の部屋ではなかった。

 

 七色災害の現場だった。

 

 玄関から見える範囲だけで、すでに異常だった。

 靴が片方ひっくり返っている。

 ローテーブルは斜めにずれている。

 タブレットは床の上で裏返り、クッションは玄関近くまで転がっていた。

 

 衣服が散らばっている。

 タンスの引き出しが開いている。

 畳まれていたはずの服が、雑に引っ張り出され、床へ落ち、踏まれたみたいに皺になっている。

 

 雅治はそこで一度、視線を切った。

 

 必要以上には見ない。

 見ていいものと、見ない方がいいものがある。

 今は状況確認が先だが、それでも最低限の線はある。

 

 踏み込む前に、靴を脱ぐ。

 いや、この状況で律儀に靴を脱ぐのかと自分でも思ったが、酒寄の部屋だ。

 荒れているからといって、自分まで雑に扱っていい理由にはならない。

 

「酒寄?」

 

 念のために部屋主を呼ぶ。

 もちろん返事はない。

 

「あの子は」

 

 いる気配もなし。

 

 雅治は一気に部屋の中へ入った。

 

 布団一式は床の上で力尽きていた。

 朝には畳まれていたはずのそれが、今では投げ出され、ねじれ、敷布団の端がめくれ上がっている。

 掛け布団はローテーブルの脚に引っかかり、枕はなぜか流し台の近くへ転がっていた。

 

「……枕がなぜそこにある」

 

 分からない。

 

 人間の生活動線ではない。

 少なくとも、通常の空き巣の動きでもない。

 

 

 雅治は玄関から不用意に踏み込まず、まず室内を見回した。

 

 状況だけ見れば、空き巣。

 悪くすれば誘拐。

 さらに悪くすれば、女子高生の一人暮らしの部屋を狙った犯罪現場。

 

 そう考えた瞬間、彼の目が細くなる。

 理解できない。

 理解できないが、今は理解より先に確認だ。

 

 台所へ向かう。

 

 シンク下の扉は全開。

 調味料の蓋は開きっぱなし。

 醤油らしきものが、細く床へ垂れている。

 使われたのか倒されたのかも分からないソースの袋が、流しの横で潰れていた。

 

 そして、水道。

 

 蛇口の先から、ちょろちょろと水が流れ続けている。

 

「……朝からか?」

 

 雅治の眉間にしわが寄る。

 

 もし酒寄が出て行った後からこの状態なら、何時間も流れっぱなしだ。

 水道代。

 それを知った時の酒寄の顔が、かなり鮮明に想像できてしまった。

 

「あとで確実に死ぬな。主に精神と財布が」

 

 雅治は蛇口を閉める。

 それから冷蔵庫へ目を向けた。

 

 開いている。

 

 半開きではない。

 しっかり開いている。

 

「……おい」

 

 中の冷気はもうほとんどない。

 牛乳。

 卵。

 昨夜買い足した食材。

 作り置きらしきもの。

 半端に残った野菜。

 

 いくつかは、もう駄目かもしれない。

 

 これはまずい。

 空き巣より、こっちの方が酒寄には効く可能性すらある。

 

 雅治は冷蔵庫を閉める。

 そして、部屋全体をもう一度見渡した。

 

 金目当ての空き巣。

 

 最初に浮かんだ可能性はそれだった。

 女子高生の一人暮らし。

 昼間。

 人のいない時間。

 施錠の甘い部屋。

 

 狙う人間がいてもおかしくはない。

 

 しかし、違う。

 

 荒れ方がおかしい。

 

 金を探したというより、生活そのものをひっくり返している。

 

 服。

 冷蔵庫。

 水。

 布団。

 調味料。

 

 統一感がないようで、妙にある。

 

 探したのだ。

 

 着るものを。

 食べるものを。

 飲むものを。

 外へ出るために必要そうな何かを。

 

「……成長したか」

 

 雅治の声が低くなる。

 

 そうだ。

 あの子はすでに一度、七色に光りながら成長した。

 人間の時間感覚など、最初から当てにならない。

 

 なら、昨夜か。

 今日の昼か。

 酒寄が学校へ行った後か。

 

 また成長した可能性がある。

 

 もし赤ん坊ではなくなっているなら。

 もし歩けるなら。

 もし扉を開けられるなら。

 

 勝手に外へ出た可能性は、空き巣よりもずっと現実味がある。

 

 そしてその場合、問題は一気に増える。

 

 外の世界を知らない。

 交通ルールも知らない。

 人の目も知らない。

 誰かに声をかけられたら。

 車道へ出ていたら。

 警察へ保護されていたら。

 誰かが動画でも撮っていたら。

 

「……くそ」

 

 雅治は玄関へ引き返す。

 

 ここにいない。

 部屋は荒れている。

 扉は開いていた。

 なら、もう探すしかない。

 

 酒寄へ連絡する。

 それと同時に、建物の周囲を確認する。

 足跡、落とし物、目撃情報。

 最悪、近隣の防犯カメラまで考える。

 

 考えることは山ほどある。

 だが、まず動く。

 

 雅治は部屋を出て、いったん扉を閉めた。

 鍵を掛ける。

 鍵が掛かる音を確認してから、階段を駆け下りる。

 

 走りながら、スマコンを操作した。

 

『酒寄、大至急だ』

 

 送信。

 

『あの子が部屋にいない。鍵も開いていた』

 

 送信。

 

『部屋はかなり荒れている。空き巣の可能性も一瞬考えたが、荒れ方からして、あの子が自分で動いた可能性が高い』

 

 送信。

 

『成長している可能性がある。しかも昼の間に』

 

 送信。

 

『今、建物の周囲を探している。何か見つけたらすぐ連絡する』

 

 送信。

 

 そこで一瞬だけ足が鈍る。

 

 部屋の惨状も伝えるべきか。

 だが、今すぐ全部を送れば酒寄の精神が折れる。

 冷蔵庫。水道。衣服。布団。

 どれを取っても、今の彼女に叩き込むには重すぎる。

 

 それでも、必要最低限は知らせなければならない。

 

『部屋の中は後で説明する。まずはあの子だ』

 

 送信。

 

 それでいい。

 今はそれでいい。

 

 雅治はアパートの外へ出た。

 

 周囲を見回す。

 路地。

 駐輪場。

 ゴミ捨て場。

 階段の陰。

 植え込み。

 

 いない。

 

 通行人が二人。

 どちらも関係なさそうだ。

 近くの自販機の前に学生らしき影。

 違う。

 

 雅治は走る。

 

 頭の中では、次の可能性が高速で組み上がっていく。

 

 もし服を着ていたなら、酒寄の服を着ている可能性が高い。

 外見年齢が上がっているなら、赤ん坊としては探せない。

 かつ、本人は外の世界を知らない。

 目的があるとすれば、酒寄。

 つまり、酒寄が向かった方向。

 

 学校。

 バイト先。

 あるいは    

 

 今日、話題に出ていたカフェ。

 

「……まさか」

 

 雅治の足が、さらに速くなった。

 

 金目当ての空き巣などではない。

 誘拐でもない。

 ただ一人、世界を知らない子どもが、知っている人間を追って外へ出たのだとしたら。

 

 それは危険だ。

 あまりにも危険だ。

 

 だが、同時に。

 

 あの子らしい。

 

「……本当に、面倒を増やしてくれる」

 

 口元が少しだけ歪む。

 笑っている場合ではない。

 それでも、少しだけそう思ってしまった。

 

 雅治は走りながら、さらに酒寄へメッセージを送る。

 

『念のため確認する』

 

『今、どこにいる』

 

『カフェなら店名か位置情報を送れ』

 

 送信。

 

 返事を待つ間も、足は止めない。

 

 探し出す。

 必ず。

 

 (パパ)として。

 いや、今のはなしだ、一旦忘れろ。

 

 とにかく、今はあの子を見つける。

 

 それだけだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

その少し前。

 

 

 放課後。

 校舎の外へ出た瞬間、むわりとした熱が頬を撫でた。

 

 まだ夏休み前だというのに、空気だけはもうすっかり夏の顔をしている。

 アスファルトは昼間の熱を抱えたまま、校門へ向かう生徒たちの足音をじわじわと受け止めていた。

 

「暑いぃ……本当に夏になって来たー」

 

 真美が、ハンディファンを顔の前に構えながら呻く。

 小さな羽根がぶんぶん回り、前髪を妙に不自然な角度へ持ち上げていた。

 

「真美、顔がすごいことになってる」

 

 芦花が横から静かに指摘する。

 

「いいの。命の風だから」

 

「大げさね」

 

 彩葉はそう言いながらも、額に浮きかけた汗を指で押さえた。

 正直、暑い。

 バイトへ向かう日なら、この時点で少し気が重くなるところだ。

 けれど今日は違う。

 

「で、ほんとに行くの?」

 

 彩葉が念のために聞くと、真美はハンディファン越しにきっぱり頷いた。

 

「行く。絶対行く。テスト終わったし、赤点回避したし、甘いもの食べる権利が私たちにはある」

 

「その理屈なら、彩葉にもあるよ」

 

 芦花がやわらかく笑う。

 

「彩葉ノートと橘君ノートのおかげで、私たち生還できたからね。今日はそのお礼」

 

「いや、私そこまで大したことは……」

 

「大したことありますー。私の命が救われましたー」

 

 真美が片手を上げる。

 ハンディファンを持ったままなので、妙に間の抜けた宣誓みたいになっていた。

 

 彩葉は困ったように笑いながら、二人に挟まれて歩き出す。

 本当は、まっすぐ帰るべきだ。

 あの子のことがある。

 部屋のことがある。

 橘君が先に向かってくれているとはいえ、何が起きるか分からない。

 

 けれど、芦花と真美にここまで言われて、断り切るのも違う気がした。

 それに。

 

 少しだけ。

 本当に少しだけ、甘いものを食べたいと思ってしまった。

 

「新しいカフェ、駅前の方だっけ?」

 

「そうそう。昨日レビュー見たんだけど、パンケーキがすごいの。厚みが。もう雲。食べられる雲」

 

「真美、表現が詩的なのか食いしん坊なのか分からない」

 

「食いしん坊寄りの詩人だよ」

 

「それはただのグルメライバーでは?」

 

 芦花の一言に、真美が「否定できない」と胸を張る。

 

 彩葉は二人のやり取りを聞きながら、少しだけ肩の力を抜いた。

 暑い。

 荷物は重い。

 頭の端には、相変わらず気になることが山積みだ。

 

 それでも、こうして三人で並んで歩いていると、世界がほんの少しだけ普通に戻ったような気がする。

 

 真美のハンディファンの音。

 芦花の涼しげな横顔。

 まだ高い日差し。

 駅前へ向かう道。

 

「彩葉、顔また難しくなってるよ」

 

 芦花が横から覗き込んでくる。

 

「してない」

 

「してる。今はパンケーキのことだけ考えよう?」

 

「それもそれでどうなの」

 

「今はそれでいいからさ」

 

 真美がハンディファンを彩葉の方へ向けた。

 ぬるい風が、ちょっとだけ頬に当たる。

 

「ほら、命の風おすそ分け」

 

「……ありがと」

 

「どういたしましてー。代金はパンケーキの一口でいいよ」

 

「それは別料金かなー」

 

「彩葉の守銭奴!」

 

「健全な消費生活してるって言ってほしいわね」

 

 そんなことを言いながら、三人は駅前へ向かっていく。

 

 

     

 

 

 駅前へ向かう道は、思っていたより人が多かった。

 

 試験が終わった解放感なのか、それとももうすぐ夏休みという気配のせいなのか。

 制服姿の生徒たちも、買い物帰りの人たちも、どこか足取りが軽い。

 

 真美は相変わらずハンディファンを片手に持ち、顔へ風を当てながら歩いている。

 芦花はその横で、涼しげな顔をしているように見えて、時々首元へ手をやっていた。たぶん暑いのは同じなのだろう。

 

「ねぇ、彩葉って進路はどこにするの?」

 

 ふと、芦花がそんなことを聞いた。

 

 なんでもない口調だった。

 でも、その声には少しだけ本気の関心が混じっていた。

 

「進路?」

 

「うん。もうそろそろ、ちゃんと考えなきゃって先生も言ってたし」

 

 その言葉に、真美がぱっと顔を上げる。

 

「あ、分かる。彩葉ってさ、やっぱり音楽系? それともゲームも上手いし、Eスポーツとか? どっちでもいけると思うけどさ」

 

「大げさだよ」

 

 私は思わず苦笑した。

 

「さすがに、そんな才能はないし」

 

「えー、あると思うけどなぁ」

 

「ないない」

 

 軽く首を振る。

 

 音楽。

 ゲーム。

 好きなもの。

 得意だと言われるもの。

 

 そういうものを進路の真ん中に置けたら、きっと楽しいのだろう。

 でも、私の人生はそういう形にできていない。

 

「東大じゃないと、認めてくれそうにもないし」

 

 言ってから、少しだけ言葉が軽すぎたかもしれないと思った。

 

 けれど、もう口に出してしまったものは戻らない。

 

 芦花が、少しだけ目を細める。

 

「最低が東大って、厳しいね。彩葉のお母さんって」

 

「まあ……うん」

 

 私は曖昧に笑った。

 

 前から、(彩葉のお母さん)が厳しいことくらいは二人も知っている。

 でも、改めて言葉にすると、やっぱり少しおかしいのかもしれない。

 東大を目指せるなら目指す。

 法学部へ行けるなら行く。

 それができるなら当然の位置にある家庭なんて、普通とは言いづらい。

 

 真美が、ハンディファンを自分の頬へ押しつけるみたいにしながら言う。

 

「うちとは全然違うよね~。私なんか、デロデロのクイニーアマンよりも甘やかされてるのに」

 

「その例え、甘すぎるうえに重たいね」

 

 芦花が静かに突っ込む。

 

「でもほんとだよ? うちなんか、テストがちょっと良かっただけでお寿司出るよ。今度だって赤点回避できたからって焼肉検討してくれるし」

 

「検討で止まるのね」

 

「お財布事情もあるから!」

 

 真美は笑っていた。

 悪気なんてない。

 自分の家がそういう温度だと、ただ素直に話しているだけだ。

 

 羨ましい、とは思わない。

 思わないようにしている。

 

 だから私は、いつものように笑って返した。

 

「いやいや、五体満足で生んでくれただけで感謝だよ」

 

 その瞬間、芦花の目が少しだけ揺れた。

 

 真美も、笑いかけた口をほんの少し止めた。

 

 しまった、と思う。

 

 冗談みたいに言ったつもりだった。

 重くならないように。

 いつもの感じで流せるように。

 

 でも、たぶん、言い方が少しだけ乾きすぎた。

 

「……彩葉」

 

 芦花の声が、少し柔らかくなる。

 

「ん?」

 

「そういうふうに言えるの、彩葉らしいけどさ」

 

「うん」

 

「でも、それだけで全部帳消しになるわけじゃないと思うよ」

 

 私は、すぐには返せなかった。

 

 芦花はこういう時、怒らない。

 強く踏み込んでもこない。

 ただ、見逃さずに、そっと置いていく。

 

 そういうところが、ずるい。

 

「……まあ、うん。ありがと」

 

 それだけ返すと、真美が慌てたように両手を振った。

 

「あ、でもでも! 私、彩葉のことすごいと思ってるからね! 東大とかそういうの抜きで! ピアノもできるし、勉強もできるし、ゲームも上手いし、あと店員さんモードの時めっちゃ綺麗だし!」

 

「急に褒め倒さないで」

 

「だって今、空気がちょっとしょっぱくなったから」

 

「グルメ系らしい表現だね」

 

「私にお任せあれってね!」

 

 何を任せればいいのか分からない。

 でも、おかげで空気は少しだけ戻った。

 

 真美はそのまま、話題を変えるように明るく続ける。

 

「じゃ、橘くんはどうかな。運動も勉強も全部できるし、体育系でいくのかなー」

 

 芦花も頷く。

 

「そうだよね。橘くんって、なんでもできる、器用にこなすイメージがあるから」

 

 橘君。

 

 その名前が出た瞬間、私は少しだけ歩幅を緩めそうになった。

 

 学校の橘君。

 穏やかで、感じがよくて、誰にでも適度な距離で接するの顔。

 

 それから、あの部屋にいた橘君。

 ぶっきらぼうで、短くて、余計なことは言わないくせに、必要な時にはすぐ動くの声。

 

 私はその両方を知っている。

 知っている、と思っている。

 

 でも、じゃあ彼が本当は何になりたいのか。

 どこへ行きたいのか。

 何を選びたいのか。

 

 それは、まだ何も知らない。

 

 体育系。

 勉強。

 家の手伝い。

 ツクヨミ。

 シらぬイ。

 

 私の中にある橘雅治の欠片は、前より増えた。

 増えたはずなのに、繋がらない。

 

「……どうなんだろうね」

 

 私は小さく答えた。

 

「え、彩葉でも分かんない?」

 

「分かんないよ」

 

「最近、前より話してるじゃん」

 

「話してるけど」

 

 話している。

 

 でも、あの人はちゃんと答えているようで、肝心なところは渡してこない。

 私が見ているのは、もしかすると、彼が見せてもいいと思ったところだけなのかもしれない。

 

「橘君って、器用そうに見えるけど、たぶん自分のことになるとすごく見えづらくするタイプだから」

 

「見えづらくする?」

 

 芦花が聞き返す。

 

「うん。なんか、そういう感じ」

 

 自分でも曖昧な答えだった。

 けれど、それ以上はまだ言葉にできない。

 

 真美が首を傾げる。

 

「でもさ、彩葉。そういうの、前なら気にしてなかったよね」

 

「……そう?」

 

「そうだよ。橘くんってすごいよねーって話になっても、前は「そうね」くらいで終わってたもん」

 

 言われて、少しだけ胸が詰まる。

 

 確かにそうかもしれない。

 以前なら、橘君は()()()()()()()()()()()()()()で終わっていた。

 今は、そこに終われない何かがある。

 

 でも、それが何なのかは、まだ分からない。

 

 芦花が、こちらをちらりと見る。

 

 その目は、たぶん私より少し先まで何かを見ている。

 だけど何も言わなかった。

 

「まあ、橘くん本人に聞いてみるしかないんじゃない?」

 

 真美があっけらかんと言う。

 

「進路の話?」

 

「そうそう。ほら、今度聞いてみれば? 「橘君って将来何になるの?」って」

 

「簡単に言うわね」

 

「聞くだけならタダだよ?」

 

「人の心はタダで覗けるものじゃないの」

 

「おお、なんか今の彩葉、かっこいい」

 

「茶化さない」

 

 私は少しだけ笑った。

 

 けれど、胸の奥では、その言葉がまだ残っている。

 

 橘君は、将来どうするのだろう。

 

 何を選ぶのだろう。

 

 そして、もし誰かに頼る時が来たら、彼は本当に誰かに手を伸ばせるのだろうか。

 

 そんなことを考えてしまう自分が、少しだけ不思議だった。

 

 その時、真美が前方を指差した。

 

「あ、見えてきた! あそこだよ、新しいカフェ!」

 

 視線を上げると、駅前の通りに、木目調の看板が見えた。

 ガラス越しに柔らかな照明が漏れていて、店内からは甘い匂いがふわりと漂ってくる。

 

 パンケーキ。

 

 そう思った瞬間、少しだけ胸が軽くなる。

 

 難しいことは、いったん置いておこう。

 進路も。

 (お母さん)のことも。

 橘君のことも。

 あの子のことも。

 

 今は、とりあえず甘いもの。

 

 そう思って、私は真美と芦花のあとについて、カフェの扉をくぐった。

 

 

     *

 

 その少し後ろ。

 人混みの向こうに、一人の少女がひょこりと顔を出していた。

 

 年齢は、彩葉たちと同じくらいに見える。

 

 艶のある髪。

 整いすぎた顔立ち。

 大きな瞳。

 白く、どこか人間離れした肌。

 

 普通に歩いているだけなら、どこかの学校帰りの少女に見えなくもない。

 ただし、歩き方だけが少し変だった。

 

 視線が忙しい。

 

 足元よりも、店先の看板を見る。

 通り過ぎる自転車を見る。

 空を飛ぶ鳥を見る。

 人の鞄についたマスコットを見て、道路脇の花壇を見て、ショーウィンドウに映る自分の姿を見て、いちいち小さく目を輝かせる。

 

 まるで、見るものすべてが初めてであるかのように。

 

 実際、初めてだった。

 

 部屋の外。

 人の波。

 車の匂い。

 店から漏れる音。

 舗道を踏む靴の感触。

 すれ違う人々の声。

 どれもこれも、彼女にとってはまだ名前を覚えたばかりの世界だった。

 

 着ている服は、彩葉のものだった。

 

 タンスから引っ張り出した、フリルのついたブラウス。

 少し丈の合わないスカート。

 靴下は左右で微妙に高さが違い、髪は一応整えようとした形跡こそあるものの、ところどころ好き勝手に跳ねている。

 

 普通なら、明らかに「着慣れていない」と分かる格好だ。

 

 しかし、顔立ちの力が強すぎて、なぜか成立してしまっている。

 雑に着たはずの服ですら、そういうファッションだと言い張れば通りそうなのだから、顔面の暴力というものは恐ろしい。

 

 少女は、少し前を歩く彩葉の背中を見つめていた。

 

 むすっとした顔で。

 

「ずるい」

 

 小さく呟く。

 

 彩葉だけ、外。

 彩葉だけ、いろいろ見てる。

 彩葉だけ、楽しそう。

 彩葉だけ、食べる。

 

 ずるい。

 

 一人で部屋にいた。

 最初は大人しくしていた。

 彩葉が帰ってくるまで待つつもりだった。

 

 けれど、待っていたら退屈だった。

 

 退屈という感情は、月にいた頃にはほとんどなかった。

 いや、あったのかもしれない。

 けれど、あちらにはそれを言葉にする必要がなかった。

 

 することが決まっていた。

 役割が決まっていた。

 感じることも、考えることも、ほとんど必要なかった。

 

 でも、地球は違う。

 

 音がある。

 匂いがある。

 色がある。

 彩葉が怒る。

 デカイ人(タチバナ)が面白いことをする。

 ご飯がおいしい。

 知らないものがたくさんある。

 

 思い出す。

 タチバナが、布団の上で何かを見せてくれたこと。

 画面の中で、変な人(シらぬイ)変なもの(人間ボード)に乗って、もっと変なこと(外道サーフィン)をしていたこと。

 誰かの上に乗って、びゅん、と飛んで、どかん、とぶつけて、画面の向こうがたくさん騒いでいたこと。

 

 あれは面白かった。

 

 でも、彩葉(ママ)は怒るかもしれない。

 でも、タチバナ(パパ)は見せてくれた。あの大きい人は面白いことを知っている。

 だから、面白いことは悪いことではないのだと、少女はたぶん少しだけ思っている。

 

 もちろん、まだ本当には分かっていない。

 

 どこまでが遊びで、どこからが迷惑なのか。

 自分が外へ出ることがどれほど危ないのか。

 勝手に服を着ることも、勝手に冷蔵庫を開けることも、彩葉が帰ってきたらどれだけ困ることなのか。

 

 まだ()()()()

 

 ただ、知りたいだけだった。

 見たいだけだった。

 彩葉が見ているものを、自分も見たかっただけだった。

 

 子どもが、母親の後をこっそり追いかけるみたいに。

 置いていかれたのが寂しくて、でも怒られるのは少し怖くて、それでも気になって足が勝手に動いてしまうみたいに。

 

 少女は、彩葉の背中を追っていた。

 

 けれど、追うだけでは終わらない。

 

 だって、外にはいろいろある。

 人が笑っている。

 看板が光っている。

 風が髪を揺らす。

 誰かの持っている袋から甘い匂いがする。

 店先のガラスには、自分の知らない自分が映る。

 

 知りたい。

 見たい。

 触りたい。

 食べたい。

 

 それは、真っ白な布へ、次々に色が落ちていくみたいな感覚だった。

 

 少女は、彩葉たちがカフェの扉をくぐるのを見た。

 ガラス越しに、あたたかい色の照明が滲んでいる。

 中からは、今まで知らなかった甘い匂いがした。

 

 バター。

 焼きたての生地。

 果物。

 砂糖。

 知らないけれど、おいしいと分かる匂い。

 知識でしか知ることのなかった感覚(しげき)が溢れている。

 

 少女の瞳が、一気に輝く。

 

「おいしそうッ!」

 

 声が弾む。

 

 さっきまでのむすっとした顔は、もうどこにもない。

 少女はこっそり、けれど我慢などできそうもない足取りで、カフェの扉へ近づいていった。

 

     *

 

 

 カフェの中は、思っていたより落ち着いていた。

 

 木目調のテーブル。

 やわらかい照明。

 壁に飾られた小さなドライフラワー。

 窓際には観葉植物。

 冷房の効いた空気が、外のむわっとした熱を一枚隔てるようにして、肌を撫でていく。

 

「はぁぁぁ……生き返る……」

 

 真美が席につくなり、ハンディファンを止めてテーブルの上に置いた。

 

「文明ってすごいね。冷房って人類の英知だよ」

 

「真美、さっきから暑さに弱すぎない?」

 

「夏と空腹は人類の敵だから」

 

「食べることだけは敵じゃないんだ」

 

「むしろ味方。最強の味方」

 

 真美はそう言い切ると、メニューを開いた瞬間に目を輝かせた。

 

「見て、これ。季節限定のフルーツパンケーキ。あとこっち、キャラメルナッツ。こっちはチョコバナナ。ここの店、分かってるじゃん」

 

「真美、顔が真剣すぎるよ」

 

 芦花がくすっと笑う。

 

「食は真剣勝負だから!」

 

「真剣勝負の割には全部食べたそうだけど」

 

「全部食べられない現実と戦ってる」

 

 私は二人の会話を聞きながら、そっとメニューを開いた。

 

 そして値段を見る。

 

 すぐに閉じた。

 

「……見るだけなら無料」

 

「彩葉」

 

 芦花が静かに呼ぶ。

 

「今日は奢るって言ったでしょ」

 

「いや、でも」

 

「彩葉ノートと橘君ノートで赤点回避記念」

 

 芦花がにこりと笑う。

 

 真美もメニューから顔を上げ、両手を合わせるようにして続けた。

 

「お礼の品でーす」

 

「査収ください〜」

 

 二人同時に頭を下げる。

 

「……何その会社員みたいなノリ」

 

 呆れた声が出た。

 

 でも、その奥で、胸のどこかが少しだけあたたかくなる。

 

 お礼。

 ご褒美。

 そういう言葉を、まっすぐ自分へ向けられることに、まだ慣れていない。

 

 自分がやったことは、大したことではない。

 ノートを貸して、少し教えただけ。

 むしろ私の方こそ、いつも二人に心配をかけている。

 

 そう言おうとしたけれど、芦花の目がそれを許してくれなかった。

 

「彩葉」

 

「……はい」

 

「今日は受け取る日」

 

「……命令形?」

 

「お願い形」

 

「今の、ほぼ命令だったけど」

 

「彩葉、お願い」

 

 芦花がもう一度、少しだけ柔らかく言う。

 

 そういう言い方をされると、弱い。

 

 真美もにこにこしながら頷いている。

 

「そうそう。彩葉はもっと遠慮しない練習をした方がいいと思いまーす」

 

「真美に言われると、説得力があるようなないような」

 

「私は食べ物には遠慮しないからね」

 

「そこは胸を張るところじゃないんじゃ」

 

「でも人生楽しいよ?」

 

 それは、少しだけ羨ましい。

 

 そんなことを思った自分に気づいて、私はメニューの端を指でなぞった。

 

「……じゃあ、今日は甘えます」

 

「よろしい」

 

 芦花が満足そうに頷く。

 

「じゃ、頼も頼も。彩葉はこれね。苺フルーツのパンケーキ」

 

「え、決定?」

 

「彩葉、絶対これ好きでしょ」

 

「……まあ、好きだけど」

 

 否定はできなかった。

 

 昔から、苺は好きだ。

 それも、ただ果物として好きというより、少しだけ特別な位置にある。

 小さい頃、たまにケーキの上に乗っていた苺を最後まで残して食べたこともあるし、今だって安売りの小さなパックを見つけた時に、買うかどうか店先で本気で迷ったこともある。

 

 今の自分にとって、苺は気軽に買えるものではない。

 食べなくても生きていける。

 節約するなら、まず真っ先に削る側のものだ。

 

 だからこそ、白い皿の上に厚いパンケーキと苺が乗ってやってくると想像しただけで、少しだけ胸の奥が浮く。

 

「ほら、やっぱり」

 

 芦花が満足そうに笑う。

 

「彩葉、苺見る時だけちょっと顔やわらかいよね」

 

「そんなことないでしょ」

 

「あるある。ヤチヨの話をしている時の次くらいには分かりやすい」

 

「その比較はどうなの」

 

「褒めてんのよ?」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

 真美が横からメニューを覗き込みながら、うんうんと頷く。

 

「苺とホイップとパンケーキは正義だよ。しかもフルーツの大盛り。これはもう、テストお疲れ様セットとして完璧」

 

「名前勝手につけないで」

 

「じゃあ注文するねー」

 

 私が止める間もなく、真美は店員を呼ぶ。

 

 ……まあ、いいか。

 

 今日は甘える日だと言われた。

 受け取る日だとも言われた。

 なら、少しくらい期待しても罰は当たらないはずだ。

 

 苺フルーツのパンケーキ。

 ふわふわの生地。

 ホイップ。

 甘酸っぱい苺。

 メープルシロップ。

 

 頭の中に浮かべただけで、少しだけ喉の奥が甘くなる気がした。

 

 たぶん、私は思っている以上に楽しみにしている。

 

 それを二人に見透かされているのが少し悔しい。

 でも、嬉しくないわけではなかった。

 

 注文を終えると、店員が去っていく。

 テーブルの上に、冷たい水の入ったグラスが三つ並んでいた。

 氷が小さく鳴る。

 外の暑さをまだ少しだけ引きずっている頬に、店内の冷房がようやく馴染み始める。

 

 真美はストローをくるくる回しながら、ふと思い出したように言った。

 

「でもさー、本当は橘くんも誘いたかったんだよね」

 

「橘君?」

 

「うん。最近、彩葉と橘くんって前より普通に話すじゃん? それに橘くん、前より私たちにも混ざるようになったし」

 

「あー、それはあるね」

 

 芦花が静かに頷く。

 

「前なら、話しかけても感じよく返して、そのまますっと離れていく感じだったよね」

 

「そうそう」

 

 真美はグラスを両手で包みながら、少しだけ首を傾げた。

 

「感じはいいんだよ。ほんとに。優しいし、頼めば大体ちゃんとやってくれるし、話しかけても嫌な顔しないし。でも、なんか遠かったんだよね」

 

 遠かった。

 

 その言葉に、私は何も言えなくなる。

 

 橘君は、たしかにそういう人だった。

 

 教室の中にいる。

 会話もする。

 頼まれごとも引き受ける。

 笑いもする。

 

 けれど、どこか遠い。

 

 同じ教室にいるのに、窓ガラス一枚向こうにいるみたいな距離。

 声は聞こえる。表情も見える。ちゃんと反応も返ってくる。

 なのに、手を伸ばしても、最後の一枚だけ触れられない。

 

 そんな感じ。

 

「でも最近はさ、ちゃんと会話になるんだよね。いや、前も会話はしてたけど、なんか違うじゃん」

 

「分かる」

 

 芦花がグラスを指先で軽く回す。

 

「返事の温度が少し変わった気がするのよね。前は、丁寧で、穏やかで、間違いがなくて、誰が聞いても感じがいい返事だったけど」

 

「うんうん」

 

「でも最近は、たまに少しだけ崩れたり。言葉の端が、ほんの少しだけ素になるというか。完璧に磨いた硝子みたいだったのが、たまに指紋が残る感じぐらいには変わったと思うよ」

 

 芦花らしい言い方だった。

 

 きれいで、やわらかくて、でも変に鋭い。

 

 崩れる。

 指紋が残る。

 

 その言葉が、妙に胸の奥へ残る。

 

 私は黙って水を飲んだ。

 

 冷たい水が喉を通る。

 それでも、胸の奥に引っかかったものは流れていかなかった。

 

 学校で見る橘君。

 感じがよくて、穏やかで、隙がないの橘君。

 

 けれど、私だけは知っている。

 

 それだけじゃない顔を。

 

 短くて、ぶっきらぼうで、必要なことだけを迷わず通すの声。

 赤ちゃんを抱いて、私に深呼吸しろと言った時の横顔。

 夜のワンルームで、眠らずにあの子を見張っていた姿。

 

 余計なことはあまり言わない。

 慰めの言葉も、綺麗な言葉も、簡単にはくれない。

 

 でも、必要な時にはちゃんといる。

 私が気づくより少し早く、困っている場所へ手を伸ばしている。

 

 それを知っている。

 

 知ってしまっている。

 

 けれど、そんなことをここで言えるはずもない。

 

「真美から見て、橘君ってどういう人なの?」

 

 私がそう聞くと、真美は少しだけ目を丸くした。

 

「え、私?」

 

「うん」

 

「うーん……」

 

 真美はストローの先を見つめながら、本気で考える顔をした。

 

「真面目。優しい。あと、何か、すごい落ち着いてる」

 

「雑」

 

「でも本当にそんな感じだもん」

 

 真美は少しだけ笑う。

 

「あと、たまに面白い、かなー。本人は面白いこと言ってるつもりなさそうなのに、妙に変なところで刺してくるし」

 

「それは分かる」

 

 私は思わず頷いた。

 

 橘君の言葉は、たまに変な角度から飛んでくる。

 

 優しいのに、遠慮がない。

 慰めているのに、妙に痛い。

 正論なのに、どこかズレている。

 ズレているのに、なぜか必要な場所にはちゃんと届く。

 

「でしょ? あと、運動もできるし勉強もできるし、普通にかっこいいし、身長高いし、なんか全体的にスペック高いよね。人間としての初期設定がずるい」

 

「言い方」

 

「でも、だからかな」

 

 真美の声が、少しだけやわらかくなる。

 

「最初はちょっと、近寄りづらい感じあったかも」

 

「近寄りづらい?」

 

「嫌な感じじゃないよ? むしろ感じいいんだけど、なんか、どこまで行っても橘くんって感じ?橘くん以上にならないっていうか」

 

 真美らしい、感覚100%の言葉だった。

 

 難しい分析ではない。

 でも、だからこそ嘘がない、感じ取ったものがその通り。

 

 橘君以上にならない。

 

 その一言が、少しだけ痛いくらい腑に落ちた。

 

 たぶん、橘君はそういうふうに立っている。

 誰にでも見える場所にいる。

 誰にでも届く声で話す。

 誰にでも感じよく笑う。

 

 でも、そこから先へは入れない。

 

 彼がそうしている。

 

 入らせないようにしている。

 

「芦花は?」

 

 私が聞くと、芦花は少しだけ考えた。

 

「私は、最初から少し不思議な人だなとは思ってた」

 

「不思議?」

 

「うん。優しいのに、優しさを渡してる感じがあまりしない気がしてたの」

 

 真美が「あー」と小さく声を漏らす。

 

 芦花はそのまま続けた。

 

「手伝ってくれるし、ちゃんと聞いてくれるし、困ってる人を見てもそのまま放っておかない。けど、そこに自分を混ぜない、私にはそう見えたかな」

 

 芦花の言葉は、静かだった。

 

 でも、その分だけ深いところまで届く。

 

「誰に対しても同じくらい親切で。だから安心するけど、誰に対しても同じくらいだから、逆に少し遠い」

 

 私はまた、何も言えなくなる。

 

 そう。

 

 学校で見る彼は、まさにそうだ。

 

 誰にでも感じがいい。

 誰にでも優しい。

 誰にでも一定の距離を保つ。

 

 それは優しさであり、同時に壁でもある。

 

 その壁があるから、みんな安心して橘君に頼れる。

 踏み込みすぎない人だから。

 変な期待を押しつけてこない人だから。

 必要な分だけ助けてくれて、必要以上には近づいてこない人だから。

 

 でも、その壁の向こうに何があるのかは、誰も知らない。

 

 知らないままでも、困らない。

 

 だからきっと、みんな知らないままでいられる。

 

「彩葉は?」

 

 真美が急にこちらを見る。

 

「私?」

 

「うん。最近よく話してるじゃん。彩葉から見た橘くんは?」

 

 私はグラスの水面へ視線を落とした。

 

 氷が少しだけ溶けて、水面が揺れている。

 その揺れに、自分の顔がぼんやり映った。

 

 どう答えればいいのだろう。

 

 真面目。

 優しい。

 感じがいい。

 

 それだけなら、誰にでも言える。

 

 でも、今の私にはそれだけでは済まない。

 

「……変な人」

 

 口から出たのは、それだった。

 

 真美が吹き出す。

 

「それは急に雑すぎるよぉ!」

 

「でも、分かるかも」

 

 芦花が笑う。

 

 私は少しだけ唇を曲げた。

 

「真面目で、感じがよくて、周りのこともちゃんと見てる。けど、たまに妙に変」

 

「変」

 

「変なところで本質を刺してくるし、変なところで優しいし、変なところで何も言わない」

 

「変が三回出たぁ」

 

「それくらい変なのよ」

 

 言いながら、胸の奥が少しだけざわつく。

 

 変な人。

 

 そう言っておけば、楽だった。

 

 真面目な人。

 優しい人。

 いい人。

 頼れる人。

 

 どれも間違っていないけれど、それだけで言い切ってしまうには、私の中の橘君はもう少し面倒くさい形をしている。

 

 私は知っている。

 

 彼が、あの狭い部屋で赤ちゃんを抱いていたことを。

 眠そうな顔のまま、それでも私より冷静にミルクの温度を見ていたことを。

 私が限界なのを見て、変に優しくするのではなく、短く寝ろと言ったことを。

 赤ちゃんが笑った時、ほんの一瞬だけ、どうしようもないものを見るような顔をしたことを。

 

 でも、それを私はうまく説明できない。

 

 説明してしまった瞬間、私だけの記憶ではなくなってしまうような気もした。

 

 いや、私だけのものなんかじゃない。

 そんなことは分かっている。

 

 それでも、あの三日間の橘君を、教室の“橘君”の話題の中へ混ぜてしまうのが、どこかもったいないような、怖いような気がした。

 

「あと」

 

 私は少しだけ声を落とす。

 

「たぶん、自分のことになるとすごく見えづらくする人」

 

 真美が首を傾げる。

 

「見えづらく?」

 

「うん。ちゃんと答えてるようで、肝心なところだけすっと隠す感じ」

 

「あー、それは私も見たことあるかも」

 

 真美が納得したように頷く。

 

「橘くんって、答えてるのに何も渡してない感じする時あるよね」

 

「前に芦花も言ってたよね」

 

「うん」

 

 芦花が小さく笑う。

 

「でも最近の橘くんは、前より少しだけ渡してくれてる気もするよ」

 

 その言葉に、私の心臓が一瞬だけ変な跳ね方をした。

 

「そうかな」

 

「うん」

 

 芦花は、グラスの中の氷を見つめながら言った。

 

「少なくとも、彩葉の前では」

 

「……」

 

「分かりやすくはないけどね。ほんの少しだけ。言葉というより、間とか、顔とか、そういうところ」

 

 そう言われると、思い当たるものがいくつも浮かんでしまう。

 

 あの夜の階段裏。

 ちゃんと頼れたじゃないか、と言った声。

 

 ワンルームの中。

 私の貧困飯を黙って食べて、出がけにぼそっと残していった感想。

 

 赤ちゃんを抱いて、変な父親みたいな顔をしていたこと。

 

 学校では絶対に見せない、ほんの少し雑で、ほんの少し乱暴で、けれど妙に近い距離。

 

 私は、それを知っている。

 

 その事実が、少しだけくすぐったい。

 同時に、少しだけ怖い。

 

 知っていると思った瞬間、知らない部分が余計に大きく見えるから。

 

 橘君は、私に何を渡してくれているのだろう。

 私は、何を受け取っているのだろう。

 それは友達としての信頼なのか。

 同じ厄介ごとに巻き込まれた共犯者としての距離なのか。

 それとも、私が勝手に意味を見つけてしまっているだけなのか。

 

 分からない。

 

 分からないのに、気になる。

 

 それが、少しもどかしい。

 

 真美は少しだけにやついている。

 

「もしかして、彩葉的にはけっこう気になってる?」

 

「そういうんじゃない」

 

「えーほんとに?」

 

「本当に」

 

「即答だ」

 

「だから茶化さないの」

 

 そう返したけれど、自分でも少しだけ分からなかった。

 

 気になっている。

 それは間違いない。

 

 でも、それがどういう意味なのかまでは、まだ分からない。

 分からないままでいい気もしている。

 

 だって、名前をつけてしまったら、急に逃げ場がなくなる気がする。

 

 橘君は、私にとって何なのか。

 

 友達。

 同級生。

 頼れる人。

 少し毒のある猫かぶりな優等生。

 私の貧乏くさい生活を見て、変だと笑わず、でも見ないふりもしない人。

 そして、あの三日間を知っている共犯者。

 

 どれも合っている。

 でも、どれも足りない気がする。

 

「まあでも、いいんじゃない?」

 

 真美がストローから口を離して、軽く笑った。

 

「よく分かんないけど、前より話せるようになったならさ」

 

「それは、そうかも」

 

「私も橘くん、前より面白いと思うし」

 

「橘君、聞いたら複雑な顔しそう」

 

「そうかな? 褒めてるのに」

 

「真美の褒め方はたまに雑だから」

 

「えー」

 

 芦花がふっと笑う。

 

「でも、私も少し安心したかも」

 

「安心?」

 

「うん。彩葉が、橘くんには少しだけ怒ったり、言い返したりできるから」

 

 その言葉に、私は思わず芦花を見た。

 

 芦花は何でもないように笑っている。

 

「彩葉ってば誰にでもちゃんとしてるし、ちゃんとしすぎるから。だからかな、橘くん相手にちょっと雑になってるのを見ると、少し安心するなー」

 

「……私、そんなに雑に見えたの?」

 

「うん」

 

「うんって」

 

「でも、いい雑さだと思うよ」

 

 いい雑さ。

 

 そんな言葉があるのかは分からない。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

 橘君には、少しだけ言い返せる。

 少しだけ怒れる。

 少しだけ甘えられる。

 少しだけ、ちゃんとしていない自分を見られている。

 

 それがいいことなのか、危ないことなのかは、まだ分からない。

 

 でも、たしかに。

 

 少しだけ、息がしやすい。

 

 そこまで考えたところで、店員が近付いてくる足音がした。

 甘い香りが、ふわりとテーブルへ落ちる。

 

 バターの香り。

 焼きたての生地の香り。

 苺の甘酸っぱい匂い。

 

 私の思考は、そこで一度止まった。

 

 難しいことが、全部、白いホイップと苺の赤に吸い込まれていく。

 

 橘君のことも。

 自分の気持ちのことも。

 まだ名前をつけられない何かも。

 

 今だけは、少し横へ置いておきたかった。

 

 だって、目の前に運ばれてきたそれは、どう見ても、久しぶりのご褒美だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、注文していたデザートたちが店員の手によって続々と運ばれてきた。

 

 まず、彩葉の前にそっと置かれたのは、真ん中の皿だった。

 

 黒いプレートの上に、ふっくらと焼き上げられた厚みのあるパンケーキが、きれいに何枚も重ねられている。

 表面は淡くやさしい焼き色で、焦げ目の主張はほとんどない。見ただけで、しっとりとしていて、口に入れればふわりとほどけそうな柔らかさが伝わってくる。

 

 頂点には、こんもりと丸く絞られた白いクリーム。

 その上へ、まるで主役の証みたいに大きな苺がひとつ、ちょこんと乗っている。

 脇には小さな白い花まで添えられていて、甘いだけじゃない、どこか可憐な雰囲気までまとっていた。

 

 皿のまわりには、食べやすく切られた苺がぐるりと並べられている。

 赤い果肉のみずみずしさと、焼きたての生地のやさしい色合い。

 その対比があまりにもきれいで、彩葉は思わず息を止めた。

 

  これ、絶対おいしいやつだ

 

 そんな確信が、見た瞬間に胸の中へ落ちてくる。

 

 左側、真美の前に置かれた皿もまた華やかだった。

 

 白い皿の上には、色鮮やかなミックスフルーツのパンケーキ。

 つややかな赤いグラサージュのような層の上へ、ブルーベリーやラズベリー、黄色い花びらみたいな飾りが贅沢に乗せられていて、他にもいろんな果物(フルーツ)らが小ぶりながらも視線を奪う存在感がある。

 明るくて、にぎやかで、見ただけで少し元気になるような一皿だった。真美の前にあると、妙にしっくりくる。

 

 そして右、芦花の前にはチョコレートのデザート。

 

 深い色合いのチョコ生地が幾重にも折り重なるように盛られていて、上にはクリーム、さらに薄くスライスされたバナナがきれいに並べられている。

 艶のあるチョコソースの濃厚さと、整えられた見た目の落ち着き。

 甘さの中にも少し大人びた雰囲気があって、静かな芦花によく似合っていた。

 

「わあ……」

 

 真美が素直に目を輝かせる。

 

「すごいね」

 

 芦花も、少しだけ声をやわらかくした。

 

 けれど彩葉は、しばらく何も言えなかった。

 

 こんなにちゃんとした甘味を、いつぶりに見るだろう。

 

 自分で焼く粉と水のパンケーキ(生きるためだけの食べ物)とは違う。

 冷凍ブルーベリーと安物のジャムを添えただけの、精一杯のスペシャルメニューとも違う。

 

 以前、橘君に出した朝のパンケーキ。

 あの月から来たという、名前もまだ定まらない女の子にも今朝に焼いてやった、質素な一皿。

 あれはあれで、ちゃんと誰かのために用意した食事だったし、食べてもらえたことは嬉しかった。

 もう片方には失礼極まりない感想をいただいたが。

 

 でも、目の前のこれは違う。

 

 これは、誰かに作ってもらうためのもの。

 頑張った人間へ、ちゃんと「お疲れさま」を言うための、ご褒美そのものだった。

 

 だからこそ、少しだけ申し訳なさも湧く。

 

 今この瞬間、あの二人はどうしているかな。

 部屋に残してきたあの子。

 そして、まっすぐあそこへ向かっているはずの橘君。

 

 胸の奥にほんの少しだけ罪悪感が刺さる。

 それでも、目前の甘い香りはあまりにも魅力的で、どうしたって意識を引き戻してくる。

 

 ふわりと漂うバターの香り。

 苺の甘酸っぱい匂い。

 冷たいクリームのやさしい甘さ。

 

 彩葉は無意識に、こくりと唾を飲み込んだ。

 

「じゃ、じゃあ……いただきます」

 

 そう言って、そっとフォークを手に取る。

 

 まずは、てっぺんのクリームと苺を少し。

 できればパンケーキの断面まで一緒に取って、一口目をちゃんと最高の形で迎えたい。

 そんなことを考えながら、慎重にフォークを差し込もうとした、その瞬間  

 

 

 

      シャッ!

 

 

 

 目の前の皿から、一切れ(一段)が消えた。

 

「……え?」

 

 彩葉の動きが止まる。

 

 何が起きたのか理解するより先に、視線だけがゆっくり上がった。

 

 そこに立っていたのは、いてはいけないはずの少女だった。

 

 タンスから引っ張り出したフリルつきのブラウス。

 少し丈の合っていないスカート。

 けれど顔立ちの力が強すぎて、なぜか成立してしまっている。

 

 右手には、銀色に光るフォーク。

 その先には、彩葉のパンケーキ。

 

 そして本人は、頬へ手を当てながら、さも当然のようにそれを口へ運んでいた。

 

「……っ」

 

 もぐ、とひとくち。

 次の瞬間、少女の大きな瞳がこれ以上ないほど輝いた。

 

「うぅぅぅんまいっ!!!」

 

 店内に響く、満点すぎる感想。

 

 彩葉の思考が、そこで一度きれいに止まる。

 

 そうかそうか。

 それはさぞ美味しかろう。

 人のご褒美を横取りたぁ、いい度胸しとるやないか。

 

「よっ、彩葉!」

 

 少女は完璧なウィンクつきで手を振った。

 

 かわいい。

 それは認める。

 めちゃくちゃかわいい。

 

 でもそれとこれとは話が別だ。

 

  っていうか、なんでここにいるのよ!?

 

 

     *

 

 

 真美と芦花も、完全に固まっていた。

 

 二人とも、まるで時間を止められた写真みたいな姿勢だ。

 

 真美はミックスフルーツのパンケーキへ伸ばしかけたフォークを空中で止めたまま。

 芦花はチョコパンケーキにナイフを入れる直前で、片手を軽く上げたような、中途半端にびっくりしたポーズのまま動かない。

 

「……」

 

「……」

 

 その沈黙の中で、当の少女だけが満面の笑みでパンケーキを咀嚼していた。

 

 もぐもぐ。

 もぐもぐ。

 ごくん。

 

「すごい! あまぁい! ふわふわで、つめたいのと、あったかいのが一緒にいるぅ!」

 

 感想だけは妙に詩的だった。

 

 いや、感心している場合ではない。

 

 私のパンケーキである。

 私の、今日一日を乗り越えたご褒美である。

 それをこの子は、あまりにも自然に、あまりにも堂々と、あまりにも幸せそうに食べている。

 

 かわいい。

 かわいいのは認める。

 

 でもそれとこれとは別問題だ。

 

「ちょっと」

 

「ん?」

 

 少女が、頬をふくらませたままこちらを見る。

 

「何をしてるの」

 

「食べてる!」

 

「元気よく言えば許されると思わないで」

 

「うまい!」

 

「感想も追加しなくていい!」

 

 私が頭を抱えかけたところで、ようやく真美が硬直から戻ってきた。

 

「え、え、え? ちょっと待って、彩葉?」

 

「待って」

 

 私は片手を上げた。

 

「私も今、脳が追いついてない」

 

「だよね!? だよね!? 今、すごい美少女が突然現れて、彩葉のパンケーキ食べたよね!?」

 

「見たままを実況しないで。現実感が増すから」

 

 芦花も、ゆっくりと瞬きをした。

 

 驚いている。

 間違いなく驚いている。

 

 けれど、その声だけはやわらかかった。

 

「……パンケーキ、好きなんだ?」

 

「すき!」

 

 少女は即答した。

 

 フォークを握ったまま、目をきらきら輝かせている。

 その顔はもう、人のものを食べた罪悪感など一ミリもない。

 ただただ、世界にこんなおいしいものが存在したことへの感動で満ちていた。

 

 芦花は少しだけ身をかがめた。

 相手の目線に合わせすぎない程度に、でも威圧しないように。

 

 そういうところが、本当に芦花だった。

 

「そっか。おいしいもの食べると、嬉しいよね」

 

「うん!」

 

「でもね」

 

 芦花は自分のチョコパンケーキを小さく切り分けながら、にこりと微笑む。

 

「かわいい子は、人のものを食べる前に、ちゃんと聞けるともっとかわいいかも」

 

 その言い方が、見事だった。

 

 責めていない。

 怒鳴ってもいない。

 けれど、ちゃんと線は引いている。

 

 包容力の使い方がうますぎる。

 

 少女はぱちぱちと瞬きをした。

 

「聞く?」

 

「うん。『食べてもいい?』って」

 

「食べてもいい?」

 

「そうそう」

 

 少女は一度、私の皿を見た。

 それから、私を見る。

 

「彩葉」

 

「なに」

 

「食べてもいい?」

 

「もう食べたあとで聞かないでよ」

 

「じゃあ、次」

 

「次とか言うな」

 

 真美が、そこで吹き出した。

 

「だめ、悪気なさすぎて逆に強い」

 

「悪気がないのが一番厄介なのよ」

 

「でも、ちゃんと聞いたよ?」

 

「盗った後にね!」

 

 少女は、なぜ私が怒っているのか本気で分かっていない顔をしている。

 そのくせ、芦花に「かわいい子」と言われたことだけはしっかり覚えているらしく、さっきから頬がずっとゆるみっぱなしだった。

 

 そして、ふいに芦花の方へ向き直る。

 

「かわいい?」

 

「うん。かわいい」

 

「わたし、かわいい?」

 

「とっても」

 

 芦花がもう一度、やさしく言う。

 

 すると少女は、分かりやすく照れた。

 

 頬がゆるむ。

 口元がにへら、とほどける。

 肩まで嬉しそうに揺れて、フォークを持ったまま、その場で小さく足踏みする。

 

「えへへ……かわいい。わたし、かわいい」

 

「そこ、調子に乗らない」

 

 私は反射でそう言った。

 

 けれど少女は、まったく堪えていない。

 むしろ嬉しさを共有したくてたまらないのか、すぐにこちらへ振り向く。

 

「彩葉、かわいいって!」

 

「聞こえてるわよ……」

 

「このひと、かわいいって!」

 

「このひと呼びもやめなさい」

 

「え、なにこの子。かわいいって言われてめちゃくちゃ嬉しそうじゃん。かわいい」

 

 真美が笑いながら言うと、少女はさらにぱあっと輝いた。

 

「こっちのひとも、かわいいって!」

 

「うん、かわいいかわいい」

 

「えへへへへ」

 

 溶けた。

 

 完全に溶けた。

 

 さっきまで人のパンケーキを強奪した不届き者だったはずなのに、今は褒められて全身で喜ぶただの子どもである。

 

 いや、ただの子どもではない。

 

 たぶん月から来た。

 三日で成長した。

 私の服を勝手に着て。

 カフェまで尾行してきた。

 そして私のパンケーキを奪った、だいぶ問題のある子どもだ。

 

 でも、喜び方だけはどうしようもなく素直だった。

 

「はい、これもどうぞ」

 

「芦花!?」

 

 気づけば芦花が、自分のチョコパンケーキを小さく切って少女へ差し出していた。

 

 いや、優しい。

 芦花らしい。

 この状況で相手とまわりすべてを落ち着かせれるのは、本当に芦花らしい。

 

 でも今、私のパンケーキ強奪事件の真っ最中なんだけど。

 

 少女は遠慮など知らない顔で、ぱくりと食べた。

 

 数秒。

 

 目が、さらに輝いた。

 

「こっちも、うまい!」

 

「そう、よかった」

 

 芦花がやわらかく笑う。

 

 包容力がすごい。

 すごいけれど、いまはその包容力が事態をさらにややこしくしている気もする。

 

「え、じゃあ私のも食べる? ミックスフルーツだよ」

 

「真美!?」

 

「だってこんなにおいしそうに食べられたら、あげたくなるじゃん!」

 

「分からなくもないけど!」

 

「はい、これ桃。こっちはキウイ。甘酸っぱいやつ」

 

 真美が自分の皿から果物を一切れ乗せたパンケーキを差し出す。

 

 少女はぱくりと食べた。

 

「んーっ! これ、きらきらの味!」

 

「きらきらの味!」

 

 真美が胸を押さえた。

 

「その感想、めっちゃいい。グルメ系として採用したい」

 

「採用しないで」

 

 相変わらず、どこからでも食べ物の話につなげる女である。

 

 さすがは立川市一のグルメガールにして、ツクヨミ十二万フォロワーのグルメインフルエンサー。

 今この状況でさえ、味の表現だけは逃さないらしい。

 

 少女本人も、自分の口から出た言葉が気に入ったのか、頬に手を当てながら、ほわほわと幸せそうにしていた。

 

「きらきら……あまぁい……ふわふわ……」

 

 そして、ふと何かを思い出したように、こちらを見た。

 

「彩葉のと、ぜんぜんちがう」

 

「……」

 

 嫌な予感がした。

 

 いや。

 これはもう、嫌な予感というより、目の前でゆっくり刃が抜かれていくのを見ている気分だった。

 

「彩葉の?」

 

 真美が食いつく。

 

 食いつかなくていい。

 そこは流して。

 お願いだから流して。

 

「うん!」

 

 少女は元気よく頷いた。

 

「朝、彩葉が作ってくれた!」

 

「へぇ、彩葉がパンケーキ作ったんだ」

 

 芦花が少し意外そうにこちらを見る。

 

 やめて。

 その目で見ないで。

 

 違うの。

 あれは料理というより、生存のための最低限の熱処理だったの。

 

 しかし少女は、そんな私の内心など知るはずもない。

 むしろ、素直に思い出を語る顔で続けた。

 

「じゅーってしてた!」

 

「へぇ」

 

「小麦のにおいした!」

 

「うんうん」

 

「きつね色だった!」

 

「おいしそうじゃん」

 

 真美が笑う。

 

 私は心の中で首を横に振った。

 

 違う。

 そこまでは本当においしそうだったのだ。

 

 見た目だけは綺麗だった。

 焼き色はむらなく、焦げてもいないし、生焼けでもない。

 香ばしい小麦の匂いもした。

 

 けれど中身は、ほとんど水で溶いた粉である。

 

 牛乳もない。

 卵もない。

 バターもない。

 蜂蜜もない。

 

 パンケーキという名前を名乗るには、あまりにも人生経験が足りない薄い小麦の焼き板。

 

 私はあれを、画期的貧困飯と呼んでいる。

 

 いや、呼びたくて呼んでいるわけではない。

 生活が呼ばせている。

 

「でね」

 

 少女は胸を張った。

 

「食べたらね」

 

 やめろ

 

 それ以上はやめろッ

 

「かおが、ぐにゃあってなった!」

 

「顔がぐにゃあ」

 

 真美がもう笑いを堪えきれていない。

 

 芦花も口元を押さえている。

 

「それでね」

 

 少女は、当時の自分を再現するように、眉を寄せ、口元を歪め、何とも言えない顔を作った。

 

 かわいい。

 腹立つくらいかわいい。

 

 そして、そのかわいい顔のまま、朝の時と同じ感想を放った。

 

くそまじぃ……ってなった!」

 

「言わなくていいのよ!」

 

 私は即座に止めた。

 

 しかし、遅かった。

 

 真美がテーブルに突っ伏した。

 

「だめ、無理、くそまじぃはだめ……!」

 

 肩が震えている。

 完全に笑っている。

 

 芦花も目元をゆるませながら、申し訳なさそうにこちらを見た。

 

「彩葉……大変だったね」

 

「同情するなら忘れて」

 

「それはー、難しいかも」

 

「そこは頑張ってよ!」

 

 少女は、なぜ笑われているのか分かっていない顔で首を傾げていた。

 

「でも、彩葉のも、いいにおいしたよ?」

 

「今さらフォローしなくていい」

 

「焼くの、じょうずだった!」

 

「そこだけ褒められても傷が深くなるのよ」

 

「くそまじぃけど、きつね色!」

 

「いちばん嫌な褒め方!」

 

 真美がついに声を上げて笑った。

 

「やばい、彩葉のパンケーキ、味は地獄なのに見た目だけ優等生なんだ」

 

「だから言い方ぁ!」

 

「でも彩葉っぽいかも」

 

 芦花がぽつりと言った。

 

「外側だけちゃんとしてて、中身は案外雑だったり、みたいな」

 

「芦花、それ今この場で一番刺さるからやめて」

 

「あ、ごめん」

 

「謝り方が本気なのもつらい!」

 

 少女は、私たちの会話をきょろきょろと見比べてから、もう一度真美のミックスフルーツパンケーキを見る。

 

 目が輝く。

 

「これは、きらきらの味」

 

 次に芦花のチョコパンケーキを見る。

 

「こっちは、あまぁい夜の味」

 

「表現力だけ無駄に育ってるわね……」

 

 そして最後に、私を見る。

 

「彩葉のは」

 

「言わなくていい」

 

「くそまじぃ朝の味!」

 

「だから言わなくていいって!」

 

 終わった。

 

 私の貧困飯が、詩的表現をまとって処刑された。

 

 きらきらの味。

 あまぁい夜の味。

 くそまじぃ朝の味。

 

 語感だけは妙にいいのが、余計に腹立たしい。

 

「ねぇ彩葉、それ今度作ってよ」

 

「真美?」

 

「くそまじぃ朝の味、ちょっと気になる」

 

「絶っ対に作らない」

 

「私もちょっと気になるかも」

 

「芦花まで!?」

 

 少女は、なぜか誇らしげだった。

 

「彩葉、作るのはじょうずだから!」

 

「褒めるなら味までちゃんとして」

 

「味は、くそまじぃ!」

 

「根に持つわよ!」

 

 怒っている。

 

 確かに怒っている。

 

 けれど、少女の顔はあまりにもまっすぐだった。

 

 美味しいものを美味しいと言い、不味いものを不味いと言う。

 そこに悪意はない。

 遠慮もない。

 だから余計に傷つく。

 

 子どもの舌と宇宙人の正直さを足して二で割らない存在。

 それが今、私の目の前でパンケーキを食べている。

 

「でも」

 

 少女は、ふとフォークを握り直した。

 

「彩葉が作ってくれたから、ちゃんと全部食べたよ?」

 

「……」

 

 不意に、言葉が止まった。

 

「くそまじぃけど、彩葉が作ってくれたから」

 

     ごちそうさま。おかげで腹が膨らんで助かった

    ……味は、ただの水溶かしの小麦粉だったな

   なのに焼き加減だけは妙に丁寧で、ちゃんとしてた。変な才能もあるんだな

  味はともかく、腕自体は悪くない

 

 そう言って、少女はにこっと笑う。

 

 ずるい。

 

 本当に、ずるい。

 

 そんなことを言われたら、怒りづらくなるじゃないか。

 

「……今それ言うの、反則でしょ」

 

「反則?」

 

「覚えなくていい」

 

「はんそくかぁー」

 

「だから覚えなくていいって!」

 

 私は頭を抱えた。

 

 やっぱり、この子は覚えてほしくない言葉から先に吸収する。

 

 まさか、赤ん坊の頃から見せられていたシらぬイの動画(例のアレ)のせいか。

 いや、ほぼ間違いなくそのせいだ。

 

 橘君、あとで説教。

 絶対に説教

 

 私は深く息を吸った。

 

 落ち着け。

 落ち着くのだ、酒寄彩葉。

 

 現状を整理する。

 

 謎の少女が現れた。

 かわいい

 私のパンケーキを食べた。

 芦花と真美に甘やかされている。

 かわいいなー

 私の服を着ている。

 やっぱかわいい

 

 でもまずい。

 

 だいぶまずい。

 

「……っていうか」

 

 真美が、そこでようやく少女の服装に目を留めた。

 

「あれ? その服、彩葉のじゃない?」

 

「っ」

 

 来た。

 

 来てしまった。

 

 私は背筋を固めた。

 

 少女は何も知らない顔で、堂々と胸を張る。

 

「そう、彩葉のだよ!」

 

「そういう時だけ元気よく言わないで」

 

「え、やっぱりそうなんだ。もしかしてお揃い?」

 

「お揃いじゃない。私の。勝手に着てるだけ」

 

「勝手に?」

 

 真美の目が丸くなる。

 

 芦花も、ちらりと私を見る。

 その視線は優しい。

 優しいけれど、明らかに何かを察し始めている。

 

 まずい。

 この空気はまずい。

 

「ねぇ、彩葉」

 

 芦花が、にこっと笑った。

 

「紹介してよ。こーんなにかわいい子、なかなか見られないからさ」

 

「そうそう。一人で独占するのはズルいからさ」

 

 真美も乗ってくる。

 

 待って。

 待ってほしい。

 

 紹介?

 紹介とは何か。

 この子の所属は何か。

 関係性は何か。

 出生地はどこか。

 

 答え。

 全部、言えない。

 

「いや、その、えーと……」

 

 私は口ごもった。

 

 もちろん本当に言葉が出ないのもある。

 だが、それ以上に時間を稼ぐ必要があった。

 

 私は少女へ視線を送る。

 

 帰れ。

 頼むから帰れ。

 というか出て行ってくださいお願いします。

 今すぐ。

 今この瞬間。

 お願いだから、これ以上、何も喋らないで。

 

 少女は、私の視線を真正面から受け取った。

 

 そして、にこっと笑った。

 

「月から来たよー!」

 

 言うな言うな言うな言うなぁぁぁぁ!!

 

 声には出していない。

 出していないのに、心の中では店内の窓ガラスが全部割れるくらい叫んだ。

 

 私の表情筋は偉い。

 今、ちゃんと人間の顔を保っている。

 えらい。

 あとで何か甘いものを食べさせてあげたい。

 

 ……いや、甘いものはさっき食べられたんだった。

 

 真美が、フォークを持ったまま固まる。

 

「えーと……」

 

 言葉を探している。

 けれど、探したところで見つかるはずがない。

 

 そりゃそうだ。

 目の前の美少女が、いきなり「月から来たよー!」などと言い出したのだ。

 普通なら、冗談か、設定か、あるいはそういうロールプレイなのかと迷うところである。

 

 けれど問題は、この子が冗談を言っている顔ではないことだった。

 

 芦花も、ゆっくり瞬きをした。

 

「……月って、あの空の月?」

 

 終わった。

 

 終わったかもしれない。

 

 いや、まだだ。

 まだ終わっていない。

 ここで終わらせてたまるか。

 

 私の脳内で、何かが火花を散らした。

 

 深夜二時に七色電柱から赤ん坊を拾ったのは誰?

 三連休を育児に溶かされながらも耐えきったのも誰?

 突然の成長と衣類強奪とカフェ襲撃を経験した女は?

 そう私。

 

 これまでの修羅場すべてが、今この瞬間、一本の細い道を作った。

 

「築地!」

 

 私は叫んだ。

 

「……つきじ?」

 

 真美が首を傾げる。

 

「ほら、昼休みに話してたでしょ? 私と橘君との遠い親戚の、従妹の子だよ。築地。ね? 築地から来た子なの。ね?」

 

 とっさのファインプレーだった。

 

 さすがは(おかん)

 三連休の育児と、突然の電柱生まれの赤ん坊との邂逅で鍛えられた機転の良さは伊達ではない。

 

 私は少女の肩に手を置いた。

 

 にっこり笑う。

 

 笑え。

 笑うのよ、酒寄彩葉。

 これは笑顔ではない。

 生存戦略なのだ。

 

「築地、ね?」

 

「つき……じ?」

 

 少女が不思議そうに繰り返す。

 

 私は肩に置いた手へ、ほんの少しだけ力を込めた。

 

「築地」

 

「つきじ!」

 

「そう!」

 

 第一関門、突破。

 

 真美は、そこでぱっと顔を明るくした。

 

「わー、じゃあ美味しいお鮨屋(すしや)さんとか知ってるかな? マグロ、うに、かにぃ!」

 

「真美、今そこ?」

 

「だって築地(つきじ)って聞いたらお(すし)でしょ」

 

「その連想力だけは本当にブレないわね……」

 

 相変わらず、どこからでも食べ物の話につなげられる女である。

 

 さすがは立川市一のグルメガールにして、ツクヨミ十二万フォロワーのグルメインフルエンザ。

 

 ……いや、インフルエンサー。

 

 今の私の脳は混乱のあまり、真美の肩書きすら病名にしてしまったらしい。

 

 とにかく。

 助かった。

 呑気すぎて助かったよ。

 

 第二関門、突破。

 

 ありがとう真美。

 あなたの食欲が世界を救ったわ。

 

 ただ、芦花は少しだけ怖かった。

 

「へぇ。築地から来たんだ」

 

「そ、そう。築地から」

 

「月じゃなくて?」

 

「築地、です」

 

「そう」

 

 芦花はそれ以上、追及しなかった。

 

 けれどその笑みの奥で、何かをいったん飲み込んだのは分かった。

 

 ありがとう。

 本当にありがとう。

 

 今はそれ以上、聞かないでくれてありがとう。

 

「マグロ?」

 

 かぐやが、聞き慣れない単語を拾って首を傾げた。

 

「うん、マグロ。赤くておいしいやつ」

 

「赤い?あの白いつぶつぶの上のあれ?」

 

「そう。あと、うにはとろっとしてて、かには甘くて、いくらはぷちぷちで――」

 

「真美、今ここで築地グルメ講座を開かないで」

 

「だって、築地って聞いたらさぁ」

 

「だからその連想の速度を少し落としてってば」

 

 真美は不満そうに唇を尖らせたが、かぐやの方はもう完全に興味津々だった。

 

「赤い。とろっと。甘い。ぷちぷち」

 

「覚えなくていい。少なくとも今は覚えなくていい」

 

「ぷちぷち、食べたーい。ねぇねぇ彩葉」

 

「後で。全部後で」

 

「あとで?」

 

「あとで」

 

 よし。

 会話を食べ物に流せている。

 

 このまま真美の胃袋方向へ話題が転がっていけば、月だの電柱だの、人生の治安を破壊する単語からは距離を取れる。

 

 そう思った。

 

 思ってしまった。

 

 けれど、芦花はやっぱり芦花だった。

 

「でも、そっか」

 

 やわらかい声。

 

 責めるでもなく、問い詰めるでもなく。

 ただ、そこに置き忘れられていたものを、そっと拾い上げるみたいな声だった。

 

「彩葉と橘くんの親戚の子なんだよね?」

 

「そ、そう。かなり遠いけどね。遠すぎて、もう地図で測るのが面倒なくらい遠い」

 

「築地なのに?」

 

「心の距離が」

 

「へぇ」

 

 芦花は、にこりと笑った。

 

 やはり怖い。

 

 その笑顔が怖い。

 

 優しいのに怖い。

 何も追及していないのに、こちらの逃げ道の形だけを静かに確認されている気がする。

 

 真美なら、たぶん今の説明でも「心の距離かぁ」とか言って流してくれる。

 いや、流してくれたうえで、また鮨の話に戻る。

 

 でも芦花は違う。

 

 信じてくれたわけではない。

 ただ、今この場で暴く必要はないと判断してくれているだけだ。

 

 ありがたい。

 本当にありがたい。

 

 同時に、少しだけ寿命が縮む。

 

 芦花はかぐやを見た。

 

 タンスから引っ張り出した私の服。

 少し丈の合っていないスカート。

 口元にまだ少しだけ残ったホイップ。

 褒められて嬉しくて、さっきから頬が緩みっぱなしの顔。

 

 その全部を見たうえで、芦花はふわりと目を細める。

 

「かわいい従妹さんね。お名前は?」

 

「……」

 

 名前。

 

 その一言で、私の思考がぴたりと止まった。

 

 芦花に関しては、ちょっと怖い。

 いや、かなり怖い。

 

 たぶん全部は信じていない。

 というか、たぶん半分くらいは飲み込んで、残り半分は口に出さずに置いてくれている。

 

 けれど、とりあえず今は追及しないでいてくれるらしい。

 

 ありがたい。

 本当にありがたい。

 

 ただ、そこで投げられた質問が、予想以上に鋭角だった。

 

 名前。

 

 え。

 やば。

 

 そういえばこの子、自分の名前すら知らない。

 

 いや、知らないどころか、あの()という場所では名前すらなかったとか言っていなかったっけ。

 

「名前? 名前。なまえ、えーと……」

 

 私は口の中で意味もなく同じ言葉を転がしながら、必死に頭を回した。

 

 少女もまた、自分のことを聞かれているはずなのに、不思議そうに首を傾げている。

 自分にも答えがない。

 そんな顔だった。

 

 その顔を見た瞬間、不意に、昨日  いや、今日の夜中のことが頭をよぎった。

 

 深夜二時。

 

 眠気と混乱と現実逃避がぐちゃぐちゃに混ざった頭で見せられた、あのおとぎ話みたいな光景。

 

 竹ではない。

 

 電柱だ。

 

 しかも七色に光っていた。

 

 けれど、月から来たというのなら。

 この子に今、初めて名前を渡すのなら。

 

 これ以上、お似合いの名前はきっとない。

 

「かぐや!」

 

 私は言った。

 

 言ってから、自分でも少し驚いた。

 

 でも、少女はもっと驚いていた。

 

「かぐや?」

 

「そう。かぐや」

 

 竹から生まれたわけではない。

 よりにもよって電柱からだ。

 

 けれど月から来た女の子に、これ以上似合う名前なんて、今の私には思いつかなかった。

 

「かぐやちゃんか~、かわよぉー!」

 

 真美が一瞬で受け入れた。

 

「うん、ぴったりな名前だね。本当、お姫様みたいでかわいいし」

 

 芦花もやさしく微笑む。

 

 少女は、ぽかんとしていた。

 

「かぐや……」

 

 小さく呟く。

 

 まるでその音を、初めて触れる宝石みたいに、そっと確かめるように。

 

「かぐや。かぐや……そっか、かぐやかぁ!」

 

 そして次の瞬間、ぱあっと笑った。

 

「わたし、かぐや!」

 

 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少しだけ変なふうに鳴った。

 

 名前は、人生で最初にもらう贈り物だという。

 

 なら、案外この子にとっては、これが本当に誰かから初めてもらったものなのかもしれない。

 

 そう思ったら、怒る気力がほんの少し削がれた。

 

 ずるい。

 

 本当に、ずるい。

 

 そんなふうに喜ばれたら、こっちが悪いことをしたみたいになるじゃないか。

 

「かぐや、かわいい?」

 

「かわいいよー!」

 

「うん。かぐやちゃん、かわいい」

 

「えへへ……」

 

 少女  かぐやは、頬を赤くしてデレデレに照れた。

 

 真美と芦花に褒められ、名前をもらい、それを抱きしめるように胸の前で両手を握っている。

 

 空気が、少しだけやわらいだ。

 

 よし。

 

 今だ。

 

 この瞬間しかない。

 

 さすがに私の精神的容量が限界だった。

 

 私は自分の皿を見た。

 

 なんとかかぐやの襲撃を逃れたパンケーキ二枚。

 奇跡的にまだ無事だった苺たち。

 

 迷っている時間はない。

 

 私はフォークを取った。

 

「彩葉?」

 

 芦花が不思議そうに私を見る。

 

「ごめん」

 

 言うが早いか、私はパンケーキを二口で口へ詰め込んだ。

 

 甘い。

 ふわふわ。

 おいしい。

 

 もっとちゃんと味わいたかった。

 

 けれど今は命が優先である。

 

 続けて苺を回収。

 まだ無事だったジュースも手に取る。

 

 一気飲み(ウォンシャッ)

 

 喉が冷たい。

 胃がびっくりしている。

 私もびっくりしている。

 

「え、彩葉?」

 

「ちょ、何してんの?」

 

 真美が目を丸くする。

 

 私はナプキンで口元を拭い、まだ赤い顔でデレデレに照れているかぐやの手首を掴んだ。

 

「行くよ」

 

「どこに?」

 

「家に帰るの!」

 

「パンケーキは?」

 

「もう十分食べたでしょ!」

 

「でもロカの、まだあるよ?」

 

「見ない!」

 

「マミのも、きらきらが」

 

「見ない!」

 

 私はかぐやの視線を強引に遮り、最小限の動線で席を離れた。

 

 鞄。

 財布。

 スマホ。

 忘れ物なし。

 

 かぐや。

 確保。

 

 周囲の視線。

 気にしない。

 

 今必要なのは、早急な撤退である。

 

「ごめん、先に帰るね!」

 

「え、ほんとに?」

 

 真美が目を丸くする。

 

 芦花も、少しだけ心配そうにこちらを見た。

 

「彩葉、大丈夫?」

 

「大丈夫! ぜんぜん大丈夫じゃないけど大丈夫!」

 

「それ、大丈夫じゃない時の返事だよね」

 

「後で説明する! たぶん! できる範囲で!」

 

 自分で言っていて、何ひとつ信用できない言葉だった。

 

 けれど今は、真実よりも撤退が優先である。

 

 私はかぐやの手首を掴んだまま、二人に向かって勢いよく頭を下げた。

 

「ありがとう、そしてご馳走様! せっかく奢ってくれたのに、こんな形になって本当にごめん! 後で絶対埋め合わせするからっ!」

 

「いや、そこは気にしなくていいけど」

 

 芦花がやわらかく言う。

 

「そうそう。むしろ面白かったし」

 

「そこは面白がらないで!」

 

 真美の言葉に反射で突っ込んでしまった。

 しまった。

 この一秒すら惜しいのに。

 

「でも、埋め合わせって何? 彩葉のくそまじぃ朝の味?」

 

「絶対に違う」

 

「じゃあ今度、ちゃんとしたパンケーキ作ってよ」

 

「それは検討する!」

 

「検討するんだぁ」

 

 芦花が小さく笑った。

 

 その笑い方が優しすぎて、余計に申し訳なくなる。

 

 今日のパンケーキは、真美と芦花が奢ってくれたものだった。

 

 最近少し元気になった私を見て、たまには甘いものでも食べようと誘ってくれた。

 私が遠慮するのを見越して、今日は二人で出すから、と最初から逃げ道を塞いでくれた。

 

 それなのに。

 

 その貴重なご褒美時間は、月から来た少女によるパンケーキ強奪事件と、築地偽装作戦と、名前授与式と、精神的敗走によって終わろうとしている。

 

 申し訳ない。

 申し訳なさすぎる。

 

 でも今、私の精神的容量は完全に限界だった。

 

「ほんとにごめん! この埋め合わせは必ず!」

 

「うん、またね。彩葉」

 

「またねー、かぐやちゃん!」

 

 真美が手を振る。

 

「かぐや、またね」

 

 芦花もやさしく言った。

 

 かぐやは引っ張られながら、ぱっと振り向いた。

 

「マミ! ロカ! またね!」

 

 笑顔が眩しい。

 

 眩しすぎて、余計に頭が痛い。

 

「ほら、行く!」

 

「彩葉、パンケーキまた食べる?」

 

「それはあとで相談!」

 

「あとで?」

 

「あとで!」

 

「マミとロカのパンケーキ、きらきらだったなぁ」

 

「だから今それを言われると、私の罪悪感が増えるの!」

 

「罪悪感?」

 

「覚えなくていい!」

 

「ざいあくかん!」

 

「もう覚えたし...」

 

 私は頭を抱えたくなる衝動を必死に堪えながら、かぐやの手を引いてカフェの出口へ一直線に向かった。

 

 背後から、真美の楽しそうな声が聞こえる。

 

「ねぇ芦花、今の何だったと思う?」

 

「うーん」

 

 芦花の声は、少しだけ笑っていた。

 

「彩葉が今度ちゃんと話してくれるんじゃないかな」

 

 聞こえなかったことにした。

 

 今は聞こえなかったことにする。

 

 自動ドアが開く。

 

 冷房の効いた店内から、夏の熱を含んだ外気が一気に頬を撫でた。

 

 私はかぐやを連れて、カフェの外へ飛び出した。

 

 ようやく、息ができた気がした。

 

 ただしその横で、かぐやはきらきらした顔のまま、恐ろしいことを言った。

 

「彩葉」

 

「なに」

 

「築地って、月?」

 

「そこから説明しなきゃいけないの……?」

 

 

 

     *

 

 

 カフェを出た瞬間、外の熱が一気に肌へまとわりついた。

 

 さっきまで店内は涼しかった。

 冷房が効いていて、甘い匂いがして、パンケーキがあって、たぶん普通の女子高生らしい時間だった。

 

 けれど外は暑い。

 

 現実に戻された気がする。

 いや、現実というなら、今隣にいるかぐやの存在こそ一番おかしいのだけれど。

 

「中はすごく涼しかったのに、お外は暑いねぇ」

 

 かぐやは能天気に言った。

 

「彩葉の家には、あれ、涼しくできないのー?」

 

 私は足を止めた。

 

「あんた正気?!」

 

「バレたらどうすんの?! というか、そもそもどうやって来たの?!」

 

 私の中の何かが、完全に噴き出した。

 

「その服はどこから? いや、私のタンスからだよね!? 家の鍵は? 電気は? 水道は? 冷蔵庫は!? ちゃんと閉めた? 閉めてないよね? なんかもう分かるわ、絶対閉めてない!」

 

 言いたいことが多すぎる。

 

 喉が追いつかない。

 頭が追いつかない。

 でも口だけは動く。

 

「あとね、勝手に外に出るのはダメ! 道路には車も自転車もあるし、人もいるし、迷子になったらどうするの!? スマコンも持ってないし、連絡もできないし、そもそもあなたの存在そのものが説明不能なのよ!」

 

「だってつまんないんだもん」

 

 かぐやは頬を膨らませた。

 

「あんな映えなくて寂しい部屋に一人でなんて、いやだもん!」

 

「映えなくて悪かったわね!」

 

 私は思わず叫んだ。

 

「っていうか、映えとかどこで覚えたのよ!?」

 

「タブレットだよー」

 

「またタブレット!」

 

 だめだ。

 この子にタブレットを自由に触らせるのは本当に危険だ。

 シらぬイの動画だけでなく、SNS語彙まで吸収している。

 教育環境が終わっている。

 

 かぐやは私の手を握られたまま、むすっとした顔で続ける。

 

「彩葉だけ外いく。彩葉だけ友だちと食べる。彩葉だけ楽しそう。ずるい」

 

「……」

 

 そこで、少しだけ言葉が詰まった。

 

 ずるい。

 その言い方が、妙に子どもっぽくて、まっすぐで。

 

 ただのわがままだ。

 でも、完全には突き放せない。

 

 私も、どこかで分かっていたのかもしれない。

 この子は、ただ外へ出たかったのだ。

 私の後を追いたかっただけなのだ。

 

 母親の後ろを、こっそりついていく子どもみたいに。

 

 ……いや、母親じゃない。

 そこは違う。絶対に違う。

 

 そう思った瞬間、スマホが震えた。

 

 橘君からの通知だった。

 

 橘君からの通知が、立て続けに入っていた。

 あの子が部屋にいないこと。

 鍵が開いていたこと。

 部屋がかなり荒れていること。

 そして、今は建物の周囲を探していること。

 

『部屋の中は後で説明する。まずはあの子だ』

 

 私は、スマホの画面を見たまま固まった。

 

 部屋はかなり荒れている。

 

 部屋は、かなり、荒れている。

 

 想像だけで、胃がきゅっと縮む。

 

「……かぐや」

 

「なに?」

 

「正直に言いなさい」

 

「うん」

 

「部屋、どうした?」

 

 かぐやは、少しだけ考えた。

 

「服をさがした!」

 

「他には」

 

「ごはんもさがしたよ!」

 

「他には」

 

「お水のんで」

 

「止めた?」

 

「……」

 

「止めた?」

 

「……わかんない!」

 

「止めてないじゃない!」

 

 頭がくらっとした。

 

 水道代。

 冷蔵庫の食材。

 掃除と洗濯。

 

 もう全部が頭の中でぐるぐる回る。

 

 そのうえで、橘君は今、あの部屋を見た。

 見てしまった。

 

 私がもっとも見られたくない形の部屋を。

 限界まで生活を切り詰めた、散らかった、荒らされた、冷蔵庫の中身まで死んでいるかもしれない、あの部屋を。

 

    将来の切り札として確保しておくのは戦術の掟にして定石

 

 しかも、絶対に何か記録している。

 あの男はそういうところがある。

 状況整理のために。

 証拠保全のために。

 そして将来の対私特攻兵器のために。

 

 かぐやが赤ちゃんの頃におねしょした布団ごと写真を撮っていたことを思い出す。

 

 ああああああああ。

 

 衝撃が連鎖する。

 

 一次被害(ファースト・インパクト)。部屋が荒れている。

 二次被害(セカンド・インパクト)。それを橘君に見られた。

 三次被害(サード・インパクト)。彼の端末の中に最低一枚はその記録が残っている可能性が高い。

 

 私はその場で少しだけ膝から崩れそうになった。

 

「彩葉?」

 

 かぐやが能天気に私を覗き込む。

 

「だいじょーぶ?」

 

「大丈夫じゃないわよ……」

 

「おなかすいた?」

 

「今それ聞く?」

 

「パンケーキおいしかったね~!」

 

「聞いてないわい!」

 

 この子は自由だ。

 あまりにも自由だ。

 

 能天気で、無邪気で、悪気がなくて、でもとんでもない破壊力を持っている。

 まるで台風に笑顔がついたみたいな存在だ。

 

 私は深く息を吸った。

 

 落ち着け。

 落ち着け、私。

 

 まずは橘君に返事。

 次にかぐやを連れて帰る。

 それから部屋を確認。

 説教。

 片付け。

 謝罪。

 場合によっては泣く。

 たぶん泣く。

 

 スマホに震える指で返信を打つ。

 

『いる』

 

 送信。

 

 少し考えて、もう一文。

 

『私のパンケーキ食ってる』

 

 送信。

 

 さらに、もう一文だけ。

 

『部屋のことはあとで聞くから、今は絶対に写真とか誰にも見せないで』

 

 送信。

 

 送ってから気づいた。

 

 これ、写真がある前提の文だ。

 

「……終わった」

 

「終わった?」

 

「いろいろとね」

 

 かぐやは首を傾げた。

 それから、にこっと笑う。

 

「彩葉、かえろ?」

 

「誰のせいで帰ると思ってるのよ」

 

「わたし?」

 

「そうよ!」

 

「えへへ」

 

「褒めてない!」

 

 私はかぐやの手をしっかり握り直した。

 

 カフェの中では、真美と芦花がまだこちらを心配しているかもしれない。

 後で説明しなければならない。

 橘君とも合流しなければならない。

 部屋の惨状も見なければならない。

 

 考えるだけで頭が痛い。

 

 でも、とにかく今は。

 

「帰るわよ、かぐや」

 

「うん!」

 

 元気な返事だけは、本当に百点満点だった。

 

 私はその手を引き、暑い夕方の街を、壊れた日常へ戻るために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

   おまけ  家に帰るまでが家出です

 

 帰り道でも、私のお小言は終わらなかった。

 

 終われるはずがなかった。

 

 部屋は荒らされた。

 水道は出しっぱなし。

 冷蔵庫は開けっぱなし。

 パンケーキは奪われた。

 真美と芦花の前では月発言をかまされ、築地という即席設定で命からがら乗り切った。

 しかも本人は、反省しているのかしていないのか、さっきから妙に足取りが軽い。

 

 いや、反省はしているのかもしれない。

 

 ただ、それ以上に外の世界が楽しかったのだろう。

 

 夕方の街。

 人の声。

 車の音。

 店の看板。

 甘い匂い。

 風。

 アスファルトの熱。

 全部がこの子にとっては初めてで、全部が面白くて仕方がない。

 

 それは、分かる。

 

 分かるけど。

 

 だからといって、許されることと許されないことがある。

 

「そもそもね」

 

 私はかぐやの手を引きながら、できるだけ声を抑えて言った。

 

「つまんないって理由だけで、何があるか分からない外にそうホイホイ出てくる? いうに事欠いて、つまんないは何よ。こっちは帰ってくるまで部屋にいてって言ったの。約束したの。正体がバレるリスクまで冒して外に出た理由が、つまんないは、さすがにないわよ」

 

「えへへへ」

 

「褒めてない」

 

「でも彩葉、かぐや、外でいっぱい見つけたよ。車は速いし人は多い!お店もきらきらでパンケーキの味がキラキラしてやばい!」

 

「成果発表しないで」

 

「あと、マミとロカだっだけ?彩葉のお友達二人ともかわいかったし」

 

「そこは否定しないけど、今はそういう話じゃない」

 

「彩葉もかわいいよ?」

 

「そういう機嫌取りも覚えなくていい!」

 

 かぐやは、てへっと笑った。

 

 くっ。

 

 顔がいい。

 

 やらかした内容に対して、顔があまりにもいい。

 

 そのせいで怒りの矛先が一瞬だけ鈍るのが本当に腹立たしい。

 

「あのね、そんな風に生きてると自滅するよ。時には我慢ってものも必要で――」

 

 そこまで言って、私はぴたりと口を閉じた。

 

 続きが出なかった。

 

 我慢しなさい。

 約束は守りなさい。

 勝手に外へ出てはいけません。

 人のものを勝手に食べてはいけません。

 知らないものを勝手に触ってはいけません。

 

 言っていることは正しい。

 

 正しいはずなのに。

 

 自分の口から出ている言葉が、あまりにも“それ”っぽくて、喉が詰まった。

 

 お母さんみたい。

 

 そう思った瞬間、背中のあたりがむずむずした。

 

 違う。

 私は母親ではない。

 断じて違う。

 まだ十七歳。

 女子高生。

 本来なら、保護者面をされる側であって、する側ではない。

 

 なのに、どうして私は月から来た美少女に道路交通と社会倫理を説いているのか。

 

 うーっ。

 

「彩葉?」

 

「……なに」

 

「今、止まった」

 

「止まってない」

 

「止まってたじゃん。顔がこう、うわぁってなってたよ」

 

「それ以上言うと、今日の晩ご飯は粉と水だけのくそまじぃ夜の味にするわよ」

 

 かぐやの顔から、すっと血の気が引いた。

 

「それはやだ」

 

「なら反省して」

 

「してる! してるよ! かぐや、ちゃんと反省してる!」

 

「本当に?」

 

「たぶん!」

 

「たぶんじゃないのよ」

 

 私は深くため息をついた。

 

 もう頭が痛い。

 

 今日一日だけで、感情の振れ幅が大きすぎる。

 

 真美と芦花に奢ってもらったパンケーキ。

 かぐやの乱入。

 築地偽装。

 命名。

 雅治からの部屋壊滅報告。

 水道代と冷蔵庫の死亡疑惑。

 

 帰ったら、掃除。

 謝罪。

 説教。

 雅治との合流。

 部屋の被害確認。

 最悪、食材の処分。

 

 考えるだけで胃が重い。

 

 なのに、隣のかぐやは、少し大人しくなったかと思えば、今度は妙にそわそわしている。

 

 この子がそわそわしている時は、だいたい何かある。

 

 もう、今日だけで学んだ。

 

「ねー、彩葉」

 

「今度はまたなによ」

 

 かぐやは、ふいに片手を上げた。

 

 その手には、小さなデバイスが握られていた。

 

「これ、どうやって使うの?」

 

「……」

 

 私は足を止めた。

 

 見覚えがある。

 

 ありすぎる。

 

 それはスマコンだった。

 

「スマコンじゃん」

 

 声が低くなる。

 

「私の私物までも持ってきたわけ?」

 

「違うよ?」

 

「……は?」

 

 かぐやは、にこっと笑った。

 

 自信満々だった。

 

 何かとんでもないことをやらかした存在ほど、こういう顔をする。

 

 少なくとも、今日のかぐやに関してはそうだ。

 

「これはね」

 

「うん」

 

「彩葉のじゃないやつ」

 

「じゃあ誰の」

 

「えっとね、部屋にあったやつじゃなくて、外で使ったやつ」

 

「……外で?」

 

「うん。画面で、買うって出て、ぴってしたら、買えた!」

 

 買えた。

 

 その言葉を、私の脳が一瞬だけ拒否した。

 

 買えた。

 

 何を。

 どうやって。

 誰のお金で。

 

 背筋に、冷たいものが走った。

 

 待って。

 

 これって、もしかして。

 

「イェ~イ♪」

 

 かぐやがピースした。

 

「イェイじゃない。ピースじゃない。そんなわけあるか」

 

 私は半狂乱でスマホを取り出した。

 

 ロック解除。

 ウォレット。

 使用履歴。

 残高。

 

 指が震える。

 

 見たくない。

 

 でも見ないといけない。

 

 見なければまだ現実ではない気がする。

 でも、見なければ対処もできない。

 

 私は画面を見た。

 

『ウォレット残高 ¥452』

 

『前日比 -¥124,400』

 

 ……。

 

 ……え?

 

 現実?

 

 これ、ほんとに?

 

 私はスマホを持ったまま、数秒間、完全に停止した。

 

 世界が遠い。

 

 車の音も。

 人の声も。

 夕方の熱も。

 隣でこちらを見上げるかぐやの顔も。

 

 全部、どこか別の場所の出来事みたいに感じる。

 

 十二万四千四百円。

 

 数字が、頭の中で一文字ずつ凶器になっていく。

 

 十二万。

 四千。

 四百円。

 

 私が。

 

 死ぬ気で。

 

 貯めた。

 

「……ぐすっ」

 

 喉の奥から、変な音が漏れた。

 

 泣いている。

 

 たぶん、泣いている。

 

 いや、泣く。

 これは泣く。

 

「死ぬ気で……」

 

「彩葉?」

 

「死ぬ気で、貯めたのに……」

 

 声が震える。

 

 ご飯も我慢した。

 遊びも我慢した。

 ヤチヨのグッズだって、全部は買わなかった。

 配信の投げ銭も、何度も指を震わせながら止めた。

 夜中に限定ボイスの告知を見て、唇を噛みながらアプリを閉じた。

 新作アクスタのサンプル画像を見て、保存だけして、カートには入れなかった。

 

 ミニライブのために。

 握手券のために。

 その日だけはちゃんと笑って、ちゃんと推しを見て、ちゃんと生きててよかったと思うために。

 

 ちょっとずつ。

 本当に、ちょっとずつ。

 

 死ぬ気で貯めたのに。

 

「死ぬ気で……ッ」

 

 私はスマホを握りしめた。

 

「死ぬ気で貯めたんですけどぉっっ!!!!」

 

 叫びたかった。

 

 でも叫べない。

 

 今日はヤチヨのミニライブがある。

 しかも握手券がある。

 

 ここで通行人の注目を集めて、警察沙汰になって、予定が潰れたら本当に終わる。

 

 泣くのも。

 叫ぶのも。

 地面に崩れ落ちるのも。

 

 家に帰ってから。

 

 せめて今は、声を抑えて絶叫するのが最大限の抗議だった。

 

「彩葉、顔がすごいことになってる……」

 

「すごいことになってるのは私の人生よ!」

 

「え、えっと、だいじょうぶ? お水いる? パンケーキいる?」

 

「どっちも今ないし、あったらあなたが食べるでしょ!」

 

「食べるけど!」

 

「堂々と言うな!」

 

 初めて、かぐやの顔から余裕が消えた。

 

 目が泳いでいる。

 額に汗が浮いている。

 さっきまで「かぐや、買い物できた。すごい」みたいな顔をしていたのに、今は明らかに焦っていた。

 

 私の剣幕で、ようやく異常事態だと伝わったらしい。

 

「え、えーと、でも大丈夫! たぶん大丈夫!」

 

「何が」

 

「なんか、銀行の? ウォレットの? 数字を書き換えれば、増えるっぽかったよ!」

 

「……」

 

「かぐや、できそう! お茶の子さいさいってやつ! やる?」

 

 私は、ゆっくりとかぐやを見た。

 

 かぐやは、冷や汗をだらだら流しながら、親指を立てていた。

 

 倫理観。

 

 倫理観どこ。

 

 月は全員これなのか。

 月の教育、どうなっている。

 いや、そもそもこの子に教育があったのか。

 名前すらなかった場所だ。

 倫理観があるわけないのか。

 

 だとしても。

 

 だとしても。

 

「ダメに決まってるでしょ!」

 

「ひゃっ」

 

「絶~~対っ! に! しないでよ!!!!」

 

 今度こそ声が出た。

 

 少し通行人が見た。

 知るか。

 いや、知る。

 でも今は知る余裕がない。

 

「いい!? 人のお金のデータを書き換えるのは犯罪! ダメ! 絶対ダメ! お茶の子さいさいじゃない! それは地球では人生が終わるやつ!」

 

「人生が終わる……」

 

「そう!」

 

「それって、くそまじぃ朝の味より危ない?」

 

「比べるな! 比較対象にするな! 全然違う方向で危ない!」

 

「わ、分かった! 数字を増やすのはしない! かぐや、しない!」

 

「絶対よ!」

 

「絶対!」

 

 私は息を切らしながら、スマホをもう一度見る。

 

 残高四百五十二円。

 

 四百五十二円。

 

 笑うしかない。

 

 いや、笑えない。

 

 

   

 

 

 そして、いろいろあった。

 

 本当に、いろいろあった。

 

 道端で財布と推し活資金の死亡確認をした私が、泣くのも叫ぶのも家に帰ってからと決めて、どうにかかぐやを連れて帰路についたこと。

 

 途中で合流した橘君が、私の顔色とスマホ画面と、横でしゅんとしているかぐやを見て、すべてを察したように一瞬だけ目を細めたこと。

 

 その後、私が震える声で事情を説明すると、橘君が額を押さえながらも、まずは私のウォレット残高を元に戻してくれたこと。

 

 ちなみに支払いは、橘君のスマホからだった。

 

 ふじゅ〜ペイ。

 

 謎の決済音とともに、私の残高はひとまず蘇生した。

 

 私のヤチヨ貯金は、橘雅治という謎の高身長救急救命士によって、どうにか心肺停止から引き戻されたのである。

 

 助かった。

 

 本当に助かった。

 

 助かったけど、これはこれで一生頭が上がらないやつでは?

 

 考えたら負けだ。

 今は考えるな、酒寄彩葉。

 

 とにかく、ひとまず家出騒動は収束した。

 

 かぐやは無事。

 私の財布も、仮死状態から回復。

 部屋の水道は橘君が止めてくれていた。

 冷蔵庫も閉められていた。

 床の水分も軽く拭かれていた。

 服も一箇所にまとめられていた。

 

 それだけ聞けば、よかったね、で済みそうな話である。

 

 済むわけがない。

 

 家に戻った瞬間、私は理解した。

 

 ここは私のワンルームではない。

 

 幼獣の通過跡だ。

 

 そして数秒後、認識を改めた。

 

 これはただの通過跡ではない。

 

 酒寄彩葉の家計への宣戦布告だった。

 

 冷蔵庫の中では、いくつかの食材が静かに息を引き取っていた。

 

 牛乳。

 卵。

 昨日の夜、何度も値段を見比べた末に買った野菜。

 安売りで手に入れて、小分けにして数日使う予定だった食材たち。

 

 さようなら。

 

 あなたたちのことは忘れません。

 

 私の生活設計も一緒に死にました。

 

 その辺りで、橘君が何も言わずに外へ出た。

 

 そしてしばらくして戻ってきた。

 

 代わりの食材を買って。

 

 何なの、この人。

 

 パパなの?

 

 いや違う。

 

 違うけど、今だけは否定する気力もなかった。

 

 掃除と片付けは、当然かぐやにやらせた。

 

 犯人である。

 

 月から来たとか、名前がなかったとか、かわいいとか、そんなものは免罪符にならない。

 

 かぐやには私の監督と指示のもと、床を拭かせ、服を仕分けさせ、洗濯機へ入れさせ、タンスの中身を戻させ、布団を整えさせた。

 

「彩葉ぁ、これどこ?」

 

「そこじゃない。右」

 

「右ってこっち?」

 

「それ左」

 

「地球、左右むずい!」

 

「月でも左右はあるでしょ!」

 

「たぶんあったけど、かぐや使ってなかった!」

 

「今から使って!」

 

 こんなやり取りを、何度したか分からない。

 

 橘君は途中から、口を出すより手を動かした方が早いと判断したのか、淡々と床を拭き、ゴミをまとめ、台所の被害を確認していた。

 

 その姿が妙に手慣れていて、腹が立つくらい頼もしい。

 

 でも、今の私はそれを褒める余裕がない。

 

 とにかく、片付け。

 

 洗濯。

 

 被害確認。

 

 食材の死亡判定。

 

 そして夕食。

 

 その日の夕食は、橘君が買ってきた弁当で済ませた。

 

 私はのり弁。

 

 かぐやはハンバーグ弁当。

 

 かぐやは最初、ハンバーグを見て「これ、地球のごちそうじゃん! かぐや、今日めっちゃ人生してる!」などと目を輝かせていたが、私の視線を見てすぐに姿勢を正した。

 

 いい判断だ。

 

 なお、橘君の夕食はプロテインと鶏むね肉とトマトのサラダだった。

 

 素材。

 

 あまりにも、お素材。

 

「……それで足りるの?」

 

「足りる」

 

「味は?」

 

「ある」

 

「ある、じゃなくて」

 

「鶏むねの味とトマトの味がする」

 

「そういうことじゃないのよ」

 

 横でかぐやがハンバーグを見つめながら、ぼそりと言った。

 

「タチバナ、それ人生してなくない?」

 

「食事だ」

 

「かぐやのほうが人生してる」

 

「そうか」

 

「そうか、じゃないんだけど」

 

 この二人、本当に会話の噛み合い方がおかしい。

 

 そんなこんなで、夕食も終わった。

 

 部屋も最低限、人間の住処に戻った。

 

 洗濯機は回っている。

 

 床も拭いた。

 

 冷蔵庫の中身も、死んだものと生き残ったものに分けた。

 

 財布は橘君のふじゅ〜ペイによって蘇生済み。

 

 そして。

 

 時は訪れた。

 

「ごめ゛ん゛な゛さ゛い゛〜〜〜〜〜」

 

 かぐやは正座していた。

 

 床の上で。

 

 背筋を伸ばして。

 

 両手を、頭の上にまっすぐ上げて。

 

 首からは、段ボールで作ったカンペが下がっている。

 

 そこには、太い黒ペンでこう書かれていた。

 

『もう二度と人のものを勝手にしません』

 

 字は私が書いた。

 

 かぐやに書かせたら、たぶん「もう二度と勝手にしない予定! たぶん!」みたいな余計なポジティブが混ざる気がしたからである。

 

「うぅ……腕、ぷるぷるするぅ……」

 

「自業自得」

 

「彩葉ぁ……かぐや、ちゃんと反省してるよぉ……」

 

「してるなら、そのまま」

 

「ハンバーグはおいしかったです……」

 

「今言うことじゃない」

 

「でも、ありがとぉ……」

 

 泣いている。

 

 めちゃくちゃ泣いている。

 

 目元はうるうるで、頬は赤くて、鼻声で、でも両手はちゃんと上げている。

 

 かわいい。

 

 腹が立つくらいかわいい。

 

 だが、今日だけはかわいさで減刑しない。

 

 しないったらしない。

 

 そして、問題はもう一人いた。

 

「俺はなぜ……」

 

 その隣で、橘雅治も正座していた。

 

 こちらも姿勢が良い。

 

 背筋がまっすぐ。

 

 膝の上に手。

 

 顔はいつものように落ち着いている。

 

 落ち着いているが、目元にだけ「納得がいかない」と書いてある。

 

 うるさい。

 

 こっちは一日で何度も人生が壊れたのだ。

 

 連帯責任である。

 

「橘君」

 

「はい」

 

「あなたはなぜ隣に座らされているのか、まだ分からない?」

 

「部屋の確認をした。水道を止めた。冷蔵庫を閉めた。床を拭いた。食材を買い直した。ウォレット残高も補填した」

 

「そこだけ聞くと聖人ね」

 

「ならばなぜ」

 

「タブレット」

 

「……」

 

「スマコン」

 

「……」

 

「動画」

 

「……」

 

「かぐやに、何を、見せた?」

 

 橘君は視線を少しだけ逸らした。

 

 逸らした。

 

 この男が。

 

 あの橘雅治が。

 

 つまり、心当たりがあるということである。

 

「教育目的ではなかった」

 

「目的の話はしてない」

 

「泣き止ませるために、比較的刺激の少ない動画を  

 

「刺激の少ない?」

 

 私はにっこり笑った。

 

 笑ったつもりだった。

 

 でも、たぶん目は笑っていなかった。

 

「その結果、かぐやは“映え”を覚え、“イェ〜イ”を覚え、“お茶の子さいさい”を覚え、人のウォレット残高を書き換えればいいという倫理観ゼロの発想まで出したんだけど?」

 

「最後のは俺ではない」

 

「でもタブレットを自由に触らせたのは?」

 

「……俺です」

 

「よろしい」

 

 橘君は静かに目を閉じた。

 

 悟りを開いたみたいな顔をしている。

 

 開かなくていい。

 

 反省しろ。

 

 私は仁王立ちのまま、二人を見下ろしていた。

 

 たぶん、背後には炎が立ち上っていたと思う。

 

 メラメラと。

 

 怒気と闘気のオーラが。

 

 たぶん、見える人には見えていた。

 

 かぐやは涙目でぷるぷるしながら、私を見上げる。

 

「彩葉ぁ……腕、もう限界かも……」

 

「外に勝手に出る元気はあったでしょ」

 

「それはあったけどぉ……」

 

「じゃあ上げてなさい」

 

「はいぃ……」

 

 その横で、橘君がぼそりと言った。

 

「酒寄」

 

「何」

 

「かぐやはともかく、俺の両手は上げなくていいのか」

 

「上げたいの?」

 

「いや」

 

「なら黙って正座」

 

「はい」

 

 

本当に終わり。





先週で忙しかった本業が終わって、GW。しかし実家の仕事がなければ副業でポケットマネーを稼ぐしかない!だからGWでも働く働くぅ!そして今日も帰りにジムで軽く走って明日も筋トレしにいくぅ!


あれ?僕も彩葉のこと言えねーじゃん。
いつもこんなテンションのバカが書く話でも付き合ってくださって、読み上げてくださって感謝です!
明日もジム終わったら速攻に書くぞ、おおおお!

ではまたいつかぁ~!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。