今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー   作:火力万能主義

21 / 21
前回がああいう終わり方だったので、今回は少しだけ日常回です。

少し、ね。


コーヒーにいくら砂糖とシロップをかけても、コーヒー自体は消えない。
甘いものにシロップをかけすぎると、逆に奥の苦みが分かりやすくなる時もある。

そんなお話お寿司


第十八話 いつもの顔をしている

第十八話 いつもの顔をしている

 

 

 

 

 

 橘雅治は、目立つ。

 

 背が高い。

 姿勢がいい。

 体格もいい。

 顔立ちも整っている。

 

 廊下を歩けば、自然と視線が向く。

 

 それなのに、不思議と強くは残らない。

 

 目立つのに、目立たない。

 そこにいるのに、邪魔をしない。

 誰かの中心に立つことなく、必要な場所に必要なだけ立っている。

 

 少なくとも、学校での橘雅治とは、そういう生徒だった。

 

「橘君、これあとで職員室まで持ってきてくれる?」

 

「分かりました」

 

「橘、これ配っといて」

 

「はい」

 

「ごめん、ここの問題分かる?」

 

「それはその公式でなくこちらので解いた方が解きやすい」

 

 断らない。

 声を荒げない。

 面倒そうな顔もしない。

 

 与えられたものを、与えられた通りにこなす。

 

 プリントを配る。

 課題を終わらせる。

 頼まれた荷物を持つ。

 質問された問題を教える。

 

 先生に呼ばれれば立ち上がり、友人に声をかけられれば足を止め、困っている誰かがいれば、自然に手を貸す。

 

 善人。

 優等生。

 頼れる人。

 

 そう呼べば、たぶん大きくは間違っていない。

 

 けれど、誰も知らない。

 

 その顔が、どれだけ丁寧に整えられたものなのかを。

 

 誰も見ない。

 先生もいない。

 クラスメイトもいない。

 

 視聴者もいない。

 かぐやも、酒寄も、諌山も、綾紬もいない。

 

 それなのに、雅治は表情を整えた。

 

 姿勢を戻す。

 呼吸を揃える。

 いつもの顔を造る。

 

 誰に見せるためでもない。

 

 それはもはや、人生に染み付いた(しみ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝に起きれば、走る。

 

 息が切れるまで。

 

 足が重くなるまで。

 

 余計なことを考えなくて済むところまで。

 

 

 

 

 

「橘君って、ほんと何でもできるよね」

 

 昼休み。

 

 教室の端で、誰かがそう言った。

 

 悪意はない。

 

 ただの感想。

 

 よくある褒め言葉。

 

 雅治はノートから顔を上げ、少しだけ笑った。

 

「そんなことはない。だが、そう言ってもらえるとありがたい」

 

 いつもの声。

 いつもの角度。

 いつもの表情。

 

 強く否定しすぎず、受け取りすぎず、相手が困らない程度に流す。

 

 正しい返事。

 正しい距離。

 正しい橘雅治(ぼく)

 

「いやいや、謙遜っしょ。勉強できるし、運動できるし、背ぇ高いし」

 

「できることをやっているだけで、特に才能とかは  

 

「それができるのがすごいんだって」

 

「...そうかい。ありがとう」

 

 笑う。

 

 薄く。

 

 綺麗に。

 

 誰にも引っかからないように。

 

 自分の形を、できるだけ出さないように。

 

 そのやり取りを見ていたクラスメイトたちは、やっぱり橘君はすごいね、と言って笑った。

 

 雅治も笑った。

 

 笑っていた。

 

 

     

 

 

 昼には、動画を撮る。

 

 筋トレ。

 フォーム確認。

 編集しやすい角度。

 説明に使えるカット。

 

 見せるための身体。

 役に立つための身体。

 正しく動くための身体。

 

 

     

 

 

「橘君」

 

「どうしたんだ?」

 

「これ、今日中に先生に出すやつだったよね?」

 

「そうだな。五限終わりまでの提出だ」

 

「やば、忘れてた。ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 ホームルームまでに出せばまだ間に合う。

 そう言って雅治は、相手が慌てて走っていくのを見送った。

 

 それから、自分の席へ戻る。

 

 椅子を引く。

 ノートを開く。

 ペンを持つ。

 

 動きに無駄がない。

 

 音も少ない。

 乱れもない。

 

 橘雅治は、いつも通りだった。

 

 いつも通り、正しい。

 いつも通り、穏やか。

 いつも通り、頼りになる。

 

 だから誰も気づかない。

 

 返事が、ほんの少し早いこと。

 

 笑うタイミングが、ほんの少しだけ整いすぎていること。

 

 誰かの「すごいね」に対して、まばたきが一度だけ遅れること。

 

 そして、胸の奥で錆びた歯車が、まだ小さく音を立てていること。

 

 

 

     

 

 

 

 

 夜には、配信を開く。

 

 ツクヨミ。

 

 工房。

 

 工具。

 

 材料。

 

 コメント欄。

 

 いつものプラカード。

 

 いつもの無声配信。

 

 いつものシらぬイ(おれ)

 

 

 

     

 

 

 

『推しと結婚したい』

 

 誰かが、何気なくそう書いた。

 

 よくある言葉だった。

 

 ガチ恋勢と呼ばれる視聴者たちの間では、そういう軽口に対しても意見が分かれるらしい。

 

『分かる』

 

『いや距離感考えろよ』

 

『推しは推してこそだろ』

 

『でもかぐやちゃんと結婚したい』

 

『帝さま、もらってー』

 

 コメント欄がざわつく。

 

 その瞬間だった。

 

 タタタァン

 

 六連射。

 

 ツクヨミ内安全確認済み、急所反省弾(Yarou of Crusher)

 画面奥に立てられていたカカシ型アバターの股間へ、咲くは六つの花。

 

 血の花丸である。

 

 こんな花丸があってたまるか。

 

『おのれええええ』

 

『wwwwwwwww』

 

『ヒェッ』

 

『人でなし!』

 

『急所に花丸つけんなよ、夢に出るわい』

 

『秒て起動してて草』

 

『ってかなんで?』

 

『もしかして、シらぬイも「かぐいろ」推し?』

 

『いやいや「いろかぐ」だろ、絶対』

 

『よろしい、なら戦争だ』

 

 ぱたっ。

 

 カカシが倒れる。

 

 屍が一つ。

 

 もちろん死んではいない。

 

 ツクヨミ内の演出である。

 

 演出なのに、なぜか見ている側の背筋が少しだけ寒くなる。

 

 シらぬイは何も言わない。

 

 ただ、プラカードを一枚出した。

 

『距離感は大切です』

 

 すぐに食らいつくチャット。

 

『お前が言うと圧がすごいんだよ』

 

『正論だけど絵面w』

 

『そういうとこ』

 

『いつものシらぬイだな』

 

 いつもの顔。

 

 いつものやり方。

 

 いつもの笑い。

 

 いつもの、そういうとこ。

 

 コメント欄は笑っていた。

 

 視聴者も笑っていた。

 

 たぶん、画面の外で見ている誰かも笑っていた。

 

 けれど。

 

 

 

     

 

 

 

壱号(いちごう)さん」

 

「なんじゃ肆号(よんごう)

 

「どうして俺ら逃げてるんでしたっけ」

 

「そりゃおめぇ」

 

 草原を、数人の視聴者アバターが全力で走っていた。

 

 視聴者参加型カスタムマッチ。

 

 久しぶりの開催ということで、ウキウキしながら入ってきた者たちである。

 

 今、その全員が泣いている。

 

「あんなん見たら逃げるしかねーだろ!」

 

 背後から、地響き。

 

 

    ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 

 草原を走るのは、巨大なアヒルボートだった。

 

 ただし、水上ではない。

 

 草原である。

 

 そして、ただのアヒルボートでもない。

 

 両サイドに備えられたマニピュレーターが、逃げ惑う参加者を掴む。

 

 掴んだ参加者を、アヒルの口へ放り込む。

 

 装填。

 

 正面の砲身が開く。

 

 ファイアー。

 

「イヤァァァァアアア!」

 

「オタスケー!」

 

「メェェェディィイイイック!」

 

 阿鼻叫喚。

 

 支離滅裂。

 

 地獄絵図。

 

 コメント欄は爆笑している。

 

『アヒルボートとは』

 

『陸上戦艦じゃねぇか』

 

『乗り物の概念すらをも超えたアヒルボート・真』

 

『南斗人間砲弾www』

 

『シらぬイ通常営業』

 

『そういうとこやで』

 

 その中心で、シらぬイは駆けっ走る。

 

 漆号(ななごう)のアバターを掴む。

 引っ張る。

 伸ばす。

 

 なぜか縄跳びのように使う。

 

 駆け足跳び。

 意味が分からない。

 分からないのに、妙に動きだけは綺麗だった。

 

 いつものシらぬイ。

 

 いつもの常識破壊。

 

 いつもの、そういうとこ。

 

 視聴者は笑う。

 

 参加者は叫ぶ。

 

 アヒルボートは駆ける。

 

 全部、いつも通りだった。

 

 いつも通りに見えた。

 

 でも。

 

  その目は、一ミリも笑っていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 学校での橘雅治は、やっぱりいつも通りだった。

 

「橘君、これお願いしていい?」

 

「分かりました」

 

「橘、課題もう終わった?」

 

「ああ、机の上に置いてある」

 

「やっぱ早いわ。悪いな、いつも助かって」

 

「たまたまさ」

 

 いつもの言葉。

 いつもの優等生。

 いつもの、正しい姿。

 

 学校で見せる橘雅治は、今日も丁寧に整える。

 角を立てない。

 強く出ない。

 自分を出しすぎない。

 必要な場所に、必要なだけ立つ。

 

 それが一番、波風を立てないと知っているから。

 

 夜になれば、シらぬイになる。

 無言で作り、常識を殴り、視聴者を笑わせる。

 それもまた、いつもの顔。

 

 正しい橘雅治。

 自由なシらぬイ。

 

 そのどちらも、誰かが見ている顔だった。

 

 けれど、教室の中でそれに気づく者は、誰もいない。

 

 橘雅治は、今日もちゃんとしている。

 

 そう見えている。

 

 それで十分だった。

 

 たぶん。

 

 十分なはずだった。

 

 

 

     

 

 

 

 そして、数日後。

 

 その「いつも通り」は、表面上だけは続いていく。

 

 学校での橘雅治は、変わらず正しい。

 ツクヨミでのシらぬイも、変わらず意味が分からない。

 

 かぐやは相変わらず前だけを向いて、やりたいことを見つけては飛びつき、怒られ、笑い、また次へ走っていた。

 

 違うことがあるとすれば。

 

 かぐやいろPチャンネルに、また一つ大きな外部出演の話が来たことだ。

 

 上位ライバーたちが集まる、ツクヨミ内の大型バラエティ番組。

 

 新人が呼ばれることなど、そうそうない。

 

 普通なら。

 

 だが最近のかぐやは、その普通を軽く踏み越えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さー始まりました始まりましたぁ! 今日もやってきたツクヨミ!」

 

「クイズ in ツクヨミ! 略して、クイヨミ!」

 

「どうも、司会を務めます乙事照琴(おっこてる・こと)と!」

 

「皆のためにワンワンオー! 忠犬オタ公です!」

 

 ツクヨミ内の大型バラエティ番組。

 

 巨大なスタジオ。

 

 観客席。

 

 光るステージ。

 

 そして、回答者席に並ぶ上位ライバーたち。

 

 普段なら、そこに新人が混ざることはほとんどない。

 

 ましてや、デビューから日が浅いチャンネルのライバーが呼ばれるなど、普通ならかなり珍しい。

 

 普通なら。

 

 だが、最近の《かぐやいろPチャンネル》は、普通ではなかった。

 

「今日のゲストはこちら! 上位十位のライバーさん方々とぉ!」

 

「なんと、最近ランキング爆上げ中のスーパールーキー! かぐやいろPチャンネルから、かぐやさんが初参加です!」

 

「かぐやっほー!」

 

 かぐやは元気よく手を振った。

 

 元気すぎる。

 

 緊張という言葉を月に置いてきたのかもしれない。

 

 画面外で、いろPの胃が少しだけ死んだ。

 

『かぐやきたー!』

『姫、上位勢に混ざってるのすご』

『いろP胃薬飲んでそう』

『今日は事故るぞwww』

『もう事故の前提で草』

 

「今日はよろしくお願いしますね、かぐやさん」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「おお、ちゃんとしてる」

 

「かぐや、ちゃんとできるもん!」

 

 そう言って胸を張った時点で、だいたい怪しい。

 

 だが、番組は始まってしまった。

 

     

 

『では第三問です! 無人島に一つだけ持っていくとしたら?』

 

「魔術大全」

 

 答えたのは、ランキング五位のオ・ランダム・オメガ。

 

 中二病系ライバー。

 黒と朱の服装。

 赤い片目エフェクト。

 

 やたら長い詠唱っぽい口癖。

 

 なのに、素はかなり素直で、悩み相談枠が妙に人気というギャップ男子である。

 

「なぜなら、知こそが闇を照らす魔導の灯だからだ」

 

「要するに本ってことですね!」

 

「違う。魔術大全だ」

 

「本ですね!」

 

「違う」

 

 次。

 

「包丁」

 

 九位、米斗王里(こめとおうり)

 

 料理研究家ライバーである。

 穏やかな顔をしているが、食材管理と衛生管理に関しては鬼。

 

 料理が趣味のかぐやとは、開始前の控室であっという間に打ち解けていた。

 

 ただし、シらぬイがたまに投稿する謎のヘルスレシピに関しては、若干ぴくぴくしていた。

 

 分かる。

 

 投稿する主が主だから、分かる。

 

「無人島でも、刃物があれば食材処理、木の加工、ロープ切断に使えますから」

 

「おお、実用的!」

 

「さすが料理枠」

 

「シらぬイにも見習ってほしい」

 

「まぁ、本人もいませんし、このへんで程ほどに?」

 

 次。

 

「過去」

 

 七位、マル=マリー・真珠(しんじゅ)

 

 ふんわりした白い衣装。

 ゆっくりした声。

 口癖は「うんうん、丸まっちゃえば良いんだよ~」。

 

 癒し系。

 たぶん。

 おそらく。

 

 だが時々、妙にサイコっぽいことを言うので、視聴者からは「真珠姉さん、こわかわいい」と呼ばれている。

 

「無人島に持っていくなら、過去かなぁ。だって、ひとりぼっちになった時に、本当に持っているものって、それくらいでしょう?」

 

「急に深い」

 

「深いけど怖い」

 

「丸まっちゃえば良いんだよ~」

 

「何がですか?」

 

「全部」

 

「全部」

 

 司会が一瞬だけ止まった。

 

 次。

 

「山崎八年」

 

 四位の神北林檎と、六位の運銅寺睡馬が同時に答えた。

 

「被った!?」

 

「まさかの酒被り!」

 

「いや、無人島で飲んでどうするんですか!」

 

「勝利の味を忘れないためよ!」

 

 神北林檎。

 

 勝ち気のくせに空回りが多い、自称ネカマおじさん美少女。

 

 中身がおじさんなのか、美少女なのか、本人も時々迷子になることで有名である。

 

「寝るためです」

 

 運銅寺睡馬。

 

 不眠症を解消すべく運動を始めた結果、なぜか健康系配信で伸びてしまった男。

 

 実はシらぬイの隠れファンで、シらぬイ製トレーニングルーティンにはやけに詳しい。

 

「睡眠目的で酒を持ち込むの、ライフハックとして最悪では?」

 

「眠れれば勝ちだと思うの」

 

「負けてますよ」

 

 そして。

 

「いろは!」

 

 かぐやが元気よく答えた。

 

 スタジオが止まった。

 

 コメント欄も止まった。

 

 画面外も止まった。

 

「……かぐやさん?」

 

「ん?」

 

「それは、持ち物ですか?」

 

「持ち物じゃないけど、いろはがいたら絶対大丈夫だもん!」

 

 数秒の沈黙。

 

 その後、コメント欄が流れ出す。

 

『いろは?』

『本名じゃん』

『いろP!おたくのじゃじゃ馬娘さんやらかしてんぞー!』

『放送して大丈夫?www』

『もう視聴者だいたい知ってるからセーフ』

『いやアウト寄りのセーフ』

『いろP正座案件』

 

 その直後、かぐやの視界の端にメッセージが表示された。

 

いろP:かぐや

 

いろP:終わったら正座

 

「かぐぴっ」

 

「かぐやさん?」

 

「なんでもないです!」

 

 明らかに何でもあった。

 

     

 

『では第六問! これさえあれば、どんな時にも怖くないアイテム! あるならお願いします!』

 

「まじない」

 

「お守り」

 

「防犯用グッズ十三種セット」

 

「百マンボルト電気ショック棒」

 

「ハ〇ク」

 

「最後の人、作品が違います!」

 

「あと電気ショック棒の人、具体的すぎません!?」

 

 上位ライバーたちが次々に答える。

 

 笑いが起きる。

 

 コメント欄も盛り上がる。

 

 かぐやは、少し考えた。

 

 考えた。

 

 たぶん、本人なりにはかなり考えた。

 

 そして、ぱっと顔を上げた。

 

「雅治!」

 

 またしても、スタジオが止まった。

 

 いろPの胃が、二度目の死亡を迎えた。

 

『実名二人目www』

『姫、名前!』

『またやった』

『雅治って誰ですかねぇ』

『みんな知ってるけど言うな』

『いろPの正座時間が伸びるだけや』

 

「か、かぐやさん? それは、アイテムですか?」

 

「うん!」

 

「人名では?」

 

「人だけど、でも雅治がいたらなんでもできるよ?」

 

 かぐやは、悪気なく笑った。

 

 まっすぐに。

 

 いつものように。

 

「だって、どんな時でも頼んだら来てくれるし、助けてくれるし、守ってくれるし!」

 

 スタジオの空気が、少しだけ変わった。

 

 笑いはまだある。

 

 コメントも流れている。

 

 けれど、かぐやの声があまりに自然で、あまりに信じ切っていたから、誰もすぐには茶化せなかった。

 

「この前もね、山に行った時、カブトムシ探してたのに、すっごい蛾とゴキブリがいっぱい出たの!」

 

「蛾?」

 

「ご?!」

 

「軍勢!」

 

「軍勢」

 

「かぐや、追いかけられて、彩葉も叫んで、もうだめだーって思ったら、配信見てた雅治が走ってきてくれてね!」

 

『走ってきた?』

『どこから?』

『まさはるニキ、召喚獣?』

『セコムじゃん』

『いや本当にセコムじゃん』

 

「虫網を二本に割って、こう、ばしーん! ばしーん! って全部叩き飛ばしてくれたの!」

 

「虫網を二本に割る必要ありました?」

 

「雅治だから!」

 

「理由になってないですね!」

 

 かぐやは楽しそうに笑う。

 

 それから、少しだけ声を柔らかくした。

 

「あと、かぐやがまだ赤ちゃんだった頃も」

 

 画面外で、いろPが止まった。

 

 かぐやは気づかない。

 

「彩葉が疲れたときには、雅治もずっと手伝ってくれたの。寝る時間も削って、かぐやと彩葉のために色々してくれたの」

 

 スタジオが静かになる。

 

「大きくて、頼れて、でもやさしくて。彩葉が困った時も、かぐやが困った時も、いつもいてくれる背中なの」

 

 かぐやは胸を張った。

 

 満面の笑顔だった。

 

「だから、雅治がいる限り、かぐやはいつだって大丈夫!」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 本人にとっては、ただの信頼だった。

 

 大好きな人を、大好きだと言うだけの言葉だった。

 

 コメント欄が一瞬だけ止まる。

 

 それから、ゆっくり流れ出す。

 

『あ』

『これは』

『まさはるニキ……』

『パパじゃん』

『背中って言い方がさぁ』

『いろPと雅治、だいぶ育ててるなこれ』

『姫、まっすぐすぎる』

『泣くなこんなん』

 

 司会の乙事照琴も、一瞬だけ言葉を探した。

 

 忠犬オタ公も、少しだけ尻尾を下げた。

 

「……ええと」

 

「とても、素敵な回答ですね」

 

「うん! かぐやの自慢!」

 

 かぐやは笑った。

 

 それは本当に、何も隠していない笑顔だった。

 

 

     

 

 同じ頃。

 

 夕方。

 

 自室。

 

 橘雅治は、机の前に座ってスマホの画面を見ていた。

 

 配信を開いていたわけではない。

 

 コメント欄を追っていたわけでもない。

 

 ただ、流れてきた切り抜きを、偶然見ただけだった。

 

『雅治がいる限り、かぐやはいつだって大丈夫!』

 

 短い動画。

 

 明るいスタジオ。

 

 笑っている司会。

 

 ざわつくコメント欄。

 

 そして、画面の中央で胸を張るかぐや。

 

 大きくて、頼れて、でもやさしくて。

 

 彩葉が困った時も、かぐやが困った時も、いつもいてくれる背中。

 

 かぐやは、そう言っていた。

 

 迷いなく。

 

 疑いなく。

 

 本当にそう信じている顔で。

 

「……」

 

 雅治は、しばらく画面を見つめていた。

 

 閉じればいい。

 

 ただの切り抜きだ。

 

 見なかったことにすればいい。

 

 そう思ったのに、指は動かなかった。

 

 動画は終わる。

 

 自動で止まる。

 

 けれど、かぐやの声だけが、部屋の中に残っている。

 

『雅治がいる限り、かぐやはいつだって大丈夫!』

 

 嬉しかった。

 

 それは本当だ。

 

 あの子がそんなふうに思ってくれていることは、嬉しい。

 

 大事に思われている。

 

 頼られている。

 

 信じられている。

 

 それは、きっと悪いことではない。

 

 悪いことではないはずだった。

 

 けれど。

 

 雅治がいる限り。

 

 大丈夫。

 

 その言葉が、胸の奥で別の形へ変わっていく。

 

 大丈夫でいなければならない。

 

 頼られたなら、応えなければならない。

 

 守れるなら、守らなければならない。

 

 できるなら、できて当然だ。

 

 喉の奥が冷える。

 

 指先が、スマホを握ったまま強張る。

 

 画面の中のかぐやは、まだ笑っていた。

 

 何も知らない顔で。

 

 何も疑わない顔で。

 

 まっすぐ、こちらを信じている顔で。

 

 やめてくれ。

 

 そう思った。

 

 同時に、そんなことを思った自分に吐き気がした。

 

 かぐやは悪くない。

 

 あの子はただ、好きだと言っているだけだ。

 

 信じていると、頼りにしていると、そう言っているだけだ。

 

 なのに俺は、それを勝手に重さへ変えている。

 

 勝手に命令へ変えている。

 

 勝手に、自分の首へ巻きつけている。

 

「……大丈夫だ」

 

 声に出した。

 

 誰もいない部屋で。

 

 誰に向けたのかも分からないまま。

 

 雅治は、いつもの顔を作った。

 

 表情。

 

 姿勢。

 

 呼吸。

 

 声。

 

 何も乱れていない。

 

 何も問題ない。

 

 そう見える形へ、自分を戻す。

 

 スマホの画面が暗くなる。

 

 黒くなった画面に、うっすらと自分の顔が映った。

 

 橘雅治の顔。

 

 礼儀正しく、静かで、頼れる。

 

 いつもの(おれ)

 

 正しい(ぼく)

 

 誰も見ていないのに。

 

 誰も求めていないのに。

 

 それでも雅治は、その顔をしていた。

 

 しばらくして、スマホが震えた。

 

 かぐやからだった。

 

かぐや:雅治!

かぐや:今日のクイズ見た!?

かぐや:かぐや、ちゃんと答えられたよ!

かぐや:あとで褒めて!

 

 雅治は画面を見つめた。

 

 返信欄に指を置く。

 

 少しだけ止まる。

 

 それから、いつものように短く打った。

 

雅治:見た。よくできていた。

雅治:ただし、実名は出すな。

雅治:あとで酒寄に謝れ。

 

 送信。

 すぐに既読がつく。

 

かぐや:はーい

かぐや:でも雅治のこと言いたかったんだもん!

かぐや:雅治はすごいから!

 

「……」

 

 返事は、すぐには打てなかった。

 

 すごい。

 

 頼れる。

 

 大丈夫。

 

 その一つ一つが、優しい言葉の形をしている。

 

 優しい言葉の形をして、胸の奥の錆びた歯車に絡みついていく。

 

 雅治は、もう一度だけ息を吐いた。

 

 そして、打った。

 

雅治:ありがとう。

 

 それだけ。

 

 それ以上は、打てなかった。

 

 

     

 

 

 

 彩葉の部屋。

 

「……かぐや」

 

「はい」

 

「何を言ったか、覚えてる?」

 

「えっと」

 

 かぐやは正座していた。

 

 きちんと正座。

 背筋も伸びている。

 膝の上には両手。

 

 顔はしょんぼり。

 

 反省している。

 

 たぶん。

 

 おそらく。

 

 少なくとも、反省している時に取るべき姿勢だけは完璧だった。

 

「いろはって言いました」

 

「言ったわね」

 

「雅治って言いました」

 

「言ったわね」

 

「かぐや、ちゃんと答えました」

 

「そこだけ胸を張らない」

 

「はい」

 

 彩葉は机の前に座り、片手でこめかみを押さえていた。

 

 怒っている。

 

 怒ってはいる。

 

 けれど、いつもみたいに声が跳ねなかった。

 

 本当なら、もっと早口で、もっと容赦なく、もっと具体的に叱れているはずだった。

 

 個人情報。

 本名。

 配信上の距離感。

 外部コラボでの発言管理。

 切り抜き化された時の拡散速度。

 

 いくらでも言うことはある。

 

 言うべきこともある。

 

 なのに、言葉がいつもより遅い。

 

 目の裏が熱い。

 頭の奥が少し重い。

 さっきから、机の上に置いた課題プリントの文字が、微妙に二重に見える。

 その横には、淹れたまま放置された麦茶があった。

 もうぬるい。

 

 いつ冷蔵庫から出したのか、一瞬思い出せなかった。

 いや、思い出せないというほどではない。

 

 少し考えれば分かる。

 

 たぶん、配信の切り抜きを確認する前。

 いや、先方へのお礼文を考える前だったかもしれない。

 

 どっちでもいい。

 

 まだ飲める。

 それだけは確かだった。

 

 寝不足。

 たぶん寝不足。

 いや、寝不足だけではない。

 

 バイト。

 

 勉強。

 

 配信。

 

 かぐやのフォロー。

 

 先方へのお礼メッセージ。

 

 炎上していないかの監視。

 

 そして、目の前の正座姫。

 

 多い。

 普通に多い。

 

 人間一人が一日に処理していい量を、たぶん少し越えている。

 

 少し。

 

 たぶん。

 

 おそらく。

 

 だいぶ。

 

「かぐや」

 

「はい」

 

「あなたが、橘君のことを大事に思ってるのは分かるよ」

 

「うん」

 

「頼りにしてるのも分かる」

 

「うん!」

 

「でも、だからって配信で実名を出していいわけじゃないの」

 

「……はい」

 

「相手にも生活があるのよ。学校もある。家もある。知らない人に名前を知られるって、けっこう怖いことなんだからね」

 

「うん」

 

「分かってる?」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「……たぶん、分かってる」

 

「そこは自信持ってほしかったな」

 

 いつもなら、ここで彩葉はもう一段階突っ込む。

 分かってるのレベルを確認し、実例を出し、危険性を説明し、かぐやが飽き始めたところでさらに畳みかける。

 

 今日は、そこまでいけなかった。

 

 喉が少し乾いている。

 

 肩が重い。

 

 背中が、椅子に沈みそうになる。

 

「ごめんなさい」

 

 かぐやが小さく言った。

 

 彩葉は瞬きをした。

 

 謝られた。

 

 ちゃんと。

 

 いつもより早い。

 

 えらい。

 

 えらいのに、なぜか胸が少し痛かった。

 

「……次から気をつけなさい」

 

「うん」

 

「あと、先方にも謝るから。番組では笑ってくれてたけど、こっちが何もしなくていいわけじゃないし」

 

「かぐやも謝る」

 

「そうね。あとで一緒に文章考える」

 

「うん」

 

 かぐやは頷いた。

 

 それから、そろそろと彩葉の顔を覗き込む。

 

「彩葉」

 

「何」

 

「怒ってる?」

 

「怒ってるわよ、ちゃんと」

 

「だよね」

 

「当たり前でしょ」

 

「でも」

 

 かぐやは少しだけ首を傾げた。

 

「今日の彩葉、怒ってるけど、怒ってる音が小さいよ?」

 

 彩葉の手が止まった。

 

「音?」

 

「うん。いつもは、もっとバチバチってするのに」

 

「何その表現」

 

「今日は、しゅーってしてる」

 

「余計分かんない」

 

「でも、なんかそうなの」

 

 かぐやは正座したまま、じっと彩葉を見る。

 

 その目に、悪気はない。

 

 遠慮もない。

 だから時々、一番見られたくないところをそのまま見てくる。

 

「彩葉、眠い?」

 

「眠くない」

 

「疲れてる?」

 

「疲れてない」

 

「ほんと?」

 

「ほんと」

 

 即答した。

 

 即答しすぎた。

 

 かぐやは、少しだけ眉を下げる。

 

「……ほんとに?」

 

「ほんとだって」

 

 声が少し強くなった。

 

 その瞬間、かぐやの肩がぴくりと揺れた。

 

 彩葉は、すぐに気づいた。

 

「あ」

 

 しまった。

 

 そう思った時には、もう遅い。

 

 かぐやは怒られた時の顔ではなく、心配した時の顔をしていた。

 

 それが、余計に痛かった。

 

「……ごめん。今のは、私が悪い」

 

「彩葉は、悪くないよ」

 

「悪い。八つ当たりしかけたから」

 

「八つ?」

 

「しなくていい反応」

 

「そっか」

 

 かぐやは、よく分かっていなさそうだった。

 

 でも、彩葉が謝ったことだけは分かったらしい。

 

 正座のまま、少しだけ前へ寄ってくる。

 

「じゃあ、かぐやももう一回ごめんなさいする」

 

「もう聞いたけど」

 

「でもするの。彩葉、ごめんなさい」

 

「……うん」

 

「雅治にも、ごめんなさいしなくちゃ」

 

「そうして」

 

「あと、ありがとうも言う」

 

「うん」

 

「雅治、かぐやにとっても大事だから」

 

 彩葉は、少しだけ目を伏せた。

 

 それは、分かる。

 

 分かっている。

 

 かぐやにとって、橘君はもうただの知り合いではない。

 

 世話をしてくれた人。

 

 守ってくれる人。

 

 怒ってくれる人。

 

 甘やかしてくれる人。

 

 大きな背中。

 

 頼れる人。

 

 だから、かぐやは何も考えずに言った。

 

  雅治がいる限り、大丈夫!

 

 あの言葉はきっと、橘君にとって嬉しいものだったはず。

 

 嬉しいもののはずだった。

 

 なのに、彩葉は少しだけ気になっていた。

 

 あの時、画面越しに見たかぐやの笑顔。

 

 その切り抜きを、橘君が見たら。

 

 どう思うのだろう。

 

 嬉しいと、ちゃんと思えるだろうか。

 

 それとも。

 

「彩葉?」

 

「何でもない」

 

 彩葉はそう言って、立ち上がろうとした。

 

 その瞬間、視界が少しだけ揺れた。

 

「……っ」

 

 ほんの一瞬。

 

 本当に一瞬。

 

 机に手をついただけで済んだ。

 

 かぐやが目を丸くする。

 

「彩葉!?」

 

「大丈夫」

 

 反射で言った。

 

 考えるより先に出た。

 

 言い慣れすぎた言葉だった。

 

「立ちくらみ。ちょっと急に立っただけ」

 

「でも」

 

「大丈夫だから」

 

 笑う。

 

 笑え。

 

 心配させるな。

 

 この子はただでさえ、いろんなことを知らない。

 

 不安にさせるな。

 

 そう思って、彩葉はいつもの顔を作った。

 

 少し疲れた、でも問題はない顔。

 

 怒れる。

 

 呆れられる。

 

 叱れる。

 

 ちゃんと面倒を見られる。

 

 そういう顔。

 

「ほら、謝罪文考えるよ。あと課題も残ってるし」

 

「課題も?」

 

「当たり前でしょ。生活はクイズ番組の後にも続くの」

 

「生活、強すぎる」

 

「そうよ。生活はラスボスなの」

 

「彩葉、勝てる?」

 

「勝つしかないでしょ」

 

 彩葉は椅子に座り直す。

 

 かぐやも隣へ移動する。

 

 画面を開く。

 

 文字を打つ。

 

 謝罪の文面を考える。

 

 正しい言葉。

 失礼のない言葉。

 相手が困らない言葉。

 かぐやにも分かる言葉。

 

 指は動く。

 頭も動く。

 

 まだ大丈夫。

 まだやれる。

 まだ、止まれない。

 

 かぐやが隣で、そっと彩葉の袖を掴んだ。

 

「彩葉」

 

「何」

 

「終わったら寝ようね」

 

「課題が終わったらね」

 

「課題、かぐやが倒してやる」

 

「倒すものじゃない」

 

「ラスボスでしょ?」

 

「生活と課題は別ボス」

 

「敵、多いね」

 

「ほんとにね」

 

 彩葉は小さく笑った。

 

 笑えた。

 

 お母さんなら、このくらいで止まらなかった。

 

 そう思った瞬間、余計に止まれなくなる。

 

 お母さんは一人でやった。

 

 支えなしで、勉強して、進んで、結果を出した。

 

 なら、私も。

 

 そこまで考えて、彩葉は小さく息を吐いた。

 

 考えるな。

 

 今は、手を動かす。動かせれる。動く。

 

 だから、大丈夫だと思った。

 

 大丈夫。

 

 大丈夫。

 

 大丈夫。

 

 その言葉を胸の中で三回繰り返してから、彩葉はまた画面へ向き直った。

 

 かぐやはその横顔を見ていた。

 

 いつもの彩葉。

 

 怒って、呆れて、ちゃんとしている彩葉。

 

 でも。

 

 やっぱり、今日の彩葉の音は少しだけ小さかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

かぐや:彩葉、忙しそうだから

かぐや:ゲーム教えて( ;∀;)

 

芦花:いいよー

真実:おけおけー

真実:何やる?

かぐや:かっせん!

かぐや:せんごくってやつ!

芦花:KASSENのSENGOKUモードね

真実:三対三の陣取り合戦。最初はちょっと難しいかもだけど、まあやれば分かるよ

かぐや:やる!

 

 彩葉は、机の前で参考書を開いていた。

 

 かぐやは、それを横目で見ていた。

 

 聞けば、たぶん教えてくれる。

 

 彩葉は文句を言うだろう。

 

 「今?」とか、「あとにしなさい」とか、「まず操作方法の動画見なさい」とか、絶対に言う。

 

 でも、最終的には見てくれる。

 

 画面を覗き込んで、ため息をついて、覚えるべき項目をまとめて、危ないボタンとやらかしやすい操作を先に教えてくれる。

 

 たぶん、そうしてくれる。

 

 だから、聞かなかった。

 

 彩葉は最近、ずっと忙しい。

 

 勉強。

 

 バイト。

 

 配信。

 

 編集。

 

 連絡。

 

 謝罪。

 

 確認。

 

 かぐやの面倒。

 

 全部やっている。

 

 彩葉は「大丈夫」って言う。

 

 でも、最近の大丈夫は、少しだけ薄い。

 

 だから、これくらいは別の人に聞こうと思った。

 

 かぐやだって、少しは気を遣えるのだ。

 

 たぶん。

 

 おそらく。

 

 えらい。

 

 自分で思った。

 

 ただし、同じワンルームで同居している以上、隣で勉強している彩葉にも配信の声は丸聞こえである。

 

「うぉぉぉぉ! かぐや、出陣!」

 

「うるさい」

 

「ごめんなさい!」

 

 気遣いは、開始十秒で破綻した。

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 KASSEN

 

 ツクヨミ内でも人気の高い対戦モード。

 

 漢字で書けば、神戦。

 

 その中でもSENGOKUは、三対三で行われる陣取り合戦である。

 

 フィールドの両端には、互いの天守閣。

 

 そこから伸びる三本の道。

 

 トップ。

 

 ミドル。

 

 ボトム。

 

 それぞれのレーンでは、中立ミニオンと呼ばれる雑兵たちがわらわら湧いて、敵味方の区別なく殴りかかってくる。

 

 さらに、重要拠点である櫓には大型甲殻類の中ボス、牛鬼がいる。

 

 牛鬼を倒す。

 

 櫓の鐘を鳴らす。

 

 櫓を占拠する。

 

 そして出現した大将落としを相手の天守閣へ打ち込む。

 

 そうすればラウンド勝利。

 

 なお、二つの櫓を両方占拠すれば、その時点でコールド勝ち。

 

 説明すると真面目。

 

 実際にやると混沌。

 

 そして、かぐやは初戦から混沌の中心にいた。

 

「これどれが攻撃!? これ!? 違う! なんか座った!」

 

「それエモート!」

 

「かぐやちゃん、右のボタンだよ~」

 

「右! 右ってどっち!?」

 

「箸持つ方!」

 

「かぐや箸まだ上手くない!」

 

「そこから!?」

 

 真実が笑いながら前線を押さえる。

 

 芦花は後ろから回復と補助。

 

 かぐやはとりあえず走る。

 

 走る。

 

 走る。

 

 そして落ちた。

 

「ぎゃああああああ!?」

 

「かぐやちゃん、そこ落死エリア!」

 

「先に言ってよぉ!」

 

「言ったよー」

 

「聞いてなかったもん!」

 

「気にしない気にしなーい!」

 

 隣の机で、彩葉のシャーペンが一瞬だけ止まった。

 

 聞こえている。

 完全に聞こえている。

 

 だが、彩葉は口を出さなかった。

 たぶん、我慢している。

 

 えらい。

 かなりえらい。

 

 かぐやも見習うべきである。

 

 見習えるかは別。

 

「かぐやちゃん、ミニオン処理は上手いね」

 

「ミニオン?」

 

「そこら辺の兵士たち」

 

「やっぱ敵だったんだ!ごめんねぇぇぇ!」

 

「謝りながら殴ってるじゃん!」

 

「うおらぁぁぁ!」

 

「汚い言葉は使わない」

 

 隣から、彩葉の声が飛んだ。

 

「ごめんなさい!」

 

 言ったそばからこれである。

 

 とはいえ、かぐやの動きは悪くなかった。

 

 最初こそ攻撃と防御を間違え、落死区間で足を踏み外し、ミニオンへの攻撃に夢中になりすぎて背後から奇襲されまくった。

 

 そのたびに芦花がフォローに回る。

 

「かぐやちゃん、後ろ」

 

「うしろ!?」

 

「うん、敵さん来てるよ」

 

「ヤバヤバヤバこれ卑怯じゃん!」

 

「背後を取るのは普通だよー」

 

「雅治に比べたらへっちゃらだぞ、オラァ!」

 

 敵を弾き飛ばす。

 

 勢い余って自分も転びかける。

 

 でも、倒れない。

 

 体勢を立て直す。

 

 もう一撃。

 

 拠点ゲージが青に傾く。

 

『かぐやちゃん、初戦にしては動けてない?』

『いや普通に筋良い』

『飲み込み早いな』

『雅治に比べたらって何』

『まさはるニキ、日常で何してんだよ』

『いろP、聞こえてる?』

 

「聞こえてるわよ」

 

 画面外から、低い声。

 

 コメント欄が一瞬だけ正座した。

 

『はい』

『さーせんでした』

『ごめんなさい』

 

「彩葉、かぐや今いいとこ!」

 

「見れば分かるわよ。あと声量」

 

「はい!」

 

 かぐやは返事をして、また走った。

 

 今度は落ちない。

 

 敵の攻撃を一度防ぐ。

 

 横にずれる。

 

 ミニオンを処理する。

 

 牛鬼を倒し、櫓を踏む。

 

 そして、にやりと笑う。

 

「シュワーッ! 雅治でも見抜くには三秒かかる華麗なかぐやステップッ!」

 

「三秒もかかるかなぁ」

 

 真実が呟く。

 

「たぶん一秒」

 

 芦花が優しく追い打ちをかけた。

 

「じゃあ一・五秒!」

 

「急にリアリティーになったね」

 

 そう言いながら、かぐやは敵の攻撃を避けた。

 

 さっきまでボタンも分かっていなかったのに、数分で動きが変わっている。

 

 ミニオンを処理する。

 

 櫓を占領する。

 

 敵が回り込んでくる位置を、なんとなく読む。

 

 危なければ引く。

 いける時は前へ出る。

 

 無茶はする。

 けども、勢いだけではない。

 

 勘がいい。

 目がいい。

 

 失敗から覚えるのが早い。

 

 ゲームとしても、配信としても、絵になる。

 

「かぐやちゃん、筋良いね~」

 

 芦花が柔らかく笑う。

 

「本当にね。ツクヨミ最高のスーパールーキーは伊達じゃない!」

 

 真実が大げさに言うと、かぐやはすぐ胸を張った。

 

「でしょ!」

 

「調子に乗らない」

 

 画面外から彩葉。

 

「でしょじゃない!」

 

 かぐや、即座に修正。

 

 コメント欄が笑う。

 

 そのまま流れを掴んだ。

 

 真実が前線を張り、芦花が支え、かぐやがひとつのレーンを受け持つ。

 

 初めてなのに。

 

 さっきまで落ちていたのに。

 

 もう、一人で拠点を守っている。

 

「かぐやちゃん、そこ維持!」

 

「維持って守ること!?」

 

「そう!」

 

「任せろぉ!」

 

「言葉!」

 

「任せてぇ!」

 

「よし!」

 

 最後の押し込み。

 

 真実が敵を足止めする。

 

 芦花がフォローを入れる。

 

 かぐやは、占拠した櫓の前でシらぬイ製の武器を構えた。

 

 竹を束ね、赤い縄で締め、金具で補強した和風のランチャーハンマー。

 

 かぐやのために、雅治が作ってくれたものだった。

 

 以前の水ロケットを、SENGOKUで使える武器として再現してほしい。

 

 かぐやがそう言ったら、雅治は少し考えて。

 

「簡易版なら可能だ」

 

 そう言った。

 

 そして出来上がったのが、これである。

 

 簡易とは。

 

 いや、それはもういい。

 

 問題はそこではない。

 

 問題は、発射される弾がうなぎであることだった。

 

 相手天守閣の前に、大将落としが出現する。

 

 巨大なだるま落とし。

 

 これを打ち込めば、勝ち。

 

「いっけぇぇぇ! 月まで飛べぇぇぇ!」

 

 ランチャーが火を噴く。

 

 竹筒の奥から、ぬるっとした弾丸が飛び出す。

 

 うなぎだった。

 

 うなぎが空を飛んだ。

 

 うなぎ弾が、大将落としへ直撃する。

 

 どごん。

 

 巨大なだるま落としが、相手の天守閣へ向かって吹っ飛んだ。

 

 直撃。

 

 城塞が砕ける。

 

 天守閣が派手に爆ぜる。

 

『VICTORY』

 

「勝ったぁぁぁぁ!」

 

 かぐやが両手を上げて叫ぶ。

 

 真実が笑う。

 

「初戦一般マッチ勝利、普通にすごいじゃん」

 

「かぐやちゃん、すごいよ~」

 

「へへぇ!」

 

 かぐやは笑った。

 

 思いきり笑った。

 

 その笑い声を、隣の机にいる彩葉も聞いていた。

 

 聞いて、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

 でも、顔は上げなかった。

 

 参考書の上に、シャーペンの先が止まっている。

 

 止まっていることに、たぶん本人だけが気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彩葉はバイトへ向かった。

 

「帰り、遅くなるかもしれないから。ガスと水は使ったらちゃんと締まったか確認。あと、知らない人についていかない。宅配が来ても出ない」

 

「はぁい!」

 

「本当に分かってる?」

 

「分かってるよ!」

 

「不安しかない」

 

「かぐや、もうKASSEN勝った大人だもん!」

 

「ゲーム上手いからって大人になるんじゃないからね」

 

 彩葉はそう言って、鞄を持った。

 

 玄関の扉が閉まる。

 

 部屋が、少しだけ静かになった。

 

 さっきまで配信の声がしていた。

 

 真実の笑い声も、芦花の柔らかい声も、コメント欄の流れもあった。

 

 今はない。

 

 かぐやは、ツクヨミのロビーに残っていた。

 

 アバターの手には、さっき使ったうなぎランチャー。

 

 ハンマー。

 

 ロケット。

 

 うなぎ。

 

 全部混ざった、意味の分からない武器。

 

 でも、かぐやにとっては大事なものだった。

 

「雅治、また作ってくれたんだよね」

 

 ぽつりと呟く。

 

 前に、かぐやは言った。

 

 水ロケット、また作ってほしい。

 

 戦うやつで、びゅーんって乗れるのがいい。

 

 SENGOKUで使えるやつ。

 

 かぐやがそう言ったら、雅治はちゃんと覚えていてくれた。

 

 ちゃんと形にしてくれた。

 変で、すごくて、ちょっと危なくて、でもちゃんと安全で、意味が分からないくらい楽しいものにしてくれた。

 

 大きくて。

 

 頼れて。

 

 時々怒って。

 

 でも、最後には助けてくれる。

 

 お兄ちゃんみたいで。

 

 お父さんみたいで。

 

 かぐやの、大事な人。

 

「雅治も、一緒に遊べたらいいのに」

 

 言ってから、かぐやは少しだけ首を傾げた。

 

 最近の雅治は、どこか上の空だ。

 

 笑っている。

 

 いつも通り。

 

 怒ってくれる。

 

 捕まえてくれる。

 

 プリンも買ってくれる。

 

 でも、たまに目が泳いでいる。

 

 遠くを見るみたいな顔をしている。

 

 かぐやが呼ぶと、すぐ戻ってくる。

 

 戻ってくるけど、戻ってくるまでが少しだけ遅い。

 

「夏バテかな」

 

 夏は暑い。

 

 暑いと人間はへにゃへにゃになる。

 

 彩葉も最近へにゃへにゃしている。

 

 なら、雅治もへにゃへにゃしているのかもしれない。

 

 うん。

 

 たぶん、夏バテだ。

 

 そう思った。

 

 思おうとした。

 

 かぐやは、うなぎランチャーを抱え直す。

 

 竹筒の赤い縄が、ロビーの光を受けて静かに照った。

 

「……うん?」

 

 そこで、かぐやは気づいた。

 

 気づいてしまった。

 

「雅治って、風邪ひくんだっけ?」

 

 誰もいない部屋で、答える声はなかった。

 

 ツクヨミのロビーだけが、静かに光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今日も最後までお読みくださりありがとうございます!
珍しくなにかを壊してない日もあるんですね。かぐやもシらぬイも。

試しに     *を消して▲だけ残してみたけど、こっちの方が読みやすかったでしょうか。
気になるかも知れないと思って投稿してから編集で消してみました。これについてもご意見あったらぜひ教えてほしいです!

これ以上書き出すとネタバレとか余計なもんばっか言いそうだからここまで!
では、バイなら~



あ、感想いつまでもおまちしれおりまーす!(* ̄▽ ̄)ノ

番外編を時間列に合わせて本篇の合間に入れてみる?

  • 話の展開やネタの繋がりがあってよさそう。
  • 「番外」やから別途でいいんじゃね?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

どうせなら、キャンバスは白いほうがいい(作者:中山の補題)(原作:超かぐや姫!)

赤ん坊のころに孤児院の前に捨てられていた男の子、清水眞白のお話。色んな人と関わって、沢山のことを知りながら成長していく。その先で、人生はどのようになっていくのか。▼


総合評価:453/評価:7.94/連載:14話/更新日時:2026年06月09日(火) 01:00 小説情報

超かぐや姫! ヤチヨのかくれんぼ(作者:夜叉竜)(原作:超かぐや姫!)

 月見ヤチヨ、八千歳。得意な事はかくれんぼ。今日も彼女はかくれんぼをしている。大切な友達と。▼ 


総合評価:664/評価:8.06/連載:8話/更新日時:2026年06月22日(月) 21:00 小説情報

八千と百六八年(作者:節足甲殻)(原作:超かぐや姫!)

なんて綺麗で美しくて残酷なのだろう。▼それでもやっぱり、笑顔が見たい。▼ノリと勢いで書いちゃいました。映画と小説の情報をもとに書いていきます。▼小説初挑戦の筆者ですが、長い目で見ていただけると嬉しいです。▼(2026/4/25)日間ランキング五位、誠にありがとうございます。


総合評価:688/評価:7.39/連載:5話/更新日時:2026年05月11日(月) 12:00 小説情報

超お世話係!(作者:チクワ)(原作:超かぐや姫!)

▼ 「──じゃあ、俺にお世話させてください」▼  1人で生きて欲しくない、1人で綺麗に生きたかった男の話。


総合評価:1684/評価:8.53/連載:31話/更新日時:2026年06月09日(火) 18:00 小説情報

超人酒寄彩葉と借金貧乏男子が運命的な出会いをする話(作者:陸結)(原作:超かぐや姫!)

完璧超人女子高校生酒寄彩葉と莫大な借金を抱えて日夜バイトを繰り返す男子高校生有原泉が運命的な出会いをしてハッピーエンドへ向かう話▼作者の体調不良に付き更新が滞っています。ご了承下さい


総合評価:371/評価:6.07/未完:24話/更新日時:2026年05月31日(日) 22:21 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>