今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー 作:火力万能主義
もうみなさんいい感じに煮詰まってくれたようで僕の狙い通りです。いつもありがとうございます。
だいたいネタと構成で二日から三日。原稿のかき揚げはその日に完成ですから定期速度が安定しないな...早いとマジで一日でできあがるんやし。
あと、狙ってはなかったけども、rayやreplyの歌詞があんまりにも三人に刺さるんやから
ンンン、書くしかなくなっちゃうわい
てなわけでいよいよ19話です、どうぞ!
この話数、文字数でようやく原作の半分ってマ?
あ、アンケート閉じ忘れとった
第十九話 雨の向こうへ行くために
かぐやの初ソロライブ。
ついこの前まで、路上でバスキングをしながら歌っていた少女が。
今では、チケット完売の会場で、光の中に立っている。
歌い踊るかぐや姫。
隣で着ぐるみ姿で伴奏するいろP。
デコボコした二人、されども誰よりもお似合いのコンビ。
彼女らはツクヨミの空へ向かって、まぶしいほどに跳ねていた。
その姿まで含めて、今の《かぐやいろPチャンネル》だった。
SNSの検索数は日ごとに伸びていく。
企業とのコラボが決まったのもあっという間で。
限定グッズ。
限定メニュー。
まみまみ、ROKKA、かぐやの三人同時コラボ。
毎日どこかで列ができ、毎日どこかで名前が流れる。
かぐやは、勢いを増していた。
そしてついに、彩葉を外に連れ出すのに成功する。
「買い物じゃなかったの?」
「え~買い物だよ、デカいお家の買い物」
「物件探しを買い物で済ませないでよ。こちらはただの一般庶民家庭の女子高生なんだから」
ジト目で睨みながらも、絡められた腕は振りほどかない。
振りほどくほど元気がなかった、とでも言う。
「あ、彩葉彩葉!こことかはどう?すごく広くていいんじゃないの!」
かぐやの指がさした物件表。
不動産屋が大威張りで表通りに出した看板物件。
家賃35万、3LDK、管理費だけでも2万円がついてくる。
彩葉は、少しだけ眩暈がした。
きっと気のせいじゃないハズ。
そういうことに、した。
「またその話?ってかあんなところで住んでたら人間おかしくなるって」
「いいじゃんいいじゃん!かぐやが出すからさ~この前のグッズ契約の分も入ってきたんだしさ」
「そういう問題じゃないの」
「見て! このマンション、二階があるよ! 上はかぐやの部屋で、下は彩葉の部屋! あとここなら雅治も一緒に住めるんじゃない?」
「待って。どうしてそこで橘君が出てくるの」
「だって、雅治も一緒の方が楽しいでしょ?」
また、少しだけ頭が痛くなった。
たぶん、橘君のせいだ。
そういうことにした。
いや違う。
たぶん違う。
さっきから、足元が妙に遠い。
かぐやの声も、少しだけ水の中みたいに聞こえる。
「彩葉?」
「もう酔っちゃいそうだから、やめてよね。あと、保証人もいないし、こんな未成年の小娘二人に貸してくれるかすらも危ういし」
「ムーッまた意地悪言ったぁ!」
また眩暈しそう。っていうか本当に頭痛くなる。ねぇどうして橘君というか年頃の男子と同じ屋根の下で同居しようってそう簡単にポロっといえるんかな。私の教育の成果?ねぇ私の影響?私がいつも橘君を上がらせてるから?ねぇ、ねぇってば。
とにかく、かぐやを物件表から引きはがそうとした瞬間、あれ
「え、彩葉?大丈夫?ねぇってば彩葉ぁ!」
冷や汗が背筋をなぞるのを最後に、彩葉の記憶は黒く途切れた。
「 ッ」
気が付くと、私はいつもの部屋でいつもの服で寝ていた。
いつもかぐやと奪い合っていた布団の上で。
なんで?どうして?たしか、不動産を見にかぐやに連れ出されて...ッ
身体が重い。
喉が痛い。
頭の奥が熱い。
少し動かすだけで、全身が文句を言う。
うまくうごかない首を、なんとか回してみると、台所に立っているは一人、かぐやのみ。
今日はいないんだ。
髪が伸びたな、とぼんやり思った。
ついこの前まで、夜中にうどんスパゲッティを食べていた子が、今は鍋の前に立っている。
笑って、怒られて、橘君から逃げ回って、捕まって。
それでもやっぱり、少しずつ変わっている。
そう思って。
「って違う!そうだバイトの時間がッ!」
跳ね起きようとして、失敗した。
身体が動かない。
スマホを探し、どうにか画面を見る。
寝坊を超えてすっかり夜10時を過ぎている。
外もすっかり暗くなったまま、夜だった。
「彩葉、起きた?」
かぐやが振り返る。
「少し待っててね!今お粥作ってるから!」
「かぐや、わたし...いかなくちゃ、バイト、早く」
「ダメ!」
かぐやの声が、いつもより強い。
「バイトは風邪で休むって連絡入れといたし、彩葉は今休まないとダメだよ」
「...え、かぐやが?代わりに?」
「うん」
胸の奥が、変なふうに揺れた。
駆け寄ってきたかぐやは、目の周りが少し赤い。
それでも、ちゃんと立っていた。
ちゃんと動いていた。
「あと、雅治もさっきまでいたよ。お掃除して、お看病して、薬も買ってきてくれたの」
「やっぱり、いてくれたんだ」
「うん。今は帰ったけど、起きたら連絡してって」
かぐやは、少しだけ唇を噛んだ。
「かぐや、びっくりして、泣きながら電話したから、何言ったかあんまり覚えてないの。でも、雅治、すぐ来てくれたんだ」
机の上には、白い薬袋。
水、冷却シート。
そして、小さな封筒。
病院代。足りなければ連絡を。
そう短く書かれたメモが置かれていた。
橘君らしい。
らしすぎて、少しだけ笑いそうになった。
うまく回らない頭と下で精一杯返事をするも、でも、笑えるほどの体力がなかった。
ってか無理。かぐやが絶対に止めるだろうし。
「彩葉」
かぐやが、布団のそばに座る。
潤んだ目で、こちらを見る。
「どうして?」
「何が?」
「どうして、彩葉はそんなに一人で頑張らなくちゃいけないの?」
声が震えていた。
生まれて初めて聞くような、弱い声だった。
「かぐやのせい? かぐやがいるから? いつも怒らせて、わがまま言うから?」
「違う」
すぐに言った。
言えた。
そこだけは、間違えたくなかった。
「違うよ、かぐや」
「でも」
かぐやの目から、涙が一つこぼれた。
それが合図みたいに、次から次へと溢れていく。
「死んじゃやだぁ……彩葉、死なないでぇ……!」
「死なないよ。そんな簡単に」
「大丈夫じゃないもん!」
かぐやは泣きながら叫んだ。
「彩葉の大丈夫は雅治の大丈夫と一緒で、大丈夫じゃないんだもん!」
そんな心外な。
よりにもよって橘君と同格って、そんなことは、ない、ハズ...。
たぶん。
おそらく。
はい、すみません。
実は大丈夫じゃないです。めちゃくちゃきついです。たすけてください。
「……今日は、休むから」
彩葉が小さく言うと、かぐやは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「ほんと?」
「ほんと。だから、泣き止んで」
「むりぃ」
「ここは普通、逆でしょうが」
「がんばるぅ」
看病される側であるはずの
身体は重い。
熱もある。
頭も痛い。
でも、胸の奥だけは。
ほんの少しだけ、軽かった。
『なんで彩葉は、そんなに一人で頑張らなくちゃいけないの?』
泣き止んだかぐやは、改めて私にそう尋ねた。
それを説明するのは、とても難しい。
とても、とても難しい。
熱に浮かされている今なら、なおさらに。
一からちゃんと伝えようと思うと、お母さんとの話を避けては通れない。
亡くなったお父さんの話。
出て行ってしまったお兄ちゃんの話。
変わってしまったお母さんの話。
正しさに押しつぶされそうだった私の話。
そして、それでも強くなりたかった私の話。
全部、言わなくてはならない気がした。
「う、う~ん、うむむむ……」
黙っている私を見て、かぐやは何を言うか悩んでいた。
言いかけては、口を閉じる。
眉を寄せる。
首を傾げる。
胸の前で手を組む。
また口を開いて、やっぱり閉じる。
まるで一人芝居みたいだった。
その様子がおかしくて。
そして、かわいくて。
少しだけ、気分が落ち着いた。
不思議ね。
いつも同じ部屋と寝床を共有していたのに、こんなに心の内側を話すのは初めての気分だった。
いや。
たぶん、本当に初めてだった。
「……お母さんなら、きっとこんなふうに体調を崩すこともしなかったんだろうなって、思うの」
「お母さん?彩葉のママ?」
「うん」
かぐやが、布団の横に正座したまま首を傾げる。
泣きすぎて、目の周りが赤い。
でも、その目はまっすぐに私を見ていた。
逃がさない目ではない。
責める目でもない。
ただ、聞こうとしている目だった。
「お父さんが亡くなる前も、亡くなった後も、お母さんが風邪を引いたり、体調を崩したところなんて見たことがなかったから」
体調管理はすべての基本や。ここで躓くやつはどんな阿保よりも下や
お母さんは、誰よりも正しかった。
お母さんは誰よりも「正しくて」「強くて」「完璧」だった。
仕事も、家のことも、私たちのことも。
全部、きちんとしていた。
弱音なんか吐かなかった。
泣き言なんか言わなかった。
立ち止まらなかった。
だから、私もそうしなくちゃいけないと思った。
お母さんに比べたら、一歩も二歩も劣る私だから。
もっと。
もっと。
もっと。
頑張らなくちゃいけないと思った。
「お母さんにできたことなら、私にもできるって、見せたかったの」
そう。
見せたかった。
証明したかった。
父がいなくなっても。
兄が家を出ても。
お母さんと分かり合えなくても。
私は一人でやれる。
私はちゃんとできる。
私は弱くない。
私は、酒寄紅葉の娘なんだって。
「お母さんが一人で通った道を、私も一人でなぞることができれば。お母さんにできたことを、私もできるって証明できれば。いつか、対等に向き合えると思ったの」
かぐやは、じっと聞いてくれている。
いつものように途中で口を挟まない。
いや、何度か口を開きそうにはなった。
でも、そのたびに唇をきゅっと結んで、黙ってくれる。
その沈黙が、少しだけありがたかった。
「それで、私が一人で暮らしながらバイトもしてたのは、そういう理由。学費も生活費も、できるだけ全部、私一人で賄うことで、やっと東京に上がるのができたの」
「えらい簡単に言いますけど」
かぐやが、ようやく口を開いた。
「みんなそんなことしてないしぃ、かぐやには到底無理なことだと思いまーす」
「それは、まあ」
「ってか無理だよ! 誰だよこんなクソゲー作ったやつ出てこい!」
「リアルよ」
「くそー! リアルだったー!」
かぐやは両手で頭を抱えた。
また一人芝居というか、漫才みたいになっている。
熱でぼんやりしているのに、笑いそうになった。
「でも、お母さんは同じくらいのことは平気だったし、私も譲らなかったし」
「いやいやいや、キラッじゃないし! 宇宙人でもそのお母さん激ヤバだって分かるよ! おかしいって!」
「お母さんに激ヤバって言わないで」
「お か し い!」
「強調してもだめ」
かぐやは、本気で怒っていた。
怒ってくれていた。
でも、その怒りは私を責めるものではなかった。
私の中に残っている、正しすぎる誰かの影へ向けた怒りだった。
そのことが、少しだけ分かった。
「最初にここで目を覚ました時のこと、よく覚えてる」
私は、天井を見上げた。
この狭い部屋。
低い天井。
机。
衣装ケース。
まだ開けられていない段ボール。
今じゃ毎晩かぐやと奪い合うこの布団も。
「何もないし、誰にも頼れない。でも、これこそが一人で生きることなんだって。自分の力で生きるんだって思ったら、自然と力も湧いてきた。だから、ラッキーって思った」
「いやいやいや、だからラッキーじゃないし!」
かぐやが、布団の横でじたばたする。
「ラッキーの判定が壊れてるじゃん! 彩葉のラッキー、雅治の大丈夫と同じくらい壊れてるよ!」
「よりにもよって橘君と並べないでよ」
「並ぶ!」
「並ばない」
「並ぶぅ!」
「……やっぱ、並ぶかも」
「ほらぁ!」
かぐやが、勝った顔をした。
悔しい。
でも、言い返す力はなかった。
「でも」
私は、ゆっくり息を吐いた。
「最近は、そうでもないの」
かぐやが止まる。
泣き腫らした目を、まばたきも忘れて私に向けた。
「いつもなら、ギリギリで予定を組んでたから、何日も休んだら追いつけないって、ダメになってしまうって思ったはずなのに」
そう。
今も怖い。
バイトを休んだ。
課題も残っている。
連絡も返していない。
明日、病院に行くなら、さらに時間が減る。
その全部が怖い。
怖いはずなのに。
「どうしてかな。かぐやと出会ってから、今は、そうでもないの」
ギリギリなのは事実だ。
追いつきたいのも本当だ。
できれば追い越したい。
お母さんに。
あの背中に。
あの強さに。
あの正しさに。
でも。
「かぐやが隣ではしゃいで、私はいつも怒って、叱って、呆れて。それなのに、不思議と嫌いになれなかった」
「嫌いにならないでぇ」
「ならないって言ってるでしょ」
「よかったぁ」
かぐやが胸を押さえる。
大げさ。
でも、その大げさに何度救われただろう。
「むしろ、こんなに騒がしくて、いつもより倍以上狭く感じるこの部屋が」
言葉が、喉の奥で少し詰まった。
けれど、止まらなかった。
「暖かくて、懐かしくて」
昔を思い出した。
まだ、お父さんがいた頃。
お兄ちゃんもいて。
お母さんも今より少し柔らかくて。
家の中に音楽があって。
ご飯の匂いがあって。
くだらないことで笑って。
少しだけ叱られて。
それでも、明日も同じ家に帰れると信じていた頃。
家族四人で過ごしていた、あの頃。
もう戻らないと思っていたもの。
思い出すと痛いから、ずっと鍵をかけていたもの。
それに似た何かが、この狭い部屋の中にあった。
かぐやが来てから。
橘君が上がり込むようになってから。
真実と芦花が騒ぐようになってから。
この部屋は、ただ寝るための場所じゃなくなった。
私たちの帰る場所になっていたんだ。
「だからかな。今、全部吐き出したら、むしろこれがラッキーって思ったの」
「またラッキーって言った」
「うん」
「でも、今のラッキーはちょっと分かるかも」
「そう?」
「うん。倒れたのはラッキーじゃないけど、今こうして話せたのは、ちょっとラッキー」
「……そうね」
もっと早く言えたら、もっと楽になれたのかな。
そう思った。
でも、たぶんそれは今だから思えることだ。
一度ぐっすり寝込んで、頭の電源ごと落ちて。
熱で余計な力が抜けて。
かぐやが泣いて。
橘君が薬を置いていって。
ようやく、私は自分の中に溜め込んでいたものを少しずつ下ろせている。
相談。
その言葉を、ふと思った。
相談とは、人と目を合わせて、言葉をくべることなのかもしれない。
相は、人の目を見ること。
目と目を合わせること。
談は、言葉に火が二つ。
燃やして。
燃やして。
胸の奥に溜め込んだものが灰になるまで、語り尽くすこと。
答えや正解を知ることだけが、相談ではない。
誰かに教えてもらうことだけが、相談ではない。
誰しもが、いつも正解を求めているわけじゃない。
いつだって正解だけが、成功と失敗の基準になるわけでもない。
時には、ただ胸の奥に秘めたものを解き放つこと。
ずっと一人で背負うべきだと思い込んでいた荷物を、言葉にして、誰かの前に置いてみること。
それだけで、心と身体を少し軽くすることが、生きる方法としての正解に近いのかもしれない。
私は今、答えを教えてもらっているわけじゃない。
正しい道を示されているわけでもない。
ただ、かぐやと目を合わせて。
言葉をくべて。
燃やしている。
自分の中で、ずっと湿ったまま重くなっていたものを。
少しずつ。
少しずつ。
「初めて橘君に話しかけられた……ううん。初めてちゃんと話した時に、言われたの」
「雅治が?」
「そう。学校から雨のせいでバイトに行けず困っていた時にね」
あの日のことは、よく覚えている。
ただの通り雨。
予報にもなかった土砂振り。
濡れるしかなかった筈の制服。
焦り。
苛立ち。
どうにもならなさ。
それを、どうにもならないと言えなかった私に。
辛いなら辛いと、もう少し人を頼ればいい
その言葉に、幾分か肩の荷が軽くなった気がした。
あの時は認めなかった。
認めたくなかった。
でも、確かに楽になった。
「だから、かぐやを初めて拾った時にも、唯一頼れたのが橘君だったの。それからこれまで、ずっと全部、彼のおかげ」
「雅治って本当、すごいよね」
かぐやは素直に頷いた。
「どこからどこへでも飛んできてくれるし、助けてくれるし。そして何もかも、いつもの顔で済まして片を付ける」
「本当にね」
私は小さく笑った。
「あの人なら、そうすると思った」
「雅治だもんね~」
「うん」
かぐやの言った通りだ。
大きくて。
頼れて。
でも、やさしくて。
私や誰かが困った時も、かぐやが困った時も、いつもいてくれる。
なのに、人の前ではいつも猫を被って、「僕」って隠し通している。
「知ってる? 学校での橘君って、かぐやの知ってる橘君とは真逆だよ?」
「ゑ?」
「真面目で礼儀正しくて、ちゃんとして、おかしい所はどこにもいない、まるで絵にかいたような優等生なの。信じれる?」
「まさはるが、ゆうとうせい?」
その顔があまりにも本気で、思わず吹き出した。
「ぷっ、あはははっ」
「なんで笑うのぉ!」
「だって、普通そうなるよね。私も、芦花や真実たちも、最初は気づかなかったの。クラスの誰も気づかなかった。担任の先生でさえ、どんな生徒かまったく掴めなくて困ったっていうくらいだし」
「まさはるが……先生を困らせる……?」
「そこだけ聞くといつもの橘君ね」
「でも、今じゃかぐやと彩葉の前ではそうでもない感じぃ?」
「うん。あれが素の橘君だと思う。まだ全部じゃないけど、本当の橘君は、きっとあんな感じ」
「筋肉で」
「変に真面目で理屈っぽい」
「でも本当は脳筋なゴリラ!」
「優しくて、気遣いが腹立つほどちゃんとしている」
「そんで、いつも彩葉が言うー。そういうとこって」
そうね。
そういうとこ。
きっと私は、ずっと一人だと思っていた。
東京に上がってから。
この部屋に来てから。
一人で生きていると思っていた。
でも、実はそうじゃなかった。
「東京に上がってからずっと一人だと思ったけど、実はそうじゃなかったんだ」
「一人で生きるって、そもそも無理じゃね?」
かぐやが、得意げに言った。
「本当に一人だけで生きるんなら、お米も電気も水も、ぜんーぶっひとりで作らなくちゃいけないんだよ~」
「極論だけど、正論ね」
「服も!」
「うん」
「スマホも!」
「それはマジで無理」
「ほら!」
かぐやが、勝ち誇ったように胸を張る。
「彩葉は一人じゃない!」
真実がいて。
芦花がいて。
先生がいて。
店長がいて。
橘君がいて。
「かぐやちゃんがいまーす!」
かぐやが両手を上げた。
「そこ、自分で言う?」
「大事だから言う!」
「そうね」
そして、ヤチヨ。
いつも心が挫けそうな時には、慰めて、癒して、応援してくれた。
勝手に推して。
勝手に慰められて。
癒されて。
推し活をしていた。
でも、今思えば、ヤチヨもみんなもいたからこそ、今の私がいる。
やっと気づいた。
やっと、認められた。
「うん。やっぱ休まなくちゃ」
「休む!」
「真なるエリートは、休みも完璧に休む。はずだから」
「それまた言う~?」
「言うわよ」
私は、少しだけ笑った。
「お母さんを追い越すのを諦めたわけじゃないからね」
ただ。
少し休んでも、私は私なりに頑張って、届けばいいと思っただけ。
いつか必ず、お母さんに認めてもらうんやから。
そう思った瞬間だった。
「……ねえ、かぐや」
「なに?」
「そういえば、焦げる匂いしない?」
「え」
かぐやの顔が、ぴしりと固まった。
次の瞬間。
「おじやぁぁぁぁぁぁ!」
かぐやは跳ねた。
泣き腫らした顔のまま、台所へ突撃する。
鍋の蓋を開ける音。
慌てる足音。
小さな悲鳴。
「あ、ああ、ああああ……!」
「どう?」
「彩葉……」
「うん」
「底が、香ばしい方向に進化しました」
「焦げたのね」
「香ばしい方向に」
「焦げたのね」
「……はい」
かぐやが、しょんぼりと肩を落とした。
土鍋のお粥。
正確には、ネギ味噌ショウガと卵のおじや。
身体を温めるために、かぐやが一生懸命作ってくれていたもの。
その底が、少しだけ焦げたらしい。
「上の方だけなら……たぶん、食べられるかも」
「ううん、それ全部頂戴」
「えっ」
「食べるよ」
「でも、焦げたよ?苦いよ?」
「別に丸焦げじゃないんでしょ?」
「でも」
「かぐやが作ってくれたんだから、食べたいの」
かぐやは、何かを言いかけて、やめた。
そして、小さく頷いた。
慎重に、土鍋の上辺だけをすくう。
卵。
刻んだネギ。
味噌と生姜の匂い。
湯気。
少しだけ混ざった、焦げの香ばしさ。
かぐやが、スプーンを持って戻ってくる。
「はい、彩葉。あーん」
「自分で食べられますけど」
「手、ぷるぷるしてるから」
「してない」
「してる」
「……少し」
「はい、あーん」
結局、私は口を開けた。
かぐやが、慎重にスプーンを運ぶ。
熱くないように、何度も息を吹きかけて。
こぼさないように、真剣な顔で。
その顔を見て、胸の奥がまた少しだけ柔らかくなる。
口の中に、おじやが入った。
味噌の味。
生姜の熱。
卵のやわらかさ。
ネギの香り。
そして、少し焦げた土鍋の香ばしさ。
焦げている。
たしかに、少し焦げている。
けれど。
不思議と、甘かった。
暖かかった。
おいしかった。
「……どう?」
かぐやが、不安そうに覗き込む。
私は、ゆっくり飲み込んでから、笑った。
「おいしい」
「ほんと?」
「うん」
「焦げてない?」
「焦げてる」
「彩葉ぁ!」
「でも、おいしい」
かぐやの顔が、泣きそうになって、それから笑った。
泣いて、笑って。
忙しい顔だった。
でも、その顔が好きだと思った。
狭い部屋。
焦げたおじや。
少し熱い身体。
涙でぐしゃぐしゃのかぐや。
机の上の薬袋。
冷めかけた水。
橘君の短いメモ。
全部が、ここにある。
全部が、私の今だった。
「もう一口、いる?」
「いる」
かぐやの顔が、花みたいに咲いた。
「はい!」
焦げたおじやを、もう一口。
不思議と、さっきより少し甘かった。
数日後。
私は、ほとんど元気になっていた。
熱は下がったし、頭痛も今は引いている。
喉の痛みもだいぶましになった。
病院では、ただの風邪と過労と夏バテがまとめて来たようなものだと言われた。
ただの。
その「ただの」で人間はあれだけ動けなくなるらしい。
人体、意外と脆いんだね。
そして、それを聞いたかぐやは両手を腰に当てて、ふんす、と鼻を鳴らした。
「ほらぁ! やっぱり大丈夫じゃなかった!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
「それも一回!」
「はい」
「彩葉ぁ!」
いや、調子に乗っているというより、自信をつけたのだと思う。
バイト先への連絡。
病院の付き添い。
薬の確認。
水分補給の監視。
お粥。……は、は焦げたけど。
それでも、かぐやはちゃんとやった。
私のために動いてくれた。
泣きながら。
慌てながら。
それでも、ちゃんと。
だから、私はもう簡単に「大丈夫」とは言えなくなった。
言ったら、すぐに怒られる。
かぐやに。
たぶん、橘君にも。
……いや。
橘君には、怒られていない。
ここ数日、彼は一度も部屋に来なかった。
いつもなら。
頼んでもいないのに顔を出して。
頼んでもいないのに掃除をして。
頼んでもいないのに、かぐやの相手をして。
頼んでもいないのに、冷蔵庫の中身を確認して。
頼んでもいないのに、足りないものを買ってきて。
そして、頼んでもいないのに。
『無理はするな』
そんなことを言って帰っていく。
そういう人だった。
そういう人のはずだった。
なのに、ここ数日は違った。
連絡は来る。
返事も早い。
体調はどうだ。
薬は飲んだか。
病院には行ったか。
無理はするな。
必要なら連絡しろ。
言葉だけを見れば、いつもの橘君だった。
短くて。
必要なことだけで。
余計な心配をかけないように整えられた文章。
でも。
それだけだった。
来ない。
顔を見せない。
声も聞かせない。
かぐやが送った、
かぐや:まさはる、今日はお粥こがさなかった!
かぐや:ほめて!
というメッセージにも、
筋肉魔王雅★治:よくできた。
それだけ。
かぐやは、その返信を見て、少しだけ首を傾げていた。
「……なんか薄い」
「またそれ?」
「うん。いつもの雅治より、少し遠い感じの」
かぐやは、そう言った。
私は何も言えなかった。
分かる気がしたから。
文字だけなのに。
短い返信だけなのに。
そこにいるはずの橘君が、少し遠い。
そう感じてしまったから。
「橘君の家とか、どこかも知らないし」
私はスマホを片手に、布団の上で腕を組んだ。
もう寝込んではいない。
でも、かぐやの監視により、まだ布団からの長時間離脱は禁止されている。
理不尽。
いや、理不尽ではない。
たぶん正しい。
「今さら学校の非常連絡網で探し回るのもあれだし、だからって正面から聞きに行くのも……」
「むしろそれが一番じゃない?」
「え」
かぐやは、床に座ったまま平然と言った。
手には、病院でもらった薬の説明書。
なぜか逆さまに持っている。
「だって、雅治なら、いつどこで誰が見ても、見なくても、
「……」
「だめならだめで、なにかあるってことだし」
かぐやは、説明書をくるりと直した。
最初からそう持っていたみたいな顔をする。
いや、逆だったからね。
「いつもどーりなら、いつものように突撃して聞いたら答えてくれるんじゃない?」
そして、にこっと笑った。
「だって、
何でもないように。
当然のように。
かぐやは言った。
私は、しばらく黙っていた。
先に知り合ったのは、こっちなのに。
先に話したのも、こっちなのに。
私が先に知って。
私が先に話して。
私が先に、あの雨の日の橘君と出会ったのに。
この子の方が、私なんかよりもずっと、橘君のことを分かっている気がする。
いや。
たぶん違う。
かぐやは、私が見落としていたものを見ている。
今のように。
言葉の奥。
顔の奥。
いつものふりの奥。
そこにある、小さなズレを。
でも
でも
でも
だからといって、知らないままではいられない。
いたくない。
「……そうね」
私は、スマホを握り直した。
かぐやの言った通りだ。
彼は、私と似たところがある。
いや。
もう一つの私の姿なのかもしれない。
一人で抱え込んだまま。
誰にも見せないまま。
ちゃんとできる顔をして。
大丈夫の形をして。
中で少しずつ腐っていってしまった、いつかの私。
でも、私には芦花がいる。
真実がいる。
かぐやがいる。
ヤチヨがいる。
そして。
あの雨の中で、傘を差し出してくれた橘君が、私の中には確かにある。
辛いなら辛いと、もう少し人を頼ればいい
そう言ってくれた人がいたから、私は今、ここまで来られた。
だったら。
今度は、私の番だ。
いまだに雨の中にいるあなたに。
私があなたにそうしてもらったように。
あなたを、私がそうしてあげたい。
助けられるかなんて分からない。
正解なんて知らない。
何を言えばいいのかも、まだ分からない。
でも、相談とは、答えを持っている人だけがするものじゃない。
人と目を合わせて。
言葉をくべて。
胸の奥で湿ったまま重くなっていたものを、灰になるまで燃やし尽くすこと。
それなら。
私は、あの人と話したい。
今度こそ。
ちゃんと。
「行こう、かぐや」
「行く?」
「うん」
私は布団を押しのけて立ち上がった。
まだ少し身体は重い。
でも、倒れるほどではない。
もう、大丈夫。
いや。
違う。
一人じゃないから、大丈夫。
「今は何も考えず、正面突破のみよ」
かぐやの顔が、ぱあっと輝いた。
「ッシャーっ! FBIだ、こんにゃろー!」
「それはやめて」
「じゃあ、月見警察!」
「もっと悪い」
「かぐや捜査官!」
「可愛いけど違う」
「彩葉隊長!」
「採用」
「採用された!」
かぐやが跳ねる。
私は上着を羽織り、スマホを開いた。
橘君のトーク画面。
最後の返信は、昨日の夜。
橘君:薬は飲んだか。
橘君:無理はするな。
短い。
いつもの言葉。
いつもの距離。
いつもの顔。
でも、もうそれで誤魔化されてあげない。
私は、文字を打った。
彩葉:橘君。
彩葉:今日、会えますか。
彩葉:話したいことがあります。
送信。
すぐに既読がついた。
返事は、少しだけ遅れた。
雅治:体調は大丈夫なのか。
私は、ほんの少し笑った。
そういうとこ。
彩葉:大丈夫じゃない時は言います。
彩葉:だから、今度は橘君も言ってください。
送信。
今度は、返事が来なかった。
画面の向こうで、彼がどんな顔をしているのか。
少しだけ想像できた。
いつもの顔を作っているのかもしれない。
正しい返事を探しているのかもしれない。
逃げ道を探しているのかもしれない。
それでもいい。
逃がさない。
だって、散々こっちの逃げ道を塞いできたのは、そっちなんだから。
しばらくして、短い返信が来た。
橘君:分かった。
橘君:駅前の公園でいいか。
私は、かぐやと目を合わせた。
かぐやは、両手の拳を握っていた。
今にも出陣の号令を上げそうな顔だった。
「行こう」
「うん!」
玄関へ向かう。
靴を履く。
鍵を取る。
まだ、少しだけ焦げた匂いが部屋に残っていた。
不思議と甘かった、あのおじやの匂い。
失敗しても、焦げても、温かいものは温かい。
なら、たぶん。
少しくらい不格好でも、言葉は届く。
私は、傘立てから一本の傘を抜いた。
あの日、橘君が貸してくれた傘とは違う。
でも、今の私には、これでいい。
外は、少し湿った空気がしていた。
雨が降りそうだった。
私は、もう一度スマホを見る。
画面の中の名前。
橘雅治。
さぁ、覚悟してよ。
橘君。
いや。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました!いつも感想いただいてはにやにやしていてたまらないです!
マスクして華だけを天井に向けたまま、傾斜最高で1時間5キロ―走ると俺がガンダムで心臓がツインドライブ、OSTを耳で流すと気持ちだけはトランザム、実体はただの蒸気機関車並みの息を拭きながら走るアホが一人。
まじでもう深夜テンション決めすぎて寝ます。うへへへへ
今現在AM3;03。
あと4時間で起床してから出勤。でも4時上がりやからジム行ってまた書き始めれば水曜には雅治も出せるかも。
ノートPCには背後にネットフリックスで超かぐや姫を無限再生しながら必要な部分をフレーム単位で見切り
メモ量3つを小さく2つ、大きく横に寝かせて1つでそれぞれネタと設定と原稿を三重展開。
スマホで執筆とトレーニング兼用の再生リストを書け流してバフ掛け。
1時間ごとに立ってストレッチ、頭が固くなったら筋トレで酸素とアドレナリン回して加速。
うん。これを夜12時までにフル装備で回せば無限加速する連載装置の出来上がりだぁこれでノーベル賞は僕のものだいヽ(゚∀。)ノ
0時を回った瞬間からはただ沈黙の中で書き続ける己との勝負、一対一の勝負。僕は今日も勝った。よし寝よう。おやすみなさい。
番外編を時間列に合わせて本篇の合間に入れてみる?
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話の展開やネタの繋がりがあってよさそう。
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「番外」やから別途でいいんじゃね?